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前編1の目録
旧記雑録 長久2年~延文元年の文書・記事です。
全2,673件中 1201~1300件・13 / 27ページ
前編1-No.1161 税所敦胤伝
税所藤原敦胤が曽野郡用松名内萩峯伍段を都婆へ寄進したことを記す伝記事項。
前編1-No.1162 税所敦胤寄進状
税所敦胤の寄進状本文は旧文書編に収録済みとして、本巻では案文を省略した記事。
前編1-No.1163 税所敦胤寄進状
大介兼税所藤原敦胤が曽野郡用松名内萩峯伍段を和与之地として寄進。宝前の挑燈明料に充て、弥増神明の威光と子孫七社の擁護を願い、寄進を妨げない旨を誓った寄進状。
前編1-No.1164 鎮西御教書
比志嶋孫太郎忠範が申す城前田事の重申状について、下野前司入道が以前の裁許に反して不応答であるため、左右当事者を糺し、違期者への処置も含めて執行するよう命じた鎮西御教書。
前編1-No.1165 源氏女代義行和与状
源氏女代義行が、みついへの尼と河田弥三郎との河田所領相論を和与した文書。河田の田屋敷・米の分配、双方が先の和与状を取り消して新条件に従うこと、後日の違乱を禁ずることを定め、源氏女の意思に基づく和与であるとする。
前編1-No.1166 比志島忠範和与状
比志島忠範が河田弥三郎・源氏女方との河田所領相論を和与した文書。田屋敷と年貢米の配分、以前の和与・申状の扱い、双方が境界・収益を守ること、後日の違乱を禁ずることを定めた。
前編1-No.1167 僧増遷寄進状
僧増遷が、臺明寺本堂の灯明料として河田十五段の田地を寄進した文書。自身の病床・余命を踏まえ、師永覚阿闍梨の遺志を追善し、他者の妨げを禁じて寄進の履行を求める。
前編1-No.1168 西俣久盛和与状
僧増遷が阿闍梨永覚忌日田として寄進した事実を示す短い文書。
前編1-No.1169 延時成仏代忠種陳状
延時三郎種忠法師代忠種が、田井・江田村をめぐる訴訟で提出した陳状。相手方の訴状と譲与・相伝の主張を反駁し、永元年の譲与、成仏の義絶、押領の有無、証文の真偽を論じ、所領の返付と相手方主張の排斥を求める。
前編1-No.1170 本田静観伝
本田静観が、自藤原家泰方から買得した竹原町二段について証文を示し、売主の家泰が重ねて質入れ・売却しないことを確認した記事。
前編1-No.1171 藤原家忠・同家泰連署活却状
藤原家忠・家泰が、薩摩国山門院内竹原町貳段を先日売却して残権利がないこと、家泰重代相伝の私領であることを連署して保証し、永代に本田入道殿へ活却した文書。
前編1-No.1172 伊集院氏系図
伊集院氏の系図断片で、久兼から俊忠(侍従房)・弥五郎(図書助、初号伊集院、法名道實)へ続く系譜を図示する。
前編1-No.1173 沙弥某書下
伊集院寺脇内の門福寺阿弥陀堂免薗壹所と小山下田三反について、年貢・利物を免除し、検断・加徴米等を阿弥陀堂へ充てるよう命じた沙弥某の書下。
前編1-No.1174 鎮西下知状
薩摩国伊作庄日置北郷地頭下野彦三郎左衛門尉忠長代行長の訴えを裁した鎮西下知状。被官・所従らの引流・逃亡と召文不参、年貢・公事、船役・所領支配をめぐる双方の主張、証文・請文を検討し、返付・召進・停止すべき事項を示して伊作庄の紛争を処理する。
前編1-No.1175 導証書状
高岡土河上次郎左衛門尉へ宛て、御下向の道中事情と、かくりきの籠上での処置について問い合わせ、判断を仰いだ導証の仮名書状。
前編1-No.1176 鎮西御教書
薩摩国市来孫太郎家貞の申す市来院領家年貢等事について、訴状を子細に検討し、相手方の陳状を取って分明に審理・執行するよう橋口次郎入道へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1177 藤原親郷等勘渡文書目録
薩摩国高城郡内吉枝名同車内并在廳職に関し、藤原親郷が勘渡した文書目録。師高・高重・領家・関東の譲状案、御教書案、下文案、施行正文、六波羅御教書、守護所請文、宣案、在廳職証文など多数を年代順に列挙し、封裏・巻内文書も含めて勘渡した。
前編1-No.1178 久米寺雑掌代僧唯寂功銭請取状
伊作久長譜中の文書で、嶋津下野彦三郎左衛門尉名国司功銭のうち合期拾貫文を受領したことを、久米寺雑掌代僧唯寂が証明した請取状。
前編1-No.1179 鎮西探題奉行人連署奉書
比志嶋孫太郎忠範の申す薩摩国城前田事の重申状について、早く帯具書正文を提出させ、期限内に訴陳を継続するよう下野前司入道代へ命じた鎮西探題奉行人連署奉書。
前編1-No.1180 鎮西探題奉行人連署奉書
比志嶋孫太郎忠範の城前田事の重申状について、以前の命令どおり訴陳を継続し、期限を避けず来月十五日までに陳状を提出させるよう下野前司入道殿代へ催促した奉書。
前編1-No.1181 鎮西探題奉行人連署奉書
比志嶋孫太郎忠範の城前田事の重申状について、難渋せず奉行人使者へ案件を渡し、命令どおり執行するよう下野前司入道殿代へ命じた奉書。
前編1-No.1182 鎮西下知状
薩摩国伊作庄地頭下野彦三郎左衛門尉忠長代行長と申小類らの船壹艘相論を裁した鎮西下知状。借用した船が海路で破損したとする主張に対し、志布志入道・伊作家久らの証文、船代引渡しの経緯、同浄證らの証言を検討し、召進・糺明を命じた。
前編1-No.1183 久米寺雑掌代僧唯寂功銭請取状
嶋津下野三郎左衛門尉殿名国司用途のうち合玖拾貫文を受領し、鎌倉での請取状を含めて証明した久米寺雑掌代唯寂の功銭請取状。
前編1-No.1184 鎮西下知状
薩摩国御家人比志嶋孫太郎忠範が申す同国邊年木房禪慶の借用米對捍事を扱う鎮西下知状。忠範は延慶四年の借用米の返還を求め、相手方の不弁・過料を訴える。双方の陳状を取り、当時の借書・返済状況を糺して裁許するよう命じた。
前編1-No.1185 掃部助政顕書下
谷山五郎入道覚心と大隅式部孫五郎入道慶相の相論について、山田上別符所務以下の事を検断し、過析物を返付し、百姓らの訴えの理由を糺して沙汰するよう命じた掃部助政顕の書下。
前編1-No.1186 久米寺雑掌代僧唯寂功銭請取状
嶋津下野彦三郎左衛門尉殿名国司功銭事について、用途者・本光房上洛之間のため唯寂房を代官として請け取らせる旨を示した久米寺関係文書。
前編1-No.1187 平忠兼一門連署証状
延時氏文書中の仮名書状。先年の紛争で、忠種の甥延時又三郎が成仏へ出した九年年貢分付状などをめぐり、一門が当時の経緯と証文内容を連署して説明し、所領相伝の事実を証明する。
前編1-No.1188 守部貞清寄進状
寄進臺明寺廿枝田五段事として、守部貞清が往生極楽・出離生死の願意により田地五段を臺明寺へ寄進した文書。
前編1-No.1189 武光兼治避状
武光兼治が高城郡吉枝名内兼治分の保佐田内上五段・中坪・横丸内四段等について、年貢米・地頭米・免田所当米・万雑公事を含む領家方の権利を永く避進し、後日の違乱を禁じた避状。
前編1-No.1190 尼真理宛行状
岸良村関係の権利について、証人を立てて後日の違乱変更を禁じた短い宛行文書。
前編1-No.1191 尼真理年貢納状
肝付郡岸良村の御季頭用途事について、合五百文を納めたことを尼真理が証明した年貢納状。
前編1-No.1192 久米寺雑掌代僧唯寂功銭請取状
御功銭請取五十貫文正和五十三久米寺僧とあり、久米寺功銭五十貫文の受領を証明した請取状。
前編1-No.1193 沙弥蓮生打渡状
日向方嶋津御庄志布志津大澤水寶満寺敷地の四至を、東は深小路大道、南は経峯、西は河、北は天神山後堀と定め、寶満寺へ打ち渡した沙弥蓮正の打渡状。
前編1-No.1194 島津国史
文保元年の国史記事。政所下文による高知尾・肥前早湊村・福萬名等の地頭職・副田三郎次郎種信旧領の処置、後醍醐天皇の践祚、幕府の薩摩国守護職、島津忠宗一族の系譜・官途を記す。巻十二冒頭として忠宗公期の政治・所領記事をまとめる。
前編1-No.1195 少弐盛経施行状
大隅国正八幡宮修理事について、前年十一月十一日付関東御教書を同国守護へ施行し、三月中に修理の功を終えるよう命じた少弐盛経の施行状。
前編1-No.1196 肝付兼藤伝
肝付兼藤が、北条師時承幕府命により越尾張守高家に奪われた所職について訴え、北条時直・北条武蔵守貞顕の在任中に探題へ提訴して復審を求めた経緯を記す伝記事項。
前編1-No.1197 関東御教書
大隅国肝付郡弁済使等阿申所職・名田畠等について、地頭尾張守高家が押領しているとの重陳を受け、下地使者が不日差遣して実地を糺し、押領・狼藉が事実なら厳密に処罰するよう命じた関東御教書。
前編1-No.1198 沙弥了恵請文
正八幡宮御造営のため、薩摩国満家院役の金物・樽皮作事をめぐる比志嶋名と西俣名の負担相論について、名分役の多少を糺し、押書状・役人訴状を検討して裁許するよう求めた沙弥了恵の請文。
前編1-No.1199 大隅守護代安東景綱請文
大隅国臺明寺衆徒らが、甲斐阿闍梨盛範による狼藉を訴えた件に対する守護代安東景綱の請文。御教書施行後も企夜討・刃傷、衆徒追捕、寺領上村百姓への乱入が続くとの申立てを受け、被訴人を召し進めて子細を糺し、罪科を科す旨を回答する。
前編1-No.1200 大隅守護北条時直請文
大隅国臺明寺衆徒らが甲斐阿闍梨盛範の狼藉を訴えた件について、三月廿五日付御教書を守護代景綱へ進め、沙汰の状況を注進させる旨を答えた大隅守護北条時直の請文。
前編1-No.1201 大隅守護北条時直書下
大隅国肝付弁済使入道殿尊阿が申す富郷飯熊別当并同扶持人彦兵衛尉兼村の船間事について、訴状どおり糺明し、早く権進・論人らの状を取るよう救仁郷地頭代へ命じた書下。
前編1-No.1202 肝付兼藤伝
肝付兼藤と弟宗兼らの領田関係について、出見参料用途に関する文書を掲げる伝記事項。
前編1-No.1203 肝付郷弁済使尊阿見参料請取状
肝付郷弁済使からの見参料用途について、合参貫文を請け取り、尊阿が証明した請取状。
前編1-No.1204 伊作庄日置北郷領家雑掌地頭代和与状
伊作庄日置北郷の領家雑掌法橋信宗と地頭下野彦三郎左衛門尉久長代沙弥道慶が結んだ和与状。御年貢・課役、検見、地頭方・領家方の分配、木庭山・田尻・名内田畠、蘭牟田・狩者・濱寄物などの支配を項目別に定め、百姓逃亡跡の扱い、相論停止、違犯時の措置を規定する。
前編1-No.1205 和与状
伊作庄日置北郷の領家方と地頭方の和与状要段。作毛の領家参分・地頭参分、名主への給付、田尻名の米、名内田畠と上家分、若王子敷地、宮内名市庭などを分配し、相互に新儀・違乱を禁じた。
前編1-No.1206 伊作庄日置北郷領家年貢等請取状
伊作庄日置北郷の正和元年・同二年分について、領家御年貢以下の済物代銭合参佰貫文を皆納返抄した領家方請取状。
前編1-No.1207 沙弥道助和与状
比志嶋孫太郎忠範と番訴人らの相論について、道助が預米事を和与し、訴陳を止め、博多代官大隅七郎忠幸へ御下知を与えるよう求めた和与状。
前編1-No.1208 比志嶋忠範譲状
比志嶋忠範が、満家院内の所領・屋敷等を子孫へ譲る旨を仮名で記した譲状。領主の沙汰、重代相伝の所領、奉公・忠節を条件として、受領者の知行と後日の違乱禁止を定める。
前編1-No.1209 比志嶋忠範重申状
比志嶋孫太郎忠範が、薩摩国城前田事について下野前司入道と義代律性の問答が難渋していると重ねて訴えた申状。奉行人使者の派遣、相手方陳状の具備、審理の促進を求める。
前編1-No.1210 薩摩国御家人交名注文
薩摩国御家人の交名注文。新田宮祝樹院文書に伝わり、満家院・牛屎院・和泉庄・山門院・莫弥院・市来院など郡郷別に、地頭・名主・兵衛・入道らの名と所職を列記する。
前編1-No.1211 鎮西御教書
市来院河上名内田蘭事について、大蔵氏が申した訴状を示し、相漏人を含めて参対させ、沙汰を執行するよう河上平次郎殿へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1212 伊作庄日置北郷和与文書目録
伊作庄日置北郷の和与に伴う往復文書目録。京都からの御返事正文、和与状正文、願文、所勘状、沙汰返状など七通を、年紀と宛所を付して列挙する。
前編1-No.1213 島津久長判形変改次第
島津久長の判形変化を示す仮名書。正和五年八月までの判と、同年八月一日以後、同年十一月一日以後に用いた判を並べ、使用時期を記録する。
前編1-No.1214 台明寺雑掌長慶重申状
大隅国臺明寺雑掌長慶が、守護代官安東四郎左衛門尉景綱以下の狼藉を訴えた重申状。寺領上村の百姓宅への追捕、損物、国衙正税物、守護代官惟村方との所務争いを挙げ、度重なる御教書・請文にもかかわらず執行されないと主張する。奉行人使者の派遣、犯人召進、寺領保護と狼藉停止を求める。
前編1-No.1215 鎮西下知状
伊作庄日置北郷の領家所務について、正和元・二両年の領家和与御年貢以下色々済物代銭合参佰貫文を納返抄したことを示し、鎮西下知の執行を求めた文書。
前編1-No.1216 鎮西下知状
比志嶋太郎入道道願女子源氏女と同孫太郎忠範の、満家院亘町貳段屋敷壹箇所をめぐる相論について、双方の和与成立後の違乱訴えを精査し、道理に従って処理するよう命じた鎮西下知状。
前編1-No.1217 薩摩国守護代本性請取状
満家院内比志嶋名分について、弁済使用途并米事を請け取ったことを示す守護代本性の短い請取状。
前編1-No.1218 鎮西下知状
大隅大炊助三郎久国法師道助と太郎忠範の出挙米并預米等の相論について、双方が沙汰の場で和与したため、八月十六日付忠幸状と件米等道助方証人の訴陳を停止し、和与どおり守るよう裁した鎮西下知状。
前編1-No.1219 鎮西下知状
伊作庄日置郷雑掌信宗と地頭下野彦三郎左衛門尉久長代忠國の所務條々について、雑掌の訴訟に対し両方の和与が成立したため、和与状どおり守るよう命じた鎮西下知状。
前編1-No.1220 円仏譲状
沙弥円仏が薩摩国祁答院内中津河村次第證文等并宮里郷田薗以下所領を子息道海へ譲与。先年の譲与道海に臨終時重ねて証文を与え、他者の妨げなく知行させると定めた譲状。
前編1-No.1221 教忍・時光連署奉書
肝付郡岸良弁済使兼村代兼義が申す被申付海賊不實事について、訴状を検討し、訴人を参対させて事実を明らかにするよう肝付西方弁済使殿へ命じた教忍・時光連署奉書。
前編1-No.1222 島津久長自筆譲状
島津久長が嫡子左京進忠宗へ所領を譲った自筆仮名譲状。信濃国太田庄内神代郷、薩摩国伊作庄日置北郷、惣領職などを挙げ、忠宗を惣領として後継させ、弟二郎三郎らへの分与と一族統率、奉公・知行の条件を定める。
前編1-No.1223 伊作庄日置郷領家方行壱書状
日置北郷中分事について、雑掌承信が在津中に地頭殿へ申沙汰し、御下知を得て処理するよう求めた伊作庄領家方行壱の書状。
前編1-No.1224 伴経兼和与状
吉枝名牧崎内の屋敷と八講田宮御領をめぐる伴経兼・領家雑掌阿浄・執印妙慶らの相論を和与した文書。八講薗四至の内外、屋敷・田地の帰属を定め、阿浄が訴訟を止め、経兼らの知行を妨げないことを約した。
前編1-No.1225 久米寺雑掌代僧唯寂功銭請取状
下野三郎左衛門尉久長殿の功銭について、合拾貫文を請け取ったことを久米寺雑掌代僧唯寂が証明した請取状。
前編1-No.1226 久重寄進状
宗春検校貞光の遺言により、久重が衆集院阿弥陀如来へ水田伍反・須之口田を本証文五通とともに寄進し、任旨所令奉寄とした寄進状。
前編1-No.1227 将軍家政所下文
将軍家政所下文。日向国高知尾庄、肥前国松浦庄内早湊村・福万名の地頭職を、菊池庄領家職替として島津下野前司入道道義(忠宗)に宛行い、先例どおり沙汰するよう命じた。
前編1-No.1228 伊地知季安考
前号の政所下文を伊地知季安が考証。忠宗公の地頭職補任文書は正文とみられるが、掲載本が後世の亀鏡譲状である可能性を指摘し、官庫御伝蔵文書との照合、肩書・花押・用字、所領名の異同から伝来と正文性を検討する。
前編1-No.1229 僧琳慶譲状
僧琳慶が徳寿御前との師弟契約により、薩摩国阿多郡五大院内田地拾町貳段・池邊薗壹所を証文とともに永代譲与した譲状。琳慶の自筆譲状・次第證文を根拠に、徳寿御前の知行、社役遵守、後日の違乱禁止を定める。
前編1-No.1230 鎮西御教書
薩摩国伊集院内買地所をめぐる法名迎念と迎祐の相論を裁した鎮西御教書。山下田・上神殿・荒野・追薗などの田畠屋敷について、迎念側の譲状・長賢注進文、迎祐側の和与状・証跡・継申状を検討し、文書の不備や改変疑義、和与成立の有無を論じる。迎祐の知行を認め、相手方の違乱を停止するよう命じた。
前編1-No.1231 和泉忠氏譜
和泉忠氏の譜伝。島津道義公の子女、長子貞久以下の兄弟姉妹と各分流を挙げ、次郎忠氏が薩摩国出水郡を拝領して和泉氏を称した由来、幕府・北条氏との関係、官途・所領継承を記す。
前編1-No.1232 関東下知状并島津道義譲状
島津道義の子息・親族への所領分与について、関東の下知と譲状を一体として伝える文書群の導入部。嫡子貞久以下が領掌すべき旨を示す。
前編1-No.1233 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が女子大娘御前へ所領を譲った仮名譲状と関東下知。薩摩郡・山門院・市来院・鹿児島郡・永吉・藺牟田庄、信濃国太田庄南郷等を分与し、一期後は惣領貞久へ返付すること、子がある場合の相続条件を定める。
前編1-No.1234 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が四郎時久へ所領を譲った仮名譲状と関東下知。薩摩国宮里郷、肥前国松浦庄内福万名、下総国相馬郡内の所領を分与し、時久の知行と相続を認め、後日の違乱を禁じる。
前編1-No.1235 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が二男忠氏へ薩摩国出水郡を勲功の賞として譲与し、先例どおり沙汰するよう命じたとする文書。本文は人名を後世に填入した疑文書との注記がある。
前編1-No.1236 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が三郎左衛門尉忠光へ大隅国佐多を勲功の賞として譲与したとする文書。本文疑文書との注記を伴う。
前編1-No.1237 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が四男下野守忠氏分として大隅国佐多を譲与したとする文書。所領知行を先例どおり沙汰する旨を記すが、本文疑文書との注記がある。
前編1-No.1238 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が三男三郎左衛門尉忠光分として日向国新納院を譲与し、先例どおり知行させるとした文書。本文疑文書との注記がある。
前編1-No.1239 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が四男四郎左衛門尉時久分として日向国山西・樺山・石寺・嶋津・河南北郷内の所領を譲与したとする文書。本文疑文書との注記がある。
前編1-No.1240 関東下知状并島津道義譲状
島津道義が六男尾張守資忠分として日向国河南北郷内三箇二山西三中郷など、合三百町の所領を譲与したとする文書。一連の疑文書群の末尾に位置する。
前編1-No.1241 日向国在国司所職所々注文
日向国在国司所職に属する所々の年貢・公事を列記した注文。河南方新納院・臼杵郡・山東・山西などについて、年貢米・雑事米・餅・肥東西・加字原名等の負担を、石・斗・貫文単位で記し、在国司所職の収納構造を示す。
前編1-No.1242 日向国在国司所職所々注文
前号の日向国在国司所職所々注文と同文であるため、本文を省略した別本。
前編1-No.1243 鎮西御教書
大隅国臺明寺雑掌が打郷の狼藉について重ねて訴えた申状を受け、子細を早速明申するよう目代殿へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1244 鎮西下知状
薩摩国宮里郷正富名内田地壹町五反の新田宮燈油免田をめぐり、山門弥宗太法師友申と宮原太郎入道蓮心が争った案件。証文を持参して参対させ、押妨を停止し、惣領守重雄へ違背の有無を問い糺すよう命じた鎮西下知状。
前編1-No.1245 建部親政譲状
建部親政が祢寝弥二郎清胤へ、大隅国佐多村内の屋敷・田地と関係する下文・証文類を永代譲与した譲状。親政の重代相伝所領であることを示し、清胤の知行と後日の違乱禁止を定める。
前編1-No.1246 建部親政沽却状
建部親政が相伝所領である大隅国祢寝院南俣佐多村内の地頭職・屋敷・開発田畠等を、代銭三十五貫文で祢寝清胤方へ永代売却した沽却状。売却対象と代銭受領、証文引渡し、後日の違乱・妨害を禁ずる保証を仮名で詳記する。
前編1-No.1247 建部親政沽却状
No.1246と同文であるため本文を省略した、建部親政による祢寝院南俣佐多村所領の沽却状別本。
前編1-No.1248 建部親政譲状
No.1245と同文であるため本文を省略した、建部親政から祢寝清胤への佐多村所領譲状別本。
前編1-No.1249 鎮西奉行人奉書
原田太郎入道浄法と得重五郎助道の殺害・刃傷相論について、前年十二月廿日付御教書に従い、見聞した事実を起請文に載せて注進するよう河上平次郎殿へ命じた鎮西奉行人奉書。
前編1-No.1250 島津忠宗禁制
鹿児島東福寺について、山臥三川房時差の四至境内で草木採用、牛馬放入、殺生を禁じ、違反者を処罰するよう御内被官へ命じた島津忠宗の禁制。
前編1-No.1251 鎮西御教書
意信代行兼法師が訴える大隅国下木田村内田地以下事の重訴について、訴陳を決し、別府彦三郎光実を相副えて不日執進するよう比志嶋孫太郎忠範へ命じた鎮西御教書。
前編1-No.1252 島津道義譲状并関東外題安堵状
No.1232と同文であるため本文を省略した、島津道義から貞久への譲状と関東外題安堵状の別本。
前編1-No.1253 島津道義譲状并関東外題安堵状
No.1233と同文であるため本文を省略した、島津道義から大娘御前への譲状と関東外題安堵状の別本。
前編1-No.1254 肝付兼藤伝
肝付兼藤が高時の命により地頭職を召し上げられた後、兼村の訴願によって岸良村弁済使職を回復した経緯を記す短い伝記事項。
前編1-No.1255 前肥後守顕親宛行状
前肥後守顕親が、事情により召し上げていた大隅国肝付郡岸良村弁済使職について、兼村の歎申を受け、子細を糺した上で先例どおり還付・宛行った文書。
前編1-No.1256 尼真理年貢納状
大隅国肝付郡岸良村の文保三年領家御方御年貢用途として、合貳拾貫文のうち拾貫文を納めたことを尼真理が証した納状。
前編1-No.1257 伊作庄雑掌下司申状
伊作庄雑掌法橋承信・下司高純が、入来別符の隠岐三郎らによる越境押領を訴えた申状。阿多郡北方一分地頭隠岐三郎が境を越え、荘内の安富・塩道・狼野・年礼などへ侵入したと主張し、御成敗、奉行人交替、旧境への復帰と押領停止を求める。
前編1-No.1258 伊作庄日置北郷領家方行壱書状
伊作庄日置北郷の所務条々について、信宗法橋と和与した内容を実施し、領家御掌状を雑掌承信へ下すよう、行壱が伊作日置地頭殿へ求めた書状。
前編1-No.1259 島津国史
伊作日置地頭殿への報書と、島津国史が付した伊作庄関係文書の伝来記事。島津貞久の名乗り・官途・花押と、東福寺禁制の年代関係を確認する。
前編1-No.1260 台明寺雑掌重申状
大隅国臺明寺雑掌澄海が、守護目代・官甲斐阿闍梨盛範らの狼藉を重ねて訴えた申状。止上村百姓宅への追捕、打郷の所務妨害、押領・損物、召進拒否を挙げ、既往の御教書が執行されないと主張する。犯人召進、返札、寺領保護と重科を求める。