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追録4の目録
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追録4-No.877 島津益之助中剃・元服規式次第
益之助の中剃・元服当日の座敷設営、道具、役人配置、理髪、加冠、装束替え、拝領・進物、退出までの手順を詳細に定める。
追録4-No.878 太守より又三郎へ贈る大小拵・祝物目録
太守から又三郎へ贈る大小の刀装具一式と金品・衣類・食品などの元服祝物を列記し、先例との相違も注記する。
追録4-No.879 樺山久初・頴娃久周等元服関係書状
益之助の中剃・元服執行、名代、命名、進物、祝詞、姫君・奥向への披露と返礼など、儀式後の報告・調整を詳述する。
追録4-No.880 本多忠良書状
将軍・大納言の機嫌を祝い、正月十日の東叡山霊屋参詣が無事に済んだ旨を通知する。
追録4-No.881 樺山久初・頴娃久周等連署書状
益之助中剃・元服後の祝儀、進物、名乗り、奥向への披露・返礼、先例との照合について関係役人が連署で詳報する。
追録4-No.882 島津継豊書状
三月十八日に益之助が中剃・元服して又三郎と改名したことを報じ、祝儀の女中使者に謝意を述べて飛札で知らせる。
追録4-No.883 島津継豊書状
益之助が三月十八日に中剃・元服し又三郎へ改名したことを報告し、祝儀と配慮への謝意を伝える。
追録4-No.884 本多忠良書状
将軍・大納言の機嫌を祝い、正月二十四日の増上寺霊屋参詣が無事に済んだ旨を通知する。
追録4-No.885 樺山久初・頴娃久周等連署書状
益之助の中剃・元服、名乗り、祝儀・進物、奥向での拝謁・返礼が先例通りに済んだことを連署で報告する。
追録4-No.886 松平乗邑書状
将軍・大納言の機嫌を祝い、益之助が中剃を行い又三郎へ改名したことへの祝儀を受け取った旨を返答する。
追録4-No.887 松平乗賢書状
将軍・大納言の機嫌を祝い、益之助が中剃を行い又三郎へ改名したことへの祝儀を受け取った旨を返答する。
追録4-No.888 島津定勝誕生記事
島津定勝が元文元年四月九日に生まれ、重年の子として系譜に記され、のち永院主馬定恒の養子となったことを示す。
追録4-No.889 島津継豊参府届書
病気のため参府が遅れたが旅程を重ねて江戸に到着したことを届け、早朝の拝謁を願い出る。
追録4-No.890 中山王尚敬書状
前年十一月十二日の福昌寺火災で御霊屋・御影堂・位牌殿が焼失したことを知り、深い驚きと見舞いを伝える。
追録4-No.891 高持成願格式定
石高に応じた身分格・役務・願出・免許・加増・寺社奉行等の取扱いを細かく定め、高持成願の基準を示す。
追録4-No.892 島津継豊参府・元文改元記事
病中の継豊が薩摩を発して山陽・東海道を経て四月十五日に江戸芝邸へ着き、五月七日に元文へ改元された経緯を記す。
追録4-No.893 浦尾外二名連署消息
四月十八日付書状を受け、将軍・大納言の機嫌と三月十八日の又三郎中剃、上使を介した祝儀・拝領物について返答する。
追録4-No.894 浦尾外二名連署消息
四月十八日付書状を受け、将軍・大納言の機嫌と又三郎中剃に伴う祝意・拝領物への礼を奥向で披露した旨を返答する。
追録4-No.895 うへ松外二名連署消息
又三郎の中剃・元服祝儀が済んだことを喜び、祝意・拝領物を奥向で披露した旨を伝える。
追録4-No.896 うへ松外二名連署消息
又三郎の中剃・元服に伴う祝儀と拝領物について、四月十八日付の書状を受けた植松・桜井・秀小路が連署で応答する。
追録4-No.897 徳川吉宗御内書
端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを徳川吉宗が喜び、委細は松平左近将監乗邑から述べさせると伝える。
追録4-No.898 松平乗賢書状
端午の祝儀として使者が帷子・単物を献上したことについて、松平乗賢が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.899 元文改元
享保二十一年丙辰五月七日に元文へ改元し、同月二十八日までに幕府からその旨が伝令されたことを記す。
追録4-No.900 継豊病ニヨリ使ヲシテ礼物ヲ献
継豊が病気で親しく参府礼を行えないため、家老樺山久初を使者とし、将軍吉宗と西城の家重へ太刀・縮緬・馬代銀を献上した。
追録4-No.901 島津継豊伺書
私病のため参府礼を延期していた継豊が、近日はほぼ快復したので、参府礼と献上物をいつ行えばよいか伺う。
追録4-No.902 島津継豊伺書
江戸到着後も私病が続くため使者に献上物を持参させたが、快復後に本人が改めて登城して参府礼を行うべきかを伺う。
追録4-No.903 島津久春外二名連署書状
継豊の病中参府礼について、代理献上後の本人登城、太守への献上物、使者・奏者番との応対、先例を詳しく照会・指示する。
追録4-No.904 松平信祝書状
朝鮮人参一箱と丸麩斗一箱の献上について、松平信祝が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.905 松平乗賢書状
朝鮮人参一箱と丸麩斗一箱の献上について、松平乗賢が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.906 植松外二名連署消息
五月五日付の書状を受け、継豊の病気快復と近衛中納言の疱瘡快癒を喜び、京都での近況を植松・桜井・秀小路が連署で伝える。
追録4-No.907 藤え外二名連署消息
継豊らの病気や参府後の様子を気遣い、快復を喜ぶ旨を藤え・岡た・とみが連署で伝える女房消息。
追録4-No.908 本多忠良書状
御馬一疋の献上について、本多忠良が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.909 松平乗賢書状
御馬一疋の献上について、松平乗賢が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.910 松平乗賢書状
暑中見舞を受け、大納言の機嫌が良く幕府も安泰であると答え、鱧節一箱の献上を披露した旨を伝える。
追録4-No.911 本多忠良書状
暑中見舞を受け、大納言の機嫌が良く幕府も安泰であると答え、鱧一箱の献上を披露した旨を伝える。
追録4-No.912 本多忠良書状
琉球布、砂糖漬天門冬、赤貝塩辛、琉球泡盛酒の献上について、本多忠良が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.913 松平乗賢書状
琉球布、砂糖漬天門冬、赤貝塩辛、琉球泡盛酒の献上について、松平乗賢が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.914 松平乗邑書状
端午の御内書を渡すため、翌日五ツ半時に登城するよう松平乗邑が島津継豊へ通知する。
追録4-No.915 うえ松外二名連署消息
五月十一日付の書状を受け、大納言らの機嫌と継豊の快復を喜び、暑気の折の無事をうえ松・桜井・秀小路が連署で願う。
追録4-No.916 松平乗邑書状
生見玉の祝儀として黄金十両が献上されたことについて、松平乗邑が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.917 松平乗賢書状
生見玉の祝儀として黄金十両が献上されたことについて、松平乗賢が披露済みである旨を返答する。
追録4-No.918 松平乗邑書状
将軍・大納言の機嫌、四月二十九日の増上寺御霊屋参詣、年号改元について承知し、紙面の趣を上聞した旨を松平乗邑が返答する。
追録4-No.919 吉宗、継豊ノ病ヲ問ハシム
徳川吉宗が水野壱岐守忠定らを通じて継豊の病状を問い、同年十月六日には小姓組番頭青木縫殿頭直有を芝邸へ遣わしたことなど、継豊への恩遇を記す。
追録4-No.920 島津久春外二名連署書状
継豊の病中における登城、座席、献上物、使者、御礼・御勤めの作法について、幕府側への照会結果と先例を島津久春・樺山久初・頴娃久周が詳しく伝える。
追録4-No.921 松平乗邑書状
将軍・大納言の機嫌が良いこと、年号改元を承知したことを受け、紙面の趣を上聞した旨を松平乗邑が返答する。
追録4-No.922 松平乗賢書状
将軍・大納言の機嫌が良いことと年号改元を承知し、紙面の趣を上聞した旨を松平乗賢が返答する。
追録4-No.923 浦尾外二名連署消息
六月十六日付の書状を受け、大納言の機嫌、同氏大隅守の不快に伴う五月十五日の使者による参勤礼、上聞・御礼について浦尾ら三名が返答する。
追録4-No.924 浦尾外二名連署消息
六月十六日付の書状を受け、大納言の機嫌と同氏大隅守の不快、五月十五日の使者による参勤礼およびその御礼について浦尾らが返答する。
追録4-No.925 うへ松外二名連署消息
御礼と座次に関する書状を承知し、六月十六日付書状に記された大納言の機嫌、同氏大隅守の不快、使者を通じた参勤礼についてうへ松らが返答する。
追録4-No.926 浦尾外二名連署消息
六月十八日付書状を受け、大納言の機嫌、五月十六日の同氏大隅守への容体伺い、上使による拝領物など幕府の懇意について浦尾らが返答する。
追録4-No.927 うへ松外二名連署消息
六月十八日付書状を受け、上総入道の快復・座次・贈答、同氏大隅守への先月十五日の容体伺いと幕府の懇意についてうへ松らが返答する。
追録4-No.928 藤え外二名連署消息
長年の相替わらぬ奉公、御所方の動静、三郎らの勤め、大納言の上使参向などについて、藤えら三名が比志島隼人・島津登へ返答する。
追録4-No.929 継豊病中ニ御鷹・雲雀拝領
継豊が芝邸で病臥して将軍の命を親しく奉じられず、鳥居伊賀守忠胤が代勤し、七月二十二日以後に上使石丸藤蔵から御鷹所で捕えた雲雀を拝領したことを記す。
追録4-No.930 島津久春外二名連署書状
継豊病中の登城・代理勤仕、上使応対、座席、献上物、御礼、家臣の名代・役付などについて、幕府側への照会と先例を島津久春ら三名が詳しく報告する。
追録4-No.931 藤え外二名連署消息
四月十五日付書状への返事として、姫君・子らの様子、上総入道の機嫌、鹿児島への帰着と藩邸の近況について藤えら三名が知らせる。
追録4-No.932 松平信祝書状
八朔の祝儀として使者を立て、太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことについて、松平信祝が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.933 松平乗賢書状
八朔の祝儀として使者を立て、太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことについて、松平乗賢が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.934 島津継豊書状
年始の賀儀に伴う使簡と別目録の品々を受け取り、丁重な贈答への謝意を島津継豊が中山王へ伝える。
追録4-No.935 島津継豊書状
前年の福昌寺火災で御霊屋・御影堂・位牌殿が焼失したことに関する書面を披見し、その趣旨を承知した旨を島津継豊が返答する。
追録4-No.936 植松外二名連署消息
度々の書状と相談への謝意を述べ、七月二日付書状を受けて残暑の中の上総入道の健康、召し出しや対面、記録の通覧などについて植松らが返答する。
追録4-No.937 浦尾外二名連署消息
七月二十一日付書状を受け、大納言の機嫌、上総入道の座次と贈答、先月十九日の上用に関する尋ねと記録の通達について浦尾らが返答する。
追録4-No.938 吉宗、継豊ノ病ヲ問ハシム
徳川吉宗が継豊の病気を水野壱岐守忠定に尋ね、忠定が芝邸へ赴いて病状を問い、江府の執政を奉謝したことを記す。
追録4-No.939 本多忠良書状
大納言の機嫌が良いこと、同姓大隅守の病気に際して水野壱岐守が慰問したことを承知し、本多忠良が返答する。
追録4-No.940 松平乗賢書状
大納言の機嫌が良いこと、同姓大隅守の病気に際して水野壱岐守が慰問したことを承知し、松平乗賢が返答する。
追録4-No.941 植松外二名連署消息
八月七日付書状を受け、上総入道の病気回復と座次、大隅守への水野壱岐守の慰問、召し出しや贈答について植松らが返答する。
追録4-No.942 島津久春外二名連署書状
継豊の病中から快復後にかける登城、祝儀、座席、使者、献上物、女性方への使節などについて、幕府の先例照会と処置を島津久春ら三名が詳しく報告する。
追録4-No.943 徳川吉宗御内書
重陽の祝儀として小袖一重が到来したことを徳川吉宗が喜び、島津継豊へ返答する。
追録4-No.944 松平乗賢書状
重陽の祝儀として使者を立て小袖一重を献上したことについて、松平乗賢が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.945 近衛家熙薨ス
近衛准后家熙が京都の邸で薨去し、同月九日に江戸芝邸へ、さらに同月中旬に薩府大磯館へ訃報が到達したことを記す。
追録4-No.946 植松外二名連署消息
近衛家熙が京都で三日に薨去したため、上総入道らの心中を察し、座次や使者の扱いとともに植松らが弔意を伝える。
追録4-No.947 島津久春外二名連署書状
継豊の病後における上使応対、登城、座席、御礼、献上物、家臣の名代・供揃えと、近衛家熙薨去に伴う弔問・服忌について島津久春らが幕府先例を詳報する。
追録4-No.948 松平信祝書状
重陽の御内書を渡すため、翌日五半時に家来を登城させるよう松平信祝が島津宗信へ通知する。
追録4-No.949 吉貴、継豊ニ上使ヲ給フヲ謝ス
徳川吉宗が小姓組番頭青木縫殿助を芝邸へ遣わして継豊の病気を尋ねたことを吉貴が大磯館で聞き、執政へ奉書を呈して謝意を示した。
追録4-No.950 松平信祝書状
大納言の機嫌と同氏大隅守の病気に対する上使による慰問について承知し、松平信祝が返答する。
追録4-No.951 松平乗賢書状
大納言の機嫌と同氏大隅守の病気に対する上使による慰問について承知し、松平乗賢が返答する。
追録4-No.952 高持成願御格式之事
高持身分の幼少者について、石高や勤方の有無に応じた御免・召し出しの基準を定めた格式を記す。
追録4-No.953 浦尾外二名連署消息
十月二十八日付書状を受け、大納言の機嫌、同氏大隅守の病気に対する今月六日の上使青木縫殿頭の慰問と御礼について浦尾らが返答する。
追録4-No.954 浦尾外二名連署消息
十月二十八日付書状を受け、大納言の機嫌、同氏大隅守の病気に対する今月六日の上使青木縫殿頭の慰問と御礼について浦尾らが返答する。
追録4-No.955 植松外二名連署消息
同氏大隅守の病気を上使青木縫殿頭が見舞い、病人の心安と御礼が伝えられたことについて植松らが返答する。
追録4-No.956 松平乗邑外二名連署書状
病後の御礼を申し上げるため、翌十一日五半時に登城することを松平乗邑・本多忠良・松平信祝が承認する。
追録4-No.957 継豊病後御礼ニ登営ス
病が小康を得た島津継豊が十二月十一日に登城して箱肴を献じ、徳川吉宗・家重への病後御礼を申し上げ、家老島津久春・頴娃久周も献上した。
追録4-No.958 島津継豊伺書
病気が全快しない中での登城・御目見、病後御礼、献上物、家来の先例について島津継豊が伺い、幕府の附札回答を得た。
追録4-No.959 島津久春外二名連署書状
継豊の病後登城、御礼、献上物、能興行、老中・黒書院での応対、家臣の献上と服忌について、島津久春ら三名が当日の経過と幕府判断を詳報する。
追録4-No.960 本多忠良書状
大納言の機嫌が良いことと、十月十四日の将軍による増上寺御霊屋参詣を承知し、上聞した旨を本多忠良が返答する。
追録4-No.961 藤ゑ外二名連署消息
寒中の健康と日記・記録の進捗、当地の寒気や近況について、藤ゑら三名が比志島隼人・島津登へ返答する。
追録4-No.962 藤ゑ外二名連署消息
老中らの帰府、姫君・子らの健康、上総入道の機嫌と登城、在地への帰着などについて藤ゑら三名が知らせる。
追録4-No.963 本多忠良書状
今朝献上された蜜柑一箱と炙鮎一箱について、本多忠良が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.964 本多忠良書状
寒中の将軍・大納言らの機嫌と上総入道の安泰を問い、鯛一箱の献上を披露した旨を本多忠良が返答する。
追録4-No.965 松平乗賢書状
寒中の将軍・大納言らの機嫌と上総入道の安泰を問い、鯛一箱の献上を披露した旨を松平乗賢が返答する。
追録4-No.966 松平乗賢書状
献上された蜜柑一箱と炙鮎一箱について、松平乗賢が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.967 徳川吉宗御内書
歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを徳川吉宗が喜び、島津継豊へ返答する。
追録4-No.968 本多忠良書状
歳暮の祝儀として使者を立て小袖一重を献上したことについて、本多忠良が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.969 松平乗邑書状
若菜の祝儀として鯛一折を献上したことについて、松平乗邑が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.970 松平乗賢書状
若菜の祝儀として鯛一折を献上したことについて、松平乗賢が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.971 松平乗邑外二名連署書状
年頭の祝儀として使者を立て太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことについて、老中三名が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.972 松平乗賢書状
年頭の祝儀として使者を立て太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことについて、松平乗賢が披露・取次を承知した旨を返答する。
追録4-No.973 松平乗賢書状
将軍・大納言の機嫌が良いことと旧冬の拝領物について承知し、紙面の趣を上聞した旨を松平乗賢が返答する。
追録4-No.974 松平乗邑書状
将軍・大納言の機嫌が良いことと旧冬の拝領物について承知し、紙面の趣を上聞した旨を松平乗邑が返答する。
追録4-No.975 島津継豊吉書
神社仏閣の修造を興行すること、農事を専ら勧めること、国々の年貢納入を滞りなく行うことを三箇条として命じる。
追録4-No.976 松平乗邑書状
年頭の祝儀として使者を立て太刀一腰と馬代黄金十両を献上したことについて、松平乗邑が披露・取次を承知した旨を返答する。