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追録3の目録
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追録3-No.755 陽和院の和歌と後水尾院勅点の由来記事
陽和院が吉貴の祖父光久の夫人で、和歌を詠んだこと、後水尾院の勅点を得たこと、および詠草・添書などの伝来を説明する記事。
追録3-No.756 陽和院詠草並後水尾院加点
初春から秋までの季節や花・月を題とした陽和院の和歌を列記し、後水尾院の加点を伝える詠草。初春・春雨・花・七夕・紅葉などの歌題を含む。
追録3-No.757 後水尾院女房奉書(陽和院詠草の勅点)
後水尾院の女房が薩摩守側へ、陽和院の詠草に勅点を加えた巻物を送り、歌の趣向を褒める旨を伝える仮名書の奉書。
追録3-No.758 後水尾院勅点添書(和歌への所感)
陽和院の和歌に対する勅点の巻物に添えられた書付。歌の詞や趣向を称え、巻物を大切に伝えるよう述べる。
追録3-No.759 御色紙筆者目録
和歌の色紙について筆者を列挙した目録。関白・左右大臣から中納言までの公卿の官職名と歌を対応させる。
追録3-No.760 公卿和歌集
公卿の和歌をまとめた長編資料。春の柳・梅・桜から夏の月、秋の花・紅葉など、季節を詠む歌が連続する。
追録3-No.761 後水尾院女房奉書(勅点・色紙への返書)
高松が薩摩守側へ、法皇による歌への勅点、諸家の筆による色紙を喜んだとの知らせに返答する仮名書の奉書。
追録3-No.762 比志島範房申渡書(巻物・色紙の引渡し)
比志島範房が御記録所へ、陽和院に関わる巻物、鏡、色紙百枚などを受け渡し、記録所に納めるよう申し渡した書付。十月二十五日付。
追録3-No.763 比志島範房申渡書(和歌二十首・巻物)
比志島範房が御記録所へ、陽和院の和歌二十首、歌を添えた巻物と書付などを引き渡し、保管するよう申し渡した書付。十月二十五日付。
追録3-No.764 松平定英夫人、離婚して芝邸へ帰る記事
十一月十一日、松平飛騨守定英の夫人が離婚し、芝の邸宅へ帰ったことを記す記事。
追録3-No.765 水野忠之書状(女御入内祝儀への返書)
水野忠之が吉貴へ、女御入内の祝儀として贈られた品への謝意を伝え、添えられた進物も受け取ったことを知らせる書状。十一月十二日付。
追録3-No.766 島津久達寄進状(華林寺香炉)
島津久達が華林寺へ、銅製の香炉一器を寄進し、宝殿に備えることを願う書付。十一月十八日付。
追録3-No.767 徳川家継の位牌を南泉院に安置する記事
十一月二十四日、前将軍徳川家継(有章院)の位牌を薩摩の南泉院に安置したことを記す記事。
追録3-No.768 近衛家久書状(女御入内祝儀への返書)
近衛家久が吉貴へ、女御入内祝儀として贈られた使札・目録への謝意を述べる書状。十一月二十五日付。
追録3-No.769 近衛基熙書状(女御入内祝儀への返書)
近衛基熙が薩摩侍従宛に、女御入内祝儀の使札と目録を受け取り、祝着とする旨を伝える書状。十一月二十五日付。
追録3-No.770 近衛家熙書状(女御入内祝儀への返書)
近衛家熙が松平大隅守宛に、女御入内祝儀の使札と太刀・馬などの贈物を受け取ったことを喜ぶ書状。十一月二十五日付。
追録3-No.771 近衛家久書状(女御入内祝儀への別通)
近衛家久が薩摩侍従宛に、女御入内祝儀の使札・目録と贈物を受け取り喜ぶ旨を伝える書状。十一月二十五日付。
追録3-No.772 近衛家熙書状(女御入内祝儀への別通)
近衛家熙が薩摩中将宛に、女御入内祝儀の使札・太刀・馬・目録による贈物を受け取り喜ぶ旨を伝える書状。十一月二十五日付。
追録3-No.773 近衛基熙書状(女御入内祝儀への別通)
近衛基熙が薩摩中将宛に、女御入内祝儀の使札・太刀・馬・目録による贈物を受け取り喜ぶ旨を伝える書状。十一月二十五日付。
追録3-No.774 島津吉貴、将軍家へ馬二匹を献上する記事
十一月二十六日、吉貴が将軍家へ馬二匹を献上した。参勤時に馬を献ずる従来の慣例に従ったことを記す記事。
追録3-No.775 阿部正喬書状(献馬の受領)
阿部正喬が吉貴へ、献上された馬二匹を受け取り、追って取扱いを伝える旨を知らせる書状。十一月二十六日付。
追録3-No.776 久世重之書状(蜜柑・鰹の献上)
久世重之が吉貴へ、蜜柑一箱と鰹一箱の献上を受け取り、披露する旨を伝える書状。十二月十一日付。
追録3-No.777 島津継豊書状(歳始の贈答)
継豊が中山王へ、年始の祝儀に際して使者から目録どおりの進物を受けたことを喜び、謝意を伝える書状。十二月十五日付。
追録3-No.778 島津継豊書状(元服・拝領物への祝意)
継豊が中山王へ、春の元服と称号・偏諱の拝領、太刀や馬代などの拝領を聞き、祝意を伝える書状。十二月十五日付。
追録3-No.779 島津継豊書状(首尾相済の祝儀)
継豊が中山王へ、用件が首尾よく済んだ祝いに宮平親方の太刀・馬代と目録どおりの品を受けたことを喜ぶ書状。十二月十五日付。
追録3-No.780 島津継豊書状(将軍代替祝儀の贈答)
継豊が中山王へ、将軍代替祝儀と元服祝いに関わる江戸での使者・進物について知らせを受け、喜びを伝える書状。十二月十五日付。
追録3-No.781 島津継豊書状(中将叙位祝儀への返書)
継豊が中山王へ、中将の正四位叙位を祝う使者から太刀・馬代・黄金・目録による贈物を受けたことを喜ぶ書状。十二月十五日付。
追録3-No.782 島津継豊書状(大清からの贈物)
継豊が中山王へ、大清からの贈物のうち織物を贈るとの申し出を受け、謝意を伝える書状。十二月十五日付。
追録3-No.783 吉貴の咳により誓書捧呈を見合わせる記事
将軍代替に際し吉貴は十二月二十五日に誓書を捧呈する予定だったが、咳のため実行できなかったことを記す記事。
追録3-No.784 幕府老中指図書(誓詞・罰文の提出)
将軍代替に伴う誓詞提出について、十二月二十五日朝六時半に紀伊守宅へ代理を遣わすこと、誓詞前書を読み、罰文と判形・血判の作法に従うことを指示する。十二月二十三日付。
追録3-No.785 霧島山噴火による日向諸郷の被災記事
十二月二十六日から二十九日にかけて霧島山が大噴火し、日向の高原・高崎・高城・都城・小林・須木・野尻・倉岡・綾・穂佐・高岡などで石灰が降り、田畠が埋まり牛馬も多数死んだことを記す。
追録3-No.786 徳川吉宗御内書(歳暮の小袖五重)
徳川吉宗が島津吉貴へ、歳暮の祝儀として贈られた小袖五重を受け取って喜び、今後も相変わらず勤めるよう伝える御内書。十二月二十七日付。
追録3-No.787 霧島山噴火の被害を幕府へ報告する記事
正月七日から十一日にかけても霧島山が噴火して火石・灰が降り、日向高原郷の損失や家屋焼亡などを生じたため、被害を記録して幕府へ報告したことを記す。
追録3-No.788 島津吉貴吉書(社寺修造・勧農・年貢徴納)
島津吉貴が、神社仏閣の修造興行、農業の奨励、諸国の年貢徴納を掲げ、家臣に励行を命じる三箇条の吉書。正月十一日付。
追録3-No.789 近衛家久書状(新年の祝意)
近衛家久が島津吉貴へ、新年の慶賀を伝え、吉貴の安泰とその後の近況を気遣う書状。正月十六日付。
追録3-No.790 種子島久基宛申渡書(御判物等の送達)
国許へ御判物と肝要な書付を送るにあたり、途中の秘密保持、経路や宿泊・荷物の取扱い、水路と陸路の判断、急ぎの送達に注意するよう種子島久基に申し渡した文書。
追録3-No.791 近衛家久書状(健康・慶事の近況)
近衛家久が島津吉貴へ、吉貴の健康と家中の安泰を喜び、慶事や自身の近況を伝える書状。二月十六日付。
追録3-No.792 近衛基熙書状(歳賀の贈答)
近衛基熙が島津吉貴へ、年頭の祝賀と互いの平安を述べ、祝いとして目録どおりの品を贈る旨を伝える書状。二月二十一日付。
追録3-No.793 増上寺に有章院殿牌前の銅燈籠を献じる記事
二月二十五日、江戸増上寺にある前将軍・有章院殿の位牌前へ銅燈籠二基を献じたことを記す記事。
追録3-No.794 井上正岑ら四名連署状(登城時の装束)
井上正岑ら四名が島津吉貴へ、翌十一日は定められた装束で登城し、前日五時半に同氏の登城に同道するよう知らせる連署状。三月十日付。
追録3-No.795 島津吉貴が武家諸法度を受領した記事
三月十一日、島津吉貴が吉宗の執政の奉書を受けて登城し、大広間で武家諸法度と幕府の政事に関する条々を受けたことを記す。
追録3-No.796 武家諸法度御請次第(登城・受領の手順)
三月十一日に武家諸法度を受ける際の登城時刻、大広間での着座・御書の受渡し、退出までの順序を記し、座席と配列の図を添える次第。
追録3-No.797 享保改正武家諸法度(写)
吉宗の代に示された武家諸法度の写。文武忠孝・礼義、城郭の修補、婚姻、奢侈の禁止、乗輿、知行地の政務、諸国の寺社領など、大名と家臣に関わる規範を列挙する。三月十一日付。
追録3-No.798 宗門手札改条々
宗門改めに用いる手札の作成・交付・照合を定めた条々。家々の構成員と身分、婚姻・養子・出生・死亡、他所への移動や奉公、旧札の返納などを届け出る手続を細かく規定する。
追録3-No.799 将軍吉宗代の武家諸法度(別掲)
吉宗代の武家諸法度を別に掲げた写。文武忠孝、交替参勤、城郭修補、婚姻、衣服、乗輿、知行地の政務、寺社の扱いなど、大名が守るべき条項を列挙する。
追録3-No.800 島津吉貴、吉宗から武家諸法度を示される記事
三月十一日、吉貴が執政の奉書に従い継豊とともに登城し、大広間で武家諸法度を示され、幕府政務の条目を受けたことを記す。
追録3-No.801 島津吉貴、吉宗の将軍宣下を賀して幕臣を招宴する記事
三月十八日、吉貴が吉宗の将軍宣下を祝い、幕府の役人らを招いて宴を開いたことを記す。列席者名と進物・饗応の様子が続く。
追録3-No.802 種子島久基・比志島範房ら宛書付(登城儀礼の伝達)
島津吉貴が三月十一日の両殿の登城と御条目の披露を踏まえ、座配図の差出し、条目・年寄役などに関する連絡と今後の伝達を、種子島久基・比志島範房らに命じた書付。三月二十五日付。
追録3-No.803 小笠原忠雄書状(唐船漂流の照会・大隅守宛)
小笠原忠雄が大隅守宛に、筑前・長門の沖で唐船が見えたとの知らせについて、藩領近海の漂着・漂流情報を尋ね、状況を報じるよう求めた書状。四月三日付。
追録3-No.804 小笠原忠雄書状(唐船漂流の照会・薩摩守宛)
小笠原忠雄が薩摩守宛に、筑前・長門沖で唐船が見えたとの情報に関し、薩摩領内へ漂着した船の有無や漂泊場所を尋ね、報告を求めた書状。四月三日付。
追録3-No.805 中山王尚敬書状(京銭通用の願い)
中山王尚敬が島津吉貴へ、前年に豊見城王子と三司官を通じて願い出た京銭通用の許可について、願いが認められたことへの謝意を伝える書状。四月五日付。
追録3-No.806 中山王尚敬書状(有章院薨去への弔意・中将宛)
中山王尚敬が中将宛に、有章院の前年の薨去を聞いて驚き、相手の機嫌を伺う旨を伝える書状。四月五日付。
追録3-No.807 中山王尚敬書状(有章院薨去への弔意・侍従宛)
中山王尚敬が侍従宛に、有章院の前年の薨去を聞いて驚き、機嫌を伺う旨を伝える書状。四月五日付。
追録3-No.808 久世重之書状(香・香餅の献上)
久世重之が島津吉貴へ、長寿大官香・寿帯香・龍涎香・香餅と丸奥斗を受け取り、追って披露する旨を伝える書状。四月十三日付。
追録3-No.809 井上正岑ら四名連署状(十五日の登城不要)
井上正岑ら四名が島津吉貴へ、翌十五日は御礼がないため登城に及ばないことを知らせた連署状。四月十四日付。
追録3-No.810 桂勝之、幕臣三枝守英の養子となる記事
桂織部久祐の二男桂権九郎勝之が、幕府の許可を得て三枝丹波守の婿養子となったことを記す記事。四月十八日付。
追録3-No.811 菱刈孫兵衛ら四名連署の寺地引付屋敷目録(南泉院)
南泉院に関する寺地の広さと石高を記し、過去の帳面と照合して引き付けたことを示す屋敷目録。菱刈孫兵衛ら四名が連署し、四月二十二日付。
追録3-No.812 菱刈孫兵衛ら四名連署の寺地引付屋敷目録(観樹院・實相院)
観樹院・實相院の寺地の広さと石高を挙げ、帳面との差を調べて引き付けた旨を記す屋敷目録。菱刈孫兵衛ら四名が連署し、四月二十二日付。
追録3-No.813 井上正岑書状(御槍献上の受領)
井上正岑が島津吉貴へ、献上された御槍一組を受け取り、追って披露する旨を知らせる書状。四月二十五日付。
追録3-No.814 島津継豊、有章院一回忌法会への参列を許される記事
四月二十九日、増上寺での有章院一回忌法会に際し、島津継豊が幕府の執政と井上正岑へ願い出て参列の許可を得たことを記す。
追録3-No.815 井上正岑書状(鯛一折の献上)
井上正岑が島津吉貴へ、献上された鯛一折を受け取り、追って披露する旨を知らせる書状。五月朔日付。
追録3-No.816 徳川吉宗御内書(端午の祝儀)
徳川吉宗が島津吉貴へ、端午の祝儀として献上された帷子の品々を受け取り、阿部豊後守へ申し渡すよう伝える御内書。五月四日付。
追録3-No.817 小笠原忠雄書状(唐船追捕の指示・薩摩守宛)
小笠原忠雄が薩摩守宛に、領海で唐船が増えていることを受け、船の取締りと追捕、漂流船の発見時の通報・手配を急ぐよう指示した書状。五月五日付。
追録3-No.818 幕府申渡書(漂流唐船の追捕)
以前から唐船が各所へ漂流していることを踏まえ、今後の漂着・出没を把握して追捕するよう申し渡した書付。
追録3-No.819 小笠原忠雄書状(唐船追捕の指示・大隅守宛)
小笠原忠雄が大隅守宛に、領内へ来る唐船の増加を受け、船の取締りと追捕、異国船の漂着時の通報を指示した書状。五月五日付。
追録3-No.820 井上正岑、唐船追放を命じる記事
五月十日、井上正岑が留守居を呼び、近海に漂う唐船は見つけ次第追い払うこと、長崎・大清の商船でも許可なく領内に来れば追い立てることを命じた記事。
追録3-No.821 小笠原忠雄書状(唐船追捕の報告への返書)
小笠原忠雄が薩摩守宛に、筑前・長門近海での唐船追捕と三隻の船への対応の報告を受け、逃げた船の捜索を続けるよう伝えた書状。五月二十五日付。
追録3-No.822 島津吉貴、帰国の暇と進物を賜る記事
六月十一日、吉貴が帰国の暇を許され、退出に際して白銀千枚や刀などを賜り、返礼として登城・謝辞を述べたことを記す。
追録3-No.823 井上正岑書状(琉球産品の献上)
井上正岑が島津吉貴へ、琉球布十巻、砂糖漬天門冬一器、赤貝醤辛一器、泡盛酒二壺の献上を受け取り、追って披露する旨を知らせる書状。六月十八日付。
追録3-No.824 田澤ら五名連署消息(御目見・御礼)
田澤ら五名が島津吉貴へ、将軍への御目見と拝領に関する慶賀を述べ、吉貴からの書状や礼への謝意を伝える消息。六月二十三日付。
追録3-No.825 梅園・岩倉連署消息(御目録どおりの拝領)
梅園と岩倉が島津吉貴へ、将軍への御目見や御目録どおりの拝領を祝し、吉貴の書状と礼への謝意を述べる消息。六月二十三日付。
追録3-No.826 梅その・いわ倉連署消息(吉貴の帰国)
梅そのといわ倉が島津吉貴へ、江戸を発って国元へ帰ることに触れ、道中の無事を願い、これまでの厚遇への謝意を述べる消息。六月二十三日付。
追録3-No.827 梅園・いわ倉連署消息(帰国道中の無事)
梅園といわ倉が島津吉貴へ、国元への出立を聞き、道中と帰国後の無事を願い、書状や面会への謝意を伝える消息。六月二十三日付。
追録3-No.828 島津吉貴の江戸発・帰国道中記事
六月二十五日に吉貴が江戸を発ち、東海道・大坂から九州を経て薩摩へ向かう道中と、七月の中山王尚敬の使者による献上、領内での出迎えや応対を記す記事。
追録3-No.829 島津吉貴書状(大坂到着と道中報告)
帰国途上の島津吉貴が継豊へ、暑中の旅でも無事に大坂へ着いたことを報じ、御目録への祝意と今後の旅程について伝える書状。七月十六日付。
追録3-No.830 戸田忠真ら四名連署状(八朔献上への返書)
戸田忠真・久世重之・阿部正喬・井上正岑の四名が吉貴へ、八朔の祝儀として献上された大刀一腰と馬代黄金十両を受け、披露する旨を伝える連署状。八月三日付。
追録3-No.831 久世重之書状(串鮑一箱の献上)
久世重之が島津吉貴へ、将軍の機嫌伺いと礼状を受け取ったことを伝え、併せて串鮑一箱の献上を取り次ぐ旨を述べる書状。八月十一日付。
追録3-No.832 徳川吉宗、島津吉貴に領知判物を与える記事
吉宗が吉貴に薩摩・大隅および日向の所領を安堵する領知判物を与えた経緯を、従前の領知目録との関係、幕府役人による伝達、吉貴側の受領・謝礼まで記す記事。
追録3-No.833 徳川吉宗領知判物(薩摩・大隅・日向)
徳川吉宗が薩摩中将吉貴へ、薩摩・大隅両国と日向国諸県郡内の村々、計六十万五千石余の領知を従前どおり安堵する判物。八月十一日付。
追録3-No.834 薩摩・大隅・日向領知目録および判物奉行副状
領知判物に付属する目録。薩摩・大隅両国と日向国諸県郡の村名・石高を列挙し、琉球諸島の高も掲げる。末尾に八月十八日付の判物奉行副状を収める。
追録3-No.835 島津吉貴書状(帰国の報告)
島津吉貴が大隅守継豊へ、海陸とも無事に帰国したことを知らせ、使者を付けて報告する書状。八月十五日付。
追録3-No.836 石河政郷書状(領内漂着船の報告)
石河政郷が島津吉貴へ、領内に漂着した船についての知らせと、船や乗組員の取調べ・処置に関する報告を受けた旨を伝える書状。八月二十三日付。
追録3-No.837 石河政郷書状(占城唐船の入津)
石河政郷が吉貴へ、占城からの唐船が入津したこと、信牌を持参していないことを報告し、船内の人員や貨物を把握して処置する旨を伝える書状。八月二十六日付。
追録3-No.838 南泉院寄附物目録(御掛物・御軸物)
南泉院に寄附した御掛物と御軸物を各一幅ずつ列記し、太守吉貴からの寄附として受納する旨を記す目録。八月二十六日付。
追録3-No.839 徳川綱條書状(吉貴の帰国を祝う)
水戸中納言徳川綱條が島津吉貴へ、帰国の報を喜び、領内での無事を祝して返書を送る。八月二十八日付。
追録3-No.840 島津継豊書状(吉貴の帰城を祝う)
島津継豊が吉貴へ、海陸の道中を無事に過ごし、前月十五日に帰城したとの知らせを受けて祝意を述べる書状。九月二日付。
追録3-No.841 徳川吉宗御内書(重陽の祝儀)
徳川吉宗が吉貴へ、重陽の祝儀として献上された小袖五領を喜び、詳細は戸田忠真から伝えるとした御内書。九月七日付。
追録3-No.842 戸田忠真ら四名連署状(琉球使者の報告への返書)
戸田忠真ら四名が吉貴へ、琉球中山王からの使者が鹿児島へ到着し、国元からの報告を受けたことに関する書状を披見したと伝える連署状。九月七日付。
追録3-No.843 戸田忠真ら四名連署状(琉球使者の国元差越し)
戸田忠真ら四名が吉貴へ、有章院の薨御に伴う琉球中山王の使者を鹿児島から国元へ差し越す件と、幕府への報告を承知した旨を伝える連署状。九月七日付。
追録3-No.844 土屋政直書状(琉球使者と大奥への報告)
土屋政直が吉貴へ、琉球中山王の使者からの書翰を受け、天英院・月光院への報告も承知したと伝える書状。九月七日付。
追録3-No.845 土屋政直書状(有章院薨御と琉球使者)
土屋政直が吉貴へ、有章院の薨御に関して琉球中山王から書翰を携えた使者が来た件と、その取次ぎを承知したと伝える書状。九月七日付。
追録3-No.846 戸田忠真ら四名連署状(吉貴名代の登城)
戸田忠真ら四名が大隅守宛に、用向きのため翌十二日五ツ半時に薩摩守吉貴の名代として登城するよう伝えた連署状。九月十一日付。
追録3-No.847 島津継豊、吉貴に代わり領知判物を拝領する記事
継豊が吉貴に代わって登城し、薩摩・大隅・日向と琉球の領知目録・判物を拝領した経緯を記す。幕府役人からの伝達と、その後の謝礼・帰国までの経過も載せる。
追録3-No.848 近衛家久書状(吉貴帰国への祝意)
近衛家久が吉貴へ、海陸とも無事に帰国したとの知らせを喜び、道中の労をねぎらう書状。九月十三日付。
追録3-No.849 琉球中山王書状(京銭通用許可への謝礼)
琉球中山王が吉貴へ、琉球での京銭通用を認めた措置に謝意を述べ、使者の大城親雲上を通じて目録の品を贈ったことを伝える書状。九月十五日付。
追録3-No.850 島津吉貴願書(琉球冊封使への進物)
吉貴が、次の琉球冊封使来航時に琉球王から使者へ贈る刀・鎗・長刀・具足などの品について、先例どおりの取扱いを願い出た口上覚。九月二十一日付。
追録3-No.851 石河政郷・日下部博貞連署状(広東唐船の漂着)
石河政郷と日下部博貞が吉貴へ、広東からの唐船一艘が四十二人を乗せて上甑島の浦内湊に漂着し、役人からの報告を受けた旨を伝える連署状。九月二十六日付。
追録3-No.852 戸田忠真ら三名連署状(例月の登城不要)
戸田忠真・久世重之・井上正岑が大隅守継豊へ、翌二十八日の例月の御礼は行われないため登城しなくてよいと伝える連署状。九月二十七日付。
追録3-No.853 梅その・岩くら連署消息(西丸への御目見)
梅そのと岩くらが大隅守継豊へ、西丸への御目見と拝領の知らせを祝し、書状や贈答への謝意を述べる消息。年のみ記され、月日は確認できない。
追録3-No.854 梅園・いわ倉連署消息(御目見と拝領の祝賀)
梅園といわ倉が大隅守継豊へ、御目見・拝領の知らせを喜び、書状や贈答への謝意を述べる消息。年のみ記され、月日は確認できない。