追録8-No.954-6士族間養子の血統条件を定める達旧記雑録暫定版確認度 中
正月20日(朱注明治3年)知政所 / 冊子 736頁/原整理番号 954の6/整理ID 954-6
鹿児嶋士族の養子候補について、同士族内に相当の者がなく諸郷士族から願い出る場合、嫡庶を問わず父子・兄弟・孫または兄弟の子など血統が明らかな者には許可し、姉妹の子は認めないとする。附士・附属長へ足軽または附属から養子となる場合もこれに準じる。格外以下から養子となる者の父子・兄弟・孫で血筋が明らかな者は認めるが、娘の子は許さない。諸郷士族から鹿児嶋士族への養子および格下の者からの養子は、嫡庶と血統の連続が明白な場合に限って許していたが、後に遠い続合を理由とする申立てが多く取扱いに妨げが生じたため、定めた条件以外の願出を禁じ、関係先へ周知する。正月廿日知政所、明治三年の朱注がある。冒頭の「鹿児嶋士族無之」には脱字の可能性を示す編者注がある。
- 登場人物
- 知政所、鹿児嶋士族、諸郷士族、附士、附属長、足軽、附属、養子願出者の父子・兄弟・孫・兄弟の子・姉妹の子・娘の子
- 宛先
- 養子を願い出る者および関係向々
- キーワード
- 鹿児嶋士族、諸郷士族、養子、嫡庶、血統、父子、兄弟、孫、兄弟の子、姉妹の子、娘の子、附士、附属長、足軽、附属、格外、格下、続合、願出制限
前編2-No.220文書確認度 高
建徳二年十二月二日 / 冊子 60頁
渋谷重門が養子松乗丸へ、重代相伝の私領である薩摩国入来院市比野村内烏原跡地頭職を永代譲与した譲状。
- 登場人物
- 渋谷重門、養子松乗丸
- 宛先
- 松乗丸
- キーワード
- 渋谷重門、松乗丸、養子、薩摩国、入来院、市比野村、烏原跡、地頭職、重代相伝、永代譲与、譲状
附録1-No.542文書確認度 高
年月日未詳 / 冊子 227~237頁
年中の月日ごとの祈祷・奉公・寺社参詣・贈答・役務などの予定を掲げ、家督・相続・養子・婚姻・犯罪、屋敷・借地・境界争論など家中統制に関する取扱いを詳細に列挙して、大番頭座中へ周知した廻文。
- 登場人物
- 大番頭座中、奉公人、家老、親族、養子・相続人、寺社関係者
- 宛先
- 大番頭座中
- キーワード
- 大番頭座、廻文、年中行事、祈祷、奉公、寺社参詣、家督、相続、養子、婚姻、屋敷、借地、境界争論
附録1-No.544文書確認度 高
三月 / 冊子 237~238頁
養子・相続人の家格や持高、分地願、屋敷・地面の売買・質入れ、借銀、奉公・家業などの取扱いを定め、願い出や許可の手続、家中での争論防止と統制について寄合衆以下へ示した通達写。
- 登場人物
- 式部、摂津、但馬、右衛門、寄合衆、小番、新番、養子・相続人
- 宛先
- 寄合衆以下の家中
- キーワード
- 通達、養子、相続、家格、持高、分地、屋敷、地面、質入れ、借銀、奉公、家中統制
前編2-No.935文書確認度 高
応永廿二年十二月十三日 / 冊子 291~292頁
島津久豊が下湯田の堤の在所を所望に応じて認め、将来事情が変わった場合には久豊の処置に従うよう定めた証状。養子次郎三郎孝久に関する加冠状として収録される。
- 登場人物
- 島津久豊(花押)、養子次郎三郎孝久
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津久豊、次郎三郎孝久、加冠状、下湯田、堤、在所、証状
追録3-No.1397文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保七年五月 / 冊子 539~540頁/整理ID 1397
養子を返す場合は養子家督への願いを認めず、病気などやむを得ない事情なら事前に届け出るよう定める。実子出生後の家督相続と養子返還の扱いも規定する。
- 登場人物
- 江戸家老座、養子、実子
- 宛先
- —
- キーワード
- 養子、家督、返還、実子、江戸家老座
追録6-No.1273申渡書旧記雑録暫定版確認度 高
安永四年未五月(日の記載なし) / 冊子 461頁/原整理番号 1273/整理ID 1273
以前から二男・三男などを他家へ養子に出した後、本家の跡相続の男子が死去又は病身となり、ほかの男子も幼稚で相続が難しい場合、願いにより養子に出した男子の本家帰を許してきたことを述べる。しかしその家に籠居の男子がいるなら、幼稚であってもその男子に相続させるべきところ、本家帰を願い出て相続させるのは自由ヶ間敷筋合だとする。今後、相続できる男子がいる場合には、本家帰を許さないと伝える。男子がいても病身などで相続が難しく、ほかに男子がいない場合には、以前の通り本家帰を許す旨が江戸から届いたので、与中・支配中・諸外城へ漏れなく申し渡すよう命ずる。末尾は安永四年未五月、仲、朱記の雑抄中を出典とする。幼稚の男子がいる場合と、病身で相続困難かつほかに男子がいない場合を分け、すべての養子の本家帰を禁止したとはしない。個別の許可例や年月日は記さない。
- 登場人物
- 仲(島津久健、目録による)、他家へ養子に出した二男・三男、本家の相続男子、与中・支配中・諸外城
- 宛先
- 与中・支配中・諸外城(末尾の伝達先)
- キーワード
- 二男三男他家養子、本家帰、跡相続男子死去病身、幼稚男子あり、自由ヶ間敷、相続可男子有帰免不可、病身他男無旧例許、江戸申来、与中支配諸外城不洩、仲
追録8-No.806関東百官の名乗りと血筋を重視する家統・養子取扱いを改める達旧記雑録暫定版確認度 中
朱明治2己正月24日、家統規定に以来二月以下の時期記載 / 冊子 624頁/原整理番号 806/整理ID 806
通達留の三つの用件。寛永の従来規定では番頭と嫡子が百官や関東百官の内を名に用いることも許されていたが、今後は番頭株重職以下も関東百官を名に用いず、現に名付けている者は名替を願い出るよう命じる。家統は血筋の連続と孝道が大本だとし、天明の規定に続き「以来二月以下」と時期を掲げ、他家へ養子を置いた後に嫡子病死等で相続男子がなくなっても実家へ戻ることを許さないとする。養家・養子に申し渡し、直系男子がいない場合は実家の兄弟等から血筋内の相続を組み立てるよう求め、部屋栖の家養子や家督を立てた者の復帰も禁じる。大奥年寄では勤労により養子で跡を継ぐ例があるが、婦人の名で新家号を設けることを廃し、女子の跡継を立てる際の家名の付け方を定める。朱明治二己正月廿四日、備後。命令と当時の家統観を記し、実際の名替・相続手続完了は補わない。
- 登場人物
- 備後、番頭・同嫡子・重職以下、実子嫡子・兄弟・養子・部屋栖の者、大奥年寄・婦人の家継者、向々
- 宛先
- 番頭株重職以下と家統相続の該当者、大奥年寄・向々
- キーワード
- 原806通達留寛永番頭嫡子百官関東百官名旧許今重職以下関東名不可現名替願家統血筋孝道天明養子実家相続旧許以来二月以下嫡子病死男子無実家戻不可兄弟血筋養子取組部屋栖家督復帰不可大奥年寄婦人新家号廃跡家名明治二己正月廿四備後
追録8-No.855-4芸道で召出の家筋と郷養子の分地高上りを常式諸士同様とする達旧記雑録暫定版確認度 中
明治2年四月8日知政所(年は朱書) / 冊子 660頁/原整理番号 855の4/整理ID 855-4
芸道により小姓衆等へ召し出された者と郷養子の家筋は、従来三・四代まで分地別立や高上り等を命じない扱いであったと述べる。今後は芸道と郷養子の家筋も区別なく常式諸士同様に分地別立・高上りを命じる旨を、向々へ知らせるよう求める。朱明治二年己四月八日、知政所。家筋の旧制と今後の扱いを分け、具体的な分地面積・高増額や実手続完了は補わない。
- 登場人物
- 知政所、藝道により小姓衆等へ召出の者、郷養子の家筋、常式諸士、関係向々
- 宛先
- 対象の家筋と関係向々
- キーワード
- 原855の4藝道芸道小姓衆召出郷養子三四代迄分地別立高上り不命旧制以来無差別常式諸士同様分地別立高上り朱明治二年己四月八知政所
追録8-No.919-3外城養子の嫡庶血統選定を改めて求める達旧記雑録暫定版確認度 中
明治2年九月29日知政所(年は朱書) / 冊子 702頁/原整理番号 919の3/整理ID 919-3
衆中から御小姓與への養子について双方の往来を許し、嫡庶の別と血統連続を考えて選ぶよう既に伝えていたと述べる。一同が士族となり区別がないと受け止められ、鹿児島士族を希望して続等不正の者を継目養子等に願う向きもあるとして、家統連続を重要とする原の判断から、以後は嫡庶・血統連続が明白な者を認める旨を再度周知する。朱明治二巳九月廿九日、知政所。不正等は達の評価・規範へ帰属し、実許可件数や現代制度は補わない。
- 登場人物
- 知政所、衆中、御小姓與、鹿児島士族、養子希望者、関係一同
- 宛先
- 関係一同
- キーワード
- 原919の3衆中御小姓與養子双方往来嫡庶血統連続一同士族鹿児島士族希望継目養子続等不正原評価朱明治二巳九月廿九知政所目録919の2異同
追録8-No.922-2外城士族の分地別立家督養子等を規定し地頭に取扱いを委ねる達旧記雑録暫定版確認度 中
明治2年十月9日知政所(年は朱書) / 冊子 704頁/原整理番号 922の2/整理ID 922-2
外城士族の分地別立は、本家に軍役高十五石以上を残し、五石以上を分地する者に認め、十五歳以上で軍役等を勤める年齢となってから願い出させる。隠居・家督・継目その他、従来地頭または旧領主が処置した事項は今後も地頭へ委ねる。養子は嫡庶・血統連続を第一に選び、同格に適当な者がなければ格違いの嫡庶または血統連続の者を願う際、伝事に関係図を添える。諸郷士族の家筋を追って治定し、名簿を編み到後年の追補を続けるよう求め、分地別立等の取扱いを地頭に委任する。朱明治二巳十月九日、知政所。石高・年齢・願出・血統条件を区分し、全家の即時分立や名簿完成は補わない。
- 登場人物
- 知政所、外城・諸郷士族、本家と分地別立の者、養子候補、地頭、旧領主
- 宛先
- 諸地頭、諸郷士族
- キーワード
- 原922の2外城士族分地別立本家軍役高拾五石残置五石分地拾五歳以上軍役年輩隠居家督継目地頭旧領主養子嫡庶血統同格無格違伝事差圖家筋治定名簿追補地頭委任朱十月九日
前編1-No.1452文書確認度 高
正中二年十月八日 / 冊子 540頁
沙弥音阿が、南郷末弘名と井門実山薗三か所を養子平馬大夫入道顕阿へ譲った譲状。相副えた文書に従って知行させ、後日に実子が生まれても所領を取り戻さず、顕阿の子孫へ譲ることを認める。
- 登場人物
- 沙弥音阿・養子平馬大夫入道顕阿
- 宛先
- 薩摩国南郷末弘名・門実山薗
- キーワード
- 沙弥音阿、末弘名、井門実山薗、平馬大夫入道顕阿、養子、譲状
追録5-No.2496法度旧記雑録暫定版確認度 高
宝暦十一年二月二十一日 / 冊子 835~836頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書2496
二月二十一日付の武家諸法度で、文武・忠孝・礼義、毎歳の参勤交代と従者数、分限相応の人馬・兵具、築城禁止と修繕届を定める。徒党・私関所・新たな津留を禁じ、騒動時の持ち場と命令待ち、刑罰役以外の出向禁止、喧嘩・私争論の制限と奉行への届出、百姓訴訟の支配相談と評定所への提出を規定する。私婚姻と贅沢を禁じ、衣服・乗輿の格式、同姓で相応しい養子の選定と存生中の言上を定め、五十歳以上・十七歳以下の者や末期の養子は吟味して立て、実子でも筋目違いは認めないとする。殉死を禁じ、知行所の清廉な支配、道路・駅馬・橋船の維持、大船の制限、寺社領の保持と新寺社建立の停止を定め、江戸・国元とも法度を守るよう命じる。
- 登場人物
- 武家・百姓・奉行・支配役人・養子・実子(個人名不記)
- 宛先
- 記載なし(遵行対象は江戸・国々の武家)
- キーワード
- 参勤兵具城修繕、徒党関所津留争論、婚姻贅沢衣服乗輿、養子年齢末期吟味・実子筋目、殉死知行道路船寺社、江戸国々遵行
追録6-No.1605達書旧記雑録暫定版確認度 高
安永八年四月(本文四月、包紙は安永八年己亥四月十七日) / 冊子 568頁/原整理番号 1605/整理ID 1605
嫡子が死亡し、又は養子へ遣わす際、二男を嫡子に願い出、それに準じて三男以下の男上りも願うこと、二男以下を同じように扱う場合の男上りを免じることがあったとして、今後の格式を定める。嫡子にする願いは従来どおりとするが、三男以下の男上りは認めない。ただし御支族又は差立家筋で、二男・三男の男上りがあり家格進上物等の格式が相応である家柄は、これまでどおり男上りを願い出るものとする。家格進上物等に関わらない家筋は、嫡子にする場合以外の男上りを願い出ず、生のまま置く。家格進上物等に関わらない嫡子・養子が違変で立ち帰ったときは本家の長子として置き、その後別立を願えば諸事はその家の二男の格式とし、男上りは前条どおりとする。二男以下の養子が立ち帰った場合は本生の次第に入来する。嫡子以下の進上物等の格式が相応で、養子先で男上りした者が違変で帰った場合は、元の姿には戻さず本家内で末子の格式に置き、別立の願いも諸事その家の末子と同様とする。ただし二男・三男に男上りした者がない場合は、違変の後、二男又は三男の場に置くことを認める。以上を帳面に記録し、今後の願いは前条に照らして申し出るようにし、記録奉行へも伝え、承知すべき面々へ申し渡すよう命じる。四月、帯刀。小注は小松清香とし、包紙には安永八年己亥四月十七日と八十五の記載がある。
- 登場人物
- 帯刀(小松清香の原注)、嫡子・二男以下・養子・本家長子・末子(格式の対象、無名)、御記録奉行(無名)
- 宛先
- 該当する者への申渡し(独立宛名記載なし)
- キーワード
- 嫡子成願、二男三男男上り、家格進上物、御支族差立家筋、養子違変立帰、本家長子末子格式、別立、帳面記録、記録奉行、帯刀
追録7-No.無番号_0033その他文書旧記雑録暫定版確認度 高
年月日明記なし(535一件内) / 冊子 167頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書無番号_0033
二男を丈夫として届けた後に病死し、その後生まれた男子を三男と届けるか、男上りとして届けるかを問う。貼紙回答は三男のまま届けてよいとし、三男以下の末子も同断とする。次に、嫡子を届けた後、二男が虚弱または家中養子となり未届のまま、後の三男を届ける方法を問う。貼紙は虚弱な二男を届出に入れず三男を丈夫として届けられること、二男について問われれば虚弱である旨を口達回答してよいこと、養子へ遣わした場合も相応に扱うことを記す。問いと朱書貼紙回答を分け、未届の子と届けた子の順序を区別する。
- 登場人物
- 二男、三男、嫡子、家中養子
- 宛先
- 独立宛名なし
- キーワード
- 二男病死、三男届、男上り、虚弱未届、家中養子、貼紙回答、口達
追録7-No.892申渡書旧記雑録暫定版確認度 高
文化4年3月15日(本文・包紙) / 冊子 276頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書0892
この節出生した女子於都について、兵庫殿養子嶋津省之進殿との縁組が今日仰せ出されたので、その旨を帳面へ記置くよう命ずる。3月15日、将監署、御記録奉行宛、白木御文書七番箱中29番。包紙は文化4年卯3月15日に将監殿から渡された書付とする。出生と縁組仰出、相手の兵庫養子という関係、帳面登録指示を分け、当日の婚礼実施や女子の養子移動を作らない。
- 登場人物
- 於都、兵庫殿養子嶋津省之進、将監(久泰・目録)、御記録奉行
- 宛先
- 御記録奉行
- キーワード
- 女子於都、兵庫養子省之進、三月十五日縁組仰出、将監、御記録奉行帳面記置
追録8-No.141分地・借銀等通達の本文群旧記雑録暫定版確認度 中
嘉永元年申四月(本文申四月)、四月十日(写しの回覧伝達) / 冊子 95~96頁/原整理番号 141/整理ID 141
給地高改正に伴う分地・別立と借銀返上を扱う本文群。無禄の家が難渋して本家も衰微し家の産業を失うことを防ぐため、御小姓興で継高五石以上を分地する願いを認め、寄合以上や小番・新番・御小姓興の二男以下の別立では、本家持高のうち五十石以上を分地・附属する願いを認める。郷士の所高五十石持越と御小姓興の養子願いにも条件を示し、別立した者が当然に本家へ戻ることを避ける。高の差上で所務から返すとされていた小普請銀・利銀の滞納者については、差し上げた高を返下し、滞納利銀は免除、本銀は成文分を納め、納め難い者は早く願い出て年賦返上を認めるとする。小普請の高の取り扱いは利銀免除と別だと注す。二分銀・国役銀・利銀の滞納者にも、持高等を返して滞納利銀を免除し、本銀は納付または年賦返上とする。改革中の恩意に感謝して軍役方の分限に応じて勤め、支配中へ漏れなく早く伝えるよう命じる。末尾に四月十日の大番頭座印・竹内善蔵による写しの伝達と本文返納を記す。
- 登場人物
- 笑左衛門調所広郷、無禄の諸士、小番・新番・御小姓興、二男以下の別立希望者、郷士、養子希望者、本家、借銀の滞納者、大番頭、竹内善蔵
- 宛先
- 無禄・別立願の諸士、小番等、借銀滞納者、支配頭へ伝達(内容区分別)
- キーワード
- 給地高改正、無禄、分地五石、別立五十石、二男以下、郷士、養子、小普請銀、利銀免除、本銀納付、年賦返上、軍役分限
追録8-No.274-2老中四名連署状(若年相続者の領国・琉球仕置)旧記雑録暫定版確認度 中
12月廿八日(本文年不記、安政5年の家督一件);外包:安政6年2月8日 / 冊子 197頁/原整理番号 274の2/整理ID 274-2
松平大隅守宛の老中四名連署状。薩摩守の願いどおり遺領を相違なく養子又次郎へ与えるが、又次郎が若年なので、領分と琉球国の仕置等は諸事先格を違えないよう、大隅守が当分心を付けて取り計らう旨の上意を伝える。十二月廿八日、脇坂中務大輔安宅・内藤紀伊守信親・松平和泉守乘全・太田備後守資始の判を記す。包紙では大隅守を斉興、本文注では薩摩守を斉彬とする。外包は安政六年二月八日、登殿から渡され、川上四郎左衛門が格護を承知して白木御文書十番箱へ収納した記録。本文と翌年の収納日を区別する。
- 登場人物
- 松平大隅守(注:島津斉興)、薩摩守(注:斉彬)、養子又次郎、脇坂中務大輔安宅、内藤紀伊守信親、松平和泉守乘全、太田備後守資始、登殿、川上四郎左衛門
- 宛先
- 松平大隅守殿
- キーワード
- 老中四名連署、松平大隅守斉興、薩摩守斉彬、養子又次郎、遺領相続、若年、領分琉球国仕置、先格維持、当分政務補助、十二月廿八日、安政六年二月八日格護
追録8-No.289-8誓詞を行った面々の名列書旧記雑録暫定版確認度 中
3月11日(本文年不記、同一誓詞一件) / 冊子 212~213頁/原整理番号 289の8/整理ID 289-4
三月十一日、太守をはじめ太田備中守・鍋嶋熊次郎・井上筑後守、脇坂中務大輔の養子や市正の嫡子、伊豆守の子、交代寄合、高家衆・表高家衆の面々を列記し、今朝これらの人々に誓詞があった旨を記す一通。親子・養子等の付記と各官途を伴う名列として残し、一覧の人数を発給文書の通数に換算しない。
- 登場人物
- 太守、太田備中守、鍋嶋熊次郎、井上筑後守、脇坂中務大輔養子淡路守、松平但馬・志摩・兵部、高家衆・表高家衆(原列は台帳参照)
- 宛先
- 宛先本文不記(面々の名列)
- キーワード
- 三月十一日朝御誓詞、太守、大名、一門養子嫡子、交代寄合、高家衆、表高家衆、面々名列、原官途保持
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:14-2関東下知状・殺害事件/所職・名田分割裁定旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
文暦2年8月28日(1235) / 冊子 452~453頁/原整理番号 14-2
鎌倉幕府が、指宿平四郎忠秀とその親類・所従らの殺害事件および遺領争いを審理し、忠秀の弟・小次郎忠成と養子・平次郎重秀に、指宿郡司職、蕨野、九所大明神宮、秋富名の田畠・名主職等を各半分ずつ領知させた文暦二年八月二十八日付関東下知状。指宿郡地頭・豊後四郎左衛門尉忠綱は、殺害は自分の下知ではなく、下手人を六波羅へ差し出すか斬首したと弁明したが、忠綱が忠秀らの名田畠を取り上げて代官高四郎行重の子へ宛行ったとの申状が提出され、幕府は忠綱の陳詞を矯飾として所職を改補した。忠成は忠秀への奉公を理由に遺職を求め、重秀は養父忠秀の譲状を根拠に単独領有を主張したが、譲状の事情が不明で忠成の訴えも棄却できないとして二人へ折半し、忠秀の先例どおり地頭の所務に従うよう命じる。北条泰時・時房が連署し、本文後には忠連(初宗忠・郡司又次郎・法名賢成)の系線を続ける。
- 登場人物
- 北条泰時(武蔵守平)、北条時房(相模守平)、指宿平四郎忠秀、忠秀弟小次郎忠成、忠秀養子平次郎重秀、指宿郡地頭豊後四郎左衛門尉忠綱、忠綱代官、高四郎行重男、綾三郎延元男、忠連(初宗忠・郡司又次郎・法名賢成)
- 宛先
- 平重秀・忠成
- キーワード
- 文暦二年八月廿八日、関東下知状、北条泰時、北条時房、指宿郡司職、蕨野、九所大明神宮、秋富名、田畠、名主職、指宿忠秀、殺害事件、地頭忠綱、代官、高四郎行重男、綾三郎延元男、忠綱陳詞、矯飾、所職改補、忠成、平重秀、養子、譲状、奉公、各半分領知、地頭所務、忠連、法名賢成
追録8-No.1126-2華族の家督相続・養子・病死時の継承手続を定める布告旧記雑録暫定版確認度 中
明治6年1月22日太政官・2月27日鹿児島県庁 / 冊子 910~911頁/原整理番号 1126の2/整理ID 1126-2
華族の家督相続について、総領男子を養子に出す場合、幼少当主の後見、当主や養子の病死、嗣子のない場合、婦女への相続などの取扱いを定める。家族・親族の熟談を基本とし、管轄庁を経て正院へ伺い出る手続を示す。
- 登場人物
- 太政官、正院、管轄庁、鹿児島県庁、華族、親族
- 宛先
- 華族家とその親族・養子
- キーワード
- 華族、家督相続、養子、総領、幼少当主、後見、病死、嗣子、婦女、正院、管轄庁
追録7-No.1455記事旧記雑録暫定版確認度 高
文化12年9月23日(婚約許可)・9月24日(謝礼) / 冊子 479頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書1455
重豪公御譜中。斉興が女郁姫を近衛左大臣基前の世子辰君の妻とすることを請い、秋九月二十三日、大家が許可した。郁姫には斉宣の女子を斉興が子としたとの注がある。二十四日、重豪が女使を城へ遣わして婚命の辱に謝し、また留守居を老中各邸へ遣わして同じく謝礼した。斉興公御譜中にも載るとする。婚約の請願・許可と翌日の謝礼を記した記事であり、この日を実際の婚儀日とはしない。辰君の後の実名はこの本文から補わない。
- 登場人物
- 島津斉興、郁姫(実斉宣女、斉興養子の注)、島津斉宣、近衛左大臣基前、世子辰君、大家、島津重豪、留守居、老中
- 宛先
- 宛名・署名なし(重豪公御譜中、斉興公御譜にも載る注)
- キーワード
- 文化12秋九月二十三郁姫斉宣実女斉興養子近衛基前左大臣世子辰君妻請大家許九月二十四重豪女使城婚命謝留守居老中各邸謝重豪斉興御譜
追録6-No.1301書状旧記雑録暫定版確認度 高
安永四年十月十八日(年は朱)、嫡子届・養子成立の年月日は独立記載なし / 冊子 473~474頁/原整理番号 1301/整理ID 1301
書状を拝見したと述べ、虎寿丸の嫡子の届が済み、また慈照院の養子となったことへの祝儀として大里按司を遣わし、太刀一腰・馬代黄金十両と目録の通りの品物を贈られたことを喜ぶと返答する。虎寿丸には重豪男斉宣の注、慈照院には重豪室徳川宗尹女の注がある。末尾は十月十八日、中将重豪御判の表示、謹上中山王、年は朱に安永四年。嫡子届の済んだことと慈照院の養子となったことを別の事由として保ち、それぞれの届出・養子成立の日付を十月十八日と補わない。大里按司は王が遣わした使者で、太刀・馬代の贈答は中山王から重豪へである。黄金十両を、前後の疱瘡・縁組祝の白銀百両へ揃えず、太刀一腰や目録の品数も別に保持する。
- 登場人物
- 中将重豪、中山王、虎寿丸(重豪男斉宣の注)、慈照院(重豪室徳川宗尹女の注)、大里按司
- 宛先
- 謹上 中山王
- キーワード
- 虎寿丸嫡子届済、斉宣注、慈照院養子、重豪室徳川宗尹女注、大里按司、太刀一腰、馬代黄金十両、目録、十月十八日
追録7-No.1496記事旧記雑録暫定版確認度 高
文化13年6月3日(嗣養子)・6月13日(祝儀献上) / 冊子 493頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書1496
重豪公御譜中。同年六月三日、大樹家斉の七男徳川式部斉順が紀伊大納言治寶の嗣養子となったと記す。同十三日、重豪は留守居を城へ遣わし、大家・亜相公・御臺・御簾中へ佳肴各一種を献じて祝った。年は文化13年の一件・目録による。嗣養子決定と十日後の祝儀献上を分け、佳肴の内訳や太刀・馬代などの追加品を補わない。
- 登場人物
- 島津重豪、徳川家斉、七男徳川式部斉順、紀伊大納言治寶、大家、亜相公、御臺、御簾中、留守居
- 宛先
- 宛名・署名なし(重豪公御譜中)
- キーワード
- 文化13六月三家斉七男徳川式部斉順紀伊大納言治寶嗣養子六月十三重豪留守居城大家亜相御臺御簾中佳肴各一種賀
追録7-No.1661記事旧記雑録暫定版確認度 高
文政2年2月6~17日の養子記事・2月15日の養女記事 / 冊子 548頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書1661
重豪公御譜中、斉興御譜にもあるとする。以前、重豪の男子島津左近久暱は、越前国丸岡城主有馬左兵衛佐譽純の養子となっていた。この春二月六日に高輪邸へ来たが発病して帰れず、翌日に月直老中へ告げて滞在を許された。この日、久暱が病気を抱えたまま丸岡邸へ帰る記事が続く。十四日に病気を理由に有馬家を辞する願状を出し、十七日に許され、同日丸岡邸から高輪邸へ帰ったと記す。別の丸印記事は二月十五日、重豪が播州龍野の脇坂中務大輔安董の娘寿姫を自分の養女にしたとする。久暱の離縁と寿姫の養女を別件として扱う。久暱の帰邸経過は関連する1662の届書と併読を要し、名の表記は目録の久昵と異なる。
- 登場人物
- 島津重豪、島津久暱(目録久昵)、有馬左兵衛佐譽純、脇坂中務大輔安董、寿姫
- 宛先
- 宛名なし
- キーワード
- 重豪公御譜斉興御譜島津左近久暱久昵目録有馬左兵衛佐譽純越前丸岡養子二月六高輪発病翌日月直老中止宿許可十四願状病辞有馬十七許高輪帰二月十五脇坂中務大輔安董播州龍野寿姫重豪養女
追録1-No.1782系譜抄旧記雑録暫定版確認度 高
年月日未詳 / 冊子 697~698頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書1800
忠将一流系図において、久雄が延宝八年九月二日に生まれ、嗣子のなかった島津久侶の養子となったこと、実父が島津光久でその二十男であったことを記す記事。
- 登場人物
- 島津久雄、島津光久、島津久侶
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津久雄、島津光久、島津久侶、出生、養子、二十男、系図、系譜抄
追録2-No.2734系図旧記雑録暫定版確認度 中
宝永五年十一月二十三日 / 冊子 815–816頁/整理ID 2734
小源太は宝永五年十一月二十三日生まれで、母を越右膳恒渡の妹、実父を太守島津吉貴の二男と記す。正徳元年十月三日、子のない忠依の養子となった経緯を記した、忠將一流の系図記事。
- 登場人物
- 記載なし
- 宛先
- 記載なし
- キーワード
- 小源太、島津吉貴、越右膳恒渡、忠依、忠將一流、出生、養子、正徳元年、系図
追録3-No.810記事旧記雑録暫定版確認度 中
享保二年四月十八日 / 冊子 312~313頁/整理ID 810
桂織部久祐の二男桂権九郎勝之が、幕府の許可を得て三枝丹波守の婿養子となったことを記す記事。四月十八日付。
- 登場人物
- 桂勝之、桂久祐、三枝守英、島津吉貴
- 宛先
- —
- キーワード
- 桂勝之、桂久祐、三枝守英、婿養子、幕府許可
追録3-No.1378文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保七年四月二十二日 / 冊子 534頁/整理ID 1378
松平大隅守が国元への御暇に際し、男子がいないため、在国中の不慮に備えて十五歳の弟島津玄蕃を養子とする許可を願う。三名の幕府役人の宛名を伴う。
- 登場人物
- 松平大隅守、島津玄蕃、井上河内守、戸田山城守、水野和泉守
- 宛先
- 井上河内守、戸田山城守、水野和泉守
- キーワード
- 松平大隅守、島津玄蕃、養子、御暇、国元
追録3-No.1991文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保十二年九月廿五日 / 冊子 757頁/整理ID 1991
継豊は国元へ帰るに当たり、男子がいないため、在国中に不測の事態が起きた場合には、国元に残す弟の島津玄番を養子とし、跡職を相続させるよう願い出る。
- 登場人物
- 島津継豊、島津玄番
- 宛先
- 松平大隅守、戸田山城守、水野和泉守、松平左近将監、松平伊賀守
- キーワード
- 島津継豊、島津玄番、養子、跡職、相続、帰国、願書
追録3-No.2432記事旧記雑録暫定版確認度 中
享保十四年十一月二十五日・二十六日 / 冊子 968頁/整理ID 2432
十一月二十五日、善次郎を島津兵庫久季の養子と定め、翌二十六日に久季の家へ移したことを記す。
- 登場人物
- 島津重年(善次郎)、島津兵庫久季
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津重年、善次郎、島津兵庫久季、養子、移住
追録3-No.2492記事旧記雑録暫定版確認度 中
享保十四年十二月十一日~二十七日 / 冊子 1018頁/整理ID 2492
十二月十一日に竹姫の婚儀が芝邸守殿で整い、十五日に継豊が登営して黒書院で礼を述べる。吉宗から益之助への太刀一腰の拝領に言及し、二十七日に竹姫が益之助を養子としたことを記す。
- 登場人物
- 竹姫、継豊、益之助、吉宗、松平乗邑、阿部伊勢守
- 宛先
- —
- キーワード
- 宗信公御譜、竹姫、婚儀、継豊、益之助、吉宗、太刀拝領、養子
追録4-No.2477内意書・連署報告旧記雑録暫定版確認度 中
延享三年五月十八日 / 冊子 924~927頁/整理ID 2477
五月十八日付の長文の連署報告。姫君の縁組をめぐり、荻原らとの内談、吉貴の御内意をどのように確かめるか、上意を受けて話を進めるための取次や申上げの順序を記す。家督・養子の扱いも関係するため、相手方の意向を確かめながら大御所への申上げの可否を検討している。木様、荻原、豊岡らとの応答や使者を通じた伝達を追い、実施を決定した記録ではなく、縁組と家督に関する協議の経過を島津左衛門・頴娃内膳へ報告する。
- 登場人物
- 樺山主計、伊勢兵部、北郷織部、鎌田太郎右衛門ほか島津家役人
- 宛先
- 島津左衛門、頴娃内膳
- キーワード
- 島津吉貴、姫君、縁組、家督、養子、上意、内意、大御所、荻原、豊岡、木様、樺山主計、伊勢兵部、北郷織部、鎌田太郎右衛門、島津左衛門、頴娃内膳、五月十八日
追録5-No.43文書旧記雑録暫定版確認度 高
(延享四年)六月 / 冊子 13頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書0043
養子または仮養子を願い出る際、近親にふさわしい者がいないことを申し立てるよう命じた触書。兄弟・甥・従弟などがいても選ばない場合や、病身を理由とする場合は、事情を別紙に書き添えて差し出すよう求めている。
- 登場人物
- 幕府
- 宛先
- 諸大名等
- キーワード
- 養子、仮養子、近親、兄弟、甥、従弟、別紙書付
追録5-No.1163書付旧記雑録暫定版確認度 要確認
〈宝暦二年〉十二月三日 / 冊子 382~383頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書1163
十二月三日、重年が西尾隠岐守へ、前年の暇を得て帰国する際に酒井左衛門尉へ提出した当分養子願書が返されたので受け取ったと謝する。全上・扣正文在右筆所の注を持つ。併載の西尾返書も同日付で、前年酒井に提出した願書を返すと薩摩守へ通知し、上包の封・脇付などを記す。後の注は寛延四年未四月の帰国前に酒井へ願書を差し出し、翌申年十二月二日の参府に伴い三日に西尾から返却された経緯を説明する。重年側の家老が請取書を持参し、西尾の使者から受け取る取扱いであったが、酒井が病気のため通常と異なる老中から返却され、請取書の文言も違ったと記す。重年の謝状に西尾返書とその経緯を説明する注記を併載する。
- 登場人物
- 島津重年(少将)
- 宛先
- 主文:西尾隠岐守/併載西尾返書:松平薩摩守
- キーワード
- 重年謝状・西尾返書:当分養子願書返却と受渡し経緯
追録5-No.1224伺書旧記雑録暫定版確認度 高
〈宝暦三年〉四月二日 / 冊子 398頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書1224
松平薩摩守重年が宝暦三年四月二日、善次郎を仮養子としたいと伺う。以前の御暇の際には弟の島津杢を仮養子として届けていたが、家督以前に先妻から生まれた善次郎が当酉年に九歳となった。家中一門とも一致し国許にいる善次郎を昨年から考えていたものの、虚弱のため見合わせていたところ、今は丈夫になったので今回の御暇に際して願う。妻に男子が生まれればその子を嫡子とし、善次郎はそれまで仮養子とする考えも示す。注記は四月二日に小笠原縫殿助を通じ西尾隠岐守へ提出し、八日に留守居山澤小左衛門へ伺いどおりの回答が伝えられた経過を記す。
- 登場人物
- 島津重年
- 宛先
- 幕府(本文に宛名記載なし)
- キーワード
- 重年伺書:九歳の善次郎を仮養子とする願いと許可注記
追録5-No.1237口上覚旧記雑録暫定版確認度 高
〈宝暦三年〉四月二十一日〔取次注記〕 / 冊子 404頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書1237
御口上の趣として、公方・大納言の機嫌がよいことを喜び、相手の勤めもいよいよ堅固であることを喜ぶと述べる。重年は帰国の御暇を許され近日出立するため機嫌を伺い、在国中の仮養子に関する書付を差し上げたと伝える。末尾の注は四月廿一日に御用番西尾隠岐守へ持参し、この口上を申し上げたことを記す。口上本文に日付はなく、持参日四月廿一日は注記に示される。No.1236跡式願は五名宛で、本書の口上は西尾に申し上げた旨を記す。
- 登場人物
- 島津重年側
- 宛先
- 御用番西尾隠岐守忠尚
- キーワード
- 重年口上覚:帰国前の機嫌伺いと在国中仮養子書付の提出
追録6-No.1022願書旧記雑録暫定版確認度 高
安永二年閏三月四日(年は朱) / 冊子 364頁/原整理番号 1022/整理ID 1022
帰国の暇を許され国元へ移るに当たり、男子がまだいないので、在国中に不慮のことがあった場合には、国元にいる従弟嶋津兵庫を養子として命じ、跡職に相違のないよう願う。兵庫は当年二十二歳と記す。末尾は閏三月四日、松平薩摩守御書判、朱に安永二年とあり、五名の老中に宛てる。男子のない状態と、不慮に備える養子・跡職の願いを述べた書で、正文は右筆所にある。
- 登場人物
- 松平薩摩守(島津重豪)、従弟嶋津兵庫(当年二十二歳)、松平右近将監、松平右京大夫、松平周防守、板倉佐渡守、田沼主殿頭
- 宛先
- 松平右近将監殿・松平右京大夫殿・松平周防守殿・板倉佐渡守殿・田沼主殿頭殿
- キーワード
- 男子不在、在国、不慮への備え、従弟の養子、跡職
追録6-No.1023届書旧記雑録暫定版確認度 中
安永二年閏三月四日(年は朱) / 冊子 364頁/原整理番号 1023/整理ID 1023
去年、帰国の暇を許された際に大叔父嶋津杢の仮相続を願ったところ、杢が去年病死したため、国元にいる従弟嶋津兵庫を、このたび初めて仮養子に願うと申し出る。この旨を承知して置かれるよう求める。末尾は閏三月四日、松平薩摩守、朱に安永二年とある。正文は右筆所にある。亡大叔父の仮相続に関する事情と、兵庫の仮養子の届を記す。
- 登場人物
- 松平薩摩守(島津重豪)、大叔父嶋津杢、従弟嶋津兵庫
- 宛先
- 独立宛書なし
- キーワード
- 大叔父杢の病死、仮相続、従弟兵庫、初めての仮養子
追録6-No.1174書状旧記雑録暫定版確認度 高
安永三年四月二日(年は朱)、本文去年御暇の際に提出した願書 / 冊子 425頁/原整理番号 1174/整理ID 1174
去年の御暇の際に差し出された当分養子の願書と別紙書付を返進する、と簡潔に伝える。末尾は四月二日、板倉佐渡守、松平薩摩守様宛、朱に安永三年。重豪公御譜中の出典を記し、写正文は右筆所にある。願書と別紙を返す書状で、願いを許可したとも却下したとも明記しない。養子となる人物の名や別紙の内容は本文にない。署名は板倉佐渡守で、目録は板倉勝清書状とするため、その根拠を分けて記す。
- 登場人物
- 板倉佐渡守(目録勝清)、松平薩摩守
- 宛先
- 松平薩摩守様
- キーワード
- 去年御暇、当分養子願書、別紙書付、返進、写正文右筆所、四月二日板倉佐渡守
追録6-No.1194-1覚書旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年五月十九日(年は朱)、本文当年六歳・前年出生とする届出 / 冊子 432頁/原整理番号 1194の1/整理ID 1194-1
松平薩摩守口上の覚。前年に生まれた虎寿丸が当年六歳になったとする届出の文言を記す。慈照院には実子がなかったため、男子が生まれれば嫡子の届を出す際に慈照院の養子としたい旨を存生中に承り、約束していたことを述べる。虎寿丸がこのたび丈夫になったので嫡子の届をするに当たり、慈照院養子の届も一緒に申し上げたいと願う。この旨を内談して思召しを承りたいと結ぶ。末尾は朱の安永三年、五月十九日、使は家老山岡齋宮、久澄の注。慈照院の実子がないこと、存生中の約束、嫡子と養子の二つの届を併せたいという願いを区別する。当年六歳・前年出生という本文は届出の文言として保持し、1193の実弐歳という注に合わせて書き直さない。慈照院を虎寿丸の実母とも断定しない。
- 登場人物
- 松平薩摩守、松平虎寿丸、慈照院(重豪室・一橋宗尹女注)、家老山岡齋宮(久澄注)
- 宛先
- 公義(届出先、独立宛書なし)
- キーワード
- 前年出生・当年六歳の届出文言、慈照院実子なし、存生中の約束、嫡子届と養子届の一所提出願、山岡齋宮取次
追録6-No.1194-3届書旧記雑録暫定版確認度 中
五月(文案、日なし)、付注五月十九日・十五日、引札「明和六年丑八月六日出生」(原) / 冊子 433頁/原整理番号 1194の3/整理ID 1194-3
薩摩守が前年生まれた虎寿丸の丈夫になった旨を届けたことに続き、慈照院に実子がなく、養子の約束をして置いたので、民部卿に以前内談したところ異存がない旨を挨拶されたとする。薩摩守側から慈照院養子の届を出すとの報知があったため、申し上げ置くよう民部卿が命じた旨を記す文案。末尾は五月、設楽兵庫頭・新庄能登守、貞好・直賢の注を伴う。続く注では五月十九日、一橋から公義に出す旨を家老新庄能登守が田沼主殿頭へ提出し、その写しが末吉善左衛門から市正へ届き家老座にあるとする。出生年月は稲葉越中守から照会され、見合わせて記置くためと伝えられたので、善左衛門からの手紙に応じ、右筆所の帳段と家老座の使番座を照合した。引札は「明和六年丑八月六日出生」とする。これを安永三年五月十五日に一橋用人善左衛門が市正へ添えて送った。
- 登場人物
- 松平薩摩守、虎寿丸、慈照院、民部卿、設楽兵庫頭(貞好注)、新庄能登守(直賢注)、田沼主殿頭、末吉善左衛門、市正、稲葉越中守
- 宛先
- 公義(届書提出先、文案に独立宛書なし)
- キーワード
- 民部卿異存なし、慈照院養子届、設楽貞好新庄直賢、五月十九日公義提出と写し、稲葉出生年月照会、右筆帳段家老使番座照合、明和六年丑八月六日引札、五月十五日添送
追録6-No.1196記事旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年甲午夏五月二十九日、六月の縁談、秋七月十八日許可 / 冊子 435頁/原整理番号 1196/整理ID 1196
安永三年甲午夏五月二十九日に嫡子として立て、用番老中田沼主殿頭意次へ告げたと記す。付注は生まれて実二歳であるが、幕府には明和六年己丑八月六日生まれで六歳になったと告げ、この扱いによって徳川氏の養子としたと説明する。本文は、かつて徳川氏に子がなく、父君へ、他腹で先に男子が生まれたなら養子にしたいと願ったこと、父公がこれにより一橋民部卿治済と相談したこと、ほどなく徳川氏が薨じ、この段で虎寿丸を徳川氏養子としたと田沼へ告げた経過を述べる。六月には父公が佐竹右京大夫義敦の息女を虎寿丸に聘することを幕府へ願い、息女には於梅の注を付す。秋七月十八日、父公が召しに応じ登城し、白書院で縁願について老中が列座する中、用番板倉佐渡守から許可を伝えられたとする。板倉の名は原に「勝家(ママ)」とあるので勝清へ無断で統一しない。実二歳と六歳の届出、亡妻側の養子の経緯、縁談の願いと幕府の許可を区別する。許可を得た記事であり、婚姻の実施日を記したとはしない。
- 登場人物
- 虎寿丸、父公(重豪)、田沼主殿頭意次、徳川氏(慈照院殿注)、一橋民部卿治済、佐竹右京大夫義敦、息女(於梅注)、板倉佐渡守勝家(ママ)
- 宛先
- 幕府(嫡子届・縁願の報告先、独立宛書なし)
- キーワード
- 五月二十九日嫡子届、実二歳・届六歳、明和六年出生注、慈照院徳川氏養子、一橋治済相談、六月佐竹義敦息女於梅の縁願、七月十八日白書院許可、勝家ママ
追録6-No.1210申渡書旧記雑録暫定版確認度 中
安永三年七月(日の記載なし)、本文は五月十九日の届出を回顧 / 冊子 439~440頁/原整理番号 1210/整理ID 1210
第一条は、虎寿丸を当午六歳として丈夫であるため嫡子の届をしたこと、慈照院には実子がなく、存生中に養子にしたいと約束していたことから、民部卿と内談の上で五月十九日に御用番へ申し出、聞き置かれた経緯を述べる。虎寿丸の嫡子届が済んだので、敬姫・於篤が御姉として取り持つよう仰せ出されたことを、各々承知するよう伝える。第二条は、敬姫が御前様の御養子となった際に御猶子と申し渡したが、今後は御養子と心得るよう仰せ出されたとし、このとおり御記録奉行へ申し渡すよう指示する。末尾は朱の安永三年、七月、左中、島津久金の注。虎寿丸の六歳は届出上の記載として保持し、実年齢の六歳とは断定しない。慈照院の養子希望は存生中の約束を述べ、申渡時の存命を意味しない。敬姫と於篤の御姉としての取持、敬姫の御猶子から御養子への呼称変更をそれぞれ記す。
- 登場人物
- 虎寿丸、慈照院、民部卿(原呼称)、敬姫、於篤、御前様(原呼称)、左中(島津久金の注)、御記録奉行
- 宛先
- 御記録奉行(末尾の申渡先)、関係者
- キーワード
- 当午六歳・丈夫、虎寿丸嫡子届、慈照院存生中養子約束、民部卿内談、五月十九日聞置、敬姫於篤御姉取持、御前様養子、御猶子から御養子、御記録奉行、七月左中
追録6-No.1837系譜旧記雑録暫定版確認度 中
天明元年十一月四日~安政二年六月十日(記事内) / 冊子 646~647頁/原整理番号 1837/整理ID 1837
重豪の二男昌高は天明元年辛丑十一月四日に江府で生まれ、母については「母同茂姫」と記し、傍注に実母と家臣鈴木家の関係を掲げる。富之進・九八郎・大膳大夫・左衛門尉などの名・称を掲げ、奥平大膳大夫昌男の養子となったことを記録する。安政二年乙卯六月十日の卒去と法号を載せる。次の1838は出生から叙位・任官・隠居までを詳しく記す別の記事である。1838は「母市田氏」と記し、両記事の母に関する記載には異同がある。
- 登場人物
- 島津重豪、昌高、奥平大膳大夫昌男、茂姫
- 宛先
- 該当なし(記事)
- キーワード
- 島津重豪、二男、昌高、富之進、九八郎、奥平昌男、養子、母同茂姫、安政二年
追録6-No.2251申渡書旧記雑録暫定版確認度 中
天明五年八月(日欠) / 冊子 822頁/原整理番号 2251/整理ID 2251
嫡子を他家の養子に遣わすことは実家の系譜に関わるため、今後はその願いを許可しないと申し渡す。中支配へ伝え、諸郷へも漏れなく配布するよう命じる。朱書は天明五年八月までで、末尾に喜入久福・島津久起の通称「安房」「近江」が並ぶ。
- 登場人物
- 喜入久福(安房)、島津久起(近江)
- 宛先
- 諸郷へ配布(本文の指示)
- キーワード
- 喜入久福、島津久起、家老連署、嫡子、他家養子、実家、系譜、願い、不許可、中支配、諸郷配布
追録6-No.2403その他文書旧記雑録暫定版確認度 高
天明六年七月 / 冊子 869頁/原整理番号 2403/整理ID 2403
病気の奥平昌男は残暑も障って一両日勝れず、万一に備えて妾腹の女子しかいないため、重豪の二男島津富之進を急ぎ養子に迎えたいと願う。酒井忠交を介して重豪へ伝えられた口上書である。
- 登場人物
- 奥平昌男(大膳大夫・中津城主)、島津富之進、島津重豪、酒井忠交(縫殿頭)
- 宛先
- 島津重豪
- キーワード
- 奥平昌男、中津城、病気、妾腹女子、島津富之進、急養子、島津重豪、酒井忠交、口上書
追録6-No.2404その他文書旧記雑録暫定版確認度 高
天明六年七月二十八日 / 冊子 869~870頁/原整理番号 2404/整理ID 2404
奥平大膳大夫が病気のため万一に備え、妾腹の女子へ重豪の二男島津富之進を急婿養子として迎えたいと申し入れた件について、重豪側は酒井縫殿頭からの申入れを承知し、その意向に任せるので奥平方へ伝えるとする。朱注は七月二十五日に酒井を通じて受け、二十八日に相良壱岐守を介してこの口上書を奥平方へ遣わしたと記す。幕府への願書とその許可とは区別される。
- 登場人物
- 島津重豪、奥平大膳大夫、島津富之進、酒井縫殿頭、相良壱岐守
- 宛先
- 奥平大膳大夫方(相良壱岐守経由)
- キーワード
- 奥平大膳大夫、島津富之進、急婿養子、内諾、口上書、酒井縫殿頭、相良壱岐守、七月二十五日受領、二十八日伝達
追録6-No.2408届書旧記雑録暫定版確認度 高
天明六年八月二日 / 冊子 870頁/原整理番号 2408/整理ID 2408
重豪は、病気が重い奥平大膳大夫に男子がなく妾腹の娘がいるため、次男島津富之進を急養子にしたいとの願いを承知した旨を届ける。奥平家の願書と重豪の届書は御用番水野忠友へ提出され、奥平家の願書は親類木多忠典の名義で出された。
- 登場人物
- 島津重豪、島津富之進(昌高)、奥平大膳大夫、水野忠友(出羽守)、土方雄貞(宇源太)、木多忠典(中務大輔)
- 宛先
- 江戸幕府
- キーワード
- 島津重豪、島津富之進、島津昌高、奥平大膳大夫、急養子、養子願、水野忠友、土方雄貞、木多忠典、届書
追録6-No.2412書状旧記雑録暫定版確認度 中
天明六年八月 / 冊子 871頁/原整理番号 2412/整理ID 2412
重豪は藤崎に、相手の機嫌を喜び、自身も息災であると述べたうえで、次男富之進を奥平大膳大夫の急養子として前日に奥平家へ移したことを知らせ、万事よろしく取り計らうよう頼む。
- 登場人物
- 島津重豪、島津富之進(昌高)、奥平大膳大夫、藤崎
- 宛先
- 藤崎
- キーワード
- 島津重豪、島津富之進、島津昌高、奥平大膳大夫、急養子、引越し、藤崎、書状