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追録3の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,610件中 701~800件・8 / 27ページ

  1. 追録3-No.658 井上正岑外三名連署状(例月御礼・登城不要の通知)

    井上正岑ら四名が吉貴へ、翌十五日の例月の御礼はなく、登城に及ばないと知らせる連署状。四月十四日付。

  2. 追録3-No.659 島津吉貴公帖(方山西堂・大慈寺住持職)

    吉貴が方山西堂に大慈寺の住持職を任せ、従前の例に従って職務を執るよう命じる公帖。四月十五日付。

  3. 追録3-No.660 島津継豊書状(前髪執りの祝儀)

    継豊が吉貴へ、前髪を執ってもらった祝儀に関し、拝見した書状への謝意と目録どおりの祝儀を受けたことを伝える書状。四月十六日付。

  4. 追録3-No.661 天英院内意書(贈り物への返答)

    天英院の内意として、差し上げた品物への礼は今後無用であり、下された品物のことを松平薩摩守妻へ伝える書付。正徳六年四月。

  5. 追録3-No.662 天英院内意書(祝儀物・進上物への返答)

    天英院の内意として、祝儀物・礼事に付随する進上物は今後不要であり、贈り物の扱いを伝える書付。正徳六年四月。

  6. 追録3-No.663 中山王尚敬書状(逝去の報への弔意)

    中山王尚敬が侍従宛に、逝去の報に接したことを受け、弔意を述べ、言葉に尽くし難い心情を伝える書状。四月廿一日付。

  7. 追録3-No.664 毛利吉元書状(将軍薨去への弔意)

    毛利吉元が吉貴へ、将軍薨去の知らせを受けたことや、吉貴からの報せ・贈り物について返答した書状。四月廿八日付。

  8. 追録3-No.665 島津吉貴、徳川家継の薨去を弔う記事

    徳川家継の病篤・薨去を受け、吉宗の後継、吉貴の弔問と葬送への対応を記す記事。正徳六年四月末から五月の経緯を含む。

  9. 追録3-No.666 徳川吉宗、江戸城二之城へ移る記事

    家継の薨去後、吉宗が江戸城の二之城へ移ったことと、本多忠良らの列座について記す記事。正徳六年五月朔日。

  10. 追録3-No.667 島津継豊書状(将軍薨去と吉宗後継の報告)

    継豊が吉貴へ、家継の薨去と吉宗の後継、家臣の登城・拝謁などの経緯を伝える書状。五月朔日付。

  11. 追録3-No.668 島津継豊書状(端午の祝儀への返書)

    継豊が吉貴へ、端午の祝儀と目録どおりの贈り物を受けたことを伝える書状。五月六日付。

  12. 追録3-No.669 戸田忠真書状(干菓子一箱の献上)

    戸田忠真が吉貴へ、干菓子一箱を献上されたことを知らせ、披露する旨を返す書状。五月十三日付。

  13. 追録3-No.670 徳川家継を増上寺に葬り有章院と称した記事

    八歳で薨去した徳川家継を五月十五日に増上寺へ葬り、法号を有章院と称したことを記す記事。

  14. 追録3-No.671 島津吉貴書状(家継薨去と吉宗後継)

    吉貴が継豊へ、家継の薨去と吉宗が後継となった事情を伝え、紀伊家関係者への対応を知らせる書状。五月十八日付。

  15. 追録3-No.672 徳川吉宗、江戸城へ移る記事

    徳川吉宗が五月廿二日に江戸城へ移ったことを記す短い記事。

  16. 追録3-No.673 島津継豊書状(将軍への拝謁と祝儀)

    継豊が吉貴へ、将軍への拝謁を祝し、目録どおりの祝儀を受けたことを伝える書状。五月十五日付。

  17. 追録3-No.674 徳川吉宗、江戸城本丸へ移る記事

    徳川吉宗が五月廿二日に江戸城本丸へ移ったことを記す短い記事。

  18. 追録3-No.675 石河政郷書状(帰帆唐船漂着への返書)

    石河政郷が吉貴へ、領内に帰帆の唐船が漂着した件の届けを受け、幕府への取次ぎを伝える書状。五月廿八日付。

  19. 追録3-No.676 そのた外三名連署消息(吉宗後継への返書)

    そのたら四名が吉貴へ、紀伊中納言吉宗が後継に定まったことや、使者と贈り物について返答する仮名消息。正徳六年。

  20. 追録3-No.677 石河政郷書状(久目崎漂着唐船)

    石河政郷が吉貴へ、薩摩国久目崎に漂着した南京出帆の帰唐船について、届けの内容を承知したと返す書状。六月二日付。

  21. 追録3-No.678 石河政郷書状(寧波出帆唐船の漂着)

    石河政郷が吉貴へ、寧波を出帆した唐船に乗る37人が薩摩国の脇元湊に漂着し、国許から報告された件を承知したと返す書状。六月二日付。

  22. 追録3-No.679 石河政郷書状(脇元湊漂着唐船への返書)

    石河政郷が吉貴へ、薩摩国脇元湊に漂着した帰唐船について、国許からの報告と書付の内容を承知したと返す書状。六月五日付。

  23. 追録3-No.680 島津継豊、徳川吉宗へ起請文を献上した記事

    吉宗の代替に際し、継豊が誓詞を献上するため、幕府の教諭や起請文案文の確認を受けた経緯を記す記事。

  24. 追録3-No.681 起請文前書(三箇条の覚)

    誓詞に先立ち、夜に私宅へ出向くこと、書付を持参すること、五人の座並びや血判の手順を三箇条で記す前書。六月六日付。

  25. 追録3-No.682 島津継豊起請文(吉宗への忠勤誓約)

    継豊が吉宗への忠勤、親類縁者への非同心、幕府への奉公、違背時の神罰を誓う起請文。六月七日付で継豊の判がある。

  26. 追録3-No.683 島津継豊起請文差出次第

    吉宗の代替に際し、島津継豊の起請文提出を願い、幕府側と提出の方法・場所・取次を調整した経緯を記す。

  27. 追録3-No.683-1 島津継豊願書

    島津継豊が将軍吉宗への代替誓詞の提出を願い、取次と差図を求める願書。

  28. 追録3-No.683-2 老中指図書

    老中が島津家に、起請文を私宅で夜八時過ぎに調えること、老中の列座と判形・血判の取扱いを指図する。

  29. 追録3-No.683-3 起請文前書

    継豊の起請文の前書と、誓詞を幕府へ差し出す際の順序・取次・署判、後日の照会と応答を記す。

  30. 追録3-No.684 井上正岑書状(中納言の後見・二之丸入り)

    井上正岑が吉貴へ、中納言が後見を命じられ二之丸に入ったことについて、吉貴からの書付を受け、返答する書状。六月八日付。

  31. 追録3-No.685 井上正岑書状(公方薨去への返書)

    井上正岑が吉貴へ、公方の病篤と薨去についての知らせを受け、使者を通じた連絡への返答を記す書状。六月八日付。

  32. 追録3-No.686 そのた外三名連署消息(月光院の悲嘆)

    そのたら四名が吉貴へ、公方の薨去を悲しみ、月光院の愁傷の様子と吉貴からの書状への返答を伝える仮名消息。正徳六年。

  33. 追録3-No.687 井上正岑書状(檜重一組の献上)

    井上正岑が吉貴へ、檜重一組を献上された件を承知し披露する旨を返す書状。六月九日付。

  34. 追録3-No.688 久世重之書状(有章院法事と増上寺奉納)

    久世重之が吉貴へ、有章院の法事を執り行い、使者を立てて香奠を献じ、増上寺へ奉納した件を承知したと返す書状。六月九日付。

  35. 追録3-No.689 土屋政直書状(公方薨去への返書)

    土屋政直が吉貴へ、公方の病篤と薨去の報告、使者を通じた連絡について承知した旨を返す書状。六月九日付。

  36. 追録3-No.690 松平定英夫人、男子を出生した記事

    松平飛騨守定英の夫人が六月九日に江戸で男子を出生したことを記す短い記事。

  37. 追録3-No.691 島津継豊書状(男子出生への祝儀)

    継豊が吉貴へ、松平定英家の男子出生を聞き、祝儀を述べる書状。六月十三日付。

  38. 追録3-No.692 石河政郷書状(脇元湊漂着唐船)

    石河政郷が吉貴へ、薩摩国脇元湊に漂着した南京出帆の唐船と乗員四十人について、国許からの書付を承知したと返す書状。六月十四日付。

  39. 追録3-No.693 石河政郷書状(脇元湊漂着唐船の続報)

    石河政郷が吉貴へ、薩摩国脇元湊に漂着した寧波出帆の帰唐船について、追加の国許書付を承知し返答する書状。六月十五日付。

  40. 追録3-No.694 井上正岑書状(将軍の安泰を伺う使者への返書)

    井上正岑が吉貴へ、上様の機嫌を伺うため使者を遣わした書状を拝見し、将軍の安泰について返答する書状。六月十六日付。

  41. 追録3-No.695 井上正岑書状(暑中見舞と琉球品の献上)

    井上正岑が吉貴へ、暑中見舞の書状と琉球布十巻・砂糖漬天門冬一器・琉球泡盛酒二壺の献上を受け、披露する旨を返す書状。六月十六日付。

  42. 追録3-No.696 井上正岑書状(鯛一折献上への返書)

    井上正岑が吉貴へ、鯛一折の献上を受け、披露する旨を返す書状。六月二十一日付。

  43. 追録3-No.697 井上正岑外三名連署状(将軍の本丸移徙祝儀)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、将軍の本丸への移徙を祝って使者を通じ献上品を届けたことを承知し、披露すると伝える連署状。六月二十二日付。

  44. 追録3-No.698 井上正岑書状(将軍の本丸移徙祝儀)

    井上正岑が継豊へ、将軍の本丸への移徙を祝って使者を通じ献上品を届けたことを承知し、披露する旨を返す書状。六月二十二日付。

  45. 追録3-No.699 井上正岑書状(赤貝塩辛一器献上への返書)

    井上正岑が吉貴へ、赤貝塩辛一器の献上を受け、披露する旨を返す書状。六月二十五日付。

  46. 追録3-No.700 井上正岑書状(将軍代替の祝儀への返書)

    井上正岑が吉貴へ、将軍代替の祝儀の書状を拝見し、将軍への祝意と今後の参府について返答する書状。六月二十六日付。

  47. 追録3-No.701 島津吉貴、徳川吉宗の将軍嗣位を賀する記事

    六月二十七日、島津吉貴が江戸城に登営し、徳川吉宗の将軍嗣位を賀した。島津将監久當が賀使として品々を献上し、幕府老中らが受け取ったことを記す記事。

  48. 追録3-No.702 井上正岑外三名連署状(将軍代替祝儀への返書)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、将軍代替の祝儀として使者を通じ太刀・馬代などを献上したことを承知し、披露すると伝える連署状。六月二十七日付。

  49. 追録3-No.703 島津継豊、将軍徳川吉宗に初めて拝謁した記事

    吉宗の将軍代替後、島津継豊が江戸城に登営し、初めて吉宗に拝謁したことを記す記事。六月二十七日付。

  50. 追録3-No.704 島津継豊登営、享保改元を告げられる記事

    七月朔日、継豊が江戸城に登営し、阿部正喬から将軍家の改元の命を告げられたことを記す記事。

  51. 追録3-No.705 享保改元の記事

    吉貴の御譜に、七月朔日に元号が享保へ改められたことを記す記事。

  52. 追録3-No.706 石河政郷書状(脇元湊漂着唐船の帰帆)

    石河政郷が吉貴へ、薩摩国脇元湊に漂着した南京出帆の唐船が修理を終え、再び唐へ帰帆したとの報告を受け取った旨を返す書状。七月四日付。

  53. 追録3-No.707 島津吉貴書状(松平定英家の男子出生)

    吉貴が継豊へ、暑中の安否に加え、松平定英の家に男子が生まれ、母子とも無事であると聞いて喜ぶ書状。七月六日付。

  54. 追録3-No.708 島津吉貴、参勤の途に就く記事

    吉貴が七月十三日に鹿児島城を発って参勤の途に就き、道中で藩内の各地を経て同月二十八日に豊州大里へ着いたことを記す記事。

  55. 追録3-No.709 島津吉貴書状(城中礼と将軍代替礼)

    吉貴が継豊へ、城中での礼が無事済んだことと、将軍代替の礼を請われたことを承知し、返答する書状。七月二十五日付。

  56. 追録3-No.710 島津継豊書状(八朔祝儀と七夕献上への返書)

    継豊が吉貴へ、一筆啓上と七夕・八朔の祝儀を承知し、今後も勤める旨を返す書状。八月二日付。

  57. 追録3-No.711 井上正岑外三名連署状(八朔祝儀の献上)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、八朔の祝儀として使者を通じ太刀と馬代黄金十二枚を献上したことを承知し、披露すると伝える連署状。八月三日付。

  58. 追録3-No.712 久世重之書状(有章院法事への返書)

    久世重之が吉貴へ、有章院の法事が無事執り行われ、五月二十七日に御廟所へ参詣したとの知らせを受け、返答する書状。八月十一日付。

  59. 追録3-No.713 島津吉貴の参勤道中と吉宗将軍宣下祝賀の記事

    八月十三日に江戸城で吉宗の将軍宣下儀式があり、参勤道中の吉貴は使者を通じて太刀・馬代黄金などを献じ祝った。吉貴が八月十六日に大坂、二十四日に伏見を経て、九月十一日に江戸の芝屋敷へ着いたことも記す記事。

  60. 追録3-No.714 徳川吉宗の将軍宣下儀式の記事

    八月十三日に江戸城で徳川吉宗の将軍宣下儀式が行われ、右大臣への転任と継豊の登営・拝賀などがあったことを記す記事。

  61. 追録3-No.715 井上正岑外三名連署状(院使接待と登城見合わせ)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、院使接待のため能の催しを命じられたことを伝え、例月の礼がなく登城に及ばない旨を知らせる連署状。八月十四日付。

  62. 追録3-No.716 島津継豊書状(中山王の年始賀儀への返書)

    継豊が中山王へ、年始の賀儀として使者と書状、別録の品を贈られたことを喜び、礼を述べる書状。八月十八日付。

  63. 追録3-No.717 島津継豊書状(婚礼祝儀への返書)

    継豊が中山王へ、婚礼が無事整ったことへの祝儀として、久志親方を通じ太刀・馬代などを贈られたことを喜び、返礼する書状。八月十八日付。

  64. 追録3-No.718 島津継豊書状(参勤延期祝儀への返書)

    継豊が中山王へ、中将殿の当年の参勤延期を祝って當間親方を派遣し、太刀・馬代などを贈られたことに礼を述べる書状。八月十八日付。

  65. 追録3-No.719 島津継豊書状(前髪執りの祝儀への返書)

    継豊が中山王へ、自身の前髪執りの祝儀として使者を通じ太刀・馬代などを贈られたことを喜び、返答する書状。八月十八日付。

  66. 追録3-No.720 島津継豊書状(縁組祝儀への返書)

    継豊が中山王へ、前年夏に定まった自身の縁組を祝って仲田親方を介し太刀・馬代などを贈られたことに礼を述べる書状。八月十八日付。

  67. 追録3-No.721 島津継豊書状(信證院の薩州移転への返書)

    継豊が中山王へ、信證院殿が願いどおり薩州へ移ることになったのを喜び、祝儀として贈られた品への礼を述べる書状。八月十八日付。

  68. 追録3-No.722 島津継豊書状(大清封王使の願いへの返書)

    継豊が中山王へ、大清の封王使に関する願いが整ったことを喜び、使者と贈り物を受け取った旨を返す書状。八月十八日付。

  69. 追録3-No.723 久世重之書状(将軍の移徙祝儀への返書)

    久世重之が吉貴へ、将軍の機嫌がよく、移徙の祝儀が済んだことを承知し、使者を通じた書状への返答を記す書状。八月二十一日付。

  70. 追録3-No.724 久世重之書状(将軍代替礼への返書)

    久世重之が吉貴へ、将軍の安泰と代替の礼が済んだこと、使者を通じた書状を承知し、返答する書状。八月二十三日付。

  71. 追録3-No.725 島津吉貴疏(福昌寺での祈願文)

    吉貴が福昌寺に寄せた疏。仏道の徳を述べ、皇室・将軍家の安泰と国家の平穏、領民の幸福を祈願する。享保元年八月二十五日付。

  72. 追録3-No.726 久世重之書状(将軍代替儀式への返書)

    久世重之が吉貴へ、将軍の安泰と代替の儀式が済んだことを受け、書状への返答を記す。八月二十六日付。

  73. 追録3-No.727 徳川宗直書状(官位昇進と御字拝領への祝儀返礼)

    紀伊中将徳川宗直が吉貴へ、自身の官位昇進と御字拝領を祝って吉貴から目録どおりの品を贈られたことに礼を述べる書状。八月二十六日付。

  74. 追録3-No.728 土屋政直書状(将軍代替礼への返書)

    土屋政直が吉貴へ、将軍の安泰と代替の礼が済んだ旨を承知し、使者を通じた書状に返答する。八月二十七日付。

  75. 追録3-No.729 井上正岑外三名連署状(将軍代替祝儀の献上)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、将軍の代替祝儀として使者を通じ太刀一腰・馬代黄金十二枚を献上したことを承知し、披露すると伝える連署状。八月二十七日付。

  76. 追録3-No.730 井上正岑外三名連署状(例月礼の登城見合わせ)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、翌朔日の例月の礼はなく登城に及ばないと伝える連署状。八月二十九日付。

  77. 追録3-No.731 戸田忠真書状(将軍叙任への祝儀)

    戸田忠真が吉貴へ、将軍の任槐に祝儀を述べた書状を受け、使者を通じた連絡に返答する書状。九月二日付。

  78. 追録3-No.732 土屋政直書状(将軍叙任への祝儀)

    土屋政直が吉貴へ、将軍の任槐に祝儀を述べた書状を受け、使者を通じた連絡に返答する書状。九月四日付。

  79. 追録3-No.733 梅その・いは倉連署消息(将軍家の贈答)

    梅その・いは倉が吉貴へ、将軍から奥方へ目録どおりの品が下されたことを喜び、吉貴からの書状への返答を記す仮名消息。

  80. 追録3-No.734 島津吉貴書状(妻への将軍家贈答)

    吉貴が継豊へ、将軍から妻へ九月二日に使者を通じ目録どおりの品が贈られたことを伝え、喜びを記す書状。九月四日付。

  81. 追録3-No.735 島津継豊書状(満君逝去への弔意)

    継豊が中山王へ、満君の逝去に際して宇栄原親方を介し弔意の書状を贈られたことに礼を述べる書状。九月四日付。

  82. 追録3-No.736 井上正岑外三名連署状(九月十一日の能と登城)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、将軍宣下を祝う九月十一日の能と、その日に登城して見物できる旨を伝える連署状。九月七日付。

  83. 追録3-No.737 徳川吉宗御内書(重陽祝儀の小袖五領)

    吉宗が吉貴へ、重陽の祝儀として贈られた小袖五領を喜び、返答する御内書。九月七日付。

  84. 追録3-No.738 戸田忠真書状(将軍宣下祝儀への返書)

    戸田忠真が吉貴へ、将軍宣下の祝儀と登城についての知らせを承知し、使者を通じた連絡へ返答する書状。九月九日付。

  85. 追録3-No.739 戸田忠真書状(将軍宣下祝儀と妻への贈答)

    戸田忠真が吉貴へ、将軍宣下の祝儀と、吉貴の妻が目録どおりの品を拝領したことについて返答する書状。九月九日付。

  86. 追録3-No.740 島津継豊、将軍宣下祝儀の演能を観る記事

    九月十一日、継豊が奉書を受けて江戸城に登営し、吉宗の将軍宣下を祝う演能を観たことを記す記事。

  87. 追録3-No.741 井上正岑外三名連署状(九月十五日の例月礼)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、翌十五日の例月の礼はなく登城に及ばない旨を知らせる連署状。九月十四日付。

  88. 追録3-No.742 島津吉貴書状(大清封王使の願いへの返書)

    吉貴が中山王へ、大清の封王使に関する願いと、これに添えて贈られた品を承知し、喜びを伝える書状。九月十五日付。

  89. 追録3-No.743 井上正岑外三名連署状(九月十六日の登城)

    井上正岑・戸田忠真・久世重之・阿部正喬が吉貴へ、翌十六日の五半時に登城し参勤の礼を申し上げるよう伝える連署状。九月十五日付。

  90. 追録3-No.744 登城令書(家来二人の御目見)

    家来二人の御目見が命じられたため、二人を召し連れて登城するよう指示する令書。九月十五日付。

  91. 追録3-No.745 島津吉貴の参勤・将軍謁見記事

    九月十六日、吉貴が参勤のため登城し将軍吉宗に謁見した。太刀・白銀・時服などを献上し、家老らも御目見したことを記す記事。

  92. 追録3-No.746 井上正岑外三名連署状(九月十八日の能)

    井上正岑ら四名が吉貴へ、猩々・慰斗目長袴を着用し、九月十八日の御能を見物するため五半時に登城するよう伝える連署状。九月十六日付。

  93. 追録3-No.747 梅その・岩倉連署消息(御礼への返書)

    梅そのと岩倉が薩摩守側へ、御礼の知らせを受けて喜び、御参府・御念入・御清足などについて丁寧に返答する仮名消息。

  94. 追録3-No.748 島津久明外二名連署書状(琉球国王冊封)

    島津久明ら三名が琉球側へ、国王の冊封・尊礼拝見について祝意を述べ、目録どおりの贈物を受け取ったことを伝える連署書状。九月十八日付。

  95. 追録3-No.749 島津久明外二名連署寄進状(蓮金院燈明料)

    島津久明ら三名が高野山蓮金院へ、吉貴の先祖の位牌前に供える常燈明料として白銀六貫目を寄進し、受納して昼夜絶やさぬよう依頼する書状。九月二十一日付。

  96. 追録3-No.750 松原山南林寺再興記事

    九月二十六日の火災で鹿児島の松原山南林寺を含む寺院や民家が焼失したため、吉貴が二十八日に再建を命じたことを記す記事。

  97. 追録3-No.751 井上正岑外三名連署状(玄猪祝儀と登城)

    井上正岑ら四名が吉貴へ、翌朔日の玄猪祝儀について例月礼がないため登城に及ばないと伝える連署状。九月晦日付。

  98. 追録3-No.752 蓮金院哲真請取状(白銀六貫目)

    蓮金院の哲真が島津家側へ、先祖位牌前の常燈明料として寄進された白銀六貫目を受領し、燈明を絶やさないことを請け合う請取状。十月十六日付。

  99. 追録3-No.753 吉貴、琉球使節の来府を幕府に伝える記事

    吉宗の将軍就任を受け、琉球の賀使を江戸へ迎える件について、吉貴が戸田忠真に事情を伝え、幕府へ取り次いだことを記す記事。

  100. 追録3-No.754 参府令書(琉球中山王使者の随行)

    将軍の代替祝儀に際し、琉球中山王の使者が来る翌戌年には、吉貴が先例どおり使者を召し連れて参府するよう命じた令書。