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追録1の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,718件中 2501~2600件・26 / 28ページ

  1. 追録1-No.2475 赤松則茂覚書

    赤松則茂が、光久死去後の綱貴家の親族関係・服忌・養子や母子の続柄を示す書付について、幕府役人へ提出する内容と形式を上井五郎左衛門へ報告・相談した覚書。

  2. 追録1-No.2476 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が、年暮の祝儀として綱貴から小袖五つを受け取ったことに謝意を示し、委細は土屋政直が伝えるとした御内書。

  3. 追録1-No.2477 大久保忠朝外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が、綱貴から年頭の祝儀として太刀一腰・馬代黄金十両を受け、将軍へ披露したことを伝えた連署状。

  4. 追録1-No.2478 島津久房系譜抄

    求馬久房譜中に、元禄八年二月三日、久房が郭内岩崎へ移居し、綱貴が阿多嘉左衛門忠秀を介して鴈一羽と御樽代二百疋を与えて祝ったと記す。

  5. 追録1-No.2479 島津久儔元服

    元禄八年二月十日、綱貴が虎徳丸の元服を自ら執行し、三郎五郎忠英の名と刀を与え、佐多久達が理髪役を務めたことを記す記事。

  6. 追録1-No.2480 大久保忠朝外三名幕府老中連署状

    幕府老中四名が、翌十五日は月次の御礼を受けないため、松平修理大夫は登城不要と伝えた連署状。

  7. 追録1-No.2481 綱貴参勤ス

    元禄八年三月六日、綱貴が参勤のため出国し、二男三郎五郎忠英、一族島津図書久洪、家老喜入又兵衛久亮、用人野村廣貫・猿渡信安らが従う。西海を経て四月六日に大坂、七日に伏見へ至り、九日に伏見を発ち十八日に参府する。翌十九日、上使大久保加賀守忠朝から参勤への労いを受ける。

  8. 追録1-No.2482 阿部正武書状

    阿部正武が、綱貴の書状を受領し、将軍綱吉が息災で年頭の諸儀を済ませたこと、使者と進物を受けて将軍へ披露したことを伝えた書状。

  9. 追録1-No.2483 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、綱貴の年頭祝儀の書状と進物を受け、将軍綱吉へ披露したことを伝えた連署書状。

  10. 追録1-No.2484 阿部正武書状

    阿部正武が、綱貴の書状を受領し、将軍綱吉が息災であること、前年冬の護国寺参詣に関する申し越しを将軍へ披露した旨を伝えた書状。

  11. 追録1-No.2485 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、綱貴の書状を披見し、将軍綱吉が息災で、前年冬の護国寺参詣に関する申し越しを承知した旨を伝えた連署書状。

  12. 追録1-No.2486 阿部正武書状

    阿部正武が、綱貴の二通の書状を披見し、将軍綱吉が前年冬に小石川御殿へ赴き、正月八日に東叡山御堂へ参詣したとの申し越しを承知した旨を伝えた書状。

  13. 追録1-No.2487 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、綱貴の二通の書状を披見し、将軍綱吉が前年冬に小石川御殿へ赴き、正月八日に東叡山御堂へ参詣したとの申し越しを承知した旨を伝えた連署書状。

  14. 追録1-No.2488 阿部正武書状

    阿部正武が、将軍綱吉の息災を伝え、綱貴の養女と島津左京との縁組が願いどおり許可されたこと、使者の書面を受けたことを知らせた書状。

  15. 追録1-No.2489 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、綱貴の養女と島津左京との縁組が願いどおり許可されたとの書面を承知した旨を伝えた連署書状。

  16. 追録1-No.2490 土屋政直書状

    土屋政直が、将軍綱吉の息災を伝え、綱貴の屋敷替えが願いどおり済んだことへの謝意と、礼の使者・書面を受けて関係者が一覧したことを知らせた書状。

  17. 追録1-No.2491 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、綱貴の屋敷替えが願いどおり済んだことへの謝意を書面で承知した旨を伝えた連署書状。

  18. 追録1-No.2492 土屋政直書状

    土屋政直が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の山王社参に関する綱貴の申し越しを承知した旨を知らせた書状。

  19. 追録1-No.2493 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の山王社参に関する綱貴の書面を承知した旨を知らせた連署書状。

  20. 追録1-No.2494 土屋政直書状

    土屋政直が、将軍綱吉の息災を伝え、正月二十四日の増上寺御仏殿参詣に関する綱貴の申し越しを承知した旨を知らせた書状。

  21. 追録1-No.2495 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、正月二十四日の増上寺御仏殿参詣に関する綱貴の申し越しを承知した旨を知らせた連署書状。

  22. 追録1-No.2496 土屋政直書状

    土屋政直が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の知足院への御成りに関する綱貴の申し越しを承知した旨を知らせた書状。

  23. 追録1-No.2497 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の知足院への御成りに関する綱貴の書面を承知した旨を知らせた連署書状。

  24. 追録1-No.2498 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の出羽守亭への御成りに関する綱貴の書面を承知した旨を知らせた連署書状。

  25. 追録1-No.2499 土屋政直書状

    土屋政直が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の本庄因幡守亭への御成りに関する綱貴の申し越しを関係者で相談し、将軍へ披露した旨を知らせた書状。

  26. 追録1-No.2500 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が、将軍綱吉の息災を伝え、先頃の本庄因幡守亭への御成りに関する綱貴の書面を承知した旨を知らせた連署書状。

  27. 追録1-No.2501 島津綱貴家臣御目見願書

    島津綱貴が参勤の御礼を申し上げる際、供として召し連れた家臣の島津図書久洪と喜入又兵衛久亮について、家格・高・島津久通との縁戚や過去の御目見例を示し、従来どおり将軍への御目見を願った願書。

  28. 追録1-No.2502 島津久洪家累代御目見覚

    島津図書久洪の高祖父から父までが歴代将軍へ御目見し、鞍置御馬・御鷹・腰物・白銀・時服などを拝領した由緒を列記し、当代久洪にも御目見を許すよう内々に願った覚書。

  29. 追録1-No.2503 大久保忠朝外二名幕府老中連署状

    大久保忠朝・土屋政直・戸田忠昌が、翌二十一日四時以前に登城し、参勤の御礼を申し上げるよう島津綱貴へ命じた幕府老中連署状。

  30. 追録1-No.2504 登城令書

    島津図書久洪と喜入又兵衛久亮に御目見が許可されたため、翌二十一日四時以前に江戸城へ出るよう命じた令書。

  31. 追録1-No.2505 綱貴登営ス

    元禄八年四月二十一日、綱貴が登城して参勤の御礼を将軍綱吉へ申し上げ、先例どおり品を献上し、家臣の島津久洪・喜入久亮も将軍へ拝謁したことを記す記事。

  32. 追録1-No.2506 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が、綱貴から端午の祝儀として品々が届いたことを喜び、委細は大久保忠朝が伝えるとした御内書。

  33. 追録1-No.2507 土屋政直書状

    土屋政直が松平薩摩守様人々御中へ、端午の祝儀として目録どおりの御樽肴代について配慮を受けたことをありがたく思い、礼状を送る。

  34. 追録1-No.2508 五万石方差分之覚

    綱貴が吉貴へ、従来の部屋住料三万石を家督方へ戻したうえで新たに五万石を分け、家督方と混同せず、役人に厳命して所帯を堅実に維持するよう命じた覚書。

  35. 追録1-No.2509 島津綱貴判物

    島津綱貴が吉貴へ、No.2508と同文の五万石分知・家督方との会計分離・所帯維持の指示を与えた判物。

  36. 追録1-No.2510 島津綱貴袖判条書

    島津綱貴が島津助之丞忠守へ、吉貴への五万石分知後は家督方と会計を混同せず、江戸滞在や奥方の所帯・扶持まで倹約して維持し、役人にも厳命するよう条々を示した袖判条書。

  37. 追録1-No.2511 吉貴帰国、綱貴将軍ニ馬ヲ献ス

    元禄八年五月二十七日、上使阿部正武が吉貴に初めて帰国の暇を伝え、以後は綱貴と吉貴が交替で江戸参勤することになったこと、同年六月に綱貴が先例どおり将軍へ馬二匹を献上し奉書を受けたことを記す記事。

  38. 追録1-No.2512 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が、綱貴から御馬二匹の献上があり、加藤佐渡守と相談して首尾よく将軍へ披露したことを伝えた書状。

  39. 追録1-No.2513 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が、端午の将軍御内書を渡すため、翌日五時に家来を江戸城へ差し出すよう島津綱貴へ命じた書状。

  40. 追録1-No.2514 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が松平薩摩守へ、琉球布十巻・砂糖漬一器・泡盛酒二壺と肴一種の献上があり、首尾よく披露したと伝える。

  41. 追録1-No.2515 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津綱貴へ、養女の婚姻に関する御礼を申し上げるため、翌二十八日五時に登城するよう命じた連署状。

  42. 追録1-No.2516 綱貴、養女ノ婚姻ヲ謝ス

    島津綱貴が島津図書久洪の娘を養女とし、島津淡路守惟久へ嫁がせることについて事前に幕府の許可を受け、元禄八年六月二十八日に奉書を受領して登城し、婚姻許可への御礼を申し上げた記事。

  43. 追録1-No.2517 吉貴帰国ス

    元禄八年五月二十七日、綱吉は上使阿部正武を通じ吉貴に初帰国の暇を与え、時服五十を賜る。その後吉貴が登営して謝礼を述べた際には馬一匹を下賜される。吉貴は六月十日に江戸を発ち、伏見・大坂・赤間関を経て七月二十五日に帰鹿する。新納久品を江戸へ遣わし、九月二十八日に将軍へ白綸子二十巻・干鯛一箱・鰑一箱・御樽…

  44. 追録1-No.2518 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が島津吉貴へ、土用中の将軍の機嫌を使者に伺わせた書状を受け、将軍は健勝なので安心するよう伝え、献上された肴一種を首尾よく披露したと答えた書状。

  45. 追録1-No.2519 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明と松平輝貞が島津吉貴へ、土用中の将軍の機嫌を伺う書状を受け、将軍は健勝なので安心するよう答えた連署書状。

  46. 追録1-No.2520 光久ノ遺骨ヲ高野山蓮金院ニ納ム

    元禄八年六月五日、島津縫殿久當を責任者として光久の遺骨を紀州高野山へ送り、島津大蔵久明、用人村田伊左衛門経智、僧侶らが供奉し、蓮金院で二夜三日の法会と百日曼荼羅供を営んだ後、遺骨を奥院へ納めた記事。

  47. 追録1-No.2521 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津吉貴へ、八朔の祝儀として太刀一腰と馬代黄金十両を献上し、首尾よく将軍へ披露したことを伝えた連署状。

  48. 追録1-No.2522 有馬永純書状

    有馬永純が島津綱貴へ、将軍と綱貴の健勝を喜び、自身が暇を賜って八月十五日に初めて丸岡へ到着し、立派な城地を与えられたため、使札をもって老中へ御礼を申し上げたと報じた書状。

  49. 追録1-No.2523 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明と松平輝貞が島津吉貴へ、初めて帰国の暇を与えられ、馬と時服を拝領して鹿児島へ到着し、御礼の使者を差し越した旨を承知したと答えた連署書状。

  50. 追録1-No.2524 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、中将殿の前年冬の死去を知らせたところ、弔使として伊江按司を、焼香のため円覚寺僧を派遣した厚意に謝した書状。

  51. 追録1-No.2525 島津綱貴書状

    島津綱貴が中城王子へ、中将殿の前年冬の死去を知らせたところ、念入りな弔問状を寄せたことに謝した書状。

  52. 追録1-No.2526 島津綱貴書状

    島津綱貴が佐敷王子へ、中将殿の前年冬の死去を知らせたところ、念入りな弔問状を寄せたことに謝した書状。

  53. 追録1-No.2527 島津綱貴書状

    島津綱貴が琉球国司へ、年頭の祝詞を伝える使札と、例年どおり贈られた数品への謝意を述べ、後日の再会を期した書状。

  54. 追録1-No.2528 島津綱貴回章

    綱貴が琉球国司へ、国の平安を喜び、自身も無事に在府していると知らせる。大清から到来した龍織子一本・雲織子一本・綸子一本を贈られた厚意に謝する。

  55. 追録1-No.2529 島津綱貴回復

    綱貴が中城王子へ、当年の嘉儀として芳翰と恒例の目録品を贈られた厚意に謝する。

  56. 追録1-No.2530 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津綱貴へ、翌十五日は例月の御礼がないため登城に及ばないと通知した連署状。

  57. 追録1-No.2531 徳川綱條書状

    水戸宰相綱條が松平修理大夫へ、首尾よく暇が出て国元へ到着したとの知らせを喜び、念入りな書状に謝する。

  58. 追録1-No.2532 戸田忠昌書状

    戸田忠昌が島津吉貴へ、使者を通じた将軍の機嫌伺いを受け、将軍は健勝なので安心するよう伝え、献上された肴一種を関係者と相談して首尾よく披露したと答えた書状。

  59. 追録1-No.2533 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明と松平輝貞が島津吉貴へ、将軍の機嫌を伺い肴一種を献上した書状を受け、将軍は健勝なので安心するよう伝え、書面の趣旨を承知したと答えた連署書状。

  60. 追録1-No.2534 戸田忠昌書状

    戸田忠昌が島津吉貴へ、鹿児島到着の御礼を述べる使者を翌二十八日五時に江戸城へ差し出し、使者自身も御礼を申し上げるよう命じた書状。

  61. 追録1-No.2535 郷原久兵系譜抄

    郷原久兵兵雄について、貞享四年に島津忠守の二男として生まれ、赤松氏の養子となった後に本姓へ復したこと、元禄八年九月二十七日に父忠守宅で吉貴から加冠・名乗りを受け、島津久輝が理髪を務め、郷原金太夫兵雄と称したことを記す系譜抄。

  62. 追録1-No.2536 大久保忠朝外三名老中連署状

    老中四名が松平修理大夫へ、初帰国の暇と馬・時服を拝領して鹿児島へ到着したことへの礼として、使者が綸子二十巻・樽肴を献じた旨を承知し、披露したと伝える。使者は御前に召し出され、喜色があったと記す。

  63. 追録1-No.2537 島津惟久書状

    島津左京惟久が島津中務久輝へ、吉貴の初入国を使者を通じて祝ったところ、返礼として太刀一腰・馬代白銀五枚・小袖三・樽肴を拝領したことに謝し、吉貴へ披露するよう頼んだ書状。

  64. 追録1-No.2538 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、中将殿の前年冬の死去に際して弔使と円覚寺の焼香使を派遣した厚意に謝した書状。

  65. 追録1-No.2539 島津吉貴書状

    島津吉貴が琉球国司へ、当年の慶事を祝う使札と、目録どおりの品々を贈られたことに謝し、後日の音信を期した書状。

  66. 追録1-No.2540 島津吉貴回復

    吉貴が中城王子へ、当年の嘉儀として芳翰と目録品を贈られた厚意に謝し、後音を期す。

  67. 追録1-No.2541 島津吉貴書状

    島津吉貴が中城王子へ、中将殿の前年冬の死去に際して弔意を示した厚意に謝した書状。

  68. 追録1-No.2542 島津吉貴書状

    島津吉貴が佐敷王子へ、中将殿の前年冬の死去に際して弔意を示した厚意に謝した書状。

  69. 追録1-No.2543 北郷久嘉、吉貴ヲ鹿府ノ亭ニ招

    元禄八年十月十一日、北郷久嘉が鹿児島の屋敷へ島津吉貴を招いて盛膳を献じ、佐多久達が相伴を務めたこと、吉貴が金子五百疋を与え、久嘉の家臣・役人・用人らが御目見したことを記す記事。

  70. 追録1-No.2544 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津綱貴へ、増上寺の火消番を命じ、松平淡路守と相談して勤めるよう指示した連署状。

  71. 追録1-No.2545 綱貴、江府増上寺ノ火消番ヲ勤

    元禄八年十月十六日、島津綱貴が幕府の奉書を受け、阿波徳島城主松平淡路守綱矩と共同で江戸増上寺の火消番を勤めたことを記す記事。

  72. 追録1-No.2546 阿部正武書状

    阿部正武が島津綱貴へ、重陽の将軍御内書を渡すので、翌日の五時過ぎに江戸城へ参上するよう伝えた書状。

  73. 追録1-No.2547 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃聖堂へ御成りになったことを承知して喜んだとの吉貴の書状を披見し、その内容を老中らで相談して将軍へ言上したと伝えた書状。

  74. 追録1-No.2548 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃聖堂へ御成りになったことを喜ぶ吉貴の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた連署書状。

  75. 追録1-No.2549 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃戸田山城守忠昌の屋敷へ御成りになったことを喜ぶ吉貴の書状を披見し、その内容を老中らで相談して将軍へ言上したと伝えた書状。

  76. 追録1-No.2550 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃戸田山城守忠昌の屋敷へ御成りになったことを喜ぶ吉貴の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた連署書状。

  77. 追録1-No.2551 阿部正武書状

    阿部正武が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃土屋相模守政直の屋敷へ御成りになったことを喜ぶ吉貴の書状を披見し、その内容を老中らで相談して将軍へ言上したと伝えた書状。

  78. 追録1-No.2552 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよく、先頃土屋相模守政直の屋敷へ御成りになったことを喜ぶ吉貴の書状を披見し、その趣旨を了承したと伝えた連署書状。

  79. 追録1-No.2553 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉の機嫌がよいことを喜ぶ旨はもっともであり、参勤時期を使者に伺わせた件について、翌年三月中に参府するよう命じた連署状。

  80. 追録1-No.2554 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が松平薩摩守へ、蜜柑二箱と肴一種の献上があり、首尾よく披露したと伝える。

  81. 追録1-No.2555 大久保忠朝外二名老中連署状

    大久保忠朝・阿部正武・戸田忠昌が島津綱貴へ、御用があるため翌十八日の四時に江戸城へ登城するよう命じた連署状。

  82. 追録1-No.2556 綱貴叙爵拝任ヲ謝ス

    元禄八年十二月十八日、島津綱貴が老中三名の奉書を受けて登城し、従四位上・左近衛権中将に叙任されたこと、同月二十八日に再び登城して将軍徳川綱吉へ太刀一腰・金馬代・小袖二十、御台所と三丸の桂昌院へ白銀各三十枚を献じ、綱吉に拝謁して叙爵・任官を謝したことを記す記事。

  83. 追録1-No.2557 大久保忠朝書状

    大久保忠朝が島津綱貴へ、献上された琉球の屏風が将軍の内々の場で滞りなく披露されたので安心するよう伝えた書状。

  84. 追録1-No.2558 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津綱貴へ、翌二十八日の五時に登城し、任官の御礼を申し上げるよう命じた連署状。

  85. 追録1-No.2559 毛利吉広書状

    毛利吉広が島津吉貴へ、同姓の島津綱貴の任官が無事に仰せ出されたことを祝い、吉貴の大きな喜びを察すると伝えた書状。

  86. 追録1-No.2560 蜂須賀綱矩書状

    蜂須賀綱矩が島津吉貴へ、同氏の島津綱貴が重い官職を仰せ付けられたことを祝い、賀意を伝えた書状。

  87. 追録1-No.2561 山内豊房書状

    山内豊房が島津吉貴へ、寒中の息災を尋ねるとともに、島津綱貴が左近衛権中将へ昇進したことを祝い、吉貴の大きな喜びを察すると伝えた書状。

  88. 追録1-No.2562 鳥居忠救書状

    鳥居忠救が島津吉貴へ、島津綱貴の任官が仰せ出されたことを祝い、祝意を伝えた書状。

  89. 追録1-No.2563 土屋政直書状

    土屋政直が島津吉貴へ、寒中の将軍徳川綱吉の様子を使者に尋ねた件について、将軍は健勝なので安心するよう答え、あわせて吉貴が献じた肴一種を老中らで相談して滞りなく披露したと伝えた書状。

  90. 追録1-No.2564 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が島津吉貴へ、寒中の将軍徳川綱吉の様子を使者に尋ねた件について、将軍は健勝なので安心するよう答え、あわせて吉貴が献じた肴一種を受け取り、その趣旨を了承したと伝えた連署書状。

  91. 追録1-No.2565 土屋政直書状

    土屋政直が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉が健勝で先頃金地院へ赴いたことを伝え、吉貴の祝賀状の趣旨を老中らで相談して将軍へ言上したと知らせた書状。

  92. 追録1-No.2566 柳沢保明・松平輝貞連署書状

    柳沢保明・松平輝貞が島津吉貴へ、将軍徳川綱吉が健勝で先頃金地院へ赴いたことを伝え、吉貴からの祝賀状を受け取ってその趣旨を了承したと知らせた連署書状。

  93. 追録1-No.2567 島津綱貴左近衛権中将転任宣旨

    朝廷が従四位上左近衛権少将の島津綱貴を左近衛権中将へ転任させるよう命じた宣旨。

  94. 追録1-No.2568 島津綱貴左近衛権中将転任口宣

    上卿中御門大納言のもと、左近衛権少将の源綱貴を左近衛権中将へ転任させるよう命じた口宣案。

  95. 追録1-No.2569 島津綱貴叙従四位上口宣案

    上卿今城中納言のもと、従四位下の源綱貴を従四位上へ叙するよう命じた口宣案。

  96. 追録1-No.2570 島津綱貴叙従四位上位記

    朝廷が従四位下の源綱貴を、その功績により従四位上へ叙した正式な位記。

  97. 追録1-No.2571 口宣・宣旨目録

    左近衛権中将転任関係では上卿中御門大納言・職事勧修寺頭右大弁、従四位上叙位関係では上卿今城中納言・職事中御門右中弁であったことを列記した口宣・宣旨目録。

  98. 追録1-No.2572 徳川綱吉御内書

    徳川綱吉が島津綱貴へ、歳暮の祝儀として小袖五重が届き喜んでいること、詳細は戸田山城守忠昌が伝えると通知した御内書。

  99. 追録1-No.2573 島津綱貴書状

    島津綱貴が島津吉貴へ、新年を祝い、自身と一族が無事であることを伝え、別紙目録の品を贈った書状。

  100. 追録1-No.2574 大久保忠朝外三名老中連署状

    大久保忠朝ら老中四名が島津吉貴へ、年始の使者を通じて贈られた太刀一腰と馬代黄金十両を受け取り、滞りなく披露したと通知した連署状。