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前編1の目録
旧記雑録 長久2年~延文元年の文書・記事です。
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前編1-No.764 ふつけう譲状
ふつけうが用熊丸・孫熊丸らへ薩摩国山門院の所領を譲る仮名書き譲状。用熊丸が養子として孫熊丸を守り、田畠・屋敷等を末代まで知行し、後日の争いを避けるよう定める。
前編1-No.765 伴兼基譲状
伴兼基が大隅国肝付郡岸良村の弁済使職と田畠・山野・狩倉などを子息得益へ譲る譲状。相伝して知行してきた所領であること、四至を明示すること、阿仏状に従って早く譲渡を実現することを定める。
前編1-No.766 官宣旨
薩摩国天満宮・国分寺の造営を命じた官宣旨。両寺が大聖観世音菩薩・仏法興隆に関わる国衙の祈所であり、建保二年の注進後も国司交替や時代推移で造営が進まなかった経緯を述べる。国司・神官らの妨害を停止し、造営料所を確保して神事・仏事を勤行させ、異賊調伏と天下安穏を祈るよう大宰府に執行を命じる。
前編1-No.767 建部清綱譲状
建部清綱が孫子へ、西本薗三か所の田畠・屋敷などを譲る譲状。西本薗内の園伍か所と関係所領を配分し、相伝知行させる旨を定める。
前編1-No.768 大宰府庁下文
官宣旨を受け、薩摩国の天満宮・国分寺造営を実施するよう命じた大宰府庁下文。両寺が国衙の祈所として観音・天神を祀る由緒、建保二年以来造営が停滞した事情を述べ、国司・神官らの妨害を排して造営料所を守り、神事・仏事を勤行し異賊調伏・天下安穏を祈るよう薩摩国雑掌に下知する。
前編1-No.769 町田忠経譜
町田祖忠経の経歴を記す系譜記事。建治二年、島津久経の命で高麗征伐に従うため鎌倉に参り、守護代右馬允藤原国助の死後、土分・緑海郡などの支配に関わったこと、北条時宗の使者杜世忠らとの関係、鎌倉での奉公と所領・恩賞を叙述する。
前編1-No.770 島津久時書状
高麗征伐に動員する武士について、大隅五郎へ同意のうえ罷り渡すよう求めた島津久時の短い書状。
前編1-No.771 島津久時書状
高麗征伐に動員する武士について、吉富次郎へ同意のうえ罷り渡すよう求めた島津久時の短い書状。
前編1-No.772 調所祐恒伝
建治二年、執権北条時宗が元使杜世忠らを鎌倉で処刑した際、諸御家人が警固に当たり、調所祐恒も一族・被官を率いて鎌倉へ参集し功を立てたことを記す伝記記事。本文は祐恒配下の郡田名・重久名・大窪・川北・桑東郷などの知行地と配分も列挙する。
前編1-No.773 石築地役配符
蒙古襲来後の異国警固に備え、博多湾の石築地役を薩摩国の郡郷・寺社・御家人へ配分した帳簿。小河院・桑西郷をはじめ、満家院、薩摩郡、伊作庄、日置庄、入来院などの名・村・寺社ごとに築造すべき間数・寸尺と担当者を細かく列挙し、寺社領・御家人領を含む国中の負担構造を示す。
前編1-No.774 将軍家政所下文
島津久時を薩摩国伊作庄・日置庄の地頭職に補任し、先例に従って両庄を領知させるよう命じた将軍家政所下文。
前編1-No.775 安達泰盛副状
伊作庄・日置庄地頭職を島津久時が領知する件について、政所下文の趣旨に従い沙汰するよう命じた安達泰盛の副状。
前編1-No.776 安達泰盛書状
伊作庄・日置庄を拝領した島津久時へ祝意を伝え、今後の違乱を避けて下文どおり知行するよう述べた安達泰盛書状。
前編1-No.777 忠真譲状
山田忠真が谷山の所領を二郎へ譲る仮名書き譲状。譲り渡した所領を確実に知行し、後日の相続争いが起きないよう定める。
前編1-No.778 忠真譲状
山田忠真が谷山宇宿の所領を三郎へ譲る仮名書き譲状。受領者・対象地を特定し、将来にわたり所領を知行させる。
前編1-No.779 某書下
薩摩郡平礼石寺内の所領について、故大隅入道の免除状に従い、諸方の使者による濫妨を停止して土民等を安堵させるよう命じた書下。
前編1-No.780 島津久時築地役覆勘状
宮崎役所の築地役について、満家院内比志嶋・西俣・河田・前田など四か所の名分、計五丈壱尺肆寸を覆勘し、比志嶋太郎に勤仕させるよう命じた島津久時の覆勘状。
前編1-No.781-1 息長助直田地売券
散位息長助直が、野郡智乃名内の水田字堤田四段を安部中子仁へ沽渡した田地売券。子孫が違乱しないことを誓約する。
前編1-No.781-2 息長助直田地売券
智乃名内水田字堤田四段の沽渡について、助直の先祖相伝所領であるが要用のため直米と引き換えに安部中子仁へ売却し、子孫の違乱を禁じる関連証文。
前編1-No.782 平弘純起請文
平弘純が鎌倉殿への忠誠を誓った起請文。庄務における私事、不当な領家抽忠節、故実を無視した評議、不忠者の召抱え、御年貢・公事の懈怠、御家人との争い、所帯処の隠匿などを行わないと列挙し、違反時には梵天・帝釈、八大明神、北野天神等の神罰を受けると誓う。
前編1-No.783 寺家政所符
正八幡宮政所職に藤原義祐を補任し、文書到来後ただちに奉行するよう命じた寺家政所符。検校兼石清水権別当法印大和尚位らが署判する。
前編1-No.784 寺家公文所下文
餅田村預所職に藤原義祐を補任し、年貢以下の雑物等について先例どおり所務を執行するよう命じた寺家公文所下文。
前編1-No.785 執印法橋某施行状
藤原義祐を政所職に補任した本家御下知に従い、先例どおり沙汰するよう正宮公文所へ命じた執印法橋上人の施行状。
前編1-No.786 執印法橋某施行状
藤原義祐を餅田村預所職に補任した本家御下知に従い、そのとおり沙汰するよう正宮公文所へ命じた施行状。
前編1-No.787 関東御教書
走湯山造営のため、莫祢兵衛入道・市来入道・谷山郡司らに割り当てられた役について、早く催促し執達するよう命じた関東御教書。
前編1-No.788 雑掌某書状
新田宮造営をめぐる雑掌の書状。領家の年分御勤が不十分であること、神領九十余町や本地引募・国衙家御祈祷、彼祈田内の如形仮殿年々加修理などを挙げる。国衙から造営を勤めず、社家も年分勤を果たさず所望だけを申し立てるのは不当として、大隅修理亮に詳しい糺明と処理を求める。
前編1-No.789 島津国史
『島津国史』所収の島津久経伝。弘安四年の蒙古襲来に際し、久経が薩摩・大隅・日向の兵を率いて博多方面で戦い、敵兵・船を破った経過を記す。配下の比志島氏ら諸将、戦死・負傷者、出陣した郷村・地頭名を列挙し、久経の官歴、日置庄・伊作庄拝領、忠宗への家督継承まで叙述する。
前編1-No.790 西藩野史
『西藩野史』所収の島津久経伝。母・相馬小次郎左衛門尉胤綱女との系譜、鎌倉奉仕、狩猟や宮崎津鎮守、所領・家督の経歴を記す。久経が歌道を好み、大府中橘諸兄らに和歌を学び、勅撰集・私撰集へ多数入集したこと、忠宗の歌とともに後世へ伝わったことを収録和歌と撰集名を挙げて述べる。
前編1-No.791 道胤書下
権執印妙慶の申状に基づき、五大院上家分について訴状どおり下知するよう命じ、異議があれば子細を注申するよう隠岐右衛門尉へ伝えた道胤書下。
前編1-No.792 道胤書下
隠岐右衛門尉に対し、権執印関係の案件を執達するよう命じた道胤の短い書下。
前編1-No.793 関東下知状
美作国河会郷内十町村河北の所領について、平氏の字竹鶴が知行すべき旨を下知し、関係者に沙汰を命じた文書。
前編1-No.794 将軍家政所下文
平重通に、相模国澁谷上庄寺尾村の田大功田、薩摩国入来院内塔原郷などの地頭職を安堵する将軍家政所下文。父澁谷五郎四郎重経法師の譲状に基づき、先例どおり領掌させる。
前編1-No.795 関東御教書
走湯山造営役の対捍について、すでに下された御教書に従って早く沙汰し、猶予・難渋があれば注進するよう案主菅野へ命じた関東御教書。
前編1-No.796 関東御教書
入来院重員の狼藉について、重員本人を召進して訴状を問いただし、妻女・代官らが美作国河会郷で行ったとされる悪行も含めて糺明するよう大隅入道孫子へ命じた関東御教書。事実に不審があれば早急に注進させる。
前編1-No.797 大曼荼羅院造立願文
帖佐の座衛御願大曼荼羅院一宇を安楽五郎が造立した際の願文。仏法興隆・大衆利益を願い、造営の発願と功徳、建立年月日を記す。
前編1-No.798 管領思考
大曼荼羅院の名と由緒を考証する記事。寺名の字形・読みに疑義があること、座衛御願または庄衛御願の誤写可能性、島津御庄の府本役所との関係を検討する。安元二年の島津御庄下文や近衛殿下御領・官幣所の由緒を引き、西生寺の冥福祈願建立説を提示する。
前編1-No.799 六波羅御教書
薩摩国新田宮の所司・神官らが申し立てた宮造営と院宣・春宮大夫家・新大納言家御文に関する訴訟について、文書を調べて早く子細を注申するよう命じた六波羅御教書。
前編1-No.800 某下文
新田宮五大院政所職について、国司道氏と権執印妙慶が相論しているため、政所職以下を両者へ分けて知行させるよう命じた下文。
前編1-No.801 越前島津忠行譜
越前島津忠行について、播磨国下揖保庄の地頭職を世々住播州としたこと、越前島津氏・忠行の系譜と所領伝承を記す短い記事。
前編1-No.802 某下文
島津御庄大隅方肝付郡岸良村の田畠・山野・狩倉等を、兼基の嫡子得房丸へ相伝させる下文。兼基が父阿仏の所帯を受け継いだこと、得房丸を嫡子とすることを確認し、弟子息らに異議を唱えさせず、後日の違乱を禁じる。
前編1-No.803 六波羅御教書
前年三月頃に流人が南都で殺害された件で、松夜叉丸ら犯人とされる者を捜索し、雑色友貞を守護として早く上府させるよう千竃六郎入道へ命じた六波羅御教書。
前編1-No.804 島津久時申状
走湯山造営用途について、建治三年五月から両月仁を早久時まで通達したが弁済されず、御教書案・道仏誠置状案も提出したと述べる島津久時申状。新造御所用途に充てるため、谷山郡司が預かる相副利分を速やかに弁済させるよう求める。
前編1-No.805 関東御教書
走湯山造営用途について、大隅土用熊丸の訴状を受け、速やかに沙汰し対捍しないよう命じた関東御教書。
前編1-No.806 亀山上皇院宣
新田宮造営について、鹿児島郡・莫祢・薩摩郡などの例を挙げ、検注のうえ国衙の沙汰と先例に従って造営すべきことを薩摩守へ命じた亀山上皇院宣。
前編1-No.807 院司迎慶所従譲状
院司沙弥迎慶が所従の男女を人数別に譲る仮名書き譲状。たからのすへ、なかせん、きくわう、せいたゆ入道、こまつ、みつへのこなどの名を挙げ、男女・子ども計十数人を配分する。
前編1-No.808 関東御教書
京都大番役の勤仕を催促し、御家人に執達するよう命じた短い関東御教書。
前編1-No.809 島津忠時書下
京都大番役について、御教書案文を早く提出し、老耄で本人勤仕が困難な場合は代官を立てるよう比志嶋大隅前司入道へ命じた島津久時書下。
前編1-No.810 弥勒寺政所符
藤原信祐を正八幡宮政所職に補任し、符が到来した後ただちに奉行するよう命じた弥勒寺政所符。
前編1-No.811 弥勒寺公文所下文
藤原信祐を餅田村預所職に補任し、年貢以下の雑物等について先例どおり所務を行うよう命じた弥勒寺公文所下文。
前編1-No.812 法眼某下文
藤原信祐の政所職補任について、本家御下知に従い先例どおり沙汰し、執印伊豫寺主院勝が施行するよう命じた下文。
前編1-No.813 法眼某下文
藤原信祐の餅田村預所職補任について、年貢以下の物を所務し先例どおり奉行するよう命じた下文。
前編1-No.814 関東御教書
走湯山造営用途について、薩摩国谷山郡司資忠が背いたため、早く催促して沙汰するよう命じた関東御教書。
前編1-No.815 笹崎警固番役覆勘状
笹崎警固番役について、弘安三年四月一日から翌年十月まで勤仕した期間を覆勘した比志嶋氏文書。
前編1-No.816 中沼神司祐恒譲状
中沼神司祐恒が初童丸へ、相模国吉田上庄澁谷内清太入道西在家・同藤状などの所領を譲与した譲状。本文は比志嶋大郎殿宛の御代くわん信連の書付を伴う。
前編1-No.817 台明寺学頭栄源施行状
濫妨・狼藉を働いた又五郎を処罰し、所領等のことを申状の名どおり沙汰するよう命じた台明寺学頭栄源の施行状。正善重代相伝所領の手継を代譲する旨を記す。
前編1-No.818 正八幡宮司尊重安堵状
薩摩国在庁種光の子息種継の申請を受け、御家人種忠が押領した田屋敷を返還し、三位大納言家御消息・具書に従って安堵するよう命じた正八幡宮司尊重の安堵状。
前編1-No.819 島津久経書状
満家の証文をめぐる相論について、島津久経が延時三郎へ対応を指示した書状。豊後前司入道から給わった御下文・願文、税所への寄託文書、中務六郎の起請文案などを照合し、紛失した証文を探索して具書を整え、所領沙汰を進めるよう求める。
前編1-No.820 少弐経資書状
藤原信祐が子息童名観音丸へ、正八幡宮政所職、田島山野并所職等得分、餅田村預所職など重代相伝の所職・所領を譲る譲状。後日の証文として度文書相具を限り、早く相伝させる。
前編1-No.821 平重峯申状
薩摩国八幡新田宮執印重兼以下の所司・神官らを訴えた平重峯申状。国司道氏の命で神人が打擲・刃傷され、権出無実の社神官や執印相論所司神官等が波羅殿御教書に背いて重峯を濫訴したと主張し、国司下府の条件と先例に照らして裁許を求める。
前編1-No.822 藤内左衛門尉問状
大隅国台明寺衆徒らが、山王冬祭田字宗曽利并阿弥陀講行田・楠本田・息田などをめぐり、重峯側の押定・違乱を訴えた申状。証文・訴状・所領由緒を示して無実の濫訴であると反論し、日限を定めて上訴の罪科を決するよう求める。
前編1-No.823 後宇多天皇給旨
播磨国下揖保東方の地頭職について、周防又五郎入道覚善に相違なく領知させるよう命じた後宇多天皇給旨。
前編1-No.824 関東御教書
島津下野守久時に新造御持仏堂の用途を勤仕させるよう命じた関東御教書。難渋があれば後悔することになるとして、先例どおり速やかに沙汰するよう催促する。
前編1-No.825 島津久経譲状
島津久経が三郎へ所領を譲る仮名書き譲状。神領・荘園・郷村などの知行を分け与え、兄弟が互いに助け合って所領を守り、訴訟や違乱を避けること、将来も子孫へ相伝することを申し置く。
前編1-No.826 島津久経系図
島津久経を祖とし、忠宗・久長の兄弟から初忠長・薬寿丸・彦三郎らへ分かれる系統を図示した系図。久長が下野守・大隅守を称し、受父の譲りで薩州伊作庄に居住したことを示す。
前編1-No.827 伊作氏家譜
伊作氏祖久長について、高祖忠久四世の子孫で島津忠宗の弟とし、伊作庄に領地を得て伊作氏を号したこと、武勇の名が天下に聞こえたこと、老父道忍の御教書・御下文などを珍蔵したことを記す家譜記事。
前編1-No.828 島津久長相伝文書目録
伊作家久長が相伝した文書目録。久経・忠宗・久長らの譲状、御下文、鎌倉将軍・大隅殿等の下文、やくす殿・大すみ殿・つらせ給ふ御状など八通以上を列挙し、伊作家の所領・家督相伝を支えた文書群の構成を示す。
前編1-No.829 島津久経自筆置文
島津久経が、将来の御くだし文・御代譲り等は譲状どおりとし、子孫や関係者が異議を唱えないよう申し置いた自筆置文。
前編1-No.830 宮崎警固番役覆勘状
異国警固の宮崎番役について、弘安四年二月二日から五月一日まで島津久時が比志嶋代河田右衛門尉を勤仕させたことを覆勘した文書。
前編1-No.831 殉国名藪
弘安四年六月二十九日に入来院平四郎有重が戦死し、同院平四郎太郎重尚も傷を負ったことを記す。鎌田尾張守清憲が元軍を追った博多の戦いと関連づける短い殉国記事。
前編1-No.832 沙弥某奉書
大中嶋の給主が未補の間、所司・神官が共同で年貢・草代・桑代・作稲・御年貢以下を収納し、若得重兼并前使代官らが違乱した場合は身柄を追い出して上所職へ召し上げるよう命じた奉書。
前編1-No.833 鹿屋氏系図
鹿屋氏の系図として、久経から初久時・修理亮・下野守らへ続く系統と官途を簡略に示す。
前編1-No.834 預所某下文
下村郡に課された本年貢・公事の配分帳。御佃米、京定、同年貢雑物代銭、桑代絹、修正餅、懸参校、黒米、田分・畠分などを項目別に示し、辺木山村・伊王分・清水大夫・次郎大夫ら負担者ごとの数量と年四回の勤仕を定める。
前編1-No.835 名主覚順処分帳
国分八幡宮領を名主覚順が処分した帳面。娘長寿分・国司寄進分・最勝寺新阿弥陀堂領西加礼川などの田畠を掲げ、万得姫仁王飯・修正餅・懸参校、山村者への処分、四至、辺木山の年貢・勤仕などを記し、相続人・寺社・村々ごとの所領と負担を細かく配分する。
前編1-No.836 比志島時範軍忠状
比志嶋五郎二郎源時範が蒙古合戦での軍忠を報告した軍忠状。前年六月二十九日、蒙古人の賊船千余艘が壱岐島へ襲来した際、時範が親類河田右衛門尉盛資と渡海して戦い、七月七日の鷹嶋合戦まで奮戦したことを述べ、証拠状を添えて副進し、合戦忠勤の注進を求める。
前編1-No.837 島津長久系図
島津久経から初久時へ続く系統を示す簡略な系図。久時の官途を修理亮・下野守とし、高久・信濃国守護代居住・法名教仏などの注記を伴う。
前編1-No.838 橋口家忠申状
橋口次郎大蔵家忠が、祖母道阿弥陀仏の譲状に基づく上名主職を早く安堵するよう求めた申状。祖母の手・宝治元年の譲状、曾祖母・父の相伝文書を添え、家忠の重代相伝職であると主張する。
前編1-No.839-1 調所祐恒伝
調所祐恒が子息恒幸へ主神司職等を譲ったことを伝え、次に掲げる譲状が欠損して詳細不明であると注記した伝記事。
前編1-No.839-2 主神司祐恒譲状
主神司祐恒が職掌等を譲った仮名書き譲状の残欠。人名・所領名の多くが欠損しており、現存部分から譲渡の趣旨のみ確認できる。
前編1-No.840 中沼長久起請文
中沼五郎次郎長久が異国合戦時の渡海・軍忠を誓った起請文。前年六月二十九日、親類河田右衛門尉盛資と壱岐島へ渡り、七月七日の鷹嶋合戦で戦ったことを申告し、偽りがあれば日本国中の大小神祇の罰を受けると誓う。
前編1-No.841 台明寺学頭栄源施行状
台明寺大念仏導師が法服一具を施入したため、納袈裟并横被・表衣・裳を寺内で受納し、その趣旨を施行した学頭栄源の文書。
前編1-No.842 正八幡宮司尊重安堵状
正八幡宮領薩摩郡万得内河原田について、親父の譲状に基づく枝名女子の相伝知行を認め、万雑公事・臨時役を勤める条件で後日の違乱を禁じた正八幡宮司尊重の安堵状。
前編1-No.843 平忠重譲状
平忠重が先祖相伝の薩摩国薩摩郡忠重知行分所と田島山野等を、字千与寿丸へ譲る譲状。嫡子・相副次第と関東御公事を勤仕する条件を定め、他の子孫の妨げを禁じる。
前編1-No.844 少弐資能書状
平忠重の訴えを受け、若松四郎忠重による狼藉・打擲・殺害申立てを糺明するよう命じた少弐資能書状。六波羅殿御教書に従い、被糺返作毛・損物等の儀を双方から注申させ、偽りがあれば上府させて給付するとし、乱入・狼藉を停止するよう延時三郎へ伝える。
前編1-No.845 越前島津氏系図
越前島津氏の系図として、忠経・忠幹・忠政から忠景・忠継・忠左衛門三郎らへ続く系統を簡略に示す。
前編1-No.846 沙弥行照文書紛失状
沙弥行照の京都宿所へ盗賊が入り、御下文・安堵御下文・越後国関係文書など重書物を盗まれたため作成した紛失状。所領・相伝に必要な文書を列挙し、先例により紛失の事実を公験・播磨国下揖保庄地頭の証判で確認する。多数の有識者・奉行人の加判を受け、後日の所領訴訟に備える。
前編1-No.847 平忠・氷譲状裏書
千世石丸への所領譲与を確認する平忠・氷譲状の仮名書き裏書。羽島・河田・成枝・忠里などの所領や名を挙げ、譲渡した分を知行させ、親族・関係者が妨げず、将来も相伝するよう定める。
前編1-No.848 伴兼石・藤連署和与状
肝付郡弁済使職をめぐり、伴兼石・嫡子兼藤と東方兼弘が和与した連署状。阿仏以来の先祖相伝地を兼藤が譲得したこと、兼弘が孫へ譲った分との重複、付進兼石畠・臨時課役等を整理し、親族が違乱せず子孫へ相伝する条件を定める。
前編1-No.849 関東御教書
正八幡宮領豊前国上毛郡勤原村地頭職について、異国降伏の祈願所であることを踏まえ、倉殿の挙書に従って寄進を認め、違乱を排して保護するよう命じた関東御教書。
前編1-No.850 平氏女譲状
平氏女が三郎へ相馬久良崎の所領等を譲る仮名書き譲状。二郎左衛門尉へ譲った分との関係を記し、譲り状どおり知行させ、親族の妨げなく将来も相伝するよう定める。
前編1-No.851 浄光明寺鐘銘
薩摩国鹿児島郡に建立された浄光明寺の梵鐘銘。大願主前下野守藤原朝臣久経(法名道忍)と鋳師丹治恒頼を記し、島津庄内の寺院として幽儀道仏、祈成等正覚、増進仏道、和霜之響、先祖過去の冥福・利益を願って弘安七年閏四月三日に鋳造した。
前編1-No.852 宮崎石築地役覆勘状
満家院内比志嶋分の宮崎石築地役五丈一尺四寸について、島津久時が比志嶋太郎へ勤仕させたことを覆勘した文書。
前編1-No.853 島津久経伝
島津久経が弘安七年閏四月二十一日に筑前州宮崎役所で卒し、享年六十一、法名道忍、浄光明寺殿としたことを記す短い伝記事。
前編1-No.854 島津世家
島津久経の出自・官歴・軍歴をまとめた世家記事。父忠時、母伊達氏、公有兄弟、官位・公事奉行を述べ、阿蘇谷守護代から鎌倉奉公、異国襲来時の博多・箱崎防衛、五龍山沖の海戦、颶風で元船が破滅した経過を叙述する。久経の死、道忍号、浄光明寺建立、国分寺等への寄進と後継忠宗まで記す。
前編1-No.855 関東御教書
薩摩国一宮・国分寺について、往古から井管領仁および免田等があったため、申状に従って執達するよう命じた関東御教書。
前編1-No.856 町田久氏譜
大隅七郎久氏と薩摩郡司孫太郎忠能の相論について、今年七月一日付の下知状を掲げ、前年閏四月に久経が没した後は忠宗へ継承されたこと、旧譜には不審があり後考を要することを述べる町田久氏譜の記事。
前編1-No.857 関東下知状
薩摩郡司孫太郎忠能と島津下野久経・七郎久氏らの所領相論を条目ごとに裁許した関東下知状。寄郡・所務・地頭進止・下知状の効力、久経父忠友給旨、郡司側の証文、弘長三年・寛元四年等の先例を検討し、各名田・地頭職の進止、悪口・押領、忠能の牛馬・鹿皮・殖竹要求など双方の主張を判断する。
前編1-No.858 大府宣
大宰府が薩摩国満家郡の郡司職に法橋重賢を補任し、先例に従って郡務を執行するよう命じた府宣。
前編1-No.859 島津久氏書下
薩摩郡平礼石寺内の所領について、故下野入道の寄進状・先例に従い寺務を認め、違失なく執行するよう命じた藤原久氏の書下。
前編1-No.860 遵願譲状
沙弥導願が孫彦三郎丸へ、薩摩国満家院内比志嶋・河田・西俣・城前田・上原薗の五か所の名主職を譲る譲状。関東御下文・調度文書を伴い、兄弟三郎丸らが妨げず永代相伝するよう定める。
前編1-No.861 天満宮国分寺神事次第
天満宮・国分寺の恒例神事を正月から月日順に列挙した次第。天満宮・十七社・講堂等への御供、社僧・寺役の勤仕、米・餅・酒・油・炭・馬・舞楽などの品目と数量、郡・院・別符・寺院ごとの負担を記し、年中行事の実施日と分担を具体的に示す。