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附録1の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
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附録1-No.898 島津義久書状
島津義久が左衛門大夫(島津歳久)へ、原文にいう「さねやうのくか」の件をまず肝要とし、「大利」の返事を詳しく承りたいと伝えた短い書状。本文・廿九日の日付・歳久宛所・義久署名はいずれも残る。
附録1-No.899 島津義久書状
島津義久が左衛門大輔(島津歳久)に年頭を祝い、祝儀として慶書と品二本を贈った書状。正月二十二日夕の大御屋形様の年頭祝儀への出席と応対を頼んでいる。
附録1-No.900 島津義久書状
島津義久が左衛門佐に、本田衛門尉が申し出た山田の件と帖佐・山田の替地、二十三日の番替、兵庫頭の帰還、吉田衆の動員について連絡した書状。狩猟の相談と連歌に専念している近況にも触れる。
附録1-No.901 島津義久書状
島津義久が左衛門大輔に、準備を怠らないよう求め、小山田の替地の件についてその後の判断を尋ねた書状。配当所領が逼迫する中、当家への奉公に見合う処置を求めている。
附録1-No.902 島津義久書状
島津義久が左衛門督に、勝久の子忠吉とは今朝きっぱり交渉を断ったので安心するよう伝え、狩猟用の犬を送ることと、水牛角二本を進上することを知らせた書状。
附録1-No.903 島津義久書状
島津義久が左衛門佐に新春を祝い、初狩の件を同様に心得ていると伝え、犬を連れて早く来訪し、面談で詳しく相談するよう求めた書状。
附録1-No.904 島津義久書状
島津義久が山門三院に、宣命に関する書状を頂戴した礼を述べ、使者花城院の下向を謝した書状。当国の戦乱で十分に応対できないことを詫び、静謐後の交誼を願い、沈香三百両を進上する。
附録1-No.905 島津義久書状
島津義久が種子嶋三郎次郎に新年の吉兆を祝い、祝儀の慶書と旧例の品を受け取った礼を述べ、今後の繁栄を祈った書状。
附録1-No.906 島津義久自記
島津義久(藤原義辰)が、天文十九年七月二十一日夜と天文二十四年四月十五日夜などに見た夢を記した日記。舞、文字、軍神勧請、日吉、星の光などの夢相を列記する。
附録1-No.907 大蔵卿法印宗久副状
大蔵卿法印宗久が島津修理大夫入道の側近に、油蝋の件は唐人を召し上げて成就し、朱印も発給されたので心得るよう伝えた副状。
附録1-No.908 尊朝法親王書状
尊朝法親王が島津修理大夫に、上洛の知らせを得ながら便がなく連絡できなかったことを述べ、先年の厚情への謝意を示し、滞留中の面会と花城院を介した用談を望んだ書状。
附録1-No.909 近衛前久書状
近衛前久が龍伯に、以前話した若衆が到着したことを知らせ、意高らと酒を酌み交わすため、返事を待たず早馬で少人数のまま急ぎ来訪するよう強く求めた書状。
附録1-No.910 近衛前久書状
近衛前久が伯老(龍伯)に、鷹や鶉の扱い、上京時期、連歌や宮中での用務、使者・贈答への返礼など多岐にわたる近況と依頼を伝えた長文の書状。
附録1-No.911 近衛信尹書状
近衛信尹が龍伯に、型抜きの口を切ったことと袋一つについて喜び、長らく対面できていないため、龍伯の上京時に会いたいと伝えた書状。
附録1-No.912 近衛前久書状
近衛前久が龍伯に、前日の句会を殊勝と称し、夜遅い帰路を気遣った書状。長老の出座や礼のことに触れ、詳細は倉光主水佐が伝えるとして再会を期している。
附録1-No.913 徳川家康書状
徳川家康が龍伯から音信として巻物二種を贈られたことを謝し、小袖十領を返礼した書状。庄内の件で言い分が食い違うため、山口勘兵衛を再派遣したと知らせる。
附録1-No.914 近衛前久書状
近衛前久が伯老(龍伯)に、往復書状が届いていない事情を確かめ、使者永文の扱い、上京後の返書、幸侃・源次郎・又八郎をめぐる相談などについて指示と見解を伝えた書状。
附録1-No.915 近衛信尹書状
近衛信尹が、三月中旬以来音信が途絶えていることを述べ、幸侃の内儀・後家・子らや北郷與右衛門尉の言い分、源次郎・又八郎への対応をめぐる対立について事情と判断を伝えた書状。
附録1-No.916 近衛前久書状
近衛前久が伯老(龍伯)に、持病再発で上洛できないことを惜しみ、双方の養生を勧めた書状。少将の上洛、公用の黄金十両、歌書の閲覧と秘蔵、道正を介した便宜についても述べる。
附録1-No.917 近衛前久書状
近衛前久が伯老(龍伯)に、諸大名の支援、自身と周辺人物の病状、書状や使者、馬・鷹とその薬、贈答、京都での諸案件など、多数の照会事項への回答と依頼をまとめた長文の書状。
附録1-No.918 近衛龍山書状追而書
近衛龍山(近衛前久)が伯老への本書に追記し、預かった歌書の再覧と返送、返事の未着、宗古へ渡した品、羽虫の養生薬・羽乱の薬など鷹薬の調合、連歌と歌の件を確認した追而書。
附録1-No.919 近衛龍山返事事書
近衛龍山(近衛前久)が伯老の質問に答え、歌題や明題集・題画の照合、夏の鹿・雪・若鷹などを詠む語句と注釈について、自作の歌を交えながら見解を示した返事事書。
附録1-No.920 近衛前久伝語書
近衛前久が伝えた薬の調製・使用法。雀を丸焼きにして煤などと合わせ、患部に塗る方法、馬の背の傷や尾の不具合への処置、塗布回数や水洗いなどを具体的に記す。
附録1-No.921 近衛前久書状追而書
近衛前久が本書に追記し、送った一冊を気に入ればそのまま手元に置くよう伝えた書状。自身が覚書として写した冊子であり、不審点への回答や相伝した型、早馬、以前注進した五形についても説明する。
附録1-No.922 近衛前久書状
近衛前久が島津陸奥守入道に、唐鑑玉・台銀の贈答を謝した書状。足利義昭の京都退去と織田信長による帰洛勧告、近江・越前・四国勢の動向を述べ、自身も出張して本意を遂げる見通しを伝える。
附録1-No.923 近衛前久書状
近衛前久が島津修理大夫に、前年の豊後・薩摩両国和睦について朱印が下された以上、遺恨を差し置いて無事とするよう求めた書状。天下への支障を避けるため分別を促し、詳細は伊勢因幡守に託す。
附録1-No.924 近衛前久書状
近衛前久が島津修理大夫に、天下の情勢と自身がその後蟄居していることを述べ、非常時の助力を頼んだ書状。若鷹は不要とし、沈香百両の厚意を謝し、進藤左衛門大夫を介して追って連絡すると伝える。
附録1-No.925 足利義昭御内書
足利義昭が島津修理大夫に、前年柳澤を派遣した際の厚遇と、大鷹一羽・黄金百両・馬三疋の献上を謝した御内書。さらに太刀一腰・黄金十両を贈られたことを喜び、昭光・昭秀からも伝えるとする。
附録1-No.926 島津義久書状
島津義久が大野殿河守に新年を祝い、修理大夫への任官を命じられ官途が定まったことを報告した書状。祝儀として太刀一腰・馬一疋を進上し、今後の慶賀を願って披露を頼む。
附録1-No.927 島津龍伯書状
島津龍伯が秋月三郎に、久しく音信が途絶えたことを詫び、宗閑とは京都で度々懇談したと伝えた書状。今後も変わらぬ交誼を願い、青毛の荒駒一疋を進上する。
附録1-No.928 島津龍伯書状
島津龍伯が又一郎に、梅北一揆への対応により名護屋で処分を受けた事情、薩摩・大隅の置目改定、上使細川幽斎の下向、浅野弾正による検地と肥後八代滞在を伝え、高麗の消息を求めた書状。
附録1-No.929 某起請文
差出人不詳の起請文。関白殿が大閤秀吉への逆心を疑われ、高野山で処置された件を踏まえ、今後いかなる乱が起きても大閤方に背かず、一円忠節を尽くすことを神仏に誓う。
附録1-No.930 島津龍伯請書案
島津龍伯が新納武蔵入道に、三ヶ条について神載をもって心底を示したことを当家への神妙な態度として認め、春日・八幡・天満天神に照らし、同心を決して忘れないと誓った請書案。
附録1-No.931 島津龍伯書状
島津龍伯が、白坂七右衛門尉を介して加治木御蔵入の前年収納分の進上が遅れている件を伝え、下代への処置と般若院への指示を急がせる。あわせて伊集院宮内少輔を差し上せる旨などを示し、処置と報告を求めた書状。
附録1-No.932 島津龍伯書状
島津龍伯が、徳川家康のもとへ参上したことや私宅へ入ったことについて、少しも偽りなく事情を口上したと述べる。八幡・春日・愛宕山に誓って虚偽がないとし、この趣旨を詳しく申し上げるよう求めた書状。
附録1-No.933 島津龍伯書状
島津龍伯が兵庫頭島津義弘へ新年の祝意を述べ、旧例に任せて五明二本を贈り、春中の賀儀を重ねて申し入れた年賀状。
附録1-No.934 島津龍伯書状
島津龍伯が、贈られた知行への礼として河上七郎次郎を派遣したことを伝える。また、本源右衛門尉が治少老から神文血判を求められたとの風聞に疑念を示し、心得のため知らせるので他言しないよう求めた書状。
附録1-No.935 島津龍伯書状
島津龍伯が出船の予定を問い合わせ、東山宛ての書状を持参するよう依頼し、鎌田左京亮にも別件の用務を命じたことを伝える。さらに徳川家康の上着に関する先の風聞は虚説で、真龍の報告では三月十五日時点で未着だったと訂正した書状。
附録1-No.936 島津義久掟書
島津義久が、百姓を憐れみ飢寒を防ぐこと、賢者の登用、忠勤への褒賞、公私の利害の扱い、讒言・虚言の禁止、秘密保持、裁判と処罰の公正など、領国統治と家臣の心得を多数の条項にまとめた掟書。
附録1-No.937 某覚書
大仏造立用の唐金・地金を木食上人と相談する件、国役、伏見城番と供衆の人数、大刑少殿内の閑斎の弟の奉公、杵綱平六、出水瀬崎父馬への母駄給付など、複数の用件を列記した覚書。
附録1-No.938 某覚書
境目の小城、豹皮の礼、馬、拝領した道具、徳川家康に関する件、帰朝の予定、忠長・抱節らへの対応、又八郎への音信礼など、当面の諸用件を箇条書きにした覚書。
附録1-No.939 島津龍伯書状
島津龍伯が本田上野守らへ年賀の使者派遣を告げ、陸奥守に関する先例の祝儀として太刀一腰・馬一疋・緞子五端を進上し、披露を依頼した書状。
附録1-No.940 島津龍伯書状
島津龍伯が又八郎島津家久の到着を受け、山田彌九郎・本田與左衛門尉を召し寄せたことを伝える。都入りや留置、上洛の時期に関する事情を述べ、書状などを整えて早く京都へ上るよう促した書状。
附録1-No.941 島津義久書状
島津義久が、存松・抱節への命令が難しいとの詫びを受けながらも重ねて申し付け、了承させたことを述べる。さらに出水の置目と武庫での奉公について、下知に従う旨を伝えた書状。
附録1-No.942 島津龍伯書状
島津龍伯が又八郎島津家久へ新年の祝意を述べ、使者を通じて太刀一腰・馬一疋を贈り、今後の慶賀も申し入れるとした年賀状。
附録1-No.943 島津龍伯書状
島津龍伯が年頭の贈物を容易に調えられないため、喜入大炊助を使者として差し渡し、旧例に従って五明三本と道服二襲を進上すると伝えた年賀状。
附録1-No.944 島津龍伯書状
島津龍伯が、相手方から出された目録を檀紙に書く作法について、八朔の目録や伊勢向庵への聞き合わせ、平田弓兵衛尉の説明を示し、写しを送って判断を求めた書状。
附録1-No.945 島津龍伯書状
島津龍伯が少将殿の書状を詳しく読み、事情については野村才右衛門尉へ申し含めて派遣したので、詳述を省くと伝えた書状。
附録1-No.946 島津龍伯書状
島津龍伯が、相手方の能が十九日に決まるのかを尋ね、そうであれば十七、八日の間に赴いて見物したいので、定日を知らせるよう求めた書状。
附録1-No.947 島津龍伯書状
島津龍伯が、当日の鷹狩りは実施できず鷹衆を帰したことを伝え、翌日の出立や相談のため使者を寄越すよう求める。寒さのため子どもを埋火のそばに置くよう気遣った書状。
附録1-No.948 島津龍伯書状
島津龍伯が前日の書状を受け取り、その内容に従って使者を派遣する旨を伝え、相手に承知を求めた簡潔な書状。
附録1-No.949 島津龍伯書状
島津龍伯が又八郎島津家久へ年頭の祝意を述べ、先に高崎彌六を介して相談した件について書状を受け取ったことを伝える。当日面会して相談する予定なので詳述を省いた書状。
附録1-No.950 島津龍伯書状
島津龍伯が、書状の到着が延びた事情を述べ、明日に受け取れるとして待つよう求める。年頭の祝意、翌日の千句・発句、種子案、抱節・大炊助らとの段取りを伝えた書状。
附録1-No.951 島津龍伯書状
島津龍伯が又八郎島津家久へ、京都・伏見での居所や屋敷の配分、家居の移転、家臣らの配置について相談し、大閤の仮屋造営や京都への移住計画を含む諸事項を伝えた書状。
附録1-No.952 城親賢書状
城親賢が伊集院右衛門大夫へ書状と贈物を受け取った礼を述べ、泰平寺法印から伝えられた趣旨を承知したこと、太刀一腰・馬一疋の進上に感謝したことを伝えた書状。
附録1-No.953 舞有書状
舞有が島津殿へ、前年に去った者から音信がないことを案じ、内意を承知したうえで和睦の儀の仲介を依頼する。使僧の到来と相手方への口上を通じて意向を伝えた書状。
附録1-No.954 名和顕孝書状
名和顕孝が、前年秋に相良義陽へ送られた神文と、その返書で宝印の裏に覚悟を記した件を取り上げる。城親賢にも同内容を示し、今後の適切な判断を求め、詳細は使僧に託した書状。
附録1-No.955 近衛信尹書状
近衛信尹が島津図書頭へ、武庫や内府に関する処置、島津龍伯・又八郎間の沙汰などについて意見し、使者や内府の証拠を踏まえて軽率に決めず心安く対処するよう求めた書状。
附録1-No.956 大友宗麟書状
大友宗麟が国境の無事を喜び、飫肥方面がまだ落着していないかを問い、入魂に応じて日州へ重ねて申し遣わすと伝える。あわせて太刀一腰・織筋五端を贈った書状。
附録1-No.957 志岐麟泉書状
志岐麟泉が年頭の祝意を述べ、前年冬から菱刈で知行・在軍していると聞いたことに触れ、忠節を尽くす意思を伝える。吉例として贈物を進上し、披露を依頼した書状。
附録1-No.958 相良頼房書状
相良頼房が島津殿へ新春の祝意を述べ、長らく疎遠であることを詫び、祝儀として太刀一腰・織筋二端を進上し、今後の交誼を願った書状。
附録1-No.959 土持麟松書状
土持麟松が伊集院右衛門大夫へ使者の到来を報じ、伊東方で多くの戦死者が出たとの風聞を受け、大友方の意向や豊州での対応を尋ねる。詳報と今後の措置を求めた書状。
附録1-No.960 相良頼房書状
相良頼房が島津殿の肝付方面での長期着陣と軍労を慰労し、遠方ゆえ無音であったことを詫びる。現在の軍事行動を詳しく知らせるよう求め、詳細は定泉坊に託した書状。
附録1-No.961 星野鎮胤書状
星野鎮胤が島津殿へ、武庫に関する相談や指示の伝達、肥後・豊州方面の情勢、諸勢の処置について意見を述べ、今後の構想を示すよう求めた書状。
附録1-No.962 長岡兵部・石田三成連署書状
長岡兵部と石田三成が、肥後方面の統治と国侍の処置、安国寺使者の派遣、浅野弾正少弼・加藤主計頭ら検地担当者の対応、四国衆の配置などについて指示した連署書状。
附録1-No.963 山口玄蕃頭書状
山口玄蕃頭宗永が島津義久へ、渡海の時期と船の手配、朝鮮からの撤退経路、小西摂津守らの動向、兵庫頭の滞在などを伝え、無事の帰陣を願った書状。
附録1-No.964 石田正澄書状
石田正澄が島津義久へ、豊後国の改めに赴いたところ百姓らが逃散していたため、朱印を出して帰還させるよう求め、急ぎ処置するよう要請した書状。
附録1-No.965 島津龍伯書状
島津龍伯が、島津家の弓馬の儀は父貴久から伝授されたもの以外は極意を残さず、今回神載の誓約によって伝えるので、軽々しく他言してはならないと戒めた書状。
附録1-No.966 島津義久覚書
島津義久が川上武蔵入道へ、河上十郎左衛門尉が所持する日記、当家御代々の手組の日記、犬追物の日記などの所在を列挙し、必要時に参照できるよう大切に所持するよう命じた覚書。
附録1-No.967 島津龍伯書状案
島津龍伯が、賀袋菊治少に関する扱いと旧年の書状への返答、武庫・北郷殿・安宅殿らとの相談、各所への給付や使者の派遣などについて詳細に指示した書状案。
附録1-No.968 島津義久書状案
島津義久が、城内で二之丸の火事が発生したとの急報を受けて驚き、遠国のため承知が遅れたことを述べる。詳細と現地の状況を報告するよう求めた書状案。
附録1-No.969 島津義久書状案
島津義久が片桐東市正へ、若君が病気と聞いてその容体を案じ、遠国のため飛脚による問い合わせが遅れたことを詫びる。詳しい病状を使者へ申し含めて知らせるよう求めた書状案。
附録1-No.970 島津龍伯書状
島津龍伯が、前日に町田縫殿を介して申し入れた斎藤源介の件について、氏名や名乗りの扱いを確認し、利安らの書付を添えて伝えた書状。
附録1-No.971 島津龍伯書状案
島津龍伯が、斎藤源介に高麗から仰せ付けられた武者道具を当座に整えさせ、本人に持参させたことを伝え、その後の準備と、その間の秘密保持に十分配慮するよう求めた書状案。
附録1-No.972 昭高院道澄書状
昭高院道澄が、島津修理大夫からの芳書を披見し、装束に関する厚意を喜ぶとともに、紅糸一斤と硯一面を贈られたことへ謝意を述べた書状。
附録1-No.973 某書状案
差出人不詳の者が、白密一壺、玻璃の瓶一双、瓶に入れた花水と山枡を進上するので、適切に取り次いでほしいと近藤三郎左衛門へ頼んだ書状案。
附録1-No.974 島津龍伯書状
島津龍伯が山田越前入道へ、出物の件で前年以来その地から堪忍絹を納めていると聞き喜んだこと、未進の糺明について治少老からも懇切に指示があったことを伝え、引き続き申し付けと奉公を疎かにしないよう求めた書状。
附録1-No.975 島津家久書状
島津家久が利安へ、先日内意を伝えた一件を龍伯へ伺ったかと問い、適切に申し調えることが肝要であると指示した書状。
附録1-No.976 某書状
差出人不詳の者が、宝西堂の下国時に書状を送ったことに触れ、門跡の先祖寺が相手の国にあるので世話をするよう求める。また相手の歌道への執心を聞き、下国の折に歌を聴聞したいと述べ、扇子二本を贈り、帰国する道舟から委細を聞くよう伝えた書状。
附録1-No.977 島津龍伯書状
島津龍伯が、前年の事情により寺領をことごとく失い瑞光寺が長く無縁となっていたため、少分の土地を付与し、その目録を別紙にしたことを伝えるとともに、門派に関する相伝の話を喜んだ書状。
附録1-No.978 島津龍伯詠草
島津龍伯が、九月十一日の夜明けに見た夢想をもとに「いろもかも かせの身にしむたもとかな」と詠み、一字ずつ書いた小さな器を見たという夢の内容も記した詠草。
附録1-No.979 頼恵書状
頼恵が島津修理大夫からの書状を拝見し、大峯での祈禱のため刀一腰(盛光)を受領したことを報告する。当院で永く伝え、島津家門の繁栄と武運長久を祈ると述べた書状。
附録1-No.980 進藤長治書状
進藤長治が、伊地知備前守の上洛に伴って白糸五斤を拝領したことに謝意を述べ、返礼として春日野百返を進覧した書状。
附録1-No.981 佐々木宗綱書状
佐々木宗綱が本田弾正忠へ、上国時の厚意に謝し、各国の宿老が上意を承知したことを報告する。日州への派兵は豊前の合戦のため延引しているが、豊州・肥州の諸勢を残らず差し立てるとの情報や、霜台についての噂も伝えた書状。
附録1-No.982 佐々木宗綱書状
佐々木宗綱が秋月長門守へ、久しく音信を欠いたことを詫び、病気と回復の知らせを聞いたので遠方から使者を遣わしたと伝える。追而書では、従来どおり練子三端を贈るとした書状。
附録1-No.983 佐々木宗綱書状
佐々木宗綱が本田弾正忠へ、月次山城守から具足一領が進上されたことを伝え、現地で格別に配慮してくれたため重ねて書状があり、祝着の旨が伝達されたとして、互いに披露するよう求めた書状。
附録1-No.984 佐々木宗綱書状
佐々木宗綱が、戸次伯耆守方の両郡八人による惣連署などが整えられ陣中にも添えられたこと、豊州へも親類衆を同心させて遣わしたことを伝え、これらについて重ねて書状を送るとした書状。
附録1-No.985 伊集院忠金書状
伊集院忠金が愛宕山長床坊へ、島津義久からの書状・扇子・杉原・織物を喜んだことを伝え、沈香三斤を贈る。また本尊像造立へ銀百両、愛宕山領として水田五町と門二を寄進し、委細は秀存坊へ申し伝えたとする書状。
附録1-No.986 島津義久書状案
島津義久が友枕斎へ、久しく音信を欠いたことを述べ、照高院の逝去について菊之坊へ申し入れたので、事情を相談して適切に取り計らうよう頼む。また白軽薄と黒絹二巻を贈った書状案。
附録1-No.987 島津龍伯書状
島津龍伯が、上洛後に音信を欠いたことを詫び、当地は変わりなく静謐であると報告する。祈念を絶やさないよう頼み、求め得た仁王経二部を進上し、使者から委細を聞くよう伝えた書状。
附録1-No.988 島津龍伯書状
島津龍伯が山田越前入道へ、肝付高山内に田地化できる場所があると聞き、普請のため村田雅楽助を急派したので、現地で相談して工事の様子を見定め、周辺の人々を招集して首尾よく進めるよう命じた書状。
附録1-No.989 義性書状
義性が島津修理大夫へ、前日の立ち寄りと酒の持参を喜び、酔いのため使者による礼が遅れたことを詫びたうえ、今後は折々に連絡したいこと、当日の見物に返礼は不要であることを伝えた書状。
附録1-No.990 那覇里主等連署書状
たくし里主・なはの里主が御奉行所へ、前年に船が風で当地へ渡海した際に厚遇されたことを謝し、今後も折々に懇意を願うとともに、繻子十三反と官絹子十四反を贈り、披露を求めた連署書状。
附録1-No.991 島津義久書状案
島津義久が聖護院へ、門跡の尊札を拝受し、前年の上洛時と違って別段の取り添えがないことを詫びる。任遠邦に存するため筆を三躰の和歌とともに進上し、沈香二斤も添えた書状案。
附録1-No.992 島津義久書状案
島津義久が、先日の懇書を喜び、翌日に秀頼へ諸礼すること、相手が出京するなら明晩に訪れて遊びたいこと、出京しない場合は都合のよい時に会いたいことを伝え、委細は宗虎へ申し含めた書状案。
附録1-No.993 鷹狩供衆注文
鷹狩に供奉する役職・人数・武具・馬などを列挙した注文。使衆、小姓衆、兵具衆、茶湯・笠役、馬奉行、弓・鎧・鉄砲・長刀・手鑓・野太刀・馬・輿舁・鷹衆・犬付衆などの構成と担当者を記す。
附録1-No.994 島津龍伯書状
島津龍伯が寺沢志摩守へ、秀頼の病気見舞いのため不意に上洛したと聞き、その労をねぎらう。当地で駒追を見物したいとの希望を聞いて天草まで飛脚を出したが実現せず残念であると述べた書状。
附録1-No.995 島津龍伯書状案
島津龍伯が兵庫頭へ、使者を亀山へ送り和田玄蕃助を添えて返事を待っていることを報告する。南蛮船の件で使僧を差し上せ、治少の濃州検地、三兵の判断、船元や幸侃をめぐる申し入れについて、念を入れて納得させることが肝要だと述べた書状案。
附録1-No.996 島津龍伯書状
島津龍伯が加藤主計頭へ、京都から仰せ付けられた巣鷹を運ぶ通路について度々申し入れても承諾がないため、阿蘇方面へ通す二人の使者と僧の道中に支障がないよう取り計らうことを頼み、近隣同士として今後も用向きを伝え合いたいと述べた書状。
附録1-No.997 島津龍伯書状
島津龍伯が宗固へ、新年の祝意と折々の音信への謝意を述べ、近日中に上洛する用意をしているので到着時に連絡すると伝える。また関係者にも心得させるよう求め、祝儀として小鹿皮五枚を贈った書状。