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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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50 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編1-No.513文書確認度 中

関東御教書

法橋栄尊の建長五年七月十日付譲状に基づき、太郎佐範に五ヶ所の名主職を領掌させることを認めた関東御教書。比志嶋・河田・西俣などの配分先を確認し、後日の改易を避けるため御判を求めた経緯を含む。

登場人物
法橋栄尊・満家院関係者ほか
宛先
薩摩国満家院・比志嶋・河田・西俣ほか
キーワード
関東御教書、法橋栄尊、太郎佐範、名主職、比志嶋、河田、西俣、五ヶ所、領掌、改易
後編2-No.1107文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

高麗在番衆と各使者に、大友吉統が小西行長の守る拠点を十分に援助せず、敵情を確かめないまま退却したことを「臆病」として厳しく告知した覚書。豊臣秀吉が、九州征伐時にも大友氏救援のため自ら出馬した経緯を挙げ、吉統の所領没収と毛利輝元への預け置きを命じる一方、その子には扶持を与えて加藤清正の配下に置く方針を示す。朝鮮出兵中の軍紀維持と、大友氏改易の処分過程を具体的に伝える重要史料。

登場人物
豊臣秀吉、小西行長、大友吉統、毛利輝元、加藤清正、島津氏
宛先
高麗在番衆中・各付御使者
キーワード
覚書、文禄の役、高麗在番衆、小西行長、大友吉統、敵前退却、軍紀、改易、所領没収、豊臣秀吉、毛利輝元、加藤清正、九州征伐、大友氏処分
後編3-No.5文書確認度 高

島津忠恒家久証状

島津忠恒が伊集院下野入道へ、国元の改易と諸侍の知行支配には自分が不案内であるため、在国する龍伯・武庫が判断すると伝えた。両者が同意しない場合にも忠恒が取り成して知行を宛行うと約し、引き続き忠節を尽くすよう求めた証状。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、武庫(島津義弘)、伊集院下野入道
宛先
伊集院下野入道殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、島津義弘、伊集院下野入道、改易、知行支配、宛行、忠節、証状
後編3-No.10文書確認度 高

島津忠恒加増目録

島津忠恒が源七郎へ、薩州鹿籠内の別府村百六十石九斗九升を含む合計五百石の加増を示した目録。太閤の命による分国検地・改易で旧領を離れることへの配慮として、知行について龍伯・武庫と相談し、特に念を入れて取り計らうと伝える。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、武庫(島津義弘)、源七郎
宛先
源七郎殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、島津義弘、源七郎、薩州鹿籠、別府村、五百石、加増、分国検地、改易、知行目録
後編3-No.11文書確認度 高

島津忠恒証状

島津忠恒が入来院又六へ、改易によって代々相伝の領地を離れ、打ち上げた田数にも不足があって迷惑であろうと述べた。知行については龍伯・武庫と相談して特に念を入れて処置するため、心配しないよう伝えた証状。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、武庫(島津義弘)、入来院又六
宛先
入来院又六殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、島津義弘、入来院又六、改易、相伝領地、田数、知行、証状
後編3-No.12文書確認度 高

島津忠恒証状

島津忠恒が喜入摂津守へ、改易によって代々相伝の領地を離れ、打ち上げた田数にも不足があって迷惑であろうと述べた。知行については龍伯・武庫と相談して特に念を入れて処置するため、心配しないよう伝えた証状。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、武庫(島津義弘)、喜入摂津守
宛先
喜入摂津守殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、島津義弘、喜入摂津守、改易、相伝領地、田数、知行、証状
後編3-No.13文書確認度 高

島津忠恒証状

島津忠恒が新納五郎右衛門尉へ、国元の改易と諸侍の知行支配には自分が不案内であるため龍伯・武庫と相談すると述べ、これまで示してきた誠実な奉公を忘れていないので、特に念を入れて知行を宛行うと約し、なお忠節を尽くすよう求めた証状。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、武庫(島津義弘)、新納五郎右衛門尉
宛先
新納五郎右衛門尉殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、島津義弘、新納五郎右衛門尉、改易、知行支配、奉公、宛行、忠節、証状
後編3-No.60文書確認度 高

島津忠恒証状

島津忠恒が新納武蔵入道へ、国元の改易に伴う諸侍の知行支配は自分には案内がなく不審もあるが、龍伯(島津義久)と相談して処理すると伝える。新納の長年の忠節を評価し、油断があっても両殿の前で申し調えて身上・進退が安泰となるよう必ず取り計らうと保証した証状。

登場人物
島津忠恒、龍伯(島津義久)、新納武蔵入道
宛先
新納武蔵入道殿
キーワード
島津忠恒、島津義久、龍伯、新納武蔵入道、改易、知行支配、忠節、両殿、身上、進退、証状
後編4-No.779記事確認度 中

得能氏記録

得能氏記録。越後堀家で堀忠俊と家臣堀直寄・堀監物らの間に権威争いと讒言が生じ、家中統制が崩れた経緯を記す。幕府の裁定、改易・追放、関係者の処分や後日の消息を詳述し、家臣の忠節と主家統治を論じる。

登場人物
堀忠俊、堀直寄、堀監物、徳川家康
宛先
—
キーワード
得能氏記録、堀忠俊、堀直寄、堀監物、越後、家中内紛、讒言、徳川家康、幕府裁定、改易、追放、忠節
後編4-No.841文書確認度 中

平田宗親起請文前書

慶長十六年六月十六日、平田宗親が忠誠誓約に先立って記した起請文前書。太郎左衛門の違背、親類・庄内衆との関係、過去の書状・改易、赦免や忠節の条件を詳述する。

登場人物
平田宗親、島津家久、太郎左衛門、伊集院専次方、庄内衆
宛先
—
キーワード
平田宗親起請文前書、島津家久、太郎左衛門、伊集院専次方、庄内衆、違背、改易、赦免、忠節
後編4-No.1067文書確認度 中

稲葉典通書状

慶長十八年十一月十六日、稲葉典通が羽柴陸奥守へ、高橋右近の法度違反による入城・改易、家財・知行の調査、領民への年貢賦課と兵糧支給について報じ、近辺での協力を求めた書状。

登場人物
稲葉典通、羽柴陸奥守、高橋右近、相良左兵衛佐
宛先
羽柴陸奥守様
キーワード
稲葉典通書状、羽柴陸奥守、高橋右近、法度違反、入城、改易、家財調査、年貢、兵糧
後編4-No.1589記事確認度 高

島津家久譜

福島正則の城郭修築が幕府の糾問を受け、いったん弁明が認められたものの疑念が残り、家久が伊勢貞昌を通じて本多正純へ事情を伝え、その後秀忠が正則を改易して出羽へ移した経緯を記す。

登場人物
島津家久、福島正則、徳川家康、徳川秀忠、伊勢貞昌、本多正純
宛先
福島正則
キーワード
島津家久譜、福島正則、城郭修築、幕府糾問、伊勢貞昌、本多正純、改易、出羽、徳川秀忠
後編4-No.1783記事確認度 高

島津家久譜

島津家久が九月に鹿児島城を発して江戸へ赴き、江戸で越年したことを記す。紀伊中納言・越前宰相や本多正純をめぐる風説に続き、徳川秀忠の日光社参帰途に宇都宮城で企てが露見し、本多正純が処罰・改易され、その所領が功臣に与えられた経緯を述べる島津家久譜の記事。

登場人物
島津家久、徳川秀忠、徳川頼宣、松平忠直、本多正純、伊勢貞昌、奥平忠昌
宛先
—
キーワード
島津家久譜、江戸参府、徳川秀忠、日光社参、宇都宮城、本多正純、改易、奥平忠昌、伊勢貞昌、元和八年
後編5-No.323文書確認度 中

某覚書

比志島宮内の改易前後に、反抗・野心を疑われた者たちから同心を求められたが、道理に合わないため一貫して拒んだと述べる弁明の覚書。鹿児島の人数、町への配置、上洛時の進言、密事の注進、船での逃亡情報など複数の案件を列挙し、自身の忠節を説明する。

登場人物
比志島宮内、鎌田出雲守、桂大外記、鎌田左京、敷根中務、奥右衛門ほか
宛先
—
キーワード
比志島宮内、改易、野心、同心拒否、鎌田出雲守、桂大外記、密事、弁明
後編5-No.518記事確認度 中

児玉利昌譜

寛永九年、肥後侯加藤忠広の処分と改易をめぐり流言が多発し、島津家久が兵を備えようとしたため、伊勢貞昌に事状を察させ、貞昌が過大な兵力動員を控えるよう上申したことを記す児玉利昌譜の記事。

登場人物
児玉利昌、島津家久、伊勢貞昌、加藤忠広
宛先
―
キーワード
児玉利昌、島津家久、伊勢貞昌、加藤忠広、肥後改易、流言、兵備、動員抑制、児玉利昌譜
後編5-No.520文書確認度 高

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元と伊勢貞昌が、加藤忠広父子の糾問・配謫と肥後国改易の経緯を国元に報じ、肥後国内の騒動に乗じた掠奪や往還を厳禁し、肥後からの逃亡者を受け入れないよう指示した。また山田民部少輔を出水に在宿させ、地頭不在の大口へ鹿児島から見回役を遣わすよう求めた連署書状。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、加藤忠広、加藤豊後守、山田民部少輔、喜入忠続、川上久国
宛先
喜入摂津守・川上左近将監
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、加藤忠広、肥後改易、掠奪禁止、逃亡者、薩摩肥後国境、出水、大口、山田民部少輔
後編5-No.536文書確認度 中

某覚書

加藤忠広父子の改易・配謫と肥後引継ぎに関する覚書。加藤右馬頭の早打、忠広父子への処分申渡し、忠広の出羽庄内・豊後守の飛騨への移送、幕府上使・目付衆の江戸出立、熊本・八代等の城番や案内役の配置を列記し、細川忠利が署判して喜入摂津守・樺山美濃守へ送ったもの。

登場人物
細川忠利、喜入忠続、樺山美濃守、加藤忠広、加藤豊後守、内藤左馬助、石川主殿助、稲葉丹後守、伊丹播磨守、金森出雲守、酒井宮内大輔
宛先
喜入摂津守殿・樺山美濃守殿
キーワード
細川忠利、加藤忠広、肥後改易、出羽庄内、飛騨、幕府上使、目付衆、熊本、八代、城番、引継ぎ、早打
後編5-No.560文書確認度 中

喜入忠続条書

喜入忠続が琉球三司官へ示した条書。家久の江戸在府と将軍家での首尾、前年に新納・最上を介して行った唐交易交渉、借銀返済のための銀子送付、返済不調時の知行召上げ、冠船渡海、鹿二十頭の送付、加藤忠広父子の改易・流罪を伝えた。

登場人物
喜入忠続、島津家久、将軍、琉球三司官、新納忠清、最上義時、加藤忠広父子
宛先
琉球三司官
キーワード
喜入忠続、琉球三司官、島津家久、江戸、将軍、唐交易、借銀返済、知行召上げ、冠船、鹿二十頭、加藤忠広、改易、流罪
後編6-No.184文書確認度 高

島津光久条書

島津光久が留守中の火災対応と江戸への注進方法を定めた条書。火災時には門外へ人を出さず、屋根に見張りを置き、延焼が近づけば家財を搬出すること、奥方では混乱の有無に応じて女子衆を整然と避難させることを命じる。江戸の様子は年六度ほど報告し、将軍からの命令や緊急の注進は随時伝え、城内で誕生があればその夜から急報する一方、未確定の雑説は報告せず、改易など落着した事実に限るよう定め、新納右衛門佐久詮と相談して処理させている。

登場人物
島津光久、新納久詮、留守居衆、奥方、女子衆
宛先
—
キーワード
島津光久、新納久詮、留守居、火災、門外禁止、屋根見張り、家財搬出、奥方、女子衆、避難、江戸注進、年六度、将軍命令、城内誕生、雑説、改易、条書
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 4日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

元寛日記

『元寛日記』六月四日条は、加藤忠広改易に至る風聞と、謀叛を疑わせる書状をめぐる詮議の経過を記す。あわせて肥後の城受取・警固のため酒井忠勝ら上使と黒田・鍋島をはじめとする諸大名を派遣する態勢を列挙する。

登場人物
加藤忠広、徳川家光、酒井忠勝、黒田・鍋島ほか
宛先
なし(日記のため宛先なし)
キーワード
元寛日記、加藤忠広、改易、謀叛書状、肥後城受取、上使
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 12連署書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

谷口重成・西田時通連署書状

谷口重成・西田時通が、加藤肥後守改易に伴い必要時には薩摩からも人数を出すとの命を若衆中へ伝え、伊東祐慶に求めた馬の手配状況を報告する。肥後・球磨では商人から異変を聞かないものの、人吉で橋普請材木を日々引いているとし、新情報があれば直ちに注進すると五代友光へ申し送る。

登場人物
谷口重成、西田時通、五代友光、伊東祐慶、西田市左衛門、加藤忠広
宛先
五代友光
キーワード
加藤忠広改易、肥後加勢、馬調達、球磨、人吉、橋普請
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 13覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

某覚書

江戸を六月四日に出立した右馬頭の早打が十六日に佐土原へ着いたこと、加藤肥後守父子の改易が五月二十九日に酒井雅楽頭の屋敷で申し渡されたことを記す。肥後守は酒井宮内預けで出羽庄内へ、豊後守は金森出雲守預けで飛騨へとする。上使・目付の六月十日江戸出立を町の伝聞として伝え、加藤右馬頭の案内と、隈本・八代の城番予定者も列挙する情報覚書。

登場人物
右馬頭様、加藤肥後守、豊後守、酒井雅楽頭、酒井宮内、金森出雲守、内藤左馬頭、石河主助、稲葉丹後守、伊丹播磨守、秋山修理太夫、石子三右衛門、加藤右馬頭、嶋津右馬頭、伊東修理大夫、秋月長門守、中河内膳正、稲葉民部、木下右衛門太夫
宛先
なし
キーワード
加藤父子改易、早打、身柄預託、上使、目付、町説、隈本城、八代城、城番
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 14覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚

将軍の政道と出馬覚悟、関ヶ原・大坂陣以来の加藤・前田家に関する風聞、加藤忠広改易を受けた薩摩側の対応を列記する。乗馬・供人数を知行高別に定め、武具指出・検分、外城衆への鉄砲玉薬支給、馬印提出などを整え、諸士の軍役を公平にするよう求める。

登場人物
徳川家光、加藤忠広、前田利常、島津家久、島津光久、稲葉正勝、内藤忠重、島津久元、伊勢貞昌
宛先
なし
キーワード
徳川家光、加藤忠広改易、軍役賦、乗馬、武具検分、外城衆
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 18書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

五代友光書状

五代友光が、加藤肥後守改易後の熊本城受取に江戸から大名十人ほど・二、三万人が下向すると伝え、三原重庸の下向と加久藤の警戒を報じる。指物改定に必要な鶏羽を在郷から集めて上送するよう依頼し、鎌・鉈の調達も重ねて求める。

登場人物
五代友光、谷口重成、西田時通、三原重庸、加藤忠広
宛先
谷口重成・西田時通
キーワード
五代友光、熊本城受取、加藤忠広改易、加久藤、鶏羽、軍備
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 40日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

寛明日記

『寛明日記』十二月条。忠長の改易と上州高崎への配流、朝倉筑後守の和州郡山・奥津河内守の奥州由利への配所を記す。駿府は番城とし、朝倉の旧居遠州掛川を永井信濃守・本多下総守・丹羽式部少輔が請け取り、郎従妻子は四方に分散したという。駿州田中城は松平忠重拝領と伝える。季安の按語は、同年六月二十二日条の国替えに関する江戸町説も参照するよう述べる。

登場人物
徳川忠長、朝倉筑後守、奥津河内守、永井信濃守、本多下総守、丹羽式部少輔、松平大膳亮忠重、伊地知季安
宛先
なし
キーワード
寛明日記、徳川忠長、改易、高崎、配流、領地替
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 137連署書状・切支丹改易者取締旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

安藤直次外十一名連署書状

切支丹として改易された原主水・小笠原権之丞らが名字・姿を変えて潜伏しないよう、領内での取締りを求める連署書状。

登場人物
安藤直次外十一名、原主水、小笠原権之丞、高橋右近大夫
宛先
高橋右近大夫
キーワード
安藤直次外十一名連署書状、切支丹、改易、潜伏、高橋右近大夫
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 451諸将帰陣・松倉父子処分・軍法違反吟味記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤掛集書

『藤掛集書』は、原城落去・破却後、諸将が三月中旬に帰陣し、松平伊豆守信綱・戸田左門氏鉄が天草・長崎を仕置して肥前・筑前・豊前を巡見し、小倉へ九州諸将を召集したと記す。島原一揆を招いた領国統治の責任から松倉家を改易し父子・兄弟を諸家預けとし、寺沢兵庫頭から天草四万石を召し上げた。さらに軍法に背いた城乗込みをめぐり鍋島信州と梶原父子らを江戸で吟味し、閉門後に赦免した経過を記す。

登場人物
松平伊豆守信綱、戸田左門氏鉄、太田備中守、松倉父子、寺沢兵庫頭、鍋島信州、梶原父子
宛先
宛先記載なし
キーワード
藤掛集書、原城落去、破却、諸将帰陣、三月中旬、松平伊豆守信綱、戸田左門氏鉄、太田備中守、天草、長崎、仕置、肥前名護屋、唐津、筑前福岡、博多、豊前小倉、九州諸将召集、松倉父子、領国統治、島原一揆、改易、諸家預け、寺沢兵庫頭、天草四万石召上、軍法違反、城乗込み、鍋島信州、梶原父子、江戸吟味、閉門、赦免
後編2-No.814記事確認度 高

島津忠辰譜

島津義久が、忠辰は天下に不忠を尽くし、西征で一矢の戦功もなく、かえって外城を狙う謀りをしたため罪を容赦できないと断じた記事。絶家後は子・孫にも再興させないと述べ、忠辰家断絶を正当化する島津家側の論理を示す。

登場人物
島津義久、島津忠辰、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
島津義久、島津忠辰、豊臣秀吉、不忠、西征、戦功、外城、改易、絶家、忠辰譜
後編4-No.1062文書確認度 高

島津家久書状案

慶長十八年十一月十一日、島津家久が相良左兵衛佐へ、高橋右近が法度に背いたため、稲葉彦六らとその居城・知行・家財を改め、関係者を領内へ入れて詳しい状況を報告するよう求めた書状案。

登場人物
島津家久、相良左兵衛佐、高橋右近、稲葉彦六
宛先
相良左兵衛佐殿
キーワード
島津家久書状案、相良左兵衛佐、高橋右近、法度違反、改易、居城、知行、家財、調査
後編5-No.519記事確認度 中

島津家久譜

六月朔日、在府の諸大名が登営し、加藤忠広の子・豊後守の不臣謀略と父子に対する糾問結果が告げられたことを記す。子は死一等を減じて金森出雲守に預けられ飛騨国へ配謫され、父忠広は肥後国を没収され、羽州庄内で酒井宮内大輔に預けられて一万石を賜った。さらに家久に薩摩・肥後国境の妨行を禁ずる命令が下ったとする家久譜の記事。

登場人物
島津家久、加藤忠広、加藤豊後守、酒井忠世、永井尚政、青山幸成、金森出雲守、酒井宮内大輔
宛先
―
キーワード
加藤忠広、加藤豊後守、肥後改易、幕府糾問、金森出雲守、飛騨配謫、羽州庄内、酒井宮内大輔、一万石、薩摩肥後国境
後編5-No.523文書確認度 高

島津家久書状

島津家久が、島津光久の男子誕生祝いに使者と太刀一腰・馬一匹が届いたことを喜び、加藤忠広父子の『無分別之企』による罪科と、父の出羽国、子の飛騨国への配謫を報じ、詳細は帰国時に直接話すと述べた書状。

登場人物
島津家久、島津光久、島津綱久、加藤忠広、加藤豊後守、島津忠興
宛先
弾正大弼殿(島津忠興)
キーワード
島津家久、島津光久、島津綱久、男子誕生、加藤忠広、肥後改易、出羽配謫、飛騨配謫、島津忠興、贈答
後編5-No.525文書確認度 低

島津家久書状

島津家久が仮名書きで、受取人側の繁栄と息災を喜び、使者への満足を述べた。また、加藤氏の一件についていろいろと心を配ったが事態が決着して安堵したこと、母・妹にも同様に伝えること、近く帰国して話すと述べた書状。

登場人物
島津家久、加藤忠広、家久の家族
宛先
『たんしゃうむすめ』宛か
キーワード
島津家久、仮名書状、加藤忠広、肥後改易、事態決着、家族、母、妹、帰国、安堵
後編5-No.534文書確認度 中

水野勝成外四名連署書状

水野勝成ら五名が島津家久に、加藤忠広の領国召上げに伴い加藤家中の者が退去するため、彼らが薩摩領内へ来た場合には宿を貸して休ませても差し支えない旨を伝えた連署書状。追而書では家久父子の無事を承知したことも述べる。

登場人物
水野勝成、伊丹康勝、稲葉正勝、石川主殿頭、内藤左馬助、島津家久、加藤忠広、加藤家臣
宛先
松平大隅守殿(島津家久)
キーワード
水野勝成、伊丹康勝、稲葉正勝、石川主殿頭、内藤左馬助、島津家久、加藤忠広、肥後改易、加藤家臣、領国退去、宿泊許可
後編5-No.535文書確認度 中

細川忠利書状

細川忠利が島津家久に、加藤忠広旧領への入国命令を受けて江戸を発つ予定、城の受取り・掃除・上使到着・国境警備等の手配を報じた。また加藤忠広が出羽庄内で酒井宮内大輔預け、その子豊後守が飛騨で金森出雲守預けとなったこと、幕府上使・目付衆の出立予定や肥後国内の引継ぎ要員を詳報した書状。

登場人物
細川忠利、島津家久、加藤忠広、加藤豊後守、酒井宮内大輔、金森出雲守、内藤左馬助、石川主殿助、稲葉丹後守、伊丹播磨守
宛先
松平大隅守殿(島津家久)
キーワード
細川忠利、島津家久、肥後入国、加藤忠広、肥後改易、城受取り、国境警備、出羽庄内、飛騨、酒井宮内大輔、金森出雲守、幕府上使、目付、引継ぎ
後編5-No.577文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元・伊勢貞昌が、駿河大納言徳川忠長の処分について報じた連署書状。忠長が高崎へ移され、付属の者五人が同行し、家臣の知行・屋敷が召し上げられたことなどを伝え、今後の処置と世上の評判を案じた。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、徳川忠長、幕府老中、喜入忠続、川上久国
宛先
喜入摂津守様・川上将監様
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、徳川忠長、駿河大納言、高崎、改易、知行召上げ、屋敷召上げ、幕府、喜入忠続、川上久国
附録1-No.120文書確認度 高

鎌田政近・比志島国貞連署証状

鎌田政近と比志島国貞が、熊嶽に対する諸所からの勧進・寄進の継続を保証した連署証状。領国内の制度改定以来、寄進が途絶えた所があるとの申し立てを受け、旧来どおり復活させ、異議を差し挟まないことを認める。

登場人物
鎌田政近、比志島国貞、忠徳山宝福寺、熊嶽
宛先
忠徳山宝福寺玉机下
キーワード
鎌田政近、比志島国貞、忠徳山宝福寺、熊嶽、勧進、寄進、改易、断絶、復旧、証状
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 11書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

白坂篤豊書状

白坂篤豊が、薩摩の麦作が良好との報を喜ぶ一方、上方では五月中旬以来の日照りで田畠が枯れたと伝える。加藤肥後守父子の預け先と肥後へ下る上使を報じ、帰国後の軍装用意や鎌田源八から届いた書状・鹿皮への謝意を谷口重成・西田時通へ申し送る。

登場人物
白坂篤豊、谷口重成、西田時通、鎌田源八、加藤忠広、加藤光広、内藤忠重、伊丹康勝、石川貴成
宛先
谷口重成・西田時通
キーワード
白坂篤豊、旱魃、加藤忠広改易、肥後上使、軍装、鹿皮
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:3略系譜・藤原姓菊池氏末流/志岐氏由緒・薩摩移住旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

藤原姓菊池之末流志岐氏略譜

藤原姓菊池氏の末流とする志岐氏の略譜。警固太郎経隆の嫡男経政を山鹿太夫兵藤四郎の嫡流とし、肥前国志岐六箇浦を領した重弘、志岐城主でのち入道麟泉と号した鎮経、親重へ系線をつなぐ。親重は天正十六年、加藤清正・小西行長に志岐城を攻められて降伏し、豊臣秀吉の命によって清正の従軍として肥後へ移り、文禄元年には清正に従って朝鮮・高麗へ渡海し、清正から四百二十石を与えられた。親重の子親益・親昌は島津義虎の娘を母とし、寛永九年に清正嫡男の肥後守が没落すると、親昌は肥後を去って薩摩へ来住し家臣となった。

登場人物
警固太郎経隆、経政、山鹿太夫兵藤四郎、重弘(弾正)、鎮経(兵部大夫・志岐城主・豊前守・麟泉)、親重(兵部大夫・藤右衛門)、加藤清正、小西行長、豊臣秀吉、親益(正助)、島津義虎、親昌(小左衛門)、加藤忠広(清正嫡男肥後守)
宛先
—
キーワード
藤原姓菊池氏、志岐氏略譜、警固太郎経隆、経政、山鹿太夫兵藤四郎、重弘、肥前国志岐六箇浦、鎮経、志岐城主、麟泉、親重、天正十六年、加藤清正、小西行長、志岐城降伏、豊臣秀吉、肥後移住、文禄元年、朝鮮渡海、高麗、四百二十石、親益、親昌、島津義虎女、寛永九年、加藤忠広改易、薩摩来住、家臣
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w7:23系図・大蔵姓高橋氏/戦国軍歴・改易移封・後裔旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

高橋氏系図

高橋氏の出自を漢高祖・後漢霊帝の後裔から大蔵春実へつなぐ伝承で説き、筑前諸郡を領した大蔵姓高橋家に秋月氏から種時を迎え、顕種・元種へ続く系譜と軍歴を記す。顕種は大友方の攻撃を受けた筑前宝満城を守り、後に和睦した。元種は幼少で秋月種実の養子となり、天正十四年の島津勢による筑前攻略では父とともに大友勢を破り、七月二十七日の岩屋城落城・高橋紹運討死後、宝満城などをめぐる軍事行動に関与した。慶長四年、島津忠恒が伊集院忠真を都城で攻めた際には徳川家康から救援準備を命じられ、翌関ヶ原では当初西軍に属したが、福原・垣見・熊谷・木村らの処置をめぐり秋月種長・相良頼房らと共謀し、垣見・熊谷・木村の首を家康へ献じて本領安堵を得たとする。しかし同年冬、秀忠の命で領地を没収され奥州棚倉へ移り、元和二年十月九日に三十七歳で没した。後継の種直は慶長十二年に日州臼杵郡縣城で生まれ、旧臣の助力を受けて日州縣・高岡などに住み、光久の恩許により高橋姓を復した。以後の種長・種次・種栄・種良らについて、婚姻、知行、江戸勤仕、地頭職、没年・法名を宝永期まで載せる。

登場人物
漢高祖、後漢孝霊皇帝、大蔵春実、種時(高橋中務太輔)、顕種(参河守・宗仙)、高橋主膳鎮種(入道紹運)、秋月種実、高橋元種(九郎・右近大夫)、島津忠恒、伊集院忠真、徳川家康、徳川秀忠、石田三成、福原右馬助、垣見和泉守、熊谷内蔵允、木村宗左衛門、相良頼房、秋月種長、大友紹運、種直(延種・長吉・主膳・七郎右衛門)、志島紀伊守国貞、島津光久、種長、種次、種栄、種良
宛先
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キーワード
高橋氏系図、大蔵姓、漢高祖、後漢霊帝、大蔵春実、秋月氏、種時、顕種、宝満城、高橋紹運、岩屋城、天正十四年、秋月種実、高橋元種、島津忠恒、伊集院忠真、都城、徳川家康、関ヶ原、西軍、石田三成、垣見和泉守、熊谷内蔵允、木村宗左衛門、秋月種長、相良頼房、首級献上、本領安堵、徳川秀忠、改易、奥州棚倉、種直、日州臼杵郡縣城、高岡、島津光久、高橋姓復帰
前編1-No.1010文書確認度 中

某下文

安楽寺領日向国馬関田の定補預所職に左兵衛尉惟宗友時を補任し、庄務を執行して寺役以下の年貢公事を納め、違失があれば改易すると定めた下文。

登場人物
左兵衛尉惟宗友時・安楽寺関係者
宛先
日向国馬関田・安楽寺領
キーワード
安楽寺、日向国、馬関田、預所職、惟宗友時、補任、寺役、年貢公事
前編1-No.1032文書確認度 高

島津庄預所下文

島津庄大隅方鹿屋院の弁済使職に沙弥観阿を補任し、年貢以下の恒例・臨時公事を納め、背けば改易すると定めた島津庄預所下文。

登場人物
沙弥観阿・島津庄預所
宛先
島津庄大隅方鹿屋院
キーワード
島津庄、鹿屋院、弁済使職、沙弥観阿、補任、年貢、公事
後編2-No.1143文書確認度 中

豊臣秀吉朱印状

豊後国が秀吉の蔵入地となった直後、百姓が逃散していることを重大な違反とし、直ちに元の村へ還住させるよう命じる。 帰村しない百姓だけでなく、逃散者を匿う村や領主も処罰するとして、分領内へ厳しく触れさせた、改易後の豊後支配と農民統制を示す朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、島津義久
宛先
豊後国の分領支配者・島津義久留守居中
キーワード
豊臣秀吉、島津義久、豊後国、蔵入地、百姓逃散、還住、匿い、成敗、分領、農民統制、朱印状
後編3-No.1964文書確認度 高

島津忠恒・同惟新連署証状

島津忠恒と惟新義弘が連署し、天下統一後の改易・勘落で大伽藍の修理が困難になった妙円寺を惟新の菩提所と定め、知行五百石を付し、将来も変更せず役儀を免除すると証した。

登場人物
島津忠恒、島津義弘(惟新)、妙円寺
宛先
妙円寺
キーワード
島津忠恒・同惟新連署証状、慶長九年十一月二十七日、島津忠恒、島津義弘、惟新、妙円寺、菩提所、大伽藍、修理、知行五百石、役儀免許、永代
後編5-No.541文書確認度 中

新納忠清書状

新納忠清が、加藤忠広改易後の肥後情勢を探るため現地へ人を遣わし、熊本城受取衆が未確定であること、竹中采女正の使者、城内の掃除・普請、蔵米、加藤右馬允や城明渡しをめぐる風説、隣国からの偵察、情報収集者への日当銀などを逐条報告し、調査費用の銀子支給を求めた書状。

登場人物
新納忠清、喜入忠続、川上久国、竹中采女正、加藤右馬允、熊本城受取衆、隣国の偵察者
宛先
喜入摂津守様・川上左近将監様
キーワード
新納忠清、肥後、熊本城、加藤忠広、城受取、竹中采女正、加藤右馬允、蔵米、風説、偵察、情報収集、日当銀、銀子支給
後編5-No.554文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元と伊勢貞昌が、加藤忠広改易後の熊本城受渡しと上使到着、相良・加藤右馬頭・大口・山野・出水・綾・高岡等からの注進を確認し、早打への礼を命じた。また肥後へ向かう諸勢への兵糧米貸与、山川・頴娃方面に着岸した唐船への対応、喜入久正没後の国分地頭職と喜入久右衛門尉の鹿児島移転などを指示した連署書状。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、喜入忠続、川上久国、加藤忠広、相良清兵衛尉、細川忠利、中川内膳正、喜入久右衛門尉、唐船関係者
宛先
喜入摂津守殿・川上左近将監殿
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、加藤忠広、熊本城、上使、相良清兵衛尉、早打、兵糧米、出水、山川、頴娃、唐船、喜入久正、国分地頭職、鹿児島移転
後編6-No.280記事確認度 高

島津忠栄譜

島津忠栄の譜記事。天正二年に忠清の弟として生まれ、豊臣秀吉の西征時に人質となって細川幽斎に預けられ、小倉に滞在した。忠辰改易後は佐土原で島津豊久を頼り、その姉を妻としたが、関ヶ原後の家臣一揆を逃れて国府へ移り、龍伯公から母の領地を与えられた。高原・飯野・牛根などの地頭を務め、寛永十九年九月晦日に牛根で六十九歳で没した。

登場人物
島津忠栄、島津忠清、島津忠辰、細川幽斎、島津豊久、龍伯公
宛先
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キーワード
島津忠栄、島津忠清、島津忠辰、細川幽斎、島津豊久、龍伯公、人質、小倉、佐土原、関ヶ原、一揆、国府、高原、飯野、牛根、地頭、系譜
追録1-No.1204覚書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久通覚書

島津図書が豊臣譜の誤記を指摘する覚書二通。島津又七郎忠豊と島津又太郎忠辰を区別し、出水領主忠辰の父系・朱印と、義弘弟家久の子忠豊の佐土原領・朝鮮戦功・関ヶ原戦死・安芸久雄相続を挙げる。又七改易という誤記の訂正を弘文院へ求めるが、南浦文集等に基づき旧板で世間に流布したものは直せないとの事情があり、今後板本を改めるよう求める。朝鮮感状と太閤朱印写など三通を渡す。七月十六日・十七日付。末尾には二通の正本が江戸上屋敷評定所にあるとの注と、九月八日に持ち下された覚書二通の内との付記がある。

登場人物
島津久通、島津忠辰、島津忠豊、島津義虎、島津家久、島津義弘
宛先
宛先記載なし
キーワード
島津久通、豊臣譜、島津忠辰、島津忠豊、島津義虎、島津家久、島津義弘、系譜訂正、太閤朱印、感状、関ヶ原
追録1-No.1330覚書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久通覚書

島津久通が、日本通鑑編纂に際して林春斎に示した島津家関係記事の訂正意見を記した覚書。源頼朝から薩摩・大隅・日向を与えられたとの家伝、太平記にみえる鎌倉で新田義貞方へ降参した島津四郎の比定、朝鮮で軍振るわず改易された島津又太郎を豊臣譜が島津又七郎とした誤りの三点について、誤記が通鑑に残れば島津家の悪名となるため訂正を求めた。

登場人物
島津久通、林春斎、島津光久
宛先
—
キーワード
島津久通、林春斎、日本通鑑、本朝通鑑、吾妻鏡、太平記、豊臣譜、島津家、史書編纂、誤記訂正、覚書
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 21系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上氏略系図

川上氏略系図は、久林から久如・久盛へ続く系譜と、久盛の生年・家督事情を記す。兄久如の死後、幼少の千徳丸に代わって久盛が踊地頭職の番代となり、加藤忠広改易に伴う肥後出兵のため鹿児島で軍勢を催した経緯を載せる。

登場人物
川上久林、川上久如、川上久盛、千徳丸、加藤忠広
宛先
なし
キーワード
川上氏、系図、川上久盛、踊地頭、肥後出兵
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 24記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊地知季安記事

伊地知季安が、志岐氏・甲斐氏らが加藤家に仕えた後、加藤忠広改易を契機に薩摩へ来住して島津家・新納家・伊地知家へ仕えた由緒を考証する。肥後が治まった後も薩摩側が軍勢賦を怠らなかったことを、季安自身に連なる家臣系譜と結び付けて記す。

登場人物
伊地知季安、志岐親重、志岐親昌、加藤清正、加藤忠広、島津家久、甲斐親信、甲斐親清、甲斐親秋、新納忠清、伊地知重政、伊地知重頼
宛先
なし
キーワード
伊地知季安、志岐氏、甲斐氏、加藤家浪人、薩摩来住、家臣系譜