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附録1の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
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附録1-No.600 島津忠国書状
島津忠国が、長野方からの申し出を受け、必要な料足十貫ほどを持たせて合力してほしいこと、本人も出向けば喜ばしいことを樺山殿へ伝えた書状。
附録1-No.601 島津忠国書状
島津忠国が、獅子山門の件について関係者が来れば喜ばしいこと、今月十一日付の書状を披見して意向を承知したことを述べ、早々の対応を和泉越前介殿へ求めた書状。
附録1-No.602 島津忠国書状
島津忠国が、近頃の懇意に謝意を示し、出仕をめぐる事情と菱刈方からの知らせ、使者の扱いについて述べ、今後も相談と連絡を続けるよう牛屎殿へ求めた書状。
附録1-No.603 島津忠国書状
島津忠国が新春を祝い、長く会えないことを惜しみつつ参会を望み、使者を通じて木符などの贈答を行い、今後の進展を願った書状。
附録1-No.604 細川頼春書状
細川頼春が、去る十六日に入洛したことと道中の危険、早期の拝謁を望むことを伝え、子息三郎を参向させて使者への対応を求めた書状。
附録1-No.605 島津忠国書状
島津忠国が、湯治のため出向いている間の留守について頼み、新蔵主らの動向と来訪の予定を知らせ、面会できれば詳しく申し入れると南溪和尚へ伝えた書状。
附録1-No.606 島津忠国書状
島津忠国が新年の祝意を述べ、本来は早く挨拶すべきところ路次の事情で遅延したことを詫び、機会を得て改めて祝詞を申し入れたいと侍衣禅師へ伝えた書状。
附録1-No.607 島津忠国書状
島津忠国が新春を祝い、海陸の交通が容易でなく音信が滞ったことを詫び、滞在・移動の事情と三郎太郎への催促などを伝えた書状。
附録1-No.608 島津忠国書状
島津忠国が帰着後に面会できたことを喜び、長く意向を通じたいこと、五百ほどの内談・依頼や他方への申し入れについて南溪和尚へ相談した書状。
附録1-No.609 島津忠国書状
本文署名の貴久が、相手方の近況を尋ね、知行・領地をめぐる伊東方、頴娃、山東などの情勢と処置を詳述し、関係案件への対応を樺山殿へ求めた書状。巻末目録の標題は島津忠国書状。
附録1-No.610 島津忠国書状
本文署名の貴久が、樺山殿の書状を了承し、在所での辛労を察するとともに、進状の扱いと北郷殿への申し入れ、今後の連絡について伝えた書状。巻末目録の標題は島津忠国書状。
附録1-No.611 金丸世主書状
金丸世主が祝意を述べ、京都での参会・奉書と使者による披露の扱い、上船時の手続などについて嶋津御屋形の奉行所へ申し入れた書状。
附録1-No.612 赤松満政書状
赤松満政が、五人の働きと粉骨を披露した結果、御書と御剣が下されたことを伝え、今後も粗略なく忠節を尽くすよう嶋津陸奥守へ求めた書状。
附録1-No.613 室町将軍家御教書
薩摩国の知行所について、前年九月以来の押妨を停止し、亡父久哲の遺跡を惣領の嶋津判官入道徳仏に領掌させ、相違がないよう命じた室町将軍家の御教書。
附録1-No.614 室町幕府奉行奉書
嶋津判官入道徳仏が訴えた薩摩国知行所への押妨について、御判に従って妨害を止め、下地を徳仏へ返し、今後和睦するよう嶋津陸奥守へ命じた奉行奉書。
附録1-No.615 島津立久書状
島津立久が、刀を遣わしたこと、源五郎らとの談合、五郎太郎の意向、木脇や鳥取孫左衛門に関わる人員・所領の処置を述べ、関係者への申し入れと便宜を頼んだ書状。
附録1-No.616 島津立久書状
島津立久が、入来方面との約束や関係者の動向、前日の出来事への心得を伝え、今後の対応を河上三十郎左衛門へ求めた書状。難読箇所を含む。
附録1-No.617 島津立久書状
島津立久が、関係する人々と談合して城をめぐる重大事を処置するよう求め、詳細は使者を遣わして伝えると比志嶋殿へ申し送った書状。
附録1-No.618 島津立久書状
島津立久が、援勢の派遣と境目の処置、屋形の路次、大郎方への申し入れ、木脇・川上方面の退治や人員配置について指示した書状。
附録1-No.619 島津立久譜
島津忠国と父子の不和、立久の奥州敗走、守護職をめぐる用久らの動向、伊東・和田・北原氏などとの戦闘、所領・城郭をめぐる争いを記した島津立久譜の記事。
附録1-No.620 島津立久書状
島津立久が、船の祈祷に関する申し入れと配膳の送付に謝意を示し、日の出を祝って祈念の通所を仰いだ一乗院宛の書状。
附録1-No.621 島津忠治書状
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実および綱津・京泊の知行境をめぐる状況を尋ね、世間の動向に注意し、詳細は年寄衆から申し入れるとした内容。
附録1-No.622 島津忠治書状
島津忠治が、久しく音信がなかったことを詫び、今後も頼みにすることを伝え、ある郡で起きた混乱が渋谷殿の取り計らいによって鎮まったことに重ねて謝意を述べた書状。
附録1-No.623 島津忠治書状
島津忠治が、祁答院重実と綱津・京泊の知行境の状況を尋ね、世間の動向に注意するよう促し、三か国における相手の立場を頼み、詳細は年寄衆から伝えるとした書状。
附録1-No.624 島津忠治書状
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実と綱津・京泊の知行境、世間の動向、年寄衆による伝達を扱う。
附録1-No.625 島津忠治書状
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実と綱津・京泊の知行境、世間の動向、年寄衆による伝達を扱う。
附録1-No.626 島津忠治書状
No.623と同文のため本文が省略された島津忠治書状。祁答院重実と綱津・京泊の知行境、世間の動向、年寄衆による伝達を扱う。
附録1-No.627 島津勝久書状
島津勝久が、河辺・谷山方面へ進軍して鹿児島衆と合流し、敵約二百人を討ち取り谷山神前城まで追い詰めた戦果を入来院殿へ報じた書状。
附録1-No.628 島津勝久書状
島津勝久が、近日中に援軍を遣わすとの報を受け、搦手となる市来宇良の攻略を徹底すること、郡山・隈城方面の望みの地へ進むことを指示した書状。
附録1-No.629 島津勝久書状
島津勝久が、石州からの丁重な申し入れを喜び、石州と船者の知行不足や七島内の所領配分について報告し、今後の進展を両名へ伝えた書状。
附録1-No.630 島津勝久書状
島津勝久が、入来院殿の伝言、石州への連絡と廻船者の保護・入国、双方の礼や軍勢派遣、山事・所用の処置について詳しく指示した書状。
附録1-No.631 渋谷氏鹿児島参仕座配書立
島津忠治の代に入来院氏が鹿児島へ参仕した際の座敷・座次を、忠治、左馬助、国衆親類、北郷・樺山・新納・佐多氏らの位置関係とともに記した座配書立。
附録1-No.632 島津勝久書状
島津勝久が、女房が乗船して鹿児島に滞留しているとの報を受け、船の手配を命じて三艘を参らせるよう樺山殿へ依頼した書状。
附録1-No.633 島津勝久書状
島津勝久が、長らく音信がなかったため一筆を送り、近況を尋ね、相手を懐かしく思っていることを簡潔に伝えた書状。
附録1-No.634 島津勝久書状
島津勝久が、前日の使者の申し入れ、女房と鹿児島方面の事情、本田・肝付越前守らの動向、海上と船の手配について樺山助太郎へ伝えた書状。
附録1-No.635 肝付久兼書状
肝付久兼が、樺山助太郎の滞留と辛労をねぎらい、帰宅・出頭の時期や使者による申し入れを伝えた書状。後続の契約条項は枝番No.635-2として分離した。
附録1-No.635-2 某契約状案文
契約当事者が、世情が変転しても互いに違背せず、困難の際には助力し、和融を損なう害が生じた場合は互いに申し開くことなどを定めた契約状案文。No.635の肝付久兼書状とは別文書である。
附録1-No.636 島津勝久書状
島津勝久が、届けられた書状を披見し、相手方の用件や使者の扱い、今後の申し入れについて返答した書状。本文に難読箇所を含む。
附録1-No.637 大内義興書状
大内義興が、渡唐船と塩田方面の件、使者の入魂と進展、太刀・腰長などの贈答について嶋津陸奥守へ伝えた書状。
附録1-No.638 大内義興書状
本文では番号・出典表示と宛先のみが確認でき、書状本文は掲載されていないため、内容を確定できない大内義興書状。
附録1-No.639 肝付兼演外六名連署覚書
年頭・吉書・進物・祭礼・使者・家中行事・船・琉球関係など、日付ごとの儀礼と役務を列挙し、肝付兼演ほか六名が連署した覚書。
附録1-No.640 島津実久書状
島津実久が、境目の状況と親類中の申し入れ、東光寺を使者として進める相談、双方の協力と今後の判断について伊地知周防守へ伝えた書状。
附録1-No.641 親方書状
親方が、書状を頂戴したことを謝し、義鎮へ申し遣わされた条々を了承し、宗綱も承知しているので内容を披露してほしいと本田弾正忠へ伝えた書状。
附録1-No.642 某書状
差出人が、段子一端の拝領に謝意を述べ、返礼として具足二領と糸毛を進上した短い書状。
附録1-No.643 島津勝久書状
本文差出人が、御屋形へ使者を立て、分国で修行する覚悟について納得を得たいこと、詳細は光明寺から申し入れることを村田越前守へ伝えた書状。目録標題は島津勝久書状。
附録1-No.644 島津勝久書状
本文署名の忠兼が、相手の来訪が延びた事情を案じ、翌月三日を過ぎれば必ず来るよう求め、詳細は使者に託した書状。目録標題は島津勝久書状。
附録1-No.645 島津勝久書状
本文署名の忠兼が、内所の不調と帰宅後の気分を尋ね、回復したなら早くこちらへ来るよう肝付三郎五郎へ求めた書状。目録標題は島津勝久書状。
附録1-No.646 島津勝久書状
本文署名の忠兼が、近頃の事件と関係者の動向を知らせ、残る者への詮議や今後の処置について肝付三郎五郎へ申し送った書状。難読箇所を含む。
附録1-No.647 島津勝久書状
本文署名の忠兼が、相手の帰還後の無音を気遣い、真幸方面の様子と城をめぐる情勢を尋ね、堅固に対処するよう肝付三郎五郎へ求めた書状。
附録1-No.648 島津勝久書状
島津勝久が、久しく音信がないことを述べ、近く実久が和泉と同行して来る予定を知らせ、これまで同様に懇切に奉公するよう求めた書状。
附録1-No.649 島津勝久書状
島津勝久が、右筆を務める者を急ぎ必要としているため、普代の奉公として適任者をこちらへ越させるよう北郷小次郎へ催促した書状。
附録1-No.650 島津勝久書状
本文署名の忠兼が、当時の世情を踏まえて兵具・武具の用意を最優先に進めるべきこと、関係者と相談して不足なく備えることを攝津守へ求めた書状。
附録1-No.651 島津勝久書状
島津勝久が、小宰相殿・顕姓殿への用件で人を越させたことを伝え、事情を聞いたうえで諸事が適切に進むよう攝津守へ催促を頼んだ書状。
附録1-No.652 島津忠宗譜
島津忠宗の譜中記事。久長について、伊作と号し、初名を忠長、通称・官途を彦三郎・左衛門尉・下野守・大隅守としたことを記し、子孫は別紙に記すとする。女子の記載もある。
附録1-No.653 島津忠継書状
島津忠継が、ふくすまろに関わる品や文書の預け置き・扶持、太郎三郎らによる取扱いについて細かく指示し、不測の事態にはこの書状に基づいて処置するよう、せんず御ぜんへ伝えた書状。本文に難読箇所がある。
附録1-No.654 少弐冬資書状
少弐冬資が、分領山鹿をめぐる件は承知しており、越州方と相談して決着を図ること、定内への兵粮供給など諸事を命に従って申すよう伝えた書状。本文はNo.554と同文のため省略されている。
附録1-No.655 今川了俊書状写
今川了俊が音信を喜び、求戸足北の凶徒退治は今秋に実行して早急に発向すること、京都から命じられた参洛も秋中に行うこと、在国・出陣や子息の処遇について上意に従うよう求めた書状の写。本文はNo.572と同文のため省略されている。
附録1-No.656 某書状
貞信が礼状を披見し、三か国のことが無事に済んだことを喜び、今後も島津方の意向に従うこと、玖摩・八代退治の際には一途に本差として働く旨を伝えた書状。本文はNo.573と同文のため省略されている。
附録1-No.657 某書状
昌和が、しばらく音信しなかったことを詫び、大手の陣と島津方へ書状を送り、子息の参陣や八代征討、京都方への忠節について意向を伝え、返事を求めた書状。本文はNo.552と同文のため省略されている。
附録1-No.658 島津氏久書状
島津氏久が、隅州退治を来る二十五日に決行すると知らせ、そのための用意を求めるとともに、期日前に参会して諸事を相談したい旨を比志嶋殿へ伝えた書状。
附録1-No.659 某書状
島津氏久が、相手の参会と承諾を喜び、島津又三郎との談合、年貢・補任状、京都での沙汰や預所に関する処置について平山左京亮へ指示した書状。
附録1-No.660 足利義満御内書
足利義満が島津修理権大夫に、疏黄に関する用件のため梵章首座を下向させたので厳密に取り扱うよう命じ、詳細は同人に申し含めたと伝える御内書。あわせて御旗の扱いや将来の面会について指示する。本文はNo.507と同文のため省略されている。
附録1-No.661 島津氏久書状
島津氏久が新春の祝意と日頃の厚恩への感謝を述べ、いずれ参上する意向を伝えるとともに、前年の奉加に関して鹿毛の馬一疋を進上した書状。
附録1-No.662 島津玄久氏書状
玄久(島津氏久)が礼状を受け取り、夏以来の面会や諸事への助力を喜び、便宜の際に使者を連れて来ることなどを冠嶽別當御坊へ伝えた書状。
附録1-No.663 島津元久書状
島津元久が正宮材木の納入について、各所の番替で滞っている可能性を指摘し、正月二十日以前に材木をすべて社頭へ届けて皆納の請取を持参するよう催促した書状。
附録1-No.664 島津元久書状
島津元久が、重ねて祝意を述べ、出陣の用意は猶予できず急いで越すべきこと、国人らとともに立ち上がって対処するよう田代殿へ求めた書状。
附録1-No.665 島津元久書状
島津元久が、和州方へ使者を遣わす件や武州方への伝達、境目での援軍・合戦に関する相談を述べ、軍事上の指示を受けて諸事を処置する意向を伝えた書状。本文はNo.580と同文のため省略されている。
附録1-No.666 島津元久書状
島津元久が新春の祝意を述べ、河尻への合力要請に応じて田代刑部少輔を添えた軍勢を派遣したこと、球磨郡では相良三郎の動向を受け親類美濃守と軍勢を差し向けたことを八代殿へ伝え、協力を求めた書状。
附録1-No.667 島津元久書状
島津元久書状。本文は『旧記雑録前編』の同文文書を参照する旨のみが掲げられ、本文自体は省略されているため、内容・宛先は当該頁から確定できない。
附録1-No.668 島津忠国書状
目録は島津忠国書状・七月一日とするが、本文は貴久署名・七月二日付。境目や春山の情勢を尋ね、伊集院方が近ごろ取り乱しているとの報を受け、近日中に自ら赴いて諸事を相談すると比志嶋殿へ伝える。
附録1-No.669 足利義教御内書
足利義教が島津陸奥守に、大友中務大輔持直と大内新介息以下を討つため豊後国へ出兵し、他国へ没落した場合も直ちに追討・処置するよう命じた御内書。本文は『旧記雑録前編』同文文書の参照注記のみで、内容は同日・同標題のNo.511により照合した。
附録1-No.670 足利義教御内書
足利義教が島津陸奥守から金襴・沈香・酒器・付鉢などの進物を受領したことを賞し、返礼として太刀と白糸を遣わした御内書。本文はNo.512と同文のため省略されている。
附録1-No.671 足利義教御内書
足利義教が先に命じた豊後国への発向について、出陣の有無がまだ報告されていないとして、対応状況を確認した御内書。本文はNo.513と同文のため省略されている。
附録1-No.672 島津立久書状
島津立久が長野所からの礼を了承し、郡田城輪の件は承知していると述べ、肝要の水手を堅く保持することなどを和田殿へ指示した書状。
附録1-No.673 島津立久書状
島津立久が、須木方面で翌十五日に予定された行動に応じて境目へ出るはずだったが、米良美濃・比田木次郎太郎が前日の合戦で負傷したため延期したことを伝え、相手方の動向に応じて出向く旨を本田殿へ知らせた書状。
附録1-No.674 足利義稙御内書
足利義稙が島津修理大夫から太刀・銭・唐櫃・沈香などの進物を受けたことを賞し、返礼として久国作の太刀一振と安則作の刀一腰を遣わした御内書。本文はNo.510と同文のため省略されている。
附録1-No.675 本田国親書状
本田国親が、正八幡の所領・社家衆をめぐる争いについて事情を述べ、関係する被官人の召集や書状の提出を求め、判決と処理を最勝寺俊道へ願った書状。
附録1-No.676 島津忠国書状
島津忠国が、松山滞在や財部・志布志方面の事情を伝え、十二日に出立する予定、内々の音信を絶やさず警戒すること、別符の合戦で大勝したことなどを内山千熊へ知らせた書状。
附録1-No.677 島津忠国書状
島津忠国が山東の件と関係者の処遇について述べ、祝言の品を贈り、親類をめぐる事情や天下の状況を踏まえて当面の対応を木嶋殿へ伝えた書状。仮名書きが多く細部に難読箇所がある。
附録1-No.678 島津忠国書状
島津忠国が先の書状を受け取ったもののすぐ返答できなかったことを詫び、敵方が手を失ったとの報を喜び、陣を堅固にして簡略にせず、時宜に応じて連絡するよう和田殿へ求めた書状。
附録1-No.679 島津忠国書状
島津忠国が、落人らの処置について承知し、嶂山へ申し付けて追い取りを行わせること、催促を重ね、相手方へ帰参する者の委細を知らせるよう和田殿へ求めた書状。
附録1-No.680 島津忠国書状
島津忠国が、本田関係者の取り立てや給付、千代なへの処遇、三郎五郎らの動向について、相手の意向を確かめながら今後の扱いを細かく指示した仮名書状。本文に難読箇所が多い。
附録1-No.681 島津忠国書状
島津忠国が、千代なへに関わる処遇や周囲の申し分を述べ、喜代三郎五郎らに相談して問題が収まるよう取り計らうことを求めた仮名書状。本文に難読箇所が多い。
附録1-No.682 島津忠国書状
島津忠国が、又三郎らの身上・奉公や関係者の扱いについて事情を述べ、周囲と相談しながら穏便に取り計らうよう、きよみつへ求めた仮名書状。本文に難読箇所が多い。
附録1-No.683 御感給旨所望輩交名
軍功に対する御感状・給付を望む者百八十三人を、名乗りと家督、親子・一族の討死、軍功などの注記を付して列挙した交名。
附録1-No.684 島津貞久書状
島津貞久が、九月二十八日付の書状を今月二十一日に受領したと述べ、命令どおり沙汰し、詳細は使者を通じて申し入れると回答した書状。本文末尾は十一月二十三日付で、目録年月日と相違する。
附録1-No.685 島津貞久書状
島津貞久が、牛屎一族への書状について先例のない扱いで面目を失ったと述べ、詳細は対面時に説明するので披露するよう求めた書状。
附録1-No.686 今川了俊(貞世)書状
今川了俊が薩州の合戦や京都への働きかけに触れ、先の出陣以来の合力を評価し、今後も相談しながら忠節を尽くすよう島津上総介へ求めた書状。
附録1-No.687 布施英基書状
布施英基が、琉球国から長く音信がなかったところ船が到来したことを伝え、命令内容を速やかに伝達し、同じ使者が帰る際には船の件を申し付けるよう島津陸奥守へ求めた書状。
附録1-No.688 島津武久(忠昌)書状案
島津武久(忠昌)が、琉球国をめぐる件について二月十一日付の奉書を四月二十九日に受領したことを述べ、船の渡海と敵方への対応、使者を通じた今後の措置を記した書状案。
附録1-No.689 北郷久剛譜
北郷氏庶流系図中の記事。伊東氏との鉾盾に際して武久(忠昌)から御書を賜り、その正文があることを記して、続く文書を掲げる。
附録1-No.690 島津武久(忠昌)書状
島津武久が、伊東方の三俣出張に備えて境目の者を速やかに合力させ、桃山殿らと相談して手落ちなく対応するよう求め、実相寺下着後の情勢も伝えた書状。本文は十一月二十五日付で、目録年月日と相違する。
附録1-No.691 島津忠昌書状
島津忠昌が年始の祝意を述べ、旧年のことを重ねて祝うとともに、抑山田治部少輔の越境時には詳しく尋ねて対応するよう家中の人々へ伝えた書状。
附録1-No.692 島津忠昌書状
島津忠昌が、ある者の下向・移動をめぐる扱いについて、当所の者が見えない事情を述べ、相手方の判断と知らせを求めた短い仮名書状。本文に難読箇所がある。
附録1-No.693 島津忠昌書状
島津忠昌が、今回の旅の稽古として当日連歌を行う予定を知らせ、都合がつけば参会するよう若狭守へ求めた短い仮名書状。
附録1-No.694 島津忠昌書状
島津忠昌が夜中までの参会や品物の給付について申し入れ、当日の事情と同道衆への対応を若狭殿へ伝えた仮名書状。本文に難読箇所がある。
附録1-No.695 島津忠昌書状
島津忠昌が豊後から使者が下ったこと、琉球から相国寺の使僧が上り両津へ着岸したことを知らせ、事情が錯綜しているため早急に来訪し、詳細は老名衆から聞くよう求めた書状。
附録1-No.696 島津忠昌書状
島津忠昌が福島へ赴く途中の参会と道中の奔走に謝意を述べ、菱刈へ遣わした使者の申し分はすでに聞いたと思うが、不明点があれば改めて知らせると新納近江守へ伝えた書状。
附録1-No.697 取竜書状
取竜が、久しく音信がなかったことを述べ、今度の渡唐船について公儀から硫黄の催促があるため、船が津へ着いたら細かく示し、関係者へ厳しく申し付けるよう平田・村田両名へ求めた書状。
附録1-No.698 島津忠昌書状
島津忠昌が、河上十郎左衛門尉を通じて相手の意向を詳しく承知したことを喜び、議論の細部は問わず、今後も信頼して協力するよう樺山殿へ伝えた書状。