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追録5-No.363記事旧記雑録暫定版・確認中

継豊病ニヨリ遅参ヲ乞フ

〈寛延元年〉十二月二十八日/整理ID 旧記雑録追録5_文書0363

確認度高
この文書は暫定版です

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概要

病中の継豊は隠居を許されたものの、なお病が癒えず登城して謝礼できなかった。翌年二月に江戸を発って薩摩の温泉地へ行き、道中は日数をかけて進み、半年の湯治で回復したいと願い、宗信がその趣旨を官府へ書面で伝えた。寛延元年十二月二十八日、宗信が登城して礼を述べた後、白書院で堀田相模守正亮が、継豊の隠居後の帰国・湯治を許す台命を伝えた。継豊には家重から道服三領、吉宗・家治から各二領が賜われ、宗信が代わって拝謝した。

登場人物

島津継豊・島津宗信・堀田相模守正亮・徳川家重・徳川吉宗・徳川家治

宛先

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キーワード

島津継豊、島津宗信、堀田正亮、病気、隠居、帰国願、半年湯治、十二月二十八日許可、道服

冊子頁

133頁

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(1)例言・目次・本文1~165頁(延享4~寛延2).pdf