ARCHIVE DIRECTORY
追録3の目録
暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。
全2,610件中 501~600件・6 / 27ページ
追録3-No.458 家来一人の御目見え召連許可書
幕府側の五名が、御目見えを命じられた家来一人を召し連れてよいと松平薩摩守へ伝えた。
追録3-No.459 又三郎御目見え時の家臣召連口上
又三郎の御目見えに際し、先例どおり家来一人を伴うことを願い、家老の内外からの召連の可否を幕府へ照会した口上。欄外には井上河内守からの回答案を記す。
追録3-No.460 吉貴、病により年始登城を見合わせる
吉貴は正月十五日に咳と腹の不調で年始の登城・御礼を控え、嫡子又三郎に代わって参上させる旨を記す。
追録3-No.461 水野忠之書状
正月二十一日、水野和泉守忠之が松平薩摩守へ、旧臘二十六日の書状を拝見し、公方の無事を喜ぶ。加階を命じられありがたく思っている旨と、位記等に関し使者をもって奉書を遣わされた旨を承知したと返答する。あわせて祝儀の太刀・馬代黄金十両・時服十の心遣いを受けたことを謝す。水野からこれらを贈る書状ではない。
追録3-No.462 某消息
歳暮の祝儀と贈り物への謝意を述べ、相手方の加階を祝う仮名消息。
追録3-No.463 梅ぞの・いわ倉連署消息
梅ぞの・いわ倉が、御拝領の知らせと歳暮の祝儀への礼を仮名で伝え、相手方の安泰を願う連署消息。
追録3-No.464 中山王宛書式に関する伺覚
中山王からの返書や翌年の年始礼に用いる敬称・文面について、薩摩側が先例とともに幕府へ照会する覚書。国王と天子への文字の使い分けや書状の書式を問う。
追録3-No.465 中山王宛書式に関する幕府回答
中山王宛の返書では国王への敬称、漢語と和語、礼紙・封筒などの書式をどう扱うかについて、幕府が先例と外交上の礼を踏まえて答えた。
追録3-No.466 中山王宛書式と公方等の敬称覚
中山王宛の文面では公方・天英院・月光院への敬称を従前の書式どおりとする旨を記した短い覚書。
追録3-No.467 中山王使節書式に関する幕府達書
中山王の二使節に関する照会への回答を伝え、五条の趣旨を承知して以後の中山王宛書状・目録に従来の書式を用いるよう命じた。
追録3-No.468 阿部豊後守の琉球書式照会返書
正月二十六日、阿部豊後守が松平薩摩守へ、先ごろ琉球の件を問い合わせた書付を受け取り、一覧したと返答する。別紙の書付で回答を送ったので、さらに尋ねたい点があれば重ねて知らせるよう伝える。
追録3-No.469 島津吉貴の琉球書式伺書
吉貴が中山王の二使節への書付に関する五条の回答を受け、琉球人への言葉遣いと和国で通用する書式をどう調和させるかを重ねて伺った。
追録3-No.470 阿部豊後守の琉球書式返書
阿部豊後守が琉球国への書付の件を別紙で確認し、薩摩側が申し述べた趣旨を了承したと伝えた。
追録3-No.471 島津吉貴の琉球書式請書
吉貴が中山王への書付について幕府の回答を承知し、別紙の細かな指示に従って和国の書式で整える旨を請けた。
追録3-No.472 琉球使者与那城王子・金武王子、薩府に到着
二月二十二日、琉球使者の与那城王子と金武王子が薩府に着き、家老肝属兼柄らが護送したと記す。
追録3-No.473 小笠原忠雄書状
小笠原忠雄が、長崎表の御用で仙石丹波守・石河三右衛門が来着し、老中連名の奉書を持参したことを報じ、長崎奉行らとの連絡について伝える。
追録3-No.474 吉貴、将軍宣下を祝い老中らを招宴
三月五日、吉貴は家継の将軍宣下を祝い、土屋政直・久世重之・戸田忠真ら老中と若年寄を芝邸に招いて饗応した。家継・天英院・月光院への進物も記す。
追録3-No.475 近衛家久書状
近衛家久が薩摩中将吉貴に年頭の祝意を伝え、将軍家への年始礼や近況に言及する書状。末尾に季春十一日と家久の花押を記す。
追録3-No.476 近衛家熙書状(年頭賀儀・贈答への返書)
春末十一日、近衛家熙が薩摩中将へ、年頭の賀儀と、例のとおり営中へ使者をもって申し入れたことを受けて返書する。当地は無事であると知らせ、目録どおりの品などを贈り、詳しくは口上に託す。
追録3-No.477 近衛基熙書状
暮春十一日、近衛基熙が松平薩摩守へ、城中へ年始の賀儀を申し入れたことを受けて一書を送り、いっそう平安であるよう祈る。当地は変わりなく、目録どおりの品を贈り、詳しくは口上に託すと記す。
追録3-No.478 御目見え登城を知らせる五名連署状
幕府の五名が連署し、又三郎の御目見えを仰せ付けられたので翌十五日五ツ時に同道して登城し、吉貴も御礼を申し上げるよう伝える。三月十四日付。
追録3-No.479 又三郎の家来御目見え登城令書
島津又三郎の家来一人に御目見えを仰せ付けたため、又三郎がこれを召し連れて登城するよう命じる短い令書。
追録3-No.480 吉貴、忠休を伴って登城
三月十五日、吉貴が奉書を受けて忠休を伴い登営し、忠休が初めて家継に謁した。忠休は太刀一腰・馬代白銀百枚・時服二十を献じ、天英院へ銀三十枚、月光院へ二十枚を進めた。吉貴も謁して綿三百把を献じた。守役相良新右衛門長賢も御前に謁し、太刀一腰・馬代銀一枚・時服三領を献じた。
追録3-No.481 中御門天皇女房奉書
三月十六日、薩摩中将から今回の加階御礼として黄金百両・御絹三十疋を進上した件を披露すると、志を喜ばれたので心得てよく伝えるよう御局へ知らせる女房奉書。
追録3-No.482 吉貴・忠休の登城と諸品献上
継豊公御譜の三月十五日記事。吉貴が奉書に応じて忠休を伴い登営し、忠休が初めて家継に謁して太刀一腰・馬代白銀百枚・時服二十を献じた。守役相良長賢も謁して太刀一腰・馬代白銀一枚・時服三を献じ、吉貴は綿三百把を献じた。忠休の初謁に際し天英院へ白銀三十枚、月光院へ二十枚を進めた。
追録3-No.483 天英院、吉貴・忠休らに諸品を下賜
三月十七日、忠休の将軍家への初謁を祝って天英院が贈答を行い、吉貴・忠休と吉貴夫人らに銀・一種一荷などを下賜した。
追録3-No.484 天英院、継豊らに諸品を下賜
三月十七日、天英院は継豊の初謁を賀し、銀五十枚・一種一荷を与えた。吉貴・吉貴夫人にも銀や綿などを下賜したことを継豊公御譜中に記す。
追録3-No.485 三月十八日の登城を命じる五名連署状
幕府の五名が連署し、法皇の使者による御馳走を仰せ付けられたので、翌十八日朝に登城して例月の御礼を申し上げるよう吉貴へ伝える。三月十七日付。
追録3-No.486 中山王尚敬書状
尚敬が前年夏に江戸へ上った琉球使者二名の帰国を報じ、将軍家や天英院・月光院から拝領した品々に謝意を述べる。卯月二日付。
追録3-No.487 又三郎元服の登城を命じる三名連署状
又三郎の元服を仰せ付けられたので、翌五日五ツ半時に御城へ差し出すよう命じる三名連署状。四月四日付。
追録3-No.488 忠休の元服と継豊への叙任
四月五日、吉貴は忠休を伴って登城した。将軍家継が忠休に加冠し、諱字と松平大隅守の称号を授けた。継豊への任官と献上・拝領品も記す。
追録3-No.489 継豊元服の献上物書上
継豊の元服に際して、将軍家・天英院・月光院や大奥・諸家へ贈る太刀、銀、時服、綿などの品目と数量を贈答先ごとに列挙する書上。
追録3-No.490 島津久当・仲休連署書状(御祝儀)
又三郎の初めての御目見えと元服・叙位に伴う贈答や登城について、御祝儀を申し上げる手順、使者・書状による取次ぎを述べる島津二名の連署書状。
追録3-No.491 又三郎元服・賜名・叙任と礼式経過の国元家老宛報告
四月六日付で国元家老七名へ、又三郎が五日に元服を命じられ、吉貴と登城して黒書院で一字・称号の折紙を拝領し、大隅守と呼ばれた経過を報告する。太刀献上、賜刀、挟肴・酒盃等の饗応、退出と老中への礼廻を詳述し、実名を継豊と改めたと記す。官位を内願していなかったが先例どおり任じられたこと、今後は松平大隅守と称…
追録3-No.492 継豊の元服・叙任と進上品
四月五日、吉貴が忠休を伴って登営し、家継が自ら首服を加え、継の字と称号折紙を与えたと記す。久世重之が松平大隅守継豊、従四位下侍従の命を伝え、刀・盃・挟肴等を賜った。継豊は太刀一腰・時服二十・馬代白銀を献上した。吉貴は太刀・馬代黄金十両・綿二百把を献じ、継豊は天英院へ白銀三十枚、月光院へ二十枚を進めた…
追録3-No.493 徳川家継の松平称号授与状
徳川家継が島津大隅守継豊に松平の称号を許す短い判物。四月五日付で、朱印を伴う。
追録3-No.494 徳川家継一字状
徳川家継が島津大隅守に「継」の一字を与える短い一字状。四月五日付で将軍の朱印を伴う。
追録3-No.495 島津継豊叙従五位下口宣案
四月五日、島津継豊を従五位下に叙する旨を伝える口宣案。上卿・職事と奉者の名を記す。
追録3-No.496 島津継豊叙従五位下位記
島津継豊に従五位下を授ける位記。奉行・署名者と位階授与の文言を記す。四月五日付。
追録3-No.497 島津継豊任大隅守口宣案
四月五日、島津継豊を大隅守に任じる旨の口宣案。上卿と職事を記す。
追録3-No.498 島津継豊任大隅守宣旨
四月五日、島津継豊を大隅守に任じる宣旨。従五位下の位階を付して任官を命じる。
追録3-No.499 島津継豊叙従四位下口宣案
四月五日、島津継豊を従四位下に叙する旨の口宣案。従五位下・大隅守の官位も記す。
追録3-No.500 島津継豊叙従四位下位記
島津継豊に従四位下を授ける位記。従五位下・大隅守の官位から進む旨と奉行・署名者を記す。四月五日付。
追録3-No.501 島津継豊任侍従口宣案
四月五日、島津継豊を侍従に任じる旨の口宣案。従四位下・大隅守の官位を付して記す。
追録3-No.502 島津継豊任侍従宣旨
四月五日、島津継豊を侍従に任じる宣旨。従四位下・大隅守の官位を付して任官を命じる。
追録3-No.503 上卿・職事書出
継豊の叙位・任官に関係する上卿と職事を、従五位下・従四位下・侍従の案件ごとに書き出した一覧。
追録3-No.504 飛鳥井雅香紫組冠免許状
四月五日、飛鳥井雅香が薩摩侍従に、蹴鞠の門弟として紫組冠を懸けることを叡慮をうかがって免許する。
追録3-No.505 例月御礼の登城不要を伝える四名連署状
幕府の四名が連署し、翌十五日は例月の御礼がないため登城に及ばないと吉貴へ知らせる。四月十四日付。
追録3-No.506 島津吉貴願書(継豊の月次出仕)
吉貴が、官位を受けた大隅守継豊を月次の出仕に参加させたいと願い出る。将軍家への御目見えや口上の取次ぎにも触れる。四月十六日付。
追録3-No.507 吉貴・継豊、家康百年忌に使者を遣わす
四月十七日、東照宮百年忌に当たり野州日光山で法会があり、幕命を受けて吉貴の使者島津帯刀仲休、継豊の使者相良新右衛門長賢が登山し、それぞれ太刀・馬代金を献納した。
追録3-No.508 西霧島権現への幡寄進連署状
四月廿三日、肝付兼柄・種子島久基・島津久貴・島津久明が西霧島権現へ幡を寄進する連署副状。芭蕉布の幡三十二流のうち十六流は社壇、十六流は社庭に掛け立て、竿上に龍頭を置く。さらに唐織の大幡二流を社壇日の本の柱に掛ける。計三十四流は義久・義弘二代の寄進で、神殿焼失後の今回寄附に際し、吉貴の武運長久・兆民快…
追録3-No.509 久世重之書状(家康百年忌)
久世重之が、東照宮家康の百年忌法会に吉貴が使者を遣わしたことを承り、祝儀と御礼を伝える書状。四月廿五日付。
追録3-No.510 継豊、家康百年忌に使者と献上品を送る
四月十七日、東照宮百年忌に際し野州日光山で法会を修した。継豊公御譜は、幕命により使者相良新右衛門長賢が吉貴の使節島津帯刀仲休に伴って登山し、ともに勤め、太刀・馬代黄金十両を献納したと記す。
追録3-No.511 久世重之書状(百回忌法会終了の樽肴献上披露/大隅守宛)
四月二十五日、久世重之が松平大隅守へ、東照宮百回忌の法会が済んだことへの祝儀として使者を遣わし樽肴を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと返答する。
追録3-No.512 久世重之書状(御香具品々・丸熨斗献上の披露)
四月二十五日、久世重之が松平薩摩守へ、今朝に御香具品々と丸熨斗一箱を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと返答する。
追録3-No.513 西霧島権現社の再興と遷宮
西霧島権現の社が火災に遭ったため、四月廿七日に再興造営を終え、遷宮の礼を行ったことを吉貴公御譜中に記す。
追録3-No.514 五月朔日の公家衆饗応に伴う登城通知
五月朔日に公家衆への御馳走と御能があるため、例月の御礼はなく登城に及ばないと伝える五名連署の通知。四月晦日付。
追録3-No.515 徳川家継御内書(端午の祝賀)
将軍家継が吉貴からの端午の祝儀と単物十到の献上を受け、慶賀の意を伝える御内書。五月二日付で朱印を伴う。
追録3-No.516 松平紀伊守口上覚(継母の国元保養)
松平紀伊守が、病気の継母信證院を国元へ遣わして保養させたいと願い出る口上覚。五月三日付。
追録3-No.517 中山王尚敬起請文
中山王尚敬が、天罰霊社への起請文として、薩摩への忠勤、国政の報告、親族・子孫の統率と違背者への処分などを誓う。五月三日付。
追録3-No.518 吉貴、継豊の元服を祝い諸寺社に献金
継豊の元服を祝し、吉貴が五月六日に薩府の東照宮・福昌寺・慈眼院などの寺社へ銀を進め、諸方への進納を指示した記事。
追録3-No.519 継豊、元服を祝い諸寺院に献金
継豊の元服を機に、五月六日に東照宮・南泉院・福昌寺などの寺院へ銀を献じた品目と金額を記す記事。
追録3-No.520 伊佐岡伊右衛門口上覚(高札建替)
伊佐岡伊右衛門が、宗門に関する御高札の建替えと新規高札の設置について、旧札の扱い、設置場所、幕府への伺い方を述べた口上覚。
追録3-No.521 近衛家久書状(継豊の初任叙)
近衛家久が継豊の初任叙を重く祝し、祝賀の意を伝える書状。仲夏六日付で花押番号四を付す。
追録3-No.522 近衛家熙書状(継豊の初任叙)
近衛家熙が継豊の初任叙に祝意を述べ、祝いの品を目録に添えて贈ったことを伝える書状。仲夏初六日付で花押番号三を付す。
追録3-No.523 近衛基熙書状(継豊の初任叙)
近衛基熙が継豊の初任叙を祝い、祝意と目録に添えた贈答を伝える書状。仲夏七日付。
追録3-No.524 平松時春書状(継豊の元服・叙任祝賀/大隅守宛)
五月九日、平松時春が松平大隅守へ、去月五日の元服・従四位下侍従叙任と口宣等を受けたことを喜び、これに関する使者の音問を受けたことを謝す。さらに祝儀として目録どおりの品を贈られたことを謝し、将来の慶事を期す。
追録3-No.525 戸田山城守ほか四名連署状(日光山法会)
吉貴の意向を受け、日光山の御法会への参詣について、翌十一日の能や参詣の時刻・登城を知らせる五名連署の返書。五月九日付、松平薩摩守宛。
追録3-No.526 平松時春書状(継豊の元服・叙任祝賀/薩摩守宛)
平松時春が、継豊の元服と従四位下・侍従叙任を祝う。使者による音問と目録所載の贈物にも触れる。五月九日付、松平薩摩守宛。
追録3-No.527 近衛基熙書状(継豊の官位叙任祝賀)
仲夏十三日、近衛基熙が薩摩侍従へ、書状を拝見し、官位の勅許に関する賀儀として目録どおりの品を贈られたことを喜ぶと返答する。清健であることを喜び、当地も無事と知らせる。
追録3-No.528 水野忠之書状(継豊の元服・叙任)
五月十三日、水野和泉守忠之が松平薩摩守へ、公方の御機嫌がよいことを喜ぶ。同姓大隅守が去月五日に元服を命じられ、従四位下侍従に任じられたことをありがたく思っている旨と、口宣等のため使者を差し上げた旨を承知したと返答する。
追録3-No.529 飛鳥井雅香書状(蹴鞠門弟免状と紫組懸緒一箱の送付)
五月十三日、飛鳥井雅香が松平大隅守へ、去月五日に侍従へ任じられたことに関連し、水野和泉守から懸緒の件をまだ聞いていないので、蹴鞠門弟の免状を整えて和泉守へ送り、大隅守へ届けるよう頼んだと知らせる。紫組懸緒一箱を進覧し、祝詞とする。
追録3-No.530 近衛家久書状(任叙祝賀)
近衛家久が任叙を祝い、使者による口宣の請け取りと、目録所載の贈物について述べる書状。仲夏十三日付、薩摩侍従宛。花押番号四。
追録3-No.531 近衛家熙書状(任叙祝賀)
近衛家熙が任叙を祝い、使者の口宣と目録に添えた贈物について述べる書状。仲夏十三日付、薩摩侍従宛。花押番号三。
追録3-No.532 幕府、継豊の袖留を允許
五月十八日、吉貴が執政松平紀伊守信庸に継豊の袖留を願い出、二十一日に許可された。継豊は長袖を短くし、吉貴と夫人が継豊の部屋でこれを祝ったと記す記事。
追録3-No.533 中御門天皇女房奉書(昇進御礼の披露)
六月三日、薩摩侍従が今回の昇進御礼として黄金百両・御絹二十疋を進上した件を披露したところ、喜ばれたので、よく心得てその旨を伝えるよう御局に命じた女房奉書。
追録3-No.534 吉貴の妹於菟女、松平定英に嫁ぐ
吉貴の妹於菟女が、六月朔日に松平飛騨守定英に嫁いだことを記す記事。婚礼は江戸で行われたと記す。
追録3-No.535 戸田山城守ほか四名連署状(婚礼御礼)
婚礼の御礼について、翌十一日の五半時に登城し申し上げるよう松平薩摩守へ伝えた五名連署の通知。六月十日付。
追録3-No.536 吉貴への下賜・謝礼と西霧島山華林寺の再興
六月十二日、上使阿部豊後守正喬が櫻田邸へ来て、吉貴に先例どおり時服百領・白銀千枚を下賜する旨を告げた。翌十三日、吉貴は登営して謝礼し、家継から雄刀一腰と駿馬一匹を賜った。当日、芝邸留守家老の島津久當も拝謁した。また、火災に遭った西霧島山別当華林寺を六月一日に再興造営し、本堂入仏供養の儀式を行った。
追録3-No.537 島津吉貴書状(東照宮百年御法会)
吉貴が又三郎へ、東照宮百年御法会の執行と、示された入念な儀礼への謝意を伝える返書。六月二十二日付、吉貴の判を伴う。
追録3-No.538 幕府、継豊と毛利氏の婚姻を許可
五月十五日に吉貴が、長門・周防の国主松平吉元の娘と継豊との婚姻を願い出た。六月二十六日、執政の奉書によって許可されたと記す記事。
追録3-No.539 戸田忠真書状(琉球産物の献上)
六月二十五日、戸田山城守忠真が松平薩摩守へ、今朝琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・赤貝塩辛一器・琉球泡盛酒二壺を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと返答する。砂糖漬天門冬は一品で、砂糖漬と天門冬に分割しない。
追録3-No.540 戸田山城守ほか四名連署状(登城通知)
御用のため、翌二十六日の四時に登城できる旨を松平薩摩守へ伝える五名連署の通知。六月二十五日付。
追録3-No.541 吉貴、江戸へ向かう行程記事
六月二十六日に幕府の許可を受けた吉貴が、七月九日に薩摩を発ち東海道を進んだ行程を記す。大坂着、播州・摂州・遠州の通過などを列挙する記事。
追録3-No.542 梅その・いわ倉連署消息(御機嫌伺いへの返事)
梅その・いわ倉が、御機嫌伺いと目録所載の贈物を受け、御礼と上方の様子を伝える仮名消息。薩摩守宛、正徳五年付。
追録3-No.543 た澤ほか三名連署消息(発駕の知らせと御機嫌伺いへの返事)
た澤・外山・たかせ・みむろが松平薩摩守へ、公方は機嫌よく過ごしていると知らせる。薩摩守の発駕の知らせと御機嫌伺いを受け、書状どおり披露したと返答し、詳しく伝えるよう述べる。品目を伴う贈答は本条に記さない。朱注の年号は正徳四年。
追録3-No.544 梅園・いわ倉連署消息(御機嫌伺いへの返事)
梅園・いわ倉が、御機嫌伺いと贈物への御礼を伝える仮名消息。松平薩摩守宛、正徳五年付。
追録3-No.545 島津継豊書状(登城儀礼の伺い)
継豊が、登城と将軍への御目見えの儀礼について、当日の時刻、城内の席次、井上河内守からの指示などを吉貴に報告し、次第を伺う書状。七月十四日付。
追録3-No.546 島津継豊書状(登城儀礼の追加報告)
継豊が、登城に際しての御目見え、退城時の挨拶、席次などについて吉貴へ追加報告する書状。七月十五日付、進上中将様宛。
追録3-No.547 近衛家熙書状(女房奉書への礼)
近衛家熙が、女房奉書の贈呈への謝意を伝える書状。新秋十六日付、薩摩侍従宛。花押番号三を伴う。
追録3-No.548 島津吉貴書状(継豊の登城)
吉貴が、継豊の登城と御目見えに関する儀礼、井上河内守からの指示について伝える書状。七月十六日付、松平大隅守宛。
追録3-No.549 島津吉貴書状(継豊の登城後の心得)
吉貴が、継豊の十五日の登城、翌十六日の出仕見合わせ、退城後の挨拶や用番・老中への対応について伝える書状。七月十八日付、松平大隅守宛。
追録3-No.550 井上正岑書状(公方の病気見舞いへの返事)
井上河内守正岑が、公方の病気見舞いに対し、快方に向かっていることを松平薩摩守へ伝える書状。七月十九日付。
追録3-No.551 間部詮房・本多忠良連署状(公方の病気見舞いへの返事)
間部詮房と本多忠良が、公方の病気見舞いに対し、快方に向かっていることを伝える連署状。七月二十三日付、松平薩摩守宛。
追録3-No.552 継豊書状(吉貴の旅程と信證院の発輿)
七月二十七日、松平大隅守継豊が中将吉貴へ、無事健勝に旅行していることを喜ぶ。信證院も機嫌よく、この日発輿することを祝い、その祝儀を申し上げると伝える。当地は別条なく皆無事なので安心するよう記す。
追録3-No.553 戸田忠真ほか四名連署状(八朔祝儀)
八月三日、戸田忠真・松平信庸・久世重之・阿部正喬・井上正岑が松平薩摩守へ、八朔祝儀に使者を遣わし太刀一腰・御馬代黄金十両を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと連署で返答する。
追録3-No.554 阿部正喬書状(残暑見舞いへの返事)
阿部豊後守正喬が、公方の残暑見舞いに対し快調である旨を松平薩摩守へ伝える返書。八月三日付。
追録3-No.555 間部詮房・本多忠良連署状(残暑見舞いへの返事)
間部詮房と本多忠良が、公方の残暑見舞いに対し快調である旨を伝える連署状。八月七日付、松平薩摩守宛。
追録3-No.556 阿部正喬書状(公方への献上品)
八月十一日、阿部豊後守正喬が松平薩摩守へ、公方は不予が退き快然となったと知らせ、添えて献じた串鮑一箱を各申談じ披露したところ「一段之御仕合」とあった旨を伝える。
追録3-No.557 久世重之書状(中山王祝儀の取次)
久世大和守重之が、琉球中山王の祝儀について、使者の差越しが難しいため代理の使者による礼を申し出た件を受け、取次ぎを伝える書状。八月十三日付。