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附録1の目録
旧記雑録 年代不詳の文書・記事です。
全1,072件中 501~600件・6 / 11ページ
附録1-No.501 北条義時書状
北条義時が島津左衛門尉に、富山刑部丞の幼い子息を母に付き添わせて上洛させるよう命じた書状。母子をともに上洛させることを重ねて執達している。
附録1-No.502 後醍醐天皇綸旨
後醍醐天皇の意を奉じ、日向国新納院・救仁郷などで兼重らが濫妨しているとの千種忠顕の訴えを受け、日向国守護に彼らを追放して雑掌を居住させるよう命じた綸旨。岡崎範国が奉じる。
附録1-No.503 北条貞時書状
北条貞時が島津下野三郎左衛門尉から砂金五十両と太刀一腰を受領し、厚く謝意を伝えた書状。贈答品の数量を明記する。
附録1-No.504 足利高氏書状
足利高氏が島津上総入道に、伯耆国で勅命を受けて参上するため、合力してほしいと求めた書状。勅命に応じる軍事行動への協力要請を簡潔に伝える。
附録1-No.505 足利高氏書状
足利高氏が鎮西合戦の経過を詳しく承知し、早く平穏になったことを喜ぶとともに、提出された注進状の内容を天皇へ奏聞した旨を伝えた書状。
附録1-No.506 足利高氏書状
足利高氏が島津上総入道に、大隅・薩摩の凶徒を退治する命令に応じて上洛したことを賞し、急ぎ馳せ参じるよう命じた書状。
附録1-No.507 足利義満御内書
足利義満が島津修理権大夫に、疏黄に関する用件のため梵章首座を下向させたので厳密に取り扱うよう命じ、詳細は同人に申し含めたと伝える御内書。あわせて御旗の扱いや将来の面会について指示する。
附録1-No.508 足利義満御内書
足利義満が島津陸奥守から疏黄二万五千斤を受領したことを賞し、その返礼として鉄二両・浅黄糸・太刀一腰を遣わした御内書。
附録1-No.509 今川了俊書状
今川了俊が島津越後守に、当陣へ出向いて翌日の参会を期すことを伝え、島津家の権益は先祖一代の御免に基づき子孫へ相続されて相違ないとの見解を示した書状。御用をめでたく勤めるよう勧める。
附録1-No.510 足利義稙御内書
足利義稙が島津修理大夫から太刀・銭・唐櫃・沈香などの進物を受けたことを賞し、返礼として久国作の太刀一振と安則作の刀一腰を遣わした御内書。
附録1-No.511 足利義教御内書
足利義教が島津陸奥守に、大友中務大輔持直と大内新介息以下を討つため豊後国へ出兵し、他国へ没落した場合も直ちに追討・処置するよう命じた御内書。
附録1-No.512 足利義教御内書
足利義教が島津陸奥守から金襴・沈香・酒器・付鉢などの進物を受領したことを賞し、返礼として太刀と白糸を遣わした御内書。
附録1-No.513 足利義教御内書
足利義教が先に命じた豊後国への発向について、出陣の有無がまだ報告されていないとして、対応状況を確認した御内書。
附録1-No.514 足利義教御内書
足利義教が大覚寺に関する案件を策略によって早く決着させた忠節を高く評価し、今後も頼みにすると伝えた御内書。一紙の提出を賞し、太刀一腰・腹巻一領・馬一疋を与える。
附録1-No.515 足利義教御内書
足利義教が大隅守に関する件について、玄照が上洛した際の対応と今回の忠節を比類ないものとして賞し、使者を通じて感状を伝え、馬と太刀を遣わした御内書。
附録1-No.516 足利義政御内書
足利義政が島津又三郎に、渡唐船について正使・副使以下が在国中から帰朝するまで、万事怠りなく扶持するよう命じた御内書。
附録1-No.517 足利義政御内書
足利義政が島津陸奥守から受領の礼として国光作の太刀一腰と銭一万疋を受け取ったことを賞し、返礼の太刀一振を遣わした御内書。
附録1-No.518 足利義政御内書
足利義政が代始の礼として島津陸奥守から行安作の太刀一腰と銭二万疋を受け取り、返礼に光忠作の太刀一腰を遣わした御内書。
附録1-No.519 足利義政御内書
足利義政が京都静謐の祝儀として島津陸奥守から太刀と銭一万疋を受領したことを賞し、返礼として正恒作の太刀一振を遣わした御内書。
附録1-No.520 足利義政御内書
足利義政が島津陸奥守の参洛に向けた内々の奔走を賞し、厳重に実行するよう指示した御内書。光通蔵主に申し含めた子細を速やかに下知し、伊東大和守の件も申し付けるよう命じる。
附録1-No.521 足利義輝御内書
足利義輝が島津修理大夫に、両国間の争いを続けるのは不適当であり、早く和睦して無事に帰すことが肝要だと命じた御内書。同じ趣旨を伊東方にも伝え、詳細は近衛家から説明させるとする。
附録1-No.522 近衛植家書状
近衛植家が島津修理大夫に、日向方との争いは不適当なので和睦すべき旨の御内書が発給され、使者として伊勢備後守が派遣されたと伝えた書状。是非をいったん置いて受諾することを求める。
附録1-No.523 足利義昭御内書
足利義昭が島津修理大夫に、入洛して柳営の再興に関する用務を進めるため、諸国へ殿料の提供を命じたので協力・奔走するよう求めた御内書。詳細は細川藤孝から伝えるとする。
附録1-No.524 細川藤孝副状
細川藤孝が島津陸奥守・修理大夫に、公儀の異例の事態と一乗院殿の退座を受け、近国出勢の命令に従って忠功を尽くすよう求めた副状。足利義昭の御内書と使者上野大蔵入道の派遣を伝える。
附録1-No.525 足利義昭御内書
足利義昭が織田氏は天命に背き自滅したと述べ、残党・関係者の帰洛について協議して速やかに入洛し、この機会に一層奔走するよう求めた御内書。太刀一腰・黄金十両の到来を喜び、詳細は真木島昭光・一色昭秀から伝えるとする。
附録1-No.526 細川藤孝副状
細川藤孝が、足利義昭への入洛御礼として喜入摂津介が太刀一腰・馬一疋・黄金百両を進上したことを披露し、義昭がこれを賞して御内書と則重作の太刀一振を与えた旨を伝えた副状。
附録1-No.527 足利義昭御内書
足利義昭が京都の不慮の事態を受けて紀州に滞在し、毛利氏と帰洛を協議したうえ、武田・北条・上杉以下の東西諸勢力を一統して出陣を急ぐ情勢を伝えた御内書。島津氏にも忠功を尽くすよう求める。
附録1-No.528 一色藤長副状
一色藤長が、織田弾正忠の行為が積み重なって足利義昭が前年京都を退き紀州へ移ったこと、諸口を催して入洛に向けて行動していることを伝え、島津方に忠功と奔走を求めた副状。
附録1-No.529 足利義昭御内書
足利義昭が中国へ移座し、毛利氏と入洛を協議して了承を得たことを述べ、武田・北条・上杉その他の東西諸士を一統して進発を急ぐので、島津方も忠勤を尽くすよう命じた御内書。
附録1-No.530 真木島昭光・一色昭秀連署副状
真木島昭光と一色昭秀が、足利義昭の中国移座と毛利氏による入洛受諾、武田・北条・上杉以下の諸勢力を一統した進発計画を伝え、島津方に忠勤と協力を求めた連署副状。
附録1-No.531 足利義昭御内書
足利義昭が毛利輝元の申し出を受け、帰洛のため諸国の軍勢に忠功を求めた御内書。豊後から防長への進出を防ぐため、防長両国の軍勢を豊前・筑前方面へ派遣し、島津方にも格別の奔走を求める。
附録1-No.532 一色昭秀・真木島昭光連署副状
一色昭秀と真木島昭光が足利義昭の帰洛計画と毛利輝元の協力、東西諸勢力の動員、豊後方面への軍勢派遣を伝え、島津家中にも忠勤・再興への協力を求めた連署副状。
附録1-No.533 織田信長書状
織田信長が近衛前久に、大友氏と島津氏の対立は好ましくなく和睦が必要だと述べた書状。本願寺を赦免して大坂から退散させ、畿内を静謐にしたこと、翌年に芸州へ出馬して毛利氏を追討する計画を伝え、天下のための協力を求める。
附録1-No.534 織田信長書状
織田信長が大友氏と島津氏の戦争を不適当として和睦を促し、大坂が落着したため翌年には出馬して毛利氏を追討すると伝えた書状。双方に天下のため粉骨するよう求め、伊勢因幡守を派遣して調停を進める意向を示す。
附録1-No.535 近衛前久書状
近衛前久が島津兵庫頭に、島津氏と豊州・大友氏との関係について、織田信長への配慮と芸州方面を含む調停を求めた書状。義久の存意を示し、宮内卿法印・猪子兵介や金鐘寺和尚を介して異議なく協調するよう促す。
附録1-No.536 足利義昭御内書
足利義昭が帰洛に関する上口からの報告を了承し、柳沢新右衛門尉を改めて派遣するので格別に奔走するよう求めた御内書。康次作の太刀一腰と鞍一口を贈る。
附録1-No.537 足利義昭御内書
足利義昭が帰洛に関する報告を了承し、柳沢新右衛門尉を派遣するので、島津義久へ伝えて奔走するよう求めた御内書。肩衣・袴を贈る。
附録1-No.538 足利義昭御内書
足利義昭が豊臣秀吉と島津方の対立を憂慮し、和睦の成立を強く望んで一色駿河守を派遣した御内書。交渉が円満にまとまるよう求める。
附録1-No.539 足利義昭御内書
足利義昭が豊臣秀吉との対立を憂慮して和睦を望み、一色駿河守を派遣したので交渉成立に尽力するよう島津兵庫頭へ求めた御内書。
附録1-No.540 足利義昭御内書
足利義昭が豊臣秀吉との対立を憂慮して和睦を望み、一色駿河守を派遣したので交渉成立に尽力するよう伊集院右衛門大夫へ求めた御内書。
附録1-No.541 足利義昭御内書
足利義昭が、和平についての言上を神妙と評価し、秀吉の存分を詳しく申し含めて昭秀を派遣するので、合意成立に力を尽くすよう島津兵庫頭へ求めた御内書。詳しくは昭光が申し伝えるとする。
附録1-No.542 大番頭座廻文
年中の月日ごとの祈祷・奉公・寺社参詣・贈答・役務などの予定を掲げ、家督・相続・養子・婚姻・犯罪、屋敷・借地・境界争論など家中統制に関する取扱いを詳細に列挙して、大番頭座中へ周知した廻文。
附録1-No.543 大番頭廻文
借地に居住する者の地面にかかる取納が滞り皆済の支障となっているため、貸借地の納方を期限内に処理し、滞納時には親類・引受人まで取り立てること、他領へ移った者にも郡奉行を通じて納めさせることを命じ、支配中へ写しを回覧して翌五月五日までに返納するよう通達した廻文。
附録1-No.544 通達写
養子・相続人の家格や持高、分地願、屋敷・地面の売買・質入れ、借銀、奉公・家業などの取扱いを定め、願い出や許可の手続、家中での争論防止と統制について寄合衆以下へ示した通達写。
附録1-No.545 通達写
町田内膳に若年寄と同様の勤めを命じ、勤務終了後は蒸気船で急ぎ上京して島津伊勢と交代すること、在京中の用件は家老方へ取り次ぐことを定め、表方・奥掛・御勝手方へも知らせるよう命じた通達写。
附録1-No.546 通達写
新納刑部を御直勤めに任じ、加判同役と同様に取り扱い、役料高千石と席順を定めるとともに、御勝手方掛・開成所掛を命じた人事通達写。
附録1-No.547 通達写
天下の形勢変化と近来の戦争を踏まえ、敵襲時に軽々しく発砲せず、戦列・持場を守って指揮に従うこと、蒸気船・銃砲・兵士の訓練と統制を徹底することを命じ、表方・奥掛・御勝手方へ周知した軍務通達写。
附録1-No.548 島津貞久書状
島津貞久が来状二通を披見し、宇波崎・塩屋の処置、博多・肥後・豊後方面の合戦と宮方勝利、牧内・立鹿倉などの軍勢・追放人に関する報告を受け、引き続き詳細を知らせるよう求めた書状。
附録1-No.549 島津貞久書状
極楽寺住持職への就任を祝し、天長地久の祈祷を勤めることは喜ばしい旨を伝えた島津貞久の書状。
附録1-No.550 島津師久書状
島津師久が、凶徒とされた国分平次郎友重・永利又太郎入道祖性両人の跡田園について、善悪ともに中分して半分を与え、子孫まで違乱がないよう保証し、公方へ申し上げるとした書状。
附録1-No.550-2 入来院氏略系図
入来院氏文書中に掲げる略系図。重宗を起点に重門・重継へ続き、弾正少弼、村尾刑部少輔、美濃五郎左衛門尉らの系譜関係を図示する。No.550の島津師久書状とは別の独立文書である。
附録1-No.551 足利義満御内書
足利義満が、先に届いた硫黄は石が混じって下品であったため、良品をよく選別して一万斤を早急に上納すれば神妙であると島津大夫判官へ命じた御内書。
附録1-No.552 昌和書状
昌和が、しばらく音信しなかったことを詫び、大手の陣と島津方へ書状を送り、子息の参陣や八代征討、京都方への忠節について意向を伝え、返事を求めた書状。
附録1-No.553 足利義満御内書
足利義満が、八代の凶徒退治について委細を伝え、早く発向することが忠節となる旨を島津方へ命じた御内書。
附録1-No.554 少弐冬資書状
少弐冬資が、分領山鹿をめぐる件は承知しており、越州方と相談して決着を図ること、定内への兵粮供給など諸事を命に従って申すよう伝えた書状。
附録1-No.555 少弐貞頼書状
少弐貞頼が、京都からの御教書・御内書により島津方へ申し付けることになった旨を伝え、急いで請文を出し、御教書の趣旨に従って発向する際はまず当地の境へ出るよう求めた書状。
附録1-No.556 一色氏雄挙状
一色氏雄が、島津上総介の自訴について京都で吹挙した件を述べ、本人が代官であるため難しいとされたものの、子息の件は本人同様で支障がないとの仰せを得たので、その旨を披露するよう求めた挙状。
附録1-No.557 島津守久書状
島津守久が、京都の御教書・御内書に従って早急に請文を出し発向すること、まず当地の境へ出ること、南蛮船を時を移さず上洛させるよう催促することを求め、大和の件などは石塚の使者を通じて協議するよう伝えた書状。
附録1-No.558 明真書状
明真が、島津領内の倉上に関する措置に伴って使節に指名されたため、急いで赴いて引き渡しを行うこと、松浦・山代方へも特に書状を遣わしたので心得て等閑なく勤めるよう斎藤次郎左衛門尉へ命じた書状。
附録1-No.559 明真書状
明真が、公私多忙のため参上できないことを詫び、島津方の申状は前日に詳しく披露して御教書を執り進めたこと、注文中の残件は使者が説明するので、さらに申すべきことがあれば承って披露すると伝えた書状。
附録1-No.560 島津貞久書状
島津貞久が、三月六日付の書状を七日に受け取り、内容を承知したこと、三原満兵衛入道の申す件への返事を詳しく記したので披露すること、世上の重要事は使者が申し上げるため省略したことを伝えた書状。
附録1-No.561 島津氏所領注文
島津氏の所領と職掌を国郡・荘院・村ごとに列挙し、薩摩国守護職、筑前・薩摩・大隅・豊後など各地の地頭職・守護領や一期分を記した所領注文。
附録1-No.562 某書状
差出人が島津殿からの思いがけない音信を喜び、ただ今は取り込み中で詳しく述べられないため、追って申し上げるとした返書案。本文の日付表記は八日。
附録1-No.563 斎藤明真書状
斎藤明真が、公私多忙で参上できないことを詫び、島津方の申状を披露して御教書を進めたこと、注文中の残件は使者が説明し、追加事項も承って披露すると伝えた書状。本文はNo.559と同文のため省略されている。
附録1-No.564 某申状
藤野関係文書として、領内住人や関係者の名、石高・米などの数量、月ごとの勤務・負担日程を列記し、所領内の人員と役務・負担の実態を申し上げた申状。判読困難箇所を含む。
附録1-No.565 島津貞久覚書
元亨四年十一月十日に島津貞久が北志嶋孫太郎へ与えた判物について、花押は貞久が道鑑と改称した頃のものとみられ、対象地は島津氏知行地内であったことを注記した覚書。
附録1-No.566 鎮西下知状
田百町免給・日向方四十町などの地頭得分をめぐる訴陳と引付での裁決を踏まえ、所領・免給・役負担の帰属を定め、関係者に遵守させた鎮西下知状。
附録1-No.567 芥河愛阿書状
芥河愛阿が、南蛮船に関する三月二十七日付書状を四月十三日に受け、船の着岸後の京都への注進、安案文や吹挙雑掌の処置、京着後の対応を指示し、京都の情勢を踏まえて早く大太郎殿を向かわせるよう求めた書状。
附録1-No.568 入来院重豊契約状
入来院重豊の契約状として目録に掲げられる文書。本文掲載箇所は典拠注記が中心で契約条項の本文が省略されており、当事者間の具体的な合意内容は確認できない。
附録1-No.569 大友親世書状
大友親世が来状への返答として、出津や京都への礼、代官安治方への下知、肥後・山鹿方面での合戦と菊池武朝らの動向、阿弥陀仏の参着などを報告し、京都での処置にも尽力すると伝えた書状。
附録1-No.570 今川了俊書状
今川了俊が、朝山殿を使者として派遣した結果、事態が無事に落着したことを喜び、吉弘土佐入道の進退や京都での申請、国策・郡春らへの指示について上意に従い処置するよう島津上総介へ伝えた書状。
附録1-No.571 今川了俊書状
今川了俊が、二十七日に出立して山道を進み、山鹿方面で陣を取る計画を述べ、大村領内の雄鳥辺へ寄ったのち山路を通ること、軍事上の相談は安八で行うことなど進軍手順を伝えた書状。
附録1-No.572 今川了俊書状
今川了俊が音信を喜び、求戸足北の凶徒退治は今秋に実行して早急に発向すること、京都から命じられた参洛も秋中に行うこと、在国・出陣や子息の処遇について上意に従うよう求めた書状。
附録1-No.573 貞信書状
貞信が礼状を披見し、三か国のことが無事に済んだことを喜び、今後も島津方の意向に従うこと、玖摩・八代退治の際には一途に本差として働く旨を伝えた書状。
附録1-No.574 島津伊久書状
島津伊久が、奥州の上洛が決定したとの知らせを受け、奥州参洛中の在国処理や上意への対応について協議し、進木西入道に自らの考えを詳しく申し含めたので返答するよう求めた書状。
附録1-No.575 島津守久書状
島津守久が吉兆を述べ、田辺田村について当年一作が済めば下地を相手方へ引き渡して等閑なく処置することを約し、使者や馬に関する近況を添えて伝えた書状。
附録1-No.576 島津氏久安堵状
島津氏久が、高城郡内の重豊領分の半分について知行に相違がないことを認め、詳細は延尉方と相談するよう命じた安堵状。
附録1-No.577 島津氏久書状
島津氏久が贈った馬について、以前から目の前で乗り慣らしており乗り心地もよいこと、頭を高くする癖に注意しながら、年配者の乗馬として丁寧に乗り立てるよう助言した書状。
附録1-No.578 島津元久書状
島津元久が、国の大将軍に関する探題からの問い合わせについて、先日辞退した旨を述べ、家中の処置と阿蘇谷殿を副将軍とする件を早急に取り立てるよう求めた書状。
附録1-No.579 島津元久書状
島津元久が相手方の書状を披見し、示された方策・籌策を承知して喜んだこと、相談事項は折を見て追って申し上げると伝えた返書。
附録1-No.580 島津元久書状
島津元久が、和州方へ使者を遣わす件や武州方への伝達、境目での援軍・合戦に関する相談を述べ、軍事上の指示を受けて諸事を処置する意向を伝えた書状。仮名書きが多く一部判読に留保がある。
附録1-No.581 島津氏進上物注文
島津氏が各地の守護・領主・寺社などへの進上物を相手ごとに列記した注文。太刀・刀・弓矢・鎧・馬・衣類・香・茶碗・酒器などの品目、数量、仕様を詳細に記す。
附録1-No.582 島津久豊書状
島津久豊が、前年に三か国の安堵と官途・御剣・御鎧を下賜されたことへの礼を述べ、御礼として金覆輪の太刀一腰と万疋を進上し、上意への披露を遊佐豊後へ依頼した書状。
附録1-No.583 島津久豊書状
島津久豊が、伊作殿との意趣について今回の取合い後は遺恨を残さないことを誓い、もし偽りなら伊勢天照大神・八幡大菩薩の罰を受けるとして、枇山殿に了解を求めた書状。
附録1-No.584 島津久豊書状
島津久豊が、相手の考えを了承したことを伝え、近来の事情や関係者の労苦について難中尽瘁していることを述べ、詳細は近日中に直接相談したいと北郷殿へ申し送った書状。
附録1-No.585 島津久豊書状
島津久豊が、この境の不審な点は北郷殿方へ詳しく伝えたこと、西村方へ久しく音信していないので書状を遣わすことを述べ、その書状を届け、急がずとも返事を得るよう鹿屋殿へ頼んだ書状。
附録1-No.586 島津久豊書状
島津久豊が礼と新納殿の書状を受けたことを喜び、先に遣わした使者への懇切な対応に謝意を述べ、今後の案件を公平に取り計らい、諸事を一身の大事として判断するよう鹿屋殿へ頼んだ書状。
附録1-No.587 島津久豊書状
島津久豊が、平田へ送った書状への配慮を謝し、若川の件は内々に相談すること、枇山殿を遣わして谷山で処理すること、境目の問題を重要事として取り計らうよう山田殿へ求めた書状。
附録1-No.588 島津久豊書状
島津久豊が新納殿の書状と使者への厚遇を喜び、関係案件を公平に処置すること、枇山殿を遣わして谷山方面の事を調整すること、翌月中の進行に備えて協力するよう山田殿へ求めた書状。
附録1-No.589 島津久豊書状
島津久豊が、西村方へ書状を遣わしたことを知らせ、平田への書状を披見したことへの礼を述べ、若川の件を内談して処置し、境目の問題や人員・船の手配に尽力するよう山田殿へ頼んだ書状。
附録1-No.590 島津久豊書状
島津久豊が相手の無事を喜び、今回の事で奔走したことを謝し、平田方の案件は本田安了から進展の報告があったこと、使者や金銭を含む処置を早く無事に進めるよう求めた書状。
附録1-No.591 島津久豊書状
島津久豊が、使者の到来を受け、鹿児島・伊集院・上伊敷・高木殿らに関わる情勢と交渉の経過を述べ、南郷半分の判紙、山城殿らとの相談、船や在所の扱いを含む諸事への助力と返事を樺山殿へ求めた書状。
附録1-No.592 島津久豊書状
島津久豊が、樺山殿の来訪と支援を喜び、山東の件について左右を知らせてほしいこと、益山将監を介して細目を申し入れたことを述べ、今後も自身の意向を汲んで力添えするよう求めた書状。
附録1-No.593 島津久豊起請文
島津久豊が、これまで受けた厚意を踏まえ、近所の者への配慮と諸方への取り成しを行い、今後も相手を大切にして不進退や不義をしないことを神仏に誓った起請文。
附録1-No.594 島津久豊書状
島津久豊が、酒の贈答と音信への喜びを述べ、芸州での長い辛労や近時の出来事を労い、子孫まで厚意を忘れず、今後は互いの身上を一大事として支え合うことを誓った書状。
附録1-No.595 樺山教久書状
久豊が、譲状や家中の者の扱いに関する事情を述べ、関係者を一所にまとめて取り計らうこと、自身の意向に背かず将来の処置を慎重に進めることを錦次郎殿へ求めた書状。判読しにくい箇所を含む。
附録1-No.596 樺山満久起請文
樺山満久が、所領・仕事の扱いに関する約束を違えた場合には天神の罰を受けるとして、誠実に履行することを誓った短い起請文。
附録1-No.597 島津久豊書状
島津久豊が、返済・貸借と料足の不足について事情を述べ、飫肥殿方の者への対応を頼み、十貫を貸し与えてほしいことなどを樺山殿へ求めた書状。
附録1-No.598 島津久豊書状
島津久豊が、酒その他の贈答と相談への謝意を述べ、白木山殿を介した南方の退治・処置や龍成の時分に関する事情を知らせ、使者への対応を謝した書状。
附録1-No.599 島津久豊書状
島津久豊が、届いた書状を読んで喜びつつ不審な点を尋ね、河田殿・日知嶋殿へも連絡したことを述べ、状況の確認と返答を帖佐殿へ求めた書状。