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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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54 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編1-No.663文書確認度 高

島津氏老臣連署起請文

禰寝重長への使者となった伊集院久治・上原尚常・市来家諸・河野清通・新納忠元の五名が、今回伝えた条々に虚言はないと誓った連署起請文。違反時には日本国中の神祇、新田八幡・霧島・鹿児島諏訪・天満天神などの神罰を受けるとする。

登場人物
伊集院久治、上原尚常、市来家諸、河野清通、新納忠元、禰寝重長
宛先
禰寝重長
キーワード
島津氏老臣連署起請文、元亀四年、禰寝重長、伊集院久治、上原尚常、市来家諸、河野清通、新納忠元、使者、虚言禁止、神罰
後編1-No.660-3文書確認度 高

島津氏老臣起請文連署

禰寝重長との和睦成立後、前日の無署名誓紙に代えて署名を明示した連署起請文。伊集院忠金・本田盛親・河野清通・伊集院久治・上原尚常・市来家諸・新納忠元・喜入季久の八名が花押を据え、誓紙を重長へ渡した。

登場人物
伊集院忠金、本田盛親、河野清通、伊集院久治、上原尚常、市来家諸、新納忠元、喜入季久
宛先
禰寝重長
キーワード
島津氏老臣起請文連署、元亀四年、禰寝重長、和睦、誓紙、伊集院忠金、本田盛親、新納忠元、喜入季久、連署
後編5-No.249文書確認度 高

島津久元外二名連署起請文

島津久元・喜入忠政・伊勢貞昌の三名が、私心なく奉公して国政に尽くすこと、家中の諸子の派閥に加わらず惣領を守ること、兄弟間を讒言で離反させないこと、偏頗を避け、三人の間の疑念は熟談して解くことを神仏に誓った連署起請文。

登場人物
島津久元、喜入忠政、伊勢貞昌、島津家後継者、島津家諸子
宛先
—
キーワード
島津久元、喜入忠政、伊勢貞昌、起請文、三家老、惣領、家督相続、派閥、讒言、公平、熟談
追録2-No.789記事旧記雑録暫定版確認度 低

亀姫、近衞家久トノ婚姻ヲ許サレ

近衛関白基熙・右大臣家熙が、島津忠久以来の近衛家と島津家の旧好を理由に、島津綱貴の娘亀姫を大納言近衛家久の妻に望み、綱貴が承諾して八月二十五日に近衛家諸大夫へ書面で返答した記事。亀姫は元禄三年生まれで当時十一歳、のち家久の御簾中となり宝永二年に十六歳で早世したとの考証を付す。

登場人物
近衛関白基熙、右大臣家熙、綱貴、女子亀姫、大納言家久、島津元祖忠久、近衛家諸大夫四人
宛先
—
キーワード
近衛基熙、近衛家熙、島津綱貴、島津忠久、亀姫、近衛家久、大納言、婚姻、旧好、承諾、八月二十五日、近衛家諸大夫、元禄三年生、十一歳、御簾中、宝永二年、十六歳、早世、考証、元禄十三年
追録8-No.371島田左兵衛権大尉の誅戮・梟首を記す雑集記事旧記雑録暫定版確認度 中

島田左兵衛権大尉を長野主膳と同じ動きの奸賊と断じ誅戮・梟首を記す記事

雑集中の短い記事。島田左兵衛権大尉が長野主膳と同じ動きをして奸曲を企てたとして、天地に容れられない奸賊と断じ、誅戮して梟首したと記す。島田には九条家の諸大夫正辰との注がある。文久二年戌七月。断罪的な呼称と処置は記事の記載として扱い、今回独立に裏付けた有罪事実とはしない。発給者・記者の実名や宛先は記さない。

登場人物
島田左兵衛権大尉(注:九条家諸大夫正辰)、長野主膳、記者・処置主体姓名不記
宛先
宛先なし(無署名の雑集記事)
キーワード
雑集中、島田左兵衛権大尉正辰、九条家諸大夫、長野主膳同働、奸曲企てとの評価、奸賊断罪語、誅戮梟首記事、文久二年戌七月、無署名
後編5-No.835文書確認度 高

寛永武家諸法度

寛永十二年六月二十一日付の武家諸法度。文武・弓馬の修練、参勤交代、城郭修補の許可、私的な同盟・婚姻や徒党の禁止、反逆者・殺人者の処罰、倹約、衣服・乗輿の身分秩序、五百石以上の船の停止、寺社領保護、キリシタン禁制、道路・宿駅・関所、江戸法令の全国適用などを定める。

登場人物
徳川家光、諸大名、旗本、全国の武家
宛先
全国の大名・武家
キーワード
寛永武家諸法度、徳川家光、参勤交代、城郭修補、私盟禁止、婚姻統制、倹約、身分秩序、大船停止、寺社領、キリシタン禁制、道路、宿駅、関所
追録3-No.796文書旧記雑録暫定版確認度 中

武家諸法度御請次第(登城・受領の手順)

三月十一日に武家諸法度を受ける際の登城時刻、大広間での着座・御書の受渡し、退出までの順序を記し、座席と配列の図を添える次第。

登場人物
島津吉貴、島津継豊、幕府老中
宛先
—
キーワード
武家諸法度、御請次第、登城、大広間、座席図
追録3-No.797文書旧記雑録暫定版確認度 中

享保改正武家諸法度(写)

吉宗の代に示された武家諸法度の写。文武忠孝・礼義、城郭の修補、婚姻、奢侈の禁止、乗輿、知行地の政務、諸国の寺社領など、大名と家臣に関わる規範を列挙する。三月十一日付。

登場人物
徳川吉宗、諸大名
宛先
—
キーワード
徳川吉宗、武家諸法度、文武忠孝、城郭、婚姻、大名統制
追録3-No.799文書旧記雑録暫定版確認度 中

将軍吉宗代の武家諸法度(別掲)

三月十一日付、吉宗代の武家諸法度を別掲した写。文武忠孝と礼儀、交替参勤の人数・時節、人馬兵具の分限相応、城郭修補、私関所等の禁止、国元政務、喧嘩口論、婚姻、倹約、服飾・乗輿、養子、知行地清廉・道路駅馬橋船維持、寺社等の条項を列挙する。服飾には絹・紬・布・木綿等に関する身分に応じた規定がある。末に天和の法制を当代に潤色した旨を記す。

登場人物
徳川吉宗、諸大名
宛先
—
キーワード
徳川吉宗、武家諸法度、参勤、城郭、婚姻、知行
追録3-No.800記事旧記雑録暫定版確認度 中

島津吉貴、吉宗から武家諸法度を示される記事

享保二年三月十一日、吉貴が執政の奉書に従い継豊を伴って登営した。吉宗が大広間へ出て、諸侯・譜代・万石以上が一同に列座し、戸田山城守忠真が挨拶して諸国国政務の条目を示した。原注は武家諸法度と天和の法令に言及し、詳しくは吉貴の譜にあるとする。

登場人物
吉貴、継豊、吉宗、戸田山城守忠真、諸侯、譜代、万石以上
宛先
記載なし(御譜記事)
キーワード
島津吉貴、島津継豊、徳川吉宗、武家諸法度、登城
追録4-No.2433法度旧記雑録暫定版確認度 中

延享三年の武家諸法度条文

御代替に際して示された武家諸法度写。文武忠孝・礼義、毎歳の参勤交替と従者の人数、分限に応じた人馬兵具、城郭の新規造営禁止と修補届、私的結党・関所新法禁止、在国統治と刑罰、訴訟の扱い、国主城主万石以上や近習等の無許可婚姻禁止、贈答嫁娶・饗応・造宅の倹約、衣裳の分限を定める。附則は従者の衣類に羽二重・絹・紬・布・木綿、弓・鉄炮の者には紬・布・木綿等を用いることを定める。乗輿資格、養子の選定・届出と殉死禁止、国郡道路・驛馬・橋船の往還、無断の大船禁止、寺社領と新地寺社建立禁止、江戸法度の領国遵守を記す。

登場人物
幕府、諸大名
宛先
諸大名
キーワード
延享三年、武家諸法度、文武忠孝、参勤交替、軍役、城郭修補、婚姻許可、訴訟、衣服礼法、年貢、領民
追録4-No.2434記事旧記雑録暫定版確認度 中

武家諸法度写の諸大名への順達先一覧

三月二十二日・二十三日、武家諸法度写を諸大名へ順達した先を記す一覧。二十三日は松平壱岐守から有馬中務大輔へ、二十二日は松平大膳大夫から松平大隅守へ、上杉民部大輔から松平陸奥守へ、松平安藝守から松平大膳大夫へ順達した経路と諸侯の名を列挙する。

登場人物
幕府、島津家、諸大名
宛先
諸大名
キーワード
武家諸法度写、御代替、三月二十二日二十三日、御順達、松平大隅守、松平薩摩守、有馬中務大輔
追録6-No.2690達書旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度十五条の遵守と、九月の法度日付・十一月の受渡しを記す

天明七年九月十一日付の武家諸法度十五条を掲げる。文武・忠孝に励み礼儀を正すこと、参勤交替の所定時節を守って供の人数を増やさないこと、人馬・武具を分限に応じて備えることを命じる。新たな城の構築を禁じ、居城の塁・石壁等が壊れた際は奉行所へ届けて指図を受け、櫓・屏・門以下は先規どおり修補する。新規の徒党・誓約、私的関所・新法の津留を禁じ、不慮の事態でもみだりに集まらず持場で指図を待ち、刑罰の場へ役務外の者が出向くことも禁じる。喧嘩・口論・私的争論を慎み、事情があれば奉行所へ届け、争いへの加担や元の主人に差し障りのある者の召抱えを禁じ、百姓の訴えは支配で相談し、滞る場合は評定所で扱う。国主・城主・一万石以上・近習・奉行・物頭の私婚を禁じ、公家との縁組も奉行所の指図を求める。贈答・婚礼・饗応・屋敷造営等は倹約し、無益な道具や私的な奢りを慎み、身分に応じた衣類と乗輿の許可・例外を定める。養子は原則同姓で相応しい者を選び、異姓の場合は由緒を正して在生中に届け、五十歳以上・十七歳以下や末期養子は吟味を受け、実子でも筋目違いの者は認めない。殉死を禁じ、知行所を清廉に治め、道路・駅馬・橋船を無断で滞らせず、荷船以外の大船を禁じる。寺社領を古来の付属どおり保持し、新たな寺社建立は禁じ、やむを得ない事情は奉行所へ届ける。江戸の法度を国元でも守ることと全条の堅守で結ぶ。包紙には武家諸法度一通と記し、十一月十五日に和泉から川上平右衛門へ渡して白木御文書六番箱へ納めた旨を朱書する。

登場人物
国主、城主、一万石以上、近習、奉行、物頭、家中、奉行所、和泉、川上平右衛門
宛先
武家・家中(遵行対象)。写しは和泉から川上平右衛門へ受渡し
キーワード
武家諸法度、十五条、文武忠孝、参勤交替、城修補、徒党禁止、津留、喧嘩、婚姻、倹約、衣類、乗輿、養子、殉死禁止、知行所、寺社領、九月十一日、十一月十五日受渡し
追録8-No.22見出し旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度頒布一件

武家諸法度頒布一件の見出し。白木御文書九番箱中五十三番の出典表示で、法度本文・回覧添書・頒布次第書・首尾書などの具体的内容はNo.22の1~22の10に収められる。

登場人物
—
宛先
宛先なし(親見出し)
キーワード
武家諸法度、頒布、白木御文書
追録8-No.22-1法度旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度

天保九年二月二十一日付の武家諸法度。文武忠孝と礼義、毎年定められた時期の参勤交替と従者数の抑制、分限に応じた人馬・兵具の用意を求める。城郭の新規構築を禁じ、修補は奉行所の指図を受け、徒党・誓約・私関所・新法の津留、無断の出向、喧嘩口論や私的な談議を禁じる。異変は奉行所へ届け、主従双方に責任を負わせ、百姓の訴えは支配側で処理できなければ評定所へ差し出す。領主等の私婚姻を禁じ、公家との縁組には指図を求め、贈答・婚礼・饗応・家宅造作などは倹約して私的な奢りを避けるよう定める。衣服と乗輿には身分別の規定を置き、養子は生前の届出を原則とし、五十歳以上十七歳以下の者や末期の場合は吟味を受け、殉死を禁じる。知行地の政務を清廉に裁き、国郡の衰弊を防ぎ、道路・駅馬・橋舟の往還を保つこと、大船の停止、従来の寺社領の維持と新規寺社建立の停止、各国各所で江戸の法度を守ることを命じる。

登場人物
国主・城主・万石以上の領主、近習・諸奉行・諸物頭、公家、医師、僧家、従者・若党・弓鉄砲の者(個人名記載なし)
宛先
国主・城主・万石以上の領主等(個別の宛名なし)
キーワード
武家諸法度、文武忠孝、参勤交替、城郭、婚姻、養子、殉死、倹約、知行、寺社領
追録8-No.22-8次第書旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度頒布次第書

代替わりに伴う武家諸法度頒布の、二月二十一日の儀礼次第。御三家、万石以上の領主、交替寄合が登城し、御座間では紀伊・尾張・水戸の順、黒書院では田安ら、御上段では松平加賀守以下の諸侯へ、将軍が法令を出す旨を伝えた経過を記す。大広間へ渡る際の先導、将軍の着座位置、掃部頭・老中・奏者番・若年寄らの席次、嫡子や菊之間縁の人々の配置も詳しく定める。老中太田備後守が法令を出す旨を伝えた後、将軍と出席者はいったん退出する。御法令を文台に載せて置き、林大学頭が読み上げ、諸侯が謹んで聞いて挨拶の後に退出した。松平三河守は養父看病による御暇との注がある。

登場人物
徳川家慶、紀伊大納言徳川斉順、尾張大納言徳川斉温、水戸中納言徳川斉昭、田安中納言徳川斉荘、徳川宮内卿斉疆、徳川刑部卿慶昌、松平加賀守、水野越前守、掃部頭、和泉守、越前守、中務大輔、伯耆守、備中守、松平讃岐守、松平越中守、酒井左衛門尉、小笠原大膳大夫、林大学頭、御目付・年寄・御取合・若年寄(実名なし)、松平右京大夫、井伊玄蕃頭、松平近江守、松平式部大輔、松平三河守、松平越前守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平左兵衛督、松平淡路守、松平大蔵大輔、松平兵部大輔、松平阿波守
宛先
宛先記載なし(儀礼次第書)
キーワード
武家諸法度、頒布次第、御三家、御座間、黒書院、大広間、席次、林大学頭、文台
追録8-No.218武家諸法度省略注(包紙付)旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度の同文省略注

白木御文書十番箱中六十四番の表示に続き、嘉永七年九月二十五日付の武家諸法度は天保九年二月二十一日付のものと同文なので省略すると記す。ここで掲出されるのは省略注で、法度の条文全文は収録されない。

登場人物
法度発給者の個人名記載なし
宛先
宛先なし(収蔵表示と省略注)
キーワード
武家諸法度、同文省略、嘉永七年九月廿五日、天保九年二月廿一日、白木御文書十番箱六十四番
追録8-No.307-1~4本文群(武家諸法度頒布・順達と受領報告)旧記雑録暫定版確認度 中

武家諸法度の同文省略注・順達命令・名面書と西筑の受領報告

印刷第307号の1~4を収める一件。の1は安政六年九月廿五日付武家諸法度を天保九年二月廿一日付と同文として略す注で、法度正文は載せない。の2は今廿六日、間部下総守が御條目写一通を家来へ渡し、御國持四品以上の各家へ順達するよう命じた旨の覚。受領した各家が銘々下総守へ使者を遣わして名面書どおりに順達し、この方へ返却されたら重役にも伝える。の3は相模守・大膳大夫以下、修理大夫・有馬中務大輔・細川左京大夫・南部美濃守等の名面書。の4は西筑右衛門の御名内宛報告で、先月廿六日に阿波守家来へ渡された御條目写一通が有馬中務大輔方から今日到来したため、国許の修理大夫へ知らせ承知のうえ御請を申し上げるとする。十月二日。外標は安政六年未十二月。

登場人物
間部下総守(注:詮勝)、松平陸奥守・松平三河守・細川越中守、名面書に掲げる各家、松平阿波守(注:蜂須賀斉裕)、有馬中務大輔、修理大夫、西筑右衛門
宛先
の2:陸奥守・三河守・越中守側;の3:名面書の各家;の4:御名内
キーワード
武家諸法度、安政六年九月廿五日、天保九年二月廿一日同文略、間部下総守、御條目写一通、今廿六日、御國持四品以上、順達名面書、返却、阿波守有馬中務大輔、西筑右衛門、十月二日国許御請
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 531帳簿旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

人衆賦帳

寛永十七年七月九日の人衆賦帳で、須木口・大口・加久藤口などの各方面へ、須木・小林・野尻・高原・高岡・鹿児島等の郷衆中と島津家諸士を組み分けし、各人の高、全役・半役、主従人数を列記する。複数の組に『合五百人』等の総計欄があり、国境方面へおおむね五百人単位で人衆を割り付けた構成を示す。冒頭の須木口一与は須木百人、小林百十人、野尻七十六人、高原百二十五人、高岡四十人、鹿児島五十人を掲げ、原記総計を五百二人とするが、内訳の算術合計は五百一人となる。編者は、相良清兵衛召還に伴う大童半兵衛ら三百余人の籠城と求麻騒動を受け、隣国境目の警備用に作成された帳簿と考証する。天保二年十二月二十日の写載経緯と、伊地知重政・相良頼員が京詰のため加久藤口の名簿に載らないとの説明も付す。

登場人物
島津家諸士・各郷衆中、伊地知季安(編者考証)、田中清右衛門(写本)
宛先
宛先記載なし
キーワード
寛永十七年七月九日、人衆賦帳、須木口、大口、加久藤口、須木衆中百人、小林衆中百十人、野尻衆中七十六人、高原衆中百二十五人、高岡衆中四十人、鹿児島衆中五十人、原記総計五百二人、算術合計五百一人、合五百人、高、全役、半役、主従人数、国境警備、相良清兵衛、大童半兵衛、三百余人、求麻騒動、伊地知重政、相良頼員、京詰、天保二年写載
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0102花押藪抄旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

続花押藪抄

続花押藪の記載として、元亀四年二月二十一日の八人連署と花押を掲げる。祢寝重長が肝付省釣の党を離れて島津側へ降参した際の誓紙関係文書として位置づけ、全文の写しを求めている。伊集院忠金が見えず写し落ちかと注記し、太田と本田、市木と市来の表記や、盛親・清通・家諸らの出自を考証するが、河野子孫のことは承知していないという。

登場人物
太田盛親、河野清通、伊集院久治、上原常尚、市木家諸、新納忠元、喜入季久、平田昌宗、祢寝右近太夫重長、伊集院忠金
宛先
—
キーワード
続花押藪抄、八人の連署と花押、元亀四年二月二十一日、重長への誓紙、肝付省釣からの離反、姓氏の考証、忠金の写し落ち
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0103-3連署起請文旧記雑録拾遺暫定版確認度 低

喜入季久外七名連署起請文

元亀四年二月二十一日付で、伊集院忠金・平田盛親・河野清通・伊集院久治・上原常尚・市来家諸・新納忠元・喜入季久の八名を列記する起請文。和睦成立後、義久が誓紙を重長へ与え、国老と三使・副使もそれぞれ誓紙を作って渡したと記す。各誓紙は後に掲げるとしている。

登場人物
伊集院忠金、平田盛親、河野清通、伊集院久治、上原常尚、市来家諸、新納忠元、喜入季久、島津義久、祢寝重長
宛先
—
キーワード
喜入季久外七名連署起請文、八名連署、二月二十一日、和睦成立、義久の誓紙、国老と三使副使の誓紙
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0248番号文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:島津家國老・三使・副使連署狀

忠金・盛親・清通・久治・常尚・家諸・忠元・季久の連署と花押を掲げる。 「旧記雑録後編一」660―3号同文の刊本注を伴う。この切片には条文を独立掲載せず、日付と八名の連署を掲載する。参照先本文は未読・未補充。

登場人物
伊集院右衛門大夫忠金、本田民部左衛門尉盛親、河野備前守清通、伊集院右衛門兵衛尉久治、上原長門守常尚、市来民部大輔家諸、新納刑部大輔忠元、喜入攝津介季久
宛先
—
キーワード
連署狀(刊本標題の種別)
後編6-No.367記録確認度 高

御勘定所日帳

寛永二十一年の御勘定所日帳。正月から十二月まで、使者・筆者の召出し、帳簿・証文・書付の授受、米・銀・物品・扶持・借銀の処理、地頭所や各役所からの申請・照会、役人の任免・吟味・差出しなどを日付順に記録する。藩財政と行政実務の年間推移を示す長大な日記である。

登場人物
御勘定所、島津家諸役人、使衆、筆者、各地の地頭・役人
宛先
—
キーワード
御勘定所、日帳、寛永二十一年、使者、筆者、帳簿、証文、米、銀、物品、扶持、借銀、地頭、役人、任免、行政、財政
追録6-No.2667書状旧記雑録暫定版確認度 高

斉宣・重豪からの時候見舞いと贈物に対する近衛家の返答を記す

松平豊後守への返答として、健勝を喜び、今回使者を上京させて時候の見舞いとして目録の品々を贈られたことへの満足を伝える。泰宮からも同様の返答があり、通君も見舞いを受けたことへの返答をする。続いて松平上総介への返答を記し、右府・泰宮・通君がそれぞれ同様に見舞いへの返答をしたとする。年月は天明七年七月で、個別の署名や贈物の品名・数量は本文に記されない。

登場人物
近衛家諸大夫、松平豊後守(島津斉宣)、松平上総介(島津重豪)、右府、泰宮、通君
宛先
松平豊後守様、松平上総介様
キーワード
時候見舞い、使者、贈物目録、右府、泰宮、通君、返答
追録6-No.2668書状旧記雑録暫定版確認度 高

茂姫養女の申入れと関白への内談を了承し、許可後の使者派遣を知らせる

茂姫を右府の養女とする件について、取り結びのため今回使者を通じて申し入れられた趣旨を了承したと伝える。関白へ内談したところ、差し支えあるまいとの意向だったので、十分に承知したとする。この養女の願書は二十二日に提出した。願いが許可され次第、早速今大路内蔵権頭を関東へ派遣する考えであると知らせる。

登場人物
近衛家諸大夫、茂姫、右府、関白、今大路内蔵権頭
宛先
宛所の記載なし(島津家側への回答)
キーワード
茂姫、右府養女、関白内談、願書提出、二十二日、許可待ち、今大路派遣
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W08B_文書0001書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

山田立斎書状

山田立斎が季安に、秘伝島津譜図草稿の意図と、京都で古書・古文書を借りて考証する方法を長く説明する。水府の蔵書目録、玉海・台記・明月記・太平記・東鑑・源平盛衰記などの借覧と写し、寺社旧蔵の古文書探索、近衛家での秘蔵文書の内見を述べ、御用が済むと控えを持ち下る扱いや、広く貸さない制限を記す。譜図の草稿が忠煕の内見と序文・添書を得ること、皇孫の系図を訂正する意図、関係者の取次と、手元に秘蔵する扱いを説明する。古記録探索の発端と先年の勅考、国内巡見時の寺社文書調査、江戸の金子宗耕による軍談と講義への評価も振り返る。末尾で、玉海の書抜には巻・年・月を示し、混雑する時期と出立前の早い見合わせを求める。

登場人物
山田立斎(為正)、伊地知小十郎(季安)、順聖院、近衛忠煕、齊彬、近衛家諸大夫、原田才輔、島豊後(久賢)、堅山武兵衛(利武)、源頼光、田尻次兵衛、中山田一郎左衛門、金子宗耕
宛先
—
キーワード
山田立斎書状、秘伝島津譜図、古書と古文書の借覧、写本、玉海、近衛家、序文と添書、皇孫系図、秘蔵、寺社文書探索、軍談、巻と年月の照合
旧記雑録拾遺 家わけ1-管理ID KW1-P01-39f4516f-D0262目安状案旧記雑録拾遺暫定版確認度 –

刊本標題:根占重虎目安狀案

重長の忠節時の約束と根占家在所に関する神文・証文を述べ、諸地の給付条件を記す目安。 鹿屋が守護領となる場合はその田数ほどの別所を、郡本は「御弓箭御存分」が成就する時に給付すべき旨を述べる。 山川・田上等の借地は、合点された分を給付時節に返上する旨を述べる。 約束を知る人衆、御使者、神文等を頂戴している旨を列挙する。

登場人物
重長、喜入攝津介季久、河上意釣、平田美濃守昌宗、村田越前守経定、伊集院右ェ門太夫忠金、伊集院右ェ門兵衛尉殿、上原長門守殿、新納刑部太輔殿、新納刑太部輔忠元、上原長門守常尚、伊右衛門兵衛尉久治、本田民部左衛門尉盛親、伊右衛門尉太夫忠金、河野備前守清通、市来民部太輔家諸
宛先
—
キーワード
目安、神文、証文
後編2-No.1180文書確認度 高

石田三成事書

島津久保(又一郎)の死去を受け、弔いを理由とする帰国を厳禁し、義弘の許可を得た百人以外は渡海してはならないと定める。 久保の陣所を老臣・有力者に守らせ、普請・城米・後続船の兵糧収納を急がせ、下人を含む無断帰国を処罰するとした軍中統制の事書。

登場人物
石田三成、島津義弘、島津久保(又一郎)、島津又四郎、北郷宗次郎、伊集院源一郎、入来院又六
宛先
島津義弘(兵庫頭)以下、朝鮮在陣の島津家諸将
キーワード
石田三成、島津義弘、島津久保、又一郎、死去、帰国禁止、陣所、普請、城米、軍中統制
追録5-No.2496法度旧記雑録暫定版確認度 高

武家諸法度

二月二十一日付の武家諸法度で、文武・忠孝・礼義、毎歳の参勤交代と従者数、分限相応の人馬・兵具、築城禁止と修繕届を定める。徒党・私関所・新たな津留を禁じ、騒動時の持ち場と命令待ち、刑罰役以外の出向禁止、喧嘩・私争論の制限と奉行への届出、百姓訴訟の支配相談と評定所への提出を規定する。私婚姻と贅沢を禁じ、衣服・乗輿の格式、同姓で相応しい養子の選定と存生中の言上を定め、五十歳以上・十七歳以下の者や末期の養子は吟味して立て、実子でも筋目違いは認めないとする。殉死を禁じ、知行所の清廉な支配、道路・駅馬・橋船の維持、大船の制限、寺社領の保持と新寺社建立の停止を定め、江戸・国元とも法度を守るよう命じる。

登場人物
武家・百姓・奉行・支配役人・養子・実子(個人名不記)
宛先
記載なし(遵行対象は江戸・国々の武家)
キーワード
参勤兵具城修繕、徒党関所津留争論、婚姻贅沢衣服乗輿、養子年齢末期吟味・実子筋目、殉死知行道路船寺社、江戸国々遵行
追録5-No.2495御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要

重豪登城シ武家諸法度ヲ受ク

重豪が二月二十一日の召しに応じて登城し、家治が大広間に出御して大名の拝謁を受けた。老中が上意による法令を伝え、中奥小姓が条令書を中段に置き、儒者林内記が読み上げた。重豪は拝聴して退出し、西丸へ赴いて政令を祝った。

登場人物
重豪・家治・老中・中奥小姓・儒者林内記・大名
宛先
記載なし(登城・拝聴記事)
キーワード
二月二十一日召し登城、家治大広間出御、老中上意、中奥小姓条令書中段、林内記読上げ拝聴、西丸奉賀
後編5-No.834文書確認度 低

島津家久書状

修正版インデックスでは六月二十一日付の島津家久書状とされるが、本文では直前の六月二十日付書状の後に寛永武家諸法度が続き、独立した該当書状を確認できなかった。本文・目録・インデックスの行対応にずれがある可能性がある。

登場人物
島津家久(修正版インデックス記載)
宛先
要確認
キーワード
島津家久、六月二十一日、本文未特定、インデックス行ずれ、要確認、寛永武家諸法度
追録2-No.798連署状旧記雑録暫定版確認度 中

進藤長房外三名連署書状

進藤筑後守長房ら近衛家諸大夫が新納美作久珍へ、中将島津綱貴が亀姫と近衛家久の縁組を了承し、蓮光院から委細を聞いて近衛基熙・家熙父子が大いに喜んだと伝えた連署状。陽和院の意向も了承したが、公儀へ願い出る前なので正式な返書は遠慮し、蓮光院との対面で口上を伝えたため、その趣旨を心得るよう求める。

登場人物
進藤筑後守長房、今大路兵部大輔、進藤修理亮、今大路治部少輔、新納美作、中将綱貴、蓮光院、陽和院、関白・右大臣(両公)
宛先
新納久珍(新納美作)
キーワード
進藤長房、近衛家諸大夫、新納久珍、新納美作、島津綱貴、中将、亀姫、近衛家久、縁組、了承、蓮光院、近衛基熙、近衛家熙、陽和院、公儀、返書遠慮、対面、口上、連署状、元禄十三年
追録2-No.812書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴書状

綱貴が近衛家諸大夫四人へ、新納美作宛書状を拝見し、縁組について陽和院の内意を蓮光院が口上で伝え、関白・右府が満悦と聞いて喜ぶ旨を返した書状。公儀へ願う前なので両公が書状を控えたとの判断をもっともとし、詳しくは蓮光院へ両公が直接口上を伝えた由を承知して謝す。その旨を両公へ取り次ぐよう頼む。

登場人物
島津綱貴
宛先
進藤筑後守・今大路兵部大輔・進藤修理亮・今大路治部大輔殿(本条宛所表記)
キーワード
綱貴、新納美作宛書状、近衛家諸大夫四人、縁組、陽和院内意、蓮光院口上、関白右府満悦、公儀願以前、両公返書遠慮、両公直接口上、承知、謝礼、取次依頼
追録4-No.2428記事旧記雑録暫定版確認度 中

御代替の法令拝聞と登城儀礼に関する宗信記事

三月二十一日、宗信が老中各位の奉書によって登城し、大広間で在府の諸侯・譜代・万石以上の者と列座して、松平能登守乗賢の伝える上意と諸国政務の法令を聞いた御譜記事。老中が御殿へ入った後、林大学頭信充が武家諸法度の条目を読み、一同拝聴して挨拶し退席した。宗信らは西城へ登り賀意を述べて退出した。

登場人物
島津宗信、徳川家重、松平乗賢、林大学頭信充
宛先
—
キーワード
島津宗信、徳川家重、松平乗賢、三月二十一日、登城、武家諸法度、法令、御本丸、拝聞、御礼
追録4-No.2431記事旧記雑録暫定版確認度 中

御代替の法令伝達と三月二十一日の登城次第

三月二十一日、御代替に伴う御法令が仰せ出され、宗信の登城・拝聞・退出の手順を記す。御三家の出座、広間や御座間での席次、松平加賀守と諸大名の着座、御法令を渡す使者、武家諸法度の伝達と拝聞後の礼が続く。野矢直之丞の報告には、当日の夕刻に能登守の家から呼ばれ、上意と御用之筋を申し聞かされた経緯も載る。後半は前書の受渡しと翌日の謝礼・登城に関する具体的な段取り。

登場人物
島津宗信、幕府諸役人、野矢直之丞
宛先
—
キーワード
御代替、三月二十一日、御法令、武家諸法度、島津宗信、御三家、松平加賀守、松平能登守、野矢直之丞、登城、拝聞、席次
追録5-No.1676家老連署返書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久馬外二名家老連署返書

島津久馬ほか二名の九月十八日付朱書返答は、伊集院十蔵・島津主鈴の袖判に関する伺いに、当主が幼少で当分は継豊が諸事を取り扱うため、袖判を出すには及ばないと答える。当主の成人後に御用を取り扱う時、初入部による帰国時、または同様の機会に袖判を出すよう申し上げる旨を伝える。有章院時代の武家諸法度の有無に関する書付を写し、参考のため別紙で送る。先方から送られた別紙は返却する。

登場人物
島津久馬ほか二名(目録。朱書に独立署名の記載なし)
宛先
伊集院十蔵・島津主鈴(応答先。独立宛名の記載なし)
キーワード
朱返答、袖判不要、成人、初入部、武家諸法度有無、別紙返却
追録8-No.21記事旧記雑録暫定版確認度 高

斉彬、斉興名代トシテ登城ス

徳川家斉が家慶へ将軍職を譲ったため、例に従い武家諸法度を下したことを記す記事。天保九年二月二十一日、島津斉彬が召しに応じて登城し、諸侯とともに大広間に列した。家慶が臨席し、老中太田備後守が法令を下す旨を告げ、将軍と諸侯はいったん退いた。斉彬らは再び大広間へ出て林大学頭の法令朗読を聞いた。礼式の詳細は留守居の首尾書にあるとする。

登場人物
島津斉彬、島津斉興、徳川家斉、徳川家慶、太田備後守資始、林大学頭
宛先
宛先なし(記事)
キーワード
島津斉彬、徳川家慶、武家諸法度、登城、大広間、林大学頭
追録8-No.22-3交名旧記雑録暫定版確認度 中

大広間諸大名交名

大広間諸大名の交名と、武家諸法度の写しが届いた家・次に順達した家を記す一覧。「次第不同」とし、松平越前守・大膳大夫・三河守・因幡守などを掲げ、松平大隅守(島津斉興)に続いて松平陸奥守・阿波守・大和守・右近将監・上総介らの順達先を列記する。書込によれば、有馬玄蕃頭から二月二十五日に松平越前守へ、松平大膳大夫から二十四日に松平大和守へ、上杉伊予守から二十三日昼に上杉弾正大弼へなど、複数の経路で送られた。回覧の個々の到着日と送り先を追える史料であり、単独の差出人・宛先を持つ書状ではない。

登場人物
松平越前守、松平大膳大夫、松平三河守、松平因幡守、松平陸奥守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平淡路守、松平大蔵大輔、有馬玄蕃頭、上杉弾正大弼、松平土佐守、松平豊後守、細川越中守、松平肥前守、松平因幡守、松平安芸守、松平伊予守、南部信濃守、松平対馬守、上杉式部大輔、松平肥前守、松平筑前守、南部甲斐守、松平大隅守(島津斉興。本文人物注)、松平阿波守、上杉式部大輔
宛先
宛先記載なし(順達先交名)
キーワード
武家諸法度、諸大名交名、大広間、順達、回覧、二月廿三日、二月廿四日、二月廿五日
後編4-No.1290文書確認度 高

島津家久書状

島津家久が島津義弘に宛て、用事に備えて留め置いた大学坊を、特別の案件がないため先に帰国させること、掛川方面からも特段の知らせがなく、当地の情勢も変わらないことを伝える。さらに、七日に伏見で能見物のため諸大名が伺候した際、「御法度条々」が発布され、その条書を義弘へ送ったこと、京都でも種々の命令が出されていることを報告し、詳しくは大学坊に申し含めたとする書状。

登場人物
島津家久、島津義弘、大学坊、諸大名
宛先
島津義弘
キーワード
島津家久書状、島津義弘、大学坊、掛川、伏見、能見物、諸大名、御法度条々、武家諸法度、条書、京都、命令、元和元年七月十日
追録2-No.790書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴書状

綱貴が進藤筑後守・今大路兵部大輔・進藤修理亮・今大路治部少輔へ、大納言家久と娘の縁組について親族一同が望み自身も承知したこと、関白・右府が満悦と蓮光院から聞いたことを伝えた書状。元祖以来の由緒を挙げつつ不釣合いな栄誉への思いを述べる。娘を出生時から養育した祖母陽和院の意向には書面で述べがたい点があり、近日蓮光院を上京させ口上に含めるので取り次ぐよう頼む。本書そのものと、予定する口上伝達を区別する。

登場人物
島津綱貴
宛先
進藤筑後守・今大路兵部大輔・進藤修理亮・今大路治部少輔
キーワード
綱貴、近衛家諸大夫四人、大納言家久、私娘、縁組内談、親族一同、関白右府満悦、元祖由緒、祖母陽和院、養育、書面難述、蓮光院上京、口上伝達予定、取次依頼、八月二十五日
追録7-No.1334記事旧記雑録暫定版確認度 高

後桜町上皇崩御に重豪が香奠を献ずる記事

重豪公御譜中。同年閏11月3日に仙洞が崩御し、謚を後櫻町院というと記す。12月26日、重豪も馬廻四本甚七兼方を仮に物頭として遣わし、泉涌寺の霊床前へ香奠銀3枚を献じた。これは大家が諸侯に来献を命じていたためとする。年は目録文化10年。崩御日・閏月と献奠日、使者の馬廻という本役・仮物頭の役割、銀3枚・献上先・大家の命令を区別し、数量を3両へ変えず葬送全般や個別参列を本文以上に補わない。

登場人物
重豪、仙洞(後櫻町院)、大家、馬廻四本甚七兼方、諸侯
宛先
独立宛名なし(重豪公御譜)
キーワード
文化十閏十一月三仙洞崩後櫻町院謚、十二月廿六馬廻四本甚七兼方仮物頭、泉涌寺霊床香奠銀三枚、大家諸侯来献命
追録7-No.1379記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪が忠治遠忌に香奠を献じ竹千代の薨を弔う記事

重豪公御譜中、斉興公御譜にもありとの注。今秋8月25日、蘭窓公(島津忠治注)の三百年忌法事を鹿児島郡吉田郷津友寺で修し、重豪も家老川上右近久芳を遣わし香奠金200疋を進献して拝したと記す。同月26日に竹千代君が薨じた(法号玉樹院殿注)ため、翌27日に重豪は留守居を老中及び水野出羽守忠成(西丸側用人注)の邸へ遣わし、大家と諸君の起居を伺わせた。年は目録文化11年。忠治の遠忌供養と竹千代の薨後の機嫌伺いを分け、香奠金を竹千代への献上へ移さず、竹千代の実名や死因を補わない。

登場人物
重豪、蘭窓公(島津忠治注)、家老川上右近久芳、竹千代君(玉樹院殿法号注)、水野出羽守忠成(西丸側用人注)、留守居、老中、大家、諸君
宛先
独立宛名なし(重豪公御譜)
キーワード
八月二十五蘭窓公忠治三百忌吉田津友寺久芳香奠金二百疋拝、二十六竹千代薨玉樹院殿翌二十七留守居老中水野忠成邸大家諸君起居伺
追録8-No.22-2添書旧記雑録暫定版確認度 高

松平斉民添書

松平三河守斉民の使者が、御条目の写し一通に添えた口上書。二月二十二日に太田備後守から家来へ写しが渡され、大広間四品以上の人々へ順達するよう命じられたため、使者で送り、各家から備後守へ承知の届を出すよう求める。順達後は写しを返却し、回覧先は別紙に添えるとする。同じ写しを松平加賀守にも渡して残る同席の人々へ回す手筈であり、加賀守の順達先も早く届く予定と伝える。

登場人物
松平三河守斉民、太田備後守、松平加賀守、使者・家来(実名なし)
宛先
大広間四品以上の諸大名(順達)
キーワード
松平斉民、武家諸法度、御条目写、順達、回覧、返却、承知届
追録8-No.22-4首尾書旧記雑録暫定版確認度 高

井上逸作首尾書

井上逸作が央様に、法令写しの回覧到着と受けの手続きを報告する。二月二十一日に出された法令の写しは松平加賀守・三河守へ渡され、有馬上総介から二十五日に島津家へ順達されたため、国元の太守島津斉興へ申し上げる旨の手扣書一通を、担当老中太田備後守の取次恒岡傳八郎へ持参して説明・提出した。取次から老中へ伝えるとの返事を得た。追記は、太守が承知した後に受書を差し出す予定とする。

登場人物
井上逸作、島津斉興(太守)、太田備後守、恒岡傳八郎、松平加賀守、松平三河守、有馬上総介
宛先
央様(本文に記される宛名。実名未比定)
キーワード
井上逸作、武家諸法度、回覧、手扣書、受書、恒岡傳八郎、国元
追録8-No.22-6触書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府老中触書

法令頒布に伴う祝儀の手続きを定めた触書。二月二十一日・二十二日に登城する人々は、本丸での用が済んだ後に西丸へ出仕して祝儀を述べるよう命じる。病気・幼少のため出仕しない人々は掃部頭・老中伯耆守・備中守の邸へ使者を出し、在国・在邑の人々は知らせを受け次第使札を送るとする。隠居はこの手続きを要しない。口裏は大目付宛、包紙は大目付から松平大隅守の留守居へ送ったことを示す。

登場人物
大目付、松平大隅守、掃部頭、老中伯耆守、老中備中守
宛先
大目付(口裏)。包紙は大目付から松平大隅守留守居宛
キーワード
武家諸法度、祝儀、登城、本丸、西丸、病気、幼少、在国、隠居
追録8-No.22-9首尾書旧記雑録暫定版確認度 中

半田嘉藤次首尾書

半田嘉藤次が央様へ、少将島津斉彬の法令頒布への登城を報告する。五半時の登城を老中連名の奉書で命じられ、今朝六時に供が揃って登城した。目付大津主馬・柳生伊勢守の案内で大広間下段の四畳目に着座し、将軍出御後、太田備後守が法令頒布を伝えた。将軍退出後に御法令の文台が置かれ、林大学頭が読み上げ、諸侯は拝聴して挨拶した。斉彬は帰邸し、林の朗読時には担当老中太田備後守へ進んで恐悦を述べたという。西丸での祝儀については堀田加賀守・松平伊豆守らへ確認し、いつもどおり直に帰邸して使札で祝儀を伝える旨を触達した。法令・式書は星野求珉が持参したため写しを添付する。追記は、国元の太守が法令を承知した後に別の請書を出す予定とする。

登場人物
半田嘉藤次、島津斉彬(少将)、島津斉興(太守)、大津主馬、柳生伊勢守、徳川家慶、松平加賀守、松平伊豆守、松平陸奥守、太田備後守、林大学頭、堀田加賀守、神尾山城守、一色主水、松平四郎、星野求珉(御坊主。字形未確定)、御老中・大御目付・用人
宛先
央様(本文の宛名。実名未比定)
キーワード
半田嘉藤次、島津斉彬、武家諸法度、登城、席次、朗読、西丸祝儀、使札、請書
追録8-No.22-10申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久風申渡書

将軍代替わり後初めて出された法令関係の資料を、例に従って御記録所へ納めるよう命じた申渡書。江戸から届いた御条目写一通、これに関する書付二通、御廻状写一通、留守居首尾書を添えた横折帳一冊を列記する。三月付で但馬の署名があり、人物注は島津久風とする。包紙の注は四包、紙数十八枚と記す。

登場人物
島津但馬久風(本文人物注)
宛先
宛先記載なし(御記録所への収蔵指示)
キーワード
島津久風、武家諸法度、御条目写、御廻状写、横折帳、留守居首尾書、御記録所
追録8-No.123-1書状井添書(蓋紙付き)旧記雑録暫定版確認度 中

調所広郷書状井添書

寛之助と愛君との縁組内約について、調所笑左衛門が四名へ相談経過を報告した書状。少将の着坂・上京に際して近衛家の諸大夫等と相談し、今月十七日に参殿した際、寛之助が成長したことと愛君の似合う年齢を踏まえ、従来の由緒と郁君入輿後の関係により、縁組を取り結びたいとする意向を伝えたと記す。内使者が先に取り扱っていたため、近衛方も内約の領掌を承知しており、別紙書取のとおり返答したことを知らせる。未四月二十四日付。添える四月付の口上写は、寛之助の成長、愛君の年齢、特別な由緒、郁君入輿後の続柄と、愛君がまだ入輿していないことを挙げ、縁組を取り結ぶ願いを述べる。前の蓋紙は弘化四年五月の寛之助縁組一巻と家老問合書等を留める二冊の表示を付す。

登場人物
調所笑左衛門広郷、寛之助、修理大夫斉彬、愛君、郁君、近衛家の諸大夫、少将、嶋津壱岐、嶋津石見、末川久馬、嶋津将曹久徳
宛先
嶋津壱岐殿・嶋津石見殿・末川久馬殿・嶋津将曹殿
キーワード
寛之助、愛君、縁組内約、成長、年齢、近衛家諸大夫、参殿、内使者、領掌、口上写、調所広郷
附録2-No.830文書確認度 高

島津家久書状

用事に備えて留め置いていた大挙坊を吉田九郎右衛門尉とともに下向させると報じる。併せて、七月七日の伏見での能に諸大名が出席し、幕府の法度が公布され、京都でも同様に触れ出された状況を伝えた島津家久書状。

登場人物
島津家久、島津義弘、大挙坊、吉田九郎右衛門尉
宛先
島津義弘
キーワード
島津家久、島津義弘、伏見、能、武家諸法度、法令公布
追録2-No.703記事旧記雑録暫定版確認度 低

島津忠雄、島津家の由緒を近衛基熙に示す

元禄十三年春、島津主計忠雄が江戸を発し、三月四日に京都へ着いて近衛家諸大夫の進藤修理亮長之・今大路治部少輔孝在に面会し、近衛基通以来の島津家由緒を記した二通を届け、近衛基熙・家熙父子の閲覧に供した記事。

登場人物
島津忠雄
宛先
近衛基熙・近衛家熙
キーワード
島津忠雄、島津主計、江戸、京都、三月四日、近衛家、進藤長之、進藤修理亮、今大路孝在、今大路治部少輔、近衛基通、島津家由緒、近衛基熙、近衛家熙、二通、元禄十三年