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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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84 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.651文書確認度 高

島津元久安堵状

島津元久が町田飛騨守へ、大隅国大祢寝内の本給分について相違なく、引き続き領知することを認めた安堵状。

登場人物
島津元久、町田飛騨守久濱
宛先
町田飛騨守殿
キーワード
島津元久、町田飛騨守、久濱、大隅国、大祢寝、本給分、領知、安堵状
附録1-No.216文書確認度 高

渋川道鎮(頼満)書状

渋川道鎮が町田飛騨守に、唐津・博多へ着岸予定の南蛮船が海上を恐れて相手方の地に逗留しているとの注進を受けて送った書状。京都へ報告済みであり、助力して早急に船を送ること、迎船を出し、津々浦々の警固を固めることを求める。

登場人物
渋川道鎮(頼満)、町田飛騨守、南蛮船関係者、唐津・博多・京都の関係者
宛先
町田飛騨守殿
キーワード
渋川道鎮、町田飛騨守、南蛮船、唐津、博多、京都、迎船、津々浦々、海上警固、応永二十六年
後編5-No.86文書確認度 高

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌が、年末に当地へ赴いて越年するよう命じられた旨を寺田与左衛門方の内儀から聞き、急な出立に備えるよう早打で知らせる。老中にも書状を送り、又三郎・又十郎の息災と御姫様の出産後の状況も報じる。

登場人物
伊勢貞昌、三原飛騨守、寺田与左衛門、又三郎、又十郎、御姫様、老中
宛先
三原飛騨守
キーワード
伊勢貞昌、三原飛騨守、越年、出立準備、早打、老中、又三郎、又十郎、出産
附録2-No.1196文書確認度 高

渋川義俊書状

南蛮船の件で芥河愛阿を派遣し、詳しい事情を伝えさせたうえで、島津方にも申し入れているので、船を早急に回航し無沙汰のないよう求めた渋川義俊書状。

登場人物
渋川義俊、町田飛騨守、芥河愛阿、島津氏、南蛮船
宛先
町田飛騨守
キーワード
渋川義俊、町田飛騨守、芥河愛阿、島津氏、南蛮船、回航、使者
附録2-No.1197文書確認度 高

渋川道鎮書状

南蛮船がなお逗留しているため、京都から二度にわたり兵庫津へ送るよう命じられたことを伝え、重ねて使者を派遣して早急な回航を督促した書状。先の返答は京都へ進達したとも記す。

登場人物
渋川道鎮、町田飛騨守、芥河愛阿、南蛮船、京都
宛先
町田飛騨守
キーワード
渋川道鎮、町田飛騨守、芥河愛阿、南蛮船、京都、兵庫津、回航、督促、上意
附録2-No.1198文書確認度 高

渋川義俊書状

南蛮船の回航に奔走したことを喜びつつ、なお遅延しているのは不適当であり、島津方の使者にも伝えたので、早急にこちらへ回航するよう重ねて求めた渋川義俊書状。

登場人物
渋川義俊、町田飛騨守、島津氏、南蛮船
宛先
町田飛騨守
キーワード
渋川義俊、町田飛騨守、島津氏、南蛮船、回航、遅延、督促
附録2-No.1199文書確認度 高

宗寿書状

南蛮船の件で芥河愛阿が越国し、町田方が奔走したことを喜ぶ。島津氏の使者からも詳しい報告を得たので、船を早急に回航させるよう求めた宗寿書状。

登場人物
宗寿、町田飛騨守、芥河愛阿、島津氏、南蛮船
宛先
町田飛騨守
キーワード
宗寿、町田飛騨守、芥河愛阿、島津氏、南蛮船、回航、使者
附録2-No.1200文書確認度 高

渋川義俊書状

島津方の使者から、南蛮船は先月十五日に出船する予定との知らせが届いたことを喜ぶ一方、その後音信がなく不安なので、なお遅延しているなら回航実現へ奔走するよう飛脚を立てて督促した渋川義俊書状。

登場人物
渋川義俊、町田飛騨守、島津氏、南蛮船
宛先
町田飛騨守
キーワード
渋川義俊、町田飛騨守、島津氏、南蛮船、出船、回航、遅延、飛脚、督促
前編2-No.823文書確認度 中

了元宛行状

了元が町田飛騨守に、薩摩国阿多郡を祈所として宛行い、先例に任せて知行するよう命じた宛行状。花押について伊集院頼久のものに似るとの注記がある。

登場人物
了元、町田飛騨守久清、伊集院頼久
宛先
町田飛騨殿
キーワード
了元、町田飛騨守久清、伊集院頼久、薩摩国、阿多郡、祈所、先例、知行、宛行状
後編3-No.351文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が朝鮮から送ったとされる仮名書状。唐人が約十里先まで進んだとの急報を受けて物見を出し、事実なら出撃する覚悟を述べる。蔚山では敵が夜襲して二の丸まで攻め上り、浅野左京大夫・太田飛騨守らが本丸に籠もり、加藤清正も西生浦方面から少人数で入城したと報告する。義弘父子も救援に赴く一方、留守勢を残して城を固めることや、使者・便船の手配を伝える。

登場人物
島津義弘、島津忠恒、浅野左京大夫、太田飛騨守、加藤清正、唐人、島津勢
宛先
—
キーワード
島津義弘書状、島津義弘、島津忠恒、蔚山、夜襲、二の丸、本丸、浅野左京大夫、太田飛騨守、加藤清正、西生浦、物見、救援、留守勢
後編3-No.1201記事確認度 高

本田親孚考記

慶長五年十月、太田飛騨守の豊後の居城へ関東方が攻め寄せるとの情報を得たため、島津忠恒(家久)が多野村狩野介・本田新介に歩卒数十人を付けて使者として派遣した際の書付と考えられる、と本田親孚が記す。

登場人物
本田親孚、島津忠恒(家久)、太田飛騨守、多野村狩野介、本田新介
宛先
該当なし
キーワード
本田親孚考記、慶長五年十月、太田飛騨守、豊後、関東方攻来、島津忠恒(家久)、多野村狩野介、本田新介、歩卒数十人、使者派遣
後編3-No.1207文書確認度 高

島津惟新書状

島津義弘(惟新)が少将殿こと島津忠恒(家久)側へ、龍伯こと島津義久へ申し上げるべきことがあるため喜入大炊助を召し連れるよう求め、差し支えがあれば別人を選ぶよう指示する。翌日の来訪を早朝に待つとし、太田飛騨守方の使者や日向からの来訪者もいるので相談したいとして、比志島国貞・伊勢兵部少輔・桂太郎兵衛尉・喜入大炊助の同道を求める。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(家久・少将)、島津義久(龍伯)、喜入大炊助、比志島国貞、伊勢兵部少輔、桂太郎兵衛尉、太田飛騨守
宛先
少将殿参人々御中
キーワード
島津義弘(惟新)書状、島津忠恒(家久・少将)、島津義久(龍伯)、喜入大炊助、翌朝来訪、太田飛騨守使者、日向来訪、比志島国貞、伊勢兵部少輔、桂太郎兵衛尉、談合
後編3-No.1252記事確認度 高

島津忠恒(家久)譜

豊後の居城にいた太田飛騨守・美作守が関東方諸将の先陣に迫られたとの報を受け、島津忠恒(家久)が野村符野介と本田新介に数十人の歩卒を付けて派遣した。両名は太田氏らの往還を安全にし、復命するとともに太田父子の返書を持ち帰った。

登場人物
島津忠恒(家久)、太田飛騨守、太田美作守、野村符野介、本田新介
宛先
該当なし
キーワード
島津忠恒(家久)譜、太田飛騨守、太田美作守、豊後、関東方先陣、野村符野介、本田新介、歩卒派遣、往還警護、返書
後編3-No.1374記録確認度 高

帖佐宗辰覚書 翻刻・訳文あり

関ヶ原敗戦後、大坂で囲われた御前様・御懐様・宰相様について、真言宗僧の仙秀坊が奉行所へ働きかけ、御免書を得て下向の準備を整えた。立花飛騨守の助力で九月十九日夜に出船する予定のところ、堺へ到着した島津義弘(惟新)から川口で待つよう連絡があり、立花も同行して川口へ下り、義弘の船へ乗り移って帰国した。

登場人物
帖佐宗辰、島津義弘(惟新)、御前様、御懐様、宰相様、仙秀坊、立花飛騨守
宛先
該当なし
キーワード
帖佐宗辰覚書、島津義弘(惟新)、大坂、人質、仙秀坊、御免書、立花飛騨守、川口、堺、出船、帰国
後編5-No.97文書確認度 中

島津家久条書

島津家久が自ら記した条書。自身の心持ち、又八郎や実寿院の知行、又八郎の上洛、跡継ぎの相談、奥方や家臣団への配慮など、家中と身辺に関する複数の懸案を列挙し、三原飛騨守を使者として伝える。

登場人物
島津家久、三原飛騨守、奥方、又八郎、実寿院、役人
宛先
家臣・近親者
キーワード
島津家久、条書、三原飛騨守、又八郎、実寿院、知行、上洛、跡継ぎ、奥方、家中、語句要確認
後編3-No.640文書確認度 高

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌が、朝鮮からの撤兵時に小西行長の籠る城が漢南・高麗勢に包囲された際の救援と海戦を報告した書状。立花飛騨守・宗対馬守・高橋主膳らとの協議、島津方の番船・迎船、敵の火攻めによる船の焼失、負傷・戦死、漂流者の救助、退路確保と乗船の混乱を述べ、帰国後も国政に油断なく励むよう求める。

登場人物
伊勢貞昌、島津忠恒、島津義弘(惟新)、小西行長、立花飛騨守、宗対馬守、高橋主膳、五代勝左衛門尉、深野掃部兵衛ほか
宛先
野州様人々御中
キーワード
伊勢貞昌書状、野州様、朝鮮撤兵、小西行長、順天城、島津水軍、火攻め、番船、救援、漂流者、帰国
前編2-No.2337記事確認度 高

貴久公記

天文七年十二月二十八日、忠良・貴久・忠将の父子三人が雪中に加世田へ出陣し、道中で垂れた蜘蛛の糸を三人そろって見たことや、夜半の鐘声を記す。忠将を大手口の大将として攻め、敵の反撃を受けながら諸将が救援し、新城では未明までの激戦の末に城兵を討ち取って落城させた経過を伝える貴久公記。

登場人物
島津忠良(日新公)、島津貴久、島津忠将、阿多飛騨守、大山内蔵助、鎌田加賀守
宛先
—
キーワード
貴久公記、島津忠良、島津貴久、島津忠将、加世田城、新城、雪中戦、蜘蛛の糸、鐘声、夜戦、城攻め
後編3-No.361記事確認度 高

島津豊久譜

『島津豊久譜』から、明軍が蔚山城の外郭を破り本城を危機に陥れたため、島津豊久が泗川から船で救援に向かい、三日で蔚山へ着いた記事。到着時には敵が退いていたが城兵はまだ知らず、豊久は単騎で諸軍に先駆け、敵首二級を得て鞍輪に結び付けた。左耳の下に傷を負っても退かず、その後に加藤左馬頭・黒田甲斐守・鍋島信濃守らが到着し、豊久は先駆けの働きを浅野左京大夫・加藤主計頭から賞賛された。

登場人物
島津豊久、加藤主計頭、浅野左京大夫、大田飛騨守、安芸宰相家臣、加藤左馬頭、黒田甲斐守、鍋島信濃守、明軍
宛先
—
キーワード
島津豊久譜、蔚山城、明軍、泗川、船、三日、単騎先駆け、敵首二級、左耳下負傷、加藤左馬頭、黒田甲斐守、鍋島信濃守、浅野左京大夫、加藤主計頭
後編3-No.611文書確認度 高

太田一吉書状

太田一吉が、久しく見舞いの書状を送らなかったことを詫びたうえで、多数の明軍を相手に挙げた島津家久の手柄と無事の帰朝を祝う。まず使者を遣わしたとし、まっすぐ国元へ通過するなら坂の関辺で知らせてほしいこと、対面の折に詳しく話したいことを伝える。

登場人物
太田一吉(飛騨守)、島津家久(忠恒)
宛先
島津又八郎様
キーワード
太田一吉書状、島津家久宛、明軍、朝鮮戦功、無事帰朝、使者、坂の関、対面希望
後編3-No.987文書確認度 高

太田一吉書状

太田一吉が羽少将の側近へ、前日二十日に内府徳川家康へ拝謁し、少将の軍功について格別に懇ろな言葉を得たので安心するよう伝える。勘兵衛が道中でも丁重に扱われた事情を語り、山口勘兵衛が家康の意向を少将へ伝えるはずなので、山口と親しく相談して適切に返答するよう求める。寺沢・兵庫にも相談し、源二郎へ家康から命じた件を早急に協議して、その返事を山口と謀り合わせて上申するよう促す。返書は美作を介して臼杵まで早船で届ければ、滞りなく取り次ぐと約する。

登場人物
太田一吉(飛騨守)、島津忠恒(羽少将)、徳川家康(内府様)、兵庫様、桑幡城介、山口勘兵衛、寺沢広高、源二郎、美作
宛先
羽少将様人々御中
キーワード
太田一吉書状、羽少将、徳川家康、内府様、拝謁、軍功、兵庫様、桑幡城介、山口勘兵衛、寺沢広高、源二郎、返答、上申、美作、臼杵、早船、十二月廿一日
後編3-No.1006文書確認度 高

太田一吉書状

太田一吉が羽柴少将の側近へ、当地は静謐だが北国方面はまだ決着していないと知らせる。前年十二月八日の味方の損害を案じて尋ねたところ、損害は小者身分の者だったと聞いたという。本田源右衛門から詳しい事情を聞くよう促し、自身も翌月下向する予定とする。急用の飛脚は臼杵へ送るよう指示し、兵庫が息災で内府徳川家康から懇意に扱われていることを喜ぶ。

登場人物
太田一吉(飛騨守)、島津忠恒(羽柴少将)、本田源右衛門、兵庫、徳川家康(内府)
宛先
羽柴少将様人々御中
キーワード
太田一吉書状、羽柴少将、本田源右衛門、北国、静謐、十二月八日、損害、小者、下向、飛脚、臼杵、兵庫、徳川家康、正月九日
後編3-No.1253文書確認度 高

太田友一・同一吉連署状

太田友一・一吉が、島津忠恒からの見舞いと野村符野介・本田新介らの派遣に謝意を示し、先手が首級二百四十余を挙げ、残敵を海へ追い入れた戦果を報告する。詳細は使者の口上を聴取するよう求める。

登場人物
太田友一(飛騨守)、太田一吉(美作守)、島津忠恒、野村符野介、本田新介、又九左衛門、中川平右衛門、田原紹忍、古田重太郎
宛先
薩摩少将様 参貴報
キーワード
太田友一・太田一吉連署状、島津忠恒、野村符野介、本田新介、豊後、先手、首級二百四十余、使者口上
後編5-No.261文書確認度 高

永井白元書状

永井白元が、公方の機嫌と尾張大納言の登城・御成の様子、数寄屋で供をした諸大名、代替わりの祝儀、翌月に予定される水戸殿の御成などを島津下野守へ報じた書状。

登場人物
永井白元、徳川家光、尾張大納言、水戸中納言、松平越後守、松平筑前守、毛利甲斐守、立花飛騨守
宛先
島津下野守
キーワード
永井白元、尾張大納言、御成、数寄屋、水戸中納言、諸大名、江戸
後編5-No.722文書確認度 高

酒井忠世・酒井忠勝連署奉書

酒井忠世・忠勝が、唐船への伴天連乗船、日本人の海外渡航と海外在住日本人の帰国を禁じ、外国船の生糸は長崎で値段を決めた後に領内で売買させるよう伝えた奉書。

登場人物
酒井忠世、酒井忠勝、島津家久、榊原飛騨守、神尾内記
宛先
薩州中納言殿・人々御中
キーワード
酒井忠世、酒井忠勝、伴天連、海外渡航禁止、唐船、日本人、生糸、長崎、糸値段、奉書
後編5-No.867文書確認度 中

榊原職直・仙石久隆連署書状

榊原職直・仙石久隆が、鹿籠浦・泊浦の船頭・水手を先月二十日に討罰したとの報告と別紙を受け取ったことを了承し、遠路の使者をねぎらった書状。

登場人物
榊原職直(飛騨守)・仙石久隆(大和守)・島津弾正大弼・川上将監
宛先
島津弾正大弼・川上将監
キーワード
榊原職直、仙石久隆、鹿籠浦、泊浦、船頭、水手、討罰、報告、使者
後編5-No.872文書確認度 中

榊原職直・仙石久隆連署書状

榊原職直・仙石久隆が、ある村の山中に潜伏していた伴天連とその妻が山狩りの際に逃亡したため、領内へ入った場合は捕縛するよう各地へ命じた書状。

登場人物
榊原職直(飛騨守)・仙石久隆(大和守)・伴天連トウマス次兵衛・甚吉
宛先
松平大隅守家老中
キーワード
榊原職直、仙石久隆、伴天連、キリシタン、潜伏、山狩り、逃亡、捕縛、領内
附録2-No.870文書確認度 高

島津氏進物、注文

京都で将軍をはじめ本多上野守・山口勘兵衛尉・片桐市正・福島左衛門太夫らへ贈る馬・太刀・生紙・銀子・緞子・袷・生絹帷子などの品目と数量、馬代を受取人別に記した島津氏の進物注文。

登場人物
徳川将軍、本多正純、山口直友、林猪兵衛尉、和久甚兵衛尉、山岡道阿弥、内田織部佑、立花左近太夫、原平馬、太田飛騨守、片桐且元、福島正則、小井手播磨守、田村九兵衛尉、片桐貞隆
宛先
京都での進物先一同
キーワード
京都、徳川将軍、本多正純、山口直友、片桐且元、福島正則、進物、馬、太刀、銀子、緞子
附録2-No.996文書確認度 高

諸覚

松平肥前守の隠居に伴う知行配分、城普請を担当する大名・旗本と加増高、城の石垣修築、諸大名が普請用に献上する材木・銅・漆・石材・板などの数量を列挙した諸覚。

登場人物
松平肥前守、筑前守、淡路守、飛騨守、水戸家、井伊掃部、尾張大納言
宛先
不詳
キーワード
松平肥前守、隠居、知行割、城普請、加増、石垣、材木、銅、漆、諸大名
追録1-No.1143書状旧記雑録暫定版確認度 高

久世広之書状

久世広之が島津光久へ、将軍が息災であること、島津飛騨守の縁辺が願いどおり許可され、謝礼使を差し越したことを伝えた書状。

登場人物
久世広之、島津光久、島津飛騨守、徳川家綱
宛先
松平大隅守(島津光久)殿
キーワード
久世広之、島津光久、島津飛騨守、徳川家綱、縁辺、許可、謝礼使、書状
追録2-No.178系譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

於莵・於榮誕生系譜記事

綱貴公御子の女子として於莵・於榮の名を掲げ、元禄十一年正月十七日に武州芝第で、江田氏を母に出生したと記す系譜記事。松平飛騨守定英に嫁ぎ、一男を生んだ後に離別した。同一女子の別名列として扱い、二人の女子や実際の兎の記述とはしない。

登場人物
綱貴、於莵(旧概要表記於兎)・於榮(同一女子の名)、母江田氏、松平飛騨守定英
宛先
—
キーワード
綱貴公御子、女子、於莵、旧概要於兎、於榮、旧於柴訂正、母江田氏、武州芝第、正月十七日出生、松平飛騨守定英、婚姻、一男、離別
追録5-No.1620記事旧記雑録暫定版確認度 高

家重、再度重年ノ病ヲ問ハシム(記事)

宝暦五年六月十五日、家重が重年の病気を再び尋ね、使者の阿部飛騨守正因を芝邸へ遣わした記事。正因には御奏者衆との元注が付く。重年は懇篤な上意を受け、「鮮干鱸」一箱を賜った。家治も見舞いの懇旨を示し、島津淡路守久柄が重年に代わって恩旨への謝礼を勤めた。松平越中守定賢も老中各邸へ赴き、重年のために謝恩した。出典は重年公御譜。

登場人物
徳川家重・島津重年・阿部飛騨守正因(御奏者衆)・徳川家治・島津淡路守久柄・松平越中守定賢
宛先
該当なし
キーワード
六月十五日、家重、重年、再度病気見舞い、阿部飛騨守正因、御奏者衆、鮮干鱸一箱、家治懇旨、島津久柄代礼、松平定賢老中各邸謝恩
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 123-3記事・長崎代官旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

天正16年、寺沢志摩守・藤堂佐渡守が長崎の地を預けられ、鍋島飛騨守に代わって代官を命じられた経緯を記す短い記事。

登場人物
寺沢志摩守、藤堂佐渡守、鍋島飛騨守
宛先
なし(記事)
キーワード
記事、長崎代官、寺沢志摩守、藤堂佐渡守、鍋島飛騨守
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 88書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国・三原重庸連署書状

川上久国・三原重庸が山田有栄・島津久元へ、黄門様の快方と薩州様の着船遅延を報じる。天草番手・兵糧の措置、富岡で没収された物資の扱い、百石につき三人の軍役、鍋島・飛騨守からの書状、山川から来た琉球船の米二百六十石・上布・焼酎を出水へ回す手配を伝える。追而書では阿久根の宿泊・休息割を指示する。

登場人物
川上久国、三原重庸、黄門様、薩州様、松平伊豆守、戸田左門、鍋島殿、飛騨守殿、岩切六右衛門
宛先
山田民部少輔有栄様、島津下野守久元様御報
キーワード
川上久国、三原重庸、山田有栄、島津久元、黄門様、薩州様、着船、天草番手、兵糧、富岡、没収物資、百石三人、軍役、鍋島、飛騨守、山川、琉球船、米二百六十石、上布、焼酎、出水、阿久根
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 140記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

伊地知季安の記事。七日、立花飛騨守が島原へ着陣したと記す。目録年月日欄は空欄のため、本文の日付をB列へ補入しない。

登場人物
伊地知季安、立花飛騨守
宛先
宛先なし(伊地知季安記事)
キーワード
伊地知季安、七日、立花飛騨守、島原、着陣、目録年月日空欄
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 173書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国・三原重庸連署書状

川上久国・三原重庸が島津久元・山田有栄へ、六日付書状への回答として立花飛騨守・有馬玄蕃頭らに関する照会と弟子丸治左衛門への早急な返答を求める。追而書では井伊掃部頭の下向の有無を尋ね、下向なら城攻めが決し大勢を率いるはずとして後便の報告を求める。

登場人物
川上久国、三原重庸、島津久元、山田有栄、井伊掃部頭、立花飛騨守、有馬玄蕃頭、慶祐法印、弟子丸治左衛門
宛先
島津下野守久元様、山田民部少輔有栄様御報
キーワード
川上久国、三原重庸、島津久元、山田有栄、六日付書状、立花飛騨守、有馬玄蕃頭、慶祐法印、弟子丸治左衛門、井伊掃部頭、城攻め、追而書
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 332日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

『寛明日記』の二月二十七日条。翌二十八日の総攻めを評議するため諸将が戸田左門の陣へ集まり、巳の下刻、濃茶を飲んでいたところ、物見が鍋島勢の攻撃開始を告げた。鍋島信州は自軍が法を背いて軽率に出丸へ攻め込んだことを嘆く。鍋島安芸が出丸に敵がいないのを見て乗り込み、榊原飛騨守ら諸勢が続き、城内各所で戦闘となった。黒田右衛門忠之の攻撃では黒田美作の進言・指揮を経て城へ乗り込み、上下二百十三人が討死したとする。細川勢も鍋島勢に続いて海手から諸郭へ入り、詰の丸東端へ九曜旗を立て、手負・死人は数百人に及んだと記す。占領地を鍋島先手へ渡して後陣を引き取るよう松平伊豆守信綱が命じ、水野作州父子は従い、有馬蔵人は当初拒んだが七、八度の下知ののち寺沢後陣へ退いた。諸勢は二の丸・三の丸まで攻め入り、夜を明かした。

登場人物
戸田左門・鍋島信州・鍋島安芸・榊原飛騨守・黒田右衛門忠之・黒田美作・細川越中守・松平伊豆守信綱・水野作州父子・有馬蔵人ほか
宛先
宛先なし(日記記事)
キーワード
寛明日記、二月二十七日、二月二十八日総攻め評議、戸田左門陣、濃茶、鍋島信州、軍法違反、鍋島安芸、出丸、榊原飛騨守、黒田右衛門忠之、黒田美作、討死二百十三人、細川越中守、海手、三の丸、二の丸、詰の丸、九曜旗、手負・死人数百人、松平伊豆守信綱、水野作州、有馬蔵人、寺沢後陣、七八度下知
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-10連署書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

立花宗茂・細川忠利連署書状

二月二十七日未刻、細川越中守忠利・立花飛騨守宗茂が川勝丹波守・佐々権兵衛へ早打で戦況を報じた連署書状。三の丸の塀を取り、城内へ押し入って二の丸際まで押し詰めたと伝える。急ぎのため両手の戦況だけを記し、諸手については上使衆から伝えるとする。追而書では、二の丸際へ柵・竹束を付け、討ち取った切支丹の人数も報告すると述べ、書状を作成している間に二の丸まで乗り取ったと追報する。

登場人物
細川越中守忠利・立花飛騨守宗茂
宛先
川勝丹波守(編者注:広綱)・佐々権兵衛(編者注:長次)
キーワード
二月二十七日、未刻、細川越中守忠利、立花飛騨守宗茂、連署書状、早打、川勝丹波守、広綱、佐々権兵衛、長次、三の丸、二の丸際、上使衆、柵、竹束、切支丹、討取人数、二の丸占領、追而書
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 542記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

続長崎鑑

『続長崎鑑』は、寛永十八年にオランダ人を平戸から長崎へ移して出島に置いたこと、その時の奉行が山崎権八・馬場三郎左衛門であり、貞享四年まで四十七年になると記す。また出島の築造は寛永十三年で、奉行榊原飛騨守・馬場三郎左衛門の代に完成したとする。目録年月日は空欄のため、記事中の年次をB列へ補入しない。

登場人物
山崎権八、馬場三郎左衛門、榊原飛騨守
宛先
宛先記載なし
キーワード
続長崎鑑、オランダ人、平戸、長崎、出島、寛永十八年、山崎権八、馬場三郎左衛門、貞享四年、四十七年、寛永十三年、榊原飛騨守、目録日付空欄
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID sar:24-24記録・覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

『上井覚兼日記』天正十三年九月十八日・十九日条抄并猿渡氏考証

『上井覚兼日記』天正十三年九月十八日・十九日条から、筑後表より堀切柵攻略の報告があり、江之浦方が身上を助ければ城を明け渡すと申し出たこと、両城の守備や人質を協議したことを抄出する。肥前守・越前守・越中が筑後攻めの総主取で、鍋島飛騨守への伝達にも関わったことを考証する。

登場人物
上井覚兼、伊集院肥前守、山田越前守、猿渡越中守、鍋島飛騨守
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十三年九月十八日、九月十九日、筑後、堀切、江之浦、伊集院肥前守、山田越前守、猿渡越中守、鍋島飛騨守、総主取
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 428-4散在首の一所梟示・道奉行差出廻状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

松井興長・有吉英貴連署廻状

長岡佐渡守興長・有吉頼母英貴が、伊豆守の命により、捨て置かれた首を一か所に掛けるよう各陣へ申し渡し、道奉行を差し出すよう求めた廻状。差出側も道奉行を出すとし、鍋島・松平・有馬・立花・寺沢各家老中へ回覧・判形を求める。

登場人物
長岡佐渡守(松井興長)、有吉頼母(英貴)
宛先
鍋島信濃守・松平右衛門佐・有馬玄蕃頭・立花飛騨守・寺沢兵庫頭各家老中
キーワード
三月四日、長岡佐渡守、松井興長、有吉頼母、英貴、伊豆守、捨首、散在首、一所梟示、各陣、道奉行、差出、廻状、判形、鍋島信濃守家老中、松平右衛門佐家老中、有馬玄蕃頭家老中、立花飛騨守家老中、寺沢兵庫頭家老中
追録2-No.664記事旧記雑録暫定版確認度 中

北郷久竜、島津綱貴の参勤に従う記事

北郷久竜譜中。権十郎忠置が元禄十三年正月十二日に綱貴の参勤へ一族供として従い、家老川上太郎左衛門尉久隆と与力細江武左衛門が同行したと記す。同月二十二日に出水脇元で伊豆の名を賜る。三月十五日に大樹綱吉公へ拝謁して太刀一腰・馬代銀・小袖六を献上し、阿部飛騨守正喬が取り次いだ。

登場人物
権十郎忠置(後伊豆、北郷久竜譜)、太守綱貴、川上太郎左衛門尉久隆、細江武左衛門、大樹綱吉公、阿部飛騨守正喬
宛先
—
キーワード
北郷久竜譜、権十郎忠置、伊豆、参勤、一族供、川上久隆、細江武左衛門、出水脇元、賜名、三月十五日、大樹綱吉公、拝謁、太刀一腰、馬代銀、小袖六、阿部正喬取次
追録5-No.2117御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪鶴一隻拝領・伊勢貞短の家重家治拝謁記事(目録・本文の鳥種は鶴)

十二月五日、家重が使番三好勝之助長倚を芝邸へ遣わし、鷹が捕らえた鶴一隻を重豪に賜り、重豪が老中各邸へ礼を述べた。別段では、伊勢兵部貞短の父貞起が死去した後の相続と、貞昌以来の将軍家督継承時の拝謁先例を記し、宝暦六年の重豪の願いは許されなかったが、今年四月に重豪の初拝謁が済んだ後、十二月五日の再願で老中奉書を受けたとする。十五日、貞短が登城し、白書院で家重へ太刀一腰・馬代銀一枚・紗綾二巻、家治へ太刀一腰・馬代銀一枚を献じ、永井伊賀守直陳の奏達で両公に拝謁した。退城後は西城へ赴き、阿部飛騨守正因に礼を述べて拝謁し、退出した。

登場人物
家重・重豪・家治・三好勝之助長倚・伊勢兵部貞短・貞起・貞昌・永井伊賀守直陳・阿部飛騨守正因
宛先
記載なし(独立宛所なし。記事対象は重豪・伊勢兵部貞短)
キーワード
十二月五日、家重三好長倚芝邸、襲封後初鶴一隻、伊勢兵部貞短、貞起貞昌先例、宝暦六年不許、今年四月重豪初謁、再願許可、十二月十五日白書院家重家治献物拝謁、永井直陳、西城阿部正因
追録6-No.181-27式次第旧記雑録暫定版確認度 高

日光山法会本使副使参着次第書

日光法会の本使・副使が参着後に勤める届出・見廻り、贈物、太刀奉納と出立の手続を列記する。本使・副使同道で松平右近将監に参着を届け、寺社奉行酒井飛騨守・土岐美濃守、大目付筒井大和守、目付夏目藤四郎・新庄織部・松平縫殿頭へ届出・見廻りの口上を述べる。日光奉行神尾若狭守・浅野美作守には副使が出向いて届出・見廻りを勤め、日光門主へは本使・副使同道、若君の名代井伊掃部頭・酒井備前守へは副使が参上する。包昆布二種の記載があり、朱書には当家から日光門主へ両肴・干菓子一箱を贈ること、名代方への使者は当家の記録では見当たらない旨などを補う。御家格に応じた贈物として、御宮別当大楽院へ白銀五枚を白木台で、上野執当覚王院へ同五枚、日光宿坊信解院へ三枚、上野宿坊へ白銀二枚と国物一種を掲げる。朱書には当家の先例として、東叡山執当二人へ各金子五百疋、本坊留守居と日光目代へ各白銀三枚、日光在役の徒目付二人へ各金子三百疋を記す。太刀は奉納刻限の前夜に右近将監へ預け、奉納後は口上で届け、翌朝出立する旨も申し達する。付属の三月・東郷源五名の記録は、各役方への届出・見廻りの使者を相談して定めたとし、太刀奉納時の案内、役人の旅宿案内、日光滞在中の世話に対する先例も記す。朱書には遊戯院同宿への二百疋、町人平四郎への三百疋、武井岡右衛門家来への百疋などが掲げられる。

登場人物
松平右近将監、酒井飛騨守、土岐美濃守、筒井大和守、夏目藤四郎、新庄織部、松平縫殿頭、神尾若狭守、浅野美作守、日光門主、井伊掃部頭、酒井備前守、小出信濃守、田沼主殿頭、東郷実孝(源五)、武井岡右衛門、町人平四郎
宛先
—
キーワード
日光山法会、本使副使、参着届、見廻り、寺社奉行、大目付、日光奉行、日光門主、若君名代、贈物、白銀、先例朱書、太刀奉納、翌朝出立
追録6-No.181-32伺書旧記雑録暫定版確認度 高

使番伺書

東照宮百五十回忌の日光法会に際し、御使番が三月二十三日、使者の参着後の挨拶、贈物、奉納・出立の手続を伺う。松平右近将監には家老衆が留守居の案内で到着届と見廻りを行い、諸事の指図を頼むことを問う。寺社奉行酒井飛騨守・土岐美濃守、大目付筒井大和守、目付夏目藤四郎・新庄織部・松平縫殿頭、日光奉行神尾若狭守・浅野美作守には、留守居が到着を届け、使者を出して見廻る案を掲げる。日光奉行への見廻りは先例が見えないとも記す。日光門主には留守居案内の家老使者が干菓子一箱・干椎茸一捲を贈る案を示し、当家古帳の一種に対して年番廻状と一統の相談では二種であるため、その扱いを問う。若君名代の井伊掃部頭・酒井備前守、若御年寄小出信濃守、御側衆田沼主殿頭への挨拶は、年番廻状の本使見廻りと当家先例を吟味して留守居の使者とする案。長坂の警固に赴く酒井修理大夫には留守居付を差し遣わし、勘定・作事奉行には留守居の使者、日光目代には留守居付から御用人への口達を問う。大楽院へ銀五枚、覚王院・信解院へ各三枚、遊戯院へ五枚を掲げ、信解院の贈物は旧例と年番廻状の相違を宿坊への照会や現地の位付に応じて取り計らうよう朱書が補う。日光目代・龍光院・光樹院・徒目付には旧来の贈物があるが、一統で不要との廻状により贈らない場合の不都合を懸念し、指図を求める。太刀奉納前夜と奉納後の届出、翌朝出立の口達を右近将監へ行う案、宿亭主や滞在中の世話人への謝礼を留守居の現地判断で定める案も伺う。末尾は年番廻状と古帳の先例を吟味し、他の事項は留守居と相談する趣旨。朱書には三月二十五日の御意と、二十九日に吟味どおり命じる旨を御使番・首尾懸へ申し渡した記録がある。

登場人物
御使番、松平右近将監、嶋津左中、川上龍衛、岩下佐次右衛門、酒井飛騨守、土岐美濃守、筒井大和守、夏目藤四郎、新庄織部、松平縫殿頭、神尾若狭守、浅野美作守、井伊掃部頭、酒井備前守、小出信濃守、田沼主殿頭、酒井修理大夫
宛先
松平右近将監
キーワード
東照宮百五十回忌、日光法会、参着届、見廻り、留守居案内、家老使者、日光門主、干菓子、干椎茸、銀、年番廻状、古帳先例、贈物不要、奉納前夜、出立口達、謝礼、勤向伺
追録5-No.2746保姫入輿次第旧記雑録暫定版確認度 高

保姫入輿次第

十二月四日辰上刻、保姫が刑部卿の屋敷表門から発輿し、八代洲河岸・日比谷御門・新橋・西之久保八幡・赤羽橋・諏訪安藝守屋敷前を経て東御門へ入る次第を定める。道筋の辻には馬廻二人・歩行二人・硯箱と料紙を持つ足軽四人を配置し、東御門と中門の左右に立番八人、先行女中の案内に奥附士一人・足軽四人を置く。輿渡の田沼能登守と貝桶渡の末吉善左衛門を迎え、新奥への案内と酒井飛騨守への接遇を整え、輿は島津左中、貝桶は主鈴が受け取る。乗物は奥附士十六人が扱い、鎖口からは内奥大番六人が輿を通し、高橋縫殿が輿に添い、刀・弓・長刀・日傘・建輿・袱紗箱・茶と弁当などの受渡し、後続女中の下乗、惣供の南御門からの引取りを役別に定め、行列は別紙によるとする。

登場人物
保姫・刑部卿・馬廻・歩行・足軽・奥附士・田沼能登守・末吉善左衛門・酒井飛騨守・島津左中・主鈴・内奥大番・高橋縫殿・女中
宛先
記載なし(独立宛名なし)
キーワード
十二月四辰上保姫刑部邸発輿東御門入、八代洲日比谷新橋西之久保赤羽橋諏訪経路、辻馬廻二歩行二足軽四立番八、左中輿主鈴貝桶、田沼末吉迎酒井飛騨接遇、奥附士十六乗物惣供南門、内奥大番六人通輿、高橋縫殿輿添
追録7-No.629系譜旧記雑録暫定版確認度 高

随姫斉宣系譜抄(目録629)

御系図中。図に斉興・男女六人・女子を並べ、女子は祀姫・随姫・随眞院、島津飛騨守忠徹夫人と記す。享和元年7月23日生、母は操姫と同じ、実母は忠公と同じとの注。明治9年7月17日卒、法名随眞院殿圓諦妙觀大姉を記す。図の斉興を父と読み替えず、母の参照注と生卒・夫名・院号を分ける。

登場人物
祀姫・随姫・随眞院、斉興(図表示)、島津飛騨守忠徹、操姫・忠公(実母参照)
宛先
独立宛名なし
キーワード
御系図、祀姫随姫、忠徹夫人、母操姫同・実母忠公同、明治九年卒、随眞院
追録7-No.661系譜旧記雑録暫定版確認度 高

斉宣子女系譜抄(目録661)

御系図中。図に斉興・男女7人と武五郎及び女子2名を並べる。武五郎は享和2年壬戌5月15日生、母島津仲久達女(建カ注)。文化6年己巳、先に島津若狭忠寛の嗣子としていたが、この6月に帰す命があったとの近秘野帥注を伴う。文化9年壬申2月22日早世、2月20日を忌日とする記載を保持し、法名霊含院殿義相理演大禅童子。女子の於美壽は享和2年5月20日生、母林安右衛門昌世妹、9月17日死亡、法名瑞光院殿月心秋桂大禅童女。女子の於長は長姫・苗姫・聰姫・聰徳院の名を連記し、阿部飛騨守正篤夫人とする。享和2年7月18日生、母は操姫と同じ、実母青木休右衛門盛晏女。明治5年8月29日卒、法名聰徳院殿光蓮社永譽壽妙貞行大禅祥大尼。図の斉興を父に読み替えず、各子女の母、生卒と忌日、養子注と別系譜662を区別する。

登場人物
斉興(図表示)、武五郎、島津仲久達女(建カ注)、島津若狭忠寛、於美壽、林安右衛門昌世妹、於長・長姫・苗姫・聰姫・聰徳院、阿部飛騨守正篤、操姫、青木休右衛門盛晏女
宛先
独立宛名なし
キーワード
御系図、武五郎、若狭忠寛嗣子・帰還、早世日と忌日、於美壽、於長・長姫・苗姫・聰姫、表記母実母、阿部正篤夫人
追録7-No.662系譜旧記雑録暫定版確認度 高

聰徳院斉宣子女系譜抄(目録662)

近秘野帥の斉宣公御子・女子於長の系譜。長姫・聰姫・苗姫・聰姫と名を連記し、阿部飛騨守正篤夫人、小字房丸とする。享和2年壬戌7月18日府城生(阿部氏は文化元年とする注)、母丹羽氏蓮亭夫人、実母青木休右衛門盛晏女・名琴。文化10年より前に島津太郎次郎へ許嫁、この12月に命により取りやめ長姫へ改名。11年2月聰姫へ改名、8月27日に啓之助君と府城を発ち、11月6日江戸着。12年11月に苗姫へ改名、14日に水野周防守忠篤(上総鶴牧1万5千石)へ許嫁、12日結納と記し、13年7月8日に忠篤卒・心喪3旬。文政2年6月に立花伯耆守(筑後柳川11万9千6百石)へ許嫁、3年10月11日に婚約を解く。6年12月阿部房丸へ許嫁し聰姫へ改名、27日に阿部氏へ適く。房丸の年齢について22と20の異説、出生を文化元年7月17日とする注があり、文政10年7月に聰姫へ改唱したと記す。複数の許嫁・解約と実際の入家、改名時点、結納と許嫁の日付の逆順、出生異説を原記載のまま分ける。

登場人物
於長・長姫・聰姫・苗姫、斉宣、丹羽氏蓮亭夫人、青木休右衛門盛晏女(名琴)、島津太郎次郎、水野周防守忠篤(壱岐守忠韶養子・実父松平大膳大夫斉房)、立花伯耆守(鑑賢)、阿部房丸・飛騨守正篤、啓之助
宛先
独立宛名なし
キーワード
府城出生、出生異説、表記母実母、島津婚約取止、江戸移動、水野忠篤許嫁・結納・卒、立花鑑賢婚約解消、阿部房丸許嫁・入家、改名
追録7-No.1600-1覚書旧記雑録暫定版確認度 高

御記録所問合書留(公辺の産穢・忌服中代参取扱)

御記録所の問合書留。白木八番箱二十一番、文化十五年の前置を持ち、産穢・忌服中の代参を江戸留守居経験者に照会し、返答を引札に記す。朱張紙は、産穢中の代参は流れ、御正統方年回法事で穢明け後の代参を命じる場合は祭主のない事として区別する。忌中の法事は延期も申し付けないが、芳蓮院等格別の年回は法事延期の筋、慎中の仏事は不苦とする。御宮・神前代参は紅葉山が流れ、日光は延期例があり、首途の神祇服忌令は伊勢・山王と同様。名代や前文差立・東照宮祭式神事の問いには、代参・供物をせず流れる場合と、穢明け後の聖堂春秋祭式を区別する。先例は寛政十年大樹寺道幹(徳川広忠)二百五十回忌で三月六日産穢中につき八日松平伊賀忠済が代参。文化七年六月十二日惇信院五十回法事は大納言忌中で名代なし、七月十二日は松平能登守を名代とし忌中を後らせ香奠を用意。六月十五日の山王代参祭礼を十三日の大奥女中安産で延期した例は寛政八年、七月廿三日高井飛騨守を名代とし供物は例通り。天明七年正月二日の伊勢・日光名代は服中につきなし、十月朔日の服明けには命じた。聖堂代参が流れる例も度々あるとし、類例を認拔置く。慈光院法事の照会文は次の1600-2へ連結し、本件の編纂年と篠原書状の発給日を区別する。

登場人物
御記録所、江戸留守居経験者、道幹(徳川広忠)、松平伊賀忠済、惇信院、大納言、松平能登守、高井飛騨守、芳蓮院
宛先
江戸留守居経験者(前置の照会先、独立した宛所なし)
キーワード
御記録所白木八番箱二十一文化十五産穢忌服代参問合引札朱張紙流延期正統年回法事祭主芳蓮院慎佛紅葉山日光伊勢山王東照宮聖堂春秋大樹寺道幹250回寛政十三月六八伊賀忠済文化七惇信50回六月十二七月十二松平能登大奥安産寛政八山王七月廿三高井天明七正月二十月朔類例認拔
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 17文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国書状

川上久国が島津久元らへ、黄門様は脈がやや和らいだものの、横になれず、物にもたれると息を引き、強い発作時には顔が畳につくほどで難儀していると詳報する。伊豆守が野州老・左衛門佐へ帰宅を命じたことを伝え、天草の騒動終結後の軍勢帰還と番手・大将の体制を協議するよう求める。琢庵の書状を届け、越中守・飛騨守・玄蕃・鍋島らの下向が確実か、他国の動向も聞いて報告するよう頼む書状。

登場人物
川上久国、黄門様、琢庵、宮内卿、伊豆守、野州老、左衛門佐、越中守、飛騨守、玄蕃、鍋島、豊州、島津久元、山田民部少輔、三原左衛門佐
宛先
下野守(島津久元)、山田民部少輔、三原左衛門佐
キーワード
黄門様、病状、琢庵、宮内卿、伊豆守、野州老、左衛門佐、天草、軍勢帰還、番手、大将、諸将下向、他国動向