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前編1の目録

旧記雑録 長久2年~延文元年の文書・記事です。

全2,673件中 2501~2600件・26 / 27ページ

  1. 前編1-No.2454 沙弥某施行状

    沙弥某が、肥前国松浦庄内早湊村地頭職を前年十二月二日付御下文に基づき、島津上総三郎師久へ沙汰付けするよう命じた施行状。

  2. 前編1-No.2455 足利直冬感状

    足利直冬が野辺野五郎に、日向国で忠節を尽くしたことを神妙と賞し、今後もいっそう戦功を挙げるよう求めた感状。

  3. 前編1-No.2456 給分注文

    大口高城氏蔵の仮名書き注文で、薩摩国内の田地・屋敷・給分を村・名・反別・受給者ごとに列挙する。各項目には田畠の種別、斗代・反数、作人・給人名などが細かく記され、同一人物の複数給分や共同給分も含む。中世薩摩の土地配分と給分受給者の構成を具体的に示す坪付・給分注文。

  4. 前編1-No.2457 足利尊氏下文

    足利尊氏が島津孫三郎左衛門尉頼久に、薩摩国島津庄内加世田別府半分地頭職を大隅国桑郷東西替の軍功賞として宛行った下文。島津氏に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  5. 前編1-No.2458 沙弥某施行状

    沙弥某が、薩摩国島津庄内加世田別府半分地頭職を当月十二日付御下文に基づき、島津孫三郎左衛門尉頼久へ沙汰付けするよう命じた施行状。島津氏に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  6. 前編1-No.2459 畠山直顕感状

    畠山直顕が、大隅国大姶良合戦での軍忠と軍勢派遣を神妙と賞し、今後も戦功を挙げるよう求めた感状。

  7. 前編1-No.2460 一色範親書状

    一色範親が、武州御代官の飛脚が無事到着したことを伝え、二人の使者に文案を託して返答を求めた書状。

  8. 前編1-No.2461 島津国史

    文和二年を中心に九州の軍事・政治動向を日付順に詳記する島津国史記事。一色道猷の九州探題としての動向、島津氏・伊地知氏・肝付氏らの合戦と恩賞、足利尊氏・義詮の御教書、薩摩・大隅・日向の凶徒追討、太宰府・鹿児島・各城での攻防を収める。軍勢催促、注進状、感状、所領沙汰を相互に引き、諸将の進退と幕府方・宮方…

  9. 前編1-No.2462 伊集院忠国関係文書目録断簡

    伊集院忠国関係文書の目録断簡。文保元年以降の下文・御教書・注進状・軍功状・請文などについて、年月日、差出・宛所、用件を抄録する。伊集院氏の所領・軍事奉公・訴訟に関する文書群がどのように伝来・整理されたかを示し、本文を欠く文書の存在と内容を復元する手掛かりとなる。

  10. 前編1-No.2463 沙弥昌運請文

    沙弥昌運が、比志島名地頭得分の請事について、前年以来の申立てを受け、地頭米・公事を検断方へ納めさせる処置を島津上総入道へ伝えた請文。

  11. 前編1-No.2464 大友氏時代官請文

    大友氏時代官が、畠山直顕・伊東下野守らが命令に従わず凶徒として攻められた件について、軍勢を差し遣わし、守護方への忠節を尽くす旨を請け負った文書。

  12. 前編1-No.2465 一色範氏書下

    一色範氏が島津又三郎に、日向国本郷と大隅国加治木院の地頭職を軍功の賞として宛行い、先例どおり支配するよう命じた書下。

  13. 前編1-No.2466 足利義詮御教書

    足利義詮方が、将軍家御台所領の日向国穆佐院・島津院で畠山直顕・伊東下野守らが命令に従わないとして、給主代若林弾正忠季秀に沙汰付けし守護へ引き渡すよう命じた御教書。

  14. 前編1-No.2467 島津師久請文

    島津師久が、薩摩国で凶徒が蜂起し、太宰府・浦城合戦で味方軍勢が退いた状況を報告する。師久は城郭を守りながら戦難儀に耐え、幕府方の軍勢が帰国して兵力不足となったため、急速に御教書を下して諸勢力を催し、合力させるよう要請した請文。

  15. 前編1-No.2468 薩摩宮方交名注文

    薩摩国で宮方・凶徒方に属した武士を列記する交名注文。市来太郎左衛門尉、東郷蔵人、池山彦四郎、伊作田兵部丞、寄田杢助、牛屎左近将監、山野孫次郎ら、複数の一族・被官を挙げる。

  16. 前編1-No.2469 島津氏久請文

    島津氏久が、大隅国凶徒蜂起の際に七月二十四日大隅へ入り、日向・大隅の軍勢を率いて約二か月防戦した経過を述べる。税所介ら国中の宮方勢力と対峙し、通路を断たれ一方陣を破られたため退却した事情、翌年の再合戦に向けた軍勢催促と御教書発給の必要を訴えた請文。

  17. 前編1-No.2470 足利義詮御教書

    足利義詮方が藤原氏久に、大隅国凶徒退治の注進状を披見し、分国の地頭・御家人らを催して退治策を進めるよう命じた御教書。軍勢催促について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  18. 前編1-No.2471 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津又三郎に、大隅国凶徒退治の注進状を披見し、分国の地頭・御家人らを催して退治策を進めるよう命じた御教書。島津氏・軍勢催促について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  19. 前編1-No.2472 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津上総入道に、大隅・薩摩両国の凶徒退治について、両国の地頭・御家人らを催して退治策を進めるよう命じた御教書。島津氏・軍勢催促について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  20. 前編1-No.2473 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津修理亮直顕について、御方へ忠節を尽くしたとの申立てを伝え、事実かどうか注進するよう一色少輔太郎入道へ命じた御教書。島津氏・凶徒退治・守護について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  21. 前編1-No.2474 足利義詮御教書

    足利義詮方が新田宮執印左衛門大夫に、薩摩国で忠節を尽くしたとの島津判官の注進を神妙と賞し、今後も戦功を挙げるよう求めた御教書。凶徒退治・軍勢催促について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  22. 前編1-No.2475 調所敦恒伝

    調所敦恒について、大隅国代・惣検校入道尊西らのため所職・田畠を失った申立てを受け、守護代承旨の請状が出された経緯を記す伝記事。

  23. 前編1-No.2476 島津氏久書下

    島津氏久が、大隅国主神司敦恒の所職・所帯名田について、目代・惣検校入道尊西らの恣意的処分を止め、重代相伝と前守護の下知に任せるよう守護代へ命じた書下。

  24. 前編1-No.2477 一色直氏軍勢催促状

    一色直氏が新田宮執印左衛門大夫に、薩摩国凶徒の謀伐について島津判官師久と相談して忠節を尽くし、詳細を注進するよう命じた軍勢催促状。凶徒追討・参陣に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  25. 前編1-No.2478 北郷資忠譜

    北郷資忠が、太守島津貞久の在洛中に尾張守へ任じられたことを記す譜記事。

  26. 前編1-No.2479 足利義詮下文

    足利義詮が、薩摩国島津庄内の国司次郎入道・超跡の所領を軍功の賞として宛行った下文。

  27. 前編1-No.2480 足利尊氏下文

    足利尊氏が島津又三郎氏久に、薩摩国島津庄内智覧院郡司四郎忠世跡を軍功の賞として宛行い、先例どおり支配するよう命じた下文。島津氏久・所領宛行・勲功に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  28. 前編1-No.2481 足利義詮下文

    足利義詮が、薩摩国在国司次郎入道・超跡の所領を軍功の賞として宛行い、先例どおり支配するよう命じた下文。

  29. 前編1-No.2482 沙弥某書下

    沙弥某が、薩摩国満家院比志島名地頭得分について、申請された地頭米・公事を検断方へ納めさせる処置を命じた書下。

  30. 前編1-No.2483 沙弥某施行状

    沙弥某が、島津又三郎氏久に宛てた代官給に関する当月十二日付御下文を、関係者へ沙汰付けするよう命じた施行状。

  31. 前編1-No.2484 沙弥某施行状

    沙弥某が、薩摩国島津庄内智覧院郡司四郎忠世跡を当月十一日付御下文に基づき島津三郎左衛門入道道璟へ沙汰付けするよう命じた施行状。

  32. 前編1-No.2485 島津道鑑宛行状

    島津道鑑が伊地知彦七に、豊後国井田郷内柴北名半分地頭代官職と弾正跡を宛行い、先例どおり支配するよう命じた宛行状。島津道鑑宛行状に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  33. 前編1-No.2486 島津直顕書下

    島津直顕が伊地知彦七に、大隅国小浜十郎氏純跡を兵粮料所として預け、速やかに凶徒を退治して軍忠を尽くすよう命じた書下。

  34. 前編1-No.2487 足利尊氏書下

    足利尊氏方が島津周防守忠兼に、相模国山内庄岩瀬郷・倉田郷などを代々率いる勢力を当所へ入れ、忠兼に代わって合戦・殺害に当たらせるよう命じた書下。

  35. 前編1-No.2488 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津三郎左衛門尉に、京都合戦が難儀で官軍も上洛しているため、先陣勢力と相談し凶徒追討に加わるよう命じた御教書。島津氏久・軍勢参着について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  36. 前編1-No.2489 足利義詮御教書

    島津師久宛の足利義詮御教書。No.2488と同年同日の同文であるため本文を省略する。

  37. 前編1-No.2490 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津又三郎左衛門尉に、先月十四日付注進状を披見し、国で忠節を尽くしたことを賞して今後も戦功を挙げるよう求めた御教書。島津氏久・凶徒退治・参陣について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  38. 前編1-No.2491 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津三郎左衛門尉に、先月十四日付注進状を披見し、国で忠節を尽くしたことを賞して今後も戦功を挙げるよう求めた御教書。島津師久・凶徒退治・参陣について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  39. 前編1-No.2492 島津実成軍忠状

    島津実成が、山門東坂本、濃州垂井、上洛途上、江州清瀧・佐馬替・小野・武者寺・守山などでの合戦・在陣を日付順に列挙し、軍忠の証判を求めた軍忠状。各地での参陣先と戦闘経過を追える。

  40. 前編1-No.2493 足利義詮御教書

    足利義詮方が肥後左近将監に、日向国の凶徒退治で軍忠を尽くし、今後も戦功を挙げるよう命じた御教書。

  41. 前編1-No.2494 足利義詮御教書

    足利義詮方が島津修理亮に、将軍家御台所領の日向国穆佐院・島津院を、若林弾正忠季秀の給主代へ沙汰付けするよう命じた御教書。

  42. 前編1-No.2495 足利義詮御教書

    足利義詮方が渋谷石見守に、日向国穆佐院・島津院を若林弾正忠季秀の給主代へ沙汰付けし、守護人として合力するよう命じた御教書。

  43. 前編1-No.2496 肝属秋兼譜

    肝付秋兼について、輪岳公が隅州で兵を集めて木谷城に置き、秋兼に我党を率いさせ、島津直顕が薩州兵を募って対抗した経緯を記す譜記事。

  44. 前編1-No.2497 島津氏久請書

    島津氏久が、大隅国凶徒退治で直顕が大隅殿御方として日州逆徒と戦い、去年七月二十四日に大隅へ入って軍忠を尽くしたことを請け負った請書。軍勢・忠節に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  45. 前編1-No.2498 大隅国将軍方交名注文

    大隅国で将軍方に属した武士を一族単位で列記する交名注文。平山左京亮、加治木中務入道、池袋弥五郎、木房太郎、策瀬左衛門太郎、小田次郎、菱刈平良彦太郎一族、別府次郎兵衛尉、鎌田藤内兵衛尉、床井宮内左衛門尉、栗野郡司らを挙げ、軍事的陣営構成を示す。

  46. 前編1-No.2499 大隅国直冬方交名注文

    大隅国で足利直冬方・凶徒方に属した武士を一族単位で列記する交名注文。税所介一族、祢寝郡司一族、小川郡司一族、姫木郡司一族、小浜十郎一族、敷根村預所、肝付八郎兼重、蒲生彦太郎一族、羽月孫太郎一族、修理所弥太郎一族、野辺孫七盛忠らを挙げる。

  47. 前編1-No.2500 島津氏久請文

    島津氏久が、前年七月九日・同二十七日付御教書を拝見し、凶徒蜂起時には命令に従って退治する旨を請け負った請文。軍勢動員・忠節に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  48. 前編1-No.2501 島津道鑑請文

    島津道鑑が、御上洛中に凶徒が没落した場合、早く日出長入候・子細を注進するよう命じられたことを承諾した請文。凶徒退治・軍勢・忠節に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  49. 前編1-No.2502 島津道鑑請文

    島津道鑑が、前年七月九日付御教書を拝見し、凶徒蜂起時には師久・氏久ら一族と合戦し、天下大慶の日には参仕する旨を請け負った請文。凶徒退治・軍勢動員に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  50. 前編1-No.2503 一色範親書状

    一色範親が、抑留分国退治を了承し、近所の凶徒を退けること、郡衙難儀時には軍勢を進めることを求めた書状。

  51. 前編1-No.2504 一色範光書状

    一色範光が、九月八日付書状への返答として、京都から関東への下向命令、将軍家の意向、兄弟間の相談、鎮西帰還の可否を詳しく伝える。関東下向を命じられた場合の対応、肥後へ帰る時期、鎮西に残る者の処置などについて先方の意見と早急な返答を求めた書状。

  52. 前編1-No.2505 島津師久書下

    島津師久が、前年九月九日・同十七日付御教書に基づき、凶徒退治のため経山城へ急ぎ馳せ寄るよう命じた書下。軍勢動員・警固に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。薩摩国地頭御家人ほかと薩摩国ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  53. 前編1-No.2506 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津三郎左衛門尉に、忠節を神妙と賞し、中国・鎮西の討手について今後も戦功を挙げるよう命じた御教書。島津師久・凶徒追討・軍勢について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  54. 前編1-No.2507 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津上総入道に、忠節を神妙と賞し、中国・鎮西の討手について今後も戦功を挙げるよう命じた御教書。島津氏久・凶徒追討・軍勢について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  55. 前編1-No.2508 大隅国将軍方交名注文

    大隅国で将軍方に属した武士と一族、討死者を列記する交名注文。平山・加治木・池袋・木房・策瀬・別府・牧右衛門らの名を挙げ、同族関係と戦没の有無を示す。

  56. 前編1-No.2509 大隅国直冬方交名注文

    大隅国で足利直冬方に属した武士と一族、討死者を列記する交名注文。税所介一族、祢寝・小河・蒲生・姫木の各郡司一族、肝付・野辺・羽坂らを挙げ、敵方の構成を示す。

  57. 前編1-No.2510 足利尊氏御教書

    坊門殿奉行相原左近大夫の御教書と同文で、関係文書中に写しがあることを記した足利尊氏御教書。

  58. 前編1-No.2511 島津道鑑書状

    島津道鑑が、東郷蔵人の城を追い落としたのち、判官参着時の合戦、直冬方・宮方との交渉と対立、単独で恩賞を申請する者への対応、今後の凶徒追討について述べる。諸勢力が合戦に参加せず私戦を続ける状況を批判し、関係者の参州・振舞いについて指示を求めた書状。

  59. 前編1-No.2512 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津道鑑に、注進状を披見して忠節を神妙と賞し、中国・鎮西の凶徒討手について今後も戦功を挙げるよう命じた御教書。

  60. 前編1-No.2513 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津上総三郎左衛門尉に、注進状を披見して忠節を神妙と賞し、中国・鎮西の凶徒討手について今後も戦功を挙げるよう命じた御教書。島津氏久・凶徒退治・参陣について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  61. 前編1-No.2514 一色範氏挙状

    一色範氏が島津三郎右衛門尉資久の軍功に相応する所望について申状を取り次ぎ、恩賞を求めた挙状。

  62. 前編1-No.2515 肝属秋兼譜

    肝付秋兼譜に続く記事として、九年の合戦で伊地知氏らが木谷城・大姶良城などを攻め、討死・落城を重ねた経過を記す。

  63. 前編1-No.2516 鹿屋氏譜

    鹿屋兼雄が平岡方と戦い、鹿屋一谷長谷山城で首級を挙げたことを記す鹿屋氏譜。

  64. 前編1-No.2517 入部氏系図

    入部氏について、興国元年に鹿屋矢亀丸が長谷山で敵方平岡之四郎を討ち、首を取った由緒を記す系図記事。

  65. 前編1-No.2518 祢寝清増軍忠状

    祢寝清増が木谷城・鹿屋院長谷城・大姶良城などを攻め、城郭の攻略と軍忠を述べた軍忠状。城攻め・合戦・証判について発生順に報告し、参加者の働き、現地の状況、処置または恩賞要求を具体化する。祢寝清増ほかと大隅国・薩摩国ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  66. 前編1-No.2519 祢寝道種軍忠状

    祢寝道種が大隅国の諸城攻略に参加した軍忠を日付順に述べる。大姶良城、木谷城、鹿屋院長谷城などでの攻城、落城、凶徒討取り、味方の戦死を記し、同族・被官の働きと軍功の証判を求める。島津方の進軍と大隅国各地の城郭戦を具体的に追える軍忠状。

  67. 前編1-No.2520 平良□軍忠状

    平良□が、楡井四郎頼仲ら薩摩南郷の敵勢を相手とする大隅国鹿野屋長谷城・大姶良木谷城の攻略で、先駆けして敵兵数名を討ち取り、両城を退落させた軍忠を申告する。合戦経過は侍所が見知しているため詳報を省き、負傷者・戦死者の勘文を添えて提出し、戦功の披露を求めた軍忠状。

  68. 前編1-No.2521 沙弥某下文

    伊集院内円福寺阿弥陀堂免薗寄所と小山下田二反について、寺家代地利物・公事を除き、阿弥陀堂仁所へ奉免した下文。

  69. 前編1-No.2522 島津道鑑宛行状

    島津道鑑が伊地知生一丸に、山門院西方内の田地一反、木年礼之城警固に関する給分などを宛行った宛行状。

  70. 前編1-No.2523 一色範親注進状

    一色範親が、島津直顕以下が凶徒蜂起のため馳せ参じたことを受け、両国御方と合戦し、大隅・薩摩両国の守護人と協力するよう命じた注進状。

  71. 前編1-No.2524 島津師久請文

    島津師久が、伊作田城・山城・市来院などで凶徒と交戦した経過を報告する。味方城郭の没落、薩州凶徒の集結、援軍の不足、通路の確保、合戦開始後の攻防を述べ、守護方の軍勢催促と早急な合力を求める請文。現地の城郭配置と戦況判断が詳しい。

  72. 前編1-No.2525 島津道鑑書状

    島津道鑑が、孫忠光以下一族の官途、自身の退合戦の例、忠節者への成敗と恩賞について伝えた書状。

  73. 前編1-No.2526 一色範氏宛行状

    一色範氏が島津氏に、薩摩国鹿児島郡の司職、同郡内中村・郡本・田上村などを軍功の賞として宛行った文書。

  74. 前編1-No.2527 島津氏久請文

    島津氏久が、薩摩国和泉庄で伊作田城・山城などの凶徒を攻めた経過を述べる。老父道鑑の山門院木牟礼城への寄来要請を受け、和泉庄知色彦三郎らと合戦し、敵城を攻め、援軍の到着と追討命令を求めた請文。

  75. 前編1-No.2528 島津師久請文

    島津師久が、薩摩国和泉庄で伊作田城・山城・市来院などの凶徒を攻めた経過を述べる。大隅国下大隅郡からの帰陣、木牟礼城への参着、敵城との合戦、援軍要請、凶徒蜂起時の軍勢催促を記した請文。

  76. 前編1-No.2529 北郷資忠譜

    北郷資忠が、薩摩国和泉庄へ下向して山門院木牟礼城などの凶徒を攻め、島津師久方の先陣として戦功を挙げたことを記す譜記事。

  77. 前編1-No.2530 島津師久注進状

    島津師久が、知色城を攻めた際の手負・討死者を列記し、後続して薩摩国和泉庄の伊作田・山城などへの進軍経過を注進した文書。軍忠について発生順に報告し、参加者の働き、現地の状況、処置または恩賞要求を具体化する。

  78. 前編1-No.2531 知色城攻手負分捕注文

    知色城攻撃で手負・分捕を得た者を列記する注文。大隅四郎忠資、三郎次郎、酒匂左衛門三郎、篠原新五郎、蒲野太郎、永利中務丞らについて、負傷部位、矢傷、捕虜・分捕などを記し、個々の戦功を示す。

  79. 前編1-No.2532 知色城攻味方交名注文

    知色城落城時に最前へ馳せ来て忠節を尽くした味方を列記する交名注文。下野尾張守、上総弥三郎、大野三郎次郎、渋谷彦河守、山門彦次郎、市来弥次郎太郎らと一族・被官を挙げ、攻城参加者の構成を示す。

  80. 前編1-No.2533 一色範氏請文

    一色範氏が、島津修理亮直顕の京都御教書による命令後も凶徒と同心している件について、島津判官師久らの注進を受けて対応を請け負った請文。軍勢催促に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。

  81. 前編1-No.2534 島津道恵譲状

    島津道恵が伊作下野守親忠へ所領を譲る仮名書きの譲状。所領・田地の範囲、知行の条件、親忠および子孫への相伝、後日の違乱禁止を定め、所領継承の意思を明記する。

  82. 前編1-No.2535 島津道恵置文

    島津道恵が譲与所領の相続原則を仮名書きで定めた置文。男子・女子の子孫への配分、嫡子がない場合の後継、庶子・一族の扱い、譲状に背く違乱の禁止を示し、親忠系統への所領相伝を保障する。

  83. 前編1-No.2536 島津道恵譲状

    島津道恵譲状。本文はNo.2534と同文であるため省略されている。

  84. 前編1-No.2537 島津道恵置文

    島津道恵置文。本文はNo.2535と同文であるため省略されている。

  85. 前編1-No.2538 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津周防守忠兼に、相模国山内庄岩瀬郷・倉田郷らの勢力を当所へ入れ、合戦・殺害に当たらせるよう命じた御教書。軍事・参陣について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。

  86. 前編1-No.2539 一色範氏挙状

    一色範氏が、島津上総入道の軍功に相応する所望について申状を取り次ぎ、恩賞を求めた挙状。島津氏・軍忠に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。島津氏ほかと九州ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  87. 前編1-No.2540 足利尊氏軍勢催促状

    足利尊氏方が、忠節を尽くす者を把握して軍勢を催すため、参陣を命じた軍勢催促状。足利尊氏軍勢催促状に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。島津氏ほかと九州ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  88. 前編1-No.2541 足利尊氏軍勢催促状

    足利尊氏方が、前書と同趣旨で軍勢の参陣を重ねて催し、忠節者を把握するよう命じた軍勢催促状。軍勢動員に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。島津氏ほかと九州ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  89. 前編1-No.2542 一色範氏感状

    一色範氏が、薩摩国凶徒退治で島津上総入道が合力した忠節を神妙と賞し、今後も戦功を挙げるよう求めた感状。軍忠・合戦に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。島津氏ほかと九州ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  90. 前編1-No.2543 田代道清譜

    田代七郎入道道清が輪岳公から書を賜った由緒を記す短い譜記事。

  91. 前編1-No.2544 島津氏久預ケ状

    島津氏久が、大隅国串良院半分地頭職を兵粮料所として預け、忠節を尽くすよう命じた預ケ状。

  92. 前編1-No.2545 足利義詮御教書

    足利義詮方が、注進状を披見し、中国凶徒退治のため九州の凶徒を退け、所々へ発向するよう命じた御教書。軍事・参陣について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。島津氏ほかが九州ほかに対し、補任・安堵・裁許・執行の対象と効力を具体的に示す。

  93. 前編1-No.2546 足利直冬方交名注文

    足利直冬方・凶徒方に属した武士を列記する交名注文。谷山五郎、知覧郡司四郎、伊集院助三郎、市来新左衛門尉、牛屎左近将監、薩摩国分・大隅国分らと一族を挙げる。

  94. 前編1-No.2547 島津師久下文

    島津師久が、和泉庄久重名内水田参町薗三ヶ所地頭職を鷹野太郎次郎宗秀に宛行い、先例どおり支配させた下文。

  95. 前編1-No.2548 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津三郎左衛門尉に、九州凶徒退治を急ぎ、一族・国人を催して忠節を尽くすよう命じた御教書。軍事について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。島津氏ほかが九州ほかに対し、補任・安堵・裁許・執行の対象と効力を具体的に示す。

  96. 前編1-No.2549 足利尊氏御教書

    足利尊氏方が島津上総入道に、凶徒退治で鎮西へ赴き軍忠を尽くすよう命じた御教書。足利尊氏御教書について補任・安堵・裁許または執行を命じ、判断の根拠と現地で守るべき条件を示す。島津氏ほかが九州ほかに対し、補任・安堵・裁許・執行の対象と効力を具体的に示す。

  97. 前編1-No.2550 直重施行状

    直重が、前年六月二十四日付京都御書に基づき、相模国山内庄岩瀬郷・倉田郷の者を島津周防守忠兼へ沙汰付けした施行状。島津氏に関する当事者の行為、対象となる所領・権利、実施条件とその後の取扱いまで記す。島津氏ほかと九州ほかを結び、誰が何を対象に、どの権利・義務・処置を実行したかを具体化する。

  98. 前編1-No.2551 足利尊氏書状

    足利尊氏が島津周防守に、相模国所領の件を先度の命令どおり処理するよう伝えた書状。軍事について依頼・回答・報告を行い、相手方に求める対応とその理由、今後の処理方針を伝える。島津氏ほかから九州ほかへ送られ、申請・回答・報告の当事者関係と、相手に求めた対応を明確にする。

  99. 前編1-No.2552 上井富福丸解謝馬毛付日記

    上井富福丸の解謝に伴う馬毛付を詳記した日記。検校・奉行人を定め、馬毛の検分・分配、祭馬、祝儀、棚座、神役、寺社への奉納、使者・小使への給付、残余の処置などを項目別に定める。馬毛・米・銭の数量、担当者、執行手順が細かく記され、中世の祭礼運営、役人構成、物資配分の実態を具体的に示す。

  100. 前編1-No.2553 兼阿譲状

    兼阿が都城本田氏へ所領を譲り、子孫への相続、後日の違乱禁止を仮名書きで定めた譲状。自筆であることと後証のため判形を加えたことを記す。