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附録2の目録

旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。

全1,438件中 1001~1100件・11 / 15ページ

  1. 附録2-No.1001 島津光久書状

    先刻の見舞いに礼を述べ、久しぶりに対面でき、相手が元気で達者なのを喜び、後日落ち着いて話したいと伝えた島津光久書状。

  2. 附録2-No.1002 島津光久書状

    翌二十六日に皆を招く予定なので、体調が回復していれば朝六時ごろから来訪してほしいと案内した島津光久書状。

  3. 附録2-No.1003 島津光久書状

    突然暇を得て帰国する細川肥後守を祝い、太刀一腰・馬代黄金一枚・小袖十領を贈る。また有馬方面の情勢を尋ね、新しい動きがあれば隣国として知らせてほしいと依頼した島津光久書状。

  4. 附録2-No.1004 島津光久書状

    前日の正午ごろ甑島沖に帆柱の多い大船が見え、夕刻には天草下島の前を通過したとの出水浦遠見番の報告を急報する。オランダ船かもしれないと推測し、異変があれば相互に連絡するとした島津光久書状。

  5. 附録2-No.1005 島津光久書状

    本田仲左衛門尉が評定所の秘密を知って申し出た件について、老中衆の議題を誰から聞いたのかを徹底して究明し、隠せば処罰すると申し渡すよう命じた島津光久書状。捜査できなければ老中の一人と仲左衛門尉を直接対決させる方針も示す。

  6. 附録2-No.1006 島津光久判物

    豊州家の養子となったものの知行が少なく、当時は私領扱いで別知行がないと聞いたため、黄門へ伺ったうえで光久の持高から五百石を与え、当面の知行とすることを認めた島津光久判物。

  7. 附録2-No.1007 島津光久詠草

    八月十五夜と九月十三夜の月を、晴空に懸かる宝鏡や冷たい光として漢詩に詠んだ島津光久詠草。

  8. 附録2-No.1008 島津光久書状

    前年秋の耕作と物成が例年より良好だったことを喜び、従来の仕方にこだわらず良い制度へ改め、配当を早く実施するよう命じる。代官を入念に監督し、無調法者は交代させるよう指示した島津光久書状。

  9. 附録2-No.1009 島津光久書状

    領内の諸法度執行を新納右衛門佐に任せているため、その命令に少しも背かず、北郷式部太輔配下の江戸詰衆へも申し渡すよう命じる。新納にも遠慮なく指揮するよう伝えよとした島津光久書状。

  10. 附録2-No.1010 島津光久書状

    改暦を祝い、黄門をはじめ家中が無事であるので安心するよう伝え、祝儀のしるしとして小袖一重と肴一種一荷を贈った島津光久書状。

  11. 附録2-No.1011 某追而書

    上使の国廻りについて、不審な牢人を抱えていないかを調べる沙汰ではないかと注意を促し、硫黄島の件を含め、領国内で島津側から差し出口めいた干渉をしてはならないとの意向を伝えた追而書。

  12. 附録2-No.1012 島津光久書状

    年始の使者と太刀一腰・馬一疋を遠路から贈られたことへ謝意を示し、詳しくは北郷佐渡守が伝えるとした島津光久書状。

  13. 附録2-No.1013 島津光久書状

    年頭の使者と太刀一腰・馬一疋を遠路から贈られたことへ謝意を示し、詳しくは新納右衛門佐が伝えるとした島津光久書状。

  14. 附録2-No.1014 島津光久書状

    島原の乱により九州大名が急ぎ帰国・出陣するなか、光久も江戸を発ったが阿部川増水で駿府に滞留した経緯を報告する。江戸での評判を意識して少数騎馬で大坂まで急行し、国元人数が未出陣なら直ちに率いて下ること、有馬へ派遣済みなら自身も直行すること、高麗陣以来の馬印を携行させることを求めた書状。

  15. 附録2-No.1015 琉球国司尚質書状

    新年を祝い、祝儀として太平布五十疋・蕉布五十端・焼酎十甕を進上した琉球国司尚質書状。

  16. 附録2-No.1016 琉球国司尚質書状

    新年を祝い、太平布五十疋・蕉布五十端・焼酎十甕を進上した、別箱に伝来する琉球国司尚質書状。

  17. 附録2-No.1017 琉球国司尚賢書状

    新年の祝詞を述べ、恒例に従って太平布五十疋・蕉布五十端・焼酎十甕を進上した琉球国司尚賢書状。

  18. 附録2-No.1018 琉球国司尚賢書状

    新年の慶賀を述べ、恒例に従って太平布五十疋・蕉布五十端・焼酒十甕を進上した、別箱に伝来する琉球国司尚賢書状。

  19. 附録2-No.1019 琉球国司尚豊書状

    新年を祝い、使節を派遣して恒例の太平布五十疋・蕉布五十端・焼酒十甕を進上した琉球国司尚豊書状。

  20. 附録2-No.1020 徳川家綱御内書

    端午の祝儀として進物数十が届いたことを喜び、詳しくは酒井雅楽頭が伝えるとした徳川家綱御内書。

  21. 附録2-No.1021 徳川家綱御内書

    重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、詳しくは酒井雅楽頭が伝えるとした徳川家綱御内書。

  22. 附録2-No.1022 徳川家綱御内書

    歳暮の祝儀として小袖十領が届いたことを喜び、詳しくは酒井雅楽頭が伝えるとした徳川家綱御内書。

  23. 附録2-No.1023 徳川家光御内書

    歳末の祝儀として小袖十領が届いたことを喜び、詳しくは土井利勝が伝えるとした徳川家光御内書。

  24. 附録2-No.1024 徳川家光御内書

    重陽の佳節に小袖五領が届いたことを喜び、詳しくは土井利勝が伝えるとした徳川家光御内書。同文の端午・重陽・歳暮文書多数は省略される。

  25. 附録2-No.1025 徳川家光御内書

    歳暮の祝儀として小袖十領が届いたことを喜び、詳しくは土井利勝が伝えるとした徳川家光御内書。

  26. 附録2-No.1026 某書状

    書状と新しい鷹一羽を拝領したことへ礼を述べ、近日数寄を催す際に調教して御前へ取り成してほしいと願う。また堀田加賀守の草案を送り、十日から二十日までの間に相談したいとした某書状。

  27. 附録2-No.1027 弘文院春斎書状

    島津国書の下向を祝い、提示された二冊と貴重な文書類を閲覧して驚嘆し、預け置かれることへ謝意を示す。先年持参された島津家記録のうち貴久以来の記事を編纂中の書物へ書き入れたことと、『吾妻鏡』の件を伝えた林春斎書状。

  28. 附録2-No.1028 琉球国司尚貞書状

    先代尚質の跡職を命じられた高恩に感謝し、薩摩藩主へ決して疎意を抱かない旨を黒葛原周右衛門尉を検者として起請文にし、披露を求めた琉球国司尚貞書状。

  29. 附録2-No.1029 松平信網達書

    島津光久の子又三郎と島津但馬守の子又四郎について上聞に達したところ、将軍の都合のよい時に順次御目見させるとの仰せが出たため、その旨を伝えるよう命じた松平信網達書。

  30. 附録2-No.1030 松平定政書状

    稲葉淡路守が疑心から無実の者を多数処刑し、城中を固めたとの上方からの注進を受け、公儀は恨みがないため弁明を命じる奉書を送ろうとしたが、到着前に本人が自害した経緯を老中の上意として伝えた松平定政書状。

  31. 附録2-No.1031 松平乗寿・阿部忠秋連署書状

    若君への年始祝儀として使者を派遣し、太刀一腰・馬代黄金十両を献上したことが披露され、格別の仕合せであると伝えた松平乗寿・阿部忠秋連署書状。

  32. 附録2-No.1032 松平信網・阿部重次連署書状

    若君への年頭祝儀として使者を派遣し、太刀一腰・馬代黄金十両を献上したことが披露され、格別の仕合せであると伝えた松平信網・阿部重次連署書状。

  33. 附録2-No.1033 松平信網外二名連署書状

    島津筑前守を使者として申し上げた件と、御服拝領を喜ぶ旨を了承し、さらに礼の使者を派遣した入念な対応を上聞に達したと伝えた三名連署書状。

  34. 附録2-No.1034 近衛基照書状

    恒例に従って城中の新年を祝い、在府中の健康を祈るとともに、折に調合した薫物一香合を試すよう贈った近衛基照書状。

  35. 附録2-No.1035 阿部重次書状

    翌日の増上寺参詣は後住が未決定で、寺内も混雑しているため、将軍は紅葉山御仏殿へ参ることになり、諸大名は増上寺へ参詣しなくてよいと伝えた阿部重次書状。

  36. 附録2-No.1036 村越正重書状

    書状と雁を贈られたことへ礼を述べ、本来は参上すべきところ、昼夜を問わず城に詰めていて果たせないため、暇ができ次第伺って礼を述べるとした村越正重書状。

  37. 附録2-No.1037 某奉書

    書状を拝見し、将軍方の機嫌を案じる意向を了承して、いずれも体調よく安心するよう伝える。使者と樽・魚の献上が披露され、入念な対応を喜ばれた旨を通知した某奉書。

  38. 附録2-No.1038 松平信寿・阿部忠秋連署書状

    将軍方の容体を案じて使者と樽・魚を献上したことについて、いずれも機嫌よく、披露したところ入念な見舞いだと満悦された旨を伝えた松平乗寿・阿部忠秋連署書状。

  39. 附録2-No.1039 松平信網・阿部重次連署書状

    改年の祝意と将軍方の健康を喜ぶ島津光久の書状を受け、いずれも平安であると伝え、使者を介した祝儀を上聴に達して満悦された旨を通知した連署書状。

  40. 附録2-No.1040 松平乗寿・阿部忠秋連署書状

    新年の祝意と将軍方の健康を喜ぶ書状を受け、いずれも機嫌よく安心するよう伝え、祝儀の使者を派遣した入念な対応を言上するとした連署書状。

  41. 附録2-No.1041 松平信網外二名連署書状

    大納言の病気が早く回復したことを喜び、使者を派遣した島津光久の入念な見舞いを上聴に達したところ、将軍が喜んだ旨を伝えた三名連署書状。

  42. 附録2-No.1042 牧野信成・松平乗寿連署書状

    大納言が病気から早く本復したことを喜んで使者を派遣した島津光久に対し、その後も機嫌よく安心するよう伝え、見舞いの厚意を言上したとする連署書状。

  43. 附録2-No.1043 松平信網外二名連署書状

    九条摂政に関する出来事を受け、将軍の様子を案じて島津光久が使者を派遣したことについて、入念な対応を将軍へ伝えるとした三名連署書状。

  44. 附録2-No.1044 松平信綱外二名連署書状

    亀松の病状を案じた島津光久に対し、すでに本復したので安心するよう伝え、入念な見舞いを上聴に達したとする三名連署書状。

  45. 附録2-No.1045 牧野信成・松平乗寿連署書状一

    大納言の軽い病気を案じて使者を派遣した島津光久に対し、すでに本復したので安心するよう伝え、厚意を言上したとする連署書状。

  46. 附録2-No.1046 松平信綱外二名連署書状

    将軍方の健康を案じ、伊勢兵部少輔を使者として砂糖漬三壺・鰹節一箱を献上したことが披露され、使者を御前へ召し出して入念な見舞いを満悦された旨を伝えた三名連署書状。

  47. 附録2-No.1047 松平信綱外二名連署書状

    亀松が病気から早く本復したことを喜び、使者を派遣した島津光久の入念な対応を上聞に達した旨を伝えた三名連署書状。

  48. 附録2-No.1048 牧野信成・松平乗寿連署書状

    大納言の病気が早く本復したことを喜び、使者を派遣した入念な対応を言上したと伝えた牧野信成・松平乗寿連署書状。

  49. 附録2-No.1049 松平信網外二名連署書状

    大納言の病状を案じて使者を派遣した島津光久に対し、すでに本復したので安心するよう伝え、入念な見舞いを上聴に達したとする三名連署書状。

  50. 附録2-No.1050 松平信綱外二名連署書状

    大納言の病気が早く本復したことを喜んで使者を派遣した島津光久について、その厚意を上聴に達し、将軍が喜んだ旨を伝えた三名連署書状。

  51. 附録2-No.1051 松平信網外二名連署書状

    将軍が頭痛のため正月二十四日の御堂参詣を延期したと聞き、病状を案じて使者を派遣した島津光久に対し、すでに快復して前月二日に増上寺へ参詣したので安心するよう伝えた三名連署書状。

  52. 附録2-No.1052 松平信網外二名連署書状

    大納言が軽く患って年頭の礼を延期したと聞き、様子を案じて使者を派遣した島津光久に対し、すでに快復しているので安心するよう伝え、厚意を上聴に達するとした連署書状。

  53. 附録2-No.1053 山崎正信書状

    井上筑後守・馬場三郎左衛門が派遣され、五日に大坂へ着き、同夜に天候次第で出船すると報じる。島津光久が東目筋を下る予定を承知し、当地に異変はないので安心するよう伝えた山崎正信書状。

  54. 附録2-No.1054 林勝正書状

    使者と薩摩産の赤貝塩辛一壺を贈られたことへ礼を述べ、外出中で使者に応対できなかったため、後日伺候して謝意を示すとした林勝正書状。

  55. 附録2-No.1055 兼松正直書状

    使者と薩摩産の赤貝塩辛一壺を贈られたことへ礼を述べ、外出していて即答できなかったため、後日改めて礼を述べるとした兼松正直書状。

  56. 附録2-No.1056 牧野信成書状

    使者と九年母一箱を贈られたことへ礼を述べ、城中に詰めていて即答できなかったため、面会時に謝意を伝えるとした牧野信成書状。

  57. 附録2-No.1057 細川光尚書状

    前日に招かれたことへの礼として使者を受けたことを感謝し、外出中で即答できなかったため、後日改めて面会したいと伝えた細川光尚書状。

  58. 附録2-No.1058 久世重利書状

    書状と琉球酒一壺・赤貝の漬物一壺を贈られたことへ礼を述べ、御殿へ見舞いに伺えなかったことを詫び、後日伺候するとした久世重利書状。

  59. 附録2-No.1059 松平信網外二名連署奉書

    翌日に能が催されるため見物するよう上意があり、五時ごろ登城するよう伝えた松平信綱・阿部忠秋・阿部重次連署奉書。

  60. 附録2-No.1060 阿部忠秋・阿部重次連署覚

    近日中に公家衆へ暇が与えられるため、翌日から当月中は諸大名の供足を出さなくてよいと申し渡した阿部忠秋・阿部重次連署覚。

  61. 附録2-No.1061 松平信網・阿部重次連署書状

    参向中の公家・門跡衆をもてなすため、天候がよければ翌日に能を催すので見物するよう上意を伝え、六つ時ごろの登城を求めた松平信綱・阿部重次連署書状。

  62. 附録2-No.1062 細川光利書状

    将軍が機嫌よく、細川光利自身も七日に無事領地へ着いたと報告する。領国へ派遣した者から異変なしとの報告が老中へ届き、当地にも変事はないので安心するよう伝えた細川光利書状。

  63. 附録2-No.1063 松平信綱外二名連署奉書

    翌二十日に能を催すので見物するよう上意を伝え、息子又三郎を同道して六つ半時ごろ登城するよう求めた三名連署奉書。

  64. 附録2-No.1064 酒井忠重書状

    二十八日夜の招待を受け、必ず参上すると返答し、本来はこちらから礼を申し上げるべきところ、逆に書状を受けて恐縮したと述べた酒井忠重書状。

  65. 附録2-No.1065 杉浦正友書状

    二十八日夜の招待には必ず見舞いに参上すると返答し、外出していて返事が遅れたことを詫びた杉浦正友書状。

  66. 附録2-No.1066 阿部重次書状

    月初が近いため、翌二十八日の礼は行わず、出仕にも及ばないと伝えた阿部重次書状。

  67. 附録2-No.1067 向井忠綱書状

    将軍が機嫌よく過ごしていることを伝え、島津光久が道中無事に到着したかを尋ねる。出立時の言葉どおり使者と泡盛一甕・赤貝漬一壺を贈られた心遣いへ謝意を示した向井忠綱書状。

  68. 附録2-No.1068 阿部忠秋書状

    琉球布十端・魚一種・焼酎二壺を目録どおり献上し、披露したところ入念な進物であると将軍が喜んだ旨を伝えた阿部忠秋書状。

  69. 附録2-No.1069 松平信綱外二名連署書状

    暇を得て帰国する際、将軍方の様子を伺うため江戸に家臣を残したことについて、将軍はいずれも機嫌よく、城廻りにも二度出御したので安心するよう伝え、入念な対応を上聴に達したとする三名連署書状。

  70. 附録2-No.1070 松平信網・阿部重次連署奉書

    日光普請が無事完了した祝賀として翌日に能を催すので見物するよう上意を伝え、五時ごろ登城するよう求めた松平信綱・阿部重次連署奉書。

  71. 附録2-No.1071 松平信綱外二名連署書状

    将軍方の健康を案じて使者と目録記載の品々を献上した島津光久に対し、いずれも機嫌よく、進物を披露したところ入念な対応を喜ばれた旨を伝えた三名連署書状。

  72. 附録2-No.1072 松平乗寿書状

    将軍方の健康を案じる使者を受け、いずれも機嫌よく安心するよう伝える。また大納言へ琉球鶏三籠と虫籠三個を献上し、披露されたことを通知した松平乗寿書状。

  73. 附録2-No.1073 新見正信書状

    長崎から帰還後、渡海用の船が予州方面で破損したため対応に追われ、島津光久からの使者への返答が遅れたことを詫び、後日伺候するとした新見正信書状。

  74. 附録2-No.1074 松平信網外二名連署書状

    将軍が眼病から早く快復したことを喜び、使者を派遣した島津光久に対し、その入念な見舞いを将軍へ申し上げると伝えた三名連署書状。

  75. 附録2-No.1075 阿部重次書状

    月初が近いため、翌二十八日の礼は行わず出仕にも及ばないと伝えた阿部重次書状。

  76. 附録2-No.1076 松平信網外二名連署奉書

    翌朝、二之丸で御茶を下されるとの仰せが出たため、六時ごろ登城するよう命じた三名連署奉書。

  77. 附録2-No.1077 松平信綱・阿部忠秋連署書状

    息子又三郎が将軍の鷹の捕った雲雀を拝領したことを喜び、礼の使者を派遣した入念な対応を上聴に達したと伝えた松平信綱・阿部忠秋連署書状。

  78. 附録2-No.1078 酒井忠勝書状

    又三郎が初めて将軍の鷹の雲雀を拝領したことを喜び、老中へ使者を送った丁重な対応を相談のうえ上聞に達するとした酒井忠勝書状。

  79. 附録2-No.1079 牧野信成・松平乗寿連署書状

    将軍方の健康を案じる使者を受け、いずれも機嫌よく安心するよう伝える。また大納言へ砂糖漬菓子一箱と琉球酒一壺を献上し、披露されたことを通知した連署書状。

  80. 附録2-No.1080 徳川義直書状

    右兵衛督方への輿入れの祝儀として使者と三種二荷を贈られたことへ謝意を示した徳川義直書状。

  81. 附録2-No.1081 松平信網・阿部忠秋連署書状

    崇源院の遠忌法要が増上寺で営まれるため、島津光久が使者を立てて香奠を献上し、御影前に供えられたことを上聞に達したところ、将軍が喜んだ旨を伝えた連署書状。

  82. 附録2-No.1082 松平乗寿書状

    将軍が八月朔日に表へ出御し諸大名の礼を受けたことを喜んで使者を派遣した島津光久に対し、将軍方は機嫌よく安心するよう伝える。また大納言へ薩摩産の魚一種を献上し、披露されたことを通知した松平乗寿書状。

  83. 附録2-No.1083 松平信網外二名連署書状

    将軍方の健康を案じて使者を派遣した島津光久に対し、いずれも機嫌よく安心するよう伝え、薩摩産の二種の進物を披露したところ丁重な対応を喜ばれた旨を通知した三名連署書状。

  84. 附録2-No.1084 松平信網・阿部重次連署書状

    又三郎が上使を通じて将軍の鷹の雲雀を下賜されたことを喜び、礼を申し上げた入念な対応を台聞に達すると伝えた松平信綱・阿部重次連署書状。

  85. 附録2-No.1085 松平信網・阿部忠秋連署書状

    将軍が九月二十七日に鷹野へ出たことを喜び、健康を案じて使者を派遣した島津光久に対し、将軍はますます機嫌よく頻繁に鷹狩へ出ているので安心するよう伝えた連署書状。

  86. 附録2-No.1086 松平信網・阿部重次連署書状

    将軍が八月二十七日にその秋初めて王子へ出御したことを喜んで使者を派遣した島津光久に対し、将軍は機嫌よく各地へ鷹狩に出ていると伝え、薩摩産の魚二種の献上も披露された旨を通知した連署書状。

  87. 附録2-No.1087 松平乗寿・阿部忠秋連署書状

    将軍が王子へ鷹野に出たことを喜び、使者を派遣した島津光久の入念な対応を言上すると伝え、将軍方はいずれも機嫌よく安心するよう述べた連署書状。

  88. 附録2-No.1088 松平信網外二名連署書状

    将軍が病気から快復し、九月十七日に内宮へ参詣したことを喜び、使者を派遣した島津光久の入念な見舞いを上聴に達したところ、将軍が喜んだ旨を伝えた三名連署書状。

  89. 附録2-No.1089 春斎書状

    上方での御用を終えて帰着した春斎が、上洛中に受けた使者や高野山への配慮に謝意を示す。毎日安藤右京のもとで寄合が続き訪問できなかったため、近く参上すると伝えた書状。

  90. 附録2-No.1090 阿部忠秋・阿部重次連署書状

    島津光久から薩摩産の蜜柑を贈られ、披露のうえ受納されたことを伝えて謝意を示した阿部忠秋・阿部重次連署書状。

  91. 附録2-No.1091 松平信網外二名連署書状

    将軍が機嫌よく過ごしていることを伝え、島津光久から献上された薩摩産蜜柑二箱を披露した旨を通知した三名連署書状。

  92. 附録2-No.1092 松平乗寿書状

    将軍と大納言がともに機嫌よく過ごしていると伝え、大納言へ島津光久の園で採れた蜜柑を献上し、披露された旨を通知した松平乗寿書状。

  93. 附録2-No.1093 松平乗寿書状

    寒中の将軍方の様子を尋ねて使者を派遣した島津光久に対し、いずれも機嫌よく過ごしていると返答し、領地で捕らえた鶴二羽の献上を披露した旨を伝えた書状。

  94. 附録2-No.1094 阿部忠秋・阿部重次連署書状

    将軍方の健康を案じて使者を派遣した島津光久に対し、機嫌よく過ごしていると返答し、捕らえた鶴一羽の献上を披露したところ喜ばれた旨を伝えた連署書状。

  95. 附録2-No.1095 酒井忠吉書状

    歳暮の祝儀として国元の焼酎一壺と鯉二折を贈られたことに謝意を示し、登城していたため返礼が遅れたと詫びた酒井忠吉書状。

  96. 附録2-No.1096 時川某書状

    島津光久から使者を通じて鴨四羽を贈られたことに謝意を示し、登城していたため返答が遅れたと詫びた時川某の書状。

  97. 附録2-No.1097 喜多見重勝書状

    島津光久から使者を通じて国元の蜜柑一箱を贈られたことに謝意を示し、登城中で返答できなかったと詫びた喜多見重勝書状。

  98. 附録2-No.1098 阿部正之書状

    国元から届いた名物の柑橘一籠を拝領したことに謝意を示す。登城時の振舞いでひどく酔ったため返答が遅れたと詫び、近く訪問すると伝えた阿部正之書状。

  99. 附録2-No.1099 徳川義直書状

    前日の島津光久の来訪と、奥でゆっくり懇談できたことを喜び、次の対面を期した徳川義直書状。

  100. 附録2-No.1100 松平信綱外二名連署書状

    年頭の礼として使者を派遣し、太刀一腰と馬代黄金十両を献上した島津光久に対し、披露のうえ将軍が喜んだ旨を伝えた三名連署書状。