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附録2の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
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附録2-No.901 島津忠恒書状
今夜兵法の稽古をしたいので、暇であれば来るのを待っていると伝えた島津忠恒書状。
附録2-No.902 島津忠恒書状
今度は供を務めたことに満足し、先に依頼した書物がすでに調ったかを尋ね、詳しくは使者に述べさせるとした島津忠恒書状。
附録2-No.903 島津忠恒書状
兵法について以前伝えたとおり厳重に秘密を守り、親しい者や稽古衆すべてに教えるべきではないと戒め、この兵法以外に頼るものはないとの覚悟を一層深めるよう求めた島津忠恒自筆書状。
附録2-No.904 島津忠恒書状
丸目一流の兵法を見物した結果、かえって示現流の頼もしさを確認したと述べる。示現流はなお秘すべきであり、丸目流にも深い鍛錬があるので心得て、早く来て話し合うよう求めた島津忠恒書状。
附録2-No.905 島津忠恒書状
小さな刀を拵えたいので、適切な寸法を考えて尺を書き付けてほしいと依頼した島津忠恒書状。
附録2-No.906 山口直友書状
山口直友が島津家久に、呂宋船が長崎へ帰着したとの注進が将軍に届いたことを伝える。薩摩の京泊に一艘が着いたとの情報について、本当にパタニ船か別国の船かを確かめ、積荷の種類と量を船側に尋ねて詳しく報告するよう命じる。さらに、将軍がパタニへ派遣した御船が帰朝したかも確認するよう求める。京泊の船の様子を急い…
附録2-No.907 山口直友書状
呂宋渡海の朱印について承知したが、現在は関東へ使者を送っても披露できないため、将軍が上洛した際に伺って返答すると伝えた山口直友書状。
附録2-No.908 山口直友書状
前年に長崎から帰航した黒船が暴風で琉球の大島または七島の一島へ漂着したとの情報について、将軍の命を受けて実否と船の状況を詳しく調べ、無事に琉球へ着いたか報告するよう求めた山口直友書状。
附録2-No.909 山口直友書状
家久の留守居衆への音信のため北郷佐渡守が訪れたので、山口直友が同行して一同へ家久の意向を伝え、皆が承知したことを報告した山口直友書状。
附録2-No.910 山田有信書状
先日内々に相談した件について、島津義久へ伺ったうえで適切に調えることが重要だと伝えた山田有信書状。
附録2-No.911 島津義弘・家久連署書状
No.193と同文であるため、本文を省略した島津義弘・家久連署書状。
附録2-No.912 島津家久書状
見事な鹿毛の馬一疋を贈られたことへ厚く礼を述べ、大切に秘蔵すると伝えた島津家久書状。
附録2-No.913 島津家久書状
普請のため上方へ赴くことは苦労であるが、急を要するので早く到着するよう求め、島津方の人数に過失がないよう諸事を油断なく指揮するよう命じ、緞子二端を贈った島津家久書状。
附録2-No.914 島津家久書状
新春を祝い、太刀一腰・馬一疋・白麻千帖・薩摩焼の茶碗十個・小壺五個・線香の蓋二つを進献し、詳細は添書と使者に説明させるとした島津家久書状。
附録2-No.915 島津家久書状
具志頭王子の帰国後に便りがなかったため使者を送り、琉球が平穏であることを喜び、祝儀として太刀一腰と馬一疋を贈った島津家久書状。
附録2-No.916 本多正純書状
家久らが示した山駿への内意を了承し、山駿と相談して懇切に上意へ達したので安心するよう伝える。さらに一度意向を確認して改めて状況を知らせ、詳細は山駿と使者から説明するとした本多正純書状。
附録2-No.917 北郷久観譜
文禄元年の朝鮮出兵で島津義弘に従軍した北郷久観の軍功と、それを賞して島津忠恒が書状を与えた経緯を記し、当該書状の全文を掲げた北郷久観譜。
附録2-No.918 島津忠恒書状
帰国後に会えないままであることを詫び、朝鮮在陣中の格別な辛労へ十分な礼を述べられないのは本意でないとして、改めて謝意を伝えるとした島津忠恒書状。
附録2-No.919 島津家久書状
他所への使者を頼みたいので出て来るよう求め、到着を待っていると伝えた島津家久書状。
附録2-No.920 島津家久書状
No.899と同文であるため、本文を省略した島津家久書状。
附録2-No.921 島津忠恒書状
示現流兵法について一か条の伝授を望むとの申し出を受け、自身は新参で十分には知らず、師匠と称するのも遠慮されるが、差し支えなければ伝え、詳しくは面談するとした島津忠恒書状。
附録2-No.922 島津忠恒書状
十分な出来ではない木刀を持たせ、依頼された案文を書き付けて送るので奥書は又吉側で認めるよう伝える。また雨中の寂しさから来訪を待つとした島津忠恒書状。
附録2-No.923 島津忠恒書状
今日帰るのかを尋ね、前夜話した書物の前書を先に送り、残りもただちに調えて持たせるとし、夜に入ってからの件も必ず伝えるとした島津忠恒書状。
附録2-No.924 島津忠恒書状
まず帰宅することを了承し、内々に相談した件は正月の犬稽古に皆が集まる際に扱うのがよいと述べる。兵法は春に落ち着いて稽古するのがよいとして、今回の別れを惜しんだ島津忠恒書状。
附録2-No.925 島津忠恒書状
春山の狩りを十七日に催す予定なので必ず来るよう求め、狩場で話したい用件があり、上洛前で忙しくても直接狩場へ入るよう念を押した島津忠恒書状。
附録2-No.926 島津忠恒書状
島津忠恒が又吉に、春山の狩りへ出る予定だったが悪天候で取りやめたこと、龍伯(島津義久)の体調が悪いため翌日見舞うことを伝える。上方の風説は事実らしく、今回は必ず難しい事態が起こると案じ、以前内談した件をこの機会に申し出ようと考え、狩場へ来るよう求めていたという。さらに、先の龍伯上洛に際して、供衆が死…
附録2-No.927 島津忠恒書状
鶉狩りを予定していたが義久に従って伊作へ赴いたため延期したと伝え、体調が良ければ六日に必ず来るよう求める。内密に話したいことがあるとして、自作の焼物を贈った島津忠恒書状。
附録2-No.928 島津忠恒書状
No.824と同文であるため、本文を省略した島津忠恒書状。香袋と歌を書き付けた扇を贈る内容。
附録2-No.929 島津忠恒書状
島津忠恒が又吉に、近ごろ外へ出ず気が塞いでいるのではないかと案じ、どこへでも出掛けるよう勧め、自分に疑念を抱かないよう求める。必ず面談で話したい事があるとして、書状は「やがて火中」と直ちに焼却するよう指示。前日、浜市で踊りを催したところ、いつもの踊りと思っていたのに意外に大がかりな様子となったため引…
附録2-No.930 島津忠恒書状
又吉の体調を案じ、三官を遣わす予定だったが老齢で遠路が難しいため、まず薬を届けるよう命じたと伝える。体調がひどくなければ不要な恨みを招かぬよう配慮しつつ、悪化していれば使者に早く知らせるよう求めた島津忠恒書状。
附録2-No.931 島津忠恒書状
又吉の体調がまだ良くなければ三官を遣わすとして様子を尋ねる。翌月七、八日ごろ浜市へ赴き、頴娃の夕月をまだ見ていないため鷹野へ出る予定なので同行したいと述べ、早い回復を願った島津忠恒書状。
附録2-No.932 島津忠恒書状
返事を待っていると伝え、見舞いとして酒の緒を持たせ、今夕の来訪を必ず待っているとした島津忠恒書状。
附録2-No.933 島津家久書状
風向きが強まる見込みなので来訪するよう促した、慶長十一年ごろとされる島津家久書状。
附録2-No.934 島津家久書状
No.898と同文であるため、本文を省略した島津家久書状。面談への期待と薫物の調合法を伝える内容。
附録2-No.935 島津忠恒書状
前日から会えず残念に思い、今日暇があれば鷹野へ出ると聞いたので同行したいとして、まずこちらへ来て予定を聞き合わせるよう求めた島津忠恒書状。
附録2-No.936 島津家久書状
国分で病人が出たと聞いて心配し、このような折なので用心するよう促す。自身は大坂まで下り、今回は西国方面を通って下向すると報じ、現地の異変を尋ね、書状は秀賢に託した島津家久書状。
附録2-No.937 島津家久書状
白椿を受け取り、数寄の手掛かりにできると喜ぶ。義弘が来訪中であることを伝え、二十日に向島で狩りを行い義久も参加するので、十八、九日ごろに来て一泊し、見物と相談をするよう招いた島津家久書状。
附録2-No.938 島津忠恒書状
前日の来訪と談話を喜び、夕方に伊源へ出掛けるなら自分も同行したいと伝えた島津忠恒書状。
附録2-No.939 島津家久詠歌遺藁集序
和歌が天地・鬼神・人倫を動かす道であると説き、忠久以来の島津歴代、とりわけ忠宗・日新斎・貴久・義久・義弘・家久の和歌活動と、公家・歌人との交流を概説する。散在していた家久自筆の詠草を収集・分類し六巻の『家久詠歌遺藁集』とした編纂目的と凡例を記す序文。
附録2-No.940 島津家久等詠草
新年の試筆として、皇統の万代、豊かな春、鶯の初音、東雲の光、若水などを題材に詠んだ和歌・発句を、複数の家に伝来した正文から集成した島津家久等詠草。
附録2-No.941 漢倭連句
夕立後の晴れた峰、秋の月、紅葉、柴船、鐘、虫、荒小田、茶煙などを題材に、漢句と和句を交互に付けた島津家久・玄碩・伊勢貞昌らの漢倭連句。
附録2-No.942 賦朝何連歌
露、池水、月、雁、田面、雪、雲、春野、山寺、旅、恋、花などを題材として、多数の連衆が句を連ねた『賦朝何連歌』。
附録2-No.943 賦朝何連歌
秋近い池、風、夕日、鳥、旅衣、月、野分、志賀の花、舟、恋、萩、蹴鞠の場など四季と旅恋を広く詠み継いだ別本の『賦朝何連歌』。
附録2-No.944 賦初何連歌
修行、恨み、待恋、竹垣、梅、谷水、鴫、秋風、月、庵、蚊遣火、別れなどを題材に連衆が詠み継いだ『賦初何連歌』。
附録2-No.945 賦山何連歌
松と梅、注連、春の野、川水、田面、山月、露、秋の葉、竹林、渡し舟など山野と農村の景を中心に詠み継いだ『賦山何連歌』。
附録2-No.946 漢倭連句
仁義、月、五月雨、滝、雲、旅、花、柳、茶、修学、師、梅、別れなどを素材に、漢句と和句を交互に付けて構成した大規模な漢倭連句。
附録2-No.947 賦初何連歌
花、残月、雁、竹、秋風、旅、鹿、柴橋、長雨、恋、鷹野などを題材に、多数の連衆が詠み継いだ『賦初何連歌』。一部は欠損している。
附録2-No.948 賦何木連歌
雪、旅人、鈴鹿路、松間の月、霧、砧、浮れ女、市、柴、渡し舟、相坂関、志賀山などを詠み継いだ『賦何木連歌』。
附録2-No.949 賦何道連歌
菊、千年の松、秋月、雁、田面、海路、浦風、鐘、旅宿、山路、猪、露、浮れ妻、柴戸、花、胡蝶などを詠み継いだ『賦何道連歌』。
附録2-No.950 賦何人連歌
花の香、庭の夏山、簾越しの月、雁などを発端として、島津家久・紹嘉・貞守らが詠み継いだ『賦何人連歌』。
附録2-No.951 漢倭連句
松雪、冷たい山水、秋月、紅葉、霞、夫婦の契り、国政、湊船、旅、老い、池、秋虫、仏道、梅などを題材に、漢句と和句を多数の連衆が詠み継いだ漢倭連句。
附録2-No.952 漢倭連句
松雪、花、鶴、春を待つ峰、月、多くの山路と晴れる雲などを発端として、漢句と和句を交互に連ねた漢倭連句。
附録2-No.953 倭漢連句
初音、遊興、雷、秋霜、月夜、夢、酒宴、双六、囲碁、将棋、歌舞、能、茶の湯、江戸普請などを滑稽味豊かに詠み継いだ倭漢連句・俳諧。
附録2-No.954 島津家久書状
新年を祝い、五明武一本と異羽一尻を贈り、杉原紙十帖を贈られたことへ喜びを伝え、後日改めて祝意を述べるとした島津家久書状。
附録2-No.955 島津家久詠草
春の夜、風に漂う花の香に目覚め、香る枕の夢を詠んだ島津家久の短冊詠草。
附録2-No.956 漢倭連句
No.951の一部と同文であるため、本文を省略した漢倭連句。
附録2-No.957 島津家久墨蹟臨寓集序
書を軍陣にたとえて心・気・筆・硯などの働きを説き、武将も武芸の余暇に書道を学ぶべきだと論じる。家久が照高院如雪親王に草書・和字を学び、朝鮮在陣中も練習し、さらに近衛信尹の筆跡を学んで一家を成したことと、伝来墨蹟を二巻に編んだ経緯を記す『家久墨蹟臨写集』序。
附録2-No.958 島津家久書状案
相手からの文に驚き、何か隠しているなら恨むと述べ、心底から自分に惚れているという言葉が真実か、誓詞を送ってほしいと求めた島津家久書状案。
附録2-No.959 島津家久書状案
先日訪ねて来たのに留守中に帰ったと聞き、なぜ待たなかったのかと恨み、暇なら夜を徹して待っていると伝えた島津家久書状案。
附録2-No.960 島津家久書状案
このところなぜ文を寄こさないのかと問い、八幡に誓って情のない人だと恨んだ島津家久書状案。
附録2-No.961 島津家久書状案
以前からもう嫌だと伝えているのに同じ内容の文を繰り返すのは呆れるとして、今後文が来ても返事をしないと告げた島津家久書状案。
附録2-No.962 島津家久書状案
何を言われても以前の関係は嫌だとし、この道の傾城だと悪口を言われても一人に束縛されるより、真心ある人へ身を任せたいと述べた島津家久書状案。
附録2-No.963 島津家久書状案
一人で横になり退屈しているので早く来るよう待ち、話したいことが胸にたまっているとして、なぜこれほど気が合うのかと親密さを述べた島津家久書状案。
附録2-No.964 島津家久詠草
花盛り、紅葉、朝霜、呉竹、梅、祝盃、花入れ、忘れ草、仏法と霊鷲山などを題材に、各家へ伝来した短冊・書状所載歌を集めた島津家久詠草。
附録2-No.965 一誉書状
家久自筆の短冊『身にしめる法の教のあはれとふ、さながら鷲の御山なりけり』を若年時から六十余年秘蔵した経緯を述べ、長寿できたからこそ霊鷲院へ納められることを喜んだ宗清寺一誉書状。
附録2-No.966 島津家久書状案
今から千日千夜通い続けるので必ず同意してほしく、そうでなければ納得できないと迫った島津家久書状案。類似の無年月・無宛所文数十通は省略される。
附録2-No.967 阿部忠秋奉書
御移徙の祝儀として衣桁一竿・膳具一組・綿三百把が献上され、目録どおり披露したところ、念の入った進物だと上意で喜ばれた旨を伝えた阿部忠秋奉書。
附録2-No.968 阿部忠秋・阿部重次連署書状
上使の水野藤右衛門を通じて、将軍の鷹が捕った鶴を下賜し、上意の詳細は使者が説明すると伝えた阿部忠秋・阿部重次連署書状。
附録2-No.969 阿部忠秋・阿部重次連署奉書
No.987と同文であるため、本文を省略した阿部忠秋・阿部重次連署奉書。
附録2-No.970 阿部忠秋・阿部重次連署書状
No.990と同文であるため、本文を省略した阿部忠秋・阿部重次連署書状。
附録2-No.971 松平信網外二名連署奉書
台徳院徳川秀忠の遠忌に際して軽罪人を赦免するため、領国各地の該当者を放免するよう上意を伝えた松平信網・阿部忠秋・阿部重次連署奉書。
附録2-No.972 松平信網・阿部忠秋連署奉書
松平下総守の死去を知った島津光久が、将軍の機嫌を案じて使者を派遣したことについて、念の入った対応であると上聞に達した旨を伝えた松平信網・阿部忠秋連署奉書。
附録2-No.973 土井利隆書状
大炊頭土井利勝の死去に際し、島津光久が誓願寺へ参詣して香奠を持参したことへ謝意を示す。各方面からの進物は辞退しているため返送するが、病中から死去時までの厚意を感謝し、忌明け後に参上するとした土井利隆書状。
附録2-No.974 酒井忠勝書状
かねて御宮地へ求められていた唐の白鶴一番と、硫黄・蜜漬の壺を献上し、将軍が大いに喜んだと報告する。また白鶴が当年も子を育てたことや、琉球の鶏も近く参る予定を伝えた酒井忠勝書状。
附録2-No.975 酒井忠勝書状
姫君の祝言が二十一日に好天のもと無事に済んだので安心するよう伝え、祝儀として魚三種と諸白二荷を贈られたことへ謝意を示した酒井忠勝書状。
附録2-No.976 阿部忠秋・阿部重次連署奉書
前日の火事の際、島津家の者が増上寺へ出動したことを将軍が聞き、機嫌よく思し召した旨の上意を伝えた阿部忠秋・阿部重次連署奉書。
附録2-No.977 阿部忠秋奉書
阿部忠秋が島津光久に、島津領の牧から、毛色を『鹿毛』『黒』と傍記した馬二疋を献上し、披露したところ将軍が喜んだ旨の上意を伝えた奉書。
附録2-No.978 松平信網・阿部忠秋連署書状
将軍の容体を案じて使者を派遣した島津光久に対し、将軍は機嫌よく安心するよう伝える。また琉球縮布・魚・泡盛の献上が披露され、念の入った進物だと満足されたことを報じた連署書状。
附録2-No.979 永井監物書状
使者と琉球酒一壺への礼を述べ、将軍は機嫌よく、最近も数寄の催しで細川三斎・松平肥前守・立花立斎・酒井忠勝に茶を下されたので安心するよう報告した永井監物書状。
附録2-No.980 松平乗寿・阿部忠秋連署書状
歳暮の祝儀として小袖五領と破魔弓が目録どおり献上され、披露したところ将軍が機嫌よく思し召したことを伝えた松平乗寿・阿部忠秋連署書状。
附録2-No.981 松平信網外二名連署書状
島津光久が無事に暇を与えられ、海陸を経て領国へ帰着したことを喜び、その報告を上聞に達したところ念の入った対応だと将軍が喜んだ旨を伝えた三名連署書状。
附録2-No.982 松平信網外二名連署書状
島津光久が暇を得て無事帰国したのち、使者と端子二十巻・琉球酒二樽・魚を献上したことを上聞に達し、念の入った対応だと将軍が喜んだ旨を伝えた三名連署書状。
附録2-No.983 松平定頼書状
松平河内守頼重が島津光久に、薩摩での船舶建造をめぐり酒井讃岐守忠勝の内意を伝える。法度に反する船は早々に取り崩し、規定内の船はそのまま置くこと、現在までに完成した船以外は新造を控え、翌春の参勤時に老中へ内談した後、必要なら再開するよう求めた。この話は公儀の正式な沙汰ではないため隠密に扱うよう命じる。…
附録2-No.984 酒井忠勝書状
同族の酒井備後守に嫡子が誕生した祝儀として、魚三種と諸白二樽を目録どおり贈られたことへ礼を述べた酒井忠勝書状。
附録2-No.985 酒井忠勝書状
酒井備後守の嫡子誕生に際し、遠路から三種二荷の祝儀を贈られたことへ謝意を示した酒井忠勝書状。
附録2-No.986 阿部忠秋奉書
献上された琉球の瑠璃盆が披露され、念の入った品だと将軍が喜んだ旨を伝える。また献上鶏の雌雄を見分けられる者を国元から呼ぶとの申し出は不要だとした阿部忠秋奉書。
附録2-No.987 阿部忠秋・阿部重次連署奉書
異国の大船が奥州・九州沿岸を漂海しているとの注進を受け、領内の浦々で日常的に警戒し、陸地へ上がった場合は捕縛して状況を報告するよう上意を伝えた連署奉書。
附録2-No.988 権大納言書状
院御所の疱瘡を案じて島津光久が使者を派遣したことを喜び、すでに平癒して機嫌よく本復したので安心するよう伝えた権大納言書状。
附録2-No.989 酒井忠勝書状
本丸で能が催され登城を命じられたが、島津光久は病後であるため宿で養生するのがよいとの土井利隆の内意を伝え、登城は不要で事情を上聞に達するので安心して療養するよう勧めた酒井忠勝書状。
附録2-No.990 阿部忠秋・阿部重次連署書状
伊東大和守・秋月長門守領内沖に異国船二艘が漂泊し、その後薩摩領岸良沖で石火矢を数発放って行方不明となったとの注進を上聞に達し、入念な報告を将軍が喜んだ旨を伝えた連署書状。
附録2-No.991 松平信網奉書
将軍は病後ながら機嫌よく過ごしているので、毎日の登城は不要であるとの仰せを伝えた松平信網奉書。
附録2-No.992 近衛信尋書状
久紹とは久しく音信が疎く、たびたび上洛しても対面できず残念だと述べ、薩摩の平穏を尋ねる。公家向けの用事があれば承るとし、匂袋三個の調合を依頼した近衛信尋書状。
附録2-No.993 近衛信尋書状
仙洞御所の腫物が平癒して公家一同が喜んでいることを報じ、車五・帷子五・太刀一腰・馬代黄金十両を贈られたことへ謝意を示した近衛信尋書状。
附録2-No.994 伊東祐慶書状
八日に自邸で茶を進上したいとの招きに応じてもらえることを喜び、又十郎も同道して必ず来るよう待つと伝えた伊東祐慶書状。
附録2-No.995 上屋敷水縄覚
上屋敷の表門・裏門側について、屋敷地から馬場・長屋地までの高低差を測り、隣接する鍋島孫平太屋敷との落差と、地面を一尺七、八寸掘ると水が出ることを記録した水縄覚。
附録2-No.996 諸覚
松平肥前守の隠居に伴う知行配分、城普請を担当する大名・旗本と加増高、城の石垣修築、諸大名が普請用に献上する材木・銅・漆・石材・板などの数量を列挙した諸覚。
附録2-No.997 徳川家綱・網士口御内書目録
徳川家綱・綱吉から島津光久へ下された端午・重陽・歳暮の祝儀に対する御内書について、日付・宛名・通数を整理し、同文同印のものは省略した目録。
附録2-No.998 島津光久書状
光久が国元で越年するため江戸へ年始使者を出すよう命じたのに、家臣らが不要と相談して中止し、幕府対応が無調法になったことを厳しく叱責する。先例を挙げ、今後は公儀の時宜を誤らぬよう手順を書き留めて油断なく処置せよと命じた島津光久書状。
附録2-No.999 島津光久朱印状
上意により川辺山関係の支配を永く拝領させることを、原左衛門・町田監物の印判をもって認めた寛文二年十一月の島津光久朱印状。
附録2-No.1000 島津光久直書
国中の支配を近日中に完了させるとの報告を喜び、苦労ではあるが万事に念を入れて速やかに決着させることが肝要だと命じ、詳しくは蔵人に述べさせるとした島津光久直書。