ARCHIVE DIRECTORY
附録1の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
全1,072件中 801~900件・9 / 11ページ
附録1-No.798 日新記
義兵を挙げて敵城を攻略した際、敵方戦死者の数を聞いて島津忠良が涙を流し、やむを得ず武力を用いたと述べた記事。遺骸を一坑に埋めて大塚を築き、諸僧に大施餓鬼を修させ、自身も現地で水を供えて法界平等の供養を行った。
附録1-No.799 日新記
大乗妙典十三部を書写し、阿多郡・入来・田原の十三所に経塚を築いて納経し、済家・洞家・真言・天台の諸宗に法華経を読誦させた記事。加世田・川辺境の大当原にも妙経十三部を十三基の土塔へ納め、戦死者の成仏を願った。
附録1-No.800 日新記
博奕を重く禁じ、本人だけでなく宿主・仲間も罪の軽重に応じて斬罪・流罪とし、武士は所領や馬を没収、無資産者は遠流に処した記事。博奕は人を欺き財貨を失わせ、窮迫から権謀・犯罪へ至って身を滅ぼす基となるため、厳禁して皆の戒めとした。
附録1-No.801 日新記
領内の僧侶が理由なく還俗することを禁じ、違反者は父母の国にも置かず他国へ退去させるとした記事。ただし嫡子が戦死・早世し、家を継ぐ子がない場合は島津忠良へ届け出たうえで、家の血脈を絶やさないため還俗を許すとした。
附録1-No.802 日新記
毎年、諸寺の高僧を招いて法華経千部・大般若経を真読させ、法華経万部会も行った記事。万部開巻の日には、久遠の法が今日に現れる趣意を『遠き世の妙なる法の色香をも けふまた鴨の深山辺の花』と詠んだ。
附録1-No.803 日新記
紫藤の花見を催し、僧俗を招いて一日の慰みとし、各人に詩歌を詠ませた記事。島津忠良も『ちらぬ色を松にくらへよ藤の花 みとりはるけき今日の明暮』と三十一文字を詠んだ。
附録1-No.804 日新記
有明月を題にした島津忠良の詠歌記事。毎年見てきた月にも今宵の光ほどのものはないと詠み、さらに末吉の名と月を掛け、千里を照らして君が国を鎮めることを寿ぐ歌を収める。
附録1-No.805 日新記
『神祇和歌』として、神垣では言葉も及ばず、昼夜絶えることのない家の願い・訴えを神へ寄せる趣旨の和歌を収めた記事。
附録1-No.806 日新記
常潤院を訪れた日に突然大雪が山谷を埋め、その絶景を漢詩の故事になぞらえて和歌に詠んだ記事。野山の雪の明け方と、簾を巻いて眺める趣を表す。
附録1-No.807 日新記
島津忠良が伊作本坊を訪れ、幼少期に朝夕見た垣根の菊花を七十余歳で再び目にして一首を詠んだ記事。衰えた我が身と昔と変わらぬ紅の花を対照させる。
附録1-No.808 日新記
酒宴・舞楽の折、先に亡くなった一枝霊秀居士を思い出して涙し、伯牙絶絃の故事になぞらえて追悼歌を詠んだ記事。戯れの音を聞くたび、亡友を思って言葉ごとに涙露が宿る心を表す。
附録1-No.809 島津忠良詠草
島津忠良自筆の正文が指宿助左衛門に伝わったとされる『白毛十首之和歌』。白髪を題に、老い、鏡に映る姿、染めても戻る白髪、死への覚悟などを十首に詠む。
附録1-No.810 島津忠良詠草
島津忠良の『法楽之詠冠於大悲権現七首和歌』。神慮、正直の道、迷いを照らす神光、熊野、月、神幸などを題に、神仏への帰依と衆生救済への願いを七首に詠む。
附録1-No.811 島津忠良詠草
島津忠良の『佛法参得之詠』。迷いを断つ主体と対象の不二、形と心、雲雨・蓮葉・月、旅と夢、念仏、極楽往生などを題に、仏法参究による空・無常・救済の境地を和歌に詠む。
附録1-No.812 島津忠良詠草
『日新記』所収の六字和歌。長寿、念仏、無生、悪業、阿弥陀仏、極楽往生、四十八願などを題に、六字の名号に託した信仰と救済への確信を詠む。
附録1-No.813 島津忠良詠草
島津忠良が松島で舟遊びをした際の詠歌。再び立ち帰って眺めたい松島の姿と、沖に立つ波への名残を一首に詠む。
附録1-No.814 島津忠良譜
『日新公御譜』および『日新記』に、琉球国中山王の渡貢船が上表し、慶賀を奉頌したことを記す記事。中山王からの書状本文へ続く導入に当たる。
附録1-No.815 琉球中山王書状
琉球国中山王が、領内の平穏と長久を祝して天界寺長老・世名城主良仲を使節として派遣し、黄金、真南蛮香、五色糸、白布を進呈する旨を述べた書状。詳細は月泉長老から伝えるとして結ぶ。
附録1-No.816 島津忠良譜
『日新公御譜』および『日新記』所収の記事。毎年渡来する大明・南蛮船の入貢品や破船貨物を納め、それを孤独で救済を求める者、飢餓に瀕した者、帰国途上の貧者らのために用いたことを記す。
附録1-No.817 島津忠朝書状
島津忠朝が島津忠良へ、新春を賀し、前年以来南方が平穏で、島津実久と渋谷氏が和融したとの風聞を喜ぶ書状。弓矢の覚悟と勝利・落着に触れ、詳細は金吾から伝えるとして忠良側の動静を尋ねる。
附録1-No.818 飛鳥井雅孝蹴鞠伝授状
飛鳥井雅孝が島津忠良の懇望を受け、蹴鞠に用いる葛袴の着用を特別に許した伝授状。子細はあるものの、忠良の希望を重んじて別儀なく免許すると述べる。
附録1-No.819 琉球国世主書状
琉球国世主が、五色の刺繍品を披見し、未だ馴染みのない間柄ながら音問と武具二種の贈物を受けたことを謝す書状。返礼として北絹十端・素糸十斤を進献し、礼意を表す。
附録1-No.820 島津忠良詠草
御文庫二十二番箱所収の島津忠良詠草。本文はNo.809『白毛十首之和歌』と同文のため省略され、出典注と同文省略の注記のみが掲げられる。
附録1-No.821 島津貴久書状
島津貴久が種子島殿へ、ある案件のため徳永次郎三郎を派遣したので、先例どおり懇切に取り計らうよう求めた書状。嘉例を表すため太刀一腰を贈る。
附録1-No.822 某書状
国家相続の長久を祝い、国宗の金覆輪太刀一腰と鳴織物五端を贈る書状。また、相手国の医者について聞き及んだとして、自国には当時医術に通じた者がいないため下向させるよう求め、年寄衆からも申し入れると述べる。
附録1-No.823 島津歳久譜
『左衛門督歳久譜』の記事。天文年間、父島津貴久が歳久に黄金を与え、自筆の書簡を添えたことを記し、『山口への御書案文』を掲げる前書き。
附録1-No.824 島津貴久書状
島津貴久が又六郎殿へ、入用の品があると聞いたため金一枚を進呈し、御用に立てば満足であると伝えた短い書状。
附録1-No.825 島津貴久書状
島津貴久が左衛門尉の書状を了承し、所領問題の処置と義久による検討、自身の判断、談合の必要を述べた返書。帖佐・山田・清水の状況に触れ、追而書で正八幡領と民部左衛門尉の件を確認する。
附録1-No.826 島津貴久書状
島津貴久が左衛門大夫へ新春を賀し、弥七左衛門尉を雇い入れたいので、必要が済み次第こちらへ送るよう求めた書状。当座の用務があれば事情を聞いたうえで差し遣わすとしている。
附録1-No.827 島津貴久書状
島津貴久が境目の平穏を喜び、仕役者の吟味と占い、春の勝利見込み、庄内への派遣、栗野への進出、陣構えや日取りについて報じた軍事書状。関係者との談合と慎重な準備を求める。
附録1-No.828 島津貴久書状
島津貴久が公方の大鷹所望を受け、書状の趣旨を承知して大鷹一羽を進上した書状。さらに私蔵の大鷹一羽も献上するので、その旨を披露するよう進藤左衛門大夫に依頼する。
附録1-No.829 島津貴久書状
島津貴久が多年の懇意、とりわけ北原境での協力に謝意を表した書状。恩顧によって本望を遂げたとして取次ぎを頼み、軽微ながら品物と紅糸一斤を進呈する。
附録1-No.830 島津貴久書状
島津貴久が講堂完成の報を喜び、完成までの力添えを依頼した書状。伊集院大和守を担当として申し付けるので、郷衆と協力し、分国の面目を損なわないよう尽力することを求める。
附録1-No.831 島津貴久書状
島津貴久が不断光院へ、国内滞在中に境目の戦闘が急迫したことに触れ、古今集切紙七通を贈られた礼を述べる書状。多年の念願が成就したと喜び、取次ぎを頼んで返礼品を進呈する。
附録1-No.832 近衛尚通書状
本文はNo.835の近衛尚通書状と同文のため省略され、同文注のみを掲げる。由緒の件について匠作を通じた協力を求め、扇三本を贈り、詳細は筑後守から伝える内容。
附録1-No.833 島津日新忠良書状
島津忠良が貴久と家中へ、内乱を避け、自身への戒めと用心を怠らず、内から生じる『国魔』を理法によって抑えるよう説いた訓戒状。一時の義を装う私心を退け、国家・家のために善政を行うことを求める。
附録1-No.834 島津忠良書状
島津忠良が一乗院の同宿衆へ、虎寿丸の登山に際して格別の厚意を受けたことを謝し、いずれ自身が参上して礼を述べたいと伝えた書状。万事は次の機会に譲るとして結ぶ。
附録1-No.835 近衛尚通書状
近衛尚通が島津三郎左衛門尉へ、まだ直接の交渉はないが、由緒の件を匠作へ申し入れているので、相談して協力してほしいと求めた書状。扇三本を贈り、詳細は筑後守から伝えるとして省略する。
附録1-No.836 島津日新忠良書状
島津忠良が式部大輔へ、見舞いへの礼を述べ、瘡病の平癒状況を案じた返書。何より養生が肝要で、快気した折には訪れて雑談したいと伝え、珍物五斤を賞玩したことにも触れる。
附録1-No.837 島津日新忠良書状
島津忠良が式部大輔へ、兼続が来着したことを知らせ、相手が快気せず面会できないのを惜しみ、養生を第一とするよう勧めた返書。贈られた辛螺・海老四籠への礼も述べる。
附録1-No.838 島津忠良書状
島津忠良が摂州忠俊へ、唐船着岸の件で先に格別の取り計らいを受けた礼を述べ、返礼が遅れたことを詫びた書状。水母巻を贈り、今後の音信を期して結ぶ。
附録1-No.839 島津忠良書状
島津忠良が忠俊へ、伊集院で約束した川野での千句興行を来る七日から行うので、五日頃に来れば六日から相談できると伝えた書状。発句ができれば示してほしいと求め、再会を期す。
附録1-No.840 島津日新忠良書状
島津忠良が椎山安芸守へ、歳暮の祝意と賀札への礼を重ねて述べた返書。明春には互いに満足できるよう、改めて祝意を申し加えたいとして慶事を喜ぶ。
附録1-No.841 島津忠良書状
島津忠良が陣取り決定の報を喜び、正宮の吉兆にも触れた軍事書状。岩切の参上や船の回航を急がせ、合戦の統率を徹底し、下知に従わない者は厳しく成敗することが肝要だと命じる。
附録1-No.842 島津日新忠良書状
島津忠良が又三郎へ、実名の下一字を改めたことについて使者から賀礼を受け、そのほかの祝意にも謝した返書。こちらからも太刀一腰と青銅二百疋を贈って祝儀を表す。
附録1-No.843 島津日新忠良書状
島津忠良が、このたびの戦で抜群の忠勤を尽くしたことを賞し、永く忘れないと誓った書状。和議や凶害に関わる事情が生じても面談して率直に話し合うとして、諸軍神を証人に偽りのないことを誓う。
附録1-No.844 島津日新忠良書状
島津忠良が本田殿へ、久しく音信がなかったところ懇書を受けたことを喜び、伊集院大和守と継続して相談することが第一だと伝えた返書。贈られた珍物の羔羊にも謝意を述べる。
附録1-No.845 島津日新忠良書状
島津忠良が右馬頭へ、安父子の調停を頼もしいと評価し、加治木境の争乱への対処を論じた返書。若衆とも密かに相談し、一途に判断すること、先方へ事情を申し渡すことを求め、正興寺・大年寺を介した働きかけにも触れる。
附録1-No.846 島津日新忠良書状
島津忠良が摂津守へ、市来衆が串木野方面に現れ、五か所も同様であることを報じた書状。相手方の境目での対応を詳しく知らせるよう求め、使僧を派遣したので事情を伝えるとして結ぶ。
附録1-No.847 島津貴久書状
島津貴久から又三郎への書状。本文は『旧記雑録前編』所収文書と同文である旨の参照注があり、本項には包紙・日付・署名・宛先を中心に掲げる。
附録1-No.848 進藤長治書状
進藤長治が島津修理大夫へ、進物を目録どおり受け取ったことと喜悦の旨を伝え、官途の件を取り計らうと述べた書状。烏帽子・大口の裏打ち、扇、匂袋などを贈る。
附録1-No.849 朝倉義景書状
朝倉義景が島津修理大夫へ、琉球渡海の勘合について同意を得たことを喜び、太刀一腰・馬一疋の贈物と使者への厚遇に謝した書状。渡船の機会を期し、詳細は永興寺から説明すると述べる。
附録1-No.850 琉球国書状
那覇側が河上将監へ、唐船来航を見込み、貴国の商船が来れば先例どおり武具・腰刀などを那覇で受け取り、出船時に渡すよう求めた書状。印判のない船とは取引せず、問題があれば処罰するよう命じ、緑織物九端を贈る。
附録1-No.851 某綸旨副状
大隅国桑原郡正八幡宮の三所大菩薩神体九体を造立して叡覧に供したことを神妙とし、檀那島津貴久の尽力も聞き届けたと伝える綸旨の副状。貴久の懇志と大功を内々に賞する。
附録1-No.852 島津貴久書状
島津貴久が又三郎へ、入来院をめぐる交渉と河内の明渡し、東郷・祁答院・菱刈・相良・北原・蒲生・肝付らの動向を詳述した書状。加世田への報告を求め、各勢力との調略・出頭・奉公をどう進めるか判断を促す。
附録1-No.853 島津貴久書状
島津貴久が右馬頭へ、先日の合戦で弓をもって働いたことと佐左・五ヶ瀬川合戦の勝利を賞した書状。北原からの返事はこの勝利によるものとみて、使僧を遣わして調略し、北原を味方に召し出したいと述べる。
附録1-No.854 島津貴久書状
島津貴久が右馬頭へ、加治木で働く相手方の人数の苦労を聞き、使者を立てて礼を述べた書状。自軍の行動が遅れていることを詫び、尾州から和議の意見が度々届くなか、油断による遅延ではないと説明する。
附録1-No.855 島津貴久書状
島津貴久が北郷左衛門尉へ、歳暮の祝意を重ねて述べ、先例どおり慶賀の書状を送ったもの。年内はこのとおりとし、明春には双方の満足がさらに増すことを願う。
附録1-No.856 島津貴久書状
島津貴久が北郷左衛門尉へ、上洛以来便りがなかったことを遺憾としつつ、学文に励む様子を察して早々の下向を待つと伝えた書状。少量ながら品を贈り、帰国を促す。
附録1-No.857 島津貴久詠草
島津貴久が伯囿名で詠んだ十五首の和歌。旅、余寒の雪、春、山家の梅などを題材とし、行路の霞、名残雪、春景、山里の梅を詠む。
附録1-No.858 島津貴久書状
島津貴久が三郎左衛門尉へ、芸州をめぐる私的な事情と長年の疎遠、福昌寺・妙谷寺の進退や所領をめぐる対立の経緯を詳述した書状。関係者間の調停と帰寺を望み、先例に照らした処置への意見を求める。
附録1-No.859 島津貴久書状
島津貴久が本田紀伊守へ、贈られた品を祝着し、先方からの音信に感謝した返書。こちらは無事であり、詳しいことは後便に期すと伝える。
附録1-No.860 島津貴久書状
島津貴久が、年内に度々来訪したことを喜び、二郎四郎とも十分に面会できたことを大慶とした書状。相手の評判や語られた話題に触れ、帰宅後の様子を思いやる。
附録1-No.861 島津貴久書状
島津貴久が摂津介へ、新年の慶賀を重ねて述べ、祝言を受けた喜びを伝えた書状。贈られた五明二本への謝意を示し、こちらからも祝儀の品を進献する。
附録1-No.862 島津貴久書状
島津貴久が摂津介へ、贈られた珍しい肴への謝意を述べた書状。前月の参会種をめぐる祭礼の混乱で連歌なども行えなかったため、来月は必ず参会するよう求める。
附録1-No.863 島津貴久書状
島津貴久が摂津介へ、先日の参会後に守全が遣わされたことや、人々が集まった場で村田方の件を申し合わせたことを伝えた書状。書状を披見のうえ、急ぎ越してほしいと求める。
附録1-No.864 島津貴久書状
島津貴久が摂津介へ、帰宅後の滞留事情を尋ね、龍雲寺方面の動向や別紙の用件を伝えた書状。帰りが遅いことを案じ、福昌寺の奉公人へ申し得た件も含めて事情を知らせる。
附録1-No.865 島津貴久書状
島津貴久が摂津介へ、菖蒲の頃に加世田へ赴く予定と、伊地知から来た栗毛の馬について述べた書状。芸州の者の望みを聞き、父の馬との差し替えや敵方との交渉を検討する。
附録1-No.866 島津貴久書状
『旧記雑録前編』所収文書と同文であるため、本文は省略されている。本文冊子では正文の所在と同文注記のみを確認できる。
附録1-No.867 島津貴久書状
島津貴久が、虫気のため詳しい返答を後日に回し、翌日の喜入行きや鹿児島へ赴く予定について述べた書状。相手の来訪が難しいとの話を受け、事情をよく承知したいと伝える。
附録1-No.868 島津貴久書状
島津貴久が摂津介へ、出張にあたり同心して奔走するとの申し出を頼もしく思うと伝えた書状。途中まで出陣したかを尋ね、労苦をねぎらう。
附録1-No.869 島津貴久書状
『旧記雑録前編』所収文書と同文であるため、本文は省略されている。本文冊子では所蔵注記と同文注記のみを確認できる。
附録1-No.870 某書状
『旧記雑録』所収の別文書と同文であるため、本文は省略されている。本文冊子では正文の存在と同文注記のみを確認できる。
附録1-No.871 今岡通詮書状
今岡通詮が徳永隼人佐へ、三宅和泉守が公方の命で琉球国へ赴こうとして薩州で不慮の死を遂げた後の経緯を述べた書状。三宅方の遺族・被官や津浦での借財・兵糧をめぐる問題について、取り成しと返報を求める。
附録1-No.872 島津忠良書状
『旧記雑録』所収の別文書と同文であるため、本文は省略されている。本文冊子では正文の所在と同文注記のみを確認できる。
附録1-No.873 龍造寺家門書状
龍造寺家門が、治世の趣を承知したことを喜び、遠方の海路のため便りが遅れがちであると述べた書状。今後も状況を知らせるよう求め、慶賀を伝える。
附録1-No.874 近衛稙家書状
『旧記雑録』所収の別文書と同文であるため本文は省略されている。本文冊子では近衛稙家の正文所在、嶋津殿宛の記載と同文注記を確認できる。
附録1-No.875 島津貴久書状
『旧記雑録』所収の別文書と同文であるため、本文は省略されている。本文冊子では正文の所在と同文注記のみを確認できる。
附録1-No.876 島津貴久詠草
島津貴久の自筆と伝える春花の和歌。春という名のもとに咲く宮人の花を詠み、春の訪れと宮廷的な花の景を重ねる。
附録1-No.877 徳川家康起請文
徳川家康が、薩摩・大隅・諸県をめぐる和議について、両度の使者を祝着し、相違や兵庫頭の儀を問わず表裏しないことを神々に誓った起請文。
附録1-No.878 某書状
龍伯が、伊勢弥二郎・小世千兵衛尉らの処置、本田六右衛門尉の召還、大山肥前守との相談、土蔵での参会などを指示した書状。申置きが実行されない場合の処置も命じる。
附録1-No.879 島津龍伯詠草
島津龍伯の和歌詠草。松下納涼、詠月夜聴松風、立春、寄神祇祝、名所神祇などを題とし、松風・月・春・神祇を詠む。
附録1-No.880 島津義久詠草
島津義久の和歌詠草。天神社宝前での詠歌に加え、初春・花・郭公・萩・月・雪など四季の題を詠んだ歌を収める。
附録1-No.881 島津義久詠草
島津義久の和歌詠草。待恋・逢恋・山松・神祇などを題とし、高砂、松、八十氏人、藤の花などを詠む。
附録1-No.882 島津義久詠草
島津義久の和歌詠草。残菊、玉津明神法楽、返歌、当座、忘恋、住吉法楽、追膳などの題で、菊・言の葉・波・雪・雲を詠む。
附録1-No.883 島津義久詠草
慶長三年、江戸で大臣の私宅に入った折の島津義久の詠草。春の霞と風、酒宴での玉の緒を題材に和歌を詠む。
附録1-No.884 島津義久詠草
慶長四年の島津義久の詠草。正八幡の馬場の松に付した法楽連歌、立春、寄神祇祝、道などを題に、松・雪・神祇を詠む。
附録1-No.885 島津義久詠草
慶長四年の島津義久の詠草。月前松風、住吉法楽、朝花、盛花などを題とし、月・松・露・花を詠む。
附録1-No.886 島津義久詠草
慶長六年末の島津義久の詠草。兵庫入道の夢想の付句として、大方の雪、年の暮、老いた門などを詠む。
附録1-No.887 島津義久詠草
慶長七年の島津義久の詠草。当座の初冬時雨、五月頃の藤の花、秋の盛りを題として、時雨・秋・日影を詠む。
附録1-No.888 島津義久詠草
慶長八年の島津義久の詠草。秋をよしとする少将殿の観仏の字に応じ、天神の名号や大明神、庭の面、秋を詠む。
附録1-No.889 島津義久詠草
慶長九年の島津義久の詠草。初秋月を題とした歌と、伊作の天神法楽で詠んだ花野の歌を収める。
附録1-No.890 島津義久書状
島津義久が、前年六月十六日と当年正月二十三日の上意を拝戴したことを述べ、分国の逆徒を命令に従って押さえ、懇意を保つと誓った書状。静謐のため馳走する旨を伝える。
附録1-No.891 島津義久書状
島津義久が毛利右馬頭に、上洛に際する使書を謝し、東北の士卒による忠勤や来春の豊後・筑前方面での戦い、日向表の敵への対処を述べ、今後も親交を求めた書状。
附録1-No.892 島津義久書状
島津義久が又六郎(島津歳久)に、心経、犬の具合、山神の祭祀、平田への祈念、狩猟や周辺への問い合わせなど、身辺の諸事について相談・依頼した書状。
附録1-No.893 島津義久書状
島津義久が又六郎(島津歳久)の体調を尋ね、境目の情勢、番衆が小勢となること、仕役の相談、典厩と同様の上申、清水への連絡について分別を求めた書状。
附録1-No.894 島津義久書状
島津義久が又六郎(島津歳久)に、大屋形様の仰せを受けて諸所へ軍勢の手配を命じたことを知らせ、歳久にも引き続き準備するよう求め、自身も明後日までに出立すると伝えた書状。
附録1-No.895 島津義久書状
島津義久が又六郎(島津歳久)に、火箭の口薬に用いる品を送り、細工を依頼した書状。弓竹などの材料を真幸方面で調達することや、念佛寺からの使僧についても問い合わせている。
附録1-No.896 島津義久書状
島津義久が又六郎(島津歳久)に、祝意を述べ、自身は一色表への行動を心掛けているものの機会がなく、何日もむなしく過ごしていることを残念がった書状。
附録1-No.897 島津義久書状
島津義久が島津歳久に、谷山での狩猟や犬のこと、伯固様の大隅滞在と帰参の見込みを尋ね、伊作八幡への参詣後に少人数で来訪するよう誘った書状。