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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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73 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編2-No.1604文書確認度 高

伊集院幸侃・本田三清連署証状

薩摩国菱刈本城内の南浦村・荒田原内町屋敷などについて、各地の石高を示して東郷源七郎へ給与する。 新知分の数量を列挙し、加増時は両名の判断で配分するとした、検地後の知行宛行を具体的に示す連署証状。

登場人物
伊集院幸侃忠棟、本田三清貞親、東郷源七郎
宛先
東郷源七郎
キーワード
伊集院幸侃忠棟、本田三清貞親、東郷源七郎、菱刈本城、南浦村、荒田原、町屋敷、知行、石高、加増
後編3-No.10文書確認度 高

島津忠恒加増目録

島津忠恒が源七郎へ、薩州鹿籠内の別府村百六十石九斗九升を含む合計五百石の加増を示した目録。太閤の命による分国検地・改易で旧領を離れることへの配慮として、知行について龍伯・武庫と相談し、特に念を入れて取り計らうと伝える。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、武庫(島津義弘)、源七郎
宛先
源七郎殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、島津義弘、源七郎、薩州鹿籠、別府村、五百石、加増、分国検地、改易、知行目録
後編3-No.1264文書確認度 高

島津忠長外三名連署加増目録

島津忠長ら四名が源七郎へ、薩州鹿籠の別府村百六十石六斗九升と、庄内末吉の深川村三百三十九石三斗一升、合計五百石を加増として宛行う。

登場人物
島津忠長(図書頭)、比志島国貞(紀伊守)、鎌田政近(出雲守)、平田増宗(太郎左衛門尉)、源七郎
宛先
源七郎殿
キーワード
島津忠長外三名連署加増目録、源七郎、鹿籠、別府村、庄内末吉、深川村、五百石、加増、知行宛行
後編4-No.1675文書確認度 高

島津久元外四名連署知行目録

桑原郡内の知行七十四石を、領国内の改配分に伴って源七郎へ宛行い、その領有を認めた島津久元ら五名の連署知行目録。

登場人物
島津久元、喜入忠政、町田久幸、伊勢貞昌、三原重種、源七郎
宛先
源七郎
キーワード
島津久元外四名連署知行目録、源七郎、桑原郡、七十四石、改配分、知行、元和六年三月二十七日
後編4-No.1687文書確認度 高

島津久元外四名連署知行目録

曽於郡松永村内の知行百石を、布袋絵讃を進上した褒美として源七郎へ宛行い、その領有を認めた島津久元ら五名の連署知行目録。

登場人物
島津久元、喜入忠政、町田久幸、伊勢貞昌、三原重種、源七郎
宛先
源七郎
キーワード
島津久元外四名連署知行目録、源七郎、曽於郡、松永村、百石、布袋絵讃、進上、褒美、元和六年五月十三日
後編3-No.48文書確認度 高

島津忠恒書状

島津忠恒が三名へ、近く軍事行動を命じる朱印状が出たため、油断なく準備するよう伝える。島津義弘が渡海すれば、自身は上洛して国元検地を命じられた礼と私用を申し述べ、石田三成の命により義弘の渡海次第ただちに帰朝する覚悟であるとして、三名にもこちらからの連絡を待つよう求めた書状。

登場人物
島津忠恒、武庫(島津義弘)、石治少(石田三成)、源七郎、喜入摂津守、入来院又六
宛先
源七郎殿、喜入摂津守殿、入来院又六殿
キーワード
島津忠恒、島津義弘、石田三成、朱印状、軍事行動、渡海、上洛、検地、帰朝、源七郎、喜入摂津守、入来院又六
前編2-No.2562記事確認度 中

日向記

天文十六年、伊東義祐方と北郷忠直・源七郎方が日向山東、清水城、姫木城などをめぐって戦った経過を記す。各城への攻撃・救援、北郷方と本田董親らの進退、諸将の討死を追い、城の帰属変化と敗兵の退却までをまとめる。

登場人物
北郷忠直、北郷源七郎、伊東義祐、伊東勢、本田董親
宛先
—
キーワード
日向記、北郷忠直、北郷源七郎、伊東義祐、山東、清水城、姫木城、攻防、討死
後編3-No.964文書確認度 高

島津忠豊(豊久)書状

島津忠豊が伊勢兵部少輔に、尊札を拝受した礼を述べる。志和地の堀川が二日で成り、高城表から出た敵を追い入れて多数を討ち取り、麓まで放火した勝利を喜ぶ。天神山の陣取・普請が整い、近日あいの垣まで命じたことから、志和地もほどなく入手できると見込む。上方は変わりなく、山田の様子や病気で在陣中に帰った源七郎についても問い、龍様への取り成しを頼む。配置した人数は必要時に夜中でも参上させると伝える。

登場人物
島津忠豊、伊勢兵部少輔、源七郎、龍様
宛先
伊勢兵部少輔殿
キーワード
島津忠豊(豊久)書状、伊勢兵部少輔、志和地、堀川、高城表、敵追入、首数、放火、天神山、陣取、普請、あいの垣、上方、山田、源七郎、龍様、在陣、十二月朔日
後編3-No.1392記録確認度 高

瀬戸口休五郎覚書

日州飫肥の稲津掃部が佐土原城を攻めたという知らせを受け、御上様・宰相殿は八代へ直行し、義弘は佐土原を見舞った。佐土原では島津源七郎が出迎え、八代で一宿した夜には宿の近くの放火者を討ち取った。語り手は父と暇を賜って真幸海道を進み、義弘は浜之市へ向かい、義久に対面するため出立し、帖佐へ着いたと記す。語り手らも帖佐へ到着し、村岡掃部左衛門の客屋にしばらく滞在した後、家作屋敷を与えられた。

登場人物
瀬戸口休五郎、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、島津義久(龍伯)、御上様、宰相殿、稲津掃部、島津源七郎、村岡掃部左衛門
宛先
該当なし
キーワード
瀬戸口休五郎覚書、松岡勝兵衛、島津義弘(惟新)、島津義久(龍伯)、御上様、宰相殿、稲津掃部、島津源七郎、佐土原、八代、真幸海道、浜之市、帖佐、村岡掃部左衛門、家作屋敷
前編2-No.2561記事確認度 高

殉国名藪

天文十六年、飫肥・清水城などの戦闘で討死した北郷忠直ら島津方の武士を日付・戦場とともに列記する。

登場人物
北郷忠直、北郷源四郎、北郷源七郎、伊集院長門守久俊
宛先
—
キーワード
殉国名藪、北郷忠直、北郷源四郎、北郷源七郎、伊集院久俊、飫肥、清水城、討死
後編3-No.1988記事確認度 高

島津忠直譜

島津忠直譜は、兄豊久が戦死して継子がなかったため、慶長九年に忠直が太守の命で後嗣となったと記す。しかし病で狂心となり、長女を喜入摂津守の長子へ嫁がせて兄の家を継がせ、自身は千石を領して三代堂村に隠居した。

登場人物
島津忠直(源七郎)、島津豊久、島津忠恒(太守)、喜入忠績(摂津守)
宛先
(島津忠直譜)
キーワード
島津忠直譜、慶長九年、島津忠直、源七郎、島津豊久、戦死、後嗣、島津忠恒、太守、奇病、狂心、喜入忠績、長女、知行一千石、三代堂村、隠居
追録6-No.2084届書旧記雑録暫定版確認度 中

足袋使用許可を西丸老中へ届ける

松平薩摩守は持病で下半身が冷えるため、病状が出た際の足袋使用を御用番田沼主殿頭へ伺い、許可を得た旨を届ける。三月二十二日付で「御名」と記した書付は、同日、留守居本城源七郎を通じて西丸御老中鳥居丹波守へ差し出された。前件の伺い・許可を受けた届書である。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、田沼主殿頭、鳥居丹波守、本城源七郎
宛先
西丸御老中鳥居丹波守(留守居本城源七郎を介す)
キーワード
足袋使用、病気、下冷え、田沼主殿頭、西丸老中、鳥居丹波守、本城源七郎、届書
追録6-No.2148届書旧記雑録暫定版確認度 中

薩摩・大隅・日向の風水害損失を幕府へ届ける

薩摩・大隅・日向の領内で六月二十五日と七月の大風洪水により生じた損失を届ける。被害高は九万一千二百五十六石余で、当損九万五百九十九石余・永損六百五十六石余を内訳とする。潰家四百十四軒、堤三万七千九百三十三間、井手四百七十七か所、道三千九百九十七間、橋百七十六か所、小船二艘、死者一人、死馬五疋を列記する。十月二十日、留守居本城源七郎が御用番田沼主殿頭へ提出し、取次榊原安兵衛から受領を知らされた。

登場人物
島津重豪、本城源七郎、田沼意次、榊原安兵衛
宛先
御用番田沼主殿頭(留守居本城源七郎を介して提出)
キーワード
島津重豪、本城源七郎、田沼意次、榊原安兵衛、風水害、当損、永損、潰家、堤、井手、道、橋、死者、死馬
前編2-No.2564記事確認度 中

島津国史

『島津国史』が、天文十七年の清水城をめぐる戦争を諸系譜の記事と照合して記す。島津貴久・北郷忠相方と、本田董親・伊東義祐方の救援、夜襲、落城を追い、北郷源七郎らの働きによって城を奪回し守備を再建した経過をまとめる。

登場人物
島津貴久、北郷忠相、本田董親、伊東義祐、北郷源七郎
宛先
—
キーワード
島津国史、島津貴久、北郷忠相、本田董親、伊東義祐、清水城、夜襲、落城、奪回
追録5-No.2198重豪加冠仮名書出旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪加冠仮名書出(大八郎の源七命名)

宝暦九年七月朔日付の加冠仮名書出は、嶋津大八郎の加冠に際し、源七と称するよう定める。本文に「御判」と記す。

登場人物
嶋津大八郎(加冠後の仮名:源七)・島津重豪(目録による)
宛先
嶋津大八郎(本文命名対象者欄)
キーワード
宝暦九卯七月朔日、加冠宜為、嶋津大八郎、源七命名、御判表示、独立署名なし、所在注頼母と区別
前編2-No.2331記事確認度 中

庄内平治記

天文七年、北郷忠相が梅北城を攻めて掌中に収め、安楽・末吉・志布志方面へ戦線を広げた経過を記す。諸城の陥落、戦死者、豊州や新納忠勝らの移動も記録する。

登場人物
北郷忠相、梅北衆、島津豊後守、新納近江守忠勝、来住源七郎秀光
宛先
—
キーワード
庄内平治記、北郷忠相、梅北城、安楽城、末吉城、志布志、新納忠勝、天文七年
後編2-No.1530文書確認度 中

島津義弘書状

義弘は、知行方の詳しい処理は石田三成に相談し、図書や旧来の名簿を整えて関係者へ割り付けるよう家久へ指示する。 出船する船と城米の徴収、悪天候時の対応にも触れ、針や薬など珍しい品を贈るとして、領地実務・兵站・贈答を一通で伝える。

登場人物
島津義弘、島津家久、石田三成、川上左衛門、源七郎、小典次、入又六
宛先
島津家久(又八郎)
キーワード
島津義弘、島津家久、石田三成、知行方、図書、城米、出船、悪天候、針、薬、書状
後編3-No.16文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が又八郎へ年賀を述べ、前年十二月十九日に帖佐を出発して同月二十七日に大坂へ着いたこと、諸大名の目見えが翌月朔日に延期され、太閤秀吉が大坂で越年したことを知らせた。又八郎ら番手の辛労をねぎらい、国元では竜伯・伊集院幸侃による支配整理と諸侍の公役替えを見込み、加増は後日の処置とする旨を伝える。さらに又八郎のため高野山の求聞持修行などの祈念を行わせたこと、伏見の女房衆の無事、山帰りの大鷹、薬種の調合について報告した書状。

登場人物
島津義弘、島津又八郎(忠恒)、島津竜伯(義久)、伊集院幸侃、石田治部少輔、森甚右衛門尉、法元、図書頭、源七郎、喜入摂津守、在陣衆
宛先
島津又八郎殿
キーワード
島津義弘、島津忠恒、島津義久、伊集院幸侃、石田治部少輔、帖佐、大坂、太閤秀吉、目見え、在番、国元支配、公役替え、加増、高野山、求聞持修行、祈念、伏見、大鷹、薬種
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID D:172-7文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 低

和田三左衛門・黒木弥右衛門連署書状

四月四日付の廻状。沢原野御馬追を四月十六日に行う予定で、御奉行衆も当日に着くと伝える。先の廻状の内容を早急に関係各所へ知らせ、参集に支障が出ないよう求める。

登場人物
西田時通外二名、今日此元江曽木源七、伊地知主膳正、本田六、圏分左京亮、比志嶋左京亮、佐多文四郎、衛尉
宛先
今日此元江曽木源七、此方、伊地知主膳正、圏分左京亮、比志嶋左京亮、佐多文四郎、衛尉
キーワード
和田三左衛門・黒木弥右衛門連署書状、御旧式類抄三、御馬追・牧政、領地・地頭職、役職・人事、法令・裁許
追録1-No.2637書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津吉貴書状

高砂覚に、松平修理大夫・源七らの名を掲げ、六日四時前に揃うこと、家来二人ずつを城内楽屋へ伴うこと、当日の献上物は不要であること、翌七日に登城して御礼をすることなどを列記する。当日遅く終わった場合の御礼や翌日の退出時の扱いも示す。

登場人物
松平修理大夫、源七、平三郎、八三郎、新九郎、又六
宛先
—
キーワード
高砂覚、松平修理大夫、源七、平三郎、八三郎、新九郎、又六、六日四時前、家来二人宛、楽屋、献上物不要、翌七日登城御礼
追録6-No.1907伺書旧記雑録暫定版確認度 高

桜島蜜柑の不作により十二月の献上を炙鮎一種とすることを伺う

例年十二月に桜島蜜柑と炙鮎を献上してきたが、桜島の火災で柑木が損傷し、煙も続いて蜜柑の産出が少なく、先例どおりの献上が難しいと重豪が述べる。国産の代替品も見当たらないため、当面は炙鮎一種のみの献上を伺う。十月二十一日付。付札は蜜柑が再び出来るまで炙鮎一種の献上を認める。続く附記は、十月十八日に有川勇馬が田沼意次方へ書付を持参し、二十一日に本城源七郎が提出したこと、二十六日に用人を介して呼出し・相談を受けたことなどを記す。1906は同じ問題を要約した別記事。

登場人物
島津重豪、田沼意次(田沼主殿頭)、有川勇馬、三浦庄二、本城源七郎、山崎藤五郎、大竹三左衛門、矢野清右衛門
宛先
—
キーワード
島津重豪、田沼意次、有川勇馬、三浦庄二、本城源七郎、山崎藤五郎、大竹三左衛門、矢野清右衛門、桜島、桜島蜜柑、柑木、炙鮎、十二月献上、代替品、伺書、付札、御用人
追録6-No.1942伺書旧記雑録暫定版確認度 高

伏見から西之宮まで山崎道を通人馬で旅行する許可を求める

島津重豪が国元への暇を与えられたのを受け、伏見から西之宮まで山崎道を通人馬で旅行したいと伺った。付札には「勝手次第」と回答された。天明三年三月九日、留守居有川勇馬が御用番松平周防守へ伺書を差し出し、同日呼出しを受けて本城源七郎が出向き、付札で回答を受けたことを注記する。

登場人物
島津重豪、有川勇馬、本城源七郎、松平周防守
宛先
松平周防守(御用番)
キーワード
島津重豪、帰国、伏見、西之宮、山崎道、通人馬、伺書、御付札、勝手次第、有川勇馬、本城源七郎、松平周防守、三月九日
追録6-No.1950届書旧記雑録暫定版確認度 高

脚痛のため保養し快復後に帰国へ出発すると届ける

重豪は国元への暇を与えられたが、脚痛により長途の旅行が難しいため、しばらく保養し、快復したら早速出発すると届けた。天明三年四月十二日付。注記によれば、同日、留守居本城源七郎を通じて御用番田沼主殿頭へ提出した。

登場人物
島津重豪、本城源七郎、田沼主殿頭
宛先
田沼主殿頭(御用番)
キーワード
島津重豪、脚痛、帰国延期、保養、快復、本城源七郎、田沼主殿頭、四月十二日
追録6-No.1954願書旧記雑録暫定版確認度 高

脚痛療養中に歩行を試すため下屋敷へ移る許可を求める

重豪は帰国の暇を与えられたが脚痛で出発できず、養生しても全快しないため、歩行を試す目的で下屋敷へ移ることを願った。天明三年四月廿七日付。付札には願いの通りと許可され、注記は同日矢野清右衛門を通じて田沼主殿頭へ提出し、呼出しに応じた留守居本城源七郎が付紙の回答を受けた経過を記す。

登場人物
島津重豪、矢野清右衛門、田沼主殿頭、本城源七郎
宛先
田沼主殿頭(御用番)
キーワード
島津重豪、脚痛、養生、歩行、下屋敷、御付札、願通、矢野清右衛門、本城源七郎、四月廿七日
追録6-No.1957願書旧記雑録暫定版確認度 高

脚痛が快復しないため秋まで滞府療養する許可を求める

重豪は三月に帰国の暇を与えられたが脚痛で出発を延期し、下屋敷で歩行を試して養生しても回復しなかった。医師も暑中の長旅は無覚束ないとしたため、秋まで滞府して療養し、途中で快復すれば早速出発すると願った。天明三年五月十六日付。本城源七郎を通じ久世大和守へ提出し、同廿一日、矢野清右衛門が出向いて願いどおり滞府してよいとの付紙回答を受けたと注記する。

登場人物
島津重豪、本城源七郎、久世大和守、矢野清右衛門
宛先
久世大和守(御用番)
キーワード
島津重豪、脚痛、帰国延期、下屋敷、歩行、養生、医師、暑中、秋、滞府、本城源七郎、久世大和守、矢野清右衛門、五月十六日、五月廿一日
追録6-No.1975届書旧記雑録暫定版確認度 高

脚痛が少し快方となり近日帰国へ出発すると届ける

重豪は脚痛のため秋まで江戸に滞在することを許されていたが、少し快方に向かったので近日出発すると届けた。天明三年八月廿日付。注記によれば、同日、留守居本城源七郎を通じて御用番久世大和守へ提出した。

登場人物
島津重豪、本城源七郎、久世大和守
宛先
久世大和守(御用番)
キーワード
島津重豪、脚痛、快方、滞府、帰国、近日出発、本城源七郎、久世大和守、八月廿日
追録6-No.2171書上旧記雑録暫定版確認度 高

二月の支障日と招請書の提出・回答受取を記す

二月二日・五日・七日・十一日・十六日を障日として挙げる。朱書は、本城源七郎が書付二通を土方宇源太の用人中村半助へ渡し、御用番の登城前に提出するよう頼んだこと、十二月二十二日に宇源太から御用番代牧野越中守へ提出して受領されたこと、二十四日に牧野が留守居を呼び出して次の書付を渡した経緯を記す。

登場人物
本城源七郎、土方宇源太、中村半助、牧野貞長
宛先
招請日程調整の相手方・幕府側
キーワード
本城源七郎、土方宇源太、中村半助、牧野貞長、二月、障日、書付二通、留守居、提出、御用番代、回答受取
追録6-No.2182伺書旧記雑録暫定版確認度 高

正月七日の若菜祝儀登城を伺い不要との付札を受ける

黒書院で御礼するよう命じられたことを受け、来る七日に登城して若菜祝儀を申し上げたいと伺う正月三日付伺書で、付札に不及此儀候と記される。注記によれば、三日に留守居渋谷五郎右衛門が御用番田沼主殿頭方へ持参し、御側御用人三浦庄二を介して先に内見を受けた。表向きに提出するよう伝えられたため、取次長嶋庄太夫へ取り合って差し出し受理された。翌日留守居が呼び出され、本城源七郎が出向いて付紙による返答を受けた。

登場人物
島津重豪、田沼意次、渋谷五郎右衛門、三浦庄二、長嶋庄太夫、本城源七郎
宛先
御用番田沼主殿頭(留守居を通じて提出)
キーワード
島津重豪、田沼意次、渋谷五郎右衛門、三浦庄二、長嶋庄太夫、本城源七郎、若菜祝儀、正月七日、登城、黒書院、伺書、不及此儀候、付札、留守居、内見、表向提出、翌日返答
追録6-No.2192報告書旧記雑録暫定版確認度 中

孝恭院七回忌の香奠銀十枚献納と使者案内を報告する

孝恭院七回忌法事の香奠銀十枚を、使者種子嶋雲治が上野本坊へ献納した経過を報告する。門主が出て、献納の付紙を台理閣の内横畳三畳目で役僧から取り扱い、二畳目で使者の礼を執当から披露した。老中牧野越中守、寺社奉行松平伯耆守その他の役人が出席したと記す。今朝献納を済ませ、自ら使者案内を勤めた首尾を、二月二十五日付で留守居本城源七郎が安房へ申し上げる。

登場人物
本城輝承(源七郎、留守居)、喜入久福(安房)、種子嶋雲治(時庸)、孝恭院、牧野越中守、松平伯耆守(資承)、役僧、門主
宛先
安房様(喜入久福)
キーワード
本城輝承(源七郎、留守居)、喜入久福(安房)、種子嶋雲治(時庸)、孝恭院、牧野越中守、松平伯耆守(資承)、役僧、門主、孝恭院、七回忌、香奠銀十枚、献納、使者、上野本坊、台理閣、付紙、役僧、礼披露、首尾書
追録6-No.2207記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪が鷹二羽を賜り吹上役所で受け取る

四月二十一日、家治が重豪に俊鷹二羽を与えた。二十三日、側役市田勘解由教国、留守居本城源七郎輝承、鷹匠頭肥後藤右衛門と鷹匠二人を吹上役所へ遣わした。幕府側の戸田五助と組頭水谷善兵衛が鷹二羽を渡し、一同はこれを受けて芝邸へ戻った。記事末尾の「其儀如左」は次のNo2208の受領作法書へ続く。

登場人物
島津重豪、徳川家治、市田勘解由教国、本城源七郎輝承、肥後藤右衛門、戸田五助、水谷善兵衛、鷹匠二人
宛先
—
キーワード
島津重豪、徳川家治、俊鷹二羽、四月二十一日、二十三日、吹上役所、芝邸、市田勘解由教国、本城源七郎輝承、肥後藤右衛門、戸田五助、水谷善兵衛、鷹匠
追録6-No.2224願書旧記雑録暫定版確認度 高

病気回復を試すため下屋敷への移動を願う

重豪は国元への帰国の暇を得たが、体調不良で出発できず、養生しても全快しないため、歩行を試すべく下屋敷へ移ることを願う。六月二日付の願書は留守居本城源七郎から御用番水野出羽守へ提出され、同日呼び出しのうえ、付札で願いの通り許された。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、水野出羽守、本城源七郎(留守居)
宛先
御用番・水野出羽守(添書の提出先)
キーワード
島津重豪、松平薩摩守、水野出羽守、本城源七郎、国元、帰国の暇、病気、養生、歩行、下屋敷、付札、許可
追録6-No.2374届書旧記雑録暫定版確認度 高

病中の参勤御礼を使者に行わせる裁許を承知する

重豪は、病中のため参勤御礼の献上物を使者に託し、家来二人を登城させて献上させる伺いについて、水野忠友から許可を受けた旨を承知したと届ける。書付は留守居本城源七郎が西丸老中鳥居忠意へ提出し、承知された。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、水野忠友(出羽守)、鳥居忠意(丹波守)、本城源七郎
宛先
鳥居忠意(丹波守)
キーワード
島津重豪、病中、参勤御礼、使者、献上物、家来二人、水野忠友、鳥居忠意、本城源七郎
追録6-No.2420伺書旧記雑録暫定版確認度 高

将軍の風気平癒祈禱と札・肴の献上を伺う

重豪は将軍の風気に際し、山王社で平癒祈禱を行い、御札守と箱肴一種を献上したいと伺う。幕府は祈禱は差し支えないが軽く取り計らい、御札・肴の献上は不要と回答した。書付は御用番松平康福の取次へ留守居本城源七郎が提出した。

登場人物
島津重豪、徳川家治、松平康福(周防守)、本城源七郎
宛先
江戸幕府
キーワード
島津重豪、徳川家治、風気、山王社、祈禱、御札守、箱肴、献上、松平康福、本城源七郎、伺書
追録6-No.2428伺書旧記雑録暫定版確認度 高

将軍代替わりに伴う誓詞提出を伺う

重豪は将軍の代替わりに伴い誓詞を差し上げたいと伺う。九月十二日、留守居本城源七郎が御用番松平康福へ提出し、御用人宮木新左衛門から受理したとの返答を受ける。

登場人物
島津重豪、松平康福(周防守)、本城源七郎、宮木新左衛門
宛先
江戸幕府
キーワード
島津重豪、将軍代替わり、誓詞、松平康福、本城源七郎、宮木新左衛門、伺書
追録6-No.2434伺書旧記雑録暫定版確認度 高

家治の出棺時に葬送路へ出て見送ることを伺う

重豪は由緒ある間柄を理由に、家治の出棺の際、葬送路へ出て見送りたいと伺う。九月十八日付の伺書を留守居本城源七郎から御葬送掛牧野越中守へ提出し、二十六日に『この儀には及ばない』との付紙回答を受けた。

登場人物
島津重豪、徳川家治、牧野越中守、本城源七郎
宛先
幕府御葬送掛
キーワード
島津重豪、徳川家治、出棺、葬送、見送り、牧野越中守、本城源七郎、伺書、付紙、九月二十六日
追録6-No.2436伺書旧記雑録暫定版確認度 高

家治の新葬法事中に菓子類を献上することを伺う

重豪は家治の新葬法事中、機嫌伺いとして菓子類を献上したいと申請する。十月朔日付の伺書を留守居から提出し、十日に御用番水野忠友が留守居本城源七郎を呼び出し、御用人五十川武左衛門を介して、伺いどおり献上してよいとの付札回答を伝えた。

登場人物
島津重豪、徳川家治、水野忠友、本城源七郎、五十川武左衛門
宛先
江戸幕府
キーワード
島津重豪、徳川家治、新葬、法事、菓子類、献上、水野忠友、本城源七郎、五十川武左衛門、伺書、付札
追録6-No.2481届書旧記雑録暫定版確認度 高

大風洪水以前の虫害等を再調査し損高の増加を届ける

松平薩摩守は、領内の大風洪水による損失を既に届け出ていたが、それ以前にも虫害等があったため再調査したと報告する。調査前までの損高に十四万五千石余を加え、合計三十九万八千石余になったと国元の家来から知らせがあったため、追加して届け出る。朱書注記によれば、この届書は御用番鳥居丹波守へ留守居本城源七郎から差し出され、受領された旨を取次の三村元次郎を通じて聞いた。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、鳥居丹波守、本城源七郎、三村元次郎、国元家来
宛先
宛所の独立記載なし(御用番鳥居丹波守へ留守居を通じて提出)
キーワード
島津重豪、大風、洪水、虫害、損高、十四万五千石、三十九万八千石、鳥居丹波守、本城源七郎
追録7-No.24報告書旧記雑録暫定版確認度 高

馬献上首尾書

馬一疋を内々に献上する首尾を記した書付。毛附書付一通・立具附一通を添え、馬預見習の西郷八郎次と留守居の本城源七郎が同道して、本丸御馬預の諏訪部文九郎宅へ赴いた。井伊兵部少輔が差図した献上馬であることを長谷川藤太郎から伝え、馬見分のうえ受け取られたと報告する。同日、源七郎が松平越中守(定信)宅へ目録一通を持参し、朝五時に諏訪部文九郎・八十郎が出会って受け取り、取次へ献上首尾を伝えたとする。目録は献上が済んでから差し出すよう、前晩の伺いの際に申し聞かされたとの注記を伴う。

登場人物
諏訪部文九郎(堅雄)、西郷八郎次、井伊兵部少輔(直朗)、本城源七郎、長谷川藤太郎、松平定信(越中守)
宛先
本文に独立宛名なし
キーワード
馬一疋、馬献上、毛附書付、立具附、目録、馬見分、本丸御馬預、諏訪部文九郎、西郷八郎次、本城源七郎、井伊直朗、松平定信、五時
追録6-No.2669書状旧記雑録暫定版確認度 高

今大路の関東下向に際して桜田屋敷の留守居付役宿を宿所とする案を伝える

今大路内蔵権頭から、今回の関東下向では島津家の屋敷内に滞在できれば都合がよいと、留守居を通じて内談があったことを報告する。この件に伴う滞在である以上、いずれかの屋敷内に宿泊させなければ島津家側から世話をすることも難しいとして、桜田屋敷の留守居付役宿を整えて滞在させるのがよいか、本城源七郎に検討させたという。手配の件は江戸にも伝えたので、事情を承知してほしいと知らせる。七月二十六日付、島津伊賀から市田勘解由への書状である。

登場人物
島津伊賀(久金)、市田勘解由(貞英)、今大路内蔵権頭、本城源七郎、留守居
宛先
市田勘解由殿
キーワード
今大路内蔵権頭、関東下向、宿所、桜田屋敷、留守居付役宿、本城源七郎、江戸手配
追録7-No.1430式次第旧記雑録暫定版確認度 高

甘露寺国長招請作法書(本文:高輪招請の次第)

全上・扣正文在家老座。甘露寺前大納言を高輪邸に招く次第。表門から入り玄関前の中門で下乗し、伊集院隼衛が玄関薄縁へ案内する。太刀取は小姓、櫻井半藏・圖師崎良助・田原喜左衛門・吉井源七郎は取次番として罷り出、留守居付役一人は環江見物下の先立・門外の送迎、供目付は門内から先導する。大御隠居が出迎え座敷へ案内、甘露寺は客居に着座し、大御隠居は主居の向座から少し下がる。贈物への礼、白木三方の熨斗、茶、たばこ盆を出し、小姓が半袴で給仕。大膳太夫・肥前守も半袴で挨拶し退座する。先方への贈物は目録で披露し、取持医師方衆への品は旅館へ回す。掛盆と白木三方で吸物を出し、酒・中皿・肴・土器の盃などを順次供する。「御盆事可被為在」との記載、夜食二汁五菜・香物・本膳と御二御三の付記、塗盆、皿菓子、薄茶へ続く。医師方が相伴し、大御隠居の相伴辞退は書院雑掌で伝える。召替後に庭を見、大奥休息所で子様方、お富貴ほか女中が目見、子様方への贈物も記す。椀菓子・名酒盆、吸物・小皿・重・後段の掛盆等を列記し、大御隠居・大膳太夫・肥前守が寄合、取持医師方が相伴する。退出は両人が玄関まで送り、役々は初め同様に罷り出る。医師方取持、出入城坊主の召呼、その他手当は別紙による。末朱文化12年、料理の個別献立や実施日時は示さない。

登場人物
甘露寺前大納言(国長は目録)、大御隠居、大膳太夫、肥前守、伊集院隼衛、櫻井半藏、圖師崎良助、田原喜左衛門、吉井源七郎、留守居付役、小姓、医師方、城坊主、お富貴ほか女中・子様方
宛先
独立宛名・署名なし(扣正文は家老座)
キーワード
甘露寺高輪招請次第表門中門下乗伊集院隼衛薄縁太刀取小姓櫻井半藏圖師崎良助田原喜左衛門吉井源七郎取次、留守居付役一人環江供目付、客居主居向座贈物礼熨斗白木三方茶たばこ半袴、吸物掛盆酒中皿肴土器盃夜食二汁五菜本膳御二御三皿菓子薄茶医師相伴、庭大奥子様方お富貴女中目見椀菓子名酒盆重後段掛盆寄合玄関送城坊主別紙手当
追録7-No.1674起請文旧記雑録暫定版確認度 高

玉城親方盛林起請文前書(本文四月二十一日)

白木御文書八番箱中二十九番。天罰霊社起請文の前書として、若輩の自分が去歳三司官役を仰付けられた恩に深く感じ、国許への奉公を入念に勤めると記す。5条は、御二殿・若殿への疎意を毛頭抱かないこと、国許から下された諸事の条書を堅く守り悪意・邪な企てをする者を披露すること、国王に別心なく忠勤すること、国中の掟や諸事を貴賤・親疎に左右されず沙汰すること、以上を偽りなく申し上げることからなる。神文は略すと明記する。本文は文政二年己卯四月二十一日、玉城親方盛林判。目録の四月十一日と異なり、日付の差異を留保する。外包は朱二十九、三司官玉城親方誓詞。六月十七日に安房殿から木場源七へ渡し、白木御文書八番箱に納めたとする。拝命日は本文に示さず、四月の誓詞と六月の引渡・収納を区別する。

登場人物
玉城親方盛林、国王、御二殿・若殿、安房殿、木場源七
宛先
御二殿・若殿(誓約に挙げる相手)、国王
キーワード
白木御文書八番箱二十九敬白天罰霊社起請文前書若輩去歳三司官役謝恩国許奉公御二殿若殿無疎意条書守悪意邪企披露国王無別心忠勤国中掟貴賤親疎無偏神文略文政二己卯四月二十一玉城盛林判目録四月十一六月十七安房木場源七御渡納置
追録7-No.1770達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府指図書(珍之助の忌服届・監物の書付写)

白木御文書八番箱中三十九号にある、監物から渡された御書付の写。珍之助の死去に付き、公辺へ忌服の届を申し上げた際の続柄を記す。珍之助には斉興男の注、普之進には久光の注がある。内実は五男で、普之進の舎弟に当たるが、普之進にはまだ公辺への届などがないため、別段の思召によって四男として届けた旨が申し来たとする。この経緯を記録奉行へ伝えるよう、然るべき向へ申し渡す。本文は十一月、監物と記し、監物には町田久視の注がある。包紙の朱書三十九号にも、珍之助の忌服書を普之進の兄の続柄で届けた件として、この書付の通りと記す。さらに文政三年辰11月8日、高橋峠からの申付を木場源七が承知し、白木御文書八番箱へ納置したことを記す。本文の月と包紙の納置日を区別し、実際の五男という記載と届出上の四男という扱いをともに保持する。本文の「舎弟」と包紙の「御兄」は異なる記載として保持し、続柄の対応は留保する。

登場人物
珍之助(斉興男の注)、普之進(久光の注)、監物(町田久視の注)、記録奉行、高橋峠、木場源七
宛先
然るべき向への申渡し(記録奉行への伝達を求める)
キーワード
白木八番箱三十九口裏監物御書付写珍之助斉興男死亡忌服公辺届内実五男普之進久光舎弟続柄普之進未届別段思召四男届記録奉行伝達十一月町田久視包紙御兄続三十九朱文政三辰十一月八日高橋峠木場源七承知納置
追録7-No.1771-3達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府指図書(大廊下の休息所・1771の3)

松平豊後守へ、朝望その他の登城の際、大廊下の「下之休息所」にいるよう命じる。松平加賀守・松平越前守の方には、この趣旨を心得として伝えておく旨の但書があり、右一通とする。三通の包紙に、文政三年辰11月12日、監物から木場源七へ渡し、白木御文書八番箱へ納置した旨を記す。三通はNo.1771-1~1771-3に対応し、礼席の場所、礼の手順、休息場所の指示をそれぞれ独立して保持する。本文には年月日を示さず、包紙の引渡し・納置日を指図そのものの日付へ補わない。

登場人物
松平豊後守(島津斉興)、松平加賀守、松平越前守、監物、木場源七
宛先
松平豊後守(島津斉興)
キーワード
1771の3松平豊後守朝望その他登城大廊下下之休息所罷在指示松平加賀守越前守心得伝達但書右一通三通包紙文政三辰十一月十二日監物木場源七渡白木八番箱納置
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 148口上覚・切支丹宗門改旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

大迫吉之丞口上覚

切支丹宗旨との関係を疑われた大迫吉之丞が、郷田源七左衛門や有馬主馬之允との往来、寺僧・船・宿泊等の事情を列挙して関与を否定し、証拠書物を提出した口上覚。

登場人物
大迫吉之丞、郷田源七左衛門、有馬主馬之允、寺僧、内田才右衛門ほか
宛先
御口事用衆中・御人衆中
キーワード
大迫吉之丞口上覚、切支丹宗旨、郷田源七左衛門、有馬主馬之允、証拠書物
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:119系図・藤原姓本城氏旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤原姓本城氏系図

藤原姓本城氏の系図。源七郎忠仍は世継ぎのない東郷重尚の養子となって東郷氏を称し、朝鮮出兵に従った後、本姓に復したと記す。島津豊久が関ヶ原で戦死すると、家久の命で忠直が後継に定められたが、忠直の病と家の断絶を受け、女子と喜入家の男子との縁組で豊久の家をつなごうとした経緯を載せる。子孫には東郷家と本城家のいずれに属するかをめぐる議論があり、忠頼は祖父忠直の隠居地・父忠清の出生地を由緒として東郷を改め、菱刈本城を称したという。佐土原・菱刈本城などの居住、島津光久への太刀献上、女子の婚姻や家督の継承も記す。

登場人物
本城源七郎忠仍、本城忠直、島津豊久、島津家久、島津光久、東郷重尚、東郷忠昌、忠頼、忠辰、重経、頼安、忠清
宛先
なし(系図)
キーワード
藤原姓本城氏系図、本城源七郎忠仍、本城忠直、東郷氏、養子、復姓、朝鮮出兵、島津豊久、関ヶ原、島津家久、後嗣、家督、喜入家、佐土原、菱刈本城、忠頼、忠清、島津光久、太刀献上、氏姓
追録6-No.2230願書旧記雑録暫定版確認度 中

脚痛・疝積による帰国出発の延期と秋までの養生を願う

重豪は国元への帰国の暇を得ながら脚痛と持病の疝積で出発できず、下屋敷で歩行を試して養生しても回復しないと述べる。療治中の河野仙寿院は暑中の長旅を避けるよう進言しており、秋までの養生を願い、先に快復すれば出発すると申し出る。六月二十三日に御用番牧野越中守へ提出され、二十五日に付札による回答が伝えられた。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、河野仙寿院、牧野越中守、土方宇源太、本城源七郎(留守居)
宛先
御用番・牧野越中守(添書の提出先)
キーワード
島津重豪、松平薩摩守、河野仙寿院、牧野越中守、土方宇源太、本城源七郎、脚痛、疝積、下屋敷、歩行、暑中、長旅、帰国延期、養生、付札
追録6-No.2431書状旧記雑録暫定版確認度 高

家斉を今後『上様』と称する旨を国元へ通達する

二階堂行旦・関山金輝は、大納言家斉が登城者に謁し、老中から今後は家斉を『上様』と称して一層精勤するよう命じられた経過を報じる。欠席した同席大名へも通達するよう命があり、松平伊予守と連名で松平加賀守へ伝達したことを記し、国元でも同様に申し渡すよう求める。

登場人物
徳川家斉、井伊掃部頭、松平周防守、松平伊予守、松平加賀守、本城源七郎、二階堂行旦、関山金輝
宛先
島津久金、喜入久福、川上久品、島津久健、宮之原通直
キーワード
徳川家斉、上様、大納言、将軍代替わり、登城、井伊掃部頭、松平周防守、松平伊予守、松平加賀守、本城源七郎、二階堂行旦、関山金輝、通達
追録6-No.1958伺書旧記雑録暫定版確認度 高

御縁女様の誕生日祝儀に鯛一折を継続献上する手続きを伺う

重豪が御縁女様の六月十八日の誕生日祝儀として鯛一折を以後献上したいと願い、在府・在国とも年中の献上物と同じ手続きでよいかを伺った。天明三年六月五日付。付紙は伺いの通りと許可し、注記は本城源七郎を通じ松平周防守へ提出した後、同九日に矢野清右衛門が出向いて回答を受けた経過を記す。

登場人物
島津重豪、御縁女様、本城源七郎、松平周防守、矢野清右衛門
宛先
松平周防守(御用番)
キーワード
島津重豪、御縁女様、誕生日、六月十八日、鯛一折、在府、在国、年中献上物、付紙、六月五日、六月九日
追録6-No.2083伺書旧記雑録暫定版確認度 中

病中の登城に際して足袋を用いる許可を伺う

松平薩摩守は病気で冷えがあるため、夏秋でも足袋を用いる旨を伺う。三月二十一日付の伺書に「足袋用可被申候」との許可が付く。附書には、留守居渋谷五郎右衛門が田沼主殿頭の用人山崎藤五郎へ書付を差し出し、主殿頭からの仰せで本城源七郎と武田織右衛門を介して許可が伝えられた経緯を記す。

登場人物
松平薩摩守(島津重豪)、留守居渋谷五郎右衛門、田沼主殿頭、用人山崎藤五郎、本城源七郎、武田織右衛門
宛先
田沼主殿頭(留守居を経由)
キーワード
病気、冷え、夏秋、足袋着用、許可、留守居、田沼主殿頭、用人