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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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799 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.927文書確認度 中

島津久豊宛行状

久豊公御譜中に掲げられ、祁答院右近重永所蔵の正文と注記される島津久豊宛行状。本文内容は掲載されず、宛行対象は確認できない。

登場人物
島津久豊、祁答院右近重永
宛先
祁答院右近重永
キーワード
島津久豊、祁答院右近重永、宛行状、久豊公御譜、正文所在、本文省略
前編2-No.949文書確認度 高

島津尊久安堵状

島津尊久が根占右近重永に、島津庄大隅方の大祢寝院内瀬筒村の先知行を安堵し、下地を領掌するよう認めた文書。

登場人物
島津尊久(花押)、根占右近重永
宛先
根占右近重永
キーワード
島津尊久、根占右近重永、大祢寝院、瀬筒村、先知行、下地、領掌、安堵状
前編2-No.2245文書確認度 中

島津勝久宛行状

本文には『勝久公御譜中』『正文在祢寝右近重永』との所在注記と年紀のみが掲げられ、宛行本文は収録されていない。

登場人物
島津勝久、祢寝右近重永
宛先
祢寝右近重永
キーワード
島津勝久、宛行状、祢寝右近重永、正文所在、本文欠落、天文四年
後編3-No.1575文書確認度 高

島津惟新書状案

島津惟新が、高橋右近からの使札を喜び、京都滞留後に無事帰国したことと、宮崎の件が従前どおり下知に任されたことを祝う。詳細は使者の口上に託した書状案。

登場人物
島津義弘(惟新)、高橋右近
宛先
高橋右近
キーワード
島津惟新書状案、後十一月八日、島津義弘、惟新、高橋右近、京都滞留、帰国、宮崎、下知、祝賀、使者口上
後編4-No.663文書確認度 高

島津家久書状

慶長十五年正月五日、島津家久が高橋右近大夫に新年を祝い、太刀一腰・馬一疋・段子二段を贈った。尾張名古屋城普請のため当国から人夫を派遣したことにも触れ、現地の新しい情報を知らせるよう求めた書状。

登場人物
島津家久、高橋右近大夫
宛先
高橋右近大夫
キーワード
島津家久書状、高橋右近大夫、年始、太刀、馬、段子、尾張名古屋城、普請、人夫派遣、情報照会
後編4-No.1025文書確認度 中

島津家久書状

慶長十八年七月二十七日、島津家久が高橋右近大輔へ、駿府参上を許されたことに謝し、上洛・参府の支度について今後の指示と調整を求めた書状。

登場人物
島津家久、高橋右近大輔
宛先
高橋右近大輔
キーワード
島津家久書状、高橋右近大輔、駿府参上、上洛、参府、支度、取次
後編5-No.551文書確認度 中

天寧寺某請取状

天寧寺が、東郷肥前守から音信として送られた小判金八両を確かに受け取り、国元へ書状で礼を述べるとした請取状。仁礼右近将監の使者である伊東志摩丞宛。

登場人物
天寧寺、東郷肥前守、仁礼右近将監、伊東志摩丞
宛先
仁礼右近将監殿の使者・伊東志摩丞殿
キーワード
天寧寺、東郷肥前守、仁礼右近将監、伊東志摩丞、小判金八両、音信、贈答、請取状、国元、礼状
追録7-No.1136報告書旧記雑録暫定版確認度 高

鎌田典膳政與首尾書(川上右近の代人伊勢雅楽御目見)

白木御文書七番箱55番。川上右近が病気で、御暇礼に際して代りの伊勢雅楽を御目見させたい件。昨日19日の御暇礼に関連し、留守居が別紙を御用番土井大炊頭の御勝手へ持参し内見したが、正式の願書提出は示されず、用人木次傳四郎へ出すよう言われた。先例書を求められ、病気で御目見しない場合は献上品も流れ、例書は返却し名札のみ出す扱いだと留守居が聞いた。家老の病気代人例を出したが、今日は城内で検討中で、明日の御目見・御礼について上聞したものの、先格が往々の差障りとなること、内々に調べても余り気の毒で正式に太守へは伝えず、極内で留守居に相談する趣旨を記す。西丸老中松平能登守にも右近の病気を届け、了承を得、上田右の取次からも承知と知らせた。参府礼の家老二人中一人が病気だった先例として、天明7年の御隠居様家督礼で鎌田愛太夫(政誼)が病気となり谷村孫右衛門(純璋)を代人とした例を挙げるが、今回の急な病気・往来の差障りとは取扱いが違うため、留守居らにも調べさせたと述べる。極内の相談は先方にも申し合わせてあり、事情を見て内意を尋ね、手抜かりなく計らう旨で結ぶ。4月廿日、鎌田典膳政與署、将監久泰・安房久備・信濃久喬宛、添書2通あり。御目見許可が実現したとの結果は本文になく、正式手続と内々の照会・未決状況を分ける。

登場人物
鎌田典膳(政與注)、川上右近(久芳注)、伊勢雅楽(貞改注・原表記)、御用番土井大炊頭、御留守居、御用人木次傳四郎、河村理兵衛、太守、西丸老中松平能登守、上田右、鎌田愛太夫(政誼注)、谷村孫右衛門(純璋注)
宛先
川上右近殿(冒頭)。末宛:嶋津将監久泰・嶋津安房久備・頴娃信濃久喬
キーワード
右近久芳病気伊勢雅楽貞改原注代人、土井御用番勝手留守居内見木次傳四郎、例書返却名札提出、御目見不許献上流、河村理兵衛表向き不達極内相談、西丸能登上田右承知、天明七鎌田愛太夫政誼谷村孫右衛門純璋代人例、四月廿典膳政與三宛添書二
後編2-No.1266記事確認度 高

樺山忠助譜

秀吉の命で薩摩・大隅・日向三州の旧田数と境界を改める検地が行われ、石田三成の家臣らが下向した経緯を記す。薩摩では黒川右近が筆頭となり、樺山忠助が案内・指南を務めた。 日向は伊地知某、大隅は吉利某が担当し、高城・出水など公領は検地対象外だったことも示す譜記事。

登場人物
樺山忠助、豊臣秀吉、石田三成、黒川右近、伊地知某、吉利某
宛先
—
キーワード
樺山忠助、豊臣秀吉、石田三成、太閤検地、薩摩、大隅、日向、黒川右近、田数、境界
後編2-No.1267記録確認度 高

樺山紹剣自記

京都からの命令で石田三成配下が下向し、国中で竿打ちによる検地を実施したことを樺山紹剣が自記する。薩摩は黒川右近、日向は伊地知氏、大隅は吉利氏が案内を担当した。 薩摩十三郡を測量した一方、泉・高城郡から山北は竿入れの対象外だったと、現場側の役割分担を具体的に記す。

登場人物
樺山紹剣、石田三成、黒川右近、伊地知某、吉利氏
宛先
—
キーワード
樺山紹剣、石田三成、太閤検地、竿打ち、黒川右近、伊地知氏、吉利氏、薩摩十三郡、泉郡、高城郡
後編2-No.1344文書確認度 高

島津氏分国検地衆注文並覚書

島津領の検地に派遣する人員を、薩摩・大隅・日向の担当別に列挙する。薩摩方には黒川右近ら、大隅・日向方にも複数の奉行衆を割り当て、全体の奉行として大橋甚右衛門尉を掲げる。 八月に大坂を出立すること、扶持・馬の飼料、伝馬・人夫・船を行程に応じて手配することも命じる。太閤検地の実働部隊と移動・兵站を具体的に示す名簿兼覚書。

登場人物
大橋甚右衛門尉、黒川右近、坂上源丞、村山理介、奥田理介、白井三郎右衛門尉、島田弥五右衛門尉
宛先
宛先なし(検地衆注文・覚書)
キーワード
太閤検地、薩摩、大隅、日向、検地衆、大橋甚右衛門尉、黒川右近、大坂出発、扶持、伝馬船舶
後編2-No.1366記録確認度 高

長谷場越前自記

島津義久の代、京都から五十余人の検地衆が薩摩・大隅・日向へ下向し、文禄三年九月十四日に大口城麓で竿入れを開始したと記す。薩摩は黒川右近允、大隅は中小路典五、諸県は大塩氏が担当し、算用・筆者衆を三方に分けて昼夜を問わず調査した。 翌文禄四年二月二十九日に一行が帰京し、その後三国が静謐になったと結ぶ。太閤検地の開始地点・担当者・作業期間を具体的に伝える当事者記録。

登場人物
長谷場越前、島津義久、石田三成、黒川右近允、中小路典五、大塩氏
宛先
宛先なし(自記)
キーワード
長谷場越前、太閤検地、大口城、薩摩、大隅、日向、石田三成、黒川右近允、中小路典五、竿入れ
後編3-No.887文書確認度 高

島津惟新書状

島津義弘(惟新)が少将島津忠恒に、急用が生じた際の京都への書状送達経路を示す。高橋右近と申し合わせ、中川修理または大田飛騨を経て熊谷内蔵允・垣泉州へ送り、そこから京都へ早急に差し上げるよう手配したので、この時こそ十分に才覚するよう促す。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(少将)、高橋右近、中川修理、大田飛騨、熊谷内蔵允、垣泉州
宛先
少将殿
キーワード
島津惟新書状、島津惟新、少将、高橋右近、中川修理、大田飛騨、熊谷内蔵允、垣泉州、急用、書状送達、京都、連絡経路、慶長四年九月廿二日
後編4-No.1062文書確認度 高

島津家久書状案

慶長十八年十一月十一日、島津家久が相良左兵衛佐へ、高橋右近が法度に背いたため、稲葉彦六らとその居城・知行・家財を改め、関係者を領内へ入れて詳しい状況を報告するよう求めた書状案。

登場人物
島津家久、相良左兵衛佐、高橋右近、稲葉彦六
宛先
相良左兵衛佐殿
キーワード
島津家久書状案、相良左兵衛佐、高橋右近、法度違反、改易、居城、知行、家財、調査
後編4-No.1067文書確認度 中

稲葉典通書状

慶長十八年十一月十六日、稲葉典通が羽柴陸奥守へ、高橋右近の法度違反による入城・改易、家財・知行の調査、領民への年貢賦課と兵糧支給について報じ、近辺での協力を求めた書状。

登場人物
稲葉典通、羽柴陸奥守、高橋右近、相良左兵衛佐
宛先
羽柴陸奥守様
キーワード
稲葉典通書状、羽柴陸奥守、高橋右近、法度違反、入城、改易、家財調査、年貢、兵糧
後編4-No.1069文書確認度 高

寺沢広高書状

慶長十八年十一月二十四日、寺沢広高が、高橋右近の江戸での不首尾、稲葉彦六・相良左兵衛による居城接収、高橋・富田両人の預け置き、公事相手酒井出羽の動向を報じ、詳報を求めた書状。

登場人物
寺沢広高、羽柴陸奥守、高橋右近、稲葉彦六、相良左兵衛、立花左近、富田信濃、酒井出羽
宛先
羽柴陸奥守様
キーワード
寺沢広高書状、高橋右近、居城接収、稲葉彦六、相良左兵衛、江戸、立花左近、富田信濃、酒井出羽
後編5-No.880文書確認度 低

壱岐幸光外二名連署書状

壱岐右近将監幸光・川崎大学助祐宣・肥田木主馬佑重昌が島津弾正へ、キリシタン改めに伴う往来管理について志布志方面と相談したうえで、清武と高岡の間で同様の取扱いを定めるよう求めた連署書状。清武側では平渡長右衛門・田中四郎左衛門の印判により奉公人・町人・百姓以下を往来させ、高岡側も同じ定めとするよう求める。本文日付は寛永十二年十一月十七日で、索引の十二月四日とは相違する。

登場人物
壱岐右近将監幸光、川崎大学助祐宣、肥田木主馬佑重昌、平渡長右衛門、田中四郎左衛門、島津弾正
宛先
島津弾正様・人々御中
キーワード
壱岐右近将監幸光、川崎大学助祐宣、肥田木主馬佑重昌、島津弾正、キリシタン改、志布志、清武、高岡、平渡長右衛門、田中四郎左衛門、印判、奉公人、町人、百姓、往来管理、寛永十二年十一月十七日、索引日付相違
後編5-No.1100文書確認度 高

徳川家光御内書

徳川家光が、長く患っている島津忠恒(改名後の家久)の容体を案じ、寒気に向かうので十分に保養するよう命じる。見舞いとして新庄右近を派遣し、鷹の鶴を贈ったこと、詳細は土井大炊頭が述べることを伝える御内書。

登場人物
徳川家光、島津忠恒(改名後の家久)、新庄右近、土井大炊頭
宛先
薩摩中納言(島津忠恒・改名後家久)
キーワード
徳川家光、島津忠恒、島津家久、薩摩中納言、病気見舞い、保養、新庄右近、上使、鷹の鶴、土井大炊頭、十月二十九日
附録1-No.348文書確認度 中

某申状

差出人不詳の者が、三十余年前に仁礼右近を頼って御老中へ医道稽古のための暇を願い、許可された経緯を記した申状。島津家久から児玉筑後を介して懇意の上意を受けたこと、今回の下向に際して桂八左衛門・伊東次郎右衛門らを通じ再び訴状を提出し、国元での披露を願ったことを述べる。

登場人物
某、仁礼右近、御老中、島津家久、児玉筑後、桂八左衛門、伊東次郎右衛門、高崎惣右衛門、仁太郎兵衛
宛先
—
キーワード
申状、仁礼右近、御老中、島津家久、児玉筑後、医道、稽古、暇、訴訟、下向、国元
附録2-No.632文書確認度 高

寺沢広高書状

安見右近・戸田又右衛門が島津方から受け取った総割符の兵糧について、下代らの受領が完了したので、公儀へ報告したうえで正式の受取証を交換するよう求めた寺沢広高書状。

登場人物
寺沢広高、安見右近、戸田又右衛門
宛先
島津家久(又八郎)
キーワード
寺沢広高、島津家久、安見右近、戸田又右衛門、総割符、兵糧、受領証、公儀、朝鮮出兵
後編2-No.84記録確認度 中

池田貞安覚書

豊後出陣の折、堅志田で池田貞安の父・六左衛門が敵を討ち取ったところ、上野半助との間で首の帰属をめぐる争論が起きた経緯を記す。両者は各自の分捕首を御前へ差し出し、親六左衛門の説明を受けた両殿から感賞された。戦功認定、首実検、褒賞の実態を具体的に示す覚書である。

登場人物
池田右近将監貞安、池田六左衛門、上野半助
宛先
—
キーワード
池田貞安覚書、池田右近将監貞安、池田六左衛門、上野半助、豊後出陣、堅志田、分捕、首争論、首実検、戦功、感賞
後編3-No.833文書確認度 高

高橋元種書状

高橋元種が羽少将島津忠恒に、内府の使者が下向し、忠恒が庄内へ軍勢を出したと聞いたことを伝える。高橋方にも忠恒から内府宛ての書状が届き、連絡次第参陣する意向を承知したとして、自身も参陣して直接意向を伺うと述べる。

登場人物
高橋元種(右近太輔)、島津忠恒(羽少将)、徳川家康(内府)
宛先
羽少将様
キーワード
高橋元種書状、高橋元種、右近太輔、島津忠恒、羽少将、徳川家康、内府使者、庄内の乱、軍勢派遣、参陣、慶長四年八月二日
追録5-No.2353伺書・付紙旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪願書(淡路守往来・付紙朱注)

島津淡路守が先祖以来の用事で国元へ時々赴くことについて、重豪が五月二十五日、従来は往来の希望を申し上げ、願いどおり許可されていたと述べる。代替を機に、以後は伺いを出さずに往来できるよう願い出る。当日、御用番松平右近将監へ山澤小左衛門盛福を通じて提出し、二十九日に御用人から切紙が届いた。佐久間源太夫盛邦が出向き、従前どおりとする付紙の返答を受けた。

登場人物
重豪・島津淡路守・松平右近将監・山澤小左衛門盛福・佐久間源太夫盛邦・御用人
宛先
独立宛名なし(朱注の提出先は御用番松平右近将監)
キーワード
五月二十五日往来願、淡路守先祖以来用事、従来その都度希望申上許可、代替以後伺い省略希望、付紙前々之通、松平右近将監、山澤盛福、二十九日切紙、佐久間盛邦
追録6-No.181-78覚書旧記雑録暫定版確認度 高

家老座覚書

日光法会に伴う餞別品と用人への贈答を日付・相手ごとに記す。三月二十七日、松平右近将監へ押掛十懸・織熊障泥十掛・干鯛一箱を進める。法会のため日光へ越し、宿坊に滞在して御用を取り扱うことになったための餞別である。四月九日には、御側衆で御内用を頼む田沼主殿頭へ押掛十掛・織熊障泥五掛・干鯛一箱を同じ理由で進める。用人への品物は、三月二十七日に右近将監の用人宮川吉仲太へ琉嶋紬二反・銀五枚、四月九日に田沼主殿頭の用人井上寛司へ琉紬二反・銀五枚とする。両主君の供に召し列せられ、兼ねて御内用を承り付けてくれる者への贈答で、留守居が使者を通じて進める旨を記す。末尾に御使番の首尾との注がある。

登場人物
松平右近将監、田沼主殿頭、宮川吉仲太、井上寛司、御留守居、御使者
宛先
松平右近将監・田沼主殿頭(餞別先)、宮川吉仲太・井上寛司(用人への贈答先)
キーワード
松平右近将監、田沼主殿頭、宮川吉仲太、井上寛司、御留守居、御使者、法会出張者への餞別品と用人への贈答
追録6-No.1207-1伺書旧記雑録暫定版確認度 中

献上物例書(一)―過去の縁組御礼と虎寿丸が御目見以前であることの申上

例書の第一の欄は松平大隅守(島津継豊の注)について、公方様へ二種一荷、大納言様へ一種一荷とする。第二の欄は前々松平薩摩守(島津宗信の注)について、公方様へ一種一荷、大納言様へ一種と記す。付記は、元文五年申に尾張宰相殿御息女が前々松平薩摩守に縁与を仰せ付けられた際、そのとおり御礼として使者をもって献上したと述べる。続いて、佐竹右京大夫の娘を虎寿丸に縁組する願いが仰せ付けられたので、御礼として虎寿丸について先規により献上物をする考えであったが、まだ御目見以前であり、虎寿丸の縁組とは同じではないことを申し上げる。ここに朱の安永三年、七月十八日、松平薩摩守を付す。後注は、この書付を佐久間九十九により松平右近将監へ内見に入れ、思召寄がないので、当日の日付で九十九を通じ御用番板倉佐渡守へ差し出しておいたと記す。先例の種・荷の数を現在の確定した献上数量とせず、書付の内見・差出を献上実施や婚姻実施と取り違えない。

登場人物
松平薩摩守(重豪、七月十八日署)、松平大隅守(継豊注、先例)、前々松平薩摩守(宗信注、先例)、尾張宰相殿御息女(原肩書)、佐竹右京大夫娘、虎寿丸、松平右近将監、佐久間九十九、板倉佐渡守
宛先
松平右近将監(九十九を通じた内見先)、御用番板倉佐渡守(当日の差出先);公方様・大納言様は先例の献上先
キーワード
原の1、例書、継豊注・宗信注、公方二種一荷/一種一荷、大納言一種一荷/一種、元文五年申、尾張御息女、御目見以前、七月十八日、右近将監内見、九十九差出
追録6-No.1225-10覚書旧記雑録暫定版確認度 中

喜入主馬覚書―未沙汰の乗物届の照会と御用番への書付・御受手配

矢野清右衛門が大御目付正木志摩守に参上し、用人坂田東馬を通じて、先達て仰せ渡された乗物の件を御用番へ伺っているが、まだ何分の沙汰もないことを述べる。仰せ渡された時には届け出るのが相応であるとの返答を受け、趣旨を書付にしておくよう言われたので、一通を認め差し出し、志摩守が聞き置いた旨を用人から聞いたとする。主馬が承ったこと、当番御近習役には別段申し上げる旨を付す。添える書付一通は打揚腰網代等の件で、御付札を伴い、御用番松平右近将監宛。次頁では、その側から御達があったため、内の一人が出向くよう切紙で仰せ渡され、櫻田御屋敷詰の御歩行落合平左衛門を当番御近習役へ差し出して別紙写を添えた経緯を述べる。矢野を申し出、受ける儀を内談したところ、今夜、表方の使者をもって御受を申し進めるのがよいと聞いたと記す。御用人には松倉左仲の表示。冒頭朱は午十二月廿三日、末は午十二月廿五日・主馬承之なので、両日時を残す。未沙汰の照会、書付呈出、御受の手配を分け、ここから三品の使用許可日や使者の派遣完了を確定しない。

登場人物
主馬(喜入久福、目録)、矢野清右衛門、正木志摩守、用人坂田東馬、松平右近将監、御用人松倉左仲、櫻田御屋敷詰御歩行落合平左衛門、当番御近習役
宛先
正木志摩守(届の照会先)、御用番松平右近将監(書付提出先)、当番御近習役(別段報告先)
キーワード
未何分御沙汰無、正木志摩守、坂田東馬、矢野書付一通、御付札、御用番右近、当番御近習役別段、落合平左衛門、松倉左仲、御受内談、今夜表方使者、午12/23・12/25主馬承之
追録6-No.1466願書旧記雑録暫定版確認度 中

旅行中の不調を述べ、翌年早春発・三月中着府を願う

翌年の参勤時節は定式通りに伺う心積りでいたが、この度の帰国では、長い旅行で駕籠だけだったためか、逆上し眼気に障りがあり、持病の痔疾などが再発し、さらに暑中になったため積気が甚だしく難儀したと述べる。翌年も暖気の時節に長途の旅行をすると再び気分に障るおそれがあるので、早春に国元を発ち、保養して三月中に着府し御機嫌を伺いたいと願う。七月十八日、松平薩摩守。御附紙は可為願之通候と返答する。朱送達注は酉八月十六日に留守居有川勇馬が右近将監へ提出し、同月二十三日に附紙をもって仰せ渡されたとする。本人が述べる不調と原因についての疑問、翌年の希望と附紙、願書の日付・提出・返答の三つの日を分ける。逆上・眼気・痔疾・積気という原の症状語を保持し、現代の病名や因果の診断へ置き換えない。早春出発と三月中着府は願いの内容であり、実際の出発・到着記録には換えない。

登場人物
松平薩摩守重豪、有川勇馬、松平右近将監
宛先
松平右近将監(留守居有川勇馬の提出注)
キーワード
帰国長途駕籠而已故か逆上眼気持病痔疾積気難儀、翌年早春国発保養三月中着府希望、七月十八薩摩守願、八月十六有川右近提出廿三附紙可為願之通
追録7-No.1209書状旧記雑録暫定版確認度 高

川上久芳返書(目録。将監の実母調査照会を伴う)

御記録所の御系図取調べに際し、右三人の実母の親・姓と実名、実母が他人の養女になっている場合は養父の姓・実名も記録奉行へ申し出たいが手元では分からないので、調べて報告するよう求める。正月廿九日、上に嶋津将監・下に川上右近殿とする朱注、右近に久芳注。朱六月廿九日の注も付す。割書の返答は、内聴した実母等の明細を伊集院隼衛から別紙どおりと聞き、記録奉行へ伝えるよう述べたことを記す。右に相添書付の表示は1210の回答明細に関連する。旧媒体で右端が裁断された冒頭列を原本上段70pt以下へ回復して下段全文に連結。質問本文・返答割書・二つの日付を分け、川上久芳返書という目録表題だけで質問の署宛を逆にしない。

登場人物
嶋津将監、川上右近(久芳注)、豹治郎、富姫、壽姫、実母、実母の親、養父、御記録奉行、伊集院隼衛
宛先
川上右近殿(問合せ宛。右近に久芳注)
キーワード
御系図取調、三人実母親姓名実名養父、将監問合川上右近久芳、正月廿九朱六月廿九、伊集院隼衛内聴別紙返答
追録7-No.1332書状旧記雑録暫定版確認度 高

鎌田政輿返書(共用本書の朱答)

1331本書の行間朱注に載る返書。本文の趣を御両殿様へ達して聞いたところ、可為伺之通旨被仰出候と読む候補の返答を記す(伺が何に見える細字を留保)。下印鎌田典膳が返書差出人、上印川上右近が返書宛となる。朱2月10日の返答日には独立年がなく、文化10年11月廿九日という上印本書日付と別に記す。目録も二月10日としており、12月10日へ訂正せず、文化10年又は翌文化11年に自動確定しない。鎌田政輿の名義は目録。朱返答は本書に挿入され、独立した返答部分として読める。

登場人物
鎌田典膳(政輿は目録)、川上右近、御両殿様
宛先
川上右近(本書差出人が返書宛)
キーワード
行間朱返答御両殿へ伝達、可為伺之通候補伺何字留保、朱二月十日返答年不詳、下印鎌田政輿署上印川上右近宛、本書十一月廿九別
追録7-No.1510書状旧記雑録暫定版確認度 高

新納久命書状(順姫誕生日・閑姫生母の記録)

白木御文書八番箱中十三番。蓋紙は文化十三年子八月、御記録所宛で、順姫誕生月日と閑姫生母の仰出の問い合わせを標題とする。朱書は「順姫様御誕生月日・閑姫様御生母被仰出付而之事」、八月十八日到来、肝付孫兵衛ほか二人便と記す。本書では順姫の誕生日を文化十年酉十二月十二日と掲げ、但し御内実は同年十月十二日と区別する。閑姫の生母は佐藤氏女と記す。この通り以後間違いのないよう帳面に記し置くよう仰せ出され、承知するよう申渡し、御記録奉行へも申渡したことを伝える。智姫様・お八百の御方に申し上げ、その元でも申し渡す件を取り計らうよう求める。七月廿六日、新納内蔵から川上右近・町田監物・嶋津安房・鎌田典膳へ。右二通を一冊とする末注がある。順姫の記録上の生日と内実日を統合せず、既読1310・1322の母系記載との違いも留保する。

登場人物
新納内蔵久命(目録)、順姫、閑姫、佐藤氏女、智姫、お八百、川上右近、町田監物、嶋津安房、鎌田典膳、肝付孫兵衛
宛先
川上右近殿、町田監物殿、嶋津安房殿、鎌田典膳殿
キーワード
白木八番箱十三蓋紙文化十三子八月御記録所順姫誕生日文化十酉十二月十二実十月十二閑姫母佐藤氏女帳面記置御記録奉行申渡智姫お八百取計七月廿六新納内蔵川上右近町田監物嶋津安房鎌田典膳八月十八到来肝付孫兵衛外二人便二通一冊
追録8-No.330-2普請御用割当通知(別紙四家名面・収納注)旧記雑録暫定版確認度 中

藤堂和泉守ほか四家へ川々普請御用と勘定奉行等への承合を伝える別紙

藤堂和泉守・松平兵部大輔・松平右近将監・榊原式部大輔の四家を掲げ、濃州・勢州・尾州・東海道筋の川々の普請御用を仰せ付けたので承知するよう知らせる別紙。取計方は勘定奉行松平出雲守と吟味役立田禄助から伝えるので承合するよう命じる。右一通也の表示。本文年月日不記。外包は文久元年酉九月五日、左衛門から格護しておく旨を平田九十郎へ知らせ、白木御文書十番箱へ納めた記録。

登場人物
藤堂和泉守、松平兵部大輔、松平右近将監、榊原式部大輔、松平出雲守、立田禄助、左衛門殿、平田九十郎
宛先
藤堂和泉守・松平兵部大輔・松平右近将監・榊原式部大輔
キーワード
普請御用割当別紙、藤堂和泉守、松平兵部大輔、松平右近将監、榊原式部大輔、濃州勢州尾州東海道筋川々、松平出雲守立田禄助、承合指示、右一通也、文久元年九月五日、左衛門平田九十郎格護、白木十番箱百二十一番
後編2-No.300記事確認度 中

島津中務大輔家久長女譜

島津家久の長女で根占右近大夫重張の妻となった女性について、天正十五年四月、父家久が羽柴秀長に降伏した際に人質となり、秀長の帰洛に従って上方へ送られたことを記す。上方に長く滞在し、のちに命を受けて豊臣秀吉へ拝謁した際、伊集院幸侃らわずかな随員だけが付き従ったという。九州征伐後に島津家の女性が政治的人質として扱われた事実を示す短い女性譜。

登場人物
島津家久長女、島津家久、根占右近大夫重張、羽柴秀長、豊臣秀吉、伊集院幸侃
宛先
—
キーワード
島津家久長女譜、島津家久長女、根占重張、羽柴秀長、豊臣秀吉、人質、帰洛、上方滞在、伊集院幸侃、女性史
後編2-No.1337記事確認度 中

島津義久譜

在洛中、秀吉が石田三成に命じて薩摩・大隅・日向三州の島津領を検地させた経緯を記す。三成は黒川右近ら四名を薩摩へ派遣し、検地の法式を記した詳書を持たせた。 伊集院忠棟も検地実施のため国元へ下された。太閤検地が島津領内へ導入された人員構成と命令系統を具体的に示す記事。

登場人物
島津義久、豊臣秀吉、石田三成、黒川右近、大音新介、中小路伝五、大橋甚右衛門、伊集院忠棟
宛先
宛先なし(譜の記事)
キーワード
島津義久、豊臣秀吉、石田三成、太閤検地、薩摩、大隅、日向、検地奉行、伊集院忠棟、領国支配
後編5-No.325文書確認度 中

山川霧島神社再興棟札

山川郷霧島神社の再興を記念した棟札。大檀那を藤原朝臣家久、地頭を鎌田出雲守とし、庄屋黒木主左衛門尉、願主・正祝有馬右近祐純直、権祝・大工・鍛冶らの名を列記する。

登場人物
島津家久、鎌田出雲守、黒木主左衛門尉、有馬右近祐純直ほか
宛先
山川郷霧島神社
キーワード
山川郷、霧島神社、再興、棟札、島津家久、鎌田出雲守、庄屋、大工
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 137連署書状・切支丹改易者取締旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

安藤直次外十一名連署書状

切支丹として改易された原主水・小笠原権之丞らが名字・姿を変えて潜伏しないよう、領内での取締りを求める連署書状。

登場人物
安藤直次外十一名、原主水、小笠原権之丞、高橋右近大夫
宛先
高橋右近大夫
キーワード
安藤直次外十一名連署書状、切支丹、改易、潜伏、高橋右近大夫
前編1-No.51-1文書確認度 高

右近衛府牒

右近衛府が薩摩国衙へ、元光の死後に庄家が職を奪い重綱らを補任した措置を止め、元光の功労と相伝を認めるよう命じた牒。元光の子孫・相伝者は証文に任せて安堵し、無証文の者や尼の死後に名を詐称する者は認めないとする。

登場人物
右近衛府・藤原朝臣
宛先
薩摩国衙
キーワード
右近衛府、薩摩国、元光、子孫、押妨停止、所領安堵、牒
前編1-No.52文書確認度 高

右近衛府政所下文

右近衛府政所が薩摩国衙へ、元光の先祖相伝の職をめぐる押妨を停止するよう命じた下文。家道・重綱らの濫行と元光の貢節を対比し、郡内の親疎をただして相伝者を安堵し、偽りの訴えを退けるよう求める。

登場人物
右近衛府政所
宛先
薩摩国衙
キーワード
右近衛府政所、薩摩国、元光、押妨停止、所領安堵、下文
前編1-No.54-1文書確認度 高

右近衛府牒

No.51-1と同文として本文を省略した重出。右近衛府が薩摩国衙へ、元光死後の庄家側による職の付替えを停止し、証文を持つ元光の子孫・相伝者を安堵し、名を詐称する無証文者を排除するよう命じた牒である。

登場人物
右近衛府
宛先
薩摩国
キーワード
右近衛府牒、No.51-1、同文、省略、重出
前編1-No.54-2文書確認度 高

右近衛府政所下文

No.52と同文として本文を省略した重出。右近衛府政所が、元光の先祖相伝職をめぐる家道・重綱らの濫行を停止し、元光の功労と証文を根拠に正当な相伝者を安堵するよう薩摩国衙へ命じた下文である。

登場人物
右近衛府政所
宛先
薩摩国
キーワード
右近衛府政所下文、No.52、同文、省略、重出
追録1-No.122覚書旧記雑録暫定版確認度 高

池田右近将監奉公覚

山田新城をめぐる戦闘・捕縛・知行、諸士の召寄せや配置、鹿児島城外城での勤務など、池田右近将監の奉公経歴と申し分を詳記した覚書。

登場人物
池田右近将監
宛先
新納刑部少輔
キーワード
池田右近将監、新納刑部少輔、山田新城、祁答院、鹿児島、奉公、知行、軍役
追録6-No.1377書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平右近将監武元、日光社参還御を祝う使者の書面の伝達を返答する

書状を拝見し、公方・大納言ともますます機嫌がよいと記す。公方の日光山御社参が済み、去月二十一日に還御したことを承知してめでたく思い、そのため使者を差し越された件について、書面の趣旨を各と相談して上聞したと返答する。末尾は五月二十八日、松平右近将監武元判、松平薩摩守殿宛、年は朱の安永五年。去月二十一日は四月二十一日の文脈で、還御と五月二十八日の返書、祝いの使者とその書面の伝達を分ける。奉献品の数量は記されていない。

登場人物
松平右近将監武元、松平薩摩守、公方、大納言、使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
公方日光社参相済、去月二十一日還御、祝意使者、書面上聞、五月二十八日、松平右近将監武元
追録6-No.1379書状旧記雑録暫定版確認度 中

松平右近将監武元、大納言の御袖被為留を祝う書面の伝達を返答する

書状を拝見し、公方・大納言ともますます機嫌がよいと記す。当月二日に大納言の御袖被為留があったことを承知し、めでたく思うとの書面の趣旨を各と相談して上聞したと返答する。末尾は五月二十九日、松平右近将監武元判、松平薩摩守殿宛、年は朱の安永五年。

登場人物
松平右近将監武元、松平薩摩守、公方、大納言
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
大納言御袖被為留、当月二日、五月二十九日、祝意書面上聞、松平右近将監武元
追録7-No.無番号_0085願書旧記雑録暫定版確認度 高

1136の2斉興願書(川上右近病気につき伊勢雅楽を代人に)

1136に続く印刷の2。御暇を賜い御礼を申し上げる際、留守の家老を御目見させ自分の献上品も家老が携える先格により川上右近を出すよう命じていたが、内々病気が差し発したので、伊勢雅楽を代人として差し出すことを聞き届けるよう願う。4月18日、御名(島津斉興注)。次頁の包紙は55番、留守詰家老川上右近の病気により伊勢雅楽を願い出たが御目見が命じられず献上品も流れた件の、江戸詰家老衆からの問合書・願書・例書等3通と記す。文化8未5月18日、将監から本山休七へ渡し、同前書写とともに七番箱収納。願書の提出趣旨と包紙の結果記述を分け、三通表示と1136末尾添書2通の範囲を保持する。

登場人物
御名(島津斉興注)、川上右近、伊勢雅楽、将監、本山休七
宛先
幕府への願出(独立宛名なし)。収納受渡:将監から本山休七
キーワード
印刷1136の2、御暇礼留守家老御目見献上品先格、川上右近内々病気伊勢雅楽代人願、四月十八斉興御名、包御目見不許献上流問合願書例書三通、五月十八将監本山休七七箱五十五収納
追録7-No.922-1書状旧記雑録暫定版確認度 高

牧野忠精書状(922の1・川上右近十五日五時登城)

白木御文書七番箱中三十五番の書状。国許到着御礼の使者川上右近(久芳の注)を明15日五時に御城へ差し出すよう命じる。また自分としての御礼も申し上げるので、その旨を心得るよう伝える。12月14日、牧備前署に牧野忠精の注、松平薩摩守殿留守居宛。包紙にも同じ宛名がある。差出日は14日、指定は翌15日五時であり、御城への差出と差出人の御礼の意向を採録する。独立年記は本文にないため文化4年記事群として示す。

登場人物
川上右近(久芳・注)、牧備前(牧野忠精・注)、松平薩摩守、留守居
宛先
松平薩摩守殿留守居(本文・包紙)
キーワード
922の1、白木七番箱三十五番、国許到着御礼使者、川上右近久芳、十二月十四日、明十五日五時御城差出、自分御礼、牧野忠精注、留守居、包紙
追録7-No.922-2書状旧記雑録暫定版確認度 高

牧備前書状(922の2・川上右近翌日四時登城)

国許到着御礼の使者川上右近を、明日の四時に御城へ差し出すよう通知する。12月廿日、牧備前署、松平薩摩守殿留守居宛。包紙も同宛名。独立年記は本文にないので文化4年記事群と明示する。前の14日書状の翌15日五時指定と区別し、この書状は20日付・翌日四時指定として別枝番号を保持する。

登場人物
川上右近、牧備前、松平薩摩守、留守居
宛先
松平薩摩守殿留守居(本文・包紙)
キーワード
922の2、国許到着御礼、川上右近、十二月廿日、明日四時、御城差出、牧備前、松平薩摩守留守居、包紙
追録7-No.922-3書状旧記雑録暫定版確認度 高

安藤對馬書状(922の3・川上右近出頭と三通収納)

川上右近を明日四半時に我等の宅へ差し出すよう通知する。12月廿一日、安對馬署に安藤信成の注、松平薩摩守殿留守居宛。包紙にも同じ宛名がある。続いて右ノ三通外包ニの表示があり、文化5年辰2月廿三日に橋口善兵衛が承知し、白木御文書七番箱へ納め置いた旨を記す。正文の翌日出頭指定と、922の1~3の三通をまとめた外包の後年収納日を分ける。出頭先は御城ではなく安藤の宅であり、五時・四時を指定する前二通とは異なる。

登場人物
川上右近、安藤對馬(安藤信成・注)、松平薩摩守、留守居、橋口善兵衛
宛先
松平薩摩守殿留守居(本文・包紙)
キーワード
922の3、川上右近、明日四半時、我等宅、安藤信成注、十二月廿一日、薩摩守留守居、三通外包、文化五年二月廿三日、橋口善兵衛、白木七番箱収納
追録7-No.1123申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

川上右近久芳申渡(寛二郎の若狭養子届受理)

白木御文書七番箱53番、口裏に右近殿から渡された書付の写。寛二郎(斉宣男注)が嶋津若狭の養子と命じられた件は先に申し渡したとおりで、去年11月廿二日、御用番牧野備前守へ届書を出し、受取った旨が返ってきたので、御記録奉行その他の関係先へ通知する。正月、右近(川上久芳注)署。包紙は文化8未正月10日、二階堂左門から福永仁右衛門へ渡し七番箱収納と記す。1089の養子決定・帳面記置指示に続く幕府への届出と受理通知として整理し、届出日・署月・収納日を分ける。

登場人物
右近(川上久芳注)、寛二郎(斉宣男注)、嶋津若狭、御用番牧野備前守、御記録奉行、二階堂左門、福永仁右衛門
宛先
御記録奉行・その他関係先。包紙受渡:二階堂左門から福永仁右衛門
キーワード
寛二郎斉宣男嶋津若狭養子、前年十一月廿二牧野備前へ届書、御落手返答、御記録奉行関係先通知、正月右近久芳、正月十日二階堂左門福永仁右衛門七箱五十三
追録7-No.1643書状旧記雑録暫定版確認度 高

川上右近ほか三名連署書状(重豪への年首祝儀)

出典は全上、正文は琉球国司にあるとする。国王の書状を拝見し、国王から大御隠居へ年首の祝儀として目録のとおり差し上げられた品を、江府に到着して披露したところ、満足に思し召したと伝える。この旨を洩れなく伝えるよう求める。十二月十九日、鎌田典膳・新納内蔵・島津安房・川上右近の四署に各實名判、宜野灣王子・三司官宛。贈品の種類・数量は本文に記さない。年の朱書は文政九年と読め、目録の文政元年と異なる。前後の配置を根拠に朱書を元年へそろえず、書状の年の確定を留保する。

登場人物
鎌田典膳、新納内蔵、島津安房、川上右近(各實名判)、琉球国王、島津重豪
宛先
宜野灣王子・三司官
キーワード
全上正文琉球国司国王尊書大御隠居年首祝儀目録到江府遂披露御満足洩達朱文政九年目録文政元十二月十九鎌田典膳新納内蔵島津安房川上右近實名判宜野灣王子三司官
追録7-No.1685書状旧記雑録暫定版確認度 高

川上右近ほか返書(御目見願の経過)

出典は重豪公御譜中、扣正文は家老座にあるとする。去る十六日、水野出羽守が留守居を呼び出し、重豪が快復していれば御序をもって御目見を申し出るよう、御用人を通じ伝えたと記す。承知のうえ受けた礼を伝え、別紙の案文による御目見願を水野出羽守が内見し、御用番阿部備中守へ留守居が持参して、受取済みと知らされた。願が済んで御目見が実施されれば、その段をさらに知らせるとする。先に伝えられた内容を承知し恐悦・同意する旨を結ぶ。末尾は五月二十八日、上町田監物・下川上右近、朱六月二十六日、三名殿の記載を伴う。久芳は目録による。上下の各通と日付署宛の対応は1684の留保を継続し、同じ原本範囲の文脈付き参照とする。願書の受取済みと、御目見の実施予定・後続報告を区別する。

登場人物
町田監物(久視は目録)、川上右近(久芳は目録)、嶋津安房、市田長門、新納内蔵、島津重豪、水野忠成、阿部備中守、留守居・御用人
宛先
嶋津安房・市田長門・新納内蔵(上下の署宛対応は留保)
キーワード
重豪快復御目見願去十六水野出羽守忠成留守居御用人案文内見御用番阿部備中守提出受取御願済御目見後報告恐悦同意五月廿八上町田監物下川上右近朱六月廿六三名殿久芳目録
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 345-2連署手形・交通継送旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

北条時常・有川右近将監連署手形

山元左近将監・黒木喜右衛門の帰路に用いる馬二疋と口引・荷持を宿次で継送するよう命じた手形である。十一月二十日付で北条時常・有川右近将監が連署し、蒲生・蘭牟田・宮之城・紫尾などの殿役担当者へ伝達する。

登場人物
北条時常、有川右近将監、山元左近将監、黒木喜右衛門
宛先
山元左近将監・黒木喜右衛門/宿次殿役仕者中
キーワード
北条時常、有川右近将監、馬二疋、山元左近将監、黒木喜右衛門、宿次