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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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848 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編2-No.91文書確認度 高

羽柴秀吉直書

羽柴秀吉が島津義久へ、九州の国郡境界をめぐる争いを停止し、双方の言い分を京都で審理して裁定すると命じた直書。使者を上洛させて「天下静謐」の方針に従うよう求め、命令を受け入れなければ処罰する意向も示す。豊臣政権が九州停戦・国分裁定へ直接介入し、島津氏へ服属を迫る段階を示す重要文書である。

登場人物
羽柴秀吉、島津義久、九州諸勢力
宛先
島津修理大夫殿(島津義久)
キーワード
羽柴秀吉直書、羽柴秀吉、島津義久、島津修理大夫、九州停戦令、国郡境界、上洛、裁定、天下静謐、豊臣政権
後編2-No.121文書確認度 高

島津義久書状

羽柴秀吉が関白として九州の戦乱停止を命じ、島津方が従わなければ討伐すると通告した書状を、上井覚兼の日記から採録した文書。島津義久は正月十一日付で返答し、豊薩和睦への姿勢を述べながら、現状では命令を受け入れ難い事情を説明した。秀吉の九州停戦令と島津氏の抵抗が正面から現れる、九州征伐直前の重要史料である。

登場人物
島津義久、羽柴秀吉、上井覚兼
宛先
島津義久(秀吉命令の記録)
キーワード
上井覚兼日記、羽柴秀吉、島津義久、九州停戦令、惣無事令、豊薩和睦、関白、討伐通告、九州征伐、返書
後編1-No.1276記事確認度 高

新納忠元譜

天正十年六月、明智光秀が本能寺で織田信長を弑し、十三日に羽柴秀吉が小栗栖で光秀を討って復仇したと記す。京都滞在中の日向長持寺僧が近衛前久を訪ねたため、前久は同僧を帰国させ、伊集院忠棟への書状を持たせた。

登場人物
織田信長、明智光秀、羽柴秀吉、長持寺僧、近衛前久、伊集院忠棟
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、本能寺の変、織田信長、明智光秀、羽柴秀吉、小栗栖、長持寺僧、近衛前久、伊集院忠棟
後編1-No.1286文書確認度 高

新納忠元書状

新納忠元が伊集院忠棟へ、近衛前久の書状を持って帰国する長持寺僧を熊本から大口経由で安全に同行させるよう依頼した書状。僧が京都情勢を直説するとし、羽柴秀吉が中国方と和談して明智方を討ち、信長の仏事を行ったと報じる。一方、細川藤孝戦死の風聞を惜しみ、秋の出勢について吉利忠澄の進言も伝える。

登場人物
新納忠元、伊集院忠棟、長持寺僧、近衛前久、羽柴秀吉、明智光秀、細川藤孝、吉利忠澄
宛先
伊集院右衛門大夫忠棟・近習御中
キーワード
新納忠元書状、伊集院忠棟、長持寺僧、近衛前久、羽柴秀吉、明智光秀、信長仏事、細川藤孝死亡誤報、吉利忠澄
後編1-No.1324文書確認度 高

近衛龍山前久書状

近衛前久が島津義久へ、本能寺の変後に明智方への加担を疑われて醍醐山へ退いた事情と、織田信孝・羽柴秀吉をめぐる内紛、徳川家康の助力による上洛・弁明の見通しを詳述した書状。疑いが晴れなければ島津を頼って下向する意向を示し、忠節を尽くした持明院・安養坊や堀池父子への厚遇、領知問題の取次を依頼する。

登場人物
近衛前久、島津義久、織田信長、織田信孝、羽柴秀吉、徳川家康、持明院、安養坊、伊集院忠棟、堀池父子
宛先
島津修理大夫義久
キーワード
近衛前久書状、本能寺の変、織田信長、織田信孝、羽柴秀吉、徳川家康、醍醐山、上洛、下向、持明院、安養坊、領知
後編1-No.1360文書確認度 高

近衛前久書状

近衛前久が島津義久へ、徳川家康の取り成しによって疑いが解け、前年八月に出立して九月に上洛したこと、羽柴秀吉側の処置を受けたものの万事不如意であることを伝えた書状。家康が鷹を好むため若鷹を贈るよう頼み、馬の調達も求めるとともに、以前約束された日向の領知、肥後の相良旧領、十町の未進分を早く渡すよう要請した。

登場人物
近衛前久、島津義久、徳川家康、羽柴秀吉、伊勢貞知
宛先
島津修理大夫義久
キーワード
近衛前久書状、島津義久、徳川家康、羽柴秀吉、上洛、万事不如意、若鷹、馬、日向領知、相良旧領、十町未進、伊勢貞知
後編1-No.1380記事確認度 高

島津義久譜

天正十二年二月十四日、日向宮崎城にいた上井覚兼のもとへ善哉坊真連房頼俊が訪れ、前年に公方家の上使として下向した布施治部少輔からの書付を示した記事。羽柴秀吉の尽力で足利義昭の当春帰洛が確実となったため、島津に一層の協力を求め、年内に春日局を先に上洛させたと伝える。

登場人物
島津義久、上井覚兼、善哉坊真連房頼俊、布施治部少輔、足利義昭、羽柴秀吉、春日局
宛先
—
キーワード
島津義久譜、上井覚兼、善哉坊、布施治部少輔、足利義昭、羽柴秀吉、帰洛、春日局、宮崎城
後編1-No.1381文書確認度 高

足利義昭御内書

足利義昭が島津義久へ、前年に伝えたとおり羽柴秀吉の尽力によって当春の入洛が確実となったので、引き続き忠節を尽くすよう求め、先に春日局を年内に上洛させたと伝えた御内書。上井覚兼日記中に写される。

登場人物
足利義昭、羽柴秀吉、春日局、島津義久
宛先
島津義久
キーワード
足利義昭御内書、島津義久、羽柴秀吉、帰洛、忠節、春日局、上井覚兼日記
後編2-No.120記事確認度 中

島津義久譜

天正十四年正月、島津方が豊後の護摩所へ攻め入り、肥後・日向口で軍事行動を進めたことを記す島津義久譜。正月二十三日には羽柴秀吉から新年の書状が届き、義久が細川兵部大輔入道を通じて返書した。豊後侵攻と中央政権への外交が並行していたことを示す。

登場人物
島津義久、羽柴秀吉、大乗院法印、細川兵部大輔
宛先
記事
キーワード
島津義久譜、島津義久、羽柴秀吉、豊後、護摩所、肥後、日向、細川兵部大輔、新年書状、中央外交
後編2-No.128記事確認度 高

島津義弘譜

天正十四年三月、近衛信尹から島津義弘へ使者と書状が届き、京都の諸事情が伝えられた島津義弘譜の記事。使者の古川宗心は、羽柴秀吉が近衛家の猶子となったうえで関白に任じられた経緯にも言及した。島津方が公家との連絡網を通じて秀吉の政権掌握を把握していたことを示す重要な記事である。

登場人物
島津義弘、近衛信尹、古川宗心、羽柴秀吉
宛先
該当なし
キーワード
島津義弘譜、島津義弘、近衛信尹、古川宗心、羽柴秀吉、関白、近衛家猶子、京都、公家外交、使者
後編2-No.136記事確認度 高

島津義久譜

天正十四年五月一日、京都から帰着した鎌田刑部左衛門尉が、羽柴秀吉の九州国分・和平案を島津方へ報告した島津義久譜の記事。肥後半国・豊前半国・筑後一国を大友氏、肥前一国を毛利氏、筑前一国を京都方の知行とし、その他を島津領として和平を成立させるという構想が示された。秀吉が九州諸国を再配分して戦争を終結させようとした段階の重要な情報である。

登場人物
島津義久、鎌田刑部左衛門尉、羽柴秀吉、大友氏、毛利氏
宛先
該当なし
キーワード
島津義久譜、島津義久、鎌田刑部左衛門尉、羽柴秀吉、九州国分、和平案、大友氏、毛利氏、肥後、豊前、筑後、筑前
後編2-No.195記事確認度 高

島津義久譜

鎌田政近を介して羽柴秀吉に九州の処置を求めたところ、秀吉は島津領を薩摩・大隅・日向・肥後半国などに限り、豊後を大友、筑前を公領、肥前を毛利領とする案を示した。島津義久は「九州すべてを島津の土地とするならよいが、そうでなければ兵革は止められない」と応じ、軍勢を増強して豊後侵攻へ踏み切った。九州国分案と島津側の拒絶を伝える重要史料である。

登場人物
島津義久、羽柴秀吉、鎌田政近、大友義統、毛利輝元
宛先
—
キーワード
島津義久、羽柴秀吉、鎌田政近、九州国分案、惣無事令、大友義統、毛利輝元、豊後侵攻、九州征伐
後編2-No.208記事確認度 中

日向記

別の『日向記』は、高城敗北後に圧迫された大友宗麟が上洛して羽柴秀吉に救援を求め、秀吉が中国・四国勢を豊後へ送った背景から説き起こす。宇喜多・毛利・小早川・仙石・長宗我部らの軍勢が進む一方、島津家久勢がこれを迎撃し、河原・城郭での戦闘、敗走、討死・捕虜の発生へ至る。九州征伐前夜の豊臣方援軍と島津軍の衝突をまとめた記事である。

登場人物
大友宗麟、羽柴秀吉、島津家久、宇喜多秀家、毛利輝元、小早川隆景、仙石秀久、長宗我部元親
宛先
—
キーワード
日向記、大友宗麟、羽柴秀吉、島津家久、宇喜多秀家、毛利輝元、小早川隆景、仙石秀久、長宗我部元親、豊後救援
後編2-No.233文書確認度 中

九州動座之次第

羽柴秀吉の九州出兵に従う諸隊を、正月・二月・三月の出陣日ごとに分け、羽柴一門、毛利・宇喜多勢、前備・後備などの配置と兵数を列挙した軍勢一覧。各大名・家臣ごとの人数を細かく掲げ、最後に御馬廻衆を除く旨と大きな合計数を記す。数値には誇張・伝聞の可能性があるが、島津側が把握した豊臣軍の編成と圧倒的規模を知る史料である。

登場人物
羽柴秀吉、羽柴秀長、羽柴秀次、宇喜多秀家、毛利輝元、小早川隆景、前野長康
宛先
—
キーワード
九州御動座之次第、羽柴秀吉、羽柴秀長、羽柴秀次、宇喜多秀家、毛利輝元、小早川隆景、軍勢一覧、兵数、前備、後備、九州征伐
後編2-No.235記事確認度 高

島津義久譜

天正十五年正月二十六日、島津義弘が球珠郡野上城へ陣を移し、周辺諸城の多くを降伏させた記事。なお抵抗する城に川上久信・町田久倍・新納忠元らを向け、外郭と二の丸を破り、五日後に本丸を陥落させた。続いて北里・小国方面も降伏したが、二月には羽柴秀吉の大軍接近が記され、豊後・肥後戦線が攻勢から対豊臣防衛へ転じる局面を示す。

登場人物
島津義弘、川上久信、町田久倍、新納忠元、羽柴秀吉
宛先
—
キーワード
島津義弘、野上城、川上久信、町田久倍、新納忠元、球珠郡、城攻め、降伏、羽柴秀吉、九州征伐
後編2-No.148文書確認度 高

島津義久書状案

島津義久が毛利右馬頭へ、大坂に派遣した使節が関白殿との対談と懇ろな承諾を得たことを喜び、毛利方の取り成しに謝意を示した書状案。今後も関係を疎略にせず、細部は五戒房が説明すると伝える。秀吉政権との交渉を毛利氏の仲介で継続しようとする外交文書である。

登場人物
島津義久、関白羽柴秀吉、毛利右馬頭、五戒房
宛先
毛利右馬頭殿
キーワード
島津義久書状案、島津義久、毛利右馬頭、羽柴秀吉、大坂、関白、使節、五戒房、外交交渉、取次
後編2-No.184文書確認度 低

島津義久書状案

島津義久が石田治部少輔へ、前年春に鎌田刑部左衛門尉を上洛させ、関白への取次を頼んだ経緯を述べた書状案。上意への返答を急ぐべきところ、夏以来の肥後・筑前境の混乱に妨げられて遅延したのは本意ではないと釈明し、今後も仲介を求める。九州の軍事情勢が中央政権との外交実務を直接遅らせたことを示す。

登場人物
島津義久、石田治部少輔、鎌田政近、羽柴秀吉
宛先
石田治部少輔
キーワード
島津義久書状案、島津義久、石田治部少輔、鎌田政近、羽柴秀吉、関白、上洛、取次、肥後筑前境、返答遅延
後編2-No.188文書確認度 高

島津義久書状案

島津義久が羽柴美濃守へ、前年春に鎌田刑部左衛門尉を通じて申し入れた後、連絡が途絶えた事情を述べる。肥後・筑前方面への軍事対応で返書が遅れたが、関白の命令に従う意向を示し、取次を改めて依頼した。軽い贈物として生糸三十斤を送っており、軍事的緊張のなかで中央との外交関係をつなぎ直そうとした書状案である。

登場人物
島津義久、鎌田政近、羽柴美濃守、羽柴秀吉
宛先
羽柴美濃守殿
キーワード
島津義久書状案、島津義久、羽柴美濃守、鎌田政近、羽柴秀吉、関白、肥後、筑前、取次、生糸三十斤
後編2-No.146文書確認度 高

島津中務大輔家久書状

島津家久が入田殿へ、大友宗麟下向の風聞を踏まえ、志賀氏一党との「入魂」を固めて豊後国内の味方をまとめるよう求める。京都に置いた使者や鹿児島への照会で返答が遅れた事情を説明し、近日中に加勢を三城表まで差し寄せ、高知尾へ逐次注進するよう促した。豊後国衆の調略と出兵準備を結ぶ書状である。

登場人物
島津家久、大友宗麟、志賀氏、入田氏、羽柴秀吉関係者
宛先
入田殿
キーワード
島津家久書状、島津家久、大友宗麟、志賀氏、入田氏、三城、高知尾、豊後国衆、調略、加勢
後編2-No.189文書確認度 高

島津義久書状案

No.188と同文のため、本文を省略して掲げた島津義久書状案。鎌田政近を介した上洛交渉、肥後・筑前方面の軍務による返答遅延、関白への取次依頼、生糸三十斤の贈答を内容とする。同内容が別の文書群にも伝わったことを示す異本・伝来資料である。

登場人物
島津義久、鎌田政近、羽柴美濃守、羽柴秀吉
宛先
羽柴美濃守殿
キーワード
島津義久書状案、島津義久、羽柴美濃守、鎌田政近、同文、省略、生糸三十斤、異本、文書伝来
後編2-No.183文書確認度 中

島津義久書状案

島津義久が鎌田刑部左衛門尉政近を上洛させ、九州境目の事情と島津方の立場を関白へ説明しようとした書状案。 大友氏との対立が続くなか、戦争回避と領国保全を中央政権に訴える外交文書である。

登場人物
島津義久、鎌田政近
宛先
関白殿(羽柴秀吉)
キーワード
島津義久、鎌田政近、関白、羽柴秀吉、上洛、九州境目、大友氏、外交、書状案
後編2-No.185文書確認度 中

島津義久書状案

島津義久が、前年春に派遣した使節が到着しなかった事情を述べ、京都との連絡が滞ったことへの釈明と今後の取次を関白へ求めた書状案。 九州情勢を中央へ報告しようとする一方、使者・交通の不確実さが外交を左右したことを示す。

登場人物
島津義久
宛先
関白殿(羽柴秀吉)
キーワード
島津義久、関白、羽柴秀吉、使節、京都、取次、九州情勢、外交、書状案
後編2-No.95記事確認度 高

北郷一雲時久譜

天正十三年十月七日、島津義久が家久・忠長・伊集院忠棟・北郷一雲・上井覚兼ら重臣を召集し、豊後征伐と羽柴秀吉の九州下向への対応を評議した記事。評議後の饗膳では義久を中座に、左右へ重臣を配置した座次を具体的に列挙する。対豊後・対秀吉の軍事方針と、島津家中の序列・意思決定構造を同時に伝える重要な譜記事である。

登場人物
島津義久、島津家久、島津忠長、平田光宗、伊集院忠棟、町田久倍、本田親貞、伊集院久治、上井覚兼、北郷時久ほか
宛先
—
キーワード
北郷一雲時久譜、島津義久、島津家久、島津忠長、伊集院忠棟、北郷時久、豊後征伐、羽柴秀吉、評議、饗膳、座次
後編2-No.98記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十三年十月、上井覚兼が豊後・肥後の軍事情勢と羽柴秀吉の九州介入への対応を連日記録した長大な日記区間。入田氏救援、城番・兵船・宿所・人質・帰服者の処置を協議し、島津家中の重臣らと秘密書状や京都使節の取次ぎを進める。秀吉の停戦・国分要求をめぐる情報、阿蘇・豊後方との折衝、諸将への返書が続く一方、寺社参詣、連歌、茶・酒宴、贈答、病気見舞いも詳しい。九州戦局と中央政局へ同時対応する島津家の緊張した実務を示す。

登場人物
上井覚兼、島津義弘、伊集院忠棟、本田親貞、上原尚近、町田久倍、新納忠元ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十三年十月、上井覚兼、伊集院忠棟、豊後、肥後、羽柴秀吉、京都使節、秘密書状、入田氏、兵船、宿所、戦時外交、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.119記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十四年正月、上井覚兼が新年儀礼と豊後戦線への対応を連日記録した日記区間。新納忠元らによる諸城攻略、人質・城郭の処置、高知尾・入田氏との交渉、使者・書状の往来を報告し、軍勢・兵糧・宿所を調整する。羽柴秀吉からの停戦要求や中央情勢も意識される一方、年始の参会、祈祷、寺社参詣、酒宴、連歌、贈答が続く。正月の華やかな儀礼と豊後侵攻の緊張が同じ日程に重なる島津家中の戦時の日常を示す。

登場人物
上井覚兼、島津義久、新納忠元、平田豊前守、伊集院忠棟、高知尾衆、入田氏ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十四年正月、新納忠元、豊後、高知尾、入田氏、城攻め、人質、羽柴秀吉、軍議、正月儀礼
後編2-No.124記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年二月から三月にかけて、上井覚兼が島津家中の参会・贈答・酒宴・連歌・祈祷と、豊後・肥後方面の軍事・外交を日々記録した長大な日記区間。羽柴秀吉の停戦命令への返答、細川・近衛家や京都との書状往来、諸将の出陣・帰陣、城郭・人質・兵糧の処置を協議する。入田氏、高知尾、志賀道益らをめぐる豊後情勢を追い、日向・肥後口の作戦も調整した。年始から春の儀礼生活と九州征伐前夜の政治的緊張が同時進行する島津家中の実像を伝える。

登場人物
上井覚兼、伊集院忠棟、新納忠元、平田新四郎、高知尾衆、入田氏ほか
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、天正十四年、羽柴秀吉、九州停戦令、豊後、肥後、入田氏、高知尾、志賀道益、軍議、書状往来、家中儀礼、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.127記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年三月上旬から四月初旬、上井覚兼が狩猟・花見・寺社参詣・酒宴・連歌・贈答を続けながら、豊後・肥後・日向・筑紫方面の使者往来と軍事相談を連日記録した日記区間。羽柴秀吉や近衛家からの書状、九州停戦命令への返答、入田氏・高知尾衆との交渉、諸将の出陣と城郭・兵糧の処置を協議する。返書の遅延や情報不足への焦燥も記され、儀礼的な家中生活の裏で中央政権への対応と豊後戦線の判断が絶えず迫られていたことを伝える。

登場人物
上井覚兼、伊集院忠棟、新納忠元、平田新四郎、入田氏、高知尾衆ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十四年三月、四月、羽柴秀吉、近衛家、豊後、肥後、日向、入田氏、高知尾、九州停戦令、軍議、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.134記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年四月から五月にかけて、上井覚兼が豊後方面への出陣準備、入田氏・志賀氏・高知尾衆との連絡、軍勢・兵糧・船・使者の手配を記録した長大な日記区間。近衛家・京都からの書状や羽柴秀吉方への返答をめぐる相談が続き、使者の遅延、情報不足、家中の意見の食い違いに覚兼が苛立つ場面も見える。寺社参詣、法華経講、狩猟、酒宴、贈答、病気見舞いなどの日常と、九州停戦令への外交対応・豊後侵攻の実務が同時進行する。

登場人物
上井覚兼、伊集院忠棟、新納忠元、入田氏、高知尾衆、志賀氏、豊後勢ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十四年四月、五月、伊集院忠棟、豊後、入田氏、志賀氏、高知尾、羽柴秀吉、近衛家、兵糧、軍議、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.141記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年五月から六月、上井覚兼が雨天の軍議、豊後・筑前への使者派遣、志賀道益・入田氏・高知尾衆との書状往来を連日記録した日記区間。近衛家・京都からの返書や羽柴秀吉方への対応を協議し、諸将の出陣、軍勢・船・兵糧の準備、祈祷や調伏の実施を進める。一方で連歌・酒宴・贈答・寺社参詣が続き、覚兼自身の病気や疲労、使者遅延への苛立ちも記される。筑前・豊後作戦が本格化する直前の兵站・情報連絡と家中の日常を同時に追える。

登場人物
上井覚兼、島津義弘、伊集院忠棟、新納忠元、志賀道益、入田氏、高知尾衆ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十四年五月、六月、豊後、筑前、志賀道益、入田氏、高知尾、羽柴秀吉、軍議、兵站、調伏、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.176記事確認度 高

島津義久譜

立花宗虎が降伏を拒んだのち、島津方が立花城を攻めようとする一方、秋月種実が羽柴秀吉の九州進出を警戒した情勢を記す。 蒲池氏の帰順や筑紫上野介の動向も交え、筑前攻略と中央政権への対応が同時進行したことが分かる。

登場人物
島津義久、立花宗虎、秋月種実、蒲池氏
宛先
—
キーワード
島津義久、立花宗虎、立花城、秋月種実、羽柴秀吉、蒲池氏、筑前、九州出兵
後編2-No.216文書確認度 高

足利義昭御内書

足利義昭が島津義久へ、秀吉と島津氏が武力対立していることを憂え、ぜひ和睦するよう求めた御内書。仲介のため一色駿河守を派遣するので、交渉を成立させるよう促しており、豊臣・島津間の和平を旧将軍が取り持とうとした文書である。

登場人物
足利義昭、島津義久、一色昭秀
宛先
島津修理大夫殿
キーワード
足利義昭、島津義久、羽柴秀吉、一色昭秀、和睦、和平仲介、御内書、九州征伐
後編2-No.217文書確認度 高

足利義昭御内書

足利義昭が伊集院忠棟へ、秀吉との争いを憂え、和睦実現のため尽力するよう求めた御内書。一色駿河守を派遣するので、主君島津義久への進言と交渉成立を期待しており、島津家中の重臣を直接動かそうとした和平工作である。

登場人物
足利義昭、伊集院忠棟、一色昭秀
宛先
伊集院右衛門大夫殿
キーワード
足利義昭、伊集院忠棟、羽柴秀吉、一色昭秀、和睦、重臣工作、御内書、和平仲介
後編2-No.218文書確認度 高

足利義昭御内書

足利義昭が島津義弘へ、秀吉との武力対立を憂え、和睦成立に尽力するよう求めた御内書。一色駿河守の派遣を知らせ、島津軍の中心人物である義弘からも主君へ働きかけることを期待しており、豊臣の九州出兵直前に行われた多方面の和平工作を示す。

登場人物
足利義昭、島津義弘、一色昭秀
宛先
島津兵庫頭殿
キーワード
足利義昭、島津義弘、羽柴秀吉、一色昭秀、和睦、御内書、和平仲介、九州征伐
後編2-No.219文書確認度 高

足利義昭御内書

足利義昭が島津家久へ、秀吉との武力対立を憂え、和睦成立のため島津義久へ進言するよう求めた御内書。一色駿河守を派遣するので交渉をまとめるよう促す。義久・義弘・伊集院忠棟らへの文書と一組で、島津一門・重臣を個別に説得した和平工作の一環である。

登場人物
足利義昭、島津家久、一色昭秀、島津義久
宛先
島津中務大輔殿
キーワード
足利義昭、島津家久、島津義久、羽柴秀吉、一色昭秀、和睦、御内書、和平仲介
後編2-No.1271文書確認度 高

後陽成天皇宸翰

後陽成天皇が大閤・豊臣秀吉へ、近衛信尹(前左府)が高麗への渡海を志しているとの話を聞き、摂家の家統が絶えかねないと案じて、思い止まらせるのがよいのではないかと意向を示した宸翰。 末尾には、この件によって信尹が勅勘を蒙り、配流にまで及んだとの注記がある。朝鮮出兵期における天皇・秀吉・近衛信尹の緊張関係を伝える史料である。

登場人物
後陽成天皇、豊臣秀吉、近衛信尹
宛先
豊臣秀吉(大閤殿)
キーワード
後陽成天皇、豊臣秀吉、近衛信尹、前左府、太閤、宸翰、高麗渡海、摂家、勅勘、薩摩配流、朝鮮出兵
後編2-No.1355文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

「本文書は一三四九号文書と同文につき省略」と注記された豊臣秀吉朱印状。一反を五間×六十間とし、畦・井溝を除外したうえで、村・在所・田畠・屋敷の区分ごとに斗代を定める。 島津領の石高算定基準を豊臣政権が公定した検地法令であり、具体的な本文はNo.1349を参照する。

登場人物
豊臣秀吉、島津氏、検地奉行衆
宛先
島津殿(No.1349参照)
キーワード
豊臣秀吉、島津氏、太閤検地、一反、五間六十間、斗代、田畠、屋敷、本文省略、No.1349
後編2-No.1495文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

薩摩国の知行割と仕置を命じるため、島津義弘へ朝鮮から早急に帰朝するよう命じた豊臣秀吉の朱印状。在番軍は又八郎忠恒と家老衆へ託して出船し、遅延しないことを求める。 詳細は石田三成から伝えるとし、朝鮮軍務の引継ぎと太閤検地後の領国再編を同時に進める命令である。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、島津忠恒、石田三成、島津家老衆
宛先
羽柴薩摩侍従(島津義弘)宛
キーワード
豊臣秀吉、島津義弘、島津忠恒、石田三成、帰朝命令、知行割、領国仕置、朝鮮在番、軍務引継ぎ、朱印状
後編2-No.1348文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

秀吉が島津領の検地に際し、侍・百姓以下で他国へ逃散した者がいれば、先例を調べたうえで捜索・拘束し、元の領主へ引き渡すよう命じる。どの領内で発見しても、その地の領主同士で連絡して処理すると定める。 検地による人別・土地把握と逃散者の還住を結び付け、領境を越えた捜索と身柄移送を制度化した朱印状。No.1348は本書と同文のため省略されている。

登場人物
豊臣秀吉、島津氏分国検地奉行衆、逃散侍、逃散百姓
宛先
島津氏分国(検地奉行衆)(No.1354参照)
キーワード
豊臣秀吉、太閤検地、逃散、侍、百姓、捜索、拘束、身柄引渡し、領主間連絡、朱印状
後編2-No.1349文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

秀吉が島津分国の検地基準を定め、一反を五間×六十間とし、畦や井溝を面積から除くよう命じる。上・中・下の村と在所、田・畠・屋敷などの区分ごとに、一反当たりの斗代を具体的に列挙する。 No.1345の斗代注文と対応し、島津領の石高算定基準を豊臣政権の朱印によって公定した検地法令。

登場人物
豊臣秀吉、島津氏、検地奉行衆
宛先
島津殿(島津氏分国)
キーワード
豊臣秀吉、島津氏、太閤検地、一反、五間六十間、畦、井溝、斗代、屋敷、朱印状
後編2-No.1354文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

秀吉が島津領の検地に際し、侍・百姓以下で他国へ逃散した者がいれば、先例を調べたうえで捜索・拘束し、元の領主へ引き渡すよう命じる。どの領内で発見しても、その地の領主同士で連絡して処理すると定める。 検地による人別・土地把握と逃散者の還住を結び付け、領境を越えた捜索と身柄移送を制度化した朱印状。No.1348は本書と同文のため省略されている。

登場人物
豊臣秀吉、島津氏分国検地奉行衆、逃散侍、逃散百姓
宛先
島津氏分国(検地奉行衆)
キーワード
豊臣秀吉、太閤検地、逃散、侍、百姓、捜索、拘束、身柄引渡し、領主間連絡、朱印状
後編2-No.1546文書確認度 中

豊臣秀吉朱印知行方目録

大隅国始羅郡、隅州・日州の諸村について、村ごとの石高を細かく列挙し、石田三成知行分や伊集院幸侃入道知行分などの区分を示す。 木田村・高井田村・帖佐村など多数の村名と端数まで記し、太閤検地後の領地編成を地名単位で復元できる目録。

登場人物
豊臣秀吉、石田三成、伊集院幸侃
宛先
—
キーワード
豊臣秀吉、知行方目録、大隅国、始羅郡、日向国、石田三成、伊集院幸侃、村別石高、太閤検地、領地編成
後編2-No.287文書確認度 高

豊臣秀吉定書

豊臣秀吉が薩摩国長嶋で百姓への乱妨、無断の伐採、敵対行為などを禁じ、違反者を厳科に処すと定めた定書。九州征伐下で進駐軍と住民双方の行動を統制し、地域秩序を維持するための具体的な禁止条項が並ぶ。

登場人物
豊臣秀吉、薩摩国長嶋の住民・軍勢
宛先
—
キーワード
豊臣秀吉定書、豊臣秀吉、薩摩国長嶋、百姓、乱妨、伐採、軍規、地域統制、禁止条項
後編2-No.306文書確認度 高

豊臣秀吉判物

豊臣秀吉が島津修理大夫(義弘)に対し、前年に定めた九州国分に従わず勝手な行動をしたため征伐したこと、義久が一命を捨てて降伏したので赦免したことを述べる。そのうえで薩摩一国を義弘に宛行い、今後は秀吉の掟を守って忠功を尽くすよう命じた朱印状。九州征伐後の島津領国処分を直接示す重要文書。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、島津義久
宛先
島津修理大夫(島津義弘)
キーワード
豊臣秀吉判物、豊臣秀吉、島津義弘、島津義久、九州国分、降伏赦免、薩摩一国安堵、領国処分、朱印状、九州仕置
後編2-No.307文書確認度 高

豊臣秀吉禁制

本文はNo.309の豊臣秀吉禁制と同文であるため省略されている。鹿児島における軍勢の乱妨狼藉や放火などを禁じ、違反者を処罰して戦後の秩序を維持する趣旨の文書である。

登場人物
豊臣秀吉、薩摩国鹿児島の軍勢・住民
宛先
—
キーワード
豊臣秀吉禁制、豊臣秀吉、鹿児島、同文省略、乱妨停止、放火禁止、軍紀、戦後秩序
後編2-No.309文書確認度 高

豊臣秀吉禁制

薩摩国鹿児島において、軍勢による乱妨狼藉と放火、地下人への不当な言い掛かりを禁止し、違反者は直ちに厳罰に処すと定めた豊臣秀吉の朱印禁制。豊臣軍の進駐下で住民を保護し、戦後秩序を回復するための具体的な軍紀を示す。

登場人物
豊臣秀吉、軍勢、地下人
宛先
薩摩国鹿児島
キーワード
豊臣秀吉禁制、豊臣秀吉、鹿児島、軍勢、地下人、乱妨狼藉、放火、不当な申懸け、厳罰、九州仕置
後編2-No.310文書確認度 高

豊臣秀吉禁制

薩摩国内において、軍勢の乱妨狼藉・放火・地下人への不当な言い掛かりを禁じ、違反者を厳科に処すとした豊臣秀吉の朱印禁制。No.309と同趣旨ながら掲示先を薩摩国全体とし、占領後の軍紀と住民保護を広域に徹底する文書である。

登場人物
豊臣秀吉、軍勢、地下人
宛先
薩摩国
キーワード
豊臣秀吉禁制、豊臣秀吉、薩摩国、軍勢、地下人、乱妨狼藉、放火、住民保護、朱印、九州仕置
後編2-No.316文書確認度 高

豊臣秀吉禁制

日向国において、軍勢による乱妨狼藉と放火、地下人への不当な言い掛かりを禁止し、違反者は厳罰に処すと定めた豊臣秀吉の朱印禁制。九州征伐後、日向へ進駐した軍勢の行動を規制して住民を保護するための基本的な軍紀を示す。

登場人物
豊臣秀吉、軍勢、地下人
宛先
日向国
キーワード
豊臣秀吉禁制、豊臣秀吉、日向国、軍勢、地下人、乱妨狼藉、放火、住民保護、九州仕置
後編2-No.321文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が大口方面への陣替えを前に、鹿児島への途中で花道院城へ二、三夜宿営する計画を伝えた朱印状。先手衆が宿営を迷惑だと申し立てたため、伊集院右衛門大夫・石田治部少輔・木食上人に現地へ赴いて説得させ、返答次第では処罰すると告げる。島津義久にも重ねて事情を説明するよう命じ、豊臣軍の移動・宿営を強く徹底した文書。

登場人物
豊臣秀吉、島津義久、伊集院右衛門大夫、石田治部少輔、木食応其
宛先
伊集院右衛門大夫・石田治部少輔・木食上人
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、大口、花道院城、宿営、伊集院右衛門大夫、石田治部少輔、木食応其、説得、処罰
後編2-No.328文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が九州の領国を改め、島津兵庫頭(義弘)へ新恩として大隅国を宛行い、今後の奉公を命じた朱印状。ただし肝付一郡は以前からの命令どおり伊集院右衛門大夫へ渡すよう明記する。九州征伐後の大隅国処分と、島津一門・重臣間の知行配分を直接示す重要文書。

登場人物
豊臣秀吉、島津義弘、伊集院右衛門大夫
宛先
島津兵庫頭(島津義弘)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、島津義弘、大隅国、肝付郡、伊集院右衛門大夫、九州国分、知行配分、新恩、引渡し
後編2-No.330文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津又一郎(久保)へ、日向国真幸院に付属する一郡を宛行い、完全に領知することを認めた朱印状。今後は忠勤を尽くすよう命じており、人質として秀吉に従った久保を個別に豊臣政権下の領主として位置付ける知行文書である。

登場人物
豊臣秀吉、島津久保
宛先
島津又一郎(島津久保)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、島津久保、島津又一郎、真幸院、諸県郡、所領安堵、忠勤、知行