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追録3の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,610件中 601~700件・7 / 27ページ

  1. 追録3-No.558 間部詮房・本多忠良連署状(公方の病気見舞いへの返事)

    八月十五日、本多忠良・間部詮房が松平薩摩守へ、公方の病が次第に快方へ向かっていることを喜ぶ書状を拝見し、串鮑一箱を献上したことと書状の趣旨を承知したと返答する。

  2. 追録3-No.559 間部詮房・本多忠良連署状(中山王祝儀の取次)

    間部詮房と本多忠良が、琉球中山王の祝儀について、使者を代えて礼を申し上げるという事情を受け、取次ぎを伝える連署状。八月十八日付。

  3. 追録3-No.560 島津継豊書状(吉貴の旅行と登城)

    継豊が、吉貴の旅の無事と到着を案じ、近衛家の叙任に関する知らせや自身の御祝儀について述べる書状。八月二十二日付、進上中将様宛。

  4. 追録3-No.561 徳川家継御内書(重陽の祝儀)

    将軍家継が、吉貴からの重陽の祝儀と小袖五領の献上を受け、慶賀の意を伝える御内書。九月七日付、家継の墨印を伴う。

  5. 追録3-No.562 島津継豊書状(御目見えと重陽祝儀)

    継豊が、御目見えと重陽祝儀について、当日の登城、御老中との面会や席次を吉貴へ報告する書状。九月九日付、進上中将様宛。

  6. 追録3-No.563 徳川綱條書状(領所の鮭二尺贈答)

    九月十二日、水戸中納言綱條が松平薩摩守へ、いっそう無事であるか尋ね、領所の鮭二尺を今進覧すると伝える。

  7. 追録3-No.564 島津継豊書状(吉貴の旅の無事と御祝儀)

    継豊が、吉貴の旅の無事を喜び、御目録による通知と御祝儀の意向を伝える書状。九月廿一日付、進上中将様宛。

  8. 追録3-No.565 たさは外四名連署消息(公方の増上寺参詣)

    ときはゐ・みむろ・たかせ・外やま・たさはが松平薩摩守へ、書状を受けた礼を述べ、公方は機嫌よく過ごし、今日増上寺御仏殿へ参詣して無事に還御したと知らせる。いっそう変わりなく過ごすよう祈る。

  9. 追録3-No.566 梅その・いは倉連署消息(公方の増上寺参詣)

    梅その・いは倉が、公方の機嫌と増上寺への御仏詣りを伝え、薩摩守の安否を尋ねる消息。正徳五年付。

  10. 追録3-No.567 吉貴継母信證院の薩摩帰国と川上久東の謝恩登営

    信證院が幕府の許可を得て七月二十七日に江戸を発ち十月六日に薩摩府西田邸に到着した経緯を記す。十月十五日、吉貴の帰国謝使川上久東が登営し、吉貴の献物を取り次ぎ、久東自身も太刀一腰・馬代銀一枚・時服三領を将軍家継へ献じ拝謁し、のち時服三領を賜る。

  11. 追録3-No.568 井上正岑外三名連署状(将軍拝謁と献上品)

    十月十八日、戸田忠真・久世重之・阿部正喬・井上正岑が松平薩摩守へ、公方の御機嫌を喜ぶ書状を拝見したと返答する。今回帰国の暇と腰物・馬・白銀・時服を拝領したことへの謝意を承知し、国元へ無事到着後の御礼として川上久馬を遣わし芭蕉布百端・三種二荷を献じた件を披露したと伝える。

  12. 追録3-No.569 土屋政直書状(将軍拝謁と献上品)

    十月十八日、土屋政直が松平薩摩守へ、公方の御機嫌を喜ぶ書状を拝見したと返答する。帰国の暇と腰物・馬・白銀・時服を拝領したことへの謝意、国元到着後の御礼として川上久馬を遣わし目録どおりの品を献じた趣旨を承知したと伝える。本条の礼品内訳は目録参照のみで、馬は拝領の品である。

  13. 追録3-No.570 島津吉貴書状(琉球中山王への慶賀返礼)

    十月十八日、中将吉貴が中山王へ、公方御代替と王の継目に伴って差し上げた両使が江府での務めを首尾よく終えて帰国したことを喜ぶ。これに関連し佐久真親方を差し越し、別幅どおりの品を贈られたことを謝す。

  14. 追録3-No.571 島津吉貴書状(琉球中山王への贈答返礼)

    十月十八日、中将吉貴が中山王へ、去夏江府へ差し上げた両使が首尾よく務めを終えたことを喜ぶ。その際、公方・一位・月光院から拝領した品のうち、金襴一巻・綸子染物一端・縮緬染物一端を中山王から贈られたことを、過分な配慮として謝す。

  15. 追録3-No.572 島津吉貴書状(継豊への御表出勤の報告)

    十月十八日、薩摩守吉貴が松平大隅守へ、公方が快方に向かい、去月六日に御表出、翌日には祝儀のため惣出仕があった旨を承知して喜び、その知らせを寄せた心遣いを謝す。吉貴自身が六日に出勤したという報告ではない。

  16. 追録3-No.573 間部詮房・本多忠良連署状(将軍拝謁と献上品)

    十月十九日、本多忠良・間部詮房が松平薩摩守へ、公方の御機嫌を喜び、今回帰国の暇と腰物・馬・白銀・時服を拝領したことへの謝意を述べた書状に返答する。国元到着後の御礼として川上久馬を遣わし、芭蕉布百端・三種二荷を献じた件を承知したと伝える。馬は拝領品で、謝礼の献上品ではない。

  17. 追録3-No.574 徳川吉宗書状(吉貴の帰着を喜ぶ返書)

    十月二十六日、紀伊中納言吉宗が松平薩摩守へ、書状を拝見し、首尾よく暇を得て海陸とも無事に国元へ到着したことを喜ぶと返答する。知らせを寄せた心遣いを謝す。

  18. 追録3-No.575 島津継豊書状(吉貴の帰城と拝見儀礼)

    継豊が、吉貴の旅の無事と帰城を喜び、御目見えや献上品の儀礼が済んだことを伝える書状。十月廿八日付、進上中将様宛。

  19. 追録3-No.576 琉球中山王使者の薩摩来訪

    前年に琉球中山王が慶賀・謝恩の使者を江戸へ派遣し、使者は今春帰国したこと、同年七月に中山王が三屋部親方を薩摩府へ遣わして幕府への書翰・献上品を託したことを記す。

  20. 追録3-No.577 井上正岑宛書状案(琉球への渡銀)

    琉球へ渡す銀の儀について、前年からの申請と書付の経緯を述べ、担当者に意向を伝える書状の控え。十月廿八日付、井上河内守宛。

  21. 追録3-No.578 井上正岑外三名連署状(琉球使節の拝謁と贈品)

    井上正岑ら四名が、琉球中山王の使者の差越しと将軍への御礼を受け、月光院への贈品、使者の帰国などについて吉貴へ返答する連署状。十月廿九日付。

  22. 追録3-No.579 土屋政直書状(琉球使節の拝謁と贈品)

    土屋政直が、琉球中山王の使者の差越しと将軍への御礼を受け、月光院への贈品、使者の帰国などについて吉貴へ返答する書状。十月廿九日付。

  23. 追録3-No.580 間部詮房・本多忠良連署状(琉球使節の拝謁と贈品)

    間部詮房・本多忠良が、琉球中山王の使者の差越しと将軍への御礼を受け、月光院への贈品、使者の帰国などについて吉貴へ返答する連署状。十月廿九日付。

  24. 追録3-No.581 島津吉貴加冠仮名書出(助四郎)

    吉貴が助四郎の加冠後の名乗りを指定した仮名書出。正徳五年十一月朔日付で吉貴の墨印を伴う。

  25. 追録3-No.582 島津吉貴加冠仮名書出(助太夫)

    吉貴が助太夫の加冠後の名乗りを指定した仮名書出。正徳五年十一月朔日付で吉貴の判を伴う。

  26. 追録3-No.583 近衛家久室満君の女子出産

    十一月三日、近衛家久の簾中で吉貴の娘である満君が京都で女子を出産したことを記す記事。

  27. 追録3-No.584 平松時春書状(満君の女子出産)

    平松時春が、満君の女子出産と母子の健在を喜び、継豊に祝意を伝える書状。十一月九日付、松平大隅守宛。

  28. 追録3-No.585 阿部正喬書状(海鼠献上の取次)

    十一月十一日、阿部豊後守正喬が松平薩摩守へ、公方の様子を尋ねた書状を拝見し、無事なので安心するよう伝える。煮海鼠一箱を献上した件を各申談のうえ披露し、たいへんよい結果であったと返答する。披露は予定ではなく済んでいる。

  29. 追録3-No.586 島津久明外三名連署証状(永泰寺御牌安置と仏餉料)

    永泰寺に大中様の御位牌を安置して三箇国の守護を祈るに当たり、仏餉料として八木四俵を毎年寄附することを四名が連署で証する文書。

  30. 追録3-No.587 島津継豊書状(信證院の国元到着)

    継豊が、信證院の海陸の旅が無事で先月六日に国元へ到着したとの報告を受け、吉貴へ祝意を述べる書状。十一月十五日付、進上中将様宛。

  31. 追録3-No.588 間部詮房・本多忠良連署状(勇健伺いと献上品)

    間部詮房・本多忠良が、吉貴からの公方の機嫌・勇健伺いと献上品を受け、返答する連署状。十一月十五日付、松平薩摩守宛。

  32. 追録3-No.589 阿部正喬書状(公方の快癒と御表初出)

    十一月二十六日、阿部豊後守正喬が松平薩摩守へ、公方の病が快方に向かい九月六日に初めて御表へ出て御目見の面々があったと聞き、喜んでいる旨の書状を拝見したと返答する。差し越した使者の書状の趣旨を各申談のうえ言上したと伝える。

  33. 追録3-No.590 井上正岑外三名連署状(翌年参勤時期)

    井上正岑ら四名が、吉貴の翌年の参勤時期についての照会を受け、九月中の参府を認める旨を伝える連署状。十一月廿七日付。

  34. 追録3-No.591 参勤時期に関する口上覚(琉球人同行)

    翌年の参府は定式では六月中としつつ、琉球人をたびたび召し連れる負担を考慮し、参府時節を九月中とする旨を伝える口上覚。

  35. 追録3-No.592 島津吉貴書状(満君の女子出産)

    吉貴が継豊に、三日に満君が女子を出産し、母子ともに無事であることを伝える書状。十一月廿六日付、松平大隅守宛。

  36. 追録3-No.593 島津継豊書状(翌年参勤の許可)

    継豊が、吉貴の機嫌を案じ、翌年参勤の件について幕府からの許可と、その経緯を吉貴へ報告する書状。十一月廿八日付、進上中将様宛。

  37. 追録3-No.594 間部詮房・本多忠良連署状(公方の快癒)

    間部詮房・本多忠良が、吉貴の礼状を受け、公方の快癒と九月六日の御表初出を伝える連署状。十一月晦日付、松平薩摩守宛。

  38. 追録3-No.595 幕府申渡書(江戸家老座の文書取扱い)

    江戸家老座へ、領知の内外での書付の差出し、高札や役所間の文書取扱い、琉球との通達などについて申し渡した長文の書付。複数項目と宛先名が続く。

  39. 追録3-No.596 近衛家久簾中の死去と松屋善右衛門の遠島赦免

    近衛家久の簾中が十一月晦日に京都で死去し、十七歳であったことを記す。続けて、遠島に処されていた松屋善右衛門が東照宮百回忌に際して赦免され帰郷したことを記す。

  40. 追録3-No.597 島津久當届書(琉球渡銀の減額願い)

    島津久當が、琉球へ渡す銀の額について、従来の定数を踏まえ、近年の銀高や諸事情を挙げて減額を申し出る届書。十二月三日付。

  41. 追録3-No.598 井上正岑書状(松屋善右衛門の赦免)

    十二月六日、井上正岑が松平薩摩守へ、領内に流罪となっていた松屋善右衛門を、今回東照宮百回忌法会に伴い赦免する旨を薩摩の家来へ書付で申し渡した件について、承知したと返答する。

  42. 追録3-No.599 幕府申渡書(琉球渡銀の減額を認めず)

    琉球に渡す銀の減額申請に対し、従来の定数を守るべきとして、銀の減額を認めず、琉球の取扱いに支障が出ないよう申し渡した書付。十二月十一日付。

  43. 追録3-No.600 井上正岑書状(琉球渡銀の申渡し)

    井上正岑が、琉球へ渡す銀の件について、前年からの書付と薩摩側の申越しを踏まえ、幕府の申渡しを吉貴へ伝える書状。十二月十一日付。

  44. 追録3-No.601 戸田忠真書状(蜜柑・炙鮎の献上)

    十二月十二日、戸田忠真が松平薩摩守へ、公方が無事に過ごしていることを喜び、蜜柑二箱と炙鮎一箱を献上した件を各申談のうえ披露し、たいへんよい結果であったと返答する。披露は済んでいる。

  45. 追録3-No.602 間部詮房・本多忠良連署状(蜜柑・御肴の献上)

    十二月十五日、本多忠良・間部詮房が松平薩摩守へ、公方が無事であることを喜ぶ書状を拝見し、蜜柑二箱・御肴一種を献上したことと書状の趣旨を承知したと返答する。

  46. 追録3-No.603 島津継豊書状(姫君誕生への祝賀)

    継豊が、吉貴からの消息を受け、京都で姫君が誕生したことを喜び、祝意を伝える書状。十二月十八日付、進上中将様宛。

  47. 追録3-No.604 戸田忠真書状(寒中見舞い・羽織五と鰹節一箱の献上披露)

    十二月二十二日、戸田忠真が松平薩摩守へ、寒中に使者を遣わして公方の御機嫌を尋ねた件に返答し、公方は無事健勝なので安心するよう伝える。羽織五と鰹節一箱の献上を各申談のうえ披露し、たいへんよい結果であったと記す。

  48. 追録3-No.605 間部詮房・本多忠良連署状(八十宮入輿)

    間部詮房・本多忠良が、公方の機嫌と八十宮の入輿の儀について、吉貴への返答を連署で伝える書状。十二月廿七日付。

  49. 追録3-No.606 徳川家継御内書(歳暮祝儀)

    将軍徳川家継が、吉貴から歳暮祝儀として小袖五重が届いたことを喜ぶ御内書。十二月廿七日付、薩摩中将殿宛で墨印を伴う。

  50. 追録3-No.607 島津吉貴加冠仮名書出(島津権太郎)

    吉貴が島津権太郎の加冠後の名乗りを示した仮名書出。正徳五年十二月廿八日付で吉貴の判を伴う。

  51. 追録3-No.608 島津吉貴書状(翌年参勤の扱い)

    十二月二十八日、薩摩守吉貴が松平大隅守へ、無事との書状を喜び、自分たちも変わりないと知らせる。翌年の参勤時期を伺ったところ九月中に参府するよう命じられ、阿部豊後守からの口上も承知したことを記し、これについて祝儀の知らせを寄せたことを喜んで返答する。

  52. 追録3-No.609 堀正勝書状(見舞いと拝領物の取次)

    堀正勝が、吉貴からの見舞状を受け、一位様の意向や拝領物への謝意、招待と使者の取次ぎについて返答する書状。十二月廿九日付。

  53. 追録3-No.610 島津継豊書状(年始の登城と祝儀)

    正月二日、松平大隅守継豊が中将へ、新年を賀し、公方が無事で、相手も健勝に年を越したことを喜ぶ。今日登城して御礼を首尾よく済ませ、御流を頂戴し時服を拝領したことを報告する。当地は別条なく安心するよう伝え、祝儀として使者を差し上げ目録どおりの品を進上したと記す。

  54. 追録3-No.611 島津吉貴三か条吉書

    吉貴が、神社仏閣の修造、農事の奨励、納国・年貢に関する三か条の年始吉書を記す。正徳六年正月十一日付。

  55. 追録3-No.612 井上正岑外三名連署状(年頭祝儀の献上)

    正月十一日、戸田忠真・久世重之・阿部正喬・井上正岑が松平薩摩守へ、年頭祝儀に使者を遣わし太刀一腰・御馬代黄金十両を献上した件を披露し、たいへんよい結果であったと連署で返答する。

  56. 追録3-No.613 島津吉貴請書(琉球渡銀の申渡し)

    吉貴が、琉球へ渡す銀についての幕府の申渡しを受け、内容を琉球国へ伝える旨を井上正岑へ返答する請書。正月十八日付。

  57. 追録3-No.614 島津継豊書状(歳暮祝儀拝受)

    継豊が吉貴からの歳暮祝儀を目録のとおり拝受し、これまでの儀礼への厚意に謝する書状。正月廿一日付、進上中将様宛。

  58. 追録3-No.615 近衛基熙書状(改年祝儀)

    孟春二十八日、近衛基熙が薩摩中将へ、新年の賀儀を祝い、書状と目録どおりの品を贈られたことを喜ぶ。相手が健勝であることを喜び、当地も無事であると伝える。

  59. 追録3-No.616 島津久貫外四名連署副状(華林寺・桜島寄付)

    吉貴が華林寺へ書像曼荼羅二幅を寄付する件を受け、久貫ら五名が、桜島噴火による焼失と再作、武運長久・民の安楽の祈祷について記す連署副状。二月五日付。

  60. 追録3-No.617 島津吉貴書状(琉球・天英院・月光院への書類取次)

    吉貴が継豊へ、先年の琉球国の書類と天英院・月光院宛の礼状を目録に差し上げたので、屋部親方を通じて披露するよう求める書状。二月十一日付。

  61. 追録3-No.618 久世重之書状(年始祝儀と拝謁)

    久世重之が、吉貴からの新年祝儀と年始の御規式・御拝謁、献上への謝意を伝える返書。二月十二日付、松平薩摩守殿宛。

  62. 追録3-No.619 島津継豊書状(改年祝儀)

    継豊が吉貴からの改年祝儀を目録のとおり拝受し、新年の慶賀と厚意に謝する書状。二月十六日付、進上中将様宛。

  63. 追録3-No.620 徳川吉宗書状(新年祝儀への返報)

    二月十六日、紀伊中納言吉宗が松平薩摩守へ、書状を受け、新年を祝い、相手が無事に年を越したことを喜ぶ。自分も健勝に越年したと知らせ、知らせを寄せた心遣いを謝す。

  64. 追録3-No.621 間部詮房・本多忠良連署書状(年始祝儀)

    間部詮房・本多忠良が、吉貴の新年祝儀と年始の御規式、御拝謁・献上について受領と取次を伝える連署返書。二月十六日付。

  65. 追録3-No.622 島津継豊前髪を取る記事

    継豊が前額の髪を剃りたいと願い、留守居を使者として久世大和守重之へ伺い、許可を得て翌廿二日に前髪を剃った記事。正徳六年二月廿一日・廿二日。

  66. 追録3-No.623 島津吉貴加冠仮名書出(島津小源太)

    吉貴が島津小源太の加冠に際し、仮名・名乗りを示した書出。正徳六年二月廿二日付で吉貴の判を伴う。

  67. 追録3-No.624 徳川継友書状(新年祝儀への返報)

    尾張中納言継友が、吉貴からの新年の祝儀を受け、吉貴の健勝と慶事を喜ぶ返報。二月廿五日付、松平薩摩守殿宛。

  68. 追録3-No.625 大久保常春書状(公方の機嫌と九月参府)

    大久保常春が吉貴へ、公方の機嫌がよいことと九月中に参府の予定があることを伝え、書状の披露を承知したと返す書状。二月廿五日付。

  69. 追録3-No.626 たさは外三名連署消息(公方の機嫌と参府)

    たさはら四名が吉貴へ、公方の機嫌がよく、九月中の参府が決まったとの知らせを受けて祝う仮名消息。正徳六年付。

  70. 追録3-No.627 琉球進貢・接貢料銀の銀位・銀高改定を在番経由で伝える書付

    閏二月五日付の琉球進貢・接貢料銀改定伝達書付。前年の井上河内守の指示と琉球からの不減額の願いを踏まえ、慶長銀・元禄銀と正銀の差を八分差・六分差で説明する。元禄銀の進貢料八百四貫目から二百貫目、接貢料四百二貫目から百貫目を減ずる指示に基づき、進貢料新銀六百四貫目・接貢料三百二貫目と定めた。在番人へ申し…

  71. 追録3-No.628 島津継豊書状(年始登城・拝領)

    継豊が吉貴へ、正月二日に登城して将軍に拝謁し、御盃・時服などを拝領したことを報告する書状。閏二月五日付。

  72. 追録3-No.629 戸田忠真書状(年始着座の報告)

    戸田忠真が吉貴へ、公方の機嫌がよいことと年始の着座が従前の守儀どおりに済んだことを伝える書状。閏二月七日付。

  73. 追録3-No.630 戸田忠真書状(年始祝儀と使者の取次)

    戸田忠真が吉貴へ、公方の機嫌がよく、吉貴の妻子の年始祝儀を拝領し、使者へその趣旨を伝えたと返す書状。閏二月九日付。

  74. 追録3-No.631 間部詮房・本多忠良連署書状(年始着座)

    間部詮房・本多忠良が吉貴へ、公方の機嫌と年始の着座・礼式について返答する連署書状。閏二月十一日付。

  75. 追録3-No.632 戸田忠真書状(年始礼と時服拝領)

    戸田忠真が吉貴へ、公方の機嫌がよく、年始の礼を申し上げて着座し、時服を拝領したことを伝える書状。閏二月十二日付。

  76. 追録3-No.633 間部詮房・本多忠良連署書状(妻女の歳暮祝儀)

    間部詮房・本多忠良が吉貴へ、公方の機嫌と吉貴の妻女の歳暮祝儀拝領について返答する連署書状。閏二月十二日付。

  77. 追録3-No.634 間部詮房・本多忠良連署書状(年始礼と時服)

    間部詮房・本多忠良が吉貴へ、公方の機嫌と年始礼の申上げ、着座・時服拝領について返答する連署書状。閏二月十六日付。

  78. 追録3-No.635 島津久明外四名連署申渡書(琉球渡銀)

    島津久明ら五名が豊見城王子と三司官へ、琉球への進貢・接貢料銀の受渡しと改定された銀高・銀位について申し渡す書状。閏二月十六日付。

  79. 追録3-No.636 ひゃうこ外八名連署消息(公方の機嫌と年始礼)

    ひゃうこら九名が吉貴へ、公方の機嫌や正月十三日以後の年始礼に関する知らせを受け、祝意と寒中の挨拶を伝える仮名消息。正徳六年付。

  80. 追録3-No.637 梅園・岩倉連署消息(新年の御機嫌)

    梅園・岩倉が吉貴へ、正月廿八日の書状を受け、公方や一位の御機嫌がよいことを喜び、礼状の取次を求める仮名消息。正徳六年付。

  81. 追録3-No.638 梅その・いわ倉連署消息(公方の機嫌と冬の挨拶)

    梅その・いわ倉が松平薩摩守へ、書状を受け、公方・一位様は機嫌よく過ごしていると伝える。寒気の見舞いとして大隅守の奥さまへ目録どおりの品を贈ったことを薩摩守がありがたく思い、礼を申し上げた旨の書状を披露したと返答する。

  82. 追録3-No.639 梅園・岩倉連署消息(公方と冬の御所様)

    梅園・岩倉が吉貴へ、公方の機嫌を伝え、冬の御所様への伺いと礼状の取次に関する仮名消息。正徳六年付。

  83. 追録3-No.640 梅園・岩倉連署消息(公方の機嫌と登城)

    梅園・岩倉が吉貴へ、公方の機嫌と年始の御礼、登城・拝領の知らせを受けて祝う仮名消息。正徳六年付。

  84. 追録3-No.641 園田外三名連署消息(公方の機嫌と御礼)

    園田ら四名が吉貴へ、公方・月光院らの機嫌がよいことや年始の御礼と取次に触れ、祝意を述べる仮名消息。正徳六年付。

  85. 追録3-No.642 近衛基熙書状(城中年始礼)

    近衛基熙が吉貴へ、城中での年始祝儀の申入れと、節句に用いる薫物二種について伝える書状。閏二月廿一日付。

  86. 追録3-No.643 島津吉貴届書(琉球渡銀の銀位改定)

    吉貴が琉球へ渡す進貢・接貢料銀について、元禄銀から新銀への改定と受渡しを届け出る書状。閏二月廿二日付。

  87. 追録3-No.644 島津吉貴、徳川家継の婚儀に賀使を献ずる記事

    徳川家継と八十宮の婚儀に際し、吉貴が家老を使者として祝い、献上物を差し出した経緯を記す記事。正徳六年春。

  88. 追録3-No.645 井上正岑外三名連署状(京都への祝儀使者)

    井上正岑ら四名が吉貴へ、京都へ祝儀の使者を立てて目録どおり献上した件を承知し、披露する旨を返す連署状。閏二月廿三日付。

  89. 追録3-No.646 戸田忠真書状(京都への祝儀使者)

    戸田忠真が吉貴へ、京都への祝儀使者と目録どおりの献上を承知し、披露すると返す書状。閏二月廿三日付。

  90. 追録3-No.647 吉貴書状(継豊の前髪取り実施への祝儀)

    閏二月二十六日、薩摩守吉貴が松平大隅守へ、前髪を取る件を尋ねると勝手次第と命じられ、去月二十二日に実施したとの知らせを喜ぶ。祝儀として目録どおりの品を贈ると伝える。新たな実施指示や、その後の登城・拝謁手順は本条に記さない。

  91. 追録3-No.648 梅その・岩倉連署消息(公方の機嫌と年始祝儀)

    梅その・岩倉が吉貴へ、二月廿五日の書状を受け、公方や一位の機嫌と年始祝儀について返す仮名消息。正徳六年付。

  92. 追録3-No.649 ひやうこ外八名連署消息(公方への年始祝儀)

    ひやうこら九名が吉貴へ、二月廿五日の書状を受け、公方の機嫌と年頭の祝儀、使者について祝意を述べる仮名消息。正徳六年付。

  93. 追録3-No.650 堀正勝書状(品川辺の出火見舞い)

    三月八日、堀丹波守正勝が松平薩摩守へ、健勝の知らせを喜ぶ。先日の品川辺出火が芝屋敷付近と聞き、早速調べるよう命じた件について、屋敷側からの伝達を受けた礼状の趣旨を承知したと返答する。老女衆にも伝え、近習に披露を頼む。

  94. 追録3-No.651 島津吉貴公帖(永典西堂・伊集院善福寺住持職)

    吉貴が永典西堂に、伊集院善福寺の住持職を任せ、従前の例に従って職務を執るよう命じる公帖。三月十三日付。

  95. 追録3-No.652 島津吉貴公帖(玄祐西堂・阿久根蓮花寺住持職)

    吉貴が玄祐西堂に、阿久根蓮花寺の住持職を任せ、従前の例に従って職務を執るよう命じる公帖。三月十三日付。

  96. 追録3-No.653 島津吉貴公帖(慈訟西堂・廣済寺住持職)

    三月十三日、中将吉貴が慈訟西堂へ、廣済寺の住持職を先例に従って執務するよう命じる。正文在山川正龍寺は正文の所在であり、任命された寺院名ではない。

  97. 追録3-No.654 島津吉貴加冠仮名書出(川上長千代・源十郎)

    吉貴が川上長千代の加冠に際し、仮名を源十郎とする旨を示した書出。三月十五日付で吉貴の印がある。

  98. 追録3-No.655 継豊書状(上巳祝儀の目録品拝受への謝)

    三月十八日、松平大隅守継豊が中将へ、健勝を喜び、上巳の祝儀として目録どおりの品を受け取ったことを謝す。

  99. 追録3-No.656 梅その・岩倉連署消息(前髪取りへの返書)

    梅その・岩倉が吉貴へ、三月七日の書状を受け、継豊の前髪取り、将軍への拝謁、目録どおりの贈り物について祝意を返す仮名消息。

  100. 追録3-No.657 ひゃうこ外八名連署消息(前髪取りへの返書)

    ひゃうこら九名が吉貴へ、三月七日の書状を受け、継豊の前髪取りと将軍への拝謁、目録どおりの祝儀について祝意を返す仮名消息。