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附録2の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
全1,438件中 801~900件・9 / 15ページ
附録2-No.801 島津家久書状
当日は疎遠に感じたと述べ、扇を見つけたので贈り、まもなく訪ねて直接話すとした島津家久書状。
附録2-No.802 島津家久書状
千句の資料について、もう一巻所持しているので進上するとした島津家久の短い書状。
附録2-No.803 島津家久書状
向島の女房衆がいずれも喜んでいる様子が思いやられると述べた島津家久書状の短い残存部分。
附録2-No.804 島津家久書状
薫物を贈り、自分宛てと思って持参された書状が加治木行きかどうかを問い、先日は雨風雪で足止めされたが夜具が届いて助かったこと、大雪の折に先方が訪れて夜を明かした思い出を記した島津家久書状。
附録2-No.805 島津家久書状
非常な大風のため先方を案じ、前日は船も通えないほどだったと知らせ、珍しい貝を贈って、まもなく訪ねるとした島津家久書状。
附録2-No.806 島津家久書状
書状と珍しい品を喜び、上方からの便りはまだ届かないが三日以内には来るだろうとして、届けばこちらから知らせ、間もなく訪問するとした島津家久書状。
附録2-No.807 島津家久書状
書状を喜び、続く雨で意に反して訪問できず、用事も多く疎遠のようになっているが、近く訪ねて諸事を話すとした島津家久書状。
附録2-No.808 某書状
近頃は加治木へ赴いて長く滞在していたと述べ、先方では流行がまだ続いているかを尋ね、こちらでは収まったと知らせ、近く訪ねるとした某書状。
附録2-No.809 島津家久書状
前日に桜躑躅を贈られ、こちらでは初めて見たと喜び、すぐ訪ねて花を眺め慰みたいとした島津家久書状。
附録2-No.810 島津家久書状
書状を喜び、花見に出て慰んだこと、花は少なかったものの二日にわたる花見になったことを伝えた島津家久書状。
附録2-No.811 島津家久書状
近頃訪ねようと思いながら種々の用事で果たせず残念だと述べ、少し暇ができれば訪問して話すとした島津家久書状。追伸では少し兆しが見えるが、まだ分からないとする。
附録2-No.812 島津家久書状
「おめり」という語について、琴で次第に重ねて弾く奏法を「おめり引き」といい、物が次第に重なることも「おめり」というと説明し、和歌などにも用例があるか尋ねた島津家久書状。
附録2-No.813 島津家久書状
遠路から使者と肴を送られた厚意に謝し、当地は皆無事で、春には暇を得て帰国できるだろうと伝え、若い出雲守には折々に意見を加えて諸事を慎ませることが肝要だと求めた島津家久書状。
附録2-No.814 島津家久書状
珍しい雪のため先方を案じ、霧島へは雪が落ち着いてからがよいとし、厳寒なので夜の人数は三人ほどが適当かと提案した。大隅殿と相談して乗物などを手配することや、病後の快気も尋ねた島津家久書状。
附録2-No.815 板倉重宗書状
薩摩産の蜜柑五百個入り二籠を遠路から贈られたことに、過分の厚意として謝した板倉重宗書状。
附録2-No.816 阿部忠秋書状
家久が道中無事に国元へ到着したことを使者が上申し、披露ののち使者が御前へ召し出される好結果となったと報告し、自身へ贈られた南都諸白二樽と鰹節一箱にも謝した阿部忠秋書状。
附録2-No.817 堀田正盛書状
将軍へ樽肴を献上した使者が直ちに御前へ召し出されたと報告し、自身へ贈られた鰹節五百本と諸白の大樽一荷に謝した堀田正盛書状。
附録2-No.818 阿部正次外三名連署書状
二十日に将軍が広間へ出御し、大名衆が太刀目録をもって御移徙の祝儀を述べ、機嫌よく式を終えたのち鷹狩へ出たとの吉報を伝えた四名連署書状。
附録2-No.819 性真親王書状
家久が在府中とみて書状を送り、前年帰国時に依頼した蘇鉄が今回多数上り、見事なため法皇も機嫌よく、自身からも取次ぐと伝え、奉書の拝見を求めた性真親王書状。
附録2-No.820 島津忠恒書状
阿久根で相談した案件を了承し、できる限り義久とも談合するのがよいと述べ、伊平左衛門尉には重要な用件があるため明後日こちらへ来るよう命じてほしいと求めた島津忠恒書状。
附録2-No.821 島津忠恒書状
関東到着を報告するための船を手配し、徳川家康の年内上洛が確実であるとして上国を促すとともに、海上での用心を求めた島津忠恒書状。
附録2-No.822 島津家久直書
寒中の検地・改役は困難であるが油断なく勤務するよう励まし、具体的な指示は奉行衆から伝えると申し渡した島津家久直書。
附録2-No.823 島津忠恒書状
市来八左衛門尉が関東から徳川家康の朱印状を持ち帰り、その朱印状を義久・義弘へ回覧したこと、家康の年内上洛が確実であることを報じた島津忠恒書状。
附録2-No.824 島津忠恒書状
香袋と自詠を書き付けた扇を贈り、今は暇がなく訪問できないが後日赴く意向を伝えた島津忠恒書状。
附録2-No.825 島津忠恒書状
新納右衛門尉を介して聞いた案件について、早朝までの返答を求められているものの、十分に思案して翌朝回答すると伝え、往復の用件に備えて当所に滞在する旨を述べた島津忠恒書状。
附録2-No.826 島津忠恒書状
No.820と同文。阿久根で相談した案件を了承し、できる限り義久とも談合するのがよいと述べ、伊平左衛門尉を重要な用件のため召喚するよう求めた島津忠恒書状。
附録2-No.827 島津忠恒書状
山口直友・本多父子との交渉や市来八左衛門尉の帰着見込みを報告する。また、伊達領へ漂着した琉球人を家康の命令で陸路大坂まで護送し、死者を出さず琉球へ送り届けるよう厳命された経緯を記す。さらに佐土原在番衆が荘田三大夫に反抗すれば家康への不敬となり、所領没収にもつながりかねないとして統制を強く求める。
附録2-No.828 島津家久書状
以前求められた薬種のうち医師の日記で確認できた分を送り、入手できなかった『本草綱目』も当年の船で二部到来したため併せて送ると伝えた島津家久書状。
附録2-No.829 島津家久書状
義弘からの書状を受け取り、寺沢広高への訪問後に無事帰宅したことを喜び、満月後に家久が訪問する予定について義弘の指示に従う旨を述べた島津家久書状。
附録2-No.830 島津家久書状
用事に備えて留め置いていた大挙坊を吉田九郎右衛門尉とともに下向させると報じる。併せて、七月七日の伏見での能に諸大名が出席し、幕府の法度が公布され、京都でも同様に触れ出された状況を伝えた島津家久書状。
附録2-No.831 島津家久書状
琉球へ下す使者について、川上式部太輔ら五人のうち誰を任命するのがよいか義弘の意見を求め、現地では鎌田左京亮が義弘の意向に従うよう申し付けると伝えた島津家久書状。
附録2-No.832 島津家久書状
豊臣秀頼への年始祝儀として太刀一腰・馬一疋・緞子二十端を献上するので、しかるべく披露してほしいと依頼した島津家久書状。
附録2-No.833 島津家久書状
病中のため印判を用いたことを断り、新年を祝うとともに、長期滞在の労をねぎらって太刀一腰・馬一疋・縮緬十端を贈った島津家久書状。
附録2-No.834 島津家久書状
相良頼安の子息誕生を祝い、親交のしるしとして五代勝左衛門を派遣し、詳しい祝意は重盛から伝えるとした島津家久書状。
附録2-No.835 島津家久書状
将軍の上洛が近づくなか、悪天候で一行が苦労していることを察し、自身が途中まで出迎えて拝謁すべきか、まだ年賀を述べていないため控えるべきかを土井利勝に問い、本多正純とも相談して返答するよう求めた島津家久書状。
附録2-No.836 島津家久書状
島津家久が江戸へ到着したことを将軍秀忠が知り、早く対面する予定だったが将軍の病気により延期されたと報告する。滞在地も未定であることを伝え、南部酒二樽を義弘へ贈る。
附録2-No.837 島津家久書状
駿府・江戸へ急使を派遣したことを知らせ、大坂で思いがけない事態が起きたため近隣領主である池田利隆の苦労を察し、関東からどのような命令が出たかを尋ねた島津家久書状。
附録2-No.838 島津家久書状
酒井忠世の上洛時に好天が続いたことを喜び、禁中へ諸大名が使者を立てた事情を派遣した使者から聞かせてほしいと求める。早い下向を待つとともに、鰹節・琉球酒・諸白を贈った島津家久書状。
附録2-No.839 島津家久書状
No.875およびNo.1400の一部と同文であるため、本文を省略した島津家久書状。
附録2-No.840 島津家久書状
将軍から暇を与えられ、名物の太刀・脇差と逸物の馬二疋などを拝領したので安心するよう伝える。八日に江戸を発って上洛する予定を義弘にも知らせるよう求め、島津久敏の到着と長千代の帰国方針も報じた島津家久書状。
附録2-No.841 島津家久袖判条書
たびたび命令に従わず、訴訟で多くの口上を並べて自己の主張を押し立て、他人と相談しないなどの振る舞いを列挙し、これ以外にも勝手な行為があるとして比志島宮内少輔へ伝えるよう命じた島津家久袖判条書。
附録2-No.842 島津家久書状
遠国から使者と書状を受け、さらに太刀一腰・馬一疋を贈られたことへ謝意を示し、詳しくは使者へ伝えたとする島津家久書状。
附録2-No.843 松平忠和書状
島津家久から使者と太刀一腰・馬代銀五枚を贈られたことへ礼を述べ、暖気のため安元を出る際に挨拶できなかったことを詫びる。家久の上洛時に直接礼を述べたいとし、海松食と鷹狩の小鴨三羽を返礼に贈った松平忠和書状。
附録2-No.844 堀直寄書状
島津家久の返書を拝受し、二十八日夜に必ず参上すると約束して、家久の尺八を聴きたい心中を察してほしいと述べた堀直寄書状。
附録2-No.845 某覚書
居所、二か条の案件、弾正大弼の内儀から聞いた事柄、鹿児島の件、式部太輔に付けるべき人物について、検討事項を列挙した某覚書。
附録2-No.846 伊地知重順覚書
日向国倉岡城の普請について、大手口・水手口の城戸、内城・中城・東西小城など各区画の塀の長さ、外城、堀の長さ・幅・深さを具体的に記録した伊地知重順覚書。
附録2-No.847 島津家久書状
伊作の大汝八幡について、かつて神龍院から三輪神であろうと聞き、近年発見された遷宮文書にも大和国三輪から勧請したとあることを報じる一方、なぜ八幡と称するのか教示を求める。遷宮文書を送り、国家安全祈願料の銀百二十目と新渡の伽羅一両を贈る。
附録2-No.848 島津家久書状
先に渡した古今集関係の詠草を確実に所持して心得るよう求め、歌を書き付けた扇も添えたことを伝えた島津家久書状。
附録2-No.849 島津家久覚書
国家をよく治めるための分別、詳細な裁定、祈念、由緒ある家への配慮、死罪の猶予、算用方への注意、役人間の関係、内儀で繰り返し意見すること、奥方への対応など、統治と家政の基本方針を列挙した島津家久覚書。
附録2-No.850 沙弥某書状
『夢かとよ、たどる枕の郭公、なくねわかるる有明の空』との御詠を再三吟味し、二字について決し難いほど称賛すべき出来であり、『有明の月ぞ残れる』などの面影もあるとして披露を願った沙弥某書状。
附録2-No.851 沙弥某書状
散った花の名残と春の暮れを詠んだ歌が直されたことを受け、その出来を抜群と称賛し、自作まで褒められた冥加を謝して披露を願った沙弥某書状。
附録2-No.852 沙弥某書状
前夜に郭公を待って詠まれた歌を称賛しつつ、一音と声の語の選択について古歌を引き、表現案を示して披露を願った沙弥某書状。
附録2-No.853 沙弥某書状
御詠を再三吟味し、初句から結句まで申し上げるべき難点はなく、特に『明け残したる』との表現を称賛した沙弥某書状。
附録2-No.854 某書状
魚一折を贈られたことへ礼を述べ、こちらは無事であるが少し煩っているため筆を置くとし、伝言を確実に取り次ぐよう依頼した某書状。
附録2-No.855 島津家久書状
頭屋で一曲が演奏されたものの見物できず残念であったため、紅葉狩や天つ風を題材とする和歌二首を詠み、関係者にも伝えるよう求めた島津家久書状。
附録2-No.856 島津家久書状
役人同士の関係、酒を過ごさないこと、子どもたちの仲が悪くならないよう心掛けることの三か条を申し渡した島津家久書状。
附録2-No.857 島津家久条書
太刀の持参・受け渡し・披露、貴人からの盃、銚子での酌、相伴、礼の仕方、小刀の差し方、衣服の襟、手水、硯箱の扱い、貴人の刀の持ち方などを列挙し、念入りな稽古を命じた島津家久条書。
附録2-No.858 某書状
使者と書状に加えて白紙二斤・銀子三枚を贈られたことへ礼を述べ、相手の下向が延期されたため訪問を見合わせたが、明日か明後日の帰国時には大坂まで赴いて暇乞いすると伝えた某書状。
附録2-No.859 島津家久書状
現地に新しい問題がないかを案じ、兵部と内議したうえで七左衛門を使者にしたので詳しく相談するよう求める。自身は老齢で望みはないが家名を落とすことは無念だと述べ、疑念を招かぬよう肥前守らとも談合して対処するよう指示した島津家久書状。
附録2-No.860 島津家久書状
近く暇が出て下向する見込みを伝え、祝儀として九献を贈るとともに、年初からこのような満足はないと喜び、香を炷いて楽しむよう勧めた島津家久書状。末尾は欠損している。
附録2-No.861 島津家久書状
前日に初桜を贈られたことへの返礼と稽古のため、『手折り来る人の情に遠山の桜の色もまさりこそすれ』との一首を詠んだ島津家久書状。
附録2-No.862 某覚書
勝木普請、紀伊の空室、千代の件とその親、江戸への使者、毛利長州への使者について、政務上の検討事項を列挙した某覚書。
附録2-No.863 某覚書
ならし、押米、鹿児島衆中の外城移転、諸役人の乱れ、拝借、出銀未進について、処置を要する事項を列挙した某覚書。
附録2-No.864 某覚書
No.523と同文であるため、本文を省略した某覚書。
附録2-No.865 島津久元・伊勢貞昌連署書状
虎寿から殿様への年始使者に樽一荷を添えるため、現地で二斗入りの樽を調達して渡すよう命じる。また、日向方面へ便船があれば乗せ、なければ船を仕立て、港から高岡までの運送費にも配慮するよう指示した久元・貞昌連署書状。
附録2-No.866 島津家久書状
上使が当地へ下向したと聞き、遠路の労をねぎらって、近日中に帰路へ上るのか滞留するのかを尋ね、書信のしるしに小袖三重を贈った島津家久書状。
附録2-No.867 島津家久書状
伊勢貞昌を通じて書状を受け、翌朝出仕するのがよいとの本多上野守の内意かを確認し、自身もそのつもりで支度して御城で面会すると伝えた島津家久書状。
附録2-No.868 町田久幸外二名連署書状
当年の出銀を一石につき一匁三分と通達していたが、二度の大風と水損を考慮して七分に軽減すると通知する。十一月朔日から鹿児島の受取衆へ銀子または鳥目で納め、年内に皆済し、正月まで遅れれば利子を付けて算用すると命じた三名連署書状。
附録2-No.869 島津家久書状
先に話した籠手の件について十郎左衛門らの意向も気に掛けつつ、今回は以前の籠手を用いる考えを示し、稽古の際に出て来てさらに相談しようと伝えた島津家久書状。
附録2-No.870 島津氏進物、注文
京都で将軍をはじめ本多上野守・山口勘兵衛尉・片桐市正・福島左衛門太夫らへ贈る馬・太刀・生紙・銀子・緞子・袷・生絹帷子などの品目と数量、馬代を受取人別に記した島津氏の進物注文。
附録2-No.871 加藤三正書状
肥後国から出水領内へ逃亡した百姓がいると聞き、別紙に人相などを書き付けて送るので、相互協力の例に従って捕らえ返してほしいと依頼した加藤三正書状。
附録2-No.872 三原重種書状
上使一行の水俣・肥後から筑後川、柳瀬、熊本を経る行程と、翌日ごろ安元へ着く見込みを報告する。上使が途中では輿を用い、騎馬の内衆五人、供の京衆六十余人を伴うことなど、迎接準備に必要な情報を伝えた三原重種書状。
附録2-No.873 三原重種書状
相良勘解由を通じて書状を拝見し、御座所を建昌へ移す件が佐州まで伝えられたことを報告する。差し迫った時期でも鹿児島で辛抱するのがよいとの意見と、上州へ相談したうえで駿府から詳細な指示が来る見込みを伝えた三原重種書状。
附録2-No.874 某書状
喜平次が御前へ召し出され、能にも出席し、暇の際に馬を拝領したことを喜び、今後も喜平次への厚意を願う。また、正月は上洛で多忙になると見込み、互いに日が長くなってから面会したいと伝えた某書状。
附録2-No.875 島津家久書状
No.839およびNo.1400の一部と同文であるため、本文を省略した島津家久書状。
附録2-No.876 島津家久書状
先の書状どおり明後日に出向くとの返答を受け、その旨を関係者へ伝えたので心得るよう求め、詳しくは面会して相談するとした島津家久書状。
附録2-No.877 三宅某外一名連署書状
大隅守の御召船の建造を明石喜左衛門尉に命じ、立派に完成して江戸にも報告したことを喜ぶ。喜左衛門尉への厚遇と銀子拝領に謝意を示し、船作事の技術を伝習するよう命じられた件も兵庫頭にとって喜ばしいと述べた二名連署書状。
附録2-No.878 明石乗吉書状
遠路から諸白一樽と鯛四枚を贈られたことへ礼を述べ、御座船がほぼ完成して見事な出来であると報告し、続いて小早船と十二端帆の建造へ取り掛かる覚悟を示した明石乗吉書状。
附録2-No.879 町田久充・児玉利昌連署書状
新造の御曹子が下向することを殿が喜んでおり、樺山美濃守が祝儀を申し上げたことにも謝意を示し、贈られた魚を受納したと伝えた町田久充・児玉利昌連署書状。
附録2-No.880 島津家久書状
見舞いの使者と書状に加え、太麻・長芋二十把・鰹節二十連を贈られたことへ謝意を示し、翌春に上洛するのでその際に詳しく述べるとした島津家久書状。
附録2-No.881 島津家久書状
遠路から鶴二羽を贈られたことを喜び、返礼は追って行い、詳しくは使者へ伝えたとする島津家久書状。
附録2-No.882 島津家久書状
江戸城で饗応を受け、名物の長光の腰物と東国無双の早馬を含む馬二疋を拝領したことを報告する。暇を得て美濃国落合まで進み、伊勢参宮後に上洛・下向する予定を述べ、安南国の使船が着岸したため同国との交渉に配慮するよう義弘へ依頼した島津家久書状。
附録2-No.883 島津家久書状
毎年の例により八月二十五日に萩原天神で法楽連歌があるため、萩を題とする発句を書き送り、遠慮なく意見を述べ、皆で入念に見分して良ければ点を付けるよう求めた島津家久書状。
附録2-No.884 島津家久書状
祈願のため良慶坊を派遣し、大護摩一座を修して島津家の長久を祈祷するよう依頼し、詳しくは使僧が説明するとした島津家久書状。
附録2-No.885 近衛信尹書状
新納を通じて先月送った書状の到着を問い、返書とともに伽羅一具・丁子一箱を贈られたことへ謝意を示す。兵術の奥書については使者に説明させ、長門から届いた錦一巻も喜んだ近衛信尹書状。
附録2-No.886 島津家久書状
義弘が茶を所望したことを受け、手元の上等な茶はすでに使い切っているため、入手でき次第献上すると伝え、壺に印を付けた島津家久書状。
附録2-No.887 島津家久書状
小吉へ送った捻りの件を了承し、船越殿が十四、五日ごろ来訪する見込みなので、それまでに関係者と相談して演目らしき事柄を整え、早く聞き取って稽古するよう促した島津家久書状。
附録2-No.888 島津龍伯書状
新春を祝い、又八郎の越着を待っていたが境目からの連絡があったため一、二日は時機を見計らうことが重要だとし、詳細は本田助左衛門尉へ申し含めた島津龍伯書状。
附録2-No.889 島津龍伯書状
相良新右衛門・三原重種を介して伝えられた諸件、とりわけ替衆の件を承知して準備したが、京都から重大な指示が相次いだため少し遅れていると説明し、近く渡海すると伝えた島津龍伯書状。
附録2-No.890 島津忠恒書状
先に帰国するのかと惜しみ、流行の伽羅袋を贈る。また、若い時分のことを思い合わせつつ、芸能の稽古を怠らないよう勧めた島津忠恒書状。
附録2-No.891 島津忠恒書状
しばらく便りがなく案じていたが一同無事と聞いて安心し、宰相が在京しているため宛先の苦労を察して一層の配慮を求める。宰相からの色々な贈物が届いたことや、義久から心遣いを受けたことへ謝意を示した島津忠恒書状。
附録2-No.892 島津忠恒書状
玄奥の懇切な対応を評価し、今回の情勢は平時と異なるため真偽を問わず情報を注進するようよく申し聞かせ、千左衛門尉の件も玄奥へ適切に伝えるよう指示した島津忠恒書状。
附録2-No.893 島津忠恒書状
破船者の処置について、伊丹屋を当地で成敗し、他の唐人二、三人を呂宋へ送るとの指示を受けた経緯を説明する。義久の意向で伊丹屋の処刑を命じたが本人が逃亡したため番人に捕縛を命じ、呂宋へ渡す予定だった者も含め処置したと報告した島津忠恒書状。
附録2-No.894 島津忠恒書状
珍品ではないが茶碗三個を贈り、茶を点てるのに使えるだろうと述べる。また、示現流兵法を望んでおり相談したいとして、近ごろの稽古の様子を尋ねた島津忠恒書状。
附録2-No.895 島津家久書状
三千目鉄砲の鋳型が手元にあれば渡してほしいと求めた島津家久書状。
附録2-No.896 島津家久書状
先に申し付けた木部の下削りについて、すでに宮式部へ命じたかを尋ね、材料の木を念入りに扱うよう求めた島津家久書状。
附録2-No.897 島津忠恒書状
No.927と同文であるため、本文を省略した島津忠恒書状。
附録2-No.898 島津忠恒書状
二度の来訪時に話せず残念で、世上について多く話したいので必ず面談しようと伝える。距離ができて世評もあるが心変わりしたと思わず安心するよう諭し、薫物の調合法を書いて送った島津忠恒書状。
附録2-No.899 島津家久書状
又吉から贈られた食物が十分に調理されていないようで皮膚の具合が悪くなったと述べ、自身が酒好きだからとも考えるが、問題があれば内々の者へよく申し聞かせるよう求めた島津忠恒書状。
附録2-No.900 島津忠恒書状
このところ今年の重要な用件があるため、早く帖佐へ来るよう待ち望んでいると伝えた島津忠恒書状。