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附録2の目録

旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。

全1,438件中 501~600件・6 / 15ページ

  1. 附録2-No.501 島津家久書状案

    新年を祝い、祝儀として太刀一腰・馬一疋を進上し、永い春の間にさらに祝意を述べたいとした島津家久書状案。

  2. 附録2-No.502 島津家久書状案

    相手が中国に滞在していると聞き便りを控えていたが、無心ながら鞭と梨打烏帽子を調製してほしいと頼んだ。鞭の木は先年伊勢参宮時に現地で選んで所持していた材で、適当ならこれを使うよう伝え、銀子を添えた書状案。

  3. 附録2-No.503 島津家久書状案

    上方で調達を頼んだ釣釜の鐶付について、相手が鐶の色まで指定して世話したことへ深謝した。遠方のため礼が遅れたことを詫び、音信のしるしに丁子十斤を贈った書状案。

  4. 附録2-No.504 島津家久書状案

    これまで贈られた数寄道具を今も秘蔵していると謝し、手持ちに良い釜がないため目立つ荒釜を鋳物師へ注文してほしいと頼んだ。五柳先生の絵の評価、竹皮の円座が調達できない事情を伝え、前年来航の唐船で得た銅製品と舶来織物一巻を贈り、茶の湯の教示へ重ねて礼を述べた書状案。

  5. 附録2-No.505 某覚書

    江戸滞在中は酒と女を慎み、屋形の番・普請を怠らず、客人を待たせず応対し、みだりに見物や物詣でをせず、諸事を町田勝兵衛尉と相談し、夜間の外出と下々の喧嘩・口論を禁ずるよう定めた覚書。

  6. 附録2-No.506 島津家久書状案

    薩摩の京泊へ唐船一艘が来着し、船頭は前年薩摩で船を買って渡唐し、妻も領内にいる人物だと報告した。他所へは行き難いと述べているが長崎へ回すべきなら命じるので、京泊に留める間に検使を早く派遣するよう求めた書状案。

  7. 附録2-No.507 島津家久書状案

    大隅国波見津へ唐船一艘が来着したため長崎へ回航するよう度々命じたが、古船で不可能だと申し立てたと報告し、検使を派遣して適切に処置するよう求めた書状案。詳細は年寄衆から伝えるとした。

  8. 附録2-No.508 島津家久書状案

    前年十月に琉球大島へ漂着した小型唐船の積荷を買い上げ、唐人の荷物帳とともに長崎へ送ったと詳報した。長崎からルソンへ向かった船が難風で琉球へ流れ、船頭西類子が上るため漂着船を調べさせること、さらに小船二艘の流来情報も伝え、長谷川の指示に従うとした書状案。

  9. 附録2-No.509 伊勢貞昌書状

    相良殿来訪時に十分な出迎え・礼遇をせず、屋形へ早く伺候しても内衆を統制できていない状況を厳しく諫めた。種子島左近への配慮も欠くとして、良い事が続くほど油断せず天道を守り、世間への心遣いを第一とし、惟新へも事情を申し上げるよう忠告した書状。

  10. 附録2-No.510 石田三成書状

    明勅使の渡海に伴い一部軍勢を帰国させる場合、残留陣地の留守を厳重に整え、どのような雑説が届いても又八郎本人の指示なしに軽挙しないよう、信頼できる物主を置くことを命じた。各陣屋に奉行を配置し、特に火の用心を厳命した石田三成書状。

  11. 附録2-No.511 伊東祐兵書状

    順天方面の番船に先手衆が攻め掛かったとの知らせを受け、現地の様子を案じて見舞いの使者を送った。自身の前面でも前日から唐人が城近くの港まで進出したが、特段の行動はないので安心するよう伝えた書状。

  12. 附録2-No.512 細川忠利書状

    六月二十日の着船を知ったが順風がなく暑中の航海を案じ、自身は先に帰国したと報告した。領内は早魃で、豊前では三分の二の田地が作付けできず前年風害以来の飢饉が続くと述べ、江戸城二丸・西丸への移徙や長崎奉行の到来予定、三斎が将軍の配慮でゆっくり養生できることを伝えた書状。

  13. 附録2-No.513 飛鳥井雅宣書状

    家久の上洛を祝い、長期の江戸滞在の苦労を察し、本来は自ら訪ねるべきだがまず使者を送り、滞在中に参会すると伝えた。薫香一つと白鳥一羽を贈った書状。

  14. 附録2-No.514 酒井忠世書状

    家久から将軍へ琉球酒一壺と茶を進上した件を披露すると、機嫌よく内書を下され、自分から今後も取り次ぐよう命じられたと報告した。酒井にも琉球酒一壺が贈られたことへ深謝し、両将軍とも健勝だと伝えた書状。

  15. 附録2-No.515 土井利勝書状

    前日の書状と新しい鹿の贈答に謝し、好天のなか能が無事終わったことを祝った。家久が少し病気と聞いて養生を勧め、能の褒賞で一同登城するなら本多上野介にも確認して翌日ごろ登城するのがよいと助言した書状。

  16. 附録2-No.516 山口直友書状

    見舞いの伊勢貞昌と万事相談したことを喜び、将軍の出馬が確実になったとの上方情報を伝えた。この時期は油断せず、使者または飛脚を相次いで上方へ送るべきだと勧め、詳細は貞昌に託した書状。

  17. 附録2-No.517 照高院准后如雪書状

    琉球船の安全祈願を依頼され、丹誠を尽くして七日間の護摩供を修し、巻数・札守を送ったことを報告した。音信として板物二端を受け、今後も祈念に疎意なく努めるとした書状。

  18. 附録2-No.518 太田一吉書状

    前年十二月八日に島津勢が損害を受けたとの知らせを案じたが、家中に尋ねると小者が多かったと聞き、真偽確認の飛脚を送った。急用の飛脚は臼杵へ送れば美作が対応するとし、北国方面は未決着ながら当地は平穏で、兵庫殿も健勝で家康から厚遇されていると伝えた書状。

  19. 附録2-No.519 山口直友書状

    将軍への祝儀と翌月の秀頼婚礼のため諸大名が在京していると知らせ、八月上洛の予定なら婚礼前に上洛するのがよいと勧めた。詳細を派遣した和久甚兵衛に託し、先に使者と緞子一巻を贈られた礼も述べた書状。

  20. 附録2-No.520 本多正純書状

    兵庫頭からの使者と進物を家康へ披露し、使者が御前へ召し出され、家康から格別に懇ろな言葉を受けて首尾よく済んだと報告した。駿府は変事なく普請中で、当地での用向があれば疎意なく対応するとした書状。

  21. 附録2-No.521 山口直友書状

    琉球に珍しい草花があると聞いた本多上野介正純の意向を伝え、どのような品でも珍花があれば枯れないよう注意して上方へ送るよう求めた。正純の書状も披見用に添え、返答を求めた山口直友書状。

  22. 附録2-No.522 本多正純書状

    家久が江戸で思いどおりの成果を得て満足し、木曽路から帰国するとの知らせを祝った。駿府滞在中に十分語り合えなかったことを惜しみ、今後の用向には尽力すると約し、薩摩で鋳造した念入りな鉄砲二十挺を贈られたことへ深謝した書状。

  23. 附録2-No.523 山口直友書状

    年頭祝儀の使者又吉郎を本多正純と相談して披露し、進上した銀子千枚のうち百枚が受納され、九百枚は返却されたので又吉郎へ渡したと報告した。当地の無事と使者の首尾を伝え、自身への銀子十枚にも礼を述べた書状。

  24. 附録2-No.524 某覚書

    配膳時の準備、道具が掛けてあるからと油断しないこと、年長者への遠慮、脇差・火打袋、装束の替え、長い座で疲労を顔に出さないこと、事前連絡を重ねすぎないこと、下座への配膳を軽く扱わないことを定めた奉仕作法の覚書。

  25. 附録2-No.525 島津家久詠草

    梅・藤・松・月・花を詠む祝賀歌、歳暮に国の繁栄と長寿を願う歌、老いと両親への追慕、阿弥陀の教え、年頭、夢・恋・虫の音など多彩な題材を詠んだ島津家久の和歌集。

  26. 附録2-No.526 島津家久外十名詠草

    新春、遠山の雪、鷹、田水、月、虫、秋風、霧、竹林、舟、霜、谷庵などを題に、家久と家臣十名が連作した多数の和歌と、家久の試筆二首を収める詠草。

  27. 附録2-No.527 島津家久詠草

    庭の海山、白菊、時雨、木枯らし、古寺の松、紅葉、秋月、霜枯れなどを題材とする家久の短冊を中心に、同題異案や貞豊の歌も交えた秋冬の和歌集。

  28. 附録2-No.528 島津家久詠草

    梅の香と神前への手向け、客を待つ山桜、道栖の山里、閏月、花と藤、千年の契り、風のない散花など春景を中心に詠んだ家久ほかの和歌を収録する詠草。

  29. 附録2-No.529 島津家久詠草

    七夕の織女と天の川、富士山、宇津山、鳴海、桜島、鈴鹿、逢坂、月前松風など旅路と名所を詠み、忠恒・忠長らの同詠も交えた家久の長篇和歌集。

  30. 附録2-No.530 島津家久詠草

    初秋の風、雁、入江の夕潮、竹、松風、夕波、紅葉、七夕、星合など秋の風物を詠む家久の短冊群。途中には近衛信尹の歌も収め、同題の異案や諸家伝来の原本情報を伴う詠草。

  31. 附録2-No.531 島津忠朗書

    九歳の島津又八郎(忠朗)が大字で記した「花鳥風月」「八幡大菩薩」「春日大明神」の書三通。各原本の伝来先も注記される。

  32. 附録2-No.532 某詠草

    東郷重位の姿を、風に置く露になぞらえて不変の心を詠み、惟肖が賛を加えた詠草。

  33. 附録2-No.533 島津日新制外三名詠草

    飲酒の戒めを主題に、日新斎の教訓歌と能岳俊・義久・家久らの歌を連ねた詠草。酒を重ねる愚かさ、適量、親の戒めを説く。

  34. 附録2-No.534 島津日新斎外三名詠草

    紅梅、花、春雨、雪、曙、夕日、竹、月、七夕、七種、椿、夜時雨など四季と祝意を詠んだ島津家久の短冊・詠草群。

  35. 附録2-No.535 島津義弘書状

    翌日の来訪を喜び、太田飛騨の使者や日向からの到来について協議するため、喜入大炊助ら重臣を伴って早朝に来るよう求めた島津義弘書状。

  36. 附録2-No.536 島津義弘書状

    周囲が父子の不和として取り沙汰すことを警戒し、予定を差し止めて翌朝必ず来訪するよう家久に強く促すとともに、義久にも翌日の来訪を求めた島津義弘書状。

  37. 附録2-No.537 島津義弘書状

    茶詰めのため自分の茶壺を道甫に持たせるので、上洛が延びるなら家久の壺も同便で送ってはどうかと勧め、義久との相談結果を追って知らせるとした島津義弘書状。

  38. 附録2-No.538 島津義弘書状

    庄内合戦での不参陣や朝鮮からの離脱を咎められた川左衛門尉について、前非を改め奉公するなら一度は在衆へ召し戻し、義久の意向も立てるよう家久に再考を求めた島津義弘書状。

  39. 附録2-No.539 島津義弘書状

    放庵を介して求められた人参について、前年に京都で療養した折の高麗人参と、所持する日本人参を少量ずつ送って見比べるよう伝えた島津義弘書状。

  40. 附録2-No.540 徳川家光御内書

    端午の祝儀として贈物十点が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川家光の御内書。

  41. 附録2-No.541 徳川家光御内書

    遠方から龍眼の菓子二箱が届いたことを喜び、詳細は土井大炊助から伝えるとした徳川家光の御内書。

  42. 附録2-No.542 島津義弘書状

    出水へ向かう日程と義弘自身の到着予定を伝え、種子島殿を供に加えることや、義久にも国境を見てもらう案について家久と調整した島津義弘書状。付記は慶長五年説に疑義を呈する。

  43. 附録2-No.543 照高院准后如雪書状

    前年の厚意と優れた葉茶壺に謝し、比志島紀伊守へ委細を託すとともに、大峯での義弘の祈念に応じた巻数・守を送り、砂糖壺二個の贈答にも礼を述べた書状。

  44. 附録2-No.544 近衛信尹書状

    正月二日付の書状と巻物を川東土佐が届けたことを受け、当地の様子を聞いて大いに喜び、追ってこちらからも知らせるとした近衛信尹書状。

  45. 附録2-No.545 山口直友書状

    城番衆の駿府移動を報じ、琉球人の渡海・将軍への謁見をまず使者で促し、それでも応じなければ人数を渡して処置する案を示し、琉球側の返答を注進するよう求めた山口直友書状。

  46. 附録2-No.546 山口直友書状

    家康の将軍宣下を受け、三月十九日に上洛し二十五日に参内する予定と、諸国大名が沿道警固に当たるとの沙汰を伝えた山口直友書状。

  47. 附録2-No.547 熊谷直盛書状

    薩摩を上下する者を島津家の申し次第で支障なく通すよう命じた徳川家康の通行許可書を転送し、関係者の使者を早船で上方へ送るよう求めた熊谷直盛書状。

  48. 附録2-No.548 山口直友書状

    佐和山へ派遣された島津家の使者が帰国するにあたり、自身の案内者を添えたところ、本多佐渡守から丁重に応対された旨を伝えた山口直友書状。

  49. 附録2-No.549 山口直友書状

    歳暮の使札と小袖一重の拝領に感謝し、年内は暇がないため、義久の意向どおり翌春早々に参上して礼を述べるとした山口直友書状。

  50. 附録2-No.550 伊奈昭綱書状

    家康の末子仙千代が死去したことについて、見舞いを披露しないよう厳命されていたため早く知らせられなかったと釈明し、家久の心遣いに礼を述べた伊奈昭綱書状。

  51. 附録2-No.551 山口直友書状

    先日の対面を喜び、本多佐渡守の書状と、羽柴左衛門太夫宛て朱印状の案文を披見して家久の好結果を祝し、委細を使者に託した山口直友書状。

  52. 附録2-No.552 井伊直継書状

    家久の使札と太刀・馬代・鉄砲一挺・緞子十巻の贈物に感謝し、上洛を祝うとともに、兵部少輔との関係についても今後変わらず知らせてほしいと述べた井伊直継書状。

  53. 附録2-No.553 山口直友書状

    薩摩の平穏を喜び、贈られた国産の蜜柑を、折よく関東で蜜柑が話題になっていたため直ちに献上し、書状の趣旨を本多上野介にも伝えるとした山口直友書状。

  54. 附録2-No.554 徳川家康等豊臣氏五大老連署書状

    以前から禁じた海賊行為がなお発生するため、違反者を処罰し、今後は先年の定めどおり領主が責任を負って出船時に厳重な改めを行うよう命じた豊臣政権五大老の連署書状。

  55. 附録2-No.555 毛利輝元・宇喜多秀家連署書状

    天下の急変を受け、領国内の兵を残らず集めて急ぎ上洛するよう求め、弾薬・兵糧は公儀から命じるので人数に応じて用意するよう促した毛利輝元・宇喜多秀家連署書状。

  56. 附録2-No.556 照高院准后如雪書状

    伊勢兵部少輔を通じて承った祈祷の依頼を疎略なく勤めると約し、黄金十両の贈答に謝して、詳細を友枕斎に託した照高院准后如雪の書状。

  57. 附録2-No.557 照高院准后如雪書状

    大峯祈祷の巻数到着を問い、伊集院氏との問題は家久の本意にかなうとしつつ、家康が派遣した使者による調停と家康の憤り、朝鮮での家久の功績、大坂・伏見の平穏を伝え、祈祷継続を約した書状。

  58. 附録2-No.558 近衛信尹書状

    本田助丞を介して贈られた二巻と島津家中の件を喜び、家康の指図で在京が長引く現状、義久の上国をめぐる見通しを伝え、久右衛門を使者として下向させた近衛信尹書状。

  59. 附録2-No.559 照高院准后如雪書状

    前年の病気を聞いて遠方から見舞いの使者を送った家久の厚意に謝し、治療によってすぐ快復したこと、現在は心配無用であることを知らせ、贈物にも礼を述べた書状。

  60. 附録2-No.560 近衛前久書状

    使者と白紙十斤の贈答に謝し、家久の早い帰国で対面できないことを惜しむ一方、自身も前年以来の病気が治らず宿所へ訪ねられない事情を伝え、無事の帰国を願った近衛前久書状。

  61. 附録2-No.561 山口直友書状

    前年夏に贈られた左侍と李白の詩集を大切に秘蔵していると謝し、今後の対面を期した山口直友書状。

  62. 附録2-No.562 山口直友書状

    関東の伊奈備前守から使役していた女性について連絡があり、老中へも事情を伝えたので、その女性が薩摩領内にいるなら支障なく通行させてほしいと頼んだ山口直友書状。

  63. 附録2-No.563 山口直友書状

    故郷出身で盲目の座頭が薩摩へ下りたいと望んでいるため、慈悲により領内を俳徊して芸能・生業を営めるよう許可を求めた山口直友書状。

  64. 附録2-No.564 勢誉書状

    恒例により当峯で依頼された大護摩祈祷を吉日に執行し、巻数と札を進上するとともに、家久の武運長久と国家安全を祈念した勢誉書状。

  65. 附録2-No.565 徳川家康御内書

    年頭の祝儀として太刀一腰と馬一疋が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  66. 附録2-No.566 徳川家康御内書

    重陽の祝儀として小袖五領などが届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  67. 附録2-No.567 徳川家康御内書

    端午の祝儀として雉子十羽、そのうち干物八点が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  68. 附録2-No.568 徳川家康御内書

    音信の品として緞子三十巻と硫黄五百斤が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  69. 附録2-No.569 徳川秀忠御内書

    遠路から蜜柑二箱が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  70. 附録2-No.570 徳川秀忠御内書

    端午の祝意として多数の品を選んで送ったことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。同様の重陽・歳暮文書数通は省略されたと注記する。

  71. 附録2-No.571 山口直友書状

    薩摩へ唐船が着岸したとの八月五日付注進を九月十七日に受け取り、飛脚を留めて本多上野介に披露したので安心するよう伝え、駿府火事は沙汰がないため使者を当地に留めたとした山口直友書状。

  72. 附録2-No.572 山口直友書状

    朱印を受けた原瀬次右衛門が翌春に薩摩から出船する予定であるため、支障のないよう取り計らってほしいと頼んだ山口直友書状。

  73. 附録2-No.573 本多正純書状

    家久が注文した進物を鷹狩の場で本多佐渡守に披露したところ、良い結果になったと知らせ、自身は江戸留守居中であると述べた本多正純書状。

  74. 附録2-No.574 徳川秀忠御内書

    恒例の蜜柑が遠路届いたことを特に喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  75. 附録2-No.575 徳川家康御内書

    遠路から蜜柑一箱が届いたことを喜んだ、島津陸奥守宛ての徳川家康御内書。

  76. 附録2-No.576 徳川秀忠御内書

    年頭の祝儀として太刀一腰・馬一疋・緞子五巻が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  77. 附録2-No.577 徳川秀忠御内書

    重陽の祝儀として小袖五領、そのうち綾二領が届いたことを喜んだ御内書。目録は徳川秀忠、本文の人物注は徳川家康としており、伝来情報に異同がある。

  78. 附録2-No.578 徳川秀忠御内書

    重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  79. 附録2-No.579 豊臣秀頼書状

    年頭の祝儀として太刀一腰・馬一疋・緞子二十端が届いたことを喜び、詳細は片桐市正から伝えるとした豊臣秀頼書状。

  80. 附録2-No.580 徳川家康御内書

    改年の祝儀として太刀一腰・馬一疋・金子一枚・緞子五巻・繻珍五巻が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  81. 附録2-No.581 徳川秀忠御内書

    徳川秀忠が島津家久(薩摩少将)から陽春の祝儀として太刀一腰・馬一疋・緞子十巻を受領したことを喜び、詳細を本多佐渡守正信に託した御内書。『旧記雑録後編4』No.340と同文の重出。

  82. 附録2-No.582 徳川秀忠御内書

    端午の祝儀として品物十点が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  83. 附録2-No.583 徳川家康御内書

    端午の祝儀として雉子十羽が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  84. 附録2-No.584 徳川家康御内書

    重陽の祝儀として小袖五領、そのうち綾二領が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  85. 附録2-No.585 徳川秀忠御内書

    歳暮の祝儀として小袖五重が届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  86. 附録2-No.586 徳川家康御内書

    歳暮の祝儀として小袖五領が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  87. 附録2-No.587 徳川秀忠御内書

    端午の祝儀として雉子・干物計十点が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  88. 附録2-No.588 徳川家康御内書

    音信の品として硫黄二千斤が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  89. 附録2-No.589 徳川家康御内書

    遠路から蘭二本が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  90. 附録2-No.590 徳川秀忠御内書

    重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  91. 附録2-No.591 徳川秀忠御内書

    歳暮の祝儀として小袖十領が届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  92. 附録2-No.592 徳川家康御内書

    歳暮の祝儀として小袖十領、そのうち綾二領が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  93. 附録2-No.593 徳川家康御内書

    音信の品として柑橘一箱が届いたことを喜んだ徳川家康の御内書。

  94. 附録2-No.594 徳川秀忠御内書

    年頭の祝儀として太刀一腰・馬代黄金二十両・緞子二十巻が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  95. 附録2-No.595 徳川秀忠御内書

    端午の祝儀として雉子・干物計十点が届いたことを喜び、委細は大久保相模守から伝えるとした、島津陸奥守宛ての徳川秀忠御内書。

  96. 附録2-No.596 徳川秀忠御内書

    重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  97. 附録2-No.597 徳川秀忠御内書

    陣中の祝意として虎皮二枚と紅赭五十斤が遠国から届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  98. 附録2-No.598 徳川秀忠御内書

    歳暮の祝儀として小袖十領が届いたことを喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  99. 附録2-No.599 徳川秀忠御内書

    遠路から国産の蜜柑二箱が届いたことを特に喜び、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。

  100. 附録2-No.600 徳川秀忠御内書

    歳暮の祝儀として小袖五重が届いたことを殊勝とし、委細は本多佐渡守から伝えるとした徳川秀忠の御内書。