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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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143 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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附録2-No.645文書確認度 高

松平下総守書状

河口で不法を働いた薩摩出身者三人の処分について、国元へ送り返すよう使者に求めたが、使者は当地での成敗を強く望んだため、最終判断は家久の分別に任せるとした松平下総守書状。

登場人物
松平下総守
宛先
島津家久(陸奥守)
キーワード
松平下総守、島津家久、河口、不法行為、薩摩出身者、三人、成敗、送還、裁判権
附録2-No.937文書確認度 高

島津家久書状

白椿を受け取り、数寄の手掛かりにできると喜ぶ。義弘が来訪中であることを伝え、二十日に向島で狩りを行い義久も参加するので、十八、九日ごろに来て一泊し、見物と相談をするよう招いた島津家久書状。

登場人物
島津家久、島津義弘、島津義久、下総守
宛先
下総守
キーワード
島津家久、島津義弘、島津義久、白椿、数寄、向島、狩猟、一泊
前編2-No.2435記事確認度 中

北郷忠相譜

天文十一年七月四日、北郷忠相が志和池へ出兵し、三口に分かれて北原方と戦った経過を記す。白坂下総守や粟野地頭の滋谷兵庫頭ら諸将の配置・戦功を挙げる一方、各口で生じた多数の戦死者も列記し、志和池方面の合戦規模と北郷方の損害を伝える。

登場人物
北郷忠相、北原氏、志和池衆、白坂下総守、滋谷兵庫頭
宛先
—
キーワード
北郷忠相譜、北郷忠相、北原氏、志和池、三口、白坂下総守、滋谷兵庫頭、粟野地頭、合戦、戦功、戦死
前編2-No.2438記事確認度 中

庄内平治記

北郷忠相が高城、忠親が都城を本営として伊東・北原方に備えた戦いを詳述する。敵情を探る斥候を出し、有田加賀・白坂下総守らの兵を伏せて敵を誘引した。激戦の末に北原方を退け、多数を討ち取り、両城の防衛に成功した。

登場人物
北郷忠相、北郷忠親、伊東氏、北原氏、有田加賀、白坂下総守
宛先
—
キーワード
庄内平治記、北郷忠相、北郷忠親、高城、都城、伊東氏、北原氏、有田加賀、白坂下総守、伏兵、合戦
後編1-No.451記事確認度 高

島津義弘譜

永禄十一年八月、伊東氏が相良氏と結び桶比良に陣を置いたため、島津義弘が飯野の守備を固めた。皆越六郎左衛門から伊東・相良両氏の加久藤・飯野攻略計画が遠矢下総守へ密告され、島津方は大明司へ虚報を流して対抗した。貴久は長雨のため桶比良攻撃を断念し、義弘は皆越夫妻を河原口で迎えて大川平を与え、九郎の後嗣として左近将監と改名させた。

登場人物
島津義弘、島津貴久、伊東義祐、相良氏、皆越六郎左衛門、遠矢下総守、多志田氏、伊尻神力房、中野越前守、田実伊勢守、橋口出羽守
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、永禄十一年、桶比良、飯野、伊東義祐、相良氏、皆越六郎左衛門、遠矢下総守、密告、虚報、長雨、大川平、帰順
後編1-No.627記録確認度 高

木崎原合戦従軍者交名

元亀三年五月四日の木崎原合戦に従軍した島津方の将兵を列記する。大口住人の久富伴五左衛門をはじめ、遠矢下総守・日高掃部左衛門・竹下又左衛門・瀬戸口八郎左衛門・五代右京亮友喜・川上三河守忠智・二階堂四郎左衛門入道秀綱・有川雅楽助貞員・鎌田刑部左衛門らを掲げ、個々の戦功注記を添える。

登場人物
島津義弘、久富伴五左衛門、遠矢下総守、日高掃部左衛門、竹下又左衛門、瀬戸口八郎左衛門、五代友喜、川上忠智、二階堂秀綱、有川貞員、鎌田刑部左衛門
宛先
木崎原
キーワード
木崎原合戦従軍者交名、元亀三年、島津義弘、久富伴五左衛門、遠矢下総守、五代友喜、川上忠智、二階堂秀綱、有川貞員、戦功
後編1-No.1466記事確認度 高

島津義久譜

十二月八日、小代下総守が鹿児島へ参上し、島津義久と対面して太刀・黄金などを献上した。義久も太刀・馬を与えてその帰属を賞し、隈部・辺春ら肥後諸氏の従属と進物を記す。

登場人物
島津義久、小代下総守、隈部親泰、辺春氏
宛先
鹿児島
キーワード
島津義久譜、小代下総守、鹿児島、肥後諸氏、隈部親泰、辺春氏、帰属、進物、太刀、馬
後編2-No.182記事確認度 高

島津義久譜

七月十四日、吉利下総守が三城から宮崎へ至り、国境に異変がない旨を上井伊勢守へ報じたこと、井尻伊賀守が八代から封物を携えてきたことを記す。さらに長寿院・大善坊を京都へ遣わし、前年に鎌田刑部左衛門尉を介して関白へ伝えた件を再度説明しようとしたが、鎌田の病で果たせなかったという。国境情報と京都外交の連絡経路を併記した記事である。

登場人物
島津義久、吉利下総守、上井伊勢守、井尻伊賀守、長寿院、大善坊、鎌田政近
宛先
—
キーワード
島津義久譜、吉利下総守、上井伊勢守、井尻伊賀守、長寿院、大善坊、鎌田政近、八代、上洛、京都外交
後編4-No.732文書確認度 中

島津惟新書状

慶長十五年八月二十五日、島津義弘が島津家久に、日向へ派遣された木引奉行下総殿の指揮により、数千人が乱れなく働き、木引きが順調に進むと報じた書状。奉行自身の勤勉と行儀を高く評価し、適切な処遇を求める。

登場人物
島津義弘、島津家久、日向木引奉行、下総殿
宛先
島津家久
キーワード
島津義弘書状、島津家久、日向、木引奉行、下総殿、数千人、統率、木材調達、勤勉、処遇
後編4-No.1096記事確認度 高

殉国名藪

慶長十九年五月、広津下総守常久の家臣岩元孫兵衛が、木下藤吉左衛門と同じく主君に殉死したことを記す殉国者の記事。

登場人物
岩元孫兵衛、広津下総守常久、木下藤吉左衛門
宛先
—
キーワード
殉国名藪、岩元孫兵衛、広津下総守常久、木下藤吉左衛門、殉死、慶長十九年
後編5-No.336文書確認度 中

某覚書条書

琉球へ派遣する川上又左衛門尉・菱刈伴右衛門尉に付ける人数、京都で調達する銀子、帖佐弥左衛門尉の知行召上げ、比志島宮内少の嫡子の屋久島での出家、種子島にいる宮内少の女性と子二人の移送、息女を吉利下総守へ預けることなどを指示した覚書条書。

登場人物
島津家久、川上又左衛門尉、菱刈伴右衛門尉、帖佐弥左衛門尉、比志島宮内少、吉利下総守ほか
宛先
—
キーワード
琉球使節、川上又左衛門尉、菱刈伴右衛門尉、銀子、帖佐弥左衛門尉、比志島宮内少、屋久島、種子島、吉利下総守
後編5-No.562文書確認度 中

島津久元・伊勢貞昌連署書状

島津久元・伊勢貞昌が、吉利下総守・新納右衛門佐を通じて伝えた国元軍役の談合状況を問い、武具兵具の調達、道具用意、知行高に応じた具足・馬・武具の賦課、御城の総高六拾万五千石を基準とする軍役などについて、早急な決定と報告を求めた連署書状。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、吉利下総守、新納右衛門佐、軍役関係者
宛先
―
キーワード
島津久元、伊勢貞昌、吉利下総守、新納右衛門佐、軍役、談合、武具、兵具、具足、馬、知行高、六拾万五千石、御城
附録1-No.380文書確認度 高

入来院重時書状

入来院重時が東助左衛門に、ある者へ持たせた一種の件は評判が悪いと聞くため差し置くよう伝え、自分に有利になるよう調法を依頼した書状。下総守の船が来た際に一札を預けたこと、遣わされた品への謝意、帰国時期が未定であること、木の子・舞茸の贈答、下総守・杢七郎の無事を喜ぶ旨を述べる。

登場人物
入来院重時、東助左衛門、下総守、杢七郎
宛先
東助左衛門殿
キーワード
入来院重時、東助左衛門、下総守、杢七郎、一札、調法、船、帰国、贈答、木の子、舞茸、近況、書状
附録1-No.483文書確認度 高

北郷某・土持某連署覚書

北郷某と土持某が、高城をめぐる過去の合戦について照会に答えた連署覚書。伊東・北原方の攻撃に対して城方と梶山・勝岡・山之口衆が迎撃し、敵数十人を討ち取ったこと、北原方の白坂下総守を討ち、志和池城麓まで追撃したことなどを記す。

登場人物
北郷次右衛門尉、土持権助、伊東氏、北原氏、白坂下総守、志和池衆、梶山・勝岡・山之口衆
宛先
内藤善左衛門尉殿
キーワード
北郷次右衛門尉、土持権助、内藤善左衛門尉、高城、伊東氏、北原氏、白坂下総守、志和池、梶山、勝岡、山之口、合戦、追撃
附録2-No.972文書確認度 高

松平信網・阿部忠秋連署奉書

松平下総守の死去を知った島津光久が、将軍の機嫌を案じて使者を派遣したことについて、念の入った対応であると上聞に達した旨を伝えた松平信網・阿部忠秋連署奉書。

登場人物
松平信網、阿部忠秋、島津光久、松平下総守
宛先
島津光久
キーワード
松平信網、阿部忠秋、島津光久、松平下総守、死去、使者、上聞
後編1-No.958文書確認度 高

入来院市比野名坪付注文

入来院市比野名内の水田・畠・屋敷などの坪付注文。かひくち・山下・とふち・三渡瀬・平木・井之牟礼脇などの田地と蒔高を列挙し、水田は合計八反、そのうち三渡瀬の一反は水損と記す。

登場人物
東郷下総守
宛先
—
キーワード
入来院、市比野名、坪付注文、東郷下総守、水田八反、三渡瀬、水損、畠、屋敷
附録1-No.369文書確認度 高

島津常久書状

島津常久が入来院三左衛門尉に、京都滞在中に石州から事情を聞き、先方が諸事に辛労していることを労った書状。留守中のことを特に心配しているが、下向の時期も近いと聞くので安心するよう伝え、詳しくは面談時に話すとする。

登場人物
島津常久(島津下総守)、入来院三左衛門尉
宛先
入来院三左衛門尉殿御宿所
キーワード
島津常久、島津下総守、入来院三左衛門尉、京都、石州、留守、辛労、下向、面談
附録1-No.485文書確認度 中

島津忠隣書状

島津忠隣が阿多若州老に、いしん様への酒進上の意向、当地や紀州の情勢、中嶋から届いた兵糧夫役の件などを知らせた書状。兵糧・人夫の扱いは国の定めに従い、少数の私的な者だけで処理せず、内容を他言しないよう慎重な対応を求める。

登場人物
島津忠隣(下総守)、阿多若州老、いしん様、中嶋、紀州
宛先
阿多若州老
キーワード
島津忠隣、下総守、阿多若州老、いしん様、中嶋、紀州、酒進上、兵糧、人夫、夫役、軍役、内密
追録1-No.2665書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴書状

島津綱貴が諏方下総守の家臣らへ、家来の薬丸伊右衛門を当地に置くので、万事適切に指図してほしいと依頼した書状。

登場人物
島津綱貴、諏方下総守、薬丸伊右衛門
宛先
諏方下総守様人々
キーワード
島津綱貴、諏方下総守、薬丸伊右衛門、家来、差置き、指図依頼、書状
追録2-No.420書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴書状

島津綱貴が西丸留守居の庄田下総守へ、島津左京が願いどおり佐土原を城地として認められたことを報告し、相手の取り持ちで首尾よく済んだと謝した書状。目録どおりの礼品を贈る。

登場人物
島津綱貴(全上・御譜による)、島津左京、庄田下総守安利(宛所傍注、西丸留守居)
宛先
庄田下総守様人々(取次宛)
キーワード
島津綱貴、庄田下総守、西丸留守居、島津左京、佐土原、城地、許可命令、取り持ち、謝意、礼品
前編2-No.2370記事確認度 中

貴久公記

天文八年閏六月十七日以降の島津貴久軍の市来方面作戦を記す。忠将・樺山玄佐・蒲生宮内少輔・伊集院大和守・三原下総守らの配置、城攻め、八月四日の再戦を追い、九月朔日に本城を奪取して守備兵を配置し、地域支配を固めた。

登場人物
島津貴久、島津忠将、樺山玄佐、蒲生舎弟宮内少輔、伊集院大和守、三原下総守
宛先
—
キーワード
貴久公記、島津貴久、市来、閏六月十七日、八月四日、本城、攻城戦、守備配置
前編2-No.2371記事確認度 中

蓑輪伊賀覚書

天文八年閏六月十七日の市来方面の戦闘を中心に記す覚書。貴久の馬が射られる激戦の中、忠将・樺山玄佐・伊集院大和守・三原下総守・平田衆らが城を攻めた。敵の抵抗、八月四日の再戦、九月の本城奪取までを時系列で追う。

登場人物
島津貴久、島津忠将、樺山玄佐、伊集院大和守、三原下総守、平田衆
宛先
—
キーワード
蓑輪伊賀覚書、島津貴久、市来、閏六月十七日、八月四日、本城、攻城戦、軍勢
後編2-No.55記事確認度 中

島津義久譜

天正十三年七月十三日以降、吉利下総守らが上井覚兼へ伝えた諸方の軍事情報をまとめた『島津義久譜』の記事。羽柴筑前守の軍勢が四国で戦い、七、八百人を失って敗れたとの風聞、甲斐宗運が病死したとの情報が届くが、謀略の可能性も疑っている。続いて島津図書頭忠長・伊集院忠棟らが宮崎・高知尾方面の作戦と兵器輸送を協議し、花山城をめぐって阿蘇・甲斐方の大軍と交戦した経過を記す。未確認情報を吟味しながら救援・守城策を組み立てる島津方の情報活動が分かる。

登場人物
島津義久、吉利下総守、上井覚兼、島津忠長、伊集院忠棟、甲斐宗運
宛先
該当なし
キーワード
島津義久譜、羽柴筑前守、四国、敗報、甲斐宗運、病死風聞、宮崎、高知尾、花山城、軍事情報
追録8-No.449-2本文群(石高一覧・上京行列と武器の伝聞)旧記雑録暫定版確認度 中

一橋ほかの石高を列記し松平下総守らの行列・銃筒の話を添える記事

二内容の記事。石高欄は一橋中納言を十万石格、酒井雅楽頭を十五万石、加賀中納言を百二万石、戸澤惣介を六万八千石等として列記する。渡邊肥後守の三十四万石にはママの注があり、そのまま留保する。続く記事は上京する人員が昨廿日芝の通の湯屋へ出張し、銃筒七八十挺ずつを持って行列し松平下総守の通行に付く由、ほかに後から上京する者もあるだろうとする。江戸から書付が到来し写し置くと記す。石高を兵員数に換算せず、七八十の概数や伝聞を実際の総兵器数にしない。

登場人物
一橋中納言、松平下総守、酒井雅楽頭、本庄宮内少輔、小栗下総守、加賀中納言、阿部播磨守、戸澤惣介、南部美濃守、渡邊肥後守、丹羽左京大夫、大久保加賀守
宛先
宛名不記(江戸から来た書付の写し)
キーワード
石高一覧、一橋十万石格松平下総十万酒井雅楽十五万本庄一万小栗九百石、加賀百二万戸澤六万八千南部二十万、渡邊三十四万ママ、丹羽大久保列記、昨廿日芝湯屋出張銃筒七八十挺行列松平下総通行の由、江戸書付写し
後編1-No.212記録確認度 高

樺山玄佐自記

北原兼守死後の真幸院で、樺山玄佐と白坂氏らが球磨から北原兼親を迎え、馬関田を奪って飯野へ入れた経過を詳述する。島津方は横川城を攻略して菱刈氏へ与え、北原兼親から栗野を献上させ、相良方の番衆を帰国させて飯野を守備した。

登場人物
樺山玄佐、島津貴久、島津義久、北原兼親、北原伊勢介、白坂佐渡介、白坂下総介、相良氏、菱刈氏
宛先
—
キーワード
樺山玄佐自記、真幸院、北原兼親、飯野、馬関田、横川城、白坂氏、菱刈氏、栗野、相良氏
後編1-No.620記事確認度 高

島津義弘譜

元亀三年五月四日の木崎原合戦を記す。伊東方数千が飯野を越えて加久藤を攻めたため、島津義弘は四、五十騎で木崎原を遮り、久富・遠矢らと迎撃した。長峯氏や伊東文次郎・落合源左衛門らを討ち、田原陣・鬼塚原へ追撃して義弘自身も強敵二人を斬った。島津方にも鎌田大炊助らの戦死者を出したが、少数で伊東方の大軍を破った勝利を天助と評する。

登場人物
島津義弘、伊東義祐、伊東文次郎、落合源左衛門、久富伴五左衛門、遠矢下総守、長峯弥四郎、竹下又左衛門、瀬戸口八郎左衛門、五代友喜、柚木崎丹後守
宛先
飯野、加久藤、木崎原、田原陣、鬼塚原、三山城
キーワード
島津義弘譜、元亀三年、木崎原合戦、飯野、加久藤、伊東義祐、久富伴五左衛門、長峯弥四郎、五代友喜、柚木崎丹後守、少数勝利
後編1-No.726記録確認度 高

壱岐賀州年代記

天正二年正月、肝付氏への加勢として日向勢が出発してから帰還するまでの日程を列挙する。飫肥・櫛間・志布志・内城を経て禰寝へ進撃し、村々を焼き、禰寝勢を破って塩入城を攻め落としたのち、高城へ進み、二月二日に飫肥へ戻ったと記す。

登場人物
肝付賀州、伊東下総守、禰寝源四郎、亀川岩介
宛先
—
キーワード
壱岐賀州年代記、天正二年、肝付加勢、日向勢、禰寝、塩入城、高城、行程記録
後編3-No.685記事確認度 高

北郷久村譜

慶長四年三月、伊集院忠真が都城に拠って十二の砦を構え、同年六月に島津忠恒が出馬すると、北郷久村は宮之城から長千代丸に随って出陣した。敵の出城防戦に際し、味方が退いた後も久村は退かず、三度援兵を率いて敵城内まで追撃し、多くの家臣が戦死したことを記す。

登場人物
北郷久村、伊集院忠真、島津忠恒、長千代丸、喜入摂津、吉利下総
宛先
—
キーワード
北郷久村譜、伊集院忠真、都城、十二砦、島津忠恒、宮之城、長千代丸、庄内の乱、追撃、家臣戦死
後編4-No.421記事確認度 高

喜入忠続譜

慶長十三年春、喜入忠続が島津義久の使節として駿府・江戸へ赴き、島津常久と海路・陸路をともにしたことを記す系譜記事。

登場人物
喜入忠続、島津義久(龍伯)、島津常久(下総守)
宛先
—
キーワード
喜入忠続譜、島津義久、島津常久、使節、駿府、江戸、海路、陸路
後編5-No.129文書確認度 中

某覚書

寺領への居所移転、使者の人選、比志島宮内少輔のもとへ出入りする者の礼法・監視を指示する。また、度重なる命令不履行、訴訟で自説を押し立てること、他人と相談しないことなどを問題として、宮内少輔へ申し聞かせるよう命じる覚書。

登場人物
喜入摂津守、比志島宮内少輔、吉利下総守、比志島掃部助、鎌田出雲守、市来掃部助
宛先
喜入摂津守
キーワード
喜入摂津守、比志島宮内少輔、寺領、使者、礼法、目付、訴訟、談合、覚書、要確認
追録8-No.39-4連署状旧記雑録暫定版確認度 高

松平乗寛外三名連署状

脇坂安董・太田資始・水野忠邦・松平乗寛が、京都所司代間部下総守へ出した連署状。中将であった松平大隅守島津斉興を今回宰相に任じる旨が出されたため、口宣などを整えるよう伝奏衆へ申し入れることを求める。天保九年十二月五日付で四名が署判する。

登場人物
脇坂中務大輔安董、太田備後守資始、水野越前守忠邦、松平和泉守乗寛、間部下総守詮勝、松平大隅守(島津斉興)、伝奏衆
宛先
間部下総守殿(京都所司代。本文人物注)
キーワード
島津斉興、宰相、口宣、伝奏、京都所司代、間部詮勝、老中連署
追録8-No.242本文群(登城休息所書取・記録奉行申渡)旧記雑録暫定版確認度 中

斉彬の登城休息所変更と御書取の記録保管

斉彬の登城時の休息所を変更する書取と、その記録保管を命じる申渡。松平薩摩守について、今後朔望その他の登城には大廊下下之休息所に控えるよう伝達させ、年始・五節句等は従来どおりとする。御記録奉行への申渡では、先月十五日に大目付伊澤美作守が御留守居を呼び出し、太守の相席について別紙の書取を渡したことを報告する。登城の際には阿部伊勢守から直接伝達されるが、不参であったため御留守居に通知されたとして、書取を格護し帳面へも記すよう命じる。三月の下総による申渡。外包は安政四年三月十五日、下総から橋口与一郎へ渡され白木御文書十番箱へ収納した記録。

登場人物
松平薩摩守(斉彬)、大目付伊澤美作守、御留守居、阿部伊勢守、下総、橋口与一郎、御記録奉行
宛先
口裏「大目付江」;書取の対象は松平薩摩守;申渡は御記録奉行へ;外包は下総から橋口与一郎へ
キーワード
斉彬、松平薩摩守、登城休息所、大廊下、朔望、年始五節句、伊澤美作守、御留守居呼出、阿部伊勢守直達、不参、御記録奉行、格護、帳面記録、白木十番箱
追録7-No.無番号_0060書状旧記雑録暫定版確認度 高

市田盛常書状(906の1・実母暇相談)(原本906の1)

子様出生の実母へ暇を下す旨の内沙汰を承知したが、自分一存で可否を申し上げ難いので国許同役へ知らせ一統の評議を求める。召し仕える女中の暇は内外の道理では夫婦離縁に類し、不心得の方だけでなく差支えない場合も家の都合で縁を絶つ例があるが、女中の立場では両親の存意だけを押して扱えないという史料の判断を述べる。寛二郎実母おらんは親父中根若水から国元へ遣わしたい旨を願われ、嶋津嘯山養女として勤めていたため取計いは自由にならないと御前へ伝えた。病気で部屋に入った際、国元へ遣わす筋は先延びとなり、宿元で養生したいと願い、若水の家禄1000石と両親の取締りには不行届がないとする。それでも全快後も大奥へ戻さず、他女中を召し置く扱いとの関係が問題となるため、国元送致と永暇・後縁は一筋に定められないと評議を求める。家法、子の出生、父母の情と世間への影響を挙げ、当分は現状のまま詳しく検討したいとする。岩下佐次右衛門は大躰を承知しているので相談し、一筋二筋でも取計いを考えて残らず知らせるよう内用で申し越す。7月25日、市田勘解由署、五名宛、各注の実名と嘯山表記を保持する。相談の本書・行間朱答・再答は同じ冊子に記され、本書は実母の暇についての相談を述べる。

登場人物
寛二郎、実母おらん、中根若水、嶋津嘯山、市田勘解由(盛常・注)、頴娃信濃(久喬・注)、菱刈下総(隆邑・注)、川田伊織(佐睿・注)、高橋縫殿(種央・注)、赤松市正(前方・注)、岩下佐次右衛門、浄国院、有邦院、御前様
宛先
頴娃信濃殿・菱刈下総殿・川田伊織殿・高橋縫殿殿・赤松市正殿
キーワード
906の1、実母御暇可否、一統評議、夫婦離縁比喩、寛二郎母おらん、若水家禄1000石、嘯山養女、病気在宿養生、国元送致と永暇、家法世間、岩下相談
追録7-No.792書状旧記雑録暫定版確認度 高

市田盛常書状(子女実母への暇相談)(原本・目録792)

子女出生の実母へ暇を与えてよいかとの内沙汰を承知したが、一存で可否を申し上げ難く、国元同役へ知らせ一統の評議で答えたいと述べる。内外の道理では召し仕えた女中へ暇を与える件を夫婦離縁になぞらえ、不都合のない方や多少不足でも事情のある方があるとし、御前の心得のうえで扱う問題とする。寛二郎実母おらんの例では、親父中根若水が国元へ遣わすよう求め、嶋津崘山候補の養女で本人が勤めていたため、子女が家へ入る取計は自由にならないと留守居へ伝えた。病気となり部屋に入り先例に照らして宿元で療養を求め、若水は家禄1,000石を持つ両親なので取締りに不行届もなく、当分の在宿養生はよいが、全快後も大奥へ戻さず他の女中を一統召し置くのはどうかと問う。国元へ遣わす方針と永久暇を分け、家法に関わり世間にも影響するため当分従来のままとして評議・詳しい返答を求め、大奥での太妹候補に関する話は岩下佐次右衛門に承らせ判断次第とする。内用として申し越し、7月25日・市田勘解由署、五家老宛、七番箱12号。末尾の赤松宛は次頁へ続く。

登場人物
寛二郎、実母おらん、中根若水、嶋津崘山(養父号候補)、岩下佐次右衛門、市田勘解由(盛常・目録)、頴娃信濃、菱刈下総、川田伊織、高橋縫殿、赤松市正
宛先
頴娃信濃殿・菱刈下総殿・川田伊織殿・高橋縫殿殿・赤松市正殿(次頁)
キーワード
実母御暇可否、夫婦離縁比喩、寛二郎母おらん、養女と家法、病気在宿療養、両親家禄1000石、国元送致と永久暇、当分召置、五家老相談
追録7-No.794書状旧記雑録暫定版確認度 高

市田盛常書状(当分召置の再答)(原本・目録794)

本書への朱返答を承知して貴聞へ達したところ、各々の評議どおり先ず当分は従来のまま差し置く旨を承知し、自分もありがたく安心したので、納得のためこの旨を再答すると述べる。2月3日・市田勘解由署、五家老宛。右張紙の表示。包紙は七番箱12号、子女出生の実母へ暇を与える一件につき江戸詰家老から国元家老へ相談し、評議して勘解由まで往復した内用御書付写1通とする。年記はなく、792問合せ・793朱返答と順序は区別し、永久暇や縁組が実行されたとはしない。

登場人物
寛二郎、実母おらん、中根若水、嶋津崘山(養父号候補)、岩下佐次右衛門、市田勘解由(盛常・目録)、頴娃信濃、菱刈下総、川田伊織、高橋縫殿、赤松市正
宛先
頴娃信濃殿・菱刈下総殿・川田伊織殿・高橋縫殿殿・赤松市正殿
キーワード
朱返答承知、貴聞へ達、当分従来通差置、安心再答、市田勘解由五宛、内用往復写、七番箱12
追録8-No.252-1島津豊後書状(昇進後の家格・伝達)旧記雑録暫定版確認度 中

斉興の従三位昇進を以後の家格としない旨の伝達書状

宰相の従三位昇進後の家格取扱いを伝える島津豊後の書状。官位はすでに格別な扱いであるが、在職中の長年の勤務、廣大院の続柄、当時の縁辺を理由とする特別な思召によって昇進したので、以後の家格には心得ないよう命じられたと述べる。御名代島津淡路守が承知しており、各所の役人へ伝達するよう求める。別紙の御書取の写を添え、御記録奉行へも別に伝える旨を記す。ただし御書取本書は今日まで高輪から下されていないと注記する。本文は巳十二月十六日、島津豊後から五名へ。口裏に、位階昇進を以後の家格としない旨の仰渡付属書、正月朔日夜到来の急飛脚便との記載がある。

登場人物
宰相(斉興)、廣大院、島津淡路守(御名代)、島津豊後、嶋津下総・嶋津伯耆・島津登・新納駿河・樺山伊織、御役人、御記録奉行
宛先
嶋津下総殿・嶋津伯耆殿・島津登殿・新納駿河殿・樺山伊織殿へ
キーワード
斉興宰相、従三位昇進、以後家格にしない、在職勤務、廣大院続柄、縁辺、特別恩召、御名代島津淡路守、島津豊後、五名宛、別紙御書取写、御記録奉行、高輪本書未到来、急飛脚
追録8-No.255本文群(口達御書取・諸士教戒申渡)旧記雑録暫定版確認度 中

蒸気船伝習の見物時の無礼を戒め諸士の礼義・士風を求める口達

公義御用の蒸気船伝習で役人・蘭人が山川から城下へ来て上陸した際、見物が激しく、諸士も制止に従わず無礼不法の行動があったとして戒める口達御書取。山川番所で冠り物を取り礼節を守った人々と対比し、大小を帯びながら凡下と混雑し、荷付馬を追い放ち、年少者が悪ふざけし、通船時に石を打つなどの行動を非難する。諸士は仁義礼智信を守り、士道と礼義を重んじるよう求める。伝習は海防のためであり、公義役人が帰府後の報告や海防要地の見聞をする可能性、外国人の疑念にも配慮して、公義役人・蘭人の乗船上陸の際には正しく振る舞うよう命じる。見物や乗船、日付の者の乗組も希望があれば書面で申し出ることを許す一方、礼義と信義を重んじ、敵国の使節に対しても勝手な行動をしないよう述べる。支配組下や子兄弟へ伝達し、違反者は本人だけでなく親兄弟も処置する旨で結ぶ。安政五年四月十五日の御書取に、同年四月の四名による漏れない早期通達の申渡を付す。

登場人物
公義役人、蘭人、伝習役人、諸士、子兄弟、支配頭、堀田備中守、下総、登、駿河、伊織
宛先
諸士一同・支配組下の者と子兄弟へ通達;末尾は下総・登・駿河・伊織の申渡
キーワード
蒸気船伝習、山川城下、蘭人、公義役人、見物、無礼不法、制止不遵守、礼義士道、仁義礼智信、海防、乗船願出、敵国使節、支配組下、子兄弟、四月十五日、四名申渡
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 769書状・兵糧不足と出陣人数の調整旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

川上久国書状

軍衆と水手が合計三万近くになり、兵糧が続かず手持ちの米も少ない状況を伝える。先に二番立の者の帰還を検討し、後続人数を呼び留めるよう相談する一方、有馬城攻めが急に始まる場合への備えも必要とする。当面は城攻めの沙汰がないため先発人数を戻すことが重要と述べ、関係者間の協議を求める。正月十七日付。米数量などの欠字は補わない。

登場人物
川上久国 吉利下総守 川上彦左衛門尉 平田民部少輔 是枝喜右衛門尉 岩切六右衛門尉 野州 上使 物奉行
宛先
吉利下総守 川上彦左衛門尉 平田民部少輔 是枝喜右衛門尉(岩切六右衛門尉宿所)
キーワード
兵糧不足 軍衆 水手 三万 二番立 帰還 後続留置 有馬城攻め
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 785書状・兵糧不足による外城衆の渡海停止旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

川上久国書状

兵糧が不足するため、別紙で示す外城衆を天草へ渡さず、出水に留め置くよう命じる。すでに渡海した分はやむを得ないが、まだ残っている者は留め、その様子を追って知らせるよう求める。正月十八日、出水の岩切六右衛門・川上彦左衛門宛。

登場人物
川上久国 岩切六右衛門尉 川上彦左衛門尉 吉利下総守 外城衆
宛先
出水 岩切六右衛門尉 川上彦左衛門尉(吉利下総守殿御宿所)
キーワード
外城衆 天草渡海停止 出水留置 兵糧不足 書付 次飛脚
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID B:30覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

三献式次第覚書

惟新(島津義弘)への年頭の三献の次第を記した覚書。川上・新納・又四郎には式三献、北郷・佐多・喜入らには古鉢三献、入来院には渋谷三献、吉利・根占・肝付・伊地知らには三肴三献を用いるとし、盃や膳の形も区別する。元日の盃、社参後、談議所・福昌寺への出仕時の酒や茶の作法も記す。慶長十九年九月四日の書写記事を付す。

登場人物
三献式次第、北郷殿佐多殴喜入、下野、比志嶋殴椛山、嶋津中務殿下総、利殴根占般嶋津之大膳、肝付酸伊地知、重信七郎
宛先
北郷殿佐多殴喜入股下野、比志嶋殴椛山殿嶋津中務、下総、士口利殴根占般嶋津之大膳、肝付酸伊地知、而三、盃御酒三、新納
キーワード
三献式次第覚書、寺社・宗教、領地・地頭職、書写・奥書、豊後、福昌寺、入来院
追録6-No.2122覚書旧記雑録暫定版確認度 中

登城時の坊主部屋・挟箱持込み手続を先例に照らして協議する

島津重豪の在府中に坊主部屋を借り受け、登城の際に挟箱を城内の所定の口まで通し、御小納戸奥御小姓を付ける手続について、安永四年の疱瘡後に弁当を持参した先例を参照して御目付側へ届けようとした経緯を記す。六月晦日に山川下総守方の用人海老原平左衛門へ先例を説明したが、近年は取扱いが変わり担当も交替しているため照合が難航した。九月二十四日、根元政右衛門が渋谷五郎右衛門宛書付を添えて申出を行い、挟箱の持込みを取りやめる場合にも山川下総守へ届ける旨を確認し、伊賀が承知した。

登場人物
島津重豪、山川下総守、海老原平左衛門、山田十太夫、根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、伊賀、御目付、御小納戸奥御小姓
宛先
家老座内の申出・協議記録
キーワード
島津重豪、在府、坊主部屋、登城、挟箱、御小納戸奥御小姓、安永四年、疱瘡、弁当、山川下総守、海老原平左衛門、根元政右衛門、渋谷五郎右衛門、伊賀
追録6-No.2199その他文書旧記雑録暫定版確認度 中

許可された足袋使用を田沼主殿頭の同役へ使者を通じ知らせる

持病の下冷により出仕時の足袋使用を田沼主殿頭へ伺い、使用してよいとの指図を受けたため、使者を通じ同役中へ伝えておいてほしいと申し入れる三月二十五日の口上書。使者は四本長右衛門・山口佐左衛門。注記では御用の依頼先と使者を、目付山川下総守へ四本、末吉善左衛門へ山口と振り分け、二通を家老座で調えたことを記す。以後は留守居使番で吟味して同様に扱う旨を付記する。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、田沼主殿頭、山口佐左衛門、四本長右衛門、山川下総守、末吉善左衛門、幕府同役老中、家老座、留守居使番
宛先
田沼主殿頭の同役老中(使者経由)
キーワード
島津重豪(松平薩摩守)、田沼主殿頭、山口佐左衛門、四本長右衛門、山川下総守、末吉善左衛門、幕府同役老中、家老座、留守居使番、足袋、下冷、出仕、許可、同役中、使者、目付、家老座、二通、留守居使番、口上書
追録7-No.1348記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪が鷹の鶴を賜り本多康禎が代礼する記事

重豪公御譜中。同年冬12月6日、大家が山口勘兵衛(實名闕注)を芝邸へ使者として遣わし、重豪に御鷹之鶴を賜ったと記す。続く「會有微志」のため、本多下総守康禎が代わって恩旨を奉じ、即日老中各邸へ赴いて礼謝したという。年は目録文化10年。原字は微志に見え、微恙の候補としても解釈を留保し、現代診断名や病状を断定しない。鶴の数量、山口の実名、本人の登城は記載がないため補わず、拝領・代受恩旨・代礼の各行為を分ける。

登場人物
重豪、大家、山口勘兵衛(實名闕)、本多下総守康禎、老中
宛先
独立宛名なし(重豪公御譜)
キーワード
冬十二月六山口勘兵衛實名闕芝邸御鷹之鶴数量なし、會有微志字留保・本多下総康禎代恩旨即日老中各第礼謝
追録8-No.13指図書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府指図書

領知の御判物・御朱印を交付するに当たり、本多下総守と井上河内守が内容を調べることを定めた指図書。従来の判物・朱印を持つ者は本書に写しを添え、国郡郷村の高辻を書いた帳面を差し出すよう命じる。本書は両名が拝見し、写しを留め置く。朱印を持たない者は領知高と国郡郷村の詳細を記し、加増・所替え・朱印高の内の領知がある場合も両名へ事情を届けるとする。酉年十月付。包紙は天保八年十一月二十五日に安房殿から新納次郎四郎を取次として平川宗之進へ渡し、白木御文書九番箱へ納めたことを記す。

登場人物
本多下総守、井上河内守、安房殿、新納次郎四郎、平川宗之進
宛先
万石以上の領主等(本文に個別の宛名なし)
キーワード
領知、御判物、御朱印、高辻、本多下総守、井上河内守、加増、所替
追録8-No.307-1~4本文群(武家諸法度頒布・順達と受領報告)旧記雑録暫定版確認度 中

武家諸法度の同文省略注・順達命令・名面書と西筑の受領報告

印刷第307号の1~4を収める一件。の1は安政六年九月廿五日付武家諸法度を天保九年二月廿一日付と同文として略す注で、法度正文は載せない。の2は今廿六日、間部下総守が御條目写一通を家来へ渡し、御國持四品以上の各家へ順達するよう命じた旨の覚。受領した各家が銘々下総守へ使者を遣わして名面書どおりに順達し、この方へ返却されたら重役にも伝える。の3は相模守・大膳大夫以下、修理大夫・有馬中務大輔・細川左京大夫・南部美濃守等の名面書。の4は西筑右衛門の御名内宛報告で、先月廿六日に阿波守家来へ渡された御條目写一通が有馬中務大輔方から今日到来したため、国許の修理大夫へ知らせ承知のうえ御請を申し上げるとする。十月二日。外標は安政六年未十二月。

登場人物
間部下総守(注:詮勝)、松平陸奥守・松平三河守・細川越中守、名面書に掲げる各家、松平阿波守(注:蜂須賀斉裕)、有馬中務大輔、修理大夫、西筑右衛門
宛先
の2:陸奥守・三河守・越中守側;の3:名面書の各家;の4:御名内
キーワード
武家諸法度、安政六年九月廿五日、天保九年二月廿一日同文略、間部下総守、御條目写一通、今廿六日、御國持四品以上、順達名面書、返却、阿波守有馬中務大輔、西筑右衛門、十月二日国許御請
追録8-No.307-5~6本文群(御受の取次差出と各家への廻状)旧記雑録暫定版確認度 中

西筑の御受差出報告と陸奥守・越中守家来の法令廻状

の5は手扣書一通を付した西筑右衛門の龍衛宛報告。先月廿五日仰出の法令写が阿波守家来へ渡され有馬中務大輔方から今日順達されたため、国許の太守へ知らせる旨の御受を、掛の老中間部下総守の取次田子百人へ持参して説明し差し出したと述べる。取次から追って申し聞かせると聞き、今夕の勤めと写しの到来を報告する。未十月二日。の6は太守が国許にいる場合は承知のうえ使者による御受を行い、嫡子が在府する家は附衆へ伝達する旨と、陸奥守・越中守が廻状と書付写一通を送った旨の廻状。九月廿三日、清田新兵衛・秋保清潔・橋本九八郎の名、修理大夫・有馬・南部の留守居宛を記す。

登場人物
太守、松平阿波守、有馬中務大輔、西筑右衛門、龍衛、間部下総守、御取次田子百人、細川越中守内清田新兵衛、松平陸奥守内秋保清潔・橋本九八郎、各家留守居
宛先
の5:龍衛様;の6:松平修理大夫・有馬中務大輔・南部美濃守の御留守居様(次第不同)
キーワード
手扣書一通、西筑右衛門龍衛、未十月二日、法令御受、国許太守、間部下総守、田子百人取次、嫡子在府附衆、清田新兵衛、秋保清潔橋本九八郎、九月廿三日廻状、留守居次第不同
追録8-No.307-7~8本文群(大目付の伝達・使札指示写)旧記雑録暫定版確認度 中

法令書付の早期伝達と病気幼少・在国在邑者の使札を指示する大目付写

の7は大目付の写で、間部下総守から渡された書付写一通を同列中と嫡子方へ漏れなく遅滞なく伝えるよう求める。回答は当面銘々の挨拶に及ばず、各自平賀駿河守方へ申し聞かせるとする。九月廿三日、陸奥守・越中守の留守居宛。の8は法令仰出に伴い病気・幼少で出仕しない者は掃部頭と老中水野出羽守宅へ使者を送り、在国・在邑者は聞き次第使札を差し越すよう知らせる大目付宛の写。隠居者はその手続に及ばないとする。九月の記載がある。

登場人物
大目付、間部下総守、平賀駿河守、松平陸奥守・細川越中守の留守居、掃部頭(注:井伊直弼)、老中水野出羽守(注:忠央)
宛先
の7:松平陸奥守殿・細川越中守殿の右留守居;の8:通達対象者(個人宛不記)
キーワード
大目付写、間部下総守書付一通、同列嫡子早期伝達、銘々挨拶不要、平賀駿河守回答、九月廿三日、病気幼少出仕なし、井伊直弼、水野忠央、使者使札、在国在邑、隠居除外
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 547-4覚書・諸大名使者の討死と働き旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

使者討死並働之覚

諸大名から派遣された使者の討死と働きを列挙する覚書。小山田蔵之助、坪内勝右衛門、伊藤十之允、横山助之進の戦死を記す。国司下総は後殿を務め、混乱した足軽を静かに退かせ、死傷者を陣へ収容した働きが諸人に称賛された。

登場人物
小山田蔵之助 坪内勝右衛門 伊藤十之允 横山助之進 国司下総
宛先
なし(覚書)
キーワード
使者討死並働之覚 小山田蔵之助 坪内勝右衛門 国司下総 後殿
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:45系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

日奉姓小川氏系図

日奉姓の小川氏を日野宰相宗頼の末流とする系図。宗頼の流れが武蔵国へ移り、武蔵国内の西小川に居住したため小川を号したと由緒を記す。小川小太郎季能は宇治合戦の功によって甑島を与えられ、季直は甑島へ下向した。季有―季久―公季、久季―高季―久季、公季―季安―忠季、有季―尚常などの系線を掲げ、遠江守・前美濃守・伊勢守・越前守・中務大輔等の官途・通称を添える。忠季の妻を吉利下総女、有季の妻を島津義虎女とし、尚常については伊勢内記三男を実父とする養子関係を記す。

登場人物
日野宰相宗頼、季能、季直、季有、季久、公季、久季、高季、季安、忠季、吉利下総、伊勢内記、有季、尚常、島津義虎女
宛先
—
キーワード
日奉姓小川氏系図、日野宰相宗頼、武蔵国、西小川、小川号、季能、小川小太郎、宇治合戦、甑島拝領、季直、甑島下向、遠江守、前美濃守、伊勢守、越前守、中務大輔、吉利下総女、島津義虎女、伊勢内記三男、養子
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:70系図・由緒書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

祢寝山城坊女子系図

祢寝山城坊の女子から亀山又兵衛妻へ至る関係と、岡村伊織家の由緒を記す系図・由緒書。女子は近衛信輔公の側に召し置かれ、上京に供奉したのち、岡村伊織との縁組を命じられたとする。伊織は元和元年に豊臣秀頼方へ味方し、落城後は牢人として籠居したが、のち松平下総守に召し仕えた。伊織の子は十六歳の時、国許にいた母を見舞うため岡村新左衛門を伴って下り、亀山又兵衛宅に滞在した。その後上方へ戻ったところ父伊織が死去したため、母を介抱する目的で再び国へ下って居住し、札改めの際には亀山家の預りとして親類札に登録されたという。系線には岡村新左衛門―岡村市兵衛も掲げる。

登場人物
祢寝山城坊、祢寝山城坊女子、近衛信輔、岡村伊織、豊臣秀頼、松平下総守、岡村新左衛門、亀山又兵衛、岡村市兵衛
宛先
—
キーワード
祢寝山城坊女子系図、祢寝山城坊、亀山又兵衛妻、近衛信輔、上京供奉、岡村伊織、縁組、元和元年、豊臣秀頼方、大坂落城、牢人、松平下総守、岡村新左衛門、母見舞、上方、父死去、母介抱、帰国居住、札改め、亀山家預り、親類札、岡村市兵衛