← 史料目録へ

ARCHIVE DIRECTORY

追録4の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,674件中 1601~1700件・17 / 27ページ

  1. 追録4-No.1577 本多忠良・松平信祝・松平乗邑連署書状

    本多忠良・松平信祝・松平乗邑は吉貴に、年頭の祝儀として使者を通じ献じた太刀一腰と馬代の黄金十両を披露し、格別の仕合せであると返す。

  2. 追録4-No.1578 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、年頭の祝儀として大納言と竹千代へ使者を通じ献じた太刀と馬代の黄金を披露し、格別の仕合せであると返す。

  3. 追録4-No.1579 継豊の神社仏閣・農事・年貢に関する吉書

    継豊が年頭の吉書として、神社仏閣の修造を進めること、農事に専念すること、諸国の年貢を納めることの三箇条を示し、その趣旨に沿って沙汰するよう命じる。

  4. 追録4-No.1580 本多忠良書状

    本多忠良は継豊に、年頭の祝儀として使者を通じ献じた太刀一腰と馬代の黄金十両を披露し、格別の仕合せであると返す。No.1577は吉貴からの同種の祝儀への返書。

  5. 追録4-No.1581 松平乗賢書状

    松平乗賢は継豊に、年頭の祝儀として大納言と竹千代へ使者を通じ献じた太刀と馬代の黄金を披露し、格別の仕合せであると返す。

  6. 追録4-No.1582 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは吉貴と宗信らの年始の健康を祝い、将軍から薩摩守宗信へ御鷹の獲物が下賜されたことを喜ぶ。山岡斎が来訪した際の口上と箱の中の贈物にも礼を述べる。

  7. 追録4-No.1583 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、竹千代の着袴の祝儀として吉貴が使者を通じ目録の通り献じた品を披露し、格別の仕合せであると返す。

  8. 追録4-No.1584 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、竹千代の着袴の祝儀として大納言と竹千代へ使者を通じ目録の通り献じた品を披露し、格別の仕合せであると返す。

  9. 追録4-No.1585 竹千代の着袴祝儀と継豊への返礼

    正月二十一日、竹千代家治の着袴に際し、継豊は使者を分けて吉宗・家重・家治・御部屋方へ祝品を献じた。翌二十二日、家治の使者が芝邸へ祝儀の品を届け、宗信が継豊に代わって受け、同日西城と老中邸へ赴いて礼を述べた。

  10. 追録4-No.1586 本多忠良書状

    本多忠良は継豊に、竹千代の着袴の祝儀として継豊が使者を通じ目録の通り献じた品を披露し、格別の仕合せであると返す。

  11. 追録4-No.1587 松平乗賢書状

    松平乗賢は継豊に、竹千代の着袴の祝儀として大納言と竹千代へ使者を通じ目録の通り献じた品を披露し、格別の仕合せであると返す。

  12. 追録4-No.1588 本多忠良書状

    本多忠良は宗信に、竹千代の着袴の祝儀として宗信が使者を通じ目録の通り献じた品を披露し、格別の仕合せであると返す。

  13. 追録4-No.1589 松平乗賢書状

    松平乗賢は宗信に、竹千代の着袴の祝儀として大納言と竹千代へ使者を通じ目録の通り献じた品を披露し、格別の仕合せであると返す。

  14. 追録4-No.1590 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは吉貴らの年始の祝儀を祝い、継豊・姫君・子どもたちも健やかに新年を迎えたか尋ねる。吉貴が目録の品を贈り、鏡餅で新年を祝ったことに礼を述べ、寒さに障らぬよう願う。

  15. 追録4-No.1591 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の正月七日付書状への返事で、将軍・大納言・竹千代の健勝を喜ぶ。継豊の病がなお全快せず、江戸滞府を続けて十分養生したいとの願いが認められたことを、大納言へ披露したと伝える。

  16. 追録4-No.1592 秀小路・櫻井・うゑ松連署消息

    秀小路・櫻井・うゑ松は吉貴からの書状を一位に披露し、将軍・大納言・竹千代の健勝を喜ぶ。継豊が未全快のため江戸滞府の継続を願い、許可されたことを一位は喜び、十分養生して快復するよう望んだと返す。

  17. 追録4-No.1593 秀小路・櫻井・植松連署消息

    秀小路・櫻井・植松は吉貴の正月七日付書状を一位に披露した。継豊の病状がなお優れず、当年も江戸滞府を続ける願いが許されたことを喜び、十分養生して国元へ戻れるよう願う一位の言葉を伝える。

  18. 追録4-No.1594 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは、春になっても冷えが残るなか吉貴らの無事を喜ぶ。継豊の病が未快復のため江戸滞府を願い出て許可されたことを聞き、安心してゆっくり養生できるよう願う。

  19. 追録4-No.1595 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは吉貴らの近況を尋ね、先月十八日に姫君が菊姫を伴って江戸城本丸に入り、将軍らと賑やかに対面したことを知らせる。将軍から贈られた反物の一部を分けて贈り、寒さに障らぬよう願う。

  20. 追録4-No.1596 松平乗邑書状

    松平乗邑は継豊に、歳暮の御内書を渡すため、翌日の五半時に家来を城へ差し出すよう通知する。

  21. 追録4-No.1597 竹千代の家治命名と吉貴の祝賀

    前年の元文五年十二月十五日、竹千代に「家治」の名が与えられた。吉貴は使者を老中へ差し出して祝意を述べ、これに対する奉書を受けたことを記す。

  22. 追録4-No.1598 松平乗邑書状

    松平乗邑は吉貴に、前年十二月十五日に竹千代へ名が与えられたことを聞いて吉貴が祝賀の使者を送った件を了承し、書状の趣旨を老中間で相談して将軍へ上聞したと返す。

  23. 追録4-No.1599 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、前年十二月十五日に竹千代へ名が与えられたことへの祝意と、吉貴が使者を送ったことを了承し、書状の趣旨を将軍へ言上したと返す。

  24. 追録4-No.1600 秀小路・櫻井・うゑ松連署消息

    秀小路・櫻井・うゑ松は吉貴の正月十三日付書状を一位に披露した。前年十二月十五日に竹千代へ名が与えられた祝賀を一位が大いに喜び、将軍・大納言・竹千代と一位の健勝を伝える。

  25. 追録4-No.1601 吉貴の鷹の鶴拝領に伴う使者目見の伺い

    継豊は、吉貴が宿次の奉書で御鷹の鶴を拝領したため、使者薗寝孫左衛門を通じて礼を述べたいと伺う。吉貴の赦免後の帰国や婚姻の際に使者の目見・献上を許された先例を挙げ、今回も同様の取扱いを願った。朱書で「可為此通」と認められる。

  26. 追録4-No.1602 継豊、佐土原領への唐船漂着を届け出る

    継豊は、佐土原城主島津但馬守の領内に唐船が漂着したことを届ける。但馬守は参勤の時期に当たるため、漂着船への対応を継豊の国元家老に依頼した。継豊が今後の届出を引き受ける旨を伝え、同日に御用番松平乗邑へ提出した経緯も付記する。

  27. 追録4-No.1603 島津但馬守、唐船漂着と対応委任を届け出る

    島津但馬守は、自領への唐船漂着を別紙で届け出る。参勤が迫るため、漂着船への対応を松平大隅守継豊の国元家老に頼み、以後の届出を継豊から行う旨を知らせる。継豊側が二月二十三日に提出した写しを収録する。

  28. 追録4-No.1604 島津但馬守の唐船漂着・救助詳報

    島津但馬守は、日向国那珂郡徳之淵浦沖へ漂着した唐船の経過を詳報する。正月二十日から荒天で接近できず、二十一日に乗組員四十四人、二十三日に二十人を救助して小屋で介抱・警護した。通事を呼んで六十四人乗りの船が暴風で帆を失ったと確認し、長崎奉行へ知らせた。

  29. 追録4-No.1605 天英院殿の薨去と増上寺への葬送

    元文六年二月二十八日に一位の御方である天英院殿が江戸城西城で亡くなり、三月八日に遺骸を西城から増上寺へ送って葬ったことを記す。

  30. 追録4-No.1606 元文から寛保への改元

    元文六年三月三日に江戸で元号が寛保に改められ、同月十八日に薩摩藩領へその旨が伝えられたことを記す。吉貴・継豊両家の譜にも同文がある旨を付記する。

  31. 追録4-No.1607 松平信祝書状

    松平信祝は継豊に、今朝献じられた求肥飴一箱を披露したと通知する。

  32. 追録4-No.1608 松平乗賢書状

    松平乗賢は継豊に、今朝献じられた求肥飴一箱を披露したと通知する。

  33. 追録4-No.1609 松平信祝書状

    松平信祝は宗信に、今朝献じられた氷餅一箱を披露したと通知する。

  34. 追録4-No.1610 松平乗賢書状

    松平乗賢は宗信に、今朝献じられた氷餅一箱を披露したと通知する。

  35. 追録4-No.1611 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の二月七日付書状への返事で、将軍・大納言・竹千代の健勝を喜ぶ。正月七日、継豊の召使「むら路」が年頭の祝儀を申し上げ、目見と上意を許され、料理まで頂戴したことを大納言へ披露したと伝える。

  36. 追録4-No.1612 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の二月七日付書状を受け、正月七日に継豊が召使「むら路」を通じて年頭の祝儀を述べた際、むら路が目見を許され、上意を受け、料理を頂戴したことを喜ぶ。将軍・大納言・竹千代の健勝も伝える。

  37. 追録4-No.1613 松平信祝書状

    松平信祝は吉貴に、正月十日の将軍による東叡山の御霊屋参詣を聞いて祝意を述べた書状を受け、その趣旨を老中間で相談して将軍に言上すると返す。

  38. 追録4-No.1614 天英院殿中陰法事への吉貴の香奠

    三月十五日に増上寺で営まれた天英院殿の中陰法事に、吉貴は使者種子嶋権四郎時興を通じて御香奠銀二枚を奉納した。老中からこれを受けた旨の奉書が出されたことを記す。

  39. 追録4-No.1615 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、天英院殿の中陰法事に際して使者が献じた御香奠を増上寺で奉納したことを承知し、書状の趣旨を将軍に言上したと返す。

  40. 追録4-No.1616 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、正月十八日に竹姫が大奥へ入った際、菊姫が将軍から親しく言葉を賜り、将軍・大納言から拝領物を受けたことを承知したと返す。刑部卿・右衛門督からの贈物と、継豊・宗信への将軍からの下賜にも触れる。

  41. 追録4-No.1617 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、正月十八日の竹姫の大奥入りに際し、菊姫が将軍の上意を受け、将軍・大納言から拝領物を得た件を承知したと返す。刑部卿・右衛門督の贈物と、継豊・宗信への将軍からの下賜も確認する。

  42. 追録4-No.1618 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、正月二十一日の竹千代の着袴祝儀が済んだとの報告と、それを祝って吉貴が使者を差し越したことを了承する。書状の趣旨を老中間で相談して将軍へ上聞したと返す。

  43. 追録4-No.1619 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、正月二十一日に竹千代の着袴祝儀が済んだと聞き、吉貴が祝賀の使者を送ったことを了承して、書状の趣旨を将軍へ言上したと返す。

  44. 追録4-No.1620 竹千代着袴祝いの下賜と吉貴の謝礼

    正月二十二日、竹千代家治の着袴祝いで、上使朽木土佐守玄綱を通じ、継豊は一種一荷を拝領し、吉貴も同じ品を拝領した。吉貴は老中へ謝礼を申し述べ、奉書を受けた。

  45. 追録4-No.1621 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、正月二十二日の竹千代の着袴祝いに際し、竹千代からの上使によって継豊と吉貴が樽肴を拝領したとの報告を了承し、謝礼の書状を老中間で相談して将軍へ上聞したと返す。

  46. 追録4-No.1622 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、正月二十二日の竹千代の着袴祝いで上使を通じ継豊と吉貴が樽肴を拝領したことへの謝意を了承し、その趣旨を将軍へ言上したと返す。

  47. 追録4-No.1623 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の二月二十二日付書状への返事で、正月二十二日に竹千代の着袴祝いとして上使朽木土佐守から継豊と吉貴が各一種一荷を拝領したことを喜ぶ。吉貴から将軍・大納言への謝礼の意を取り次ぐ。

  48. 追録4-No.1624 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の二月二十二日付書状を受け、正月二十二日の竹千代の着袴祝いで、上使朽木土佐守を通じ継豊と吉貴がそれぞれ一種一荷を拝領したと聞いた。吉貴が竹千代・大納言へさらに礼を述べたいとの意向を伝える。

  49. 追録4-No.1625 吉貴の御鷹の鶴拝領と謝礼使者の往復

    病気療養中の吉貴は元文五年十二月十三日、将軍吉宗から御鷹の鶴一隻を宿次奉書で賜った。江戸から急送された鶴を翌正月十一日に大磯館で拝領し、礼状を届けさせ、使者孫左衛門清香を江戸へ送る。清香は四月一日に登城して将軍・大納言への献上と謝礼を行い、四日・五日に奉書を受け、六月二十三日に薩摩へ帰着して復命した…

  50. 追録4-No.1626 本多忠良・松平信祝・松平乗邑連署書状

    本多忠良・松平信祝・松平乗邑は吉貴に、前年暮れに宿次奉書で御鷹の鶴を拝領したことへの礼として、使者孫左衛門が樽肴を献じたと承知したと返す。献上品を披露すると、使者が将軍の前へ召し出され、丁重な謝礼を将軍が喜んだと伝える。

  51. 追録4-No.1627 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、宿次奉書で御鷹の鶴を拝領した礼として使者孫左衛門が樽肴を献じた件を了承する。献上品を披露したところ、使者が将軍の前へ召し出され、吉貴の心遣いを将軍が喜んだと伝える。

  52. 追録4-No.1628 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の正月十一日付書状を受け、宿次奉書による御鷹の鶴拝領を祝い、謝礼の使者を差し上げるとの意向を披露したと返す。将軍・大納言・竹千代の健勝も伝える。

  53. 追録4-No.1629 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは吉貴らの健康を祝い、将軍から上使を通じて吉貴へ御鷹の鶴が下賜されたと聞いて大いに喜ぶ。今後も同様の拝領が続くよう願い、その喜びを吉貴へ伝えるよう求める。

  54. 追録4-No.1630 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは吉貴らの健勝を喜び、宿次奉書によって御鷹の鶴を拝領した知らせを祝う。春先の寒さに気を付けるよう願い、吉貴の謝礼の意を取り次ぐ。

  55. 追録4-No.1631 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、正月二十四日に将軍が増上寺の御霊屋へ参詣したと聞いて吉貴が祝意を述べた書状を受け、その趣旨を老中間で相談して将軍へ上聞したと返す。

  56. 追録4-No.1632 とみ・岡田・藤え連署消息

    とみ・岡田・藤えは二月二十五日付の書状に返し、吉貴らの健勝と、正月二十一日に竹千代の着袴祝いが済み吉貴も祝儀の品を拝領したことを喜ぶ。三月の節句には菊姫へ箱入りの品が贈られ、菊姫が深く感謝したことも伝える。

  57. 追録4-No.1633 天英院殿法事と島津家への遺物下賜

    三月十五日の天英院殿中陰法事で、継豊は使者蒲生十郎左衛門清高を通じて香奠銀五枚を増上寺に奉納した。四月七日には老女の奉書を添え、継豊・吉貴・信登院・宗信・菊姫へ和歌集や御卓などの遺物が下賜され、翌八日に宗信が継豊の代理で老中へ礼を述べた。

  58. 追録4-No.1634 天英院殿遺物・古今和歌集の控え

    天英院殿の遺物として贈られた「古今和歌集」一箱を記した品目の控え。継豊への遺物下賜を記す前後の文書に付属する。

  59. 追録4-No.1635 天英院殿遺物・唐木蒔絵の御卓の控え

    天英院殿の遺物の品目として「御卓 唐木蒔絵」と記す控え。四月七日に継豊へ下賜された遺物の内訳を示す。

  60. 追録4-No.1636 秀小路・櫻井・植松連署消息

    秀小路・櫻井・植松は継豊に、天英院殿の遺命によって、目録の品を遺物として継豊へ贈ると伝える。ほかの贈呈先への品についてもそれぞれ内々の書付の通りであると知らせる。

  61. 追録4-No.1637 天英院殿の薨去と宗信への遺物下賜

    二月二十八日に天英院殿が江戸城で亡くなった後、四月七日に老女の奉書を添えた遺物として古今和歌集一箱が宗信に下賜された。宗信は同日、老中松平乗邑の屋敷へ赴き謝礼を述べた。

  62. 追録4-No.1638 秀小路・櫻井・植松連署消息

    秀小路・櫻井・植松は宗信に、天英院殿の遺命に基づき、目録に記した遺物を宗信へ贈ると伝える。

  63. 追録4-No.1639 宗信拝領の天英院殿遺物・古今和歌集

    宗信へ贈られた天英院殿の遺物の品目として、飛鳥井雅永卿筆の古今和歌集一箱を記す。

  64. 追録4-No.1640 吉貴の天英院殿弔問使者派遣と復命

    二月二十八日に天英院殿が薨去し、三月八日に増上寺へ葬られた報を薩摩で受けた吉貴は、三月十九日に山岡纏太左衛門久澄を弔問使者として江戸へ送った。久澄は四月十一日に着府、十六日に老中らへ吉貴の書状を差し出し、十九日に奉書を受け、六月二十三日に薩摩へ戻って吉貴へ復命した。

  65. 追録4-No.1641 本多忠良書状

    本多忠良は吉貴に、天英院殿の薨去を聞いて言葉もないほど悲しみ、将軍・大納言・竹千代の安否を使者に尋ねた書状を受けたと返す。三方とも無事であると知らせ、その趣旨を老中間で相談して将軍へ上聞した。

  66. 追録4-No.1642 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、天英院殿の薨去への弔意と、将軍・大納言・竹千代の安否を使者に尋ねたことを了承する。三方は無事と知らせ、書状の趣旨を将軍へ言上した。

  67. 追録4-No.1643 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の三月十九日付書状への返事で、天英院殿が養生の甲斐なく二月二十八日に薨去したことへの弔意を受ける。吉貴が大納言・竹千代の安否を尋ねたいとの意向を取り次ぐ。

  68. 追録4-No.1644 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の三月十九日付書状を受け、天英院殿が二月二十八日に養生の甲斐なく薨去したとの知らせを悼む。吉貴が将軍の安否を尋ねたいとの意向を伝える。

  69. 追録4-No.1645 秀小路・櫻井・植松連署消息

    秀小路・櫻井・植松は吉貴に、天英院殿が養生の甲斐なく薨去したことを悼み、吉貴から寄せられた弔意に感謝すると返す。

  70. 追録4-No.1646 秀小路・櫻井・植松連署消息

    秀小路・櫻井・植松は吉貴の三月二十日付書状に返し、自分たちの境遇を丁寧に尋ね、白銀の品まで贈ったことに礼を述べる。天英院殿の葬送が進み、日を追って寂しさが募る心情も伝える。

  71. 追録4-No.1647 とみ(荻原)・岡田・藤え連署消息

    とみ(荻原)・岡田・藤えは、天英院殿が養生の甲斐なく薨去し、姫君も深く惜しんでいると伝える。姫君の近況を尋ねる書状への礼を述べ、その悲しみを取り次ぐよう頼む。

  72. 追録4-No.1648 本多忠良書状

    本多忠良は継豊に、今朝献じられた御香具一箱と丸焚斗一箱を披露し、結構なことであると返す。

  73. 追録4-No.1649 松平乗賢書状

    松平乗賢は継豊に、今朝献じられた御香具一箱と丸焚斗一箱を披露し、結構なことであると返す。

  74. 追録4-No.1650 松平乗賢書状

    松平乗賢は継豊に、竹千代の菖蒲の祝いとして使者を通じ献じた菖蒲兜一飾を滞りなく披露したと返す。

  75. 追録4-No.1651 徳川吉宗の端午祝儀返書

    将軍吉宗は継豊に、端午の祝儀として献じられた帷子・単物が届き、披露して喜んだ旨を御内書で伝える。

  76. 追録4-No.1652 松平乗賢書状

    松平乗賢は継豊に、端午の祝儀として使者を通じ献じた帷子・単物を披露し、将軍が喜んだと返す。

  77. 追録4-No.1653 吉貴への天英院殿遺物下賜と謝礼

    五月上旬、天英院殿の遺命による遺物として、和漢朗詠集一部と脇息一脚が吉貴へ贈られた。吉貴は拝領後、老中へ謝礼の書状を差し出し、これに対する奉書を受けたことを記す。

  78. 追録4-No.1654 秀小路・櫻井・植松連署消息

    秀小路・櫻井・植松は吉貴に、天英院殿の遺命に基づき目録の品を遺物として贈ると伝え、ほかの贈呈先へはそれぞれ内々の書付の通りに渡すと知らせる。

  79. 追録4-No.1655 吉貴拝領の天英院殿遺物・脇息

    吉貴へ贈られた天英院殿の遺物の品目として、脇息一脚と折紙一箱を記す。

  80. 追録4-No.1656 吉貴拝領の天英院殿遺物・和漢朗詠集

    吉貴へ贈られた天英院殿の遺物の品目として、二条為宗卿筆の和漢朗詠集一箱を記す。

  81. 追録4-No.1657 松平乗邑書状

    松平乗邑は吉貴に、使者を通じて将軍・大納言・竹千代の安否を尋ねた書状を受け、三方とも無事であると知らせる。書状の趣旨を老中間で相談して将軍へ上聞した。

  82. 追録4-No.1658 松平乗賢書状

    松平乗賢は吉貴に、使者を通じて将軍・大納言・竹千代の安否を尋ねたことを了承し、三方は無事だと知らせる。書状の趣旨を将軍へ言上した。

  83. 追録4-No.1659 島津忠紀への屋敷地六百八十五坪下賜

    五月十一日、島津忠紀に、既存の屋敷の東隣にある六百八十五坪の土地を賜る命が出た。家老島津久豪が肥後平左衛門盛房を通じ、家臣山津十太夫盛香へ伝達した経緯を記す。

  84. 追録4-No.1660 山津十太夫への屋敷地下賜伝達

    家老島津久豪は山津十太夫へ、讃良善助の本屋敷六百八十五坪を周防殿(島津忠紀)に下賜する命を伝える。担当の勘定方などにも通常の手続きに従い申し渡すよう指示した。

  85. 追録4-No.1661 島津忠紀屋敷の隣地二百三十一坪買入

    五月二十四日、島津忠紀が拝領した屋敷地の東隣二百三十一坪を買い入れることが許され、先の六百八十五坪と合わせて一続きの宅地とした。家老種子島時成が本田作左衛門を通じ山津十太夫へ伝達した。

  86. 追録4-No.1662 島津忠紀屋敷隣地買入の経緯

    島津忠紀へ下賜された讃良善助の屋敷の隣地二百三十一坪について、伊集院側の願いを受け、買い入れて拝領地に添えることを許した経緯を記す。買入の許可は家老種子島時成から山津十太夫へ伝えられた。

  87. 追録4-No.1663 屋敷隣地買入を山津十太夫へ伝える指示

    家老種子島時成は山津十太夫に、讃良善助の旧屋敷を忠紀へ下賜した後、その隣地を忠紀が買い入れて一つの屋敷地にすることを許すと伝える。伊集院猪右衛門の願いを踏まえ、勘定方などにも通常の手続きを命じる。

  88. 追録4-No.1664 吉貴から島津忠紀への刀剣・馬具・書画贈与

    九月八日、吉貴は忠紀へ雄刀・雌刀、鞍・鐙・轡などの馬具、刀装具、掛物・書籍類を贈った。続く枝番文書が、刀剣と道具・書画の品目や装飾を詳記する。

  89. 追録4-No.1664-1 吉貴から忠紀への御腰物・脇差目録

    吉貴から忠紀へ贈った御腰物二腰と御脇差一腰を列記する。刃長、茎の目釘穴、鞘や縁頭の金工、家紋を付した意匠など、それぞれの仕様を記す。

  90. 追録4-No.1664-2 吉貴から忠紀への刀剣・馬具目録

    吉貴から忠紀へ贈った刀・脇差・鑓、鞍や刀装具を詳しく列記する。刀剣の銘・長さ・鞘と金具の意匠、折紙に記された評価額、鞍の装飾や添えた部品まで記録する。

  91. 追録4-No.1664-3 吉貴から忠紀への書画・謡本目録

    吉貴から忠紀へ贈った書画・掛幅を列記する。大黒絵、秋月筆をはじめ諸画家の作品、古川受・探元らの掛幅、謡本や板行の書物を含み、末尾に数量を記す。

  92. 追録4-No.1665 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の四月六日付書状に返し、将軍・大納言・竹千代が無事であることを喜ぶ。吉貴が使者を通じ三方の安否を尋ねた旨を取り次ぐ。

  93. 追録4-No.1666 豊岡・八嶋・浦尾連署消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の四月六日付書状を受け、将軍・大納言・竹千代の無事を伝える。吉貴がさらに大納言・竹千代の近況を尋ねる意向を取り次ぐ。

  94. 追録4-No.1667 とみ(荻原)・岡田・藤え連署消息

    とみ(荻原)・岡田・藤えは、厳しい土用の暑さに際し吉貴らの無事を尋ねる。こちらでは太守と菊姫らが暑さに障らず元気だと伝え、引き続き吉貴の近況を知らせてほしいと頼む。

  95. 追録4-No.1668 宗信の袖留儀礼と将軍からの祝賀

    五月二十一日に継豊が老中松平乗邑へ願い出て許可を得、二十二日に嗣子宗信が袖を短くする袖留の儀礼を行った。二十三日には将軍吉宗が祝意を示し、大納言家重の使者が芝邸へ来て継豊と宗信に祝いの肴を贈った。継豊は病気で老中邸へ赴けず、宗信が代わって謝礼を述べた。

  96. 追録4-No.1669 島津宗信の袖留儀礼

    五月二十二日、宗信が衣服の袖を短くする袖留の儀礼を行ったことを記す。儀礼の詳しい経過は継豊の譜に載ると注記する。

  97. 追録4-No.1670 とみ(荻原)・岡田・藤え連署消息

    とみ(荻原)・岡田・藤えは宗信の袖留を祝い、宗信が将軍から上使を通じ祝儀を、また目録の品を拝領したことを喜ぶ。吉貴や菊姫らもこれを祝っており、暑さの中でも皆の健勝と末長い繁栄を願う。

  98. 追録4-No.1671 漂着唐船の長崎引渡しを継豊が報告

    継豊は、島津忠就領の日向国那珂郡徳之淵浦沖に漂着した唐船について、国許で唐人と積荷を警護して長崎へ送ったと報告する。前月十六日に長崎奉行へ支障なく引き渡したことを聞き、留守居を通じて御用番の松平左近将監へ届けた。

  99. 追録4-No.1672 漂着唐船の処置終了を忠就が報告

    忠就は、領内の日向国徳之淵浦沖に漂着した唐船の唐人・積荷を、継豊側が長崎まで送り奉行へ引き渡したと聞いて報告する。後続の届出は継豊に任せていたが、処置が済んだため、自身からも一件の終了を届けた。

  100. 追録4-No.1673 松平信祝から吉貴への改元祝儀返書

    信祝は、元文から寛保への改元を祝う吉貴の書状を受け、その祝意を承知したと返す。吉貴の心遣いを老中間で話し合い、将軍へも申し上げたことを伝える。