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追録4の目録

暫定版です。原文との照合により、概要や文書の区切り等を修正する場合があります。

全2,674件中 1701~1800件・18 / 27ページ

  1. 追録4-No.1674 松平乗賢から吉貴への改元祝儀返書

    乗賢は、改元を祝う吉貴の書状を受け、祝意を承知した旨を返す。その内容を将軍へ言上したことを伝える。同日付の信祝書状とは差出人が異なる。

  2. 追録4-No.1675 松平信祝から吉貴への天英院廟参拝返書

    信祝は、将軍が四月三日に増上寺の天英院廟所へ参拝したと聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。吉貴の祝意を承知し、関係者で話し合って将軍へ伝えた旨を返答する。

  3. 追録4-No.1676 松平信祝から吉貴への将軍家安否返書

    信祝は、吉貴が将軍と竹千代の機嫌を尋ねた書状を受け、両人が健勝である旨を伝える。吉貴の心遣いを関係者に披露し、将軍へも言上したと返答する。

  4. 追録4-No.1677 松平乗賢から吉貴への将軍家安否返書

    乗賢は、吉貴が将軍と竹千代の機嫌を尋ねた書状を受け、両人が健勝であると伝える。吉貴の心遣いを披露し、将軍へも言上した旨を返答する。同日付の信祝書状とは差出人が異なる。

  5. 追録4-No.1678 豊岡・八嶋・浦尾から吉貴への返書

    豊岡・八嶋・浦尾は、吉貴の五月十一日付の手紙を受けて返書を寄せる。竹千代と大納言の安泰を喜び、土用の間も竹千代の機嫌がよいことを伝え、吉貴の気遣いに礼を述べる。

  6. 追録4-No.1679 松平乗賢から吉貴への天英院遺物拝領返書

    乗賢は、吉貴が天英院の遺物を拝領したとの報告を受け、その趣を承知したと返す。吉貴の書状の内容を将軍へ伝えた旨も記す。

  7. 追録4-No.1680 豊岡・やしま・うらをの天英院遺物拝領祝意

    豊岡・やしま・うらをは、吉貴から天英院の遺物を拝領したとの手紙を受け、ありがたいこととして祝意を伝える。御礼を申し上げるよう求められ、その意向に沿って返答した。

  8. 追録4-No.1681 松平信祝から継豊への琉球産物献上返書

    信祝は、継豊から琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺が献上されたと伝える。献上品を披露し、喜ばしいことと返答した。

  9. 追録4-No.1682 松平乗賢から継豊への琉球産物献上返書

    乗賢は、継豊が琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を献上したと知らせる。それらを披露し、喜ばしいことと返答した。同日付の信祝書状と同件である。

  10. 追録4-No.1683 本多忠良から継豊への端午内書受領案内

    本多忠良は継豊に、端午の御内書を渡すので、翌日の五ツ半時に家来を江戸城へ差し出すよう伝えた。

  11. 追録4-No.1684 松平信祝から吉貴への東叡山参詣返書

    信祝は、公方が健勝であり、四月二十日に東叡山の御霊前へ参詣したことを聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返答する。

  12. 追録4-No.1685 松平信祝から吉貴への増上寺参詣返書

    信祝は、公方が健勝であり、四月二十九日に増上寺の御霊屋へ参詣したことを聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返答する。

  13. 追録4-No.1686 龍洞院の位牌供物料に古銀一貫目を充当

    龍洞院に安置する位牌への茶・菓子の供物について、従来は月々の忌日、正月・五月・九月、盆・彼岸に寺へ品物を渡していた。今後は古銀一貫目を寺社奉行方へ差し出し、これを貸し付けた利銀で茶・菓子を調達して供えるよう定める。

  14. 追録4-No.1687 本多忠良から継豊への生見玉祝儀返書

    本多忠良は、継豊が生見玉の祝儀として黄金十両を献上したと伝え、その品を披露したうえで喜ばしいことと返答する。

  15. 追録4-No.1688 松平乗賢から継豊への生見玉祝儀返書

    乗賢は、継豊が生見玉の祝儀として黄金十両を献上したと伝え、披露して喜ばしいことと返答する。同日付の本多忠良書状と同件である。

  16. 追録4-No.1689 本多忠良から吉貴への東叡山参詣返書

    忠良は、公方が健勝で五月八日に東叡山の御霊前へ参詣したと聞き喜ぶ吉貴の書状を受け、その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返答する。

  17. 追録4-No.1690 本多忠良から吉貴への安産祝儀返書

    忠良は、徳川右衛門督の御簾中が安産したため吉貴が干鯛一箱を献上したと伝える。関係者で相談して品を披露し、喜ばしいことと返答した。

  18. 追録4-No.1691 松平乗賢から吉貴への安産祝儀返書

    乗賢は、徳川右衛門督の御簾中の安産を祝い、吉貴が干鯛一箱を献上したと伝える。献上品を披露して喜ばしいことと返答した。

  19. 追録4-No.1692 本多忠良から継豊への安産祝儀返書

    忠良は、徳川右衛門督の御簾中の安産につき、継豊が干鯛一箱を献上したと伝える。献上品を披露して喜ばしいことと返答した。吉貴宛の同件書状とは宛先が異なる。

  20. 追録4-No.1693 松平乗賢から継豊への安産祝儀返書

    乗賢は、徳川右衛門督の御簾中の安産を祝って継豊が干鯛一箱を献上したと伝える。その品を披露し、喜ばしいことと返答した。同日付の忠良書状と同件である。

  21. 追録4-No.1694 荻原・岡田・藤えの八朔祝儀消息

    荻原・岡田・藤えは、八朔の祝儀を喜び、菊姫らが揃って機嫌よく祝っていると伝える。吉貴からの目録に記された贈物にも触れ、祝いが長く続くことを願い、その趣を披露してほしいと頼む。

  22. 追録4-No.1695 豊岡・八嶋・浦尾の宗信袖留祝賀消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の六月十八日付書状に返し、将軍・大納言家重・竹千代が健勝であることを喜ぶ。宗信の袖留に際し、先月二十三日に将軍と大納言の上使が芝邸を訪れ、継豊・宗信へ祝いの肴を贈った件に謝意を述べる。

  23. 追録4-No.1696 豊岡・八嶋・浦尾の宗信袖留祝賀消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の六月十八日付書状を受け、将軍と竹千代の健勝を喜ぶ。宗信の袖留を祝し、先月二十三日に将軍と大納言の使者が継豊・宗信へ祝いの肴を届けたことについて、吉貴の礼意を大納言へ伝える旨を述べる。

  24. 追録4-No.1697 宗信から中山王への縁組祝儀礼状

    宗信は、前年の自身の縁組を祝って中山王が国頭親方を使者に立て、太刀一腰・馬代白銀百両と目録記載の品を贈ったことを喜び、丁重な祝儀に礼を述べる。

  25. 追録4-No.1698 宗信から中山王への年始祝儀礼状

    宗信は中山王に、年始の祝儀として使者と別録の品を送られたことに礼を述べる。前年の縁組祝儀への礼状と同日付だが、対象は年始の贈答である。

  26. 追録4-No.1699 松平乗邑から継豊への八朔献上返書

    乗邑は、継豊が八朔の祝儀として使者を通じ太刀一腰と馬代黄金十両を献上したと伝える。献上品を披露し、喜ばしいことと返答した。

  27. 追録4-No.1700 松平乗賢から継豊への八朔献上返書

    乗賢は、継豊が八朔の祝儀として使者を通じ太刀一腰と馬代黄金十両を献上したと伝える。献上品を披露して喜ばしいことと返答した。同日付の乗邑書状と同件である。

  28. 追録4-No.1701 松平乗邑から継豊への折一合献上返書

    乗邑は、継豊がこの朝「御折一合」を献上したと伝える。その品を披露して喜ばしいことと返答した。品の内容は本文に記されない。

  29. 追録4-No.1702 吉宗・家重の叙任と家治元服への継豊の祝賀

    七月二十七日に朝廷の勅使が江戸へ向かい、八月七日に吉宗が右大臣、家重が右近衛大将を兼ねた。十二日に家治が元服して従二位大納言に任じられた。二十一日、病中の継豊は家臣を登城させ、吉宗・家重・家治へ太刀・馬代などを献じて祝う。翌二十二日、幕府の使者が芝邸へ来て吉宗・家重・家治からの返礼品を渡した。

  30. 追録4-No.1703 松平乗邑から継豊への叙任・元服祝儀返書

    乗邑は、吉宗の右大臣任官、家重の右近衛大将兼任、家治の元服と官位に際し、継豊が使者を通じ太刀・馬代を献上したと伝える。品を披露し、祝儀を喜ばしいことと返答した。

  31. 追録4-No.1704 松平乗賢から継豊への叙任・元服祝儀返書

    乗賢は、吉宗・家重の叙任と家治の元服・官位を祝って、継豊が使者を通じ太刀・馬代を献上したと伝える。献上品を披露して喜ばしいことと返答した。同日付の乗邑書状と同件である。

  32. 追録4-No.1705 宗信譜所収の吉宗・家重叙任と家治元服

    宗信の譜は、七月二十七日に朝廷の勅使が江戸へ向かったこと、八月七日に吉宗が右大臣、家重が右近衛大将を兼ねたこと、十二日に家治が元服して従二位大納言に任じられたことを記す。

  33. 追録4-No.1706 松平乗邑から吉貴への東叡山参詣返書

    乗邑は、公方が健勝で六月九日に東叡山の御霊前へ参詣したことを聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者と相談して将軍へ上聞したと返答する。

  34. 追録4-No.1707 松平乗邑から吉貴への徳川刑部卿縁組返書

    乗邑は、公方・右大将・大納言の健勝を喜び、徳川刑部卿の縁組が命じられたことを祝う吉貴の書状を受けた。その祝意を関係者で相談し、将軍へ上聞したと返す。

  35. 追録4-No.1708 松平乗賢から吉貴への徳川刑部卿縁組返書

    乗賢は、公方・右大将・大納言の健勝と徳川刑部卿の縁組決定を祝う吉貴の書状を受けた。その趣を承知し、将軍へ言上したと返答する。同日付の乗邑書状と同件である。

  36. 追録4-No.1709 外城衆中の鹿児島士格と役格の扱い

    外城衆中が一代限り鹿児島士格とされた場合、三代続けて新番格の役を勤めれば、以後の代にも同格を認めるかを論じる。一方、小番格の者が寺社奉行格など寄合格の役を三代勤めた場合は同様に扱わず、その都度伺いを立てるとする。八月、種子島織部が島津権左衛門からの指示を承知した旨を記す。

  37. 追録4-No.1710 吉宗から継豊への重陽祝儀礼状

    吉宗は、継豊から重陽の祝儀として小袖一重を受け取ったことを喜び、詳しくは松平伊豆守信祝が伝えると記す。

  38. 追録4-No.1711 松平信祝から継豊への重陽祝儀返書

    信祝は、継豊が重陽の祝儀として、使者を通じ右大将家重へ小袖一重を献上したと伝える。品を披露し、喜ばしいことと返答した。

  39. 追録4-No.1712 宗信の白書院での家治初謁見

    重陽の祝賀で宗信が登城し、いったん退いた後に再び登城した。松平乗邑が宗信へ命を伝え、宗信は四品以上の諸侯とともに白書院で家治に初めて拝謁した。

  40. 追録4-No.1713 松平信祝から吉貴への安産祝賀返書

    信祝は、公方・右大将・大納言の健勝と、徳川右衛門督の御簾中の安産を喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者で相談し、将軍へ上聞したと返答する。

  41. 追録4-No.1714 松平乗賢から吉貴への安産祝賀返書

    乗賢は、公方・右大将・大納言の健勝と、徳川右衛門督の御簾中の安産を喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を将軍へ言上したと返答する。同日付の信祝書状と同件である。

  42. 追録4-No.1715 吉貴から忠紀への茶道具・器物贈与

    忠紀は吉貴に愛され、茶壺・茶釜・茶器・茶杓・花瓶・香合や屏風、能装束、膳具・酒器など多くの品を与えられた。忠紀は厚意を忘れず後代へ伝えるため、受け取った品々を記録した。

  43. 追録4-No.1716 忠紀拝領の茶入二点

    吉貴から忠紀への拝領品として、袋・挽家・箱などの付属品を備えた古瀬戸焼茶入一点と、袋・箱付きの春慶茶入一点を列記する。

  44. 追録4-No.1717 忠紀へ上吉野・坂元の別墅用地を給付

    九月二十七日、忠紀へ城之上の吉野村・坂元村にまたがる周囲約三十二町の土地を別墅用に給付した。郷原金太夫久雄を通じて山津盛香へ命が伝えられた。

  45. 追録4-No.1718 忠紀別墅用地の引渡しと土地・立木の扱い

    郷原久雄は山津盛香に、城之上の吉野村・坂元村にまたがる周囲約三十二町を忠紀の野屋敷として渡すと伝える。域内の給地や見掛納を重富領高と振り替え、現地の耕作・借地人や立木は当面従来どおりとする。持留地の代替地、櫨木などの代銀や引渡し手順も指示した。

  46. 追録4-No.1719 忠紀の別墅用地を勝浦山と命名

    十月七日、忠紀に与えた別墅用地の名称を勝浦山と定めた。郷原金太夫久雄を通じ山津盛香へその命が伝えられた。

  47. 追録4-No.1720 忠紀の野屋敷を勝浦山と呼ぶ申渡し

    郷原久雄は、忠紀の野屋敷に含まれる城之上・石場之上・桃木迫・丸山などの区域を、今後まとめて勝浦山と呼ぶよう申し渡す。関係する役々へ漏れなく伝え、山津盛香にも知らせるよう指示した。

  48. 追録4-No.1721 吉貴の将軍家叙任祝賀と使者派遣

    吉宗の右大臣任官、家重の右近衛大将兼任、家治の元服・任官を記す。八月二十二日、上使が芝邸へ来て継豊と吉貴に巻物などを贈った。鹿児島の吉貴はこれを聞き、弟子丸郷八弘登を江戸へ遣わして三御所へ太刀・馬代を献上し、老中への書状も届けた。弘登は翌年正月に帰国して復命した。

  49. 追録4-No.1722 本多忠良から吉貴への叙任・元服祝賀返書

    忠良は、公方・右大将・大納言の健勝と、吉宗の転任、家重の兼任、家治の元服・官位の儀式が滞りなく済んだことを喜ぶ吉貴の書状を受けた。その祝意を関係者で相談して将軍へ上聞したと返す。

  50. 追録4-No.1723 松平乗賢から吉貴への叙任・元服祝賀返書

    乗賢は、公方・右大将・大納言の健勝と、吉宗の転任、家重の兼任、家治の元服・官位の儀式が滞りなく済んだことを祝う吉貴の書状を受けた。その趣を将軍へ言上したと返す。同日付の忠良書状と同件である。

  51. 追録4-No.1724 荻原・岡田・藤枝の叙任・安産祝賀消息

    荻原・岡田・藤枝は、公方の転任、右大将の兼任、大納言の元服・官位の儀式が済んだことを喜ぶ。また徳川右衛門督の御簾中の安産と、それを祝う贈答に触れ、吉貴の祝意を披露してほしいと頼む。

  52. 追録4-No.1725 喬光院逝去と継豊・宗信らの弔礼

    十月十日に喬光院が没して上野の大慈院に葬られた。十二日に吉宗の使者が継豊の芝邸へ弔問し、十七日には家重からも慰問の品が届いた。二十一日、継豊は喬光院の位牌に香奠銀を献じ、宗信と菊姫も供物を供えて弔った。

  53. 追録4-No.1726 松平信祝から継豊への重陽内書受領案内

    信祝は継豊に、重陽の御内書を渡すので、翌日の五ツ半時に家来を江戸城へ差し出すよう伝えた。

  54. 追録4-No.1727 本多忠良から吉貴への増上寺参詣返書

    忠良は、公方が健勝で、八月二十四日に増上寺の惣御霊屋へ参詣したことを聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返答する。

  55. 追録4-No.1728 本多忠良から吉貴への叙任・元服祝儀返書

    忠良は、吉宗の転任、家重の兼任、家治の元服・官位を祝って吉貴が使者を通じ太刀・馬代を献上したと伝える。品を披露して喜ばしいことと返答した。

  56. 追録4-No.1729 松平乗賢から吉貴への叙任・元服祝儀返書

    乗賢は、吉宗の転任、家重の兼任、家治の元服・官位を祝って吉貴が使者を通じ太刀・馬代を献上したと伝える。品を披露して喜ばしいことと返答した。同日付の忠良書状と同件である。

  57. 追録4-No.1730 本多忠良から吉貴への将軍家拝領品礼状返書

    忠良は、八月二十二日に吉宗・家重・家治の上使が来て、継豊と吉貴が巻物などを拝領したことへの吉貴の謝意を受けた。吉貴が礼の使者を差し越した旨を承知し、その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返す。

  58. 追録4-No.1731 松平乗賢から吉貴への将軍家拝領品礼状返書

    乗賢は、八月二十二日に吉宗・家重・家治の上使から継豊と吉貴が巻物などを拝領したことへの吉貴の謝意を受けた。礼の使者を差し越したことも承知し、その趣を将軍へ言上したと返す。同日付の本多忠良書状と同件である。

  59. 追録4-No.1732 豊岡・八嶋・浦尾の叙任・宗信初目見え祝賀消息

    豊岡・八嶋・浦尾は吉貴の九月十八日付書状に返し、家重の兼任、家治の元服・官位と宗信の西城での初目見えを祝う。菊姫が将軍家から祝いの肴を拝領したことにも触れ、吉貴の礼意を伝える旨を記す。

  60. 追録4-No.1733 松平乗邑から吉貴への東叡山参詣返書

    乗邑は、公方が健勝で八月二十八日に東叡山の惣御霊屋へ参詣したことを聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者で相談し、将軍へ上聞したと返す。

  61. 追録4-No.1734 宗信の家治初目見えと吉貴の謝意

    重陽の九月九日、宗信は西城で四品以上の諸侯とともに家治へ初めて拝謁した。吉貴はこれを聞いて江戸の老中へ謝意の書状を送り、老中側からは宗信の初目見えを承知し将軍へ伝えた旨の返書があった。

  62. 追録4-No.1735 松平乗邑から吉貴への宗信初目見え返書

    乗邑は、公方・右大将・大納言の健勝を喜ぶ吉貴の書状を受け、九月九日に継豊の嫡子宗信が西城で初めて家治に目見えしたことへの謝意を承知した。その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返す。

  63. 追録4-No.1736 松平乗賢から吉貴への宗信初目見え返書

    乗賢は、公方・右大将・大納言の健勝と、九月九日に継豊の嫡子宗信が西城で初めて家治に目見えしたことを喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を承知し、将軍へ言上したと返す。

  64. 追録4-No.1737 継豊の叙任祝宴と宗信前髪剃除

    継豊は吉宗・家重の叙任と家治の元服を祝うため江戸芝邸に幕府役人らを招くことを願い、喬光院の逝去を受けて日程を延ばした。十一月十一日に本多忠良ら、十六日に諸侯らを招き、膳と猿楽でもてなし、将軍家へ祝儀品を献じた。十二月七日には宗信の前髪を剃る許可を願い、十一日に実施した。

  65. 追録4-No.1738 宗信の前髪剃除

    十二月十一日、宗信が前髪を剃ったことを記す。経緯の詳細は継豊の譜に載ると注記する。

  66. 追録4-No.1739 荻原・岡田・藤えの寒中見舞い消息

    荻原・岡田・藤えは寒さの厳しい折、吉貴や家族の機嫌を尋ね、こちらでは継豊や姫君・菊姫らが寒気に障らず健勝だと伝える。目録に記した贈物とともに、互いの近況を知らせてほしいと頼む。

  67. 追録4-No.1740 松平信祝から吉貴への増上寺参詣返書

    信祝は、公方が健勝で十月十四日に増上寺の御霊屋へ参詣したことを聞いて喜ぶ吉貴の書状を受けた。その趣を関係者で相談して将軍へ上聞したと返答する。

  68. 追録4-No.1741 松平信祝から吉貴への寒中見舞い返書

    信祝は、吉貴が寒中に将軍・右大将・大納言の機嫌を尋ねた書状を受け、三人が健勝なので安心するよう伝える。吉貴からの献上品一箱を関係者で相談して披露し、喜ばしいことと返答した。

  69. 追録4-No.1742 松平乗賢から吉貴への寒中見舞い返書

    乗賢は、吉貴が寒中に将軍・右大将・大納言の機嫌を尋ねた書状を受け、三人の健勝を伝える。吉貴からの献上品一箱を披露して喜ばしいことと返答した。同日付の信祝書状と同件である。

  70. 追録4-No.1743 松平信祝から継豊への朝鮮柑・鮭献上返書

    信祝は、継豊がこの朝、朝鮮柑一箱と鮭一箱を献上したと伝える。献上品を披露して喜ばしいことと返答した。

  71. 追録4-No.1744 松平乗賢から継豊への朝鮮柑・鮭献上返書

    乗賢は、継豊がこの朝、朝鮮柑一箱と鮭一箱を献上したと伝える。品を披露して喜ばしいことと返答した。同日付の信祝書状と同件である。

  72. 追録4-No.1745 吉貴から忠紀への鳥銃下賜

    十二月十一日、吉貴の命で忠紀に鳥銃一挺を与えた。次の目録には銃の玉目などが記される。

  73. 追録4-No.1746 忠紀拝領の鳥銃目録

    十二月十一日に忠紀が拝領した鳥銃一挺を記し、玉目を三匁とする。

  74. 追録4-No.1747 吉貴から忠紀への二挺目の鳥銃下賜

    十二月二十五日、吉貴は忠紀に別の鳥銃一挺を与えた。十二月十一日の鳥銃とは別件で、次の目録に玉目が記される。

  75. 追録4-No.1748 忠紀拝領の二挺目の鳥銃目録

    十二月二十五日に忠紀が拝領した鳥銃一挺を記し、玉目を十五匁八分とする。

  76. 追録4-No.1749 松平乗賢から継豊への破魔弓献上返書

    乗賢は、継豊が大納言へ破魔弓一飾を使者を通じて献上したと伝える。手続きが済み、品を披露した旨を返答する。

  77. 追録4-No.1750 吉宗から継豊への歳暮祝儀礼状

    吉宗は、継豊から歳暮の祝儀として小袖一重を受け取ったことを喜び、詳しくは松平左近将監乗邑が伝えると記す。

  78. 追録4-No.1751 松平乗賢から継豊への歳暮小袖献上返書

    乗賢は、継豊が歳暮の祝儀として使者を通じ小袖一重を献上したことを報じる。披露を済ませ、喜ばしいことと返答した。前文書の吉宗御内書と同じ献上に関わる。

  79. 追録4-No.1752 豊岡・八嶋・浦尾から吉貴への寒中見舞い返書

    豊岡・八嶋・浦尾は、吉貴の十一月十五日付書状を受け、公方・右大将・大納言が健勝であることを伝える。吉貴が寒中にも三人の機嫌を尋ねたことへの返礼を記す。

  80. 追録4-No.1753 豊岡・八嶋・浦尾から吉貴への右大将見舞い返書

    豊岡・八嶋・浦尾は、吉貴の十一月十五日付書状を受け、公方・右大将・大納言が健勝であると伝える。寒中に右大将の機嫌を尋ねたことへ謝意を返した。

  81. 追録4-No.1754 荻原・岡田・藤えから島津権左衛門への薩摩守前髪祝い書状

    荻原・岡田・藤えは、大守らの健勝を伝え、当月十一日に薩摩守の前髪を取る儀礼が行われたことを祝う。寒中の近況や菊姫の祝意も伝え、関係者に申し上げるよう頼む。

  82. 追録4-No.1755 荻原・岡田・藤えから島津権左衛門への年始祝賀書状

    荻原・岡田・藤えは、年が明け、当地の人々がそろって健勝で春を迎えたことを喜ぶ。相手方の年始の祝儀にも謝意を述べ、今後も変わらぬ交流を願う。

  83. 追録4-No.1756 本多忠良から継豊への若葉祝儀献上返書

    本多忠良は、継豊が若葉の祝儀として鯛一折を献上したことを伝え、披露を済ませたので喜ばしいと返答した。

  84. 追録4-No.1757 松平乗賢から継豊への若葉祝儀献上返書

    松平乗賢は、継豊が若葉の祝儀として鯛一折を献上したことを伝え、披露を済ませたので喜ばしいと返答した。同日付の本多忠良書状と同件である。

  85. 追録4-No.1758 幕府老中三名から吉貴への年頭献上返書

    本多忠良・松平信祝・松平乗邑は、吉貴が年頭の祝儀として使者を通じ太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことを伝える。披露を済ませ、喜ばしいことと返答した。

  86. 追録4-No.1759 松平乗賢から吉貴への右大将・大納言向け年頭献上返書

    松平乗賢は、吉貴が年頭の祝儀として、右大将と大納言へ使者を通じ太刀・馬代黄金を献上したことを伝える。品を披露して喜ばしいことと返答した。

  87. 追録4-No.1760 継豊の神社仏閣修造・勧農・年貢収納に関する吉書

    継豊は年頭の吉書で、神社仏閣の修造・興行、農事の奨励、諸国の年貢収納の三件を命じ、それぞれを沙汰するよう記す。

  88. 追録4-No.1761 本多忠良から継豊への年頭献上返書

    本多忠良は、継豊が年頭の祝儀として使者を通じ太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことを伝える。披露を済ませたので喜ばしいと返答した。

  89. 追録4-No.1762 松平乗賢から継豊への右大将・大納言向け年頭献上返書

    松平乗賢は、継豊が年頭の祝儀として右大将・大納言へ使者を通じ太刀と馬代黄金を献上したことを伝える。品を披露して喜ばしいことと返答した。

  90. 追録4-No.1763 宗信の月次朝参許可と初拝謁・鶴拝領

    継豊は十四日、十五歳の嗣子宗信が十五日以降の月次朝参に出仕できるよう本多忠良へ願い出て許可を得た。宗信は十五日に登城して吉宗へ初めて拝謁し、老中宅で謝礼を述べた。十六日には吉宗から継豊へ鶴一隻が下され、宗信が代わって謝礼に赴いた。

  91. 追録4-No.1764 宗信の月次朝参による吉宗初拝謁

    継豊の願いが許可され、宗信は正月十五日に月次朝参のため登城して吉宗へ初めて拝謁した。詳しい経過は前文書の継豊譜に載ると記す。

  92. 追録4-No.1765 荻原・岡田・藤えからの菊姫縁組内定を伝える書状

    荻原・岡田・藤えは、菊姫の縁組について松平筑前守側との内談が正月十二日にまとまったと伝える。相手方が上京して目見えを済ませ、正式な願いを出す見通しと、竹姫らが喜んでいる様子を報じる。

  93. 追録4-No.1766 豊岡・八嶋・浦尾から吉貴への宗信前髪儀礼返書

    豊岡・八嶋・浦尾は、吉貴の正月十三日付書状を受け、公方・右大将・大納言の健勝を伝える。宗信の前髪を取った儀礼に際する公方・右大将からの祝意と、宗信への魚の下賜を喜ぶ。

  94. 追録4-No.1767 豊岡・八嶋・浦尾から吉貴への宗信前髪儀礼返書

    豊岡・八嶋・浦尾は、吉貴の正月十三日付書状への返事で、公方・右大将・大納言の健勝を報じる。宗信の前髪儀礼に伴う公方・右大将からの祝意と宗信への魚の下賜を喜び、右大将へ伝言を頼む。

  95. 追録4-No.1768 荻原・岡田・藤えからの宗信前髪儀礼祝賀書状

    荻原・岡田・藤えは、宗信の前髪を取る儀礼が旧冬の十一日に行われ、これに伴い公方・右大将から宗信が祝いの品を拝領したことを祝う。島津又二郎らの近況と、寒中の一門の健勝も尋ねる。

  96. 追録4-No.1769 正八幡宮への葵紋付き小幡二流寄附証状

    竹姫は、継豊・宗信・菊姫の息災延命と子孫繁昌を願い、葵紋付きの小幡二流を隅州国分郷の正八幡宮へ寄附した。鎌田政直・頴娃久周が受納を命じる証状を連署した。

  97. 追録4-No.1770 霧島社への葵紋付き小幡二流寄附証状

    竹姫は、継豊・宗信・菊姫の息災延命と子孫繁昌を願い、葵紋付きの小幡二流を霧島社へ寄附した。鎌田政直・頴娃久周が受納を命じる証状を連署した。前文書の正八幡宮宛とは寄附先が異なる。

  98. 追録4-No.1771 江戸芝田町の火災による島津田町邸焼失

    二月六日申刻、江戸芝田町横新町で出火し、火は田町の島津邸まで延焼した。屋敷の建物の大半が焼け、茶亭・裏門・普請奉行役所のみ焼失を免れた。

  99. 追録4-No.1772 島津忠郷の出生・家督と死去

    継豊の弟忠郷(三次郎、因幡)は二月十二日に生まれ、母は近藤三左衛門嘉包の娘と記す。和泉家の名跡を継ぎ、宝暦四年十一月十三日に没した。

  100. 追録4-No.1773 松平乗邑から継豊への歳暮御内書渡し通知

    松平乗邑は、歳暮に対する御内書を渡すので、翌二十一日五ツ半時に家来を登城させるよう継豊へ通知した。