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前編1の目録
旧記雑録 長久2年~延文元年の文書・記事です。
全2,673件中 2101~2200件・22 / 27ページ
前編1-No.2054 権執印代俊正軍忠状
権執印良遍代の子息三郎次郎俊正が南方凶徒追討で軍忠を尽くした軍忠状。六月十八日に当地へ寄せ、碇山城で水手を請け取り攻撃、同十九日の高野治部式部藤三郎戦死、同廿日の水手攻め、同廿九日の敵城攻略を列挙し、証判を求める。
前編1-No.2055 肝付兼重伝
暦応二年七月以降の肝付兼重・畠山直顕・祢寝清種らの動向を記す伝記記事。直顕が清種らを復領させ、十三日に肝付氏を攻めたこと、兼重が高城へ籠って兵を集め、越前・豊後・日向の情勢と連動して城攻めを続けたこと、松浦来居三俣や江田氏との系譜関係を記す。
前編1-No.2056 酒勾久景書下
権執印三郎次郎の梶籠碇山城での軍忠を賞し、関所の地から出た者を追捕するよう命じた酒勾久景書下。
前編1-No.2057 酒勾久景書下
西俣兵衛入道の梶籠碇山城での軍忠を賞し、関所の地から出た者を追捕するよう命じた酒勾久景書下。
前編1-No.2058 酒勾久景注進状
薩摩国南方の敵との合戦状況を報告した酒勾久景注進状。六月廿二日の湊谷への押寄せ、梶籠碇山城の攻防、田宮御山への進撃、城壁破壊、八幡新田宮神明の奉行、敵勢の退却と軍忠を記す。
前編1-No.2059 足利直義寄進状
六十六州一国一基の塔婆建立事業の一環として、薩摩国泰平寺塔婆へ仏舎利二粒を奉安した足利直義寄進状。
前編1-No.2060 建部清道軍忠状
建部弥付八郎清道が日向国の凶徒肝付八郎兼重以下を追討した軍忠状。前年十二月五日に大隅国称寝八郎清道らと出陣し、同十八日の兼重城攻め、閏四月十三日の攻城、今月十日の大和田城攻撃で軍忠を尽くしたとして証判を求める。
前編1-No.2061 建部清種軍忠状
建部清種が日向国の凶徒追討と太田城・城戸口などで軍忠を尽くした軍忠状。前年十二月六日に兼重城へ向かい、正月の城戸口合戦、四月十三日の攻城、親類平安被疵、今月十三日の兼重城攻撃などを列挙し、見知・証判と恩賞を求める。
前編1-No.2062 重久篤兼譜
暦応二年八月以降、高城をめぐる重久篤兼らの攻防を記す系譜記事。重久・江田式部少輔らが高城で連日戦い、城を落とされながら奪回を図り、九月五日に再び攻めた経過を記す。
前編1-No.2063 重久篤兼軍忠状
重久掾藤原篤兼が高城攻めで軍忠を尽くした軍忠状。前年十二月以来肝付八郎兼重を攻め、七月廿七日に落城した際も連日戦い、早期の攻略へ進んだとして証判を求める。
前編1-No.2064 島津忠兼軍忠状
島津周防三郎左衛門尉忠兼が播磨国山田丹生寺で軍忠を尽くした軍忠状。七月十三日に参陣し、八月四日の伊神山、同十三日の押部神澤城、九月八日の植谷城で合戦し、赤松律師らの見知を得て証判を求める。
前編1-No.2065 一色道猷軍勢催促状
軍忠のため河上又次郎入道に京都へ早く参陣するよう命じた一色道猷軍勢催促状。
前編1-No.2066 少弐頼尚軍勢催促状
菊池党類以下の凶徒追討のため、軍勢を催して忠節を尽くすよう命じた少弐頼尚軍勢催促状。
前編1-No.2067 源頼房挙状
島津忠兼の本領訴訟と、播磨国山田丹生寺の合戦での軍忠を上申し、急いで訴訟を進め、恩賞の沙汰を求めた源頼房挙状。
前編1-No.2068 赤松円心挙状
No.2067に関連し、島津忠兼の軍忠と所領訴訟について上申した赤松円心挙状。
前編1-No.2069 光明院口宣
惟宗友雄を左衛門大夫に任じる旨を伝えた光明院口宣。
前編1-No.2070 足利直義感状
日向国の凶徒追討で土持新兵衛尉が尽くした軍忠を、島津修理亮七郎の注進により賞した足利直義感状。
前編1-No.2071 僧隆増田園質券
銭五十貫文を借用するため、南郷石永薗内田薗等を長谷場殿方へ質入れし、返済時の耕作・倍額返済・不履行時の権利などを定めた僧隆増田園質券。
前編1-No.2072 僧隆増質入田園坪付
僧隆増が長谷場氏へ質入れした田薗の坪付。南郷石永薗内田薗一所、古居薗・松本伍段などの所在地、反別、年貢・財分を列記し、本質券と一体の担保目録とする。
前編1-No.2073 雲山和尚像讃
出水野田感応寺の雲山和尚像に付された像讃。雲山の出自、鎮国山感応禅寺での住持、足利尊氏との問答、山居の風格、詩偈・宗教上の事績を漢文と韻文でたたえ、周辺の僧侶・寺院との関係を記す。
前編1-No.2074 肝付兼重伝
肝付兼重をめぐる系譜・軍事記事。入部七郎、鹿屋矢亀丸、肝付秋兼らの名と年齢・系統を掲げ、高山・鹿屋周辺での合戦、矢亀丸の討死、首級獲得、入部氏との関係を記す。
前編1-No.2075 入部氏系図
高山士入部氏の旧系図により、入部七郎・鹿屋矢亀丸・肝付秋兼らの系譜と戦闘を記す記事。高山合戦で矢亀丸が討死し、入部氏が首級を得たこと、肝付・鹿屋氏との関係を伝える。
前編1-No.2076 足利直義寄進状
六十六州一国一基の塔婆建立事業として、日向国宝満寺の塔に仏舎利一粒を安置した足利直義寄進状。
前編1-No.2077 島津宗久譜
島津宗久の子・師久、生駒丸、上総三郎左衛門尉らの名乗りと系統を掲げる島津宗久譜の記事。
前編1-No.2078 足利尊氏御教書
薩摩国の凶徒退治のため、島津上総入道に薩摩・大隅両国の地頭御家人を催して厳密に追討するよう命じた足利尊氏御教書。
前編1-No.2079 足利直義御教書
薩摩国の凶徒退治のため、島津左京進入道に直ちに発向して厳密に追討するよう命じた足利直義御教書。
前編1-No.2080 足利直義御教書
No.2079と同文のため本文を省略した足利直義御教書。
前編1-No.2081 足利直義御教書
日向国島津庄内宝満寺の塔婆を六十六基の一つとして所司に興隆させるよう寺の長老へ命じた足利直義御教書。
前編1-No.2082 光厳上皇院宣
勅願により日向国宝満寺の修造を進めるよう舜律上人へ伝えた光厳上皇院宣。
前編1-No.2083 島津貞久軍勢催促状
薩摩国の凶徒退治のため、島津一族を催して急ぎ発向するよう命じた島津貞久軍勢催促状。
前編1-No.2084 島津貞久軍勢催促状
薩摩国の凶徒退治に備え、柿木原左衛門太郎に急ぎ用意し、一族とともに発向するよう命じた島津貞久軍勢催促状。
前編1-No.2085 足利直義御教書
薩摩国阿多北方柿城での軍忠を踏まえ、薩摩国守護人の指揮下で忠節を尽くすよう二階堂紀伊権守へ命じた足利直義御教書。
前編1-No.2086 沙弥貞阿譲状
沙弥貞阿が日向国南郷末弘名の所領を譲与した譲状。水田壱町一反、薗四か所、馬屋北薗などの所在・反別を列記し、長谷場兵庫を養子として永代譲与すること、親族による違乱を禁じ、不履行時の処置を定める。
前編1-No.2087 島津貞久軍勢催促状
薩摩国の凶徒退治のため、大井小四郎に一族を催して急ぎ発向するよう命じた島津貞久軍勢催促状。
前編1-No.2088 島津貞久遵行状
No.2087と同文のため本文を省略した島津貞久遵行状。
前編1-No.2089 三池近房申状
河内国丹下郡岡村内西島地頭職の相伝を三池近房が申し立てた申状。本文は後出No.2096を参照する省略記事。
前編1-No.2090 門貫貞命契約状
門貫貞命が長谷場兵庫を養子とし、日向国南郷末弘名の水田・薗等を譲る条件を定めた契約状。水田一町一反、薗四か所などの所領、講堂・留守所・西御堂への壇供米、寺家への供物、親族が違乱した際の停止、養子の奉公・相続条件を記す。
前編1-No.2091 沙弥貞阿請取状
講堂・留守所本壇、西御堂本目供、毘沙門堂大旦供などへ納める壇供米六十枚ずつを列記し、請け取ったことを示す沙弥貞阿請取状。
前編1-No.2092 沙弥貞阿契状
日向国南郷末弘名内の水田壱町・薗四か所等を貞阿重代相伝所領として譲り渡し、永代知行させること、不実時の返還・違乱停止を定めた沙弥貞阿契状。
前編1-No.2093 肝付兼重伝
暦応三年八月以降の肝付兼重らの軍事行動を記す伝記記事。公弥禰寝清種・重種らが福寺城を攻め、市来・高城・栗城・東福寺城などで軍勢を動かし、夜襲、城の包囲、兵の還休、諸将の軍功を日付順に記す。
前編1-No.2094 一乗院政所下文
一乗院政所が島津庄日向方飫肥北郷の弁済使代官職に藤原鶴一丸を補任した下文。年貢以下の収納、私相伝所職の保持、押領停止、給主の処置、恒例臨時の課役、違背時の罰則などを定め、庄家に承知・執行を命じる。
前編1-No.2095 足利直義下文
父島津久長の譲状に基づき、島津宗久に薩摩国伊作庄半分南方と日置庄地頭職等の領掌を認めた足利直義下文。
前編1-No.2096 三池近房申状
三池近房が河内国丹下郡岡村内西島地頭職の領有を求めた申状。祖父道智から父・後家尼如円を経て近房へ譲られた相伝、弘安・嘉元年間の譲状、関東外題安堵などを証拠に掲げ、競合する一族の押領を退け、所務回復と安堵を求める。
前編1-No.2097 河内西島地頭職相伝系図
河内国丹下郡岡村内西島地頭職の相伝関係を、三池道智、後家尼如円、三池近房らの系譜図で示した文書。譲状・安堵の継承順序を図示する。
前編1-No.2098 三池道智譲状
三池道智が河内国西島地頭職などの所領を子孫へ譲り、違乱なく知行させる旨を仮名書きで定めた譲状。
前編1-No.2099 三池道智後家尼如円譲状
三池道智の後家尼如円が、河内国西島などの所領を子孫へ譲る条件を仮名書きで定めた譲状。後日の違乱を禁じ、譲渡した所領の知行・相続と不履行時の扱いを記す。
前編1-No.2100 関東外題安堵状
先行する譲状に基づき、河内国西島等の所領を領掌することを認めた関東外題安堵状。
前編1-No.2101 安富貞副書状
安富貞副が、豊後国井田郷地頭職の配分について、関係者の主張をよく聞き、双方に不満が残らないよう慎重に処置することを求めた書状。
前編1-No.2102 島津貞久書下
合戦中に軍陣を離れた者について、指定期限までに帰陣させ、命令に背く場合は処罰する旨を伝えた島津貞久書下。
前編1-No.2103 きよてる譲状
城の保持と領内の処置をめぐり、現地の詳しい報告を了承したうえで、関係者と相談して城を落とされぬよう対処し、和田城などの動向にも備えるよう伝えた仮名書の譲状。
前編1-No.2104 高重茂奉書
薩摩国一宮八幡新田宮の執印友雄が訴えた神領下地の押領・神役対捍について、添付の訴状七通を検討し、関係代官を召し出して事実を糾明し、所務を執行するよう命じた高重茂奉書。
前編1-No.2105 島津氏久譜
鹿児島郡司矢上左衛門五郎高純が籠る催馬楽城を攻め、昼夜にわたり攻撃を続けた氏久の軍事行動を記す譜中記事。
前編1-No.2106 島津氏久譜
催馬楽城攻防に続く氏久の事績を記す譜中記事。鹿児島郡内の城郭・山門院方面の動向、軍勢の対峙と退却、宗廟である鹿児島神宮への崇敬などを記し、氏久の軍事行動と領国支配を伝える。
前編1-No.2107 沙弥禅巌請文
新田宮執印職と神領をめぐり、延時又三郎入道・宮里郷郡司弥次郎入道らの押領を停止し、執印友雄に所領・所職を安堵すること、訴訟文書を正文として扱い命令を履行することを誓った沙弥禅巌請文。
前編1-No.2108 治部宗栄書状
新田宮執印職・神領をめぐる訴訟について、申状の趣旨を確認し、留置国の間の処置と押領停止を関係者へ伝えた治部宗栄書状。
前編1-No.2109 高師直奉書
豊後国井田郷地頭職について、貞久の申請を受け、先例に従って所領を配分・預置し、違背者には沙汰付けを行うよう命じた高師直奉書。
前編1-No.2110 島津道恵書状
城の引渡しと領内処置をめぐる仮名書状。城を確実に保持して落城させぬこと、関係者と内々に相談して和田城などの処置を進めること、上洛に備え早く城へ入ることなどを指示する。
前編1-No.2111 肝付兼重伝
暦応三年から四年にかけ、肝付兼重らが東福寺城・催馬楽城などで戦った経過を記す伝記記事。城門の攻防、軍勢の進退、肝付氏と島津方諸将の動向を日付順に伝える。
前編1-No.2112 祢寝清種軍忠状
祢寝清種が伊集院・一宇治城・市来城・東福寺城などへ参陣した軍忠状。肝付八郎兼重の攻撃、楯籠押寄、夜討・合戦、負傷者・討死者を日付ごとに挙げ、左衛門尉師忠らの証判を求める。
前編1-No.2113 和泉保末軍忠状
和泉保末が薩摩国和泉・市来方面の軍事行動を申告した軍忠状。押寄・城攻めへの参陣、複数回の合戦、討死・負傷などの忠節を列挙し、承了の証判を得る。
前編1-No.2114 祢寝清増軍忠状
祢寝清増が薩摩国凶徒退治のため、伊集院・一宇治城・市来城・東福寺城など各地の合戦に参加した軍忠状。押寄、夜討、城攻め、討死・負傷を日付順に挙げ、忠節の証判を求める。
前編1-No.2115 祢寝清種軍忠状
祢寝清種が伊集院・一宇治城・市来城・東福寺城などへ発向した軍忠状。肝付兼重らとの合戦、楯籠への押寄、夜討、太刀打ち、討死・負傷を複数の日付にわたり列挙し、軍忠の承認を求める。
前編1-No.2116 島津宗久請文
新田宮執印友雄の申請に基づき、執印職・五大院主職および散在名田島などを違乱なく領掌させ、妨げる者があれば申告することを請け負った島津宗久請文。
前編1-No.2117 島津貞久書下
薩摩国凶徒退治のため、一族を催して七月廿日以前に発向するよう郡山弥五郎へ命じた島津貞久書下。
前編1-No.2118 島津貞久書下
薩摩国凶徒退治のため、一族を催して七月廿日以前に発向するよう宮里了性房へ命じた島津貞久書下。
前編1-No.2119 島津貞久書下
薩摩国凶徒退治のため、一族を催して用意し、七月廿日以前に発向するよう新田宮権執印へ命じた島津貞久書下。
前編1-No.2120 牛深元貞請文
牛深元貞が、凶徒退治の軍勢催促を受けた経緯と、自身の上洛・下向、京都天王寺での合戦、南郡蜂起への対応を述べ、今後も守護方の命令に従い一族を率いて軍忠を尽くすと誓った請文。
前編1-No.2121 島津道鑑書下
薩摩国凶徒退治に際し、大隅軍勢に備えて先の奉書どおり来月七日までに南方へ発向し、守護所を支援するよう左衛門尉元貞へ命じた島津道鑑書下。
前編1-No.2122 渋谷千代童丸代信政申状
渋谷千代童丸代信政が、渋谷石見権守重棟の子息弥四郎重春以下の一族が祢答院太郎名長野宿所へ押し寄せ、放火狼藉・合戦を行い、さらに東郷内鳥丸村で夜討・殺害に及んだとして、狼藉人の召出しと糾明を求めた申状。
前編1-No.2123 放火狼籍交名注文
放火狼藉の関与者として、渋谷弥四郎本人、西岡弥次郎左衛門尉、重内三郎、山口平次三郎、同平四郎、一渡弥四郎、大井小四郎、同六郎らを列記した交名注文。
前編1-No.2124 室町幕府御教書
渋谷千松丸代重申が訴えた放火狼藉・殺害事件について、相手方の陳状と証拠を取り寄せ、事実を糾明して裁決するよう命じた室町幕府御教書。渋谷氏の女子・相伝関係、道智譲状、嘉元以来の経緯も検討対象として示す。
前編1-No.2125 足利直義下知状
河内国丹下郡西嶋地頭職をめぐる相伝争論を裁いた足利直義下知状。三池本助入道道智の譲状、女子・孫への相伝、後見、嘉元以来の知行と押領の主張を検討し、関係証文に基づいて所務・領掌を定める。
前編1-No.2126 莫祢円也軍忠状
宮之城の阿久根徳石衛門所蔵であることを示す所蔵注記のみを掲げた莫祢円也軍忠状の項目。本文は収録されていない。
前編1-No.2127 祢寝清増軍忠状
祢寝清増が薩摩国凶徒退治のため、伊集院平城の攻防に参加し、阿多郡加世田別符方面へ発向した戦功を述べ、島津貞久の証判を求めた軍忠状。
前編1-No.2128 祢寝重種軍忠状
祢寝重種が薩摩国凶徒退治のため、伊集院平城・阿多郡加世田別符などへ発向し、押寄・合戦に参加した経過を日付順に述べ、討死・負傷を含む一族の軍忠について証判を求めた軍忠状。
前編1-No.2129 祢寝清種軍忠状
祢寝清種が薩摩国凶徒退治のため、伊集院平城および阿多郡加世田別符の合戦へ参陣した経過を述べ、軍忠の証判を求めた軍忠状。
前編1-No.2130 和泉椙保末軍忠状
和泉椙伴三郎保末が薩摩国凶徒退治のため、伊集院・阿多郡へ打ち入り、数度の合戦で太刀打ちし負傷したこと、同族の軍勢とともに戦功を挙げたことを日付順に述べ、証判を求めた軍忠状。
前編1-No.2131 和泉杉保三軍忠状
和泉杉弥三郎保三が、伊集院・阿多郡などへ発向し、数度の合戦で太刀打ちして負傷した経過と一族の戦功を述べ、島津貞久の証判を求めた軍忠状。
前編1-No.2132 沙弥尚順・道延連署奉書
正八幡宮の田所などについて先例に従って相向・実検し、下地の検注を進めるよう命じた沙弥尚順・道延連署奉書。
前編1-No.2133 祢寝清種軍忠状
建武三年以来、大隅国・伊集院方面の合戦に参加し、太刀傷を負いながら軍忠を尽くした祢寝清種が、その戦功の証判を求めた軍忠状。
前編1-No.2134 二郎判官代末元請取状
池端氏に関わる所領のうち、女子二人分を含む譲渡対象を受け取ったことを仮名書きで確認した二郎判官代末元の請取状。
前編1-No.2135 高師直書下
薩摩国一宮八幡新田宮の執印友雄が訴えた神領下地への乱入、社壇の侵犯、神役対捍について、関係者を召し出して糾明し、違乱を停止して神領・神役を守るよう命じた高師直書下。
前編1-No.2136 沙弥覚禅施行状
新田宮執印友雄の申す神領下地押領・神役対捍について、先行する奉書・訴状に従って早く命令を執行するよう求めた沙弥覚禅施行状。
前編1-No.2137 祐厳請文
京都で作成された請文案であり、正文が国分宮内沢氏に伝来することを示す祐厳請文の所在注記。
前編1-No.2138 正八幡宮所司・田所連署請文
正八幡宮領西加礼河内・辺木山村の名主職について安堵の教書を受け、先例どおり忠勤し、無懈怠に所務を行い、沙汰に背かないことを所司・田所が連署して誓った請文。
前編1-No.2139 正八幡宮所司・田所連署請文
No.2138と同文のため本文を省略し、田所検校永弥・所司執当長澄の関係文書であることを示した連署請文。
前編1-No.2140 畠山直顕挙状
祢寝清種が建武三年以来、大隅国向国原、重城、石山城、新宮城などの合戦に参加し、数度負傷した軍忠を年次・戦場別に列記して上申した畠山直顕挙状。
前編1-No.2141 高師直書下
幕府の命令に従い、薩摩・大隅両国の地頭御家人を催して軍務を遂行し、関係者に異議なく承知させるよう島津貞久へ命じた高師直書下。
前編1-No.2142 豊後国守護代正全請文
豊後国井田郷地頭職について、先の御教書を承知し、守護代として戸次豊前太郎頼時代官妙性へ下知・執行することを請け負った正全請文。
前編1-No.2143 東郷重清請文
新田宮執印友雄が訴えた神領下地押領・神役対捍について、奉書に従って野田又太郎・宮里郷郡司九郎入道らを召し出し、糾明・停止することを請け負った東郷重清請文。
前編1-No.2144 よりしげ譲状
高城氏の所領のうち、平野・中村などの地を女子二人へ分け、将来の違乱を禁じて譲り渡した仮名書の譲状。
前編1-No.2145 島津国史
康永元年前後の島津氏の軍事・政治動向を編年で記す国史記事。幕府・南朝双方の年号、足利直義・島津貞久らの動向、薩摩・大隅各地の合戦、城郭攻防、文書発給と所領処置を月日順に列挙する。
前編1-No.2146 島津道鑑代得貴申状
島津道鑑の代得貴が、鎮西管領下向後の寺社本所領・武家領の管領方針について、島津庄の由緒と歴代の下文・御教書案を掲げ、所領支配と幕府命令の執行を求めた申状。
前編1-No.2147 島津貞久軍勢催促状
薩摩国凶徒退治のため、一族を催して五月十五日までに南方へ発向し、城を攻略して忠節を尽くすよう新田宮権執印へ命じた島津貞久軍勢催促状。
前編1-No.2148 八幡新田宮所司神官等請状
新田宮所司・神官らが、建久五年の注文状と嘉元二年の鎮西御教書の提出を求められたのに対し、南方凶徒による当宮濫妨の際に紛失して提出できないと申し述べた連署請状。
前編1-No.2149 島津道鑑書状
国中騒動のため軍勢催促への参陣が遅れた事情を述べ、阿久根猪右衛門に一族を残らず率いて早く馳せ加わり、忠節を尽くすよう求めた島津道鑑書状。
前編1-No.2150 莫祢氏譜
暦応五年七月、凶徒討伐のため軍勢を催した際、莫祢遠屋次郎太郎入道らが一族を率いて参陣し、十日に感状を与えられたことを記す莫祢氏譜の記事。
前編1-No.2151 島津道鑑請文
新田宮執印友雄が申す清祓について、前年十一月三日の教書の履行、触穢者の扱い、建暦元年九月十六日付連署状との関係を示し、先例に従った判断と証明を求めた島津道鑑請文。
前編1-No.2152 島津道鑑証判
No.2151の請文内容を証明し、案文に判形を加えて封裏の理由と所見を示した島津道鑑証判。
前編1-No.2153 高重茂奉書
新田宮執印友雄が訴えた神領下地押領・神役対捍について、武光大学入道忍性、渋谷新平次入道定円ら関係者を召し出し、訴状七通を検討して裁決するよう命じた高重茂奉書。