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追録3-No.755記事旧記雑録暫定版・確認中

陽和院の和歌と後水尾院勅点の由来記事

年月日未詳/整理ID 755

確認度中
この文書は暫定版です

現在、内容を確認中です。概要・人物・宛先・キーワード等は後日修正される可能性があります。

概要

陽和院は平松時庸の娘で、吉貴の祖父光久の夫人と説明する。後水尾院の御点を受けた百首と附文録は七帖で、延宝中に光久の譜へ収録された。陽和院は正徳元年八月十二日に江戸で没した。享保改元の丙申十月二十五日、吉貴はこれらを宝庫へ納めるよう命じた。既存の譜は完成し編次も整っていて簡策を差し替えられないため、過去の譜に漏れたこの事績を、命令した年の譜に記すとする。

登場人物

陽和院、平松時庸、光久、吉貴、後水尾院

宛先

記載なし(御譜記事)

キーワード

陽和院、平松時庸女、光久夫人、吉貴祖母、後水尾院、百首、附文録七帖、延宝、正徳元年八月十二日江戸没、丙申十月二十五日宝庫収納

冊子頁

284~285頁

読込量

小

面白さ

★★☆☆☆

原文を確認

(2)180~357頁(正徳4~享保3).pdf