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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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209 件 (全巻)/ 1–50件を表示

ページ 1 / 5

前編2-No.688文書確認度 高

島津元久宛行状

島津元久が隈本石見守へ、大隅国宮内の万得房跡功得丸を祈祷所として宛行い、先例どおり領知するよう命じた宛行状。

登場人物
島津元久、隈本石見守
宛先
隈本石見守殿
キーワード
島津元久、隈本石見守、大隅国、宮内、万得房跡、功得丸、祈祷所、領知、宛行状
前編2-No.1967文書確認度 高

島津忠朝書状

島津忠朝が寺町石見守に、二号船の津への着岸と警固の手配を伝え、無事の帰国に向けた配慮を求めた書状。

登場人物
島津忠朝、寺町石見守、船関係者
宛先
寺町石見守殿
キーワード
島津忠朝、寺町石見守、二号船、着岸、警固、帰国、六月廿三日
前編2-No.1968文書確認度 高

島津忠朝書状

島津忠朝が寺町石見守に、二号船をめぐる書状を披見した旨と、客衆の錯乱で大友義長が憤った件を述べ、無事帰国できるよう処置を求めた書状。

登場人物
島津忠朝、寺町石見守、大友義長、客衆
宛先
寺町石見守殿
キーワード
島津忠朝、寺町石見守、大友義長、二号船、客衆、錯乱、帰国、六月
後編4-No.213文書確認度 高

島津忠恒書状

島津忠恒が入来院石見守に、近日命じた国事について長期にわたる取り計らいを依頼し、遠路からの使書を受けた礼を述べた書状。

登場人物
島津忠恒、入来院石見守
宛先
入来院石見守
キーワード
島津忠恒、入来院石見守、国事、命令、遠路、使書、依頼
後編4-No.260文書確認度 高

島津惟新書状

島津義弘(惟新)が入来院石見重頼に、川上掃部助が先に伝えた石見守の身上の件について返答がなく心配していると催促した書状。所領が少なく将来の成敗も難しいため、入来院後室が石見守を養子に望んだ縁組を少将殿と内談しており、古家である入来院家を一門・家中が協力して支えるべきだと説く。新田参詣に出立するため、九月十三日頃に届く返事を求める。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津家久(薩摩少将)、川上掃部助、入来院石見重頼、入来院後室、入来院一門・家中
宛先
入来院石見重頼(石見守)
キーワード
島津義弘、惟新、島津家久、薩摩少将、川上掃部助、入来院石見重頼、石見守、入来院後室、入来院家、身上、所領、養子縁組、古家、一門、家中、返答催促、新田参詣、九月十三日、慶長十一年九月九日
後編4-No.402文書確認度 高

島津竜伯書状

慶長十二年十月二十三日、島津義久が伊集院石見重頼へ、陸奥守がその邸宅を訪れる際の饗応を気遣い、助けとして上酒二樽を贈った書状。

登場人物
島津義久(龍伯)、伊集院石見重頼、伊達政宗(陸奥守)
宛先
伊集院石見重頼
キーワード
島津義久書状、伊集院石見重頼、伊達政宗、陸奥守、饗応、上酒二樽、贈答
附録2-No.77文書確認度 高

島津龍伯書状

入来院氏文書に伝わる島津龍伯書状。本文はNo.52と同文のため省略され、島津家久の立寄りへの饗応をねぎらい上酒二樽を贈る内容である。

登場人物
島津龍伯、入来院石見守、島津家久
宛先
入来院石見守殿
キーワード
島津龍伯、入来院石見守、島津家久、入来院氏文書、同文省略、饗応、上酒
附録2-No.439文書確認度 高

島津継豊書状

賀の屏風が完成したため、左大臣を通じて色紙形の清書を依頼したところ、格別の祝儀として近衛家久が染筆した実物を拝見できたことへ深謝した。貴重な清書を賜った礼として目録記載の品を贈り、謝意の伝達を頼んだ書状。

登場人物
島津継豊、中川石見守、近衛家久、左大臣
宛先
中川石見守殿
キーワード
島津継豊、中川石見守、近衛家久、賀屏風、色紙形、清書、染筆、左大臣、贈答、謝礼
前編2-No.1100記事確認度 高

殉国名藪

永享二年十一月朔日、島津久林が徳満城で自殺した際、本田石見が殉死し、小田原杢も同じく殉死したことを記す記事。

登場人物
本田石見、島津久林、小田原杢
宛先
—
キーワード
殉国名藪、永享二年、島津久林、徳満城、自殺、本田石見、小田原杢、殉死
前編2-No.1101記事確認度 高

島津久林譜

島津久林が永享二年十一月一日に日向国真幸院へ来て、徳満城で島津忠国の謀略により十八歳で死去し、家臣の本田石見・小田原杢工が殉死したことなどを記す系譜記事。

登場人物
島津久林、島津忠国、本田石見、小田原杢工、島津師久
宛先
—
キーワード
島津久林譜、島津久林、島津忠国、真幸院、徳満城、本田石見、小田原杢工、殉死、系譜
後編1-No.600記事確認度 中

殉国名薮

元亀二年の島津方戦死者を日付別に記す。九月二十七日に島津五郎四郎忠俊、十一月二十日に萩原又左衛門・武石見守・和気与左衛門らが戦死したことを掲げる。

登場人物
島津五郎四郎忠俊、萩原又左衛門、武石見守、和気与左衛門ほか
宛先
—
キーワード
殉国名薮、元亀二年、戦死者、島津忠俊、九月二十七日、萩原又左衛門、武石見守、和気与左衛門、十一月二十日、名簿
後編3-No.823記事確認度 高

盛香集

『盛香集』は、加治木の竹之内半右衛門が志和地城に籠もった名のある武士で、後に惟新から中神石見らと同様に召し抱えられたと記す。城中の多人数のうち実際に役立つ武士は二十七、八人ほどで自分もその一人だったと語り、小川半平の兄とともに志和地で鎧を着けて戦った折のことも伝える。

登場人物
竹之内半右衛門、島津義弘(惟新)、中神石見、小川半平兄
宛先
—
キーワード
盛香集、竹之内半右衛門、島津義弘、惟新、中神石見、小川半平兄、志和地城、籠城、召抱、精鋭、鎧、庄内の乱
後編4-No.1714文書確認度 高

島津家久書状

島津家久が入来院石見守に、遠路からの見舞使者と折樽・染物に謝意を述べ、公方からの拝領が続き無事であること、来春早々に帰国する予定を知らせた書状。

登場人物
島津家久、入来院石見守
宛先
島津家久
キーワード
島津家久書状、入来院石見守、見舞使者、折樽、染物、公方、拝領、帰国予定、元和六年閏十二月十日
附録1-No.105文書確認度 高

町田久倍書状

町田久倍が、出米と人別銭の処理について大野将右衛門尉へ指示した書状。石見九兵衛尉へ担当させ、石高に応じた出米量を定め、来月二日に京へ上る船へ積み込むこと、人別銭を早急に送って当地の京上衆へ渡すことを求める。

登場人物
町田久倍、大野将右衛門尉、石見九兵衛尉、京上衆
宛先
大野将右衛門尉殿
キーワード
町田久倍、大野将右衛門尉、石見九兵衛尉、出米、人別銭、京上、船、徴収、輸送
附録2-No.1148文書確認度 高

中川某書状

近衛東求院(近衛信尹)の詠歌一紙を准后に鑑定してもらい、真跡に紛れないとの回答を得て返却したことを伝え、あわせて五代の官位を書き付けて送った中川石見守書状。

登場人物
中川石見守、近衛信尹、准后、治部大輔、左馬頭
宛先
遁詞
キーワード
中川石見守、近衛信尹、東求院、詠歌、准后、真跡、古筆鑑定、官位
附録1-No.370文書確認度 高

入来院重高書状

入来院重高が入来院尾張守・東郷吉兵衛に、江戸から赤子を殺す行為を禁じる命令が下されたことを伝えた書状。分国全体で同様に徹底し、家中の歴々から百姓以下、男女・子供を問わずよく申し付けるよう命じ、詳細は口上で伝えるとする。

登場人物
入来院重高(澁谷石見守重高)、入来院尾張守、東郷吉兵衛、家中衆、百姓
宛先
入来院尾張守殿・東郷吉兵衛殿御宿所
キーワード
入来院重高、澁谷石見守重高、入来院尾張守、東郷吉兵衛、江戸、赤子、禁令、家中衆、百姓、分国
附録1-No.375文書確認度 高

入来院重頼書状

入来院重頼が大井十右衛門に、五郎兵衛へ課した役儀に対する詫言について回答した書状。家中に役を命じられる人材が乏しいため、一時でも勤めれば本人のためになると説き、過去の遠流は惜しいが公儀上やむを得なかったとして、再度役儀を命じて勤めさせるよう求める。

登場人物
入来院重頼(入来院石見)、大井十右衛門、萩市左衛門、五郎兵衛、家中衆
宛先
大井十右衛門殿
キーワード
入来院重頼、入来院石見、大井十右衛門、萩市左衛門、五郎兵衛、役儀、家中衆、遠流、公儀、詫言
附録1-No.467文書確認度 高

入来院氏給地反町付帳

入来院氏領内の給地を、給地人ごとに田畠・屋敷・門・浮免などの地目と町・反・升単位の面積で列記した反町付帳。家臣団に加え寺社領・神領なども記し、末尾で田畠五百六十一町余、籾大小二万二千八十七俵余と総計する。入来院氏の知行構成、家臣団編成、寺社領と村落景観を復元できる基礎史料。

登場人物
入来院氏、入来院石見守重朝、入来院氏家臣・寺社・給地人多数
宛先
—
キーワード
入来院氏、入来院石見守重朝、給地、反町付帳、田畠、屋敷、門、浮免、家臣団、寺社領、神領、石高、知行、村落
追録7-No.274請取状旧記雑録暫定版確認度 高

島津斉宣拝借金請取状并老中裏書

斉宣が拝借金二万両のうち一万両を請け取った旨を記す請取状と老中裏書。外の一万両は江戸御金蔵から請け取る積りとし、No.273とは請取場所と宛先を分ける。用費の重なりと先頃の上納金後の難儀を理由に拝借を命じられ、書面の通り受領し、来る巳年から十ヶ年賦で上納する旨を約する。寛政6年寅閏11月、松平豊後守御印、大坂町奉行松平石見守・大坂御金奉行坂部能登守宛。裏書は表書の金一万両を渡すよう認め、本文がある旨を注する。對馬・備中・采女・伊豆の四官途を記し、對馬には病気による無加印の注がある。

登場人物
島津斉宣(松平豊後守)、松平石見守(大坂町奉行)、坂部能登守(大坂御金奉行)、對馬・備中・采女・伊豆の老中
宛先
松平石見守殿、坂部能登守殿
キーワード
島津斉宣、松平豊後守、大坂拝借金一万両、江戸御金蔵残一万両、上納金後難儀、十ヶ年賦返納、松平石見守、坂部能登守、老中裏書、對馬病気無加印
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 48文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国・三原重庸連署書状

正月二十九日、川上久国・三原重庸が天草の北郷佐渡守・入来院石見守・喜入摂津守・豊後守へ送った連署書状。児玉筑後守を介して、江戸にいる園田清左衛門尉を早々に出立させるよう命令が出たため、急ぎ帰らせるよう指示する。薩州様が大坂から下向し日中に到着する見込みを伝える一方、黄門様は先日以来食事が進まず衰弱しているが、やがて快気するだろうとして続報を約す。宛所側に何程の番手が命じられたかを問い、狼藉がないよう談合することを求める。豊後守宛ては「次飛脚」と注記する。

登場人物
川上久国、三原重庸、園田清左衛門尉、児玉筑後守、薩州様、黄門様、北郷佐渡守久加、入来院石見守重国、喜入摂津守忠政、島津久賀(豊後守)
宛先
北郷佐渡守様、入来院石見守様、喜入摂津守様、豊後守様
キーワード
正月廿九日、川上久国、三原重庸、天草、北郷佐渡守、入来院石見守、喜入摂津守、豊後守、園田清左衛門尉、江戸、児玉筑後守、薩州様、大坂、下向、黄門様、病状、番手、狼藉防止、談合、次飛脚
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 53文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国・三原重庸連署書状

正月二十九日、川上久国・三原重庸が北郷佐渡守・渋谷石見守・喜入摂津守・豊後守へ送った連署書状。薩州様が有馬へ直接下向するとの、駿河発・十七日付の書状が今晩届き、早々に着陣する見込みだと報じる。天草の人衆も渡海させるため、野州様へ知らせ、下知に従って順次渡すよう求める。右飛脚に持たせた旨を付記する。本文中の十七日は到来書状の日付であり、本書の年月日は目録どおり正月二十九日とする。

登場人物
川上久国、三原重庸、薩州様、野州様、北郷佐渡守久加、渋谷石見守重高、喜入摂津守忠政、島津久賀(豊後守)
宛先
北郷佐渡守殿、渋谷石見守殿、喜入摂津守殿、豊後守殿
キーワード
正月廿九日、川上久国、三原重庸、薩州様、有馬、駿河、十七日付書状、着陣、天草人衆、渡海、野州様、下知、北郷佐渡守、渋谷石見守、喜入摂津守、豊後守、右飛脚
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:66書状・陣中役職と談合の連絡旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

〔寛永十五年〕正月九日川上久国書状

川上久国が喜入摂津守・北郷佐渡守・渋谷石見守・山田民部少輔・三原左衛門佐・新納加賀守の六人へ、今回の陣中大将役を豊後守・下野守に命じ、談合衆を定めた旨を伝える。諸事をいちいちこちらへ伺えば遅れるため、相談して調えるよう児玉筑後守を通じて命じられたとし、甲斐掃部助・有馬左近将監にも詳しく伝えたので承知するよう求める。正月9日付の川上久国書状で、年次の寛永15年は本文外の『か』付き傍注。欄外は『旧記雑録後編五』1171号文書との同文を推定する。

登場人物
川上久国、豊後守、下野守、児玉筑後守、甲斐掃部助、有馬左近将監、喜入摂津守、北郷佐渡守、渋谷石見守、山田民部少輔、三原左衛門佐、新納加賀守
宛先
喜入摂津守殿、北郷佐渡守殿、渋谷石見守殿、山田民部少輔殿、三原左衛門佐殿、新納加賀守殿
キーワード
正月9日、寛永15年か、川上久国、陣中、大将役、豊後守、下野守、談合衆、児玉筑後守、甲斐掃部助、有馬左近将監、喜入摂津守、北郷佐渡守、渋谷石見守、山田民部少輔、三原左衛門佐、新納加賀守、旧記雑録後編五1171号
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W16_49書付旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寺社方の修理・支配に関する書付

神社仏閣と寺社修理の取扱い、役人・帳面・御条書の確認を記す。寛文六年九月十日付で入来院石見が喜入五郎兵衛に宛てる。

登場人物
入来院石見、喜入五郎兵衛
宛先
入来院石見
キーワード
寺社方古日記・修理・寛文6年9月10日・入来院石見
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W16_54書付旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

瑞應院祈願所と寺社方書付の照会

前年四月十四日の入来院石見からの手紙に触れ、瑞應院祈願所・観音寺の取扱いと寺社方の帳面・書付を照会する。

登場人物
入来院石見、寺社方関係者
宛先
入来院石見ほか
キーワード
寛文8年2月9日・入来院石見・瑞應院
前編2-No.2476記事確認度 中

箕輪伊賀覚書

入来院石見守重聡らが郡山庄へ進出したことから始まる争乱を、箕輪伊賀が回想した覚書。伊集院・蒲生・加治木・本田諸氏がそれぞれ軍勢を動かす中、貴久方の忠臣らが城・要所を防ぎ、敵勢の侵入を退けて地域を鎮定した経過を記す。

登場人物
島津貴久、入来院石見守重聡、伊集院氏、蒲生氏、加治木氏、本田氏
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、入来院重聡、伊集院、蒲生、加治木、本田、郡山庄、争乱
前編2-No.2499記事確認度 中

新納忠元譜

天文十四年、入来院石見守重朝の攻勢に対し、新納忠元が伊牟田左衛門・春山越中守・川上十郎左衛門らと蔵城へ入った合戦記事。少数の兵で守備を組織し、城兵を指揮して敵の攻撃を防ぎ、城を守り抜いた忠元の判断と戦功を記す。

登場人物
新納忠元、入来院石見守重朝、伊牟田左衛門、春山越中守、川上十郎左衛門
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、新納忠元、入来院重朝、伊牟田左衛門、春山越中守、蔵城、籠城、合戦
前編2-No.2502記事確認度 中

入来院重朝譜

『入来院重朝譜』が、入来院石見守重朝が近年に攻略した諸城と軍功を列挙し、島津貴久との抗争から講和へ至る経過を記す。さらに島津勝久方との従前の関係、領内支配と家の立場の変化を示し、重朝が渋谷一族の勢力を維持した事情を伝える。

登場人物
入来院石見守重朝、島津貴久、島津勝久
宛先
—
キーワード
入来院重朝譜、入来院重朝、島津貴久、島津勝久、城郭攻略、講和、合戦
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 277-2達旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

松井興長が立花ら諸将へ、火用心を何より肝要として各組・配下へ厳命し、火事が起きる前に火元を粗略に扱う者を処罰する方針を周知するよう命じた二月二十日付の達。

登場人物
松井興長、立花、有吉頼母、長岡右馬助、小笠原備前、清田石見
宛先
立花、有吉頼母、長岡右馬助、小笠原備前、清田石見
キーワード
松井興長、立花、有吉頼母、長岡右馬助、小笠原備前、清田石見、二月二十日、火用心、火元、処罰、触達
後編6-No.159-2文書確認度 中

松平石見守・生駒壱岐守衆中切腹被仰付候衆書立

松平石見守・生駒壱岐守の家中で切腹を命じられた者を列挙した書立。伊木野伊織以下の家臣を、相馬大膳・仙石越前守・丹羽左京・真田伊豆・京極丹後守・松平出羽守・森内記らの預け先ごとに掲げ、切腹者のほか追放・仕置に関わる者も記している。張紙・墨書で『此名書ハ御譜中ナシ』との注記があり、本文135頁から136頁上段まで続く。

登場人物
松平石見守、生駒壱岐守、伊木野伊織、同名次左衛門、大原久左衛門、寺西仲左衛門、菅友伯、小川四郎左衛門、別所六左衛門、牛尾四郎左衛門、杉谷多左衛門、丸山忠兵衛、山元喜左衛門、田邊三郎右衛門、石丸六左衛門、小川二郎兵衛、小寺八郎右衛門、宇津孫右衛門、山脇久左衛門、三野四郎右衛門、生駒帯刀、生駒左門、上坂勘解由、森出雲、前野次太夫、石崎若狭、下嶋市兵衛、新庄右近、相馬大膳、仙石越前守、丹羽左京、真田伊豆、京極丹後守、松平出羽守、森内記、青山大蔵允、井上筑後守、柳丹後守、能勢四郎右衛門尉
宛先
—
キーワード
松平石見守、生駒壱岐守、家中衆、切腹、書立、預け先、相馬大膳、仙石越前守、丹羽左京、真田伊豆、京極丹後守、松平出羽守、森内記、追放、仕置衆、張紙、墨書、御譜中ニ無之
前編2-No.2503記事確認度 中

新納忠元勲功記

天文十四年八月、入来院重朝の攻撃に対して新納忠元らが城を守り、難儀しながらも奮戦した勲功を記す。

登場人物
新納忠元、入来院石見守重朝、伊牟田氏
宛先
—
キーワード
新納忠元勲功記、新納忠元、入来院重朝、伊牟田氏、城攻め、守城、勲功
後編1-No.651記事確認度 中

殉国名薮

天正元年の島津方戦死者を日付別に列記する。正月六日の住吉原合戦で河野主税良次・田原大蔵信秀ら、三月十八日の西俣合戦で禰寝重長臣野間武藤守以下約三百人、早崎関係では肥後平次郎・桑波田孫太郎・河野玄蕃允らを掲げるほか、七月・十一月などの戦死・殉死者を多数収録する。

登場人物
河野主税良次、田原大蔵信秀、渡辺源助、野間武藤守、伊集院善左衛門、武石見守、東郷掃部助、肥後平次郎、桑波田孫太郎、河野玄蕃允、樺山伊賀守、南郷久珍
宛先
住吉原、西俣、早崎
キーワード
殉国名薮、天正元年、住吉原合戦、河野良次、田原信秀、西俣合戦、野間武藤守、禰寝重長、早崎、戦死者名簿
後編3-No.1037記事確認度 高

北郷忠能譜

慶長五年二月、志和池城降伏後に北郷方が山之口で戦い、家臣三名を失いながら勝利した。梶山・勝岡・山之口・高城・安永など諸城が相次いで降伏し、忠真が都城を退去したのち、竜伯・忠恒が都城へ入り、諸城を長千代丸に与え、十一歳で元服させ忠能と名乗らせた経過を記す。

登場人物
北郷忠能、北郷忠真、島津竜伯、島津忠恒、長千代丸、迫田休左衛門尉、栗山喜兵衛尉良親、瀬戸山石見、津曲狩野介兼業
宛先
—
キーワード
北郷忠能譜、北郷忠真、志和池城、山之口合戦、梶山、勝岡、高城、安永、都城、島津竜伯、島津忠恒、長千代丸、元服、領地安堵
附録1-No.377文書確認度 高

入来院重高書状

入来院重高が宮里治部左衛門尉に、志岐小左衛門尉の身上について、兵部少輔の取り成しにより薩州様・式部様から扶持を与える話がまとまったと知らせた書状。正式な仰せがあるまで重高の知行所に滞在させ、扶持が出るまでは現地で世話をするよう依頼し、追って使者を下すと伝える。

登場人物
入来院重高(入来院石見守)、宮里治部左衛門尉、志岐小左衛門尉、兵部少輔、薩州様、式部様
宛先
宮里治部左衛門尉殿
キーワード
入来院重高、宮里治部左衛門尉、志岐小左衛門尉、兵部少輔、薩州様、式部様、扶持、知行所、取り成し、使者
附録1-No.382文書確認度 高

入来院重時宛行状

入来院重時が東郷兵部少輔に、宮里のうち西の薗門一町二反が空き所領となったため、これを確保して知行するよう宛行った文書。所領の所在と面積を簡潔に示す。

登場人物
入来院重時(入来院石見守)、東郷兵部少輔
宛先
東郷兵部少輔
キーワード
入来院重時、東郷兵部少輔、宮里、西の薗門、一町二反、所領、宛行、知行
附録1-No.470文書確認度 高

入来院重時宛行状案

入来院重時が東郷兵部少輔に、宮里のうち西の薗門一町二反が空き所領となったため、これを確保して知行するよう宛行った文書案。本文はNo.382と同文のため省略され、目録の日付欄は空欄である。

登場人物
入来院重時(入来院石見守)、東郷兵部少輔
宛先
東郷兵部少輔
キーワード
入来院重時、東郷兵部少輔、宮里、西の薗門、一町二反、所領、宛行状案、知行、No.382、同文省略
附録1-No.715文書確認度 高

島津忠治書状

島津忠治が澁谷彈正少弼入道に、久しく音信がなかったため書状を送り、正八幡宮参詣の途次に相手の領内へ赴く予定を告げ、鷹を贈って賞翫を求めるとともに、世間の雑説について面談したいと述べた書状。

登場人物
島津忠治、澁谷彈正少弼入道、入来院石見重頼
宛先
澁谷彈正少弼入道
キーワード
島津忠治、澁谷彈正少弼入道、正八幡宮、参詣、鷹、贈答、雑説、面談
附録2-No.1149文書確認度 高

某書状

尾州の寺院関係者から得た近衛信尹詠歌三首の写しについて、原本ではなく草案の留めとみられるものの、准后が真跡に紛れないと鑑定した経緯を記し、島津家で役立つなら保管するよう勧めた書状。

登場人物
近衛信尹、中川石見守、准后、遁詞
宛先
遁詞
キーワード
近衛信尹、東求院、龍山、詠歌、写し、准后、真跡、来歴、島津家
追録8-No.59-2書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津久宝書状

島津主計が、島津但馬・石見、菱刈安房、猪飼央へ、中将斉宣の位階昇進に関する達しを伝えた書状。白書院の縁頬に老中が列座し、太田備後守から太守斉興へ別紙書取写しのとおり伝えられたため、江戸側の役人へ申し渡したとし、国元の役人への申渡も取り計らうよう求める。御記録奉行には別に伝えてあると付す。正文は子年十一月五日付だが、同件の昇進記事は十二月四日で日付にずれがある。朱注は十二月十九日に急飛脚で到来したとし、外包は十二月四日の昇進関係書付を平田助之進へ渡して帳面へ写し、本書を町田二郎四郎へ差し出した経過を記す。

登場人物
島津主計久宝(本文人物注)、島津斉宣(中将)、島津斉興(太守)、太田備後守、島津但馬、島津石見、菱刈安房、猪飼央、平田助之進、町田二郎四郎
宛先
島津但馬殿・島津石見殿・菱刈安房殿・猪飼央殿
キーワード
島津久宝、島津斉宣、位階昇進、書取写、役人申渡、御記録奉行、急飛脚
追録8-No.104書状旧記雑録暫定版確認度 中

赤松主水書状

太守が国許で御暇を命じられ、その御礼を御座之間で申し上げたいとする内願について、赤松主水が五名へ結果を知らせた書状。前年の御暇御礼は御黒書院へ上がったが、その後西丸での月並登城が御座之間の御目見となったため、今回の御暇御礼も御座之間とされ、御黒書院の格に心得るよう御書取を渡されたと記す。弘化元年十二月二十九日付。包紙は弘化二年正月十四日に石見殿から得能彦左衛門へ渡して納めたことを記し、正月十九日の到来と式日中急便の注がある。

登場人物
赤松主水、太守(島津斉興)、嶋津主計、島津石見、菱刈安房、島津登、猪飼央、石見殿、得能彦左衛門
宛先
嶋津主計殿・島津石見殿・菱刈安房殿・島津登殿・猪飼央殿
キーワード
島津斉興、御暇御礼、国許、御座之間、御黒書院、西丸、月並登城、内願、御書取、赤松主水
追録8-No.212-6道中鉄砲携行伺一件の本文群(の6~の7・家老問合書)旧記雑録暫定版確認度 中

道中行列鉄砲十挺携行伺一件・後半首尾書と家老問合書

道中で鉄砲十挺を携行する伺い一件の後半。「の6」は半田嘉藤次が用番松平伊賀守の取次飯塚勝之助へ書附を持参し、演説して差し出したところ落手したと伝える十二月十四日の報告で、箱根その他の関所へ許可の趣旨を通達するよう求める。「の7」の書附は、近海の外国船警衛に伴い一万石以上の者が領内に鉄砲を備える触達を受け、道中上下でも十挺を持ちたいと願ってきた経過を述べる。九月十五日付伺いと阿部伊勢守への内見、用番松平和泉守の吟味、留守居への御付札、国許で正式に申し上げるよう求めたこと、十四日に伊賀守へ関所通達依頼を提出し落手したことを記す。朱注には正月三日夜到来・極々急飛脚便とある。末尾の嘉永六年十二月十七日付家老問合書は、島津右門久福・末川近江久平から豊後・筑後・石見・伊織へ宛て、留守居首尾書等六通を添え、願済みであれば表方の使者で御請して往返日程を調整するよう求める。右一冊終レリで一件を閉じる。

登場人物
半田嘉藤次、早川五郎兵衛、松平伊賀守、飯塚勝之助、松平和泉守、阿部伊勢守、松平薩摩守、島津右門久福、末川近江久平、島津豊後久宝、川上筑後久封、島津石見久浮、樺山伊織久成、御用人、留守居
宛先
書附は用番松平伊賀守・松平和泉守等へ。半田報告は近江へ。十二月十七日問合書は豊後・筑後・石見・伊織へ
キーワード
道中鉄砲十挺、の6の7首尾書、半田嘉藤次、早川五郎兵衛、用番伊賀守和泉守、飯塚勝之助、阿部内見、御付札、国許正式申上、関所通達、急飛脚、首尾書六通、家老問合、往返日程
追録8-No.215-9島津豊後書状(内用報告・外包付)旧記雑録暫定版確認度 中

島津久宝書状(虎寿丸・信君縁組の内用報告)

豊後が虎寿丸と近衛家信君の縁組を整える使者として上京した経過を、筑後・石見・駿河・伊織へ内用で報告する書状。先月十九日に中川讃岐守と面会し、信君を貰い受け、虎寿丸との縁組の許容を願う口上と手扣書を届け、翌二十日には右府・大納言・小書院で御目見えして返答を受けたと記す。太守も返答書を中川から受け、伏見へ戻り、二十二日には使者を介して御礼の鮮鯛一折を進め、諸事が整ったとする。正式な表向の願立や手続はあるが、まだ内々の段階なので大目付以上、側用人・側役・使番・記録奉行へ伝えるのが適当と述べる。まず縁組が済んだ喜びを伝え、別冊の手続書付を参考に送る。寅三月十九日付で豊後が署す。外包は嘉永七年四月十二日、筑後殿から上村休兵衛へ渡し、帳留を承知して写しを済ませ白木御文書十番箱へ納めたことを記す。

登場人物
嶋津豊後久宝、若殿斉彬、虎寿丸、近衛信君、近衛右府忠熙、大納言忠房、中川讃岐守、川上筑後久封、嶋津石見久浮、新納駿河久仰、樺山伊織久成、上村休兵衛、筑後殿、御側御用人、御側役、御使番、御記録奉行
宛先
川上筑後・嶋津石見・新納駿河・樺山伊織殿
キーワード
婚約使内用報告、虎寿丸信君縁組、二月十九二十二日経過、中川讃岐守、御目見返答書、太守鮮鯛礼、内々と表向手続、大目付側役記録奉行、別冊手続、三月十九日、四月十二日帳留
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 863-2連署書状・上津浦番手引継ぎ日程照会旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久賀・喜入忠政連署書状

有馬奉行から上津浦番手を薩摩勢が引き受ける旨を下野守経由で承知し、前日からねを出て巣本へ着いたと清田石見守に伝える。当日は柳まで進み、順風ならさらに向かうので、番手引継ぎの期日を詳しく返答するよう求める。詳細は使者の口上で伝えるとする。

登場人物
島津久賀 喜入忠政 清田石見守 島津下野守 有馬奉行
宛先
清田石見守
キーワード
番手引継ぎ 有馬奉行 からね 巣本 柳 順風
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 873覚書・無断出兵規制と番手交替・人数協議旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

川上久国覚書

久玉からから祢への陣替報告に返答し、人数は順次送ってよいが、定められた配分外で勝手に出兵する者には飯米と船を与えず、処罰する方針を伝える。諸将の相談不一致と大人数による混乱を懸念し、有馬の三老との協議を求める。黄門重病、新納の直行、清田石見守の天草番手に薩摩が代わる件に触れ、人数配分と軍紀を鬼塚を介して調整するよう指示する。

登場人物
川上久国 喜入忠政 入来院重国 北郷久加 島津久賀 山田有栄 島津久元 三原左衛門佐 新納加賀守 清田石見守 細川越中守 鬼塚源太左衛門 黄門
宛先
喜入摂津守(忠政)・入来院石見守(重国)・北郷佐渡守(久加)・豊後守(島津久賀)
キーワード
から祢陣替 無断出兵 飯米船不給 相談不一致 三老 天草番手 軍紀
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:67書状・軍勢見積もりと兵糧相談旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

〔寛永十五年〕正月十八日川上久国書状

川上久国が豊後守・喜入摂津守・北郷佐渡守・渋谷石見守・山田民部少輔・新納加賀守へ、今回の軍勢賦課を約二万人とする一方、軍勢と水手を合わせれば約三万人にもなり得るとの見積もりを伝える。手元の米はわずか五千石で、一か月分の兵糧に関わり、すでに二十日分を渡したと記す。兵数を抑えるか、肥前・肥後などから借用するか急いで判断すべきだとの物奉行の言葉を伝え、日向・庄内・肝付表・根占などの衆を召し留める案を含め、招集する衆を選ぶよう相談する。正月18日付で、寛永15年は本文外の『か』付き傍注。欠字が複数あり、人数と米の数量は本文の見積もり・報告として扱う。

登場人物
川上久国、豊後守、喜入摂津守、北郷佐渡守、渋谷石見守、山田民部少輔、新納加賀守、物奉行
宛先
豊後守様、喜入摂津守様、北郷佐渡守様、渋谷石見守様、山田民部少輔様、新納加賀守様
キーワード
正月18日、寛永15年か、川上久国、軍勢賦課約二万人、軍勢・水手約三万人の可能性、米五千石、一か月兵糧、二十日分支給、肥前、肥後、借用、物奉行、日向、庄内、肝付表、根占、招集調整、欠字
追録8-No.62書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津久宝書状

斉宣の位階昇進に伴う位記・口宣の受領経過を、島津主計が家老らへ伝えた書状。使者の物頭川上拾郎左衛門を京都へ遣わし、先月五日に徳大寺の邸へ官物を納めて口宣等を受け、献上物も済ませたと記す。通常は江戸で願い出た日に宣下されるが、今回は触穢中のため同じ扱いにできず、先月四日の叙位となったと説明する。近衛への目見、所司代牧野備前守や両御丸老中への伝達、川上からの礼と女房奉書の受領、御三殿への祝儀、国元からの使者の派遣についての取計らいも記す。取込中でありながら滞りなく受領できたことへの喜びを述べ、叙位日などを御記録奉行へ伝えるよう求める。丑年二月三日付、朱注は二月二十七日に到来した旨を示す。

登場人物
島津主計(久宝。目録による)、島津斉宣(中将)、川上拾郎左衛門、徳大寺、近衛、滋賀右馬大允(字形留保)、牧野備前守(京都所司代)、島津但馬、島津石見、菱刈安房、島津登、猪飼央
宛先
島津但馬殿・島津石見殿・菱刈安房殿・島津登殿・猪飼央殿
キーワード
島津斉宣、位記、口宣、京都、官物、献上、触穢、叙位日、女房奉書、御記録奉行
追録8-No.88-5書状旧記雑録暫定版確認度 中

調所笑左衛門書状

琉球人を伴う登城で織物狩衣・立烏帽子を用いたいという太守の内意について、御記録奉行へ伝えてよいかを調所笑左衛門が五名へ問い合わせた書状。太守の内意を受け、当六月に御用番水野越前守へ願書を出したところ、八月十九日付の御書取で書面の趣旨は無用とする応答を得た。その後、参府の上で立烏帽子着用を改めて願い、今月十四日に別紙二印の伺書を出し、十七日に差し支えない旨の御書取を受けたと記す。琉球人を伴う十九日・二十二日の登城では立烏帽子と直垂を用いることとなり、留守居首尾書を含む計六通を添えて、十一月十九日付で記録への伝達を求める。

登場人物
調所笑左衛門(広郷)、嶋津和泉、嶋津石見、菱刈安房、嶋津登、猪飼央、水野越前守、太守、御留守居
宛先
嶋津和泉殿・嶋津石見殿・菱刈安房殿・嶋津登殿・猪飼央殿
キーワード
島津斉興、琉球人、登城、狩衣、立烏帽子、直垂、着用伺、再願、御書取、六通、調所広郷
追録8-No.105-1書状(蓋紙付き)旧記雑録暫定版確認度 中

調所広郷・赤松主水連署書状

廣大院の法号を国元の菩提所へ安置し法事を行いたいとの願いについて、赤松主水と調所笑左衛門が五名へ経緯を知らせた書状。御用番阿部伊勢守からの伺に関する指示を踏まえ、法号等は久世出雲守に承合うよう求められた。十二日に礼をもって渡し、十四日に留守居付役淵邊仁右衛門から法号の別紙を受け取ったことを報告する。二殿・貴間・大奥その他へ申し上げ、御記録奉行にも伝えるよう求める。宝鏡院にも報告し、寺社奉行・福昌寺への伝達を取り計らうよう求め、伺書写等を添え、法号を一箱に入れて送ると記す。辰十二月二十三日付。前の蓋紙には、弘化二年正月、廣大院法号の国許菩提寺安置一件として、伺書一通・留守居首尾書三通・江戸詰家老衆の問合書一通写をまとめ、正月十八日に急飛脚便で到来したと記す。

登場人物
赤松主水、調所笑左衛門広郷、廣大院(徳川家斉室・島津氏)、阿部伊勢守、久世出雲守、留守居付役淵邊仁右衛門、嶋津主計、嶋津石見、菱刈安房、嶋津登、猪飼央、宝鏡院(斉興生母)
宛先
嶋津主計殿・嶋津石見殿・菱刈安房殿・嶋津登殿・猪飼央殿
キーワード
廣大院、徳川家斉室、島津氏、法号、国許菩提所安置、法事、久世出雲守、福昌寺、宝鏡院、赤松主水、調所広郷
追録8-No.122-1書状(蓋紙付き)旧記雑録暫定版確認度 中

調所広郷書状井添書

斉彬の嫡男寛之助と近衛内府の娘愛君との縁組内約を取り扱うよう命じられ、調所笑左衛門が進捗を三名へ報告した書状。近衛家の諸大夫と親しく交わり、先月十九日に二条の屋敷で佐竹主税頭・中川宮内少輔・北小路刑部権少輔・今大路民部権少輔に会ったこと、従来の特別な由緒に加え、郁君の入輿後に関係が深まり、愛君との縁組を通じて親戚となりたいとする口上を述べたことを記す。今月二日に参殿した際は中川宮内少輔から返答を伝えられ、願いが近衛家に受け入れられ、内約に向けた領掌を得たとして喜びを述べる。三日に近衛家と郁君へ内々の御礼を送り、鮒鱠一折を添えたとする。寛之助の御弘のような公表は行わず、世間へ漏れないよう大目付・側御用人・側役・使番・記録奉行へ極内に伝えることを求め、未二月九日付で三名へ宛てる。前の蓋紙には寛之助縁組一巻と家老の問合書等を留める二冊の表示がある。

登場人物
調所笑左衛門広郷、寛之助(斉彬男)、修理大夫斉彬、近衛内府、愛君、郁君、嶋津壱岐、嶋津石見、嶋津将曹、佐竹主税頭、中川宮内少輔、北小路刑部権少輔、今大路民部権少輔、近衛家の諸大夫
宛先
嶋津壱岐殿・嶋津石見殿・嶋津将曹殿
キーワード
寛之助、愛君、近衛内府、縁組内約、調所広郷、近衛諸大夫、参殿、領掌、御礼、極内、公表を控える
追録8-No.123-1書状井添書(蓋紙付き)旧記雑録暫定版確認度 中

調所広郷書状井添書

寛之助と愛君との縁組内約について、調所笑左衛門が四名へ相談経過を報告した書状。少将の着坂・上京に際して近衛家の諸大夫等と相談し、今月十七日に参殿した際、寛之助が成長したことと愛君の似合う年齢を踏まえ、従来の由緒と郁君入輿後の関係により、縁組を取り結びたいとする意向を伝えたと記す。内使者が先に取り扱っていたため、近衛方も内約の領掌を承知しており、別紙書取のとおり返答したことを知らせる。未四月二十四日付。添える四月付の口上写は、寛之助の成長、愛君の年齢、特別な由緒、郁君入輿後の続柄と、愛君がまだ入輿していないことを挙げ、縁組を取り結ぶ願いを述べる。前の蓋紙は弘化四年五月の寛之助縁組一巻と家老問合書等を留める二冊の表示を付す。

登場人物
調所笑左衛門広郷、寛之助、修理大夫斉彬、愛君、郁君、近衛家の諸大夫、少将、嶋津壱岐、嶋津石見、末川久馬、嶋津将曹久徳
宛先
嶋津壱岐殿・嶋津石見殿・末川久馬殿・嶋津将曹殿
キーワード
寛之助、愛君、縁組内約、成長、年齢、近衛家諸大夫、参殿、内使者、領掌、口上写、調所広郷