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追録1の目録

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全2,718件中 1001~1100件・11 / 28ページ

  1. 追録1-No.995 酒井忠清外二名幕府老中連署状

    酒井忠清ら老中三名が島津光久へ、先ごろ使者の種子島三郎次郎を召し出して時服・道服を与え、今回到着した使者の心遣いも将軍へ披露すると伝えた連署状。

  2. 追録1-No.996 酒井忠清外二名幕府老中連署状

    酒井忠清ら老中三名が島津光久へ、将軍の御鷹の鶴を拝領したことへの礼状と使者を受け、七嶋鰹節一箱の献上も将軍へ披露したところ喜ばれたと伝えた連署状。

  3. 追録1-No.997 酒井忠清外二名幕府老中連署状

    稲葉正則・阿部忠秋・酒井忠清が松平大隅守へ、公方は機嫌よく過ごしているので安心するよう伝える。櫻島蜜柑二箱と御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合と返答する。

  4. 追録1-No.998 徳川家綱御内書

    家綱黒印の御内書が薩摩少将へ、歳暮の礼節として小袖五が到来して喜ばしく思うと伝え、詳しくは酒井雅楽頭が述べるとする。

  5. 追録1-No.999 酒井忠清外二名幕府老中連署状

    酒井忠清ら老中三名が島津光久へ、将軍が先ごろ少し咳気であったが早く快復し健勝であるため安心するよう伝え、光久の心遣いをありがたく思うと通知した連署状。

  6. 追録1-No.1000 新納久了系譜抄

    新納久了が寛文三年に島津家の老職となり、琉球・異国関係を担当するため、薩州大口・日州高岡などの地頭職を与えられたことを記す系譜抄。

  7. 追録1-No.1001-1 島津光久北郷家跡目申渡書(枝番1)

    島津光久が北郷久定跡の処置について、千世松をめぐる縁組と名字・北郷家相続、北郷又次郎への伝来刀・知行付与などを示し、関係者との内談、祝言、喜入摂津守の江戸供奉の可能性を指示した申渡書。

  8. 追録1-No.1001-2 北郷家跡目口上書(枝番2)

    千世松の祖母が鎌田蔵人へ、北郷名跡について千世松の喜入摂津守との縁組・名字免許・家相続が上意で認められたことに安堵したと申し上げる。屋敷へ移ること、北郷又次郎へ家伝刀と少々の知行を添えること、買地・開地の事情を見て三百石を渡す案、承引しなければ北郷掃部と相談すること等を述べ、家督と奉公継続を願う。摂…

  9. 追録1-No.1001-3 北郷家跡目申上書(枝番3)

    北郷家跡目の処置について、千世松の縁組・家相続案、北郷又次郎への早期申渡し、知行三百石や開地の手当、家中・被官の処置を検討し、関係者を召して上意を伝えるよう申し上げた文書。

  10. 追録1-No.1001-4 北郷家跡目申渡書(枝番4)

    島津光久側が、喜入摂津守と千世松の縁組、名字免許と北郷家相続、北郷又次郎への伝来刀・知行付与を進める一方、官位、知行・所領、家臣団、幼少の世継ぎがある場合の相続まで関係者で協議するよう伝えた申渡書。

  11. 追録1-No.1001-5 北郷家跡目申渡書(枝番5)

    島津光久側が喜入摂津守に北郷跡と名字を仰せ付け、北郷又次郎には伝来刀・知行少分を与える案を伝えたところ、又次郎が辞退したため事情を聞き、代わって小杉宗文名跡を継がせ三百石などを与える案を示した申渡書。

  12. 追録1-No.1001-7 北郷家跡目申渡記録(枝番7)

    鳴津筑前ら六名が協議し、北郷又次郎への申渡しは示された口上どおり行うのがよいと判断して、そのとおり申し渡したことを記す文書。

  13. 追録1-No.1001-8 北郷又次郎口上書(枝番8)

    北郷又次郎が、先の辞退は家督相続に伴い太刀などを献上する必要があると考えたためで、単なる主君の心遣いとしての付与なら異存はなく、別人へ与える場合も含め処置を家老中の判断に委ねると述べた口上書。

  14. 追録1-No.1001-9 北郷又次郎宛申渡口上(印刷枝番9)

    北郷跡を喜入摂津守へ仰せ付け、伝来刀・知行少分を北郷又次郎へ与える案について、又次郎の辞退理由をもっともと認め、付与を取り止める旨を伝えた申渡口上。

  15. 追録1-No.1002 稲葉正則外二名幕府老中連署状

    稲葉正則ら老中三名が島津光久へ、前年の重陽祝儀に呉服を献上して将軍の御内書を頂戴し、使者にも時服を与えられたことへの礼意を承知し、その旨を将軍へ披露すると伝えた連署状。

  16. 追録1-No.1003-1 小杉家跡目申渡記録(枝番1)

    島津光久が、小杉家跡目について庄内へ照会し、役人らで相談して候補を申し上げるよう命じ、相談結果を早急に報告するよう重ねて指示した記録。

  17. 追録1-No.1003-2 喜入摂津守祝言時の女衆配置伺書(枝番2)

    喜入摂津守の祝言に際し、千世松方で諸事を差配する女性がいなければ不調法になるとして、適任の女衆を付けることを伺った文書。

  18. 追録1-No.1003-3 小杉宗文跡目・喜入摂津守移転申渡記録(枝番3)

    喜入摂津守と千世松の居所・移転を調整し、北郷家来小杉宗文の跡目を親類の北郷与左衛門へ継がせる意向と、移転日を翌月八日とする案を伝えた記録。

  19. 追録1-No.1003-4 喜入摂津守移転返答記録(枝番4)

    喜入摂津守の参勤・移転日を翌月八日とする返答について、千世松方の支度が間に合うよう早く明日移るのがよいとの上意を記した文書。

  20. 追録1-No.1004 島津光久袖判水廻・新田開発条書

    島津光久が水廻普請と新田開発について、在所の負担、労働・扶持、竹木採取、開発地の高、奉行の監督、違反時の処罰などを定め、島津図書へ申し付けた袖判条書。

  21. 追録1-No.1005 稲葉正則外二名幕府老中連署状

    稲葉正則ら老中三名が島津光久へ、年始の諸礼が無事済む見込みを喜び、光久からの肴二種・樽一荷の献上を将軍へ披露して喜ばれたと伝えた連署状。

  22. 追録1-No.1006 島津光久参勤記事

    島津光久は寛文三年三月二日に薩州西岸から解纜し、大坂を経て四月二十五日に江都へ着く。家老鎌田蔵人政直と旅家老諏方杢右衛門兼利が随行した。翌日、上使阿部豊後守忠秋の告知を受けて登城し、将軍へ太刀一腰・馬代黄金十両・時服十領・領国産馬一匹を献上した。

  23. 追録1-No.1007 島津忠長光久参勤供奉記事

    島津光久の江戸参勤に島津忠長が供奉し、旅家老の小杉与左衛門頼利が従ったこと、頼利が翌寛文四年五月二十二日に下国で死去したことを記す系譜記事。

  24. 追録1-No.1008 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、公方は勇健で、日光参詣を喜ぶ旨の知らせを承知したと返答する。公方は昨十三日に江戸を出御し、未の下刻に着座したとの注進を伝える。竜眼肉・熨斗蚫の献上は先日すでに披露し、入念の段は喜ばれたという。

  25. 追録1-No.1009 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、将軍が十六日に日光へ着座して機嫌よく、光久も参勤途上で大坂まで到着したとの使者の報告を承知したと伝えた書状。

  26. 追録1-No.1010 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、歳暮・重陽祝儀の呉服献上に対する御内書と、使者が時服を拝領したことへの礼意を承知し、将軍へ披露すると伝えた書状。

  27. 追録1-No.1011 徳川家綱御内書

    将軍徳川家綱が島津光久へ、端午の祝儀として帷子・単物数五を贈られたことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  28. 追録1-No.1012 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、翌日に御能が催され見物を許されたので、辰刻以前に登城するよう上意を伝えた書状。

  29. 追録1-No.1013 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、御用のため翌二十三日四時過ぎに、子の薩摩守を伴って登城するよう伝えた書状。

  30. 追録1-No.1014 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、五月二十八日と六月朔日の両日に御能があるため、例月の御礼はなく登城に及ばないと伝えた書状。

  31. 追録1-No.1015 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、琉球布十端・御肴一種・焼酎二甕を献じた件を目録どおり披露し、一段の御仕合と返答する。

  32. 追録1-No.1016 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、翌二十八日に水戸宰相徳川光圀へ暇が与えられるため、例月の御礼はなく登城に及ばないと伝えた書状。

  33. 追録1-No.1017 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、献上された御馬を目録どおり披露したところ、入念の段は御喜色であると伝える。

  34. 追録1-No.1018 町田久則書状

    町田久則が、琉球船の不参と道之島からの便船、功労者への褒賞、江戸での銀不足、国元留守中の知行・銀米処置、松崎采女便による指示、須木・小林の山林・材木問題などを鎌田蔵人らへ報告・協議した書状。

  35. 追録1-No.1019 町田久則書状

    町田久則が、高崎四郎兵衛・蒲生正左衛門を国元の見分役に任命すること、旱魃と井戸・用水、琉球船不参、銀不足、知行・扶持米、借銀と金山資金などについて鎌田蔵人らへ指示・協議した書状。

  36. 追録1-No.1020 島津久通書状

    島津久通が、金山経営に伴う銀・米の借用、山掘り・山師・山功者への給付、家老衆や奉行との相談、扶持・知行・褒賞などについて鎌田蔵人へ報告・協議した書状。

  37. 追録1-No.1021 井手重継遺書

    井手重継が、岩城氏・藤原氏の由緒と島津忠久以来の奉公、加治木の春日大明神の神事、清水への移住・戦功、家系・養子、所領・家職継承を子孫へ伝える遺書。氏神が春日大明神であるため鹿肉を禁食すること、菩提所と敷根の由緒も記す。末尾では十八歳の御目見、惟新への御目見、年首使者として参上した折の新納加賀守の小鷹…

  38. 追録1-No.1022 酒井忠清外二名幕府老中連署状

    老中三名が島津光久へ、端午の御内書を渡すので、翌日四時に家来一人を登城させるよう伝えた連署状。

  39. 追録1-No.1023 桂忠保琉球渡航記事

    桂忠保が万治三年十月十八日に使役を命じられ、廣瀬次郎兵衛宗信とともに公命を奉じ、清国の冊封使が来琉中であったため琉球へ渡航したことを記す系譜記事。

  40. 追録1-No.1024 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、年頭の賀礼と使者の派遣、太平布五十疋・蕉布五十端・焼酎十壺の贈物を喜び、使者をねぎらった返書。

  41. 追録1-No.1025 徳川家綱御内書

    家綱黒印の御内書が薩摩少将へ、重陽の祝儀として小袖五が到来して喜ばしく思うと伝え、詳しくは酒井雅楽頭が述べるとする。

  42. 追録1-No.1026 島津綱久帰国記事

    島津綱久が寛文三年六月七日に上使稲葉正則から帰国許可と時服五十を受け、馬を拝領し、七月二十九日に江戸を発って九月九日に帰国、伊勢勘右衛門貞増を使者として謝礼を述べた記事。

  43. 追録1-No.1027 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、清国の冊封使が来着し規定の衣冠で対面したとの知らせを喜び、大慶の使札を送ると伝えた書状。

  44. 追録1-No.1028 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、翌朔日に催される蹴鞠を見物するよう命じられたので、長袴を着け四時に登城するよう伝えた書状。

  45. 追録1-No.1029 島津綱久書状

    島津綱久が琉球国司へ、年頭の賀礼と使者任命が旧例どおりであること、祝物が到来したことを喜び、後の祝節を願った書状。

  46. 追録1-No.1030 島津光久御鷹の鶴拝領記事

    光久公御譜中に、同年十月十三日、御鷹之鶴一隻を賜り、執政の奉書で通知され薩州へ送られたと記す。光久が使者を馳せて謝し、鰹節一匣を献上した。

  47. 追録1-No.1031 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、重陽の御内書を渡すため、翌日四時に家来一人を登城させるよう伝えた連署状。

  48. 追録1-No.1032 虎鶴誕生記事

    綱久公御譜中の同胞系図に女子虎鶴を掲げ、寛文三年十二月三日生まれと記す。母は三子の家臣島津又十郎忠興室と同じで、虎鶴は家臣島津内記久文の初室となった。

  49. 追録1-No.1033 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    久世広之・稲葉正則・阿部忠秋・酒井忠清が松平薩摩守へ、公方の機嫌伺いの使者に対し、公方は勇健なので安心するよう返答する。御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合とする。

  50. 追録1-No.1034 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が松平大隅守へ、国許の蜜柑二箱と御肴一種を献じた件を披露し、一段の御仕合と返答する。

  51. 追録1-No.1035 徳川家綱御内書

    将軍徳川家綱が島津光久へ、歳暮の祝儀として小袖五領が到来したことを喜び、詳しくは酒井忠清が述べると伝えた御内書。

  52. 追録1-No.1036 阿部忠秋・阿部重次幕府老中連署状

    幕府老中阿部忠秋・阿部重次が、台徳院の遠忌に際して軽罪人を赦免するため、領国内の該当者を放免するよう薩摩守へ伝えた連署状。

  53. 追録1-No.1037 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、翌二十八日は勅使・院使饗応の御能があるため登城不要である旨を伝え、追而書でも別日の登城について知らせた書状。

  54. 追録1-No.1038 島津忠高家督相続記事

    島津忠高が、将軍徳川家綱の命により、父島津久雄の遺跡を継いだことを記す系譜記事。

  55. 追録1-No.1039 衣服定

    衣服の着用を身分別に定めた規定。一般の着物は綿紬を基本とし、百姓・町人やその女房の素材・染色・仕立てについて許可される範囲と禁制を示す。

  56. 追録1-No.1040 久世広之書状

    久世広之が島津光久へ、国元で新調した皿と肴一種の献上を将軍へ披露し、満足された旨を伝えた書状。

  57. 追録1-No.1041 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、歳暮の御内書を渡すため、翌日四時に家来一人を登城させるよう伝えた連署状。

  58. 追録1-No.1042 異国方条書

    異国船・唐船・阿蘭陀船の漂着や破損時の処置を定めた条書。積荷・乗員の保全と監視、長崎への通報・送還、禁制品や武器・書物の扱い、荷物売買、船修理、通詞・役人の配置などを詳細に規定する。

  59. 追録1-No.1043 阿部忠秋外二名幕府老中連署状

    幕府老中三名が島津光久へ、用件を申し渡すので、翌朝日の出頃に家来一人を阿部忠秋邸へ差し越すよう伝えた連署状。

  60. 追録1-No.1044 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、翌十五日は勅使・院使饗応の御能が行われるため、例月の礼はなく登城不要である旨を伝えた書状。

  61. 追録1-No.1045 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、献上された鸚鵡を将軍へ披露したところ、念入りな献上を喜ばれた旨を伝えた書状。

  62. 追録1-No.1046 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、翌二十八日は勅使・院使饗応の御能が行われるため、例月の礼はなく登城不要である旨を伝えた書状。

  63. 追録1-No.1047 島津光久帰国記事

    島津光久が寛文四年四月六日に阿部忠秋から帰国許可を受け、江戸を発して大坂から船で薩摩へ帰国した経過を記す。将軍家綱の領知判物・領知目録の拝領、先年の唐船破損荷物盗取事件、鹿児島着後の謝礼使者派遣も記す。

  64. 追録1-No.1048 徳川家綱領知判物

    将軍徳川家綱が島津光久へ、薩摩・大隅両国および日向国諸県郡内の計六十万五千石余と、琉球国十二万三千七百石を、先判のとおり領知することを認めた御判物。

  65. 追録1-No.1049 島津光久領知目録

    島津光久の領知について、薩摩・大隅両国および日向国諸県郡、琉球国の郡別石高と村数を列記し、先代の帳面どおり相違なく領知するよう命じた目録。

  66. 追録1-No.1050 島津綱久参勤記事

    島津綱久が寛文四年四月十日に参勤のため国を発ち、西海を開帆して五月二十八日に江戸へ着いた。家老島津中務久茂が随行し、登営して将軍へ太刀一腰・馬代黄金十両・綿百把を献上した。また、この頃に家臣東郷藤兵衛重利に示現流剣術を学び、寝食を忘れて修練し、その玄妙を極めたと記す。

  67. 追録1-No.1051 島津綱久書状

    島津綱久が鎌田蔵人へ、病後の回復と京都滞留について承知し、無理をせず療養に専念するよう伝えた書状。

  68. 追録1-No.1052 島津綱久書状

    島津綱久が鎌田蔵人へ、瘧病の保養のため京都へ滞留する事情を了承し、無理をせず養生するよう重ねて伝えた書状。

  69. 追録1-No.1053 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、将軍徳川家綱の機嫌がよいこと、屋敷替えの希望は関係者へ申し渡したこと、江戸へ差し越す使者には別途相談する旨を伝えた書状。

  70. 追録1-No.1054 稲葉正則奉書

    稲葉正則が島津光久へ、領地の御判物が下されたため、名代を登城させて翌三日四時に受領するよう命じた奉書。

  71. 追録1-No.1055 島津久憲領知判物謝礼使記事

    将軍徳川家綱から島津光久へ領知安堵の御判物が下されたため、島津久憲が謝礼使として江戸へ赴き、登城して将軍へ謝意を述べたことを記す系譜記事。

  72. 追録1-No.1056 伊藤玄宅願書

    伊藤玄宅が伊藤伝兵衛へ、先祖の由緒と島津氏への奉公、戦功・戦死、江戸勤仕、知行・屋敷、唐船漂着や城内事件への対応など一族の長年の働きを詳述し、家筋と奉公実績への配慮を願った願書。

  73. 追録1-No.1057 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    久世広之・稲葉正則・阿部忠秋・酒井忠清が松平大隅守へ、公方の機嫌がよいことを伝え、首尾よく暇を得て国元へ着いたとの知らせを承知したと返答する。礼使を差し越し羅紗五間・御樽肴を献じた件を披露し、使者は御前に召し出され、入念の段は御喜色であったと伝える。

  74. 追録1-No.1058 久世広之書状

    久世広之が島津光久へ、将軍の機嫌伺いの礼と使者を受け、琉球布十巻・泡盛二壺・肴一種の献上を将軍へ披露した旨を伝えた書状。

  75. 追録1-No.1059 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、鹿児島城南方の石垣二か所の破損修復について、提出された絵図のとおり普請してよいと許可した連署状。

  76. 追録1-No.1060 島津久茂覚書

    島津久茂が、領知御判物・御朱印の頂戴に関する先例と手順を整理し、将軍家の判物、領知高辻帳、琉球関係帳簿、知覧郡の扱いなど、受領・保管・照合に必要な事項を列記した覚書。

  77. 追録1-No.1061 小笠原長頼覚抜書

    知覧郡が古書に見えないため、その村数を給黎郡へ合わせ、古書の記載どおり郡数を合計十三郡とした旨を記す覚抜書。

  78. 追録1-No.1062 領知判物等目録

    島津久茂が、家綱の御判物、秀吉の御朱印、家康・家光の御判物をはじめ、領知関係の箱・帳簿・控えなど、受け渡し・保管対象となる文書類を列挙した目録。

  79. 追録1-No.1063 島津久茂書状

    島津久茂が、御朱印改めに伴う国元の高辻帳草案、郷村ごとの帳簿、御判物の照合・受領手順を説明し、関係者が協議して誤りなく処理するよう求めた書状。

  80. 追録1-No.1064 島津久茂書状

    島津久茂が、領知御判物の受領・持参役、鹿児島城石垣修理願い、伊集院十右衛門の到着、将軍家御判物等の提出・受領について、先例と相談のうえ処理するよう伝えた書状。

  81. 追録1-No.1065 島津綱久書状

    島津綱久が琉球国司へ、当年の賀儀を述べた書状と旧例の祝物各種が届いたことを喜び、詳しくは酒井の帰国後に述べると伝えた書状。

  82. 追録1-No.1066 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、八朔の祝儀として太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことを将軍へ披露し、喜ばれた旨を伝えた連署状。

  83. 追録1-No.1067 酒井忠清・阿部忠秋幕府老中連署状

    阿部忠秋・酒井忠清が島津光久へ、将軍の機嫌を尋ねる使者を受け、砂糖漬二壺と肴一箱の献上を披露した旨を伝えた連署状。

  84. 追録1-No.1068 島津久通外四名連署条書

    島津久通ら五名が、冠船来着時の桂季之助・広瀬二郎兵衛の派遣、清始めの勅使への応対、江戸への報告、帰帆や祭礼・往来の規制など、琉球使節をめぐる措置を条書で定めたもの。

  85. 追録1-No.1069 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    久世広之・稲葉正則・阿部忠秋・酒井忠清が松平大隅守へ、公方の機嫌がよい旨の祝意を承知したと返答する。先頃、名代の同氏薩摩守綱久が召され領国御判物を賜ったことへの謝意を承知し、礼使として差し越した島津美作(久治傍注)を御前に召し出し、入念の段は御喜色と伝える。詳しくは使者が述べるとする。

  86. 追録1-No.1070 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、先頃、同姓薩摩守が上使を介して御鷹之雲雀を拝領した件を重く思う旨を承知したと返答する。礼の使者を受け、入念の書面の趣を各々相談して上聞に達したと伝える。

  87. 追録1-No.1071 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、当年の賀儀の使札と恒例の太平布・蕉布・焼酎などの贈物が届いたことを喜び、詳しくは使節が述べると伝えた書状。

  88. 追録1-No.1072 久世広之書状

    久世広之が島津光久へ、将軍の機嫌がよいこと、島津家の使者が勇健の様子を尋ねたこと、七島鰹節の献上を披露したことを伝えた書状。

  89. 追録1-No.1073 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が島津光久へ、将軍の機嫌がよいことを伝え、御鷹で捕らえた鶴を拝領品として宿継ぎで差し越すので受け取るよう通知した連署状。

  90. 追録1-No.1074 島津綱久書状

    侍従綱久が琉球国司へ、書状を拝見し、前年に首尾よく即位したことを重ねて喜ぶ。祝儀として大里按司を遣わし、目録どおりの品を贈られたことを喜び、後の喜ばしい機会を期すと結ぶ。

  91. 追録1-No.1075 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が島津光久へ、館林宰相の婚礼が首尾よく済んだことを喜ぶ使札を受け、その厚意を承知した旨を伝えた書状。

  92. 追録1-No.1076 阿部忠秋書状

    阿部忠秋が松平大隅守へ、公方の機嫌を尋ねる使者に答え、寒気の折にもますます勇健なので安心するよう伝える。御道服五と御肴一種を献じた件を各々相談して披露し、一段の御仕合と返答する。

  93. 追録1-No.1077 酒井忠清外三名幕府老中連署奉書

    幕府老中四名が島津光久へ、参勤時期について使者の口上を承り、翌年三月下旬に国元を発って参府するよう命じられた旨を伝えた連署奉書。

  94. 追録1-No.1078 切支丹宗門訴人褒賞覚写

    耶蘇宗門禁制下でも密かに信仰する者がいるため、宗門改役人を定め、身分を問わず訴え出させ、犯罪を兼ねる者も取り調べ、従来の定めどおり訴人へ褒賞を与える旨を記した覚写。

  95. 追録1-No.1079 島津光久書状

    島津光久が琉球国司へ、当年の賀儀の使札と恒例の太平布・蕉布・焼酎の贈物が届いたことを喜び、詳しくは使節が述べると伝えた書状。

  96. 追録1-No.1080 阿部忠秋口上書

    阿部忠秋が川南正右衛門を通じて島津光久へ、翌年の参勤は三月下旬に国元を発つよう命じ、海況による遅延は差し支えないこと、例年より出発を遅らせれば悪天候を避けやすいことを伝えた口上書。

  97. 追録1-No.1081 酒井忠清外三名幕府老中連署状

    久世広之・稲葉正則・阿部忠秋・酒井忠清が松平大隅守へ、今回、御鷹之鶴を拝領してありがたく思う旨を承知したと返答する。その礼に差し越した使者と御肴一種について、入念の旨を披露し、一段の御仕合と伝え、詳しくは使者が述べるという。

  98. 追録1-No.1082 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、領地御判物頂戴の礼使が将軍の御前へ召し出され、さらに時服を拝領したことを伝え、その丁重な礼について承知した旨を述べた書状。

  99. 追録1-No.1083 稲葉正則書状

    稲葉正則が島津光久へ、将軍の機嫌がよいことを伝え、領国から蜜柑二箱と肴一種を献上したことを披露した旨を述べた書状。

  100. 追録1-No.1084 稲葉正則書状

    稲葉正則が松平大隅守へ、公方の機嫌がよいことを喜ぶ旨を承知したと返答する。先頃上使を介して同氏薩摩守が御鷹之鴈を拝領したことへの謝意と礼使を受け、入念の段を相談して上聞に達したと伝える。