ARCHIVE DIRECTORY
附録2の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
全1,438件中 1~100件・1 / 15ページ
附録2-No.1 近衛前久書状
少将殿が公家となった場合の犬追物の装束について、折烏帽子・掛け・直垂・行縢の色や着用例を詳説し、小笠原流の弓馬故実と、衰退した犬追物が島津領に残る名誉を述べた近衛前久書状。
附録2-No.2 山口直友書状
九月二十九日に細島へ着いたものの順風がなく滞留しており、出船できなければ陸路で上洛すると報告し、京都・大坂の仕置や上方静謐の情報を伝えた書状。
附録2-No.3 山口直友書状
山口直友が島津義久(龍伯)へ、佐土原城の処置について島津方の内意を本上州と協議し、島津右馬頭が城を請け取ることになったと報告する。庄三太と引渡しを相談し、自身の使者を右馬頭に添えて下向させたほか、又四郎の伏見在府、右馬頭の子の関東下向を早急に進め、さらに和甚兵を派遣すると伝えた書状。
附録2-No.4 近衛前久書状
近衛前久が島津義久へ、鷹の羽虫・羽乱れの治療法として薬の調合、灸点(図示)、餌となる小鳥や避けるべき畳表・山鴫などを詳説し、珍しい鷹の秘蔵を勧めた。あわせて自身の病状と下国願望、馬具の輪乗りにも触れた長文書状。
附録2-No.5 頼忍書状
先年の立願成就を祝い、法螺五口を贈られたことに謝し、祈念の巻数と守札を進上して、武運長久と領国繁昌を祈ると約した書状。
附録2-No.6 近衛稙家書状
好便に際して遠路のため詳しく書けないことを残念がり、略儀ながら扇を贈り、心中は後便で改めて伝えるとした近衛稙家の書状。
附録2-No.7 義性書状
前日の立寄りと酒の持参を大いに喜び、酔って正体がなく返礼の使者が遅れたことを詫び、返礼は不要であると伝えた親密な書状。
附録2-No.8 豊臣秀吉朱印状
重陽の祝儀として小袖二重が到来したことを喜び、詳しくは長谷川右兵衛尉守知と玄旨細川藤孝から伝えるとした朱印状。
附録2-No.9 豊臣秀吉朱印状
歳暮の祝儀として呉服三点が到来したことを喜び、詳しくは石田治部少輔から伝えるとした朱印状。
附録2-No.10 豊臣秀吉直書
領内百姓から刀・脇指を取り集めて多数を差し出したことを賞し、尽力を評価するとともに、詳細は石田治部少輔に申し含めた直書。
附録2-No.11 豊臣秀吉朱印状目録
端午祝儀に関する豊臣秀吉朱印状四通の宛所・日付・印判を列挙した目録。
附録2-No.12 豊臣秀吉朱印状
領国内にいる唐人・日本人の漆喰塗り職人を早々に探し出して差し出すよう命じ、浅野弾正少弼・増田右衛門尉にも申し含めた朱印状。
附録2-No.13 徳川家康御内書目録
徳川家康の御内書について、年頭・陽春などの祝儀に関する日付、印判、宛所を列挙した目録。
附録2-No.14 尊朝法親王書状
長期の在陣を労い、矢工新四郎が前年に受けた厚意を謝し、再び下国する同人への配慮を依頼した書状。
附録2-No.15 大友義統書状
高来・島原方面での勝利を祝賀し、その意を伝えるため書状を送り、『新勅撰集』一部を贈って愛蔵を願った大友義統書状。
附録2-No.16 大友義鎮書状
久しく音信がなかったところ書状が届いたことを喜び、飫肥方面の案件がまだ決着していないと聞いたため、時機を見て無事解決するよう助言すると伝えた書状。
附録2-No.17 島津義久書状案
入洛の祝儀が領国の事情で遅れたことを詫び、太刀一腰・馬一疋・黄金百両を進上し、喜入摂津介季久と相談のうえ披露を依頼した書状案。
附録2-No.18 細川藤孝書状
日向産の若鷹を所望する件について御内書が下され、小袖を拝領したことを伝え、その意向に沿って取り計らうと述べた細川藤孝書状。
附録2-No.19 吉川元春・小早川隆景書状
島津方の使者と入洛支援の意向に謝し、毛利輝元との今後の協議を望む一方、大友義鎮の策動で毛利方の帰洛が妨げられているとして、豊前・筑前境での戦闘と島津軍の日向進出を求めた連署状。
附録2-No.20 近衛尚通書状
逍遥院の歌書と栄雅の詩歌を探し出せないため、まず両人の短冊を送り、島津領の乱劇を案じて来春の助力を約し、贈られた机・硯箱を秘蔵すると謝した書状。
附録2-No.21 島津義久書状
一色方面を念頭に置きながら事態が進まず日を空費していることを残念がり、相手方の動静をうらやむ心情を伝えた島津義久の書状。
附録2-No.22 島津義久書状
御一門への編入と御紋・裏書の許可、太刀一腰・馬一疋の拝領を深く謝し、返礼として太刀と馬を進上して披露を依頼した書状。
附録2-No.23 豊臣秀吉直書
勅命を受け、九州で続く領国境界争いを裁定するまで敵味方双方が弓箭を止めるよう命じ、従わなければ成敗すると警告した直書。
附録2-No.24 豊臣秀吉朱印状
大仏造営用材の調達を伊集院・島津図書らに厳命するよう求め、あわせて巣鷹を当年中に差し出せるよう尽力を命じた朱印状。
附録2-No.25 豊臣秀吉朱印状
島津方の分領処置を細川藤孝と相談して進めたことを認め、代官所の法度を上方同様に整え、船木の件も同様に処理するよう指示した朱印状。
附録2-No.26 豊臣秀吉直書
鹿児島への無事到着を喜び、緞子二十巻と皮衣一領の遠路からの贈答に謝意を示し、詳細は石田治部少輔から伝えるとした直書。
附録2-No.27 島津義久書状
島津義弘が鹿児島へ参上するとの知らせを受け、加世田訪問や奥州殿の意向も含め、二十日頃に鹿児島で会合して相談する日程を打ち合わせた書状。
附録2-No.28 島津義久書状
霧島山での行事・普請に適する来月六日・二十二日・二十四日の吉日を示して同意を求め、般若寺への指示と、出水の鍛冶に作らせた品の進呈について述べた書状。
附録2-No.29 島津義久書状
年頭を祝い、喜入氏の番立時に託した伝言が届いたことを確認し、島津義弘が境目で勝利したことを祝賀した書状。
附録2-No.30 島津義久書状
提示された条件を受諾したとの報告と、今後は下知に従い無二の忠節を尽くす旨の誓紙を喜び、末永く変わらぬ厚遇を約した書状。
附録2-No.31 島津義久書状
大屋形の命を受けて諸所へ軍事の手配を行い、兵庫頭と又六郎の役割について判断を求め、自身も明後日には出立すると伝えた書状。
附録2-No.32 島津義久書状
年頭を祝い、恒例の品々と羽一尻・杉原十帖の贈答に謝し、こちらからも返礼品を送ったことを伝える書状。
附録2-No.33 島津義久書状
歳暮を祝い、親しい間柄として恒例の書状を送り、翌春には互いの吉事を早々に言祝ぎたいと述べた書状。
附録2-No.34 島津義久書状
敵方が数十艘の兵船を率いて指宿方面へ来襲した際、頴娃山城守が寄持衆と自ら戦い、多数の敵を討ち取った武勇と軍忠を賞した書状。
附録2-No.35 島津義久書状
ある事件をめぐり大乗院が立腹・退屈していると聞き、重大事なので五日ほど熟慮するよう諭し、自ら赴くか使者を通じて相談すると伝えた書状。
附録2-No.36 島津義久書状
年頭の祝意を重ね、親子同然の関係や又七の心掛け、老境で海辺に暮らす自身の近況を語り、複数の書状への返事と扇・櫛などの贈答を頼んだ私的色彩の強い書状。
附録2-No.37 島津義久書状
飯野での越年の労苦をねぎらい、近日中の境目への出張に備えて軍衆を催促し、十分な人数を集めるよう命じた書状。
附録2-No.38 島津義久書状
伊勢大神宮造営に関する献物と使書を受け取り、長年の隣国防衛への尽力を述べつつ、銀子千両余を奉加して武運長久を祈った書状。
附録2-No.39 島津義久書状
年頭を祝い、祝儀として使者・書状・太刀・馬が到来したことへの謝意を述べ、今後の交誼を願った書状。
附録2-No.40 島津義久書状
年頭を祝い、書状・太刀・馬の到来を喜び、返礼として太刀一腰と緞子一端を送った書状。
附録2-No.41 島津義久書状
改年を祝い、恒例の賀書・太刀・馬が到来したことを喜び、今後の交誼を願った書状。
附録2-No.42 島津義弘書状
見舞いのため遠路から飛脚を寄越した厚意に謝し、当地は当面異状がないことを知らせ、詳細を伊勢弥八に託した書状。
附録2-No.43 島津義久書状案
真幸境での勝利を祝い、書状と脇差一腰の贈答に謝し、今後の防戦と兵船の渡海を求め、手火矢一丁を送った書状案。
附録2-No.44 島津義久書状
芦北方面への出動に際して一陣の保持を頼み、格別の助力で安利を得たことを謝し、出水に滞留して返礼が遅れた旨を伝えた書状。
附録2-No.45 島津義久感状案
方角からの廻文をただちに届けた誠意を賞し、今後も忠勤を遂げれば特に感賞すると約した感状案。
附録2-No.46 島津義久書状
入来院氏文書に伝わる島津義久書状。本文はNo.21と同文のため省略され、一色方面の情勢停滞について述べる。
附録2-No.47 島津義久捉書
百姓の飢寒と貧富への配慮、奢侈な建築の禁止、農閑期の使役、賞罰の公正、讒言の排除、正直による統治など、領主が守るべき二十箇条を示した捉書。
附録2-No.48 島津義久覚書
徳川家康への参上、家康の私宅訪問と諸奉行への案内、種子島鉄砲や砲術の所望、血判誓紙による忠誠確認など、一連の交渉経過を島津家久・義弘へ伝えた覚書。
附録2-No.49 島津義久書状
島津家久が参上して神載により心底を示したことを賞し、義久側も今後別儀はないと約束した書状。
附録2-No.50 島津義久書状
秀頼への奉公と関ヶ原前後の大垣出陣・敗走を振り返り、島津家久が上京して公儀と交渉し下向を実現した才覚を、国と家の繁栄の基として称賛した書状。
附録2-No.51 島津義久直書
指定された諸城をただちに明け渡し、上使衆の意向に従うことを薩摩・鹿児島・日置などの城持衆へ命じた直書。
附録2-No.52 島津龍伯書状
陸奥守島津家久が入来院邸へ立ち寄った際の饗応を察し、その労をねぎらうため上酒二樽を送った書状。
附録2-No.53 島津龍伯書状
上方での不慮の騒乱を受け、祈念料として小百味十座分を差し上げ、島津家の安全を神前で懇祈するよう依頼した書状。
附録2-No.54 島津龍伯書状
飫肥を伊東氏へ早急に引き渡すよう重ねて命じ、遅延に細川藤孝・石田治部少輔が立腹していることや、飫肥での喧嘩が長門父子へ及ぼす危険を警告した書状。
附録2-No.55 島津龍伯書状
箭入用の矢の製作法について尋ねた件への詳しい回答を喜び、当地の普請の進み具合を問い、今後も親密に連絡するよう求めた書状。
附録2-No.56 島津龍伯書状
寺院での祈念を急がせ、八畳敷ほどもある巨大な空洞木と上人の健康状態を報告し、又五郎に小さな木二本を求め、材木搬出の労をねぎらった秘密書状。
附録2-No.57 島津龍伯書状
長年の辛労と書状を賞し、伏見で石田治部少輔と家臣らの忠誠を確認した経緯を伝え、大峯祈念の成就と中原坊・般若院の下向予定について述べた書状。
附録2-No.58 島津龍伯書状
二官・四官という人物を平戸・名護屋・長崎方面で捜索するよう指示し、朝鮮からの撤収・帰国準備にも油断しないよう命じた書状。
附録2-No.59 島津龍伯書状
喜入大炊助を介して古今伝授関係の抄物を受け取ったことを喜び、貴重な一書への返礼が遅れたことを詫びた書状。
附録2-No.60 島津龍伯書状
前日に申し出た事情と二人の雑談内容を決して他言・露顕しないよう厳命し、早急な返答を求めた秘密書状。
附録2-No.61 島津龍伯書状
長年の在陣をねぎらい、家臣の名代について意見を述べ、歌会・花見の詠歌書付と贈物を送り、朝鮮京跡の墨絵図に合う良墨の入手も依頼した書状。
附録2-No.62 島津龍伯書状
勢田掃部入道の上京に際し、道中の伝馬・人足を十分に用意して便宜を図るよう、鹿児島・帖佐・富隈の留守居衆へ命じた書状。
附録2-No.63 意室経也・東入道某連署書状
前日に話題となった若衆が到来したので、時を移さず早馬で来て酒席を共にするよう龍伯を急ぎ誘い、返事を催促した連署状。
附録2-No.64 島津龍伯書状
上洛後に音信がないことを述べ、当地で進む作事を尽力して早急に完成させるよう求め、緞子一巻を送った書状。
附録2-No.65 島津龍伯書状
先年の京都での事情により寺領を失い困窮していた瑞光寺へ少分の土地を付与し、あわせて重要な伝授を受けたことへの謝意を示した書状。
附録2-No.66 島津龍伯書状
入唐に備えた名護屋普請、島津義弘の到着、船本での順風待ち、自身と関係者の病気による渡海・普請の遅延を詳述し、京都方面への取次を依頼した書状。
附録2-No.67 島津龍伯書状
朝鮮からの便りが届いたと聞き、在陣中の島津義弘父子の様子を知りたいので、石田治部少輔に届いた詳しい報告を知らせるよう依頼した書状。
附録2-No.68 島津龍伯書状
持病のため上洛を断念したことを述べ、以前依頼した矢入看経に関する詳しい書付を喜び、鵜飼七郎左衛門尉と相談のうえ流儀の伝授を進めるよう頼み、沈香一斤を贈った書状。
附録2-No.69 島津龍伯書状
使者を通じた懇意と二人の召し出しへの配慮を喜び、軽少の一折を贈ったうえ、持病が再発したため、機会を得て来訪してほしいと伝えた書状。
附録2-No.70 島津龍伯書状
銀子百枚を西洞院へ届けるよう依頼し、合田一族をめぐる問題への助力を謝したうえ、井伊直政から上洛を求められながら伊東氏の攻勢で離れられない事情と、上方情勢の報告を求めた書状。
附録2-No.71 島津龍伯書状
成正院方の位牌にある法名の表記が誤っていると指摘し、当地の位牌と同じく「心岳良空大禅伯」へ書き直すよう求めた書状。
附録2-No.72 島津龍伯書状
上洛時に病気と聞いて案じていた大乗院の快気を喜び、長年の護摩修行による祈念を頼み、仁王経一部を贈った書状。
附録2-No.73 島津龍伯書状
花林寺が神載を提出して一途の忠節を誓ったことを喜び、今後も丹精を尽くすよう求める一方、龍伯側も別心を持たないと約した書状。
附録2-No.74 利安書状
利安が島津龍伯へ、斎藤源助の件を油断なく扱うよう念を押し、名字・名の取り違えがないか確認して訂正するよう求めた書状。原冊には上包・封の情報も併載される。
附録2-No.75 島津龍伯書状
出船予定を問い、東山宛ての書状を鎌田左京亮へ託すよう依頼し、公方の上着という先報が虚説だったことを、上方から下った者の情報に基づいて訂正した書状。
附録2-No.76 近衛前久書状
義弘・久保の渡唐と島津側から預かった息女を案じつつ保護を約し、金子二十枚の贈答に謝したうえ、所領五町の年貢・未進問題について義弘の口入が確実に履行されるよう強く求めた長文書状。
附録2-No.77 島津龍伯書状
入来院氏文書に伝わる島津龍伯書状。本文はNo.52と同文のため省略され、島津家久の立寄りへの饗応をねぎらい上酒二樽を贈る内容である。
附録2-No.78 近衛信尹書状
京都がなお静謐でない状況下、島津側の配慮を喜び、今後も変わらぬ助力を求め、詳しい事情は進藤筑後守から伝えるとした近衛信尹書状。
附録2-No.79 近衛信尹書状
京都の不慮の錯乱で家領を失い近衛前久も逼塞している窮状を訴え、家門再興のため援助を求め、色紙三十六枚・親王筆の板物二端・引合十帖を贈った書状。
附録2-No.80 近衛信尹書状
前年に下向した進藤筑後守が島津方から諸事の馳走を受けたことを喜び、今後も万端の助力を頼み、詳細は頴娃左馬助に託した近衛信尹書状。
附録2-No.81 島津龍伯書状
在京中の福昌寺から伊勢勘解由を通じて懇切な報告を受けたことを喜び、関東がまもなく平定され自身の下国も年内にかなうとの見通しを述べ、縮一端を贈った書状。
附録2-No.82 島津龍伯書状
本文はNo.61と同文のため省略された島津龍伯書状。在陣をねぎらい、歌会・花見の詠歌書付や朝鮮京跡の墨絵図に合う良墨の入手などを依頼する内容である。
附録2-No.83 島津龍伯書状
正文が山田市郎兵衛家に伝わる、No.62と同文のため省略された書状。勢田掃部入道の上京に必要な伝馬・人足の用意を命じる内容である。
附録2-No.84 島津龍伯書状
十一月六日(年不詳)、島津龍伯が又八郎・羽柴兵庫頭に、防戦の大勝と両人の高名を祝し、老中・奉行衆からの感状を送った書状。戦場への稲荷出現の報告を受け、『戦場野狐斬付死候事』という前代未聞の出来事を稲荷の霊験として、鹿児島・富隈・京都の稲荷へ礼と祈念を行ったと述べる。命令どおり早く引き取るよう伝える。
附録2-No.85 大友義統書状
本文はNo.15と同文のため省略された大友義統書状。高来・島原方面での勝利を祝賀し、『新勅撰集』一部を贈る内容である。
附録2-No.86 島津義久譜
天正十三年、足利義昭の上使柳津新右衛門元政が島津義久のもとへ下向し、康次の太刀と鞍を贈った経緯や、毛利氏の使僧五戒坊が案内役を務めたことを記す島津義久譜の記事。
附録2-No.87 足利義昭御内書
島津方からの上洛に関する言上を了承し、再び柳津新右衛門尉を派遣するので馳走するよう求め、康次の太刀一腰と鞍一口を贈った足利義昭御内書。
附録2-No.88 島津龍伯書状
近衛信尹の帰京前、浜之市で予定された能に出演するため稽古に励んでいると伝え、近衛に着せる赤い小袖を貸してほしいと頼んだ私的な書状。
附録2-No.89 島津義久詠草
時雨・鶴・旅立ち・霜・春日・夕立・花・薬袋などを題材とした、島津義久の短冊・詠歌を伝来先の注記とともに集成した詠草。
附録2-No.90 二階堂某書状
思いがけない対面と重宝の贈与を喜び、求めに応じて『吾妻鏡』などに見える相手の先祖の記事を書き写して送り、今後も用向きに応じると約した二階堂氏の書状。
附録2-No.91 島津龍伯書状(No.53同文省略)
本文はNo.53と同文のため省略された島津龍伯書状。上方での不慮の騒乱を受け、祈念料として小百味十座分を差し上げ、島津家の安全を神前で懇祈するよう依頼した内容である。
附録2-No.92 照高院如雪書状
前年秋の下国後に音信が途絶えたことを詫び、島津義弘の下着を喜び、大峯祈祷の採燈護摩巻数を贈るとともに、大仏への移徒、薫の調合、京都の館の状況などを伝えた書状。
附録2-No.93 島津龍伯書状
南管長老の件について島津義弘から重ねて書状を受け、先日の照会時に伝えた自身の意見と、その後の始末を承知した旨を回答した書状。
附録2-No.94 豊臣秀吉直書
肥後境目に在陣中の島津義弘へ、肥後が帰服した以上は帰陣するよう命じ、日向知行分の争いは上洛時に裁定すると伝え、詳細を石田三成に託した直書。
附録2-No.95 近衛前久書状
日向方面が望みどおり進んだことを祝い、織田信長との同盟のため使者を送れない事情を釈明し、日向で得られる無疵の大鷹を出水の島津義虎を通じて早く送るよう求めた書状。
附録2-No.96 近衛信尹書状
島津義弘が堺へ無事着津したことを祝い、見舞いのため進藤筑後守を派遣し、相応の用向きに疎略なく対応すると約して帷子二領を贈った書状。
附録2-No.97 近衛稙家書状
近衛家と島津家には他にない由緒が古くからあると述べ、今後も疎意のないよう島津修理大夫へ取り成すことを求め、色紙に染筆して送った近衛稙家書状。
附録2-No.98 秋月種実書状
まだ直接の面識はないが、屋形様へ諸境目の情勢を申し述べた機会に書状を送り、祝意として織物二端を贈り、今後の相談と同心を望んだ書状。
附録2-No.99 照高院如雪書状
初めて届いた芳書を喜び、銀子三十両の贈答に謝し、祈念は友枕斎の伝言どおり疎略なく行うと約し、近日の上洛時に詳しく話すとした書状。
附録2-No.100 照高院如雪書状
日々限りなく続く祝儀を祝い、年頭の祈念に関する巻数・守札と縮羅二端を贈って嘉祥を補うとした書状。