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後編4の目録
旧記雑録 慶長10年~寛永2年の文書・記事です。
全1,899件中 801~900件・9 / 19ページ
後編4-No.800 殉死者交名
慶長十六年二月二十日に島津義久へ追腹した殉死者の交名。新納民部少輔・吉井佐渡入道・山口対馬守・泉朝坊以下について、人数・年齢を付して列挙する。
後編4-No.801 島津家久譜
島津家久譜の記事。家久が駿府への参府を望み、先に本多正純へ伝えたところ、徳川家康がこれを聞いて、その年は参府を見合わせ国元で休息するよう命じ、本多正純がその旨を書面で知らせた。
後編4-No.802 本多正純書状
本多正純が島津家久に、家久の参府希望を家康へ取り次いだが、当年の下向は不要で国元にゆっくり在国するよう命じられたことを知らせ、安心するよう伝えた書状。
後編4-No.803 島津家久譜
島津家久譜の記事。家久が領国産の硫黄を徳川家康へ献上し、砂石が混じらない上質品であったため高く評価されたことを記す。
後編4-No.804 本多正純書状
慶長十六年二月二十一日、本多正純が島津家久に、家久から大御所家康へ進上された薩州産硫黄を披露し、混じり物のない優れた品として家康が賞賛したことを報告した書状。
後編4-No.805 島津家久書状
慶長十六年三月六日、島津家久が琉球国司中山王に、春の書状と方物を喜び、前年の薩摩滞在と帰国後の琉球の安泰を祝した書状。琉球にいる日本人を今後も厚く扱うよう求める。
後編4-No.806 山口直友書状
慶長十六年三月八日、山口直友が島津家久に、在国を命じる上州方の書状を送り、謝礼使者を立てるよう勧めた書状。先に進上した硫黄が格別に優れていると賞されたことも報告する。
後編4-No.807 喜入忠政外二名連署状
慶長十六年三月十四日付の連署状。現地蔵入方の収納、遠隔地のための検地・差渡し、共同で渡った者の帰帆、船の着岸時の連絡など、島嶼業務と輸送の実務を指示する。
後編4-No.808 樺山久高・比志島国貞連署状
慶長十六年三月十五日、樺山久高・比志島国貞が、前年に琉球の池城が遣唐使として渡海した際、船主が無事帰朝させた働きを賞し、今後いっそう忠勤するよう命じた連署状。
後編4-No.809 徳川秀忠御内書
三月十七日、徳川秀忠が島津家久に、年頭祝儀の使者と伽羅一斤が届いたことを喜び、前年の島津陸奥守の遠路下向を殊勝と評価した御内書。詳細は本多佐渡守から述べるとする。
後編4-No.810 市来家繁書状
慶長十六年三月二十二日、市来家繁が伊地知重康に、二月二十六日付の命令を受けた後の検地・渡海事務を報告した書状。残米処理、役人配置、税所への書状、帰国時期について裁可を求める。
後編4-No.811 雑抄
雑抄。慶長十六年卯月十五日付の寺沢志摩守書状の一節として、大御所の上洛、譲位、秀頼の上洛・対面と大坂下向、即位など京都・大坂の政治日程を記す。
後編4-No.812 島津家久譜
島津家久譜の記事。慶長十六年三月六日に徳川家康が駿府を発して上洛し、後陽成天皇から皇太子への譲位を受け、家久が町田勝兵衛久幸を京都へ遣わして祝賀を奉じたことを記す。
後編4-No.813 竹中重義書状
慶長十六年三月二十六日、竹中重義が島津家久に、近況に変わりがないことを伝え、竹心香三百本を受領したこと、京都到着後に取り次ぐこと、家久の到着日を知らせてほしいと述べた書状。
後編4-No.814 島津忠仍久信起請文
慶長十六年三月二十七日、島津忠が島津家久への忠誠を誓った起請文。以前から別心がなく、他国からの勧誘や陰謀にも応じないと誓い、違背時には天照大神・八幡・諸神仏などの罰を受けると列挙する。
後編4-No.815 赤井忠泰書状
慶長十六年三月、赤井忠泰が島津家久に、京都周辺に変事がないこと、自身が在京中で翌月に駿府へ下向する予定であること、竹心香三百本を受領したことを知らせた書状。
後編4-No.816 島津惟新書状
慶長十六年四月朔日、島津義弘が島津家久に、伊勢兵部少輔を差し下した書状を読んで返すよう求め、天候のよい折に気を休め、事を軽々しくせず慎重に相談するよう助言した書状。
後編4-No.817 本多正純書状
慶長十六年四月十二日、本多正純が島津家久に、徳川家康が前月十七日に入洛し、二十三日に参内して機嫌よく過ごしていることを報告し、前年の家久下国時の船旅にも触れた書状。
後編4-No.818 寺沢広忠書状
慶長十六年四月十五日、寺沢広高が島津家久に、端午祝儀の帷子二つを贈り、大御所の上着、譲位、秀頼上洛など京都の政治日程を報告した書状。
後編4-No.819 島津家久譜
島津家久譜の記事。家久が高崎彌六を使者として秀忠へ太刀一腰・馬代銀百枚を献じて年頭を祝い、本多正信・大久保忠隣が披露したこと、青山成重へ高麗盆を贈ったことを記す。
後編4-No.820 青山成重書状
慶長十六年四月二十二日、青山成重が島津家久に、高崎彌六による将軍への年頭使者が本多正信・大久保忠隣から披露されたことを伝え、自身へ贈られた高麗盆十枚を謝した書状。
後編4-No.821 近衛信尹書状
慶長十六年四月二十二日、近衛信予が島津家久に、委細は町田が説明するとして用件を託した短い書状。
後編4-No.822 島津家久譜
島津家久譜の記事。豊臣秀頼が大御所徳川家康と二条亭で会盟したことを記し、小林民部少輔家孝がその経過を家久へ報じた書状を続けて収める。
後編4-No.823 小林家孝書状
慶長十六年、小林家孝が島津家久に、大御所家康の入洛、秀頼の淀到着と上京、二条亭での会見など京都の動静を報告した書状。
後編4-No.824 近衛信尹書状
慶長十六年四月二十二日付の近衛信予書状。本文はNo.821と同文であるため省略され、委細を町田の説明に託した短書であることが示される。
後編4-No.825 飛鳥井雅庸書状
慶長十六年四月二十六日、飛鳥井雅庸が島津家久に、龍伯義久の死去を悼み、再び会って和歌会を催したいとの望みが果たせなかった無念を述べた弔書。
後編4-No.826 山口直友書状
慶長十六年五月二日、山口直友が島津家久に、大御所上洛への音信使者町田少兵衛を本多正純と相談して披露したこと、家康の機嫌、秀頼の上洛などを報告した書状。
後編4-No.827 豊臣秀頼書状
慶長十六年五月四日、豊臣秀頼が島津家久に、上洛祝儀として太刀一腰・馬代銀子十枚・帷子三十・内贈物十五が届いたことを喜び、遠路の厚意を謝した書状。
後編4-No.828 宗善書状
五月五日、宗善が島津家久に、三月末に龍伯義久の死去を知りながら使僧を送れず弔意が遅れたことを詫び、委細を安斎に託した書状。
後編4-No.829 島津家久覚書
慶長十六年五月十日の島津家久覚書。江戸での案件、赦免・儀礼・普請、領内検地、琉球、親族、唐船・南蛮船の取扱いなど、多方面の政務上の確認事項を箇条書きにする。
後編4-No.830 島津家久譜
島津家久譜の記事。慶長十六年五月十六日、板倉勝重の返書により、家久が家康から御用材献上を命じられたため、その年の参勤を免除されたことを記す。
後編4-No.831 板倉勝重書状
慶長十六年五月十六日、板倉勝重が島津家久に、家康上洛と秀頼出仕後の大坂帰城、家久からの太刀・馬代・盆の披露を報じ、御用材献上のため参勤が免除された旨を伝えた書状。
後編4-No.832 伊集院元巣久信知行目録
慶長十六年五月十日付の伊集院元巣知行目録。宮原村・下田村などの田畠、高、分量を列記し、合計米・大豆・石高を示して伊集院肥前入道元巣の知行を確認する。
後編4-No.833 徳川秀忠御内書
慶長十六年五月二十四日、徳川秀忠が島津家久に、遠路の使者と太刀一腰・馬一匹・帷子二十巻が届いたことを喜び、その厚意を賞した御内書。
後編4-No.834 徳川秀忠御内書
慶長十六年五月二十五日、徳川秀忠が島津家久に、南方の祝儀として太刀一腰・馬代銀子百枚が届いたことを喜び、詳細は大久保相模守から述べるとした御内書。
後編4-No.835 山口直友書状
慶長十六年五月二十六日、山口直友が島津家久に、上洛中の家康・秀頼の動静、使者と贈答の披露、家久の御用材や参勤に関する幕府の意向を報告した書状。
後編4-No.836 山口直友書状
慶長十六年六月二日、山口直友が島津家久に、改年祝儀と在京中の折衝を述べ、太刀・馬代・段子五巻・琉球酒一壺などの贈答を披露した書状。
後編4-No.837 島津家久譜
島津家久譜の記事。尚寧王が中山へ帰国した後、琉球から明国へ旧例どおり使節船を派遣し、山川着岸後に山口直友を介して進貢使節・護送・進貢品などを取り扱ったことを記す。
後編4-No.838 山口直友書状
慶長十六年六月六日、山口直友が島津家久に、四月十八日付書状が琉球船で六月四日に山川へ着岸したことを受け、使者・披露・帰国に関する指示を伝えた書状。
後編4-No.839 荒木元満書状
慶長十六年六月六日、荒木元満が島津家久に、家臣の忠節・不和、使者の扱い、献上馬と馬具、下着の者、幕府への取り次ぎなどについて詳しく報告した書状。
後編4-No.840 島津家久書状
慶長十六年六月、島津家久が琉球国司らに、江州へ渡海する使者を遣わすこと、王の帰国後の琉球統治、日本との関係、使者・僧侶への便宜と忠勤を求めた書状。
後編4-No.841 平田宗親起請文前書
慶長十六年六月十六日、平田宗親が忠誠誓約に先立って記した起請文前書。太郎左衛門の違背、親類・庄内衆との関係、過去の書状・改易、赦免や忠節の条件を詳述する。
後編4-No.842 福島正則書状
六月二十日、福島正則が島津家久に、龍伯義久の死去を聞いて驚き哀悼し、自身の病中のため直接見舞えない事情を述べ、比志島国貞・伊勢兵部にも弔意を伝えた書状。
後編4-No.843 大窪某外二名連署銀子請取状
慶長十六年六月二十五日、大窪仲左衛門尉ら三名が、知行地から一石につき五分の割合で徴収した銀子について、村別の高・銀額と合計を記した連署請取状。
後編4-No.844 島津家久譜
島津家久譜の記事。御用材献上による参勤免除について板倉勝重から通知を受け、家久が山口直友・三原重種らを使者として差し出し、幕府へ謝意と事情を報告したことを記す。
後編4-No.845 山口直友書状
慶長十六年六月二十九日、山口直友が島津家久に、参勤免除と使者派遣に関する申し入れを取り次ぎ、三原重種の口上や幕府年寄との折衝、今後の返答を報告した書状。
後編4-No.846 島津家久譜
島津家久譜の記事。龍伯義久の死去を徳川秀忠が聞き、上使を遣わして弔意を表し、香典銀子五百枚を贈ったこと、青山図書助から比志島国貞へ弔書が届いたことを記す。
後編4-No.847 青山成重書状
七月十九日、青山成重が比志島国貞に、龍伯義久の死去に伴う将軍家の弔意と使者派遣を知らせ、陸奥守家久の心中を察した弔書。
後編4-No.848 徳川秀忠御内書
慶長十六年七月二十一日、徳川秀忠が島津家久に、龍伯義久の死去を悼み、心中を察すると述べ、詳細は本多佐渡守から伝えるとした御内書。
後編4-No.849 島津惟新書状
慶長十六年八月、島津義弘が島津家久に、隠遁後の無音を詫び、折々に書状を送る意向、黒馬の進上とその調整、家久への近況・配慮を述べた書状。
後編4-No.850 山口直友書状
慶長十六年八月十九日、山口直友が島津家久に、琉球に珍しい草花があると聞いたため、幕府の庭用に入手し、使者を通じて上納するよう依頼した書状。
後編4-No.851 島津家久書状
慶長十六年八月二十六日、島津家久が羽柴陸奥守に、龍伯義久の死後まだ両御所へ正式に申し上げていないため、遺物と少量の進物を託し、家康・秀忠へ取り次ぐよう依頼した書状。
後編4-No.852 比志島国貞・伊勢貞昌連署状
慶長十六年九月二日、比志島国貞・伊勢貞昌が、見舞いのための来訪、陸奥守への連絡、両所の供奉、下野守の派遣などについて調整した連署状。
後編4-No.853 島津家久書状
四月二日、島津家久が本多佐渡守に、龍伯義久の死去に対する将軍家の度重なる弔意と香典銀子五百枚の拝領を謝し、その厚遇を披露するよう依頼した書状。
後編4-No.854 徳川秀忠御内書
慶長十六年九月四日、徳川秀忠が島津家久に、重陽の祝儀として小袖五領が届いたことを喜び、その厚意を賞した御内書。
後編4-No.855 樺山久高外四名連署琉球納物目録
慶長十六年九月十日、琉球の各島から毎年納めるべき上布・下布・芭蕉布・綿・莚・皮などの品目と数量を列記し、樺山久高らが連署した納物目録。
後編4-No.856 本多正純書状
慶長十六年九月十一日、本多正純が島津家久に、大御所家康への重陽祝儀として進上された衣服を目録どおり披露し、家康が喜んだことを報告した書状。
後編4-No.857 島津家久書状
慶長十六年九月十五日、島津家久が尚寧王に、帰国後の琉球の安泰を喜び、薩摩滞在時の恩義を忘れず、三司官・士族を統率して日本との関係を保ち、忠節を尽くすよう求めた書状。
後編4-No.858 島津家久譜
島津家久譜の記事。家久が在国中、しばらく幕府へ使節を出していなかったため、山田民部らを遣わして両御所の安否を問い、秀忠が使節を喜んだことを記す。
後編4-No.859 安藤重信書状
慶長十六年九月十六日、安藤重信が島津家久に、帰国後の無音を承知し、幕府に変事なく家康の機嫌もよいことを伝え、山田民部の使者を受け入れた書状。
後編4-No.860 樺山久高外三名連署掟書
慶長十六年九月十九日、樺山久高らが連署した琉球統制の条目。唐江交易、由緒不明者・女性・私的従属、寺家、琉球人売買、日本人との渡海、京判外の商船、法令違反者の処罰などを定める。
後編4-No.861 島津家久譜
島津家久譜の記事。前年、家久が尚寧王を中山へ帰国させ、琉球国を割付・再編し、王臣・百姓に日本への服従と王統の継続を命じたことを記す。
後編4-No.862 中山王尚寧起請文
慶長十六年九月、尚寧王が島津家久に提出した起請文。薩摩の命令と領国再編を受け入れ、日本への忠誠、王位継承、諸法度遵守、反逆者排除を誓い、違背時には天罰・神仏罰を受けるとする。
後編4-No.863 雲心外五名連署起請文
慶長十六年九月二十日、雲心ら琉球重臣六名が連署した起請文。尚寧王とともに薩摩への忠節、法度遵守、反逆者の排除、子孫への継承を誓い、多数の神仏を列挙して違背時の罰を請う。
後編4-No.864 飯野狗留孫山権現棟札
慶長十六年九月二十二日、飯野狗留孫山権現の社殿造立を記した棟札。奉造立の趣旨、大檀那島津家久、朝臣・僧侶・大工など造営関係者の名を列記する。
後編4-No.865 三原重種書状
十月六日付の三原重種書状。水俣の将屋や肥後方面へ人員を遣わし、筑川・高瀬への到着、上使への出迎え、家中衆五人と馬の手配などを報告する。
後編4-No.866 島津家久譜
島津家久譜の記事。唐船が着岸して新製の小器二箇をもたらし、家久が使者を通じて秀忠へ献上したところ、珍しい品として喜ばれたことを記す。
後編4-No.867 徳川秀忠御内書
慶長十六年十月八日、徳川秀忠が島津家久に、唐船の着岸に伴って焼物の小壺二箇が届いたことを喜び、詳細は本多佐渡守から述べるとした御内書。
後編4-No.868 本多正信書状
慶長十六年十月十二日、本多正信が島津家久に、唐船が着岸して進上された焼物小壺二つを披露し、秀忠が喜んだこと、遠路からの厚意を報告した書状。
後編4-No.869 本多正信書状
慶長十六年十月十二日、本多正信が島津家久に、春に薩摩へ着岸した唐船から得た小壺を進上した件を取り次ぎ、内書の到来と珍品への評価を伝えた書状。
後編4-No.870 島津家久奉納状
慶長十六年十月十八日付の島津家久奉納状。本文は別番号の同文史料として省略され、奉納の事実と日付のみが示される。
後編4-No.871 町田久幸外二名連署書下
慶長十六年十月十八日、町田久幸・比志島国貞・伊勢貞昌が連署した書下。白鳥山知行百四十石について、前年の軍役時の弓箭奉公を理由に公役を免許し、従来どおり知行することを認める。
後編4-No.872 伊勢貞昌書状
十一月三日、伊勢貞昌が市来八左衛門へ、白鳥山座主は前年の庄内弓箭刻の功により公役を免許されており、所領・出物の引除も高に応じて認めるよう命じた書状。
後編4-No.873 島津家久譜
島津家久譜の記事。豊臣秀吉の命による薩隅日三州の太閤検地と石高配分、朝鮮役後の領地給与、家久の領内検地命令、農民課税・寺社・城郭・郷村・兵役などの統治規定を記す。
後編4-No.874 町田久幸外三名連署条書
慶長十六年十月二十三日、町田久幸ら四名が連署した領内統制の条書。殺人犯・不審者、宿泊、賭博、役人の私用、寺社・土地、年貢、農作、検地、薪炭、商船・通行人などの取扱いを細かく定める。
後編4-No.875 島津家久書状
慶長十六年十月二十五日、島津家久が本多正純へ、来訪使者の取次と礼遇を求め、銀子三百枚・虎皮五枚・緋綾子十端を進上する旨を伝えた書状。
後編4-No.876 島津家久譜
島津家久が尚寧王へ、薩摩への服属と帰国を受け、政治・教化の徹底、斬刑の抑制、商船往来、朝鮮・中国との関係、寺社・神仏尊崇などを説き、琉球統治の安定を勧めた長文書状。
後編4-No.877 島津家久書状
慶長十六年十一月二日、島津家久が柏原周防入道へ、禁中の村木を土持左馬権頭らが伐り出した件を早急に調査し、詳しく報告するよう命じた書状。
後編4-No.878 島津家久譜
島津家久譜の記事。義久が高野山蓮金之精舎を修理し、金剛峯寺をはじめ諸堂・塔廟・僧房・仏具などを整えた功徳と、その願意を記す。
後編4-No.879 島津家久願文
慶長十六年十一月十八日、島津家久が高野山金剛峯寺の諸堂塔・仏像・仏具を修造・奉納し、義久の菩提、宗祖・領民の安泰、国家鎮護を祈った願文。
後編4-No.880 島津家久書状
慶長十六年十一月二十四日付の島津家久書状。本書は別番号文書と同文のため本文が省略され、日付と所在注記のみを確認した。
後編4-No.881 新納某請取状
慶長十六年十一月二十四日、新納善兵衛が大山稲介へ、鹿児島武村の知行三石を永代売渡した代銭九貫文を、先取分六貫文と当日分三貫文に分けて受領した請取状。
後編4-No.882 島津家久書状
慶長十六年十二月十六日、島津家久が寒天の時分の辛労を察し、用件の概略は奉行中へ申し含めてあるので取り計らうよう伝えた書状。
後編4-No.883 島津家久譜
島津家久譜の記事。龍伯の遺物として長光腰刀・脇刀、定家色紙、来国次刀、茶壺などを徳川秀忠へ献上し、将軍家から台書と本多正純の返書があったことを記す。
後編4-No.884 本多正純書状
慶長十六年十二月十八日、本多正純が島津家久へ、龍伯の遺物や腰物・脇差の献上を披露し、秀忠が満足した旨を伝えた書状。
後編4-No.885 徳川秀忠御内書
慶長十六年十二月二十六日、徳川秀忠が島津家久へ、龍伯の遺物である定家色紙・来国次刀・茶壺三種などの献上を受け、厚意を了承した御内書。
後編4-No.886 島津家久譜
島津家久譜の記事。上使の帰還後に家久が伊勢貞昌へ謝意を伝え、取次と使者の労をねぎらう一通を送ったことを記す。
後編4-No.887 揖斐政景書状
慶長十六年十二月二十八日、揖斐政長が伊勢貞昌へ、書状の到来を喜び、下向中の種々の饗応に謝し、帰国後に上聞へ達したことと来春の下国時に詳述する旨を伝えた書状。
後編4-No.888 山口直友書状
慶長十七年正月二十日、山口直友が伊勢貞昌へ、島津家久からの龍伯遺物である刀剣・色紙等を確かに受け取り、使者へ渡す旨を答えた書状。
後編4-No.889 中井正清書状
慶長十七年二月朔日、中井正清が羽柴陸奥守へ、禁中御材木の件などを早々に調整して奉行衆へ申し達するよう求めた書状。
後編4-No.890 沢永温指出
慶長十七年二月九日、沢永温が正宮の御田一九段分について、五斗二升の収量を記した指出。
後編4-No.891 島津惟新書状
慶長十七年三月二十日、島津惟新が尚寧王へ、帰国後の統治と住民保護、使節・貢納、渡唐船、外国人宿泊、貿易・法度の遵守などを申し含め、琉球の安泰を願った書状。
後編4-No.892 町田久幸外三名連署覚書
慶長十七年三月二十二日、町田久幸ら四名が、琉球駐在奉行、年貢・納物、買物法度、渡唐船と銀子持出し、日本人宿泊、米積船、浦添在宅、高麗人、関東へ差し出す女性などを定めた覚書。
後編4-No.893 島津家久譜
島津家久譜の記事。前年秋の命令に基づき琉球国の草花を献上できる旨が示され、山口直友が鉢植えの草花を家久へ贈ったことを記す。
後編4-No.894 島津家久書状
慶長十七年四月二日、島津家久が山口直友へ、琉球の草木を将軍へ献上する件について、当地にふさわしい品を選び、急ぎ整えるよう求めた書状。
後編4-No.895 山口直友書状
慶長十七年四月二日、山口直友が島津家久へ、新年を祝い、上州からの申越しと家久の申請・内意について了承し、委細は使者に託す旨を伝えた書状。
後編4-No.896 島津義弘書状
慶長十七年五月十日、島津義弘が、陸奥守からの使者を受け、伊勢貞昌の取次で在国中の陸奥守に関する上意と旧来の懸案を申し入れた書状。
後編4-No.897 島津義弘書状
慶長十七年五月十日、島津義弘が本多正信へ、陸奥守の用件を伊勢貞昌に託し、長年の取合いへの配慮と取り成しを求めた書状。
後編4-No.898 島津義弘書状
慶長十七年五月十日、島津義弘が本多正純へ、陸奥守の用件で伊勢貞昌を遣わし、旧来の懇意により早急な取り成しを頼んだ書状。
後編4-No.899 島津義弘書状
慶長十七年五月十日、島津義弘が山口直友へ、陸奥守の懸案が長引いているため、書状を整えて隠遁の身にも届くよう急ぎ処置し、伊勢貞昌を助力するよう求めた書状。