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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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376 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.1964文書確認度 高

島津忠朝書状

島津忠朝が本庄伊賀守に、北郷と山田・野々美谷をめぐる争い、伊東尹祐による調停の経過を述べ、引き続き仲介するよう求めた書状。

登場人物
島津忠朝、本庄伊賀守、伊東尹祐、北郷氏、山田氏、野々美谷関係者
宛先
本庄伊賀守殿
キーワード
島津忠朝、本庄伊賀守、伊東尹祐、北郷、山田、野々美谷、調停、大永二年
前編2-No.1977文書確認度 高

島津忠朝書状

島津忠朝が本庄伊賀守に、国中の弓矢・紛乱と旧冬以来の調停について述べ、早期に和平が成立するよう尽力を求めた書状。

登場人物
島津忠朝、本庄伊賀守、国衆
宛先
本庄伊賀守殿
キーワード
島津忠朝、本庄伊賀守、弓矢、紛乱、調停、和平、大永三年
後編5-No.821文書確認度 中

島津家久書状

島津家久が本田伊賀守へ、上洛後は好天が続いたので無事に到着しただろうと述べ、美作守が急病となり医師理心の薬で養生していること、自身も二度見舞い、脈は良いため回復を期待して続報を送ることを伝えた書状。

登場人物
島津家久、本田伊賀守、美作守、医師理心
宛先
本田伊賀守殿
キーワード
島津家久、本田伊賀守、美作守、理心、上洛、病気、養生、見舞い、医師、回復
附録1-No.104文書確認度 高

町田久倍書状

町田久倍が、山城入道の居所と城屋敷の配当について蒲地伊賀入道・大野将右衛門尉へ伝えた書状。山城入道が城屋敷へ移ったかを尋ね、麓に人がいないため城屋敷へ移す方針を述べる一方、配当については当面差し控え、あらためて相談するよう求める。

登場人物
町田久倍、蒲地伊賀入道、大野将右衛門尉、山城入道
宛先
蒲地伊賀入道殿・大野将右衛門尉殿御宿所
キーワード
町田久倍、蒲地伊賀入道、大野将右衛門尉、山城入道、城屋敷、配当、麓、移転、談合
附録1-No.106文書確認度 高

本田親貞書状

本田親貞が、公儀の用務に関する人員招集と家名帳の作成を蒲地伊賀入道へ命じた書状。公儀の許可なく上洛することを禁じ、蒲地本人または所衆二人を今月二十四日までに出頭させること、二十石以下の者は敬称を除いて家名を帳面に記すことを求める。

登場人物
本田親貞、蒲地伊賀入道、所衆二人、二十石以下の衆
宛先
蒲地伊賀入道殿
キーワード
本田親貞、蒲地伊賀入道、公儀、上洛、所衆、二十石、家名、帳面、出頭
附録1-No.108文書確認度 中

町田久政書状

町田久政が、公役人員の名簿と門前屋敷をめぐる処理について蒲地伊賀入道へ回答した書状。別紙の人数書付を送り、新城にいる山田藤内左衛門への連絡を求めるとともに、門前屋敷の持合や旧来の墨付をめぐる問題は、存松の帰着後に協議する方針を示す。

登場人物
町田久政、蒲地伊賀入道、山田藤内左衛門、紀州、存松
宛先
蒲地伊賀入道殿御報
キーワード
町田久政、蒲地伊賀入道、山田藤内左衛門、紀州、存松、公役、新城、門前屋敷、墨付、談合
前編2-No.839文書確認度 高

樺山道春譲状

樺山道春が、日向国宮崎郡内の戸次丹後守跡三分一、樺山北方・南方の田島、仲牟礼・浦牧野の村など四か所を譲与し、教宗の下知に従って諸役を勤めるよう定めた譲状。

登場人物
樺山道春(沙弥道春、小字比定:善久)、樺山教宗、池尻伊賀守
宛先
伊賀守殿
キーワード
樺山道春、善久、樺山教宗、池尻伊賀守、日向国、宮崎郡、戸次丹後守跡、樺山、田島、譲状
前編2-No.2202記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

鹿児島方面の合戦で新納勢が敗北し、敵方諸将が処刑・戦死した経過を箕輪伊賀が記す。相州家の危急を訴え、梅岳君・勝久らの動向を述べる一方、討伐された者の子が後年に召し出され、父祖の奉公を考慮して恩賞を受けた戦後処遇までを伝える。

登場人物
島津貴久、新納備前守、鹿児島衆、梅岳君、勝久、箕輪伊賀
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、島津貴久、新納氏、鹿児島、梅岳君、合戦、処刑、恩賞
前編2-No.2581記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

箕輪伊賀が天文十七年の清水城・姫木城争乱を記した覚書。本田紀伊守・北原方と島津貴久・伊集院忠朗方の出陣、城への攻撃と救援、周辺への放火、軍勢の進退を日を追って述べ、大隅の複数城を連動させた戦線の推移を伝える。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、本田紀伊守、北原氏、伊集院忠朗
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、箕輪伊賀、島津貴久、本田紀伊守、北原氏、伊集院忠朗、清水城、姫木城、合戦
前編2-No.2627記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

箕輪伊賀の覚書が、加治木攻めで伊集院忠朗方が黒川崎に陣を構えた戦況を記す。敵方との矢戦、民家・陣所への放火、陣幕が焼失する混乱の中での応戦を追い、島津貴久方・北郷方・本田方の兵が各持場で攻防した経過を伝える。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、伊集院忠朗、北郷氏、本田氏
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、箕輪伊賀、島津貴久、伊集院忠朗、加治木、黒川崎、矢戦、放火、陣幕
前編2-No.2751記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

箕輪伊賀の覚書が、天文二十三年九月十三日以後、貴久方が平松から帖佐・岩剣方面へ軍を進めた経過を記す。陣取り、斥候・使者の往来、城方との矢戦、民家への放火、討死・負傷者の発生を日を追って述べ、長期化した攻城戦の実態を伝える。

登場人物
島津貴久、箕輪伊賀、加治木・帖佐勢
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、天文二十三年、九月十三日、平松、帖佐、岩剣、合戦
後編1-No.614記録確認度 高

箕輪伊賀自記

伊東・肝付・伊地知方が小禰寝へ出兵して浜城を落とし、本城麓へ放火した。園見城から喜入図書助・弟小四郎が加世田勢を率いて奮戦したが、多勢に敗れて兄弟とも戦死した。続く岩瀬戸口の追撃戦では猿渡越中守・井尻伊賀守・喜入摂津守・平田新左衛門らが働き、敵も損害を出したものの、この戦いは伊東・肝付方が小利を得て退陣したとする。

登場人物
喜入図書助、喜入小四郎、猿渡越中守、井尻伊賀守、喜入摂津守、平田新左衛門
宛先
小禰寝、浜城、園見城、岩瀬戸口
キーワード
箕輪伊賀自記、元亀三年、小禰寝、浜城、園見城、岩瀬戸口、喜入図書助、喜入小四郎、戦死、追撃戦
後編1-No.678記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

瀧水合戦後、平田美濃守が従軍者を伴って鹿児島へ参上し、島津義久から異例の武運を賞賛された。伊地知方使僧の証言により、白檀磨きの鎧武者は老臣伊地知伊賀守、戦死者は馬場玄蕃・田上助左衛門と判明した。勝部与左衛門の鉄砲技量や田上兄弟の武名、のち禰寝重武が帰順して逃走者の姿を証言したことも記す。

登場人物
島津義久、平田美濃守、伊地知重興、伊地知伊賀守、馬場玄蕃、田上助左衛門、田上二介、勝部与左衛門、禰寝重武
宛先
鹿児島、瀧水、下大隅
キーワード
箕輪伊賀覚書、瀧水合戦、平田美濃守、島津義久、伊地知伊賀守、馬場玄蕃、田上助左衛門、勝部与左衛門、鉄砲、禰寝重武
前編2-No.2424記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

天文十一年三月、樺山安藝守の隅州小濱の城へ南方勢が攻め寄せたため、日新公・貴久方が援軍を発し、北原方と対陣した経過を記す。

登場人物
箕輪伊賀、樺山安藝守善久、島津貴久、北原氏、日新公
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、樺山善久、島津貴久、北原氏、小濱、援軍、対陣、天文十一年
前編2-No.2428記事確認度 高

箕輪伊賀覚書

種子島父子の争いに際し、貴久が新納伊勢守を大将として二百余騎を船で派遣したことを記す。交渉で父子を和解させ、軍勢は無事帰帆した。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、種子島時堯、種子島恵時、新納伊勢守
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、島津貴久、種子島時堯、新納伊勢守、軍船、父子不和、和解、帰帆
前編2-No.2620記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

天文十八年三月十一日、清水から飫肥へ出陣し、四月三日に伊東方の攻撃を受けて多数を討ち取ったのち、陣を引き払った経過を記す。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、伊東氏、豊州島津氏
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、箕輪伊賀、島津貴久、伊東氏、清水、飫肥、四月三日、討取、退陣
後編1-No.82記録確認度 高

箕輪伊賀自記

菱刈勢が蒲生を救援して北村表に陣を構えたため、弘治三年四月十五日に島津軍が攻め破った経過を回想する。忠平が荒平に陣を進めて蒲生城を攻め、蒲生方が降伏・退城した後の地頭配置まで記す。

登場人物
箕輪伊賀、島津忠平、島津貴久、菱刈左馬権助、蒲生氏、白尾半右衛門
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、菱刈、蒲生城、北村、島津忠平、荒平、降伏、地頭配置
後編1-No.140記録確認度 高

箕輪伊賀自記

永禄二年秋、伊東義祐が飫肥の島津忠親の城へ攻め寄せたため、忠平が救援を願い出た経過を記す。貴久・義久が当初制止したが、忠平は忠親との親子の契約を理由に、兵三百を率いて飫肥へ向かった。

登場人物
箕輪伊賀、伊東義祐、島津忠親、島津忠平、島津貴久、島津義久
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、永禄二年、伊東義祐、飫肥、島津忠親、島津忠平、親子契約、援軍
後編1-No.150記録確認度 高

箕輪伊賀自記

永禄三年夏頃、伊集院忠純の家臣の言動を発端に肝付兼続が島津貴久を怨み、鹿児島を去った経緯を詳述する。兼続方は廻伊豆守の城を奇襲して奪い、伊豆守を討ち、兼続自身も廻城へ入って島津方と対立した。

登場人物
箕輪伊賀、肝付兼続、島津貴久、伊集院忠純、肝付治部左衛門、廻伊豆守
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、肝付兼続、伊集院忠純、島津貴久、廻城、奇襲、占拠、対立
後編1-No.355記録確認度 高

箕輪伊賀自記

飯野防衛のため小林三之山城を攻めた経過を、各軍の進路と将兵の働きに即して記す。義弘勢が二之丸、歳久勢が二重城戸へ迫り、田尻荒兵衛らが奮戦したが、義弘が負傷して兵が動揺したため、義久の命で順次退却し、追撃兵を伏兵で討って飯野へ引き上げた。

登場人物
箕輪伊賀、島津義久、島津義弘、島津歳久、伊東氏、相良氏、田尻荒兵衛、間世田刑部左衛門尉ほか
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、永禄九年、三山合戦、飯野、島津義久、島津義弘、島津歳久、田尻荒兵衛、二之丸、負傷、撤退、伏兵
後編1-No.393記録確認度 高

箕輪伊賀自記

菱刈方の野心を察した島津方が、小林出勢と披露して軍勢を横川へ通しながら、実際には軍路を変えて永禄十年十一月二十四日早朝に馬越城を急襲した経過を記す。義弘らが井手籠父子を討って城を落とすと九城が一日で退去し、菱刈方は大口城へ籠った。相良頼房は球磨・八代・葦北勢を動員して大口城へ援軍を入れた。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、島津義久、島津義弘、菱刈氏、相良頼房、井手籠氏ほか
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、永禄十年、馬越城、偽装出勢、奇襲、島津義弘、菱刈氏、井手籠氏、九城退去、大口城、相良頼房、球磨、八代、葦北
後編1-No.402記録確認度 高

箕輪伊賀自記

永禄十年十二月二十九日、市山口の足軽が無評議で大口城麓へ近づいたところ、球磨・大口勢が大軍で出撃したことを記す。市来家利・平田加賀守・伊集院久慶は西原川口で戦ったが討死し、敵は市山まで追撃したものの鉄砲で大きな損害を受けて大口へ退いた。

登場人物
箕輪伊賀、市来家利、平田加賀守、伊集院久慶、球磨・大口勢
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、永禄十年、市山城、大口城、西原川口、市来家利、平田加賀守、伊集院久慶、球磨勢、討死、鉄砲
後編1-No.421記録確認度 高

箕輪伊賀自記

永禄十一年正月二十日の大口・羽作瀬合戦を詳述する。川上久朗が飛田瀬で敵を支え、義弘は弓で応戦しながら殿を務め、難所の大河を渡った。追撃兵に囲まれた義弘は甲に多数の鑓を受け、家臣に助けられて渡河し、長野仲左衛門尉・下島甚左衛門尉らが戦死したが、義久・貴久の援軍到着により敵は退いた。

登場人物
箕輪伊賀、島津義弘、島津義久、島津貴久、川上久朗、財部盛弘、遠矢良堅、入来院筑後守、伊集院久治、長野仲左衛門尉、下島甚左衛門尉ほか
宛先
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キーワード
箕輪伊賀自記、永禄十一年、大口合戦、羽作瀬、飛田瀬、島津義弘、川上久朗、殿軍、渡河、長槍、島津義久、島津貴久、戦死
後編1-No.432記録確認度 高

箕輪伊賀自記

小苗代原へ出た新納忠元が薬師堂を拝み、堂の板へ歌を書こうとしている間に敵が迫り、家臣久保筑左衛門・尾崎能登に引き下ろされたことを記す。忠元は白坂口で八代の的場五藤兵衛と太刀で戦って顔にも傷を負い、春成外記が弓で敵を射伏せた。求麻方の東藤左衛門・愛甲助三郎らが突入したが、鎌田壱岐守らが討ち取り、寄手は退いた。

登場人物
箕輪伊賀、新納忠元、久保筑左衛門、尾崎能登、的場五藤兵衛、春成外記、東藤左衛門、愛甲助三郎、鎌田壱岐守ほか
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、小苗代原、新納忠元、薬師堂、詠歌、久保筑左衛門、的場五藤兵衛、白坂、春成外記、東藤左衛門、愛甲助三郎、負傷
後編1-No.433記録確認度 高

箕輪伊賀自記

小苗代原合戦の別方面で、馬越・加治木・市来・伊集院・川辺勢が敵二千余騎を受け止め、肝付兼寛が軍配を執ったことを記す。新納久継が負傷する一方、鎌田政年が敵味方の間を駆けて指揮し、面高真連坊が鉄砲で八代の牧野次郎左衛門を倒し、田実右京亮がその首を取った。日暮れに双方が退いた。

登場人物
箕輪伊賀、肝付兼寛、新納久継、鎌田政年、牧野次郎左衛門、面高真連坊、田実右京亮
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀自記、小苗代原、肝付兼寛、新納久継、鎌田政年、牧野次郎左衛門、面高真連坊、鉄砲、田実右京亮、討取、撤退
後編1-No.435記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

永禄十一年三月二十三日、相良・菱刈・入来院・東郷・祁答院勢が曽木城を攻めた際、宮原景種・越中守と佐多山城守らが防戦したことを記す。敵は攻めあぐねて市山城へ転じたが、手傷を負っていた新納忠元が白坂口へ出て迎撃し、永福寺口でも本田掃部兵衛・河野玄蕃允らが戦ったため退いた。

登場人物
箕輪伊賀、宮原景種、宮原越中守、佐多山城守、佐多経久、新納忠元、吉田治部少輔、西田主馬允、本田掃部兵衛、河野玄蕃允ほか
宛先
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キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十一年、曽木城、相良氏、菱刈氏、入来院、東郷、祁答院、宮原景種、佐多山城守、市山城、新納忠元、白坂、永福寺
後編1-No.441記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

永禄十一年五月上旬、山野・羽月・平泉の番替えが行われる時機を狙い、大口城から野伏が仕掛けられたことを記す簡潔な覚書。

登場人物
箕輪伊賀、大口城兵、山野・羽月・平泉守兵
宛先
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キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十一年、山野、羽月、平泉、番替、大口城、野伏、伏兵
後編1-No.453記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

永禄十一年八月十九日、大口勢が深水三河守を大将として堂崎に陣を取り、伊東勢も桶比良へ進出した。義弘は飯野へ戻り、菱刈表から援兵が送られたが、大雨で誘引・伏撃策は実行できなかった。大口方は馬越・田中河内で番替え部隊を襲い、川上丹波守・堀之内二郎左衛門と是枝大膳坊が戦死した。日新は長陣と損耗を避けるため山野を相良方へ譲って一時和睦するよう勧め、感応寺和尚の仲介で和議が成立した。

登場人物
箕輪伊賀、島津貴久、島津義弘、島津忠良(日新)、深水三河守、板橋半助、二宮囚獄介、川上丹波守、堀之内二郎左衛門、是枝大膳坊、相良頼房、島津義虎、感応寺和尚
宛先
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キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十一年、堂崎、桶比良、深水三河守、島津義弘、大雨、伏兵、番替、是枝大膳坊、島津忠良、山野、相良氏、和睦
後編2-No.288文書確認度 中

山口伊賀守覚書

城攻めの際に城内外で戦った武士を、一番から五番までの組、門・櫓・城壁などの持ち場ごとに列挙した覚書。鉄砲・刀・槍による戦闘、誰が討死・負傷したか、敵がどこから侵入したかを細かく記す。守備隊の編成と攻城戦の現場を人名単位で復元できる長大な実戦記録である。

登場人物
山口伊賀守、島津方城兵、豊臣方軍勢、各門・櫓の守備者
宛先
—
キーワード
山口伊賀守覚書、山口伊賀守、攻城戦、城兵、鉄砲、持ち場、組分け、負傷者、戦死者、守備隊
前編2-No.885記事確認度 高

殉国名藪

応永十九年九月十五日の山東曾井城合戦で高木左馬助家近江守が戦死し、ほかにも多数の死傷者が出たことを記す。樺山伊賀守興久の戦死に関する異説も付記する。

登場人物
高木左馬助家近江守、樺山伊賀守興久
宛先
—
キーワード
殉国名藪、応永十九年、山東、曾井城、高木左馬助、樺山伊賀守興久、戦死、死傷者、異説
前編2-No.944記事確認度 高

島津国史

応永二十三年正月、柳田大膳の策で小田原弾正が輪千手堂坊へ誘い出され、自害したことから家臣同士の戦闘となり、本田伊賀守ら多数が死んだ事件を記す。久豊の対応、伊集院方との関係、遺族・家臣団の動向も続けて叙述する。

登場人物
島津久豊、柳田大膳、小田原弾正、本田伊賀守、天辰助次郎、黒田某、伊駒某、金田某、伊集院頼久
宛先
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キーワード
島津国史、応永二十三年、柳田大膳、小田原弾正、本田伊賀守、輪千手堂坊、自害、家臣団、内紛、伊集院
前編2-No.945記事確認度 高

殉国名藪

応永二十三年正月十三日、千手堂で久世方の侍中太郎らが自害・殉死し、本田伊賀守、小田原弾正、天辰助次郎らを含む二十一人が殉死したと伝える戦死者名記事。姓名不詳者がいることも注記する。

登場人物
侍中太郎、本田伊賀守、小田原弾正、天辰助次郎、黒田某、伊駒某、金田某
宛先
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キーワード
殉国名藪、応永二十三年、侍中太郎、本田伊賀守、小田原弾正、天辰助次郎、千手堂、殉死、二十一人
前編2-No.1632記事確認度 高

文明記

祁答院某が使者を鹿児島へ送り、飫肥出陣への謝意と今後の奉公を島津忠昌へ申し入れた経過を記す『文明記』。梅吉・伊賀守ら老名衆を介して処遇を交渉し、太守の命に従って本領を退去し福島へ移る条件が整えられた。代替として吉松を給付することで降伏・帰属を確定しようとした。

登場人物
祢答院某、島津忠昌、老名衆、梅吉、伊賀守
宛先
—
キーワード
文明記、祢答院、島津忠昌、鹿児島、飫肥出陣、老名衆、梅吉、伊賀守、福島、吉松、交渉
前編2-No.1978文書確認度 高

大友親敦書状

大友親敦が島津忠朝に、和平が整ったことを喜び、今後の連絡と本庄伊賀守への伝達を求めた書状。

登場人物
大友親敦、島津忠朝、本庄伊賀守
宛先
島津豊後守殿
キーワード
大友親敦、島津忠朝、本庄伊賀守、和平、連絡、書状、大永三年
前編2-No.2103記事確認度 高

町田氏系図

町田氏の支流について、石谷高久から左京亮頼本・伊賀守梅吉・忠榮・八郎左衛門尉らへ続く系統と法名を記す系図記事。

登場人物
石谷高久、左京亮頼本、伊賀守梅吉、忠榮、八郎左衛門尉、法名心傳
宛先
—
キーワード
町田氏系図、石谷高久、左京亮頼本、伊賀守梅吉、忠榮、八郎左衛門尉、法名心傳
後編2-No.182記事確認度 高

島津義久譜

七月十四日、吉利下総守が三城から宮崎へ至り、国境に異変がない旨を上井伊勢守へ報じたこと、井尻伊賀守が八代から封物を携えてきたことを記す。さらに長寿院・大善坊を京都へ遣わし、前年に鎌田刑部左衛門尉を介して関白へ伝えた件を再度説明しようとしたが、鎌田の病で果たせなかったという。国境情報と京都外交の連絡経路を併記した記事である。

登場人物
島津義久、吉利下総守、上井伊勢守、井尻伊賀守、長寿院、大善坊、鎌田政近
宛先
—
キーワード
島津義久譜、吉利下総守、上井伊勢守、井尻伊賀守、長寿院、大善坊、鎌田政近、八代、上洛、京都外交
後編3-No.1215記事確認度 高

島津忠倍譜

十月三日、島津忠倍らは海陸から進み佐敷浦へ船を出したが、加藤方の井口伊賀が十八艘の兵船で襲来した。竹内備前守実康父子の小舟一艘と合力して戦い、忠倍は名と年齢を記した矢を放って敵二人を倒したが、忠倍をかばった蒲尾勘解由貞清が鉄砲で討死し、ほかにも負傷者が出た。夕刻に双方が退き、十二月には忠倍父子が宮城へ移った。

登場人物
島津忠倍、井口伊賀、竹内備前守実康、竹内納右衛門尉、蒲尾勘解由貞清、島津忠長
宛先
該当なし
キーワード
島津忠倍譜、島津忠倍、佐敷浦、加藤方水軍、井口伊賀、兵船十八艘、竹内備前守実康、竹内納右衛門尉、蒲尾勘解由貞清、鉄砲、矢戦、宮城
後編3-No.1318記録確認度 高

神戸久五郎咄覚

国元から島津義弘(惟新)の陣へ後詰衆が多数到着した際、河田源兵衛と野村弥次郎が曽根の先手で敵を誘い出して交戦し、源兵衛が目立つ騎馬武者を鉄砲で射落とした。本田伊賀守も加勢し、翌朝、石田三成は若年の源兵衛の手柄を賞して腰物を与え、義弘も本田伊賀守へ腰物を与えた。

登場人物
神戸久五郎、島津豊久(中務大輔)、河田源兵衛(河内源五)、野村弥次郎、本田伊賀守、石田三成、薩摩からの後詰衆
宛先
該当なし
キーワード
神戸久五郎咄覚、島津豊久、河田源兵衛、野村弥次郎、本田伊賀守、石田三成、曽根、先手、鉄砲、敵将射落とし、褒賞
後編4-No.790文書確認度 高

蒲池某・本田親正連署達書

慶長十六年正月十七日、蒲池休右衛門尉・本田伊賀守が島嶼検地の組頭へ出した連署達書。飯米・薪・酒・米・船頭食・油などの支給基準、現地調達の手順、百姓への寄付・人夫徴発を不当に行わないことを細かく定める。

登場人物
蒲池休右衛門尉、本田伊賀守、島嶼検地組頭
宛先
島嶼検地組頭
キーワード
連署達書、蒲池休右衛門尉、本田伊賀守、島嶼検地、組頭、飯米、薪、酒、船頭食、油、現地調達、百姓、徴発禁止
後編4-No.1153文書確認度 高

長谷川藤広書状

有馬辺の様子を案じて本田伊賀守を現地に置く意向への返書。急に軍勢を入れる必要はないと見込み、必要時は山口直友・三原諸右衛門尉と相談して報告するため、本田をひとまず帰宅させるよう述べる。

登場人物
長谷川藤広、本田伊賀守、山口直友、三原諸右衛門尉
宛先
島津家久
キーワード
長谷川藤広書状、有馬、本田伊賀守、山口直友、軍勢、慶長十九年八月十二日
後編4-No.1155文書確認度 高

山口直友書状

本田伊賀守らが見回りのため当地へ派遣されたことを報告する。先便のとおり当面は軍勢を必要とせず、本田にはひとまず帰るよう伝え、必要になれば遅滞なく要請すると回答する。

登場人物
山口直友、本田伊賀守、三原諸右衛門尉、長谷川藤広
宛先
島津家久
キーワード
山口直友書状、本田伊賀守、見回り、軍勢、帰還、慶長十九年八月十三日
附録1-No.400文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元と伊勢貞昌が川上将監・弾正大輔に、甑島は海を隔てた一所で旅人が集まるため、奉行格の者を常置して統制すべきだと命じた連署書状。伊賀守を地頭兼申老者として琉球へ派遣した事情や、市来八左衛門らによる統治を踏まえ、無届の移動や他人への奉公を禁じる従来の法度を改めて徹底させる。

登場人物
島津久元(下野守)、伊勢貞昌(伊勢兵部少輔)、川上将監、弾正大輔、伊賀守、市来八左衛門、旅人
宛先
川上将監様・弾正大輔様
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、川上将監、弾正大輔、甑島、奉行、旅人、伊賀守、市来八左衛門、琉球、地頭、移動禁止、奉公禁止、法度、連署書状
前編2-No.942記事確認度 高

応永記

河邊・伊作勢との和睦と久豊の帰還をめぐる交渉の後、輪千手堂坊を舞台に家臣団の謀議と自害・討死が続いたことを記す。久世の調停が進まないなか、本田・小田原・柳田らを含む近臣の対立が深まり、多数の死者を出した経過を叙述する。

登場人物
島津久豊、島津久世、本田伊賀守、小田原弾正、柳田大膳、天辰助次郎、伊駒某、金田某、黒田某
宛先
—
キーワード
応永記、島津久豊、島津久世、河邊、伊作、輪千手堂坊、本田伊賀守、小田原弾正、柳田大膳、謀議、自害、討死
後編3-No.1965文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が、呂宋渡海船について山口直友へ照会し心配不要との返答を得たと報じる。海路・京都滞在中に家臣の狼籍がなく、所司代板倉勝重からも薩摩衆の宿取りを称賛されたとして、阿久根で定めた法度の効果を喜んだ。

登場人物
島津義弘、山口直友(駿河守)、伊勢貞昌(兵部)、板倉勝重(伊賀守)
宛先
(宛所欠)
キーワード
島津義弘書状、慶長九年、島津義弘、山口直友、駿河守、伊勢貞昌、兵部、呂宋渡海船、海路、京都、狼籍停止、板倉勝重、伊賀守、所司代、阿久根、法度
後編4-No.1584記事確認度 高

島津家久譜

薩摩西方の諸島では支配者不在のため他国からの逃亡者や商人が集まり、農漁業・魚塩交易が広がっていたことから、家久が島々の住民・土地・産物などを調査し、明細帳を作るよう命じた経緯を記す。

登場人物
島津家久、島津久元、伊勢貞昌、本田伊賀守、諸島住民
宛先
薩摩諸島
キーワード
島津家久譜、薩摩諸島、島嶼統治、逃亡者、農漁業、魚塩交易、明細帳、本田伊賀守、島津久元、伊勢貞昌
前編1-No.322文書確認度 高

関東下知状

関東が伊賀国守護使による長田庄への乱入を停止した下知状。前守護の時から使者不入の庄であるとの地頭の申立てを認め、大番役・謀反・殺害の沙汰を除き、守護使の入部を禁じる。

登場人物
伊賀国守護使・地頭
宛先
伊賀国長田庄
キーワード
関東下知状、伊賀国、長田庄、守護使、使者不入、大番役、乱入停止
前編1-No.326文書確認度 高

関東御教書

伊賀国長田庄地頭の解状を受けた関東御教書。守護所使の狼藉について入部停止の下知が済んでいることを確認し、追捕された物は調査のうえ返付するよう武蔵守へ命じる。

登場人物
伊賀国長田庄地頭・武蔵守殿
宛先
伊賀国長田庄
キーワード
関東御教書、伊賀国長田庄、守護所使、狼藉、入部停止、追捕物返付
追録8-No.212-6道中鉄砲携行伺一件の本文群(の6~の7・家老問合書)旧記雑録暫定版確認度 中

道中行列鉄砲十挺携行伺一件・後半首尾書と家老問合書

道中で鉄砲十挺を携行する伺い一件の後半。「の6」は半田嘉藤次が用番松平伊賀守の取次飯塚勝之助へ書附を持参し、演説して差し出したところ落手したと伝える十二月十四日の報告で、箱根その他の関所へ許可の趣旨を通達するよう求める。「の7」の書附は、近海の外国船警衛に伴い一万石以上の者が領内に鉄砲を備える触達を受け、道中上下でも十挺を持ちたいと願ってきた経過を述べる。九月十五日付伺いと阿部伊勢守への内見、用番松平和泉守の吟味、留守居への御付札、国許で正式に申し上げるよう求めたこと、十四日に伊賀守へ関所通達依頼を提出し落手したことを記す。朱注には正月三日夜到来・極々急飛脚便とある。末尾の嘉永六年十二月十七日付家老問合書は、島津右門久福・末川近江久平から豊後・筑後・石見・伊織へ宛て、留守居首尾書等六通を添え、願済みであれば表方の使者で御請して往返日程を調整するよう求める。右一冊終レリで一件を閉じる。

登場人物
半田嘉藤次、早川五郎兵衛、松平伊賀守、飯塚勝之助、松平和泉守、阿部伊勢守、松平薩摩守、島津右門久福、末川近江久平、島津豊後久宝、川上筑後久封、島津石見久浮、樺山伊織久成、御用人、留守居
宛先
書附は用番松平伊賀守・松平和泉守等へ。半田報告は近江へ。十二月十七日問合書は豊後・筑後・石見・伊織へ
キーワード
道中鉄砲十挺、の6の7首尾書、半田嘉藤次、早川五郎兵衛、用番伊賀守和泉守、飯塚勝之助、阿部内見、御付札、国許正式申上、関所通達、急飛脚、首尾書六通、家老問合、往返日程
追録8-No.612-2徳川慶喜奏聞書(政権奉帰後の異議と公議による処置を願う)旧記雑録暫定版確認度 中

王政改革の措置に異議を述べ、公議と公明な処置を求める慶喜の奏聞書

卯十二月に城中で板倉伊賀守が拝見を命じ、大目付松平大隅守から渡された慶喜の奏聞書を収める。慶喜は政権を一つにして天下の公議を尽くすため政権を奉帰し、諸藩の意見を求め将軍職辞退も申し上げたと述べる。一方、召された諸侯とともに協力する意思を示したのに、関東の全領を前提とする沙汰、列藩の衆議を経ない改革、兵による宮闕立入り、摂政の停職、宮堂上方や公卿に関する処置等があったと批判する。自分の奉忠は理解されず改革の経緯が疑わしく、乱階・財政や皇統・外交への危惧があると主張する。その上で聖意の沙汰と公論に従い、公明で正大な速やかな処置を望み、正邪の混同や好悪による扱いを避け、万民の安堵を図るよう願う。政治評価と事件叙述は慶喜の主張に帰属する。

登場人物
慶喜、板倉伊賀守、大目付松平大隅守、召之諸侯、摂政、宮堂上方、先帝譴斥の公卿、陪臣の輩、朝廷・列藩
宛先
朝廷への奏聞。写の取扱いは板倉伊賀守・松平大隅守の付記
キーワード
慶喜奏聞卯十二月城中板倉伊賀大目付松平大隅政権奉帰公議将軍辞退諸侯上京関東全領列藩衆議戎装宮闕摂政停職先帝譴斥公卿朝典忠誠聖断公論皇統外交財政危惧公明正大邪正好悪万民安堵復古記補正注
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 240書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某書状

松平伊豆守の命として本田伊賀守へ、前年冬に切支丹へ与同し各地へ放火して富岡城を攻めた天草百姓について、松平主税助・伊東大和守・寺沢兵庫頭と薩摩勢が合同で糺明し、難渋する者を処罰し、逃散者を捕らえ、村へ戻して治定するよう求めた書状。本田久左衛門尉へ渡された。

登場人物
松平伊豆守、松平主税助、伊東大和守、寺沢兵庫頭、本田伊賀守、本田久左衛門尉、天草百姓
宛先
本田伊賀守
キーワード
松平伊豆守、本田伊賀守、本田久左衛門尉、天草百姓、切支丹、与同、放火、富岡城、松平主税助、伊東大和守、寺沢兵庫頭、薩摩勢、糺明、処罰、逃散、帰村