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追録3の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,610件中 301~400件・4 / 27ページ

  1. 追録3-No.279 駒木根政方・久松定持連署書状

    十月十八日、長崎奉行久松備後守定持・駒木根肥後守政方が松平薩摩守へ、書状を受けて返答する。福州出の唐船一艘に三十三人が乗り組み、去る四日に薩摩国下甑島の内長浜浦へ漂着して碇を下ろしたため、番船等を置き、警固を添えて長崎へ送るとの書面の趣旨を詳しく承知したと伝える。

  2. 追録3-No.280 阿部正喬書状

    阿部正喬が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、久世大和守が連判列に命じられた件を承知したと返答する。

  3. 追録3-No.281 井伊直該書状

    十月十八日、井伊掃部頭直該が松平薩摩守へ、公方の御機嫌がよいことを喜ぶ旨の書状に返答する。久世大和守が連判の列に仰せ付けられた件について、その喜びと書面の趣旨を承知したと伝える。

  4. 追録3-No.282 間部詮房・本多忠良連署書状

    十月二十一日、本多中務大輔忠良・間部越前守詮房が松平薩摩守へ、公方の御機嫌がよいことを喜ぶ旨の書状に返答する。久世大和守が連判の列に仰せ付けられた件について、その喜びと書面の趣旨を承知したと伝える。

  5. 追録3-No.283 秋元喬知書状

    秋元喬知が薩摩守に、文昭院の一回忌法事を執行するにあたり使者と香奠の献上を受けたと伝え、増上寺への奉納についても承知したと返答する。

  6. 追録3-No.284 島津久當達書

    島津久當が佐土原家中の家号・名乗りの扱いについて達する。太左衛門家の字の継承、家筋を示す字や紛らわしい同字を避けることなどを述べ、伝達した内容に異議があれば申し出るよう求める。

  7. 追録3-No.285 島津久當達書

    十一月三日、島津将監久當が島津淡路守へ、島津采女家の三男以下は久の字と御称号を避け、家号は格を見合わせて申し付けるよう伝える。実名は采女の先祖名乗りの二字を用いてよいが、本家に遠慮すべき字なら別の字へ改める。采女方へも同じ趣旨を伝え、采女の次男には所定の格式を申し付けたという。吉の字は実名では遠慮す…

  8. 追録3-No.286 島津久當達書

    島津久當が佐土原家中の家号・名乗りについて、新納・町田・伊集院などの名字を例に、先祖の実名や字を用いる際の由緒確認と別紙名書の提出を求める。改字や家号の申立ては本家へ知らせるよう命じる。

  9. 追録3-No.287 島津久當達書

    十一月三日、島津将監久當が島津淡路守へ、別紙名書の人物を二列で対照して示す。伊集院権之助と半左衛門、町田権七郎と城之助、伊集院直右衛門と樺山彦左衛門、新納八兵衛と正竹、町田孫左衛門と彦之進、町田源太左衛門と新左衛門を列記する。追啓で町田新左衛門は町田源太左衛門の庶流なので実名の字を同家から相伝するこ…

  10. 追録3-No.288 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、公方の御機嫌を伺う使者と献上物を受け取り、その趣旨を承知したと返答する。

  11. 追録3-No.289 久世重之書状

    久世重之が薩摩守に、公方の御機嫌を伺う使者と小紋屏風一箱の献上を受け取り、各申談への取次を承知したと答える。

  12. 追録3-No.290 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を伺う使者と献上物を受け取り、その趣旨を承知したと連署で返答する。

  13. 追録3-No.291 駒木根政方・久松定持連署書状

    十一月二十日、長崎奉行久松備後守定持・駒木根肥後守政方が松平薩摩守へ、書状を受け返答する。廈門出の唐船一艘に四十四人が乗り組み、今月七日に下甑島の前之浦へ漂着して碇を下ろしたので、例の番船等を置き、日和次第で警固を添えて長崎へ送るとの書面を詳しく承知したと伝える。

  14. 追録3-No.292 島津惟久書状

    島津惟久が佐土原家中の家号・名乗り改定について、先祖の実名や字を用いる場合は由緒を調べ、本家との重複や紛らわしい名乗りを避けて申請するよう伝える。

  15. 追録3-No.293 島津惟久書状

    島津惟久が佐土原家中の家号・名乗りについて、新納・町田・伊集院などの名字を例に、先祖の実名や字の使用、別紙名書による確認、家号改めの申立てを指示する。

  16. 追録3-No.294 島津惟久書状

    島津惟久が、町田・新納などの家中の者の名乗りを列挙し、先祖や本家の実名・字に照らして改める際は書面で申請するよう伝える。

  17. 追録3-No.295 島津惟久書状

    島津惟久が家中の名乗りをめぐる申し合わせについて、太左衛門家の家筋や仮名・御称号との重複を避けることを述べ、改名の申立てと書面の提出を求める。

  18. 追録3-No.296 諸役座ヲ移転ス

    同年十一月二十二日、諸役座を薩府の島津兵庫久季の屋敷の南隣へ移したと記す。

  19. 追録3-No.297 松平薩摩守口上覚

    松平薩摩守が、鹿児島城下の長屋を近年の火災で焼失してから右隅の長屋を役座として使ってきた事情を述べる。火用心のためその長屋を取り除き、屋敷に隣接する場所を新たな役座にしたいと願い出る。

  20. 追録3-No.298 秋元喬知書状

    十二月七日、秋元喬知が松平薩摩守へ、公方の機嫌がよいことを喜ぶ旨の書状を承知したと返答する。蜜柑二箱と焼魚一箱の献上を各人と申し談じて披露し、一段の御仕合であったと伝える。

  21. 追録3-No.299 井伊直該書状

    十二月七日、井伊掃部頭直該が松平薩摩守へ、公方の御機嫌がいよいよよいことを喜ぶ旨の書状に返答する。蜜柑二箱と御肴一種の献上について、書面の趣旨を承知したと伝える。

  22. 追録3-No.300 秋元喬知書状

    秋元喬知が薩摩守に、文昭院の法事に際して妻から香奠を差し上げたいとの申し出を承知し、書面の趣旨を受け取ったと返答する。

  23. 追録3-No.301 間部詮房・本多忠良連署書状

    十二月十一日、本多中務大輔忠良・間部越前守詮房が松平薩摩守へ、公方の御機嫌がよいことを喜ぶ書状に返答する。蜜柑二箱と御肴一種の献上について、書面の趣旨を承知したと伝える。

  24. 追録3-No.302 吉貴、南泉院に経論を寄進す

    島津吉貴の願いにより経論二百二十五部を南泉院へ、さらに大般若経の一部を花尾権現社へ寄進したことを記す。島津周防久儔が代わって勤めた。

  25. 追録3-No.303 南泉院経論書籍寄進状

    名越右膳が、島津吉貴の祈願により経論書籍十五箱を南泉院へ寄進すると記し、別紙の目録に品目を譲る。

  26. 追録3-No.304 御宮寄進経論書籍目録

    正文在南泉院と付された「御宮御寄進経論書籍目録」。経論書籍を天・地・玄・黄・宇・宙・洪・荒・日・月・盈・昃・辰・宿・列の十五箱に分け、書名と巻数を列記する。先頭の天箱は大方広仏華厳経疏鈔百巻で、法華玄義、維摩経注、大智度論、梵網経古迹撮要など経論・注釈書が続く。末尾に総計百二十五部・千三百三十六巻、…

  27. 追録3-No.305 島津吉貴大般若経寄進状

    名越右膳が、島津吉貴の祈願により大般若経一部を平等王院へ寄進すると記す。

  28. 追録3-No.306 秋元喬知書状

    十二月十二日、秋元但馬守喬知が松平薩摩守へ、寒中に使者を遣わして公方の御機嫌を尋ねた書状に返答し、いよいよ御勇健であると伝える。羽織五と鰹節一箱の献上について各人と申し談じて披露し、たいへんよい結果であったと知らせる。

  29. 追録3-No.307 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、寒中の見舞いと羽織・肴一種の献上を承知したと返答する。

  30. 追録3-No.308 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、寒中の見舞いと羽織・肴一種の献上を承知したと連署で返答する。

  31. 追録3-No.309 秋元喬知書状

    秋元喬知が薩摩守に、徳川五郎太殿の逝去を承知したと伝え、公方の御機嫌を知らせ、差し出された使者と書面の趣旨を受け取ったと返答する。

  32. 追録3-No.310 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、徳川五郎太殿の逝去を承知したと伝え、公方の御機嫌を知らせ、書面の趣旨を受け取ったと返答する。

  33. 追録3-No.311 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、寒中の見舞いと羽織・肴一種の献上を受け取り、書面の趣旨を承知したと返答する。

  34. 追録3-No.312 秋元喬知書状

    十二月二十五日、秋元但馬守喬知が松平薩摩守へ、文昭院の一回忌法事が増上寺で済んだと聞き喜んでいる旨の書状を受け、その思いはもっともであると返答する。そのため差し越された使者と書面の趣旨を、各人と申し談じて言上したと伝える。

  35. 追録3-No.313 井伊直該書状

    十二月二十五日、井伊掃部頭直該が松平薩摩守へ、文昭院の一回忌法事が増上寺で済んだと聞き喜んでいる旨はもっともであり、書面の趣旨を承知したと返答する。

  36. 追録3-No.314 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、徳川五郎太殿の逝去を承知したと伝え、公方の御機嫌と使者・書面の趣旨について連署で返答する。

  37. 追録3-No.315 徳川家継御内書

    徳川家継が薩摩中将に、歳暮の賀儀として小袖五重が届いたことを祝し、大久保加賀守に委細を申し伝えさせる。

  38. 追録3-No.316 間部詮房・本多忠良連署書状

    十二月二十八日、本多中務大輔忠良・間部越前守詮房が松平薩摩守へ、文昭院の一回忌法事が増上寺で済んだと聞き喜んでいる旨はもっともであり、書面の趣旨を承知したと連署で返答する。

  39. 追録3-No.317 秋元喬知ら四名連署書状

    十二月二十九日、阿部正喬・井上正岑・大久保忠増・秋元喬知が松平薩摩守へ、官位宣下と名の字を賜ったことの祝儀として使者を遣わして樽肴を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと連署で返答する。

  40. 追録3-No.318 島津吉貴吉書

    島津吉貴が神社仏閣の修造興行、年貢と勤農について三か条を記し、それぞれの実施を命じる吉書。

  41. 追録3-No.319 秋元喬知ら四名連署書状

    正月十一日、久世重之・阿部正喬・井上正岑・秋元喬知が松平薩摩守へ、年頭の祝儀に使者を遣わし太刀一腰と御馬代黄金十両を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと連署で返答する。

  42. 追録3-No.320 島津氏源姓を称す

    島津家は本来源姓で、忠久以来は近衛家との関係から藤原姓を称していたが、光久の代に本姓の源姓へ改めたと記す。

  43. 追録3-No.321 島津吉貴源姓申渡書

    島津吉貴が、島津家の本姓は源姓であり、忠久以来の藤原姓は近衛家との関係によると説明する。光久の代の改姓を踏まえ、家中にも源姓を用いるよう申渡し、関係する家々の名を列記する。

  44. 追録3-No.322 島津久儔、源姓を称す

    周防久儔の譜中の記事。島津家が藤原姓を用いてきた経緯と光久の代に本姓の源姓へ戻したことを述べ、久儔も源姓を称する経緯を記す。

  45. 追録3-No.323 井上正岑書状

    井上正岑が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、当地へ差し越した家来鳴津帯刀が御目見えを命じられた件を承知したと返答する。

  46. 追録3-No.324 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、差し越した家来鳴津帯刀が御目見えを命じられた件を承知したと返答する。

  47. 追録3-No.325 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、家来鳴津帯刀の御目見えが命じられた件を承知したと連署で返答する。

  48. 追録3-No.326 肝付兼柄書状

    二月朔日、肝付主殿兼柄が島津淡路守へ、元来藤原氏または源姓をいつから用いていたかという照会に関し、以前から氏姓を用いてきた際の記録を問う。前年に江戸で普請手伝いを勤めたとき、棟札へ氏姓を記したのであれば、何の氏姓を記したか報告してほしいと依頼する。

  49. 追録3-No.327 秋元喬知書状

    秋元喬知が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、月光院の叙位を祝う使者と贈答品を受け取ったと返答する。

  50. 追録3-No.328 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、月光院の叙位を祝う贈答を受け取ったと返答する。

  51. 追録3-No.329 島津惟久書状

    島津惟久が肝付主殿に、家中で藤原姓と源姓を用いる経緯について問い合わせを受け、先年の書付や江戸での照会を踏まえて返答する。

  52. 追録3-No.330 秋元喬知書状

    秋元喬知が薩摩守に、新春の賀儀と年始の挨拶、使者を伴う献上物を承知したと返答する。

  53. 追録3-No.331 井伊直該書状

    井伊直該が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、新春の賀儀と年始の規式に伴う祝儀・献上物を承知したと返答する。

  54. 追録3-No.332 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、月光院の叙位に対する祝儀の目録を受け取ったと連署で返答する。

  55. 追録3-No.333 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、新春の賀儀と年始の規式に伴う祝儀・献上物を承知したと連署で返答する。

  56. 追録3-No.334 徳川吉宗御返報

    紀伊中納言吉宗が薩摩守に、新春の賀儀を述べた書状を受け取り、入念な挨拶を喜んだと返答する。

  57. 追録3-No.335 秋元喬知書状

    秋元喬知が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、江戸城下の火災と近隣屋敷の取除きについての見舞いに答え、書面を受け取ったと返答する。

  58. 追録3-No.336 琉球渡銀吹替に関する口上覚

    薩摩藩側が、領知の琉球へ例年渡す銀について、当年分の吹替えを求める。留主居二差置の家来に委細を説明させ、家老鳴津帯刀を申請者として示す。

  59. 追録3-No.337 琉球渡銀吹替に関する覚

    薩摩藩側が、琉球へ渡す当年分八百四十貫目の銀の吹替えを願う。長崎奉行所などへの申出と、大坂御蔵の銀子を用いた引替えの手続を説明する。

  60. 追録3-No.338 琉球渡銀吹替の幕府達書

    琉球へ渡す当年分八百四十貫目の銀の吹替えについて、幕府が勘定奉行に申渡し、右引替えの銀は大坂御蔵へ納めることができると薩摩守家来に伝える。

  61. 追録3-No.339 浦々添高札に関する幕府達書

    幕府が浦々に添高札を出すにあたり、御料地では代官、私領地では地頭が掲示場所と設置を進め、長崎・大坂などの奉行所にも早急に相達するよう命じる。

  62. 追録3-No.340 浦々添高札(異国抜荷買いの取締り)

    異国抜荷を買い取る者を取り締まる浦々の高札三箇条。抜荷買いのため船を貸した船頭・水主は、初め事情を知らなくても同罪とする。共謀していない水主が買人を捕らえ、または船の着いた土地の者が通報して捕らえた場合は、長崎奉行所や代官所・地頭へ届け、賞賜を与える。共謀した船頭等を捕らえた水主には借船時の代物の一…

  63. 追録3-No.341 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、旧冬に妻が歳暮の祝儀を拝領したことへの礼状を承知したと連署で返答する。

  64. 追録3-No.342 島津吉貴、徳川家康百年忌を修す

    東照宮の百年忌は翌乙未年に当たるが、吉貴が当年在国のため、四月七日から十七日まで薩府南泉院で法会を修した。僧百二十口が神前で法華千部を読み、南泉院権僧正智周が導師を務める。吉貴は十六日、又三郎忠休は十七日に束帯で神前に詣で、太刀・金馬代の献納を記す。一族・家老・役人らも参り、太刀・青帙等を献じ、その…

  65. 追録3-No.343 島津吉貴加冠状

    島津吉貴が比志嶋藤次郎に加冠を許し、右兵衛の名乗りを与える。文末に吉貴の判を付す。

  66. 追録3-No.344 徳川家継御内書

    徳川家継が薩摩中将に端午の賀儀の単物十領が届いたことを伝え、祝着の意を示す。詳しくは久世大和守から伝えるとする。

  67. 追録3-No.345 伊佐岡伊右衛門口上覚

    伊佐岡伊右衛門が薩摩守家中に、領内の高札設置場所について従来の書付と照合した結果を報告する。伊座敷浦・西道浦・国分・高札場など各地について、既設・未設置や設置場所の異同を列挙し、別紙の照合結果を添える。

  68. 追録3-No.346 島津忠休書状

    島津又三郎忠休が中将に、東照宮百年忌の法会が執り行われ、首尾よく済んだことを聞いて喜び、その旨を返答する。

  69. 追録3-No.347 井上正岑、薩摩留守居に琉球進接貢銀減額を伝達

    同年五月十九日、執政井上正岑が薩摩側の留守居川上を呼び、琉球国の進貢・接貢に用いる銀の数を減らすべき旨を伝えたと記す。

  70. 追録3-No.348 井上正岑書状

    井上正岑が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、琉球国へ渡す銀の件について提出された相談の書付と訴えを承知したと返答する。

  71. 追録3-No.349 琉球進接貢銀に関する幕府諭達書

    幕府が薩摩守に、琉球の対清進貢・接貢に用いる銀料について、銀の出所と年数を調べ、従来の銀法を改める方針を諭す。渡銀を琉球の必要量に限り、従前より数を減らして扱うよう求める。

  72. 追録3-No.350 唐船取締に関する口上覚・添書

    長崎往来唐船の私商売が年々増え、航路を外れ海上に停泊し、無断で上陸して水や木を取り、漁船の捕り網魚や女童の拾った藻草まで奪い、制止する住民や番船に武器を向ける事態への取締申渡。唐船の違反には警戒・捕縛等と早速の注進を求め、難風漂着船は先例どおり長崎へ護送する。領主には毎年の領内船数改めと船切手の厳密…

  73. 追録3-No.351 駒木根政方・久松定持連署書状

    五月二十三日、駒木根政方・久松定持が松平薩摩守へ、薩摩国甑島前之浦に去る九日、帰唐の寧波船一艘、乗組三十六人が漂着し碇を下ろした件への返答。繋場が悪いため湊へ挽き入れ番船を置き、海上での船損について唐人が修復を願ったので、修復を整え日和次第出帆させる扱いを承知したと伝える。

  74. 追録3-No.352 島津吉貴加冠仮名書出

    島津吉貴が新納豊五郎の加冠に際し、右衛門の仮名を与える。吉貴の御譜印が付く。

  75. 追録3-No.353 島津又三郎忠休書状

    島津又三郎忠休が中山王に、年始祝儀として贈った品と目録への礼を述べ、喜んで受け取ったと返答する。

  76. 追録3-No.354 島津又三郎忠休書状

    六月二日、島津又三郎忠休が中山王へ、滿君上京の祝詞のため使者を遣わし、別録に詳記した贈物を贈られたことを謝す。

  77. 追録3-No.355 島津又三郎忠休書状

    島津又三郎忠休が中山王に、中将の昨年の参府延期に関して差し越された使者と、別録に記した贈り物を受け取ったと返答する。

  78. 追録3-No.356 島津又三郎忠休書状

    島津又三郎忠休が中山王に、大清からの贈物のうち織物などが届き、過分の品を喜んで受け取ったと返答する。

  79. 追録3-No.357 秋元喬知書状

    六月十二日、秋元但馬守喬知が松平薩摩守へ、公方が無事に過ごしていることを知らせ、暑中見舞いとして使者を遣わし、琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺を献上した件を、各申談のうえ披露したと返答する。

  80. 追録3-No.358 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、公方の御機嫌を知らせ、暑中見舞いと目録を伴う献上物を承知したと連署で返答する。

  81. 追録3-No.359 中山王尚敬、徳川家宣の弔使を派遣

    同年七月五日、中山王尚敬が前将軍家宣への弔意を表し、使者棚原親方が書翰を携えて薩府へ来た。薩摩側は新納彌五郎時方を東武へ遣わし、その書翰を幕府へ奉じたと記す。

  82. 追録3-No.360 井上正岑・阿部正喬・久世重之連署書状

    八月三日、井上正岑・阿部正喬・久世重之が松平薩摩守へ、八朔祝儀として使者を遣わし太刀一腰と御馬代黄金十両を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと連署で返答する。

  83. 追録3-No.361 井上正岑書状

    井上正岑が薩摩守に、琉球国へ渡す銀について、以前の奉書とともに提出された書付を承知し、さらに伺うべきことがあれば申し出るよう返答する。

  84. 追録3-No.362 久世重之書状

    八月十二日、久世重之が松平薩摩守へ、勝田元哲の死去に驚いたことと、公方・月光院の様子を尋ねた書状を拝見したと返答する。両者は無事であり、書状の趣旨は各申談のうえ言上したと伝える。

  85. 追録3-No.363 土屋政直書状

    土屋政直が薩摩守に、琉球中山王の祝儀の使者と御礼の使者が着き、土地の使者に申し渡して手続を進める旨を返答する。

  86. 追録3-No.364 間部詮房・本多忠良連署書状

    八月十六日、本多忠良・間部詮房が松平薩摩守へ、勝田元哲の死去に驚いたこと、公方と月光院の御機嫌を尋ねたことを承知したと返答する。両者は無事なので安心するよう伝える。

  87. 追録3-No.365 徳川綱條書状

    水戸中納言綱條が薩摩守に、書面と贈答品を受け取り、丁寧な挨拶を喜んだと返答する。

  88. 追録3-No.366 島津家老連署書状

    島津家老らが大乗院に、弘法大師作と伝える愛染明王像などの由緒と寄進、寺院の建立や家中への伝達について連署で述べる。

  89. 追録3-No.367 肝付兼柄御旗書上

    肝付兼柄が兵具所に、島津家の御旗二流の由緒と伝来を記す。一流は八幡大菩薩の文字と文覚上人筆と伝える旗、もう一流は貴久公以来の旗として、保管や差し出しの経緯を述べる。

  90. 追録3-No.368 島津家御鎧・御旗等書上

    八月二十一日、肝付主殿ら五名が物頭へ、島津家に伝来する武具・軍標十条の由緒と保管を副書として伝える。鎧四領、頼朝・文覚筆八幡大菩薩の旗、時雨の旗、義久の旗の三流、朝鮮渡海から帰国時に拝領した小櫃胄、義弘の手鑓、朝鮮泗川合戦で用いた二本杉馬験を列記する。鎧のうち三領は元禄九年四月二十三日夜の城火災で焼…

  91. 追録3-No.369 徳川継友書状

    八月二十五日、尾張中将継友が薩摩中将へ、徳川鶴千代が初めての御目見を首尾よく済ませたことを喜ぶ。これについて心遣いを受けたことを謝して返答する。

  92. 追録3-No.370 徳川吉宗御返報

    八月二十五日、紀伊中納言吉宗が松平薩摩守へ、徳川鶴千代が初めての御目見を済ませた件について心遣いを受け、喜んでいると返答する。

  93. 追録3-No.371 駒木根政方・久松定持連署書状

    八月二十五日、久松定持・駒木根政方が松平薩摩守へ、当表の無宿者や町中の帳面外れの者を吟味したことに伴い、薩摩領内へ立ち退いて隠居する者がいないか先に照会した件に返答する。薩摩が領内を調べて該当者はいないとし、今後変わったことがあれば家来から知らせるよう申し置いた旨を承知し、その配慮を謝す。

  94. 追録3-No.372 久世重之書状

    久世重之が薩摩守に、礼状を受け取り、公方の機嫌がよいことを知らせ、贈られた品への礼を述べる。

  95. 追録3-No.373 島津吉貴名判

    山岡斎宮にある正文本を写したと付記され、赤山十郎太夫に宛てた島津吉貴の名判・印影を掲げる。

  96. 追録3-No.374 間部詮房・本多忠良連署書状

    間部詮房と本多忠良が薩摩守に、礼状を受け取り、公方の機嫌がよいことを知らせ、贈られた品への礼を述べる。

  97. 追録3-No.375 徳川家継御内書

    将軍家継が薩摩中将に、重陽の賀儀として小袖五領が届いたことを受け、土屋政直を通じて意向を伝える御内書。

  98. 追録3-No.376 とよ原ら八名連署消息

    とよ原・常盤井ら八名が松平薩摩守へ、公方・一位様は機嫌よく過ごしていると知らせる。六月十一日に一位様から信證院へ土用の見廻い、同十三日に奥さまへ目録どおりの進物があり、薩摩守がありがたく思っている旨の礼文を披露したと返答する。

  99. 追録3-No.377 かよ・岩くら連署消息

    かよと岩くらが島津将監に、御機嫌と土用の御見廻・御目録への礼を述べ、奥向きにも伝えた旨を返答する。

  100. 追録3-No.378 かよ・岩くら連署消息

    かよ・岩くらが嶋津将監・帯刀へ、七月二十一日の書状を受けたと返答する。公方・一位様の御機嫌を伝え、六月十八日に公方から奥さまへ暑気見廻いとして目録どおりの品を拝領したことを薩摩守がありがたく思っている旨と、その礼文を披露したと知らせる。