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前編1の目録
旧記雑録 長久2年~延文元年の文書・記事です。
全2,673件中 1401~1500件・15 / 27ページ
前編1-No.1360 国分友貞申状
国分友貞が、国分寺領相論は二番引付で審理中なのに、友任が一番引付へ別訴したため訴訟が分裂したと申した文書。昨年十月の申状を添え、二番引付へ戻して一具に審理・裁許するよう求める。
前編1-No.1361 国分友貞申状
国分友貞が、彦次郎友任と安楽寺雑掌祐舜が審理中に別訴して六波羅御教書を得たことを訴えた申状。旧訴の進行中に新たな論旨を立てるのは定法に反するとし、双方の訴訟を一方へ寄せて裁許するよう求める。
前編1-No.1362 島津忠宗書状
島津忠宗が山田氏へ、谷山の沙汰で類書として借用した山田文書を返却する旨を伝えた仮名書状。返却後も谷山の紛争について相談し、道義の名乗り・花押を用いている。
前編1-No.1363 沙弥称恵譲状
沙弥称恵が下総国相馬御厨内府河村の所領を平盛資へ譲り、年貢を怠りなく代官へ納めること、違反時は処分することを定めた譲状。
前編1-No.1364 沙弥称恵譲状
沙弥称恵が下総国相馬御厨内の護戸本給一町と中ノ代内所領を平盛資へ譲り、盛資一期中は半分を息女虎御前へ譲ると定めた譲状。
前編1-No.1365 国分友貞陳状
国分友貞が天満宮安楽寺雑掌祐舜の訴えに答えた長文陳状。国分寺領は友貞の重代御家人領で、安楽寺へ年貢を納める請所として知行してきたと主張し、関東・六波羅御教書、相伝系図、奉書など十五通を証拠に掲げる。友任の系譜・義絶、寺家側がいう年貢未進、放火・殺傷・追捕を逐条反駁し、祐舜の別訴・濫訴を退け、友貞の本…
前編1-No.1366 宇佐八幡宮領条々
宇佐八幡宮領の処理原則を定めた条々。御家人知行分、相伝・質得地、凡下知行分、寄進地、社壇造営・祭祀、神領役などについて、所領没収・付社家・年貢配分・相論裁許の基準を列挙する。社家と御家人の権利を区別し、大宰少弐貞経の沙汰で実施するよう定める。
前編1-No.1367 鎮西施行状
同年五月十日付関東御教書により、島津久長の出家暇が許可されたことを通知し、命令どおり執達するよう命じた北条英時の鎮西施行状。
前編1-No.1368 本性書状
山田村の譲状について、御沙汰が落居した後に進上する旨を山田氏へ伝えた本性の短い書状。
前編1-No.1369 前参河守某裁許状
所従宗太郎男をめぐる島津久長と河俣入道帰心代篤範の訴訟について、篤範の証文は義理が相違し、帰心の去渡状にも難があるとして、篤範の訴えを棄却した前参河守某の裁許状。
前編1-No.1370 鎮西御教書
天満宮安楽寺雑掌と国分友貞の国分寺領相論について、六波羅執達に従い、下地は裁許の帰結に任せ、年貢は当面雑掌へ渡すよう島津貞久へ命じた鎮西御教書。神事・社役の勤否や年貢の扱いも確認して沙汰するよう求める。
前編1-No.1371 春寂書状
安楽寺雑掌と国分友貞の国分寺所務相論について、成敗後に関係文書を選び提出するよう大河入道へ依頼した奈古春寂の書状。
前編1-No.1372 鎮西下知状
新田宮雑掌と吉永名領主友経が争う放生会饗膳役についての鎮西下知状。吉永名分の上料・酒などの勤仕をめぐり、過去年分は請取など証拠不足のため不問とし、今後は役を勤めた際に社家・役人が請取を交付し、神事後の紛争を防ぐよう定める。
前編1-No.1373 鎮西御教書
新田宮放生会の饗膳・相撲・流鏑馬以下の神役について、社家と勤仕者が年ごとに請取・請文を交わし、後日の無拠な争論を防ぐよう双方へ伝えることを島津貞久へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1374 本性書状
No.1368と同文であるため本文を省略した、山田村譲状の提出時期に関する本性書状の別本。
前編1-No.1375 平重基請文
島津道慶が訴える谷山郡山田・上別符両村の所務について、谷山五郎入道へ連絡し、その請文を進上した平重基の請文。
前編1-No.1376 沙弥津性書状
山田北別符の譲状正文を預かっており、当面の用務が済み次第進上すると伝えた沙弥津性の書状。
前編1-No.1377 建部高清譲状
建部高清が重代相伝した祢寝院南俣山本村内の田地、北横副二段・上田二段などを甥祢寝弥次郎へ永代譲与した譲状。年貢・公事を怠らないこと、田地を不慮に失った場合は代替地を与えること、子孫らの妨げを禁ずることを定める。
前編1-No.1378 恵弁・忠禅連署相博状
台明寺折田内垣本田二段と曽於郡重留名用松名萩峰一段を、政所権律師恵弁と書生拳頭忠禅が相互の役負担を付け替えて交換した連署相博状。
前編1-No.1379 鎮西御教書
新田宮放生会の饗膳以下の神役について、社役を勤めた者へ社家が請取を出し、役人らは年々の課役を履行して後日の争論を防ぐよう、双方へ命令を伝えることを島津貞久へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1380 鎮西下知状
比志島義範が主張する所従女性とその子をめぐり、蒲生宗清代直清・高清側の請文を審理した鎮西下知状。相手方は女性を宗清の所従の妻、子を下人の子としたが、請文は前後矛盾し、代官高清も召文後に帰国して参対しなかったため、女性母子を義範へ去渡すよう裁許する。
前編1-No.1381 国分友貞申状
国分友貞が国分寺領相論について庭中で申した長文。安楽寺雑掌祐舜の訴えを担当した先奉行の判断と島津貞久宛御教書は、下地・所務・年貢を分断して審理しており不当だと批判する。友任・寺家側の別訴や奉行の処理を挙げ、関係文書を一具にして別奉行のもとで本所年貢・下地・所務を統一審理するよう求める。
前編1-No.1382 鎮西御教書
安楽寺領国分寺の年貢について、下地相論の裁許を待ちながら友貞に沙汰させ、相論が落居するまで年貢を処理するよう莫祢郡司へ伝えた平成貞の御教書。
前編1-No.1383 関東下知状
亡父宮原五郎頼重の跡として配分された大隅国祢寝院南俣内の田五段、畠一町一段、在家一宇を建部氏女に領知させるよう認めた北条高時・北条貞顕の関東下知状。
前編1-No.1384 島津貞久禁制
鹿児島東福寺境内での中井山野の草木採取と殺生を禁じ、違反者は長元季・文保三年の先例により重科に処すると定めた島津貞久の禁制。
前編1-No.1385 造宇佐宮料請取状
牛尿院福光名に課された宇佐宮造営料米五升一合二夕を納入したことを証する篠原孫二郎の請取状。
前編1-No.1386 関東御教書
皇太神宮御訪用の用途について、先度の命令に従い速やかに沙汰し、難渋者がいれば公所へ注進するよう相模守へ命じた関東御教書。
前編1-No.1387 沙弥円也守護狩夫支配状
中津河湯原で来月二日に行う守護狩に備え、曽野郡司・税所介・物検校・河俣大掾・重久大掾兼廉らへ、各五~十一人、計数十人の歩兵・狩夫を割り当てた沙弥円也の支配状。
前編1-No.1388 守護狩夫支配状
来二月五日の守護御狩に備え、税所介へ物検校十人の狩夫を割り当てた沙弥円也の支配状。
前編1-No.1389 源祐清契状
満家院内河田名地頭職をめぐる相論について、源祐清が和談に従い、相手方の損物等の訴えを止め、後日の違乱をしないと契約した文書。相論当事者双方の合意、子細の確認、違反時の罪科と奉行所での扱いを定める。
前編1-No.1390 平忠世和与状
知覧院鎮守開聞中宮大明神領内の山野・田地をめぐる相論を、平忠世らが和解した長文和与状。利山大道、白谷川、河辺境、西限河辺境など四至を詳細に記し、屋敷・田畠・牧馬地・社領の配分、検断・年貢・神領役、立石や谷・尾根を基準とする境界を定める。双方の押領・違乱を止め、神事と所務を旧例どおり行うことを約す。
前編1-No.1391 伊作島津氏重書目録
伊作久長譜中の案文に伝わる重書を列挙した目録。所領安堵・譲与・下知・御教書・和与・契約・寄進などの正文・案文を、発給日と文書名ごとに多数掲げる。伊作庄・神代郷・櫛無保など伊作島津氏の所領支配と相伝を裏づける証拠群を一覧化する。
前編1-No.1392 伊作島津氏重書目録
伊作久長譜中の案文に収める別系統の重書目録。寄進状、下知状、和与状、譲状、起請文、所務・境界関係文書などを日付・件名とともに列挙し、伊作家の所領相伝・訴訟・奉公を証する文書群を整理する。
前編1-No.1393 円与寄進状
大検校円与が曽野郡竹井田三段を清水霊明寺へ寄進し、山王御宝前の供田として、恒久名内の所領とともに衆徒へ伝領させ、違乱を禁じた寄進状。
前編1-No.1394 伊作島津氏重書目録
伊作久長譜中の正文に伝わる重書目録。所領安堵、譲状、下文、御教書、起請文、境界・年貢・神役関係文書などを件数・文書名・日付ごとに列挙し、伊作島津氏が保管した原本群の構成を示す。
前編1-No.1395 鎮西下知状
島津道慶と上野平九郎入道禅意の谷山郡山田・上別符相論について、禅意が押し取った牛壱頭・馬壱疋、農具、藤弁坪四段、宇治山崎一段、桑坪一段、小布治田などを返還するよう命じた鎮西下知状。先の催促・請文への難渋を踏まえ、速やかな糺返を命じる。
前編1-No.1396 鎮西御教書
祢寝弥次郎清種が領掌する南俣内山本村田地について、称寝弥次郎清種を訴えた文書を示し、早く参対して弁明するよう命じた鎮西御教書。
前編1-No.1397 沙弥円也守護狩夫支配状
中津河湯原での狩に備え、祢寝院・郡司・佐多弥四郎・同九郎・田代大掾・伊佐敷らへ各五~十一人、計数十人の歩兵・狩夫を割り当てた沙弥円也の支配状。
前編1-No.1398 守護狩夫支配状
守護私領の頭役として、庄司・重富・主丸・徳永・立田・政枝・太郎大夫・吉光・安氏・原木などへ二~四人ずつ狩夫を割り当てた守護狩夫支配状。
前編1-No.1399 谷山覚信代俊忠陳状
谷山五郎入道覚信代俊忠が、谷山郡内山田・上別符両村惣地頭職をめぐる島津道慶の訴えに答えた陳状。道慶側の主張・契約・年貢・押領物を逐条反駁し、過去年の所務や和与、請文・御教書の経緯を示す。覚信方の由緒と知行を主張し、道慶の濫訴停止を求める。
前編1-No.1400 藤原忠幸書状
山田村・上別符の譲状正文を披露のため少弐三郎兵衛尉方へ提出するよう求め、借状が必要なら作成すると伝えた藤原忠幸の書状。
前編1-No.1401 鎮西施行状
亡父の関東御下文と譲状に基づき、建部氏女と子息祢寝弥次郎清種へ南俣内田五段、東郷本馬門・島二町一段、在家四宇などを領掌させるよう命じた鎮西施行状。
前編1-No.1402 鎮西下知状
若松彦太郎忠兼代忠金と国分二郎友貞が、羽島浦の田島・山野等を争った鎮西下知状。忠兼側の契約・寄進・証文、友貞側の年貢・知行・訴陳を検討し、田地の割分、河海・山野・検断、年貢米、契約違反時の返還・処分を定める。双方の異論と押領を止め、所定の分領を領掌させる。
前編1-No.1403 伊作庄日置北郷領家地頭和与状
伊作庄・日置北郷の領家一乗院雑掌憲俊と地頭島津宗久代道慶が結んだ長文和与状。下地を東西・南北に分け、田畠・河川・山野・海浜・用水・牧馬地・寺社領の帰属を詳細に定める。領家年貢と地頭加徴米、公事・検断・神役、境界の標識、双方の不進・押領停止、所務人の権限を規定し、相互に文書を渡して後日の争論を禁じる。
前編1-No.1404 書渡状
伊作庄領家方と地頭方の和与成立に伴い、日置御文書、文治寄進状案、建長御下知案、伊作下司有純起請文案など五通を相互に書き渡した書渡状。
前編1-No.1405 沙弥某書下
大隅三郎忠国の負物について、六月七日付御教書のとおり早く注進所へ進め、命令を執達するよう命じた沙弥某の書下。
前編1-No.1406 建部重清請取状
建部重清が星川左衛門五郎から、祢寝院関係の御下文・譲状など三通を請け取ったことを仮名書きで証した請取状。
前編1-No.1407 大蔵家久着到状
関東御軍事により市来院河上へ馳参したことを届け、着到を披露するよう求めた高岡大河上氏こと大蔵家久の着到状。
前編1-No.1408 延時忠種着到状
京都御使の命を受け、関東御早打が下着した間に延時又三郎忠種が馳参したことを報告し、披露を求めた着到状。
前編1-No.1409 伊作庄領家雑掌承信文書渡状
伊作庄領家雑掌承信が、領家方と地頭方の和与に伴い相互に渡す本解状案、立券状要段案、御教書案、北方地頭請文、使節在国入道請文、阿多地頭代請文などの証文・案文類を列挙した文書渡状。
前編1-No.1410 島津貞久書下
騒動に際して子息を代官として進めたことを承認し、引き続き所定の沙汰を執行するよう新田宮権執印へ命じた島津貞久の書下。
前編1-No.1411 島津貞久書下
今回の騒動に関する比志島孫太郎の参津を了承し、そのまま命令を執達するよう伝えた島津貞久の書下。
前編1-No.1412 島津道鑑書状
比志島孫太郎へ、訴えの申出先と返答の手順を示し、明後日以降に返答へ赴いて後日まで申し合わせるよう指示した島津道鑑の仮名書状。
前編1-No.1413 平為忠問状
伊集院原田垣本田の年貢問題について、中村兵衛四郎入道へ翌日の参上を求め、去年二日付御教書と重訴状に基づき早く弁明するよう命じた平為忠の問状。
前編1-No.1414 鎮西下知状
島津道慶と石谷右衛門三郎らが伊集院三小山原・中原・良金知行原の境界を争った鎮西下知状。中原側の相伝、良金知行原と上訴の証拠、和与状を審理し、鼻崎・松中野・彼塚などを基準に境を定める。双方の異論を退け、和与の内容を守るよう裁許する。
前編1-No.1415 伊作庄日置北郷領家雑掌地頭代和与状
伊作庄日置北郷の領家雑掌承信と地頭島津宗久代道慶が結んだ和与状。八幡御前放生会馬場を両方堺とし、田畠・屋敷・河川・用水・牧馬地・寺社役の分掌、加徴米・修理費・公事役を定める。領家方・地頭方の各所務地を具体的に配分し、相互の越境・押領を禁じる。
前編1-No.1416 鎮西下知状
安楽寺雑掌と国分寺領主国分友貞が、国分寺領下地・年貢および荒野・石上村の境界を争った鎮西下知状。訴陳状、絵図、永和状、検見・証人の申状を照合し、石上村南境、馬渡路、北公田、西草帳、東石神島などの境を裁定する。相論地の帰属、年貢・公事、違乱者の処分を定め、絵図に基づく境界確定を命じる。
前編1-No.1417 沙弥正行和与状
国分寺領の下地・年貢等をめぐる相論について、沙弥正行が雑掌方と国分友貞方の和与条件をまとめた文書。本文中に挿入された形で、双方が守るべき年貢・公事と所務の条件を示す。
前編1-No.1418 国分友貞請文
国分寺領の公事用途二十六貫五百文を毎年の年貢から納入し、用途代・文書代・節供用途などを先例どおり負担すると国分友貞が請け負った請文。
前編1-No.1419 和泉忠氏譜
和泉忠氏譜から、正中元年十一月晦日から翌年閏正月にかけて島津貞久が行った国廻狩の経路と、知覧院・頴娃郡・給黎院・谷山郡・鹿児島郡などで従った数百人の供人を記す記事。
前編1-No.1420 島津貞久国廻狩供人注文
島津貞久の国廻狩に供奉した人員・馬匹を詳細に列挙した注文。御分、御刀者、御厩者、御力者、侍・郎従、各地の地頭・郡司・院司らを姓名ごとに掲げ、上下人数、馬、雑駄の数を記す。知覧・頴娃・給黎・谷山・鹿児島など巡行先ごとの動員構成と、御供・宿・警護・運搬の分担が分かる。
前編1-No.1421 鮫島入道松岳自記
大岳家の家督継承について、式部大夫殿へ申し、兄弟間の所領分限を御座の場で取り決めた経緯を記す鮫島入道松岳の自記。野辺殿の持切、国廻狩の供奉、鹿児島参朝などにも触れる。
前編1-No.1422 応永記
応永四年丁未の年代記から、依代を始め国廻が滞りなく成行した旨を記す短い記事。
前編1-No.1423 鎮西御教書
安楽寺雑掌静祐の重申状に基づき、薩摩国分寺下地相論へ日限を定めて参決するよう国分助次郎友貞へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1424 菅原長宣家雑掌申状
菅三位家雑掌宗清が、安楽寺領薩摩国分寺の下地・年貢について武家へ言上した申状。国分友貞側との和与・綸旨・年貢納入の経緯を述べ、武家の給旨により寺領を安堵し、雑掌の所務を認めるよう求める。
前編1-No.1425 菅原長宣状
安楽寺領薩摩国分寺の下地・年貢をめぐる雑掌申状について、先度の綸旨を武家へ伝えて沙汰し、友貞との和与の趣旨に沿って速やかに処理するよう蔵人次官へ求めた菅原長宣の状。
前編1-No.1426 六波羅御教書
安楽寺領薩摩国国分寺の領家国分友貞との和与について、前年三月三日付綸旨と内大臣家御消息の趣旨に従い、子細を記した状をもって執行するよう命じた六波羅御教書。
前編1-No.1427 鎮西御教書
安楽寺雑掌静祐が重ねて訴えた薩摩国国分寺下地相論につき、友貞が召符に応じず陳状も提出しないため、改めて友貞を召し出し、実否を尋ねて訴訟を進めるよう鎮西探題が命じた御教書。
前編1-No.1428 国分寺雑掌静祐重申状
安楽寺雑掌静祐が、国分友貞による薩摩国国分寺領の押領を重ねて訴えた申状。友貞が召符に応じず陳状も出さない経緯、前年の綸旨・御教書、領家方の知行根拠を掲げ、友貞を召し出して下地・年貢を回復させる裁許を求める。
前編1-No.1429 後醍醐天皇綸旨
安楽寺領薩摩国国分寺の和与について、菅三位状と雑掌申状を武家へ渡し、その内容に従って処置するよう命じた後醍醐天皇綸旨。
前編1-No.1430 西園寺実衡御教書
安楽寺領薩摩国国分寺の和与について、綸旨の副状を添え、武家へ子細を申し入れて処置を求めるよう命じた西園寺実衡の御教書。
前編1-No.1431 鎮西下知状
薩摩国石上村荒野の境界打越をめぐる永利如性と山田八郎次郎道一の相論について、前年の使節が作成した絵図と両使の注進を基に、境を検見して旧境どおりに定めるよう命じた鎮西下知状。
前編1-No.1432 六波羅御教書
備前国豊原庄雑掌宗朝の訴えにより、狼藉人犬甘彦六郎らの追捕を命じた六波羅御教書。重ねて狼藉を働いた者を追い出し、狼藉の実否を調べて請詞を提出させ、庄務を妨げないよう処置を求める。
前編1-No.1433 平某書下
安楽寺雑掌が訴える薩摩国国分寺下地について、三月十八日付御教書の趣旨に従い、到来後ただちに国分助次郎を召し出して事情を明らかにするよう命じた書下。
前編1-No.1434 関東鎮西文書目録
国分助次郎宛の御下文・御教書・奉書、国分寺領の寄進状や領家方文書など、関東・鎮西関係文書を仮名書きで一通ずつ列挙した文庫目録。文書の年月・宛所・内容を簡略に記し、所蔵文書群の構成を伝える。
前編1-No.1435 山田氏系図
忠経を祖として、初忠能・諸三郎丸・大隅式部諸三郎・九郎左衛門らへ続く山田氏の系譜を示す。嫡子への譲渡、加賀守・左衛門尉などの官途、谷山郡山田を基盤とする一族の分岐を記した系図。
前編1-No.1436 山田道慶譲状
沙弥道慶が嫡子諸三郎丸へ、薩摩国谷山郡山田・上別符両村の地頭職以下、田地・屋敷・山野などを譲った譲状。関東御下知以下の証文を添え、兄弟姉妹や子孫の異議を退け、永代相伝することを定める。
前編1-No.1437 山田道慶譲状
沙弥道慶が嫡子諸三郎丸へ、薩摩国伊集院・給黎院内の田園などを譲った譲状。道慶が相伝・知行してきた所領を対象とし、後日の違乱を禁じて永代相伝を認め、自筆の譲状を証拠とする。
前編1-No.1438 山田道慶置文
沙弥道慶が谷山郡山田・上別符両村の地頭職相続を定めた置文。三郎に譲る分を除いて諸三郎へ与え、三郎に男子がなければ所領を諸三郎へ戻すこと、道慶の死後に兄弟姉妹が違乱してはならないことを明記する。
前編1-No.1439 後醍醐天皇綸旨
安楽寺領薩摩国国分寺で国分友貞が乱妨した件につき、沙汰を行って友貞を抑え、領家方の知行を回復させるよう武家へ命じた後醍醐天皇綸旨。
前編1-No.1440 伴兼尚伝
伴兼尚が守護代盛季の時に税所介職を受け、餘田・父尊阿請所などを領した後、盛季側の侵奪と訴訟に直面した経緯を記す。北条高時・英時への訴え、倉可被勘渡の裁許、谷山郡山田・上別符両村地頭職をめぐる道慶と和与状の争い、年貢・加徴米・拾石定の扱いまで掲げ、鎌倉末期の所領紛争と守護権力の介入を伝える。
前編1-No.1441 関東御教書
兼尚が訴える薩摩国税所領田地の押領・殺害事件について、北条高時・貞顕が守護代盛季らに、田畠の分割、代官・所務、年貢、阿尊殺害の実否を調べ、関係者の陳状を添えて報告するよう命じた関東御教書。
前編1-No.1442 山田道慶和与状
山田道慶と谷山五郎入道覚信が、谷山郡山田・上別符両村の地頭所務を和与した文書。野畠・宮園・久吉園などの地利物、郡司得分、地頭米、加徴米、拾伍石定などを項目ごとに分け、互いの抑留を止めて先例・証文どおり知行することを定める。
前編1-No.1443 谷山覚信和与状
谷山五郎入道覚信が山田道慶との和与内容を確認した文書。山田・上別符両村の野畠得分、宮園・久吉園等の地利物、領家所務、郡司得分、地頭米・加徴米などについて、弘安以来の下知・帳目・和与に従い相互の抑留を止めると定める。
前編1-No.1444 鎮西御教書
上野平九郎入道禅意が訴えた牛馬二件の重申状について、関係者へ問いただし、事実の有無を起請詞に記して報告するよう命じた鎮西御教書。
前編1-No.1445 国分友貞申状
国分次郎友貞が、安楽寺領薩摩国国分寺の下地・年貢相論について提出した申状。領家方との和与、六波羅・鎮西の御教書、友貞方の下知・知行の由緒を示し、雑掌宗清の訴えを退けて従来どおり所務を認めるよう求める。
前編1-No.1446 鎮西下知状
安楽寺領薩摩国国分寺の下地・年貢をめぐる雑掌と国分友貞の相論を裁いた鎮西下知状。承元以来の請所契約、友貞の違約・押領、綸旨・六波羅御教書、双方の陳状を審理し、寺領を雑掌へ渡して友貞の妨げを止めるよう命じる。
前編1-No.1447 国分寺領訴訟次第注文
国分寺領相論の手続と証文を時系列に整理した注文。雑掌と国分友貞の訴え、六波羅・鎮西の御教書、和与、召文・陳状、評定・施行の年月を列挙し、訴訟がどの命令と返答を経て進んだかを示す。
前編1-No.1448 島津師久系図
島津師久について、正中二年八月十六日の誕生、母が大友因幡守の娘であること、上総三郎左衛門尉・大夫判官などの官途を記した系図記事。
前編1-No.1449 和泉実忠譜
和泉実忠が南郷地頭職にあった時、壹町へ入租した八幡新田宮の御供米を算田貢として扱い、正中二年九月五日付の探題英時書状で速やかな弁済を命じられたことを記す。
前編1-No.1450 鎮西御教書
八幡新田宮雑掌が訴えた御供米について、下野三郎兵衛尉へ、弁済できない事情があるならその理由を明らかにし、なければ速やかに納めるよう命じた鎮西御教書。
前編1-No.1451 関東下知状
薩摩国伊作庄日置北郷で領家一乗院方と地頭方が結んだ和与を認可した関東下知状。伊与倉河を境とする領分、河川・用水・漁労、加徴米・年貢、神社・寺院の造営役、異国警固・石築地役、庄内下地の分割と相互不干渉を多数の条項で定め、双方に遵守させる。
前編1-No.1452 沙弥音阿末弘名田島等譲状
沙弥音阿が、南郷末弘名と井門実山薗三か所を養子平馬大夫入道顕阿へ譲った譲状。相副えた文書に従って知行させ、後日に実子が生まれても所領を取り戻さず、顕阿の子孫へ譲ることを認める。
前編1-No.1453 鎮西下知状
谷山郡山田・上別符両村の地頭得分をめぐる谷山五郎入道覚信と大隅式部孫五郎入道道慶の相論を、正安二年・弘安十年の下知と和与状に基づいて裁定した鎮西下知状。野畠・宮園・久吉園、領家所務、郡司得分、地頭米・加徴米等を和与どおり分掌させる。
前編1-No.1454 鎮西御教書
鹿児島郡司貞澄の代官内田右衛門太郎実澄と上原三郎の訴訟について、実澄が提出した証文・状の実否を尋ね、事情を記した請文を提出するよう命じた鎮西御教書。
前編1-No.1455 関東下知状
伊作庄日置新御領について、領家雑掌と地頭方の和与を認可した関東下知状。下地を八幡御前を境に分け、馬場・融東西社・京進宗久代道慶下地、地頭米・加徴米、異国警固・営崎石築地・造営修理などの役を分担し、互いの領分へ介入しないことを定める。
前編1-No.1456 島津忠宗譜
島津忠宗が正中二年十一月十二日に七十五歳で没し、法名を道義、院号を浄光明寺殿としたことを記す系譜記事。
前編1-No.1457 島津世家
島津忠宗(道義公)の生年、父貞久・相馬氏との系譜、元寇前後の家歴を短く記す『島津世家』の記事。忠宗の出自と島津家嫡流での位置を示す。
前編1-No.1458 宗覚書状
造宇佐宮の薩摩国所課について、新田宮領は先例・正文により免除されるべきだとして、六波羅で証文を披露し、所課を停止するよう求めた宗覚の書状。
前編1-No.1459 島津国史
島津貞久の家系と年代を掲げ、元徳・元弘年間の出来事へつなぐ『島津国史』の記事。忠宗没後の家督継承と、鎌倉幕府滅亡前後に島津氏が置かれた政治状況を示す導入部。