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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
追録6-No.1127記事旧記雑録暫定版確認度 中
安永二年冬十二月六日出生・十三日七夜、文化八年の実母逝去注を含む / 冊子 408頁/原整理番号 1127/整理ID 1127
齊宣公御譜中の出生記事。冒頭に初名忠堯、小名虎寿丸、又三郎、豊後守・薩摩守、従四位下侍従・左近衛少将、従四位上左近衛中将、修理大夫、溪山、正四位上という名・称・官位を掲げる。安永二年冬十二月六日、江府芝邸に誕生し、時刻は不詳とする。母は同悟姫、実母は堤中納言代長の卿女と記し、生母なので内証と称した旨や、後年の高輪邸での逝去と法号の注を付す。十三日に七夜の賀を催し、家老小松帯刀清香が鳴弦の儀を行い、太刀一腰・馬代金一枚・二種一荷を父公へ献じ、他の臣も献物した。父公は折紙で幼名虎寿丸を賜い、鯛一折と榛代三百足を贈って祝う。虎寿丸も鯛一折・榛代三百足を献じ、賜名の恩に謝したと記す。実母の注には文化八年六月十四日逝去と十三日を忌日とする記載が併存するため、その日付差は留保する。
- 登場人物
- 齊宣(初忠堯・虎寿丸・又三郎・豊後守・薩摩守・溪山)、父公重豪、小松帯刀清香、堤中納言代長の卿女・同悟姫
- 宛先
- 父公(七夜の献上先)、虎寿丸(賜名・贈物対象)
- キーワード
- 齊宣の名・官位、十二月六日芝邸出生、時刻不詳、母同悟姫・堤代長女、内証、十三日七夜、小松清香の鳴弦、太刀一腰・馬代金一枚・二種一荷、虎寿丸賜名、鯛一折・榛代三百足、実母の日付注
追録6-No.1135覚書旧記雑録暫定版確認度 中
安永二年十二月十九日(末尾)、冒頭朱正月二十一日・取替指示正月二十五日、去十三日七夜賀 / 冊子 411~412~413頁/原整理番号 1135/整理ID 1135
虎寿丸の出生・七夜に関する贈答と使者の手配を列記する。虎寿丸から太守へ御太刀一腰・御馬代金一枚・二種一荷を進め、御近習役を使者とする。朱に正月二十一日、祝物の御取替を正月二十五日に命じる旨を受け、御使番へ首尾を伝え書付を渡したとの注。於篤・妙心院・嶺松院へは二種二百足宛を記す。御前様から太守へ一種三百足、妙心院・嶺松院へ祝詞一通、使者は納殿役人。太守から妙心院・嶺松院へ二種宛、両院から太守へも二種宛を進め、御近習役が使者となる。去十三日の七夜祝が済んだことを受け、産婦から太守へ二種二百足と祝詞を御年寄によって進める。虎寿丸から太守へ鯛一折・榛代三百足、また七夜に太守が幼名を与えて鯛一折・榛代三百足を贈り、虎寿丸も同じ品を進めたことを記す。帯刀殿から太守への二種一荷には御肴代二百足・御弓勤の指示を添え、その妻から太守へ金子三百足を進めて拝領させる。贈答と下付を取替える手配について、去九日に帯刀殿が若松十左衛門へ伝え、白木の調え方は御門の目録を基に仕出すよう求める。太守からは独立の使者を差し越さず、七夜祝時の側御用人・御近習役を使者として祝物・産婦と帯刀殿への拝領物等を進め、十三日に整った分以外も当日の取替下付に合わせる。使者下付は、虎寿丸祝物と賜名祝物の御近習役へ金二百足宛、太守から虎寿丸祝物の御近習役へ金子百足ツを記す。太守・御前様・妙心院・嶺松院相互の祝物の使者には下付不要、於篤から虎寿丸祝物の使者へは金子百足を拝領させる。虎寿丸・敬姫・於篤相互の祝物の使者と下付も検討し、妙心院・嶺松院から於篤への七夜祝物は納殿役人を使者とし金子百足を下す。虎寿丸の使者にも同様に下付するため取り合わせる。於薫殿の御髪立と、それに伴う進上品・遣物も祝当日に合わせる。帯刀殿の妻から虎寿丸への品と拝領物は帯刀殿名代で整え、御髪立道具の進上使者川田甚四郎には金子百足を拝領させる。産婦への進上・下付品は再吟味不要とし、真含院から妙心院・嶺松院への祝詞使の時は御ふくを用いて差し越し、納殿役人へ伝える。末尾は安永二年十二月十九日、江戸御使番。各贈答方向・使者・下付の有無、済んだ七夜と後の取替手配を分ける。
- 登場人物
- 虎寿丸(齊宣)、太守、御前様、於篤(重豪女注)、敬姫、妙心院・嶺松院(継豊側室注)、産婦、帯刀殿・その妻、若松十左衛門、川田甚四郎、於薫殿(佐土原島津久柄室注)、真含院(継豊女・菊姫注)、御近習役、納殿役人、御年寄、側御用人、江戸御使番
- 宛先
- 太守・虎寿丸・女性親族等(贈答の各受け手)、江戸御使番等(手配先)
- キーワード
- 虎寿丸出生・十三日七夜、太刀一腰・馬代金一枚、二種一荷・二百足宛・一種三百足、鯛一折榛代三百足、父子・女性親族の贈答方向、御近習役・納殿役人・御年寄、使者下付、下付不要の例、白木調・目録、正月取替、御髪立
追録6-No.1920判物旧記雑録暫定版確認度 高
天明二年十二月六日 / 冊子 680~681頁/原整理番号 1920/整理ID 1920
島津重豪が松平虎寿丸に対し、この節に高三万石を部屋料として分与するので、所帯方が滞りなく続くよう諸事に注意し、担当の役々へ厳しく申し付けるよう命じる判物。天明二年十二月六日付、薩摩守の御書判を伴う。白木御文書五番箱に所在するとの注記がある。1918・1919はこの分与の経緯を伝える記事。
- 登場人物
- 島津重豪、虎寿丸
- 宛先
- 松平虎寿丸
- キーワード
- 島津重豪、松平虎寿丸、部屋料、高三万石、所帯方、担当役、判物、薩摩守御書判、白木御文書五番箱
前編2-No.758記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 225頁
島津元久譜が、川北・宮崎・田嶋・木脇・川南・土持の諸氏や縣・岡富・財部の三勢力が元久へ帰服した後、元久が軍勢を率いて山東へ進み、伊東祐堯・久豊らと対陣したが、和議を受け入れ、久豊の長子虎寿丸の来謁後に薩摩へ帰陣した経過を記す。
- 登場人物
- 島津元久、島津久豊、伊東大和守祐堯、虎寿丸、川北・宮崎・田嶋・木脇・川南・土持の諸氏
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津元久譜、島津元久、島津久豊、伊東祐堯、虎寿丸、宮崎、田嶋、穂北、山東、帰服、出陣、和議、帰陣
前編2-No.2010文書確認度 中
(大永五年)六月十六日 / 冊子 653頁
島津忠朝が、相州嫡男虎寿丸への相続、島津忠兼の伊作院隠居、鹿児島城と新納・北郷方の動向について報告した書状。
- 登場人物
- 島津忠朝、虎寿丸、島津忠兼、本田因幡守、新納氏、北郷氏
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津忠朝、虎寿丸、島津忠兼、伊作院、鹿児島城、本田因幡守、新納氏、北郷氏、大永五年
前編2-No.2026記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 658~659頁
大永六年四月、島津忠良が鹿児島から生別府へ渡り、十四歳の千代鍋を元服させて太郎と称させ、虎寿丸の弟として遇するよう命じ、奉公を誓わせたことを記す記事。
- 登場人物
- 島津忠良(日新斎)、千代鍋(太郎・樺山玄佐)、虎寿丸、美濃守
- 宛先
- —
- キーワード
- 樺山玄佐自記、島津忠良、千代鍋、元服、虎寿丸、生別府、鹿児島、大永六年
前編2-No.2044文書確認度 高
十二月五日 / 冊子 663頁
島津忠良が一乗院に、虎寿丸の登山に際して厚い配慮を受けたことへ謝意を述べ、自ら参上して礼を申し述べたいと伝えた書状。
- 登場人物
- 島津忠良、虎寿丸、一乗院関係者
- 宛先
- 一乗院御同宿中
- キーワード
- 島津忠良、虎寿丸、一乗院、登山、謝礼、書状
前編2-No.2052文書確認度 高
「大永六年」十一月五日 / 冊子 666頁
島津忠兼が肝付兼演に、虎寿丸らが来訪して心配はなく、肝付方が出頭する運びなので、確かな奉公を頼むとした書状。
- 登場人物
- 島津忠兼、虎寿丸、一瓢、肝付三郎五郎兼演、頼姪小四郎
- 宛先
- 肝付三郎五郎殿(兼演)
- キーワード
- 島津忠兼、虎寿丸、肝付兼演、肝付氏、奉公、書状、大永六年
前編2-No.2054文書確認度 高
「大永六年」十一月七日 / 冊子 666頁
島津忠兼が肝付兼演に、金吾との合意、伊集院での参会と鹿児島への同行、虎寿丸を呼び寄せたことを伝え、境目の番を堅固にするよう頼んだ書状。
- 登場人物
- 島津忠兼、肝付三郎五郎兼演、金吾、虎寿丸
- 宛先
- 肝付三郎五郎殿(兼演)
- キーワード
- 島津忠兼、肝付兼演、金吾、虎寿丸、伊集院、鹿児島、境目、書状、大永六年
前編2-No.2056記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 666~667頁
大永六年十一月十二日、島津忠兼が使者を通じ、忠良の長男虎寿丸を猶子として家督を譲る意向を伝えた経過を記す。忠良は村田越前守・土持伊豆守・梶原備前守らの仲介にも再三辞退したが、最終的に受諾し、虎寿丸が貴久として継承する。
- 登場人物
- 島津貴久(虎寿丸)、島津忠兼、島津忠良、村田越前守、土持伊豆守、梶原備前守
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津貴久譜、島津貴久、虎寿丸、島津忠兼、島津忠良、猶子、家督、大永六年
前編2-No.2063記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 668頁
大永六年初秋、島津勝久と実久の不和が深まる中、勝久が忠良へ奉公と支援を求めた経過を記す。伊集院・阿多加賀守・本田紀伊守らが仲介し、忠良の子貴久・虎寿丸を勝久の後継に据える政治調整を進め、家中対立を収拾しようとした。
- 登場人物
- 島津勝久、島津実久、島津忠良、島津貴久、伊集院氏、阿多加賀守、本田紀伊守、虎寿丸
- 宛先
- —
- キーワード
- 貴久御記、島津勝久、島津実久、島津忠良、島津貴久、虎寿丸、伊集院、大永六年
前編2-No.2064記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 668~669頁
大永六年、島津忠良が桑波田氏の奉公に報いて南郷を与えたことから、勝久が忠良の勢力拡大に驚き伊集院へ赴いた経過を記す。両者の協議で貴久・虎寿丸を勝久の養子とする約束が進み、所領給与を契機に守護家の後継問題が動いた。
- 登場人物
- 島津忠良、島津貴久、島津勝久、桑波田氏、伊集院氏、虎寿丸
- 宛先
- —
- キーワード
- 樺山玄佐自記、島津忠良、島津貴久、島津勝久、南郷、桑波田氏、伊集院、虎寿丸、大永六年
前編2-No.2068文書確認度 高
「大永六年」十一月五日 / 冊子 670頁
本文ではNo.2052と同文のため省略された島津忠兼書状。肝付兼演に、虎寿丸らの来訪と人質方の出頭を踏まえ、確かな契約を頼むと伝えた内容である。
- 登場人物
- 島津忠兼、肝付兼演、虎寿丸
- 宛先
- 肝付三郎五郎殿(兼演)
- キーワード
- 島津忠兼、肝付兼演、虎寿丸、人質、契約、同文省略、大永六年
前編2-No.2069文書確認度 高
「大永六年」十一月七日 / 冊子 670頁
本文ではNo.2054と同文のため省略された島津忠兼書状。肝付兼演に、三吾との合意、伊集院での対面と鹿児島同行、虎寿丸を呼び寄せたことなどを伝えた内容である。
- 登場人物
- 島津忠兼、肝付兼演、三吾、虎寿丸
- 宛先
- 肝付三郎五郎殿(兼演)
- キーワード
- 島津忠兼、肝付兼演、三吾、虎寿丸、伊集院、鹿児島、同文省略、大永六年
前編2-No.2074記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 671頁
大永六年、島津忠兼が忠良一族へ国政を委ねようとした時期の樺山信久の動向を記す。信久は虎寿丸を後継者として支え、肝付三郎五郎・本田紀伊守・樺山助太郎らと諸家の帰属、領地配分、奉公条件を協議し、新体制への移行を調整した。
- 登場人物
- 樺山信久、島津忠兼、島津忠良、虎寿丸、肝付三郎五郎、本田紀伊守、樺山助太郎
- 宛先
- —
- キーワード
- 樺山信久譜、樺山信久、島津忠兼、島津忠良、虎寿丸、肝付氏、本田氏、国政、大永六年
前編2-No.2078記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 674頁
大永七年二月十八日、伊集院・谷山での動きにより少数で移動した勝久らが福昌寺大廣東堂へ入り、虎寿丸や忠良側との関係が展開したことを記す。
- 登場人物
- 島津貴久、島津勝久、伊集院氏、谷山関係者、虎寿丸、島津忠良
- 宛先
- —
- キーワード
- 貴久記、島津貴久、島津勝久、伊集院、谷山、福昌寺、虎寿丸、島津忠良、大永七年
前編2-No.2083記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 676頁
島津勝久・虎寿丸をめぐる政局で、肝付兼演・越前守らが忠節を示し、日新(忠良)と樺山信久らが鹿児島・伊作方面で協力関係を整えたことを記す。
- 登場人物
- 島津忠良、島津勝久、虎寿丸、肝付兼演、肝付越前守、樺山信久
- 宛先
- —
- キーワード
- 樺山玄佐自記、島津忠良、島津勝久、虎寿丸、肝付兼演、樺山信久、忠節、大永七年
前編2-No.2092記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 678~679頁
島津実久方の働きかけで勝久が心変わりし、忠良・虎寿丸との後継合意が崩れた経過を記す樺山玄佐自記。新納・伊集院・加治木・帖佐諸勢が勝久方と忠良方に分かれて動き、勝久は鹿児島へ帰還した。忠良方が退避した後に反撃へ転じるまでを追い、守護家内部の政変を具体的に伝える。
- 登場人物
- 島津実久、島津勝久、島津忠良、虎寿丸、新納氏、伊集院氏、加治木氏、帖佐氏
- 宛先
- —
- キーワード
- 樺山玄佐自記、島津実久、島津勝久、島津忠良、虎寿丸、新納氏、伊集院、加治木、帖佐、大永七年
前編2-No.2093文書確認度 中
寛文七年八月十九日 / 冊子 679~680頁
虎寿丸一行が小野から加世田方面へ移り、伊集院勢の追跡を避けて潜伏・退避した経路を記す覚書。直林寺下・木場・田布施などの通過地、案内人、宿所、所持品の扱いを具体的に挙げる。長谷氏・和田氏ら関係者の支援を含め、逃避行の実務をたどれる。
- 登場人物
- 虎寿丸、島津忠良、伊集院関係者、長谷氏、田布施関係者、和田氏
- 宛先
- —
- キーワード
- 長谷大蔵覚書、虎寿丸、島津忠良、伊集院、加世田、直林寺、木場、田布施、逃避経路、寛文七年
前編2-No.2094記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 680頁
大永七年四月十五日、勝久が守護職を忠良の長子虎寿丸へ譲り、自ら伊作へ移住し、同月十九日に剃髪したことを記す。
- 登場人物
- 島津勝久、島津忠良、虎寿丸
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津勝久譜、島津勝久、島津忠良、虎寿丸、守護職、伊作、剃髪、大永七年
前編2-No.2096記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 680頁
島津実久が守護職を狙い、勝久と虎寿丸父子の約束を変えさせたうえ、大永七年五月十一日に忠良領の日置・伊集院城を攻め、同夜に陥落させたことを記す。
- 登場人物
- 島津実久、島津勝久、虎寿丸、島津忠良
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津勝久譜、島津実久、島津勝久、虎寿丸、島津忠良、日置、伊集院城、落城、大永七年
前編2-No.2105記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 683~684頁
島津勝久が虎寿丸(貴久)へ国を譲った後の政変を、樺山信久の立場から記す。島津忠兼・肝付越前守らの動向、加治木・伊作・鹿児島方面の戦闘、村田越前守らとの関係を追い、信久一族が対立する勢力間で帰属を選び奉公を継続した経過を示す。
- 登場人物
- 樺山信久、島津忠兼、島津勝久、肝付越前守、虎寿丸(島津貴久)、村田越前守
- 宛先
- —
- キーワード
- 樺山信久譜、樺山信久、島津忠兼、島津勝久、虎寿丸、肝付氏、加治木、伊作、鹿児島
後編4-No.1352文書確認度 中
七月十二日 / 冊子 628頁
虎寿丸を島津家久の甥として国分家の子に定めることと島津家の相続をめぐり、島津義久以来の家筋・関係者の意向を確認し、将来の家督処置を協議するよう求めた島津家久の書状。
- 登場人物
- 島津家久、虎寿丸、島津義久
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津家久書状、虎寿丸、国分、家督相続、島津義久、家筋、七月十二日
後編4-No.1739文書確認度 高
(元和八年)七月十二日 / 冊子 769頁
本文は『一七八一号文書ト同文ニツキ省略ス』との編集注によって省略されている。参照先のNo.1781と照合すると、島津家久が島津下野守へ、虎寿丸を国分の子として家を相続させることに亀寿が満足しており、翌月の吉日に虎寿丸を国分へ移して祝儀を行うと決まったことを知らせた書状。
- 登場人物
- 島津家久、虎寿丸、亀寿、喜入忠政、伊勢貞昌、島津久元
- 宛先
- 島津下野守(島津久元)
- キーワード
- 島津家久書状、島津下野守、島津久元、同文省略、1781号文書、虎寿丸、亀寿、国分、家督相続、祝儀、元和八年七月十二日
後編4-No.1755記事確認度 高
年月日未詳 / 冊子 774頁
島津家では嫡子が六、七歳になると犬追物を催し騎射を始めさせる祖先以来の佳例があり、六歳となった虎寿丸(後の島津光久)のため、家久が自ら検見して初騎射の手組を定めたことを記す系譜記事。
- 登場人物
- 島津家久、島津光久、虎寿丸、島津家、犬追物
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津家久譜、島津光久、虎寿丸、嫡子、六歳、犬追物、騎射、初騎射、手組、家久検見
後編4-No.1780記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 784頁
亀寿が虎寿丸を准子として迎え、所領一万石と財宝などをのちにすべて譲与することとなった、その端緒を記す島津家久譜の記事。
- 登場人物
- 島津家久、亀寿、虎寿丸
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津家久譜、亀寿、虎寿丸、准子、養子、所領一万石、財宝、相続
後編4-No.1781文書確認度 中
(元和八年)七月十二日 / 冊子 784~785頁
島津家久が下野守へ、虎寿丸を国分の子として家を相続させることに亀寿が格別満足していると伝え、翌月の吉日に虎寿丸を国分へ移して祝儀を行うと決まったことを知らせた。家久自身も以前から望んでいたことであり、喜入摂津守・伊勢兵部少輔から詳しく伝えるとした書状。
- 登場人物
- 島津家久、虎寿丸、島津義久、亀寿、喜入摂津守、伊勢兵部少輔、島津下野守
- 宛先
- 島津久元(下野守殿)
- キーワード
- 島津家久書状、虎寿丸、国分、島津義久、亀寿、家督相続、祝儀、喜入摂津守、伊勢貞昌、元和八年七月十二日
後編4-No.1796文書確認度 高
(元和九年)六月十三日 / 冊子 790~791頁
島津家久が虎寿丸へ、五月二十五日付の書状を六月十二日に受け取り、皆の無事と贈物を喜んだ。贈物を将軍へ献上したこと、稽古を怠らないこと、刀や帰路の船を用意することを伝え、京都での能や近衛邸の十七種香などの見聞にも触れた書状。
- 登場人物
- 島津家久、虎寿丸、徳川家光、近衛信尋
- 宛先
- 島津家久
- キーワード
- 島津家久書状、虎寿丸、贈物、徳川家光、稽古、刀、船、能、十七種香、近衛邸、元和九年六月十三日
後編4-No.1798文書確認度 高
(元和九年)六□二日 / 冊子 791~792頁
島津家久が虎寿丸へ、たびたび届く書状を喜び、江戸へ上った後に対面できることを期待した。上方での諸事や人々への伝言、帰国・参詣などの予定を述べるとともに、近衛邸での十七種香や花、謡・舞など京都での文化的見聞を伝えた書状。
- 登場人物
- 島津家久、虎寿丸、近衛家
- 宛先
- 島津家久
- キーワード
- 島津家久書状、虎寿丸、江戸、上方、京都、近衛邸、十七種香、花、謡、舞、帰国、参詣、元和九年六月
後編5-No.815記事確認度 中
年月日未詳 / 冊子 473頁
寛永十二年二月十二日、伏見にいた島津家久のもとへ島津又八郎忠平・北郷式部大輔忠直が使者として赴き、島津光久と嫡孫虎寿丸の疱瘡快癒を祝賀・報告したことを記す記事。久元の書状も持参し、伊勢貞昌が披見後に国元の同職へ返書を送った。
- 登場人物
- 島津家久、島津忠平、北郷忠直、島津光久、虎寿丸、島津久元、伊勢貞昌
- 宛先
- ―
- キーワード
- 島津家久、伏見、島津忠平、北郷忠直、島津光久、虎寿丸、疱瘡快癒、使者、島津久元、伊勢貞昌
後編5-No.816文書確認度 中
(寛永十二年)二月十二日 / 冊子 473~474頁
伊勢貞昌が国元の家老へ、島津光久と虎寿丸の疱瘡快癒、内藤忠重・安藤重長による領国高帳の受領、将来の用に備えた書状の保管、家久が翌十三日に伏見を出立する予定などを報告した書状。
- 登場人物
- 伊勢貞昌、島津家久、島津光久、虎寿丸、島津久慶、川上久国、内藤忠重、安藤重長
- 宛先
- 島津弾正大弼・川上左近将監
- キーワード
- 伊勢貞昌、島津家久、島津光久、虎寿丸、疱瘡快癒、領国高帳、内藤忠重、安藤重長、伏見、出立、国元家老
附録1-No.834文書確認度 高
年月日未詳 / 冊子 343頁
島津忠良が一乗院の同宿衆へ、虎寿丸の登山に際して格別の厚意を受けたことを謝し、いずれ自身が参上して礼を述べたいと伝えた書状。万事は次の機会に譲るとして結ぶ。
- 登場人物
- 島津忠良、虎寿丸、一乗院同宿衆
- 宛先
- 一乗院御同宿中
- キーワード
- 島津忠良、虎寿丸、一乗院、同宿衆、登山、厚意、謝礼、参上
後編4-No.1756文書確認度 中
元和七年十二月四日 / 冊子 774~775頁
元和七年十二月四日に行われた犬追物について、各番の騎射手と馬数を配した手組。島津家久を検見とし、喜入島津大炊助らが喚次を務める編成を記す。
- 登場人物
- 島津家久、島津光久、虎寿丸、喜入島津大炊助、犬追物参加者
- 宛先
- —
- キーワード
- 犬追物手組、島津光久、虎寿丸、島津家久、検見、喜入島津大炊助、喚次、騎射手、馬数、元和七年十二月四日
後編4-No.1757文書確認度 中
元和七年十二月五日 / 冊子 775頁
元和七年十二月五日の犬追物について、矢懸次第と各番の騎射手・馬数を定め、島津家久が検見し、嶋津大炊助らが喚次を務める手組を記す。
- 登場人物
- 島津家久、島津光久、虎寿丸、嶋津大炊助、犬追物参加者
- 宛先
- —
- キーワード
- 犬追物手組、島津光久、虎寿丸、矢懸次第、島津家久、検見、嶋津大炊助、喚次、騎射手、馬数、元和七年十二月五日
後編4-No.1758文書確認度 中
元和七年十二月七日 / 冊子 775頁
元和七年十二月七日の犬追物について、矢懸次第と各番の騎射手・馬数を定め、川上嶋津十郎左衛門尉らが検見・喚次を務める手組を記す。
- 登場人物
- 島津家久、島津光久、虎寿丸、川上嶋津十郎左衛門尉、蒲池左八郎、犬追物参加者
- 宛先
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- キーワード
- 犬追物手組、島津光久、虎寿丸、矢懸次第、川上嶋津十郎左衛門尉、蒲池左八郎、検見、喚次、騎射手、馬数、元和七年十二月七日
追録6-No.1193記事旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年五月二十九日(年は前後・目録による)、注「実弐歳」「六歳」の相違 / 冊子 432頁/原整理番号 1193/整理ID 1193
同年五月二十九日、男子虎寿丸を嫡子として立て、執政田沼主殿頭意次へ伝えたと記す。出典は同じ御譜中。付注は虎寿丸が生まれたことと、前夫人徳川氏をもって子とする扱いを述べ、実際には弐歳であるが歳を加えて六歳と告げたことを記す。前夫人徳川氏を実母とする記載はない。
- 登場人物
- 重豪、男虎寿丸、執政田沼主殿頭意次、前夫人徳川氏(原注)
- 宛先
- 田沼主殿頭意次(報告先、独立宛書なし)
- キーワード
- 五月二十九日、虎寿丸を嫡子に立てる、田沼意次へ報告、前夫人徳川氏注、実弐歳・加歳告以六歳
追録6-No.1203-1その他文書旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年六月廿七日(朱) / 冊子 436頁/原整理番号 1203の1/整理ID 1203-1
松平薩摩守口上扣と題する。嫡子虎寿丸と御息女との縁組について内談し、聞き済まされたことを喜び、縁談を進めたいので、早速双方から御用番へ願書を差し出したいと申し入れる。朱の年月は安永三年六月廿七日。続く手配注は、この口上扣書を御先手の内用御頼である織田圖書をもって佐竹右京大夫方へ伝え、縁談の件についてこの日仰せ懸けた旨を記す。書付を整え、御紋付御文箱に入れ、主馬へ差し上げたとする。主馬には喜入久福の注がある。縁談についての双方の内談、御用番への願書を出したいという申入れ、口上を伝える取次と文箱の手配を分けて記す。この口上だけで幕府の縁組許可が出たとも、婚姻が実施されたとも記さない。
- 登場人物
- 松平薩摩守、嫡子松平虎寿丸、佐竹右京大夫と息女、織田圖書、主馬(喜入久福注)
- 宛先
- 佐竹右京大夫方(口上の申入先)、御用番(願書提出予定先)
- キーワード
- 虎寿丸・佐竹息女縁組、内談聞済、双方の御用番への願書、六月廿七日、織田圖書、御紋付御文箱、主馬久福への差上
追録6-No.1203-2その他文書旧記雑録暫定版確認度 高
安永三年六月廿七日(次頁朱注) / 冊子 436~437頁/原整理番号 1203の2/整理ID 1203-2
佐竹右京大夫口上扣と題する。娘を嫡子松平虎寿丸へ縁組する件について、織田圖書を通じて伝えられ、喜ばしく思うと述べる。その節の返答のとおり縁組を進めたいので、早速双方から御用番へ願書を差し出したいと申し入れる。続く注は、佐竹方からも口上書により、御先手戸田五助をもって返答があったとする。朱の年月は安永三年六月廿七日。佐竹側の承知と喜び、双方が願書を出すための返答、織田圖書と戸田五助という双方の取次を記す。戸田の通称は本枝の原表記五助を保持し、第三枝の五介へ無断で統一しない。娘の個人名や年齢は本文にない。縁談への返答で、幕府の許可そのものを通知した文書とはしない。
- 登場人物
- 佐竹右京大夫と娘、松平虎寿丸、織田圖書、戸田五助(原表記)
- 宛先
- 松平薩摩守方(口上の返答先)、御用番(願書提出予定先)
- キーワード
- 佐竹口上扣、娘と虎寿丸の縁組、織田圖書の伝達、返答のとおり進める希望、双方御用番へ願書、戸田五助返答、六月廿七日
追録6-No.1203-3願書旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年六月廿八日(朱) / 冊子 437頁/原整理番号 1203の3/整理ID 1203-3
佐竹右京大夫娘を薩摩守嫡子松平虎寿丸へ縁組することを願う旨を記す。朱の年月は安永三年六月廿八日。双方の取次は、佐竹右京大夫の取次戸田五介、松平薩摩守の取次方織田圖書と記され、戸田には勝便、織田には信方の注がある。両家名と虎寿丸の名は願う縁組の当事者・関係を示すもので、取次二人の宛先ではない。付注は御用番松平周防守へ差し出したところ、御用人高濱直右衛門が請け取った旨を佐久間九十九が申し出たとする。願書の提出・請取までを記し、許可や婚姻実施の記載はない。目録は織田信方・戸田勝便の連署願書とする。
- 登場人物
- 佐竹右京大夫娘、薩摩守嫡子松平虎寿丸、佐竹右京大夫取次戸田五介(勝便注)、松平薩摩守取次方織田圖書(信方注)、御用番松平周防守、御用人高濱直右衛門、佐久間九十九
- 宛先
- 御用番松平周防守(提出先)、御用人高濱直右衛門(請取)
- キーワード
- 佐竹右京大夫娘・薩摩守嫡子虎寿丸、縁組奉願、六月廿八日、戸田五介勝便・織田圖書信方の双方取次、御用番周防守、御用人高濱直右衛門請取、九十九報告
追録6-No.1207伺書旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年七月十八日(年は朱) / 冊子 437~438頁/原整理番号 1207/整理ID 1207
佐竹右京大夫の娘を虎寿丸に縁組する願いのとおり仰せ付けられ、ありがたいことであるとして、公方様と大納言様へ先規のとおり献上物をしたいので、指図を願う。末尾は七月十八日、松平薩摩守、朱に安永三年。出典は重豪公御譜中。公方様・大納言様の箇所には朱の「御付紙」の表示があり、指図を願う結語には「不及此儀候」とする朱の訂正を付す。献上を願った本文と、この儀に及ばないとする訂正を併記し、献上を実施済みとはしない。婚姻の許可に伴う御礼の取扱いを伺った文書で、縁組願書そのものや婚姻の実施を記した文書とは区別する。二つの例書の品数をこの伺書の確定した献上数量として移さない。
- 登場人物
- 松平薩摩守(重豪)、佐竹右京大夫娘、虎寿丸、公方様、大納言様
- 宛先
- 幕府(献上物の指図を願う先、独立宛書なし)
- キーワード
- 虎寿丸、佐竹右京大夫娘、縁組願のとおり仰付、先規献上物、指図願、公方様、大納言様、御付紙、不及此儀候、七月十八日
追録6-No.1210申渡書旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年七月(日の記載なし)、本文は五月十九日の届出を回顧 / 冊子 439~440頁/原整理番号 1210/整理ID 1210
第一条は、虎寿丸を当午六歳として丈夫であるため嫡子の届をしたこと、慈照院には実子がなく、存生中に養子にしたいと約束していたことから、民部卿と内談の上で五月十九日に御用番へ申し出、聞き置かれた経緯を述べる。虎寿丸の嫡子届が済んだので、敬姫・於篤が御姉として取り持つよう仰せ出されたことを、各々承知するよう伝える。第二条は、敬姫が御前様の御養子となった際に御猶子と申し渡したが、今後は御養子と心得るよう仰せ出されたとし、このとおり御記録奉行へ申し渡すよう指示する。末尾は朱の安永三年、七月、左中、島津久金の注。虎寿丸の六歳は届出上の記載として保持し、実年齢の六歳とは断定しない。慈照院の養子希望は存生中の約束を述べ、申渡時の存命を意味しない。敬姫と於篤の御姉としての取持、敬姫の御猶子から御養子への呼称変更をそれぞれ記す。
- 登場人物
- 虎寿丸、慈照院、民部卿(原呼称)、敬姫、於篤、御前様(原呼称)、左中(島津久金の注)、御記録奉行
- 宛先
- 御記録奉行(末尾の申渡先)、関係者
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- 当午六歳・丈夫、虎寿丸嫡子届、慈照院存生中養子約束、民部卿内談、五月十九日聞置、敬姫於篤御姉取持、御前様養子、御猶子から御養子、御記録奉行、七月左中
追録6-No.1220書状旧記雑録暫定版確認度 高
安永三年十月九日(年は朱) / 冊子 442頁/原整理番号 1220/整理ID 1220
芳墨を今披見し、虎寿丸の誕生に伴う祝儀として、豊見城王子をもって太刀一腰・馬代黄金十両、並びに目録のとおりの品を贈られたことを喜び、謝意を伝える。末尾は十月九日、中将重豪御判、謹上中山王、朱に安永三年。正文は琉球国司に在ると記す。中山王側から贈られた祝儀への重豪の返書で、重豪から中山王へ太刀・黄金を送るとの方向に改めない。豊見城王子を誕生した虎寿丸と取り違えず、十月九日を虎寿丸の出生年月日としない。目録にある他の品名・数量は本文には列挙されていない。
- 登場人物
- 中将重豪、虎寿丸、豊見城王子、中山王
- 宛先
- 中山王(謹上の宛書)
- キーワード
- 芳墨披見、虎寿丸誕生祝儀、豊見城王子、太刀一腰、馬代黄金十両、目録之通、十月九日中将重豪御判、謹上中山王、正文琉球国司
追録6-No.1241書状旧記雑録暫定版確認度 中
安永四年二月十七日(年は朱) / 冊子 450頁/原整理番号 1241/整理ID 1241
虎寿丸の御誕生について、差し越す件なので、御恩赦を仰せ付けるべきかと以前の例を調べたが、誕生に伴う恩赦の書留は見当たらないと述べる。他方、隠居・家督・元服・官位などに伴う恩赦の先例はあり、誕生は別の重立った儀なので、元服・官位の節に準じて恩赦を仰せ付ける筋でもあろうかと、大御目付が吟味して申し出たという。この趣旨を知らせるので貴聞に達し、意向を申し越してほしいと求める。末尾は二月十七日、嶋津左中、朱に安永四年。黒字宛書は喜入主馬殿・山岡市正殿で、周囲に小松帯刀・川田・嶋津仲の名も添記される。出典は重豪公御譜中、扣の正文は家老座。誕生の恩赦先例が見当たらないことと、他の慶事の先例を参照する照会を分け、本文だけで恩赦が決定・実施されたとはしない。誕生日をこの書状の日付へ置き換えない。
- 登場人物
- 虎寿丸、嶋津左中(島津久金、目録による)、大御目付、喜入主馬、山岡市正、小松帯刀、川田(添記の官名は判読留保)、嶋津仲
- 宛先
- 喜入主馬殿・山岡市正殿(黒字宛書)、周囲に小松帯刀・川田・嶋津仲の名の添記
- キーワード
- 虎寿丸御誕生、恩赦書留不見当、隠居家督元服官位先例、大御目付吟味、元服官位に準ずる照会、御意申越、嶋津左中
追録6-No.1301書状旧記雑録暫定版確認度 高
安永四年十月十八日(年は朱)、嫡子届・養子成立の年月日は独立記載なし / 冊子 473~474頁/原整理番号 1301/整理ID 1301
書状を拝見したと述べ、虎寿丸の嫡子の届が済み、また慈照院の養子となったことへの祝儀として大里按司を遣わし、太刀一腰・馬代黄金十両と目録の通りの品物を贈られたことを喜ぶと返答する。虎寿丸には重豪男斉宣の注、慈照院には重豪室徳川宗尹女の注がある。末尾は十月十八日、中将重豪御判の表示、謹上中山王、年は朱に安永四年。嫡子届の済んだことと慈照院の養子となったことを別の事由として保ち、それぞれの届出・養子成立の日付を十月十八日と補わない。大里按司は王が遣わした使者で、太刀・馬代の贈答は中山王から重豪へである。黄金十両を、前後の疱瘡・縁組祝の白銀百両へ揃えず、太刀一腰や目録の品数も別に保持する。
- 登場人物
- 中将重豪、中山王、虎寿丸(重豪男斉宣の注)、慈照院(重豪室徳川宗尹女の注)、大里按司
- 宛先
- 謹上 中山王
- キーワード
- 虎寿丸嫡子届済、斉宣注、慈照院養子、重豪室徳川宗尹女注、大里按司、太刀一腰、馬代黄金十両、目録、十月十八日
追録6-No.1302書状旧記雑録暫定版確認度 高
安永四年十月十八日(年は朱)、縁与仰出の日付は独立記載なし / 冊子 474頁/原整理番号 1302/整理ID 1302
書状を拝見したと述べ、虎寿丸と佐竹右京大夫の息女との縁与が仰せ出されたことへの祝儀として、熱田親方を遣わし、太刀一腰・馬代白銀百両と目録の通りの品物を贈られたことを喜ぶと返答する。佐竹には義敦の注がある。末尾は十月十八日、中将重豪御判の表示、謹上中山王、年は朱に安永四年。
- 登場人物
- 中将重豪、中山王、虎寿丸、佐竹右京大夫義敦(注)、佐竹の息女(名記載なし)、熱田親方
- 宛先
- 謹上 中山王
- キーワード
- 虎寿丸、佐竹右京大夫義敦注、息女縁与仰出、熱田親方、太刀一腰、馬代白銀百両、目録、十月十八日
追録6-No.1357記事旧記雑録暫定版確認度 中
安永五年丙申春三月、冬十一月二十七日の召命を記載 / 冊子 490頁/原整理番号 1357/整理ID 1357
五年丙申春三月、虎寿丸が約婚していた佐竹義敦の女が没したので、そのことを告げたと記す。その後、父公が虎寿丸のために幕府へ、有馬中務大輔頼僮の嫡子上総介頼貴の女との婚姻を改めて請願した。有馬中務大輔には筑後久留米城主の注、父公には重豪の注がある。冬十一月二十七日、幕府が父公を召したが、病気があったため松平中務大輔定國を代わりに登城させ、上命を受けさせたとする。続いて幕府が原文の三月番老中松平周防守康福を介して、婚姻請願を許す命を下した旨を記し、詳細は父公譜にあると結ぶ。約婚相手の死去、改めた請願、父公の病気と代登、許可の伝達を分け、婚礼を実行した日付や虎寿丸本人の死去に置き換えない。三月番という原の番役表記は冬の召命の日付に合わせて補正せず、頼僮の原字も一般の別表記へ改めない。
- 登場人物
- 虎寿丸(斉宣)、重豪(父公の注)、佐竹義敦の女、有馬中務大輔頼僮、嫡子上総介頼貴の女、松平中務大輔定國、松平周防守康福
- 宛先
- 幕府(婚姻請願先)
- キーワード
- 虎寿丸約婚、佐竹義敦女卒、安永五春三月、有馬中務大輔頼僮筑後久留米、上総介頼貴女、再婚姻請願、冬十一月二十七日、父公病気、定國代登、康福許可伝達、三月番原記載
追録6-No.1362届書旧記雑録暫定版確認度 中
三月二十九日(安永五年の文脈)、朱注は同日の提出 / 冊子 493頁/原整理番号 1362/整理ID 1362
佐竹右京大夫の息女と、薩摩守の嫡子虎寿丸との縁組が仰せ出されていたが、息女が死去したので、原文の未祝儀之取替不仕候という事情を届ける。末尾は三月二十九日、松平薩摩守内有川勇馬。朱注は、この届書一通を同日、留守居有川勇馬を介して御用番田沼主殿頭へ差し出したと記す。
- 登場人物
- 松平薩摩守、有川勇馬(目録では有川貞厚)、佐竹右京大夫の息女、虎寿丸、田沼主殿頭
- 宛先
- 御用番田沼主殿頭(朱の提出注)
- キーワード
- 佐竹右京大夫息女、虎寿丸縁組仰出、息女死去、未祝儀取替原語、有川勇馬貞厚対応、三月二十九日、届書一通同日田沼提出
追録6-No.1425記事旧記雑録暫定版確認度 高
安永五年十一月二十七日(本文は同年) / 冊子 517頁/原整理番号 1425/整理ID 1425
同年十一月二十七日、大家が重豪を召したが、重豪は病があって登城できず、松平中務太輔定國を名代として命を聞かせたと記す。大家は掌月老中松平周防守康福に命を伝えさせ、有馬中務太輔頼僮の嫡子上総介頼貴の娘を重豪の嫡子虎寿丸の妻とし、重豪の娘を奥平大膳大夫昌鹿の嫡子九八郎の妻とすることを許した。頼僮には筑後州久留米城主、昌鹿には豊前州中津城主の注がある。重豪は先に頼貴の娘を虎寿丸の妻とし、自分の娘を九八郎の妻とすることを願い出て、この時に許可が報じられたという経緯を結ぶ。
- 登場人物
- 重豪、大家、松平中務太輔定國、松平周防守康福、有馬中務太輔頼僮、有馬上総介頼貴、虎寿丸、奥平大膳大夫昌鹿、奥平九八郎、重豪の娘
- 宛先
- 独立宛所記載なし(大家の命を康福が伝達)
- キーワード
- 十一月二十七日大家召重豪病定國代聴、掌月老中周防康福伝達、有馬頼僮頼貴娘虎寿丸、奥平昌鹿九八郎重豪娘、先願報可、久留米中津
追録6-No.1426願書旧記雑録暫定版確認度 高
安永五年十一月十八日(年は朱) / 冊子 517頁/原整理番号 1426/整理ID 1426
冒頭から、有馬中務大輔の嫡子である有馬上総介の娘を、薩摩守の嫡子松平虎寿丸に再縁とする組合せを掲げる。有馬中務大輔の取次は戸田五介、松平薩摩守の取次は長谷川太郎兵衛とし、十一月十八日を記す。朱送達注は御用番松平周防守への用事を御先手長谷川太郎兵衛に頼み、日付当日に提出したとする。続いて松平薩摩守の娘と大膳大夫の嫡子奥平九八郎の縁組を願う組合せを記し、右之通縁組奉願候と結ぶ。十一月十八日、松平薩摩守の取次長谷川太郎兵衛、奥平大膳大夫の取次松平隠岐守を掲げ、同じ御用番へ同人を通じて提出したと朱記する。二組の願いと各家の取次、共通の提出先・送達を区別する。虎寿丸の再縁という原の表示を保持し、この願書だけを許可・婚礼の完了記録としない。
- 登場人物
- 松平薩摩守、松平虎寿丸、有馬上総介の娘、有馬中務大輔、奥平九八郎、奥平大膳大夫、重豪の娘、戸田五介、長谷川太郎兵衛、松平隠岐守、松平周防守
- 宛先
- 御用番松平周防守(朱送達注)
- キーワード
- 有馬上総介娘虎寿丸再縁、有馬中務大輔取次戸田五介、薩摩守取次長谷川太郎兵衛、娘奥平九八郎、大膳大夫取次松平隠岐守、十一月十八日周防提出
追録6-No.1428-4伺書旧記雑録暫定版確認度 中
安永五年申十一月二十七日、附紙の送付は同月二十九日 / 冊子 519頁/原整理番号 1428の4/整理ID 1428-4
有馬上総介の娘と嫡子松平虎寿丸の縁組が願い通りに命じられたことをありがたく受け、公方・大納言へ献上物を出して御礼を申し上げたいと伺う。種姫君と御部屋にはどのように扱うべきかも問う。一方、虎寿丸本人からの御礼献上物は、まだ御目見以前であるため伺わないと明記する。十一月二十七日、御名の署名書式がある。朱の御附紙に不及此儀候と記し、送達注は申十一月二十七日に留守居有川勇馬が御用番松平周防守へ提出し、同二十九日に周防守からの附紙を公用人の取次で有川へ渡したとする。右に相添う例書の表示も付す。
- 登場人物
- 重豪(一件文脈)、有馬上総介の娘、虎寿丸、公方、大納言、種姫君、御部屋、有川勇馬、松平周防守、公用人
- 宛先
- 御用番松平周防守(有川勇馬の送達注)
- キーワード
- 有馬娘虎寿丸縁組願通、父公方大納言礼献上伺種姫御部屋如何、虎寿丸御目見前本人礼不奉伺、不及此儀候、十一月廿七提出廿九附紙公用取次有川、添例書