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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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57 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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前編2-No.523文書確認度 中

伊予守宛行状

伊予守が楠橋対馬守・設楽駿河守に、薩摩国山門院内の田地などを市来崎弾正忠へ付すよう命じた宛行状。

登場人物
伊予守、市来崎弾正忠、楠橋対馬守、設楽駿河守
宛先
楠橋対馬守、設楽駿河守
キーワード
伊予守、市来崎弾正忠、楠橋対馬守、設楽駿河守、薩摩国、山門院、田地、所領、宛行状、市来崎氏文書
後編2-No.1204記事確認度 高

島津義弘譜

石田三成が朝鮮から帰朝する際、安楽伊予守と郷田源左衛門尉に十艘の船団運用を任せたことを島津義弘の譜に記す。 朝鮮在陣からの帰還に際し、船舶と将兵の輸送を誰が統率したかを示す記事。

登場人物
島津義弘、石田三成、安楽伊予守、郷田源左衛門尉
宛先
—
キーワード
島津義弘、石田三成、安楽伊予守、郷田源左衛門尉、朝鮮、帰朝、船団、十艘、輸送、文禄の役
後編3-No.667記事確認度 高

島津歳久譜

島津義久は歳久への追悼を続け、慶長四年三月三日、福崎伊予守兵道行者を地割の担当、宮原左近法師秋扇を奉行として一寺を建立し、瀧水山稱心岳寺と号した。抱巖孫大和尚を開山としたことを記す。

登場人物
島津義久、島津歳久、福崎伊予守兵道行者、宮原左近法師秋扇、抱巖孫大和尚
宛先
—
キーワード
島津歳久譜、島津義久、追悼、福崎伊予守、地割、宮原左近法師秋扇、寺院建立、瀧水山稱心岳寺、抱巖孫大和尚、開山
追録1-No.2165書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴書状

綱貴が藤堂伊予守方へ、去月十六日に伊予守邸へ家来を召し寄せ、捨子禁制を書付で伝えられた趣旨を承知したと述べる。その件で土屋相模守へ書状を送る旨を伝える。

登場人物
島津綱貴、藤堂伊予守
宛先
藤堂伊予守様人々
キーワード
島津綱貴、藤堂伊予守、捨子、禁制、領内統制、書状
追録1-No.2181書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴書状

島津綱貴が高木伊勢守・藤堂伊予守の家臣へ、江戸および関東筋の川舟に付す極印を改める旨の書付を受け、その内容を承知したと回答した書状。

登場人物
島津綱貴、高木伊勢守、藤堂伊予守
宛先
高木伊勢守様、藤堂伊予守様人々
キーワード
島津綱貴、高木伊勢守、藤堂伊予守、江戸、関東、川舟、極印、書付、書状
追録6-No.136伺書旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪伺書

徳川刑部卿の逝去に際し、公方様の上意によって妻へ奉文を下されたことをありがたく受け、松平薩摩守が、表向きに自身の御礼をどのように勤めればよいか指図を求めた伺書。十二月十四日付、松平薩摩守の名を記す。年記は朱注明和元年。御付紙の朱注は、この件を月番老中阿部伊予守へ伺うよう示す。妻の実名、刑部卿の実名、御礼の具体的処置は本文では明記しない。出典注は重豪公御譜中・扣正文在江戸家老座。

登場人物
松平薩摩守重豪、徳川刑部卿、公方様、妻、月番老中阿部伊予守
宛先
本文に直接宛名なし(張紙で月番老中阿部伊予守への伺を指示)
キーワード
十二月十四日、徳川刑部卿逝去、公方上意、妻への奉文、表向御礼、指図伺、御付紙、月番老中阿部伊予守
追録6-No.2449届書旧記雑録暫定版確認度 高

新葬法事に松平伊予守と同日参詣することを届け出る

重豪は、新葬法事への参詣を命じられたことを受け、松平伊予守が先例によって日取りを届け出たのと同日に参詣したい旨を届ける。付札には、そのとおりでよいとの回答が記される。

登場人物
島津重豪、松平伊予守
宛先
宛所記載なし
キーワード
島津重豪、新葬法事、松平伊予守、参詣、届書、先例、付札
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w5:188-24名寄目録/田地・籾高旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

元和六年五月十三日川上伊予守名寄目録

元和六年五月十三日、川上伊予守が喜入大炊助・蒲地四郎左衛門へ示した名寄目録。上小河院内で与三右衛門に関わる川添一反六畝内・下田一反一畝七分を掲げ、籾合計七俵二斗二升六合二勺、高にして二石六斗三升五合と算定する。編者注は、この文書を含む十八通の写しが蒲地四郎左衛門家にあると記す。

登場人物
川上伊予守、喜入大炊助、蒲地四郎左衛門、与三右衛門
宛先
喜入大炊助、蒲地四郎左衛門殿
キーワード
元和六年五月十三日、川上伊予守、喜入大炊助、蒲地四郎左衛門、与三右衛門、名寄目録、上小河院、川添、一反六畝、下田、一反一畝七分、籾七俵二斗二升六合二勺、高二石六斗三升五合、十八通写、蒲地家伝来
後編2-No.1584記事確認度 高

島津家久譜

家久譜は秀次が聚楽で陰謀を企てたとの嫌疑から、高野山へ追われ自害し、妻子・侍女らも処刑された事件を記す。 岡田勝五郎が上使として事件の次第を詳しく語り、聞く者が涙したという叙述を含み、島津家に伝わった秀次事件像を示す。

登場人物
島津家久、豊臣秀吉、豊臣秀次、福島左衛門大夫、池田伊予守
宛先
—
キーワード
島津家久、豊臣秀吉、豊臣秀次、秀次事件、聚楽、高野山、自害、妻子処刑、岡田勝五郎、家久譜
後編3-No.367文書確認度 高

宇喜多秀家外十二名連署言上状

宇喜多秀家以下十三名が、蔚山での明・朝鮮勢の攻撃を踏まえ、朝鮮在陣諸城の配置と普請方針を再検討して奉行衆へ言上した連署状。蔚山は突出し川越えの難所もあるため、西生浦に加藤主計頭を置き、安芸宰相勢五千を残して普請させる案を示す。順天は大河と遠い干潟のため海陸から救援しにくいとして、小西勢を島津の泗川城へ、島津勢を固城へ移す案を提示するが、小西摂津守・対馬守は同意しなかった。順天・蔚山の普請は下知まで見合わせ、梁山を加徳へ替えて安芸宰相に普請、黒田甲斐守に在番させ、毛利壱岐守を固城在番とし、城主の半役を普請に充てるよう提案する。

登場人物
宇喜多秀家(備前中納言)、毛利輝元(安芸宰相)、蜂須賀家政(阿波守)、生駒讃岐守、藤堂高虎(佐渡守)、脇坂安治(中務大夫)、菅三郎兵衛尉、松嶋彦右衛門尉、菅右衛門八、山口玄蕃頭、中川修理大夫、池田伊予守、長宗我部元親(侍従)、加藤主計頭、小西摂津守、対馬守、島津勢、黒田甲斐守、毛利壱岐守、石田三成、長束正家、増田長盛、前田玄以
宛先
石田治部少輔殿、長束大蔵大夫殿、増田右衛門尉殿、徳善院殿
キーワード
宇喜多秀家外十二名連署言上状、蔚山、西生浦、加藤主計頭、安芸宰相勢五千、順天、大河、干潟、小西摂津守、泗川、島津勢、固城、梁山、加徳、黒田甲斐守、毛利壱岐守、城配置、普請、半役
後編3-No.368文書確認度 高

宇喜多秀家外十二名連署言上状

本文はNo.367と同文であるため本冊では省略されている。No.367は、蔚山戦後の城配置を見直し、西生浦への加藤勢配置、小西勢の泗川移動と島津勢の固城移動、梁山から加徳への城所変更、黒田甲斐守・毛利壱岐守の在番、城主半役による普請などを提案した十三名連署言上状。旧写と文意に少し異同があるため、改めて写して参照に供したとの注記がある。

登場人物
宇喜多秀家(備前中納言)、毛利輝元(安芸宰相)、蜂須賀家政(阿波守)、生駒讃岐守、藤堂高虎(佐渡守)、脇坂安治(中務大夫)、菅三郎兵衛尉、松嶋彦右衛門尉、菅右衛門八、山口玄蕃頭、中川修理大夫、池田伊予守、長宗我部元親(侍従)
宛先
石田治部少輔殿、長束大蔵大夫殿、増田右衛門尉殿、徳善院殿
キーワード
宇喜多秀家外十二名連署言上状、No.367同文、本文省略、異同、写し、城配置、西生浦、泗川、固城、加徳、在番、城普請、半役
後編4-No.1759記事確認度 中

島津久元譜

島津久元が弓術を本郷義則・東郷重尚、犬追物を川上久慶、馬術を島津義弘と荒木元満に学び、免状・馬書・手綱秘奥・印可を受けたことを記す。さらに鷹術を義弘に、茶を景活火から老湯の法まで学び、武芸と茶道に通じた経歴を述べる系譜記事。

登場人物
島津久元、本郷伊予守義則、東郷長左衛門尉重尚、川上十郎左衛門尉久慶、本田源六、島津義弘、荒木十五左衛門尉元満、江戸
宛先
—
キーワード
島津久元譜、弓術、本郷義則、東郷重尚、犬追物、川上久慶、馬術、島津義弘、荒木元満、免状、馬書、鷹術、茶道、元和七年
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w9:137書下・所領付与の指示旧記雑録拾遺暫定版確認度 高(発給者の実名は本文・目録に記載なし)

明徳五年四月九日伊予守某書下

明徳五年四月九日、伊与守が楠橋対馬守・設楽駿河守に、薩摩国山門院針原内の高柳一町三反・桃木田五反と、市来崎内の薗一か所などを沙弥市来崎弾正忠に付するよう命じた書下。二名は文書の宛所で、市来崎弾正忠が土地を付与される対象者である。伊与守が花押を据える。既存概要の合戦出陣・軍忠の命令は本文にない。

登場人物
伊与守(巻末目録は伊予守某)、沙弥市来崎弾正忠、楠橋対馬守、設楽駿河守
宛先
楠橋対馬守殿、設楽駿河守殿(所領を付される者は沙弥市来崎弾正忠)
キーワード
明徳五年四月九日、伊与守、伊予守某、楠橋対馬守、設楽駿河守、沙弥市来崎弾正忠、薩摩国、山門院、針原、高柳一町三反、桃木田五反、市来崎内薗一か所、所領付与、花押
追録6-No.2469-24達書旧記雑録暫定版確認度 高

松平薩摩守・越前守・伊予守の月代剃りを翌十三日から認める

松平薩摩守(島津重豪)・松平越前守(重富)・松平伊予守(治好)に、翌十三日から月代を剃ってよい旨を伝えさせる。大目付が水野出羽守の書付写一通を松平薩摩守留守居へ送り、回答等は岩本内膳正へ伝えるよう付記する。

登場人物
松平薩摩守(島津重豪)、留守居、大目付、水野出羽守、松平越前守(重富)、松平伊予守(治好)、岩本内膳正(正利)
宛先
松平薩摩守の留守居(添状)。触書・指図書は大目付宛。
キーワード
月代、個別許可
追録1-No.2164書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津綱貴書状

島津綱貴が土屋政直の家臣へ、藤堂伊予守邸で示された捨子禁制の書付を承知し、自領内で厳重に申し付けると回答した書状。

登場人物
島津綱貴、土屋政直、藤堂伊予守
宛先
土屋相模守様人々
キーワード
島津綱貴、土屋政直、藤堂伊予守、捨子、禁制、領内統制、書状
追録6-No.146御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治公の黒印を伴う御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しいことは阿部伊予守が述べると伝える。閏十二月廿七日付、薩摩中将宛。年記は朱注明和元年。出典注は全上・正文在文庫。

登場人物
家治公、薩摩中将、阿部伊予守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
閏十二月廿七日、歳暮祝儀、小袖一重、到来、歓覧、阿部伊予守、家治公黒印、薩摩中将
追録6-No.181-53報告書旧記雑録暫定版確認度 高

佐久間村央(留守居)首尾書

佐久間新左衛門が四月十一日、日光山法会の中日における在府側の機嫌伺いについて、照会結果を左中へ報告する。先に年番から、在府の各家は機嫌伺いをしてよいという相談の廻状が来ていた。今朝、御用番阿部伊予守方で確認したところ、この法会については御三家からも機嫌伺いをしていないため、在府側も機嫌伺いをする必要はないとする。その趣旨を御用人牛丸久左衛門を通じて使者一統へ聞き取らせるよう命じられたことを申し上げる。先の年番による勧奨と、御用番側への照会後の不要という扱いを分けて記録する。

登場人物
佐久間村央(新左衛門)、阿部伊予守、御三家、御用人牛丸久左衛門
宛先
島津久金(左中)
キーワード
日光山法会、中日、在府、御機嫌伺、年番相談、廻状、阿部伊予守、御三家、不要、牛丸久左衛門、使者一統
追録6-No.181-60達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府大目付廻状

四月十三日付の大目付廻状。日光山御法会に伴う紅葉山御宮での法会日割を、十五日卯上刻、十六日午上刻、十七日寅上刻と示す。阿部伊予守から渡された書付の写し一通を送るので、順廻の最後の受取人から大井伊勢守方へ返すよう指示する。宛先は御名の家と有馬中務大輔、真田伊豆守、秋月山城守、毛利能登守、堀田梅之丞、松平陸奥守、伊達遠江守、鍋島摂津守、大田原出雲守、織田丹後守の留守居。朱書には、今朝大井伊勢守から借り受けたため、本書を有馬中務大輔方へ順達し、写しを差し上げたと記す。法会の時刻通知、写しの送付・返却指示と、朱書による受領・本書順達・写上の記録を分けて示す。

登場人物
大目付、阿部伊予守、大井伊勢守、有馬中務大輔、真田伊豆守、秋月山城守、毛利能登守、堀田梅之丞、松平陸奥守、伊達遠江守、鍋島摂津守、大田原出雲守、織田丹後守
宛先
御名の家および有馬中務大輔・真田伊豆守・秋月山城守・毛利能登守・堀田梅之丞・松平陸奥守・伊達遠江守・鍋島摂津守・大田原出雲守・織田丹後守の留守居
キーワード
日光山御法会、紅葉山御宮、法会日割、四月十五日卯上刻、十六日午上刻、十七日寅上刻、阿部伊予守、書付写一通、各家留守居、順廻、大井伊勢守方返却、朱書、有馬方順達、写上
追録6-No.2429伺書旧記雑録暫定版確認度 高

喪中の御三家らにならい登城して家斉の機嫌を伺うことを申請する

重豪は、喪中に御三家や松平加賀守が登城して家斉の機嫌を伺う際、越前守の先例と在府中の伊予守の扱いを踏まえ、自身も同席相当の由緒をもって登城し機嫌を伺いたいと申請する。九月十三日に提出し、十五日に許可の付紙を受けた。

登場人物
島津重豪、徳川家斉、松平加賀守、松平越前守、松平伊予守、松平康福、本城源七郎
宛先
江戸幕府
キーワード
島津重豪、徳川家斉、喪中、御三家、松平加賀守、松平越前守、松平伊予守、登城、機嫌伺い、先例、許可
追録6-No.2431書状旧記雑録暫定版確認度 高

家斉を今後『上様』と称する旨を国元へ通達する

二階堂行旦・関山金輝は、大納言家斉が登城者に謁し、老中から今後は家斉を『上様』と称して一層精勤するよう命じられた経過を報じる。欠席した同席大名へも通達するよう命があり、松平伊予守と連名で松平加賀守へ伝達したことを記し、国元でも同様に申し渡すよう求める。

登場人物
徳川家斉、井伊掃部頭、松平周防守、松平伊予守、松平加賀守、本城源七郎、二階堂行旦、関山金輝
宛先
島津久金、喜入久福、川上久品、島津久健、宮之原通直
キーワード
徳川家斉、上様、大納言、将軍代替わり、登城、井伊掃部頭、松平周防守、松平伊予守、松平加賀守、本城源七郎、二階堂行旦、関山金輝、通達
追録6-No.2704書状旧記雑録暫定版確認度 中

月次御礼・養女縁組の予定と称号、各方面の祝意・種姫への贈文を報告する

先月十五日の月次御礼は前日に大目付へ書面で命じられ、当日太守が登城して御礼を済ませた後、目付から桜の間で松平伊予守とともに呼ばれ、老中が出席し、御用番に代わって水野出羽守から御縁女の件を伝えられたと報告する。近衛家の養女を命じられ、結納は来春、婚礼は来々年の酉年中とすること、御縁女を姫君様と称することが通知された。太守は喜んで退座し、後に老中・若年寄・留守居・側衆へ表方の使者で祝意を伝えた。京都所司代・大坂城代には御書を送り、中将からも御用番に留守居を遣わして祝儀を伝えた。また同じ内証・確認の上、両殿からの文言をもって姫君に祝意を伝えること、将軍の書状に種姫への祝意が書き入れられたこと、関係者が出仕して大奥ほかへも伝えたため当面改めて祝い知らせる必要はないことを報じる。これらを承知して女中へも伝え、通達等を適切に取り計らうよう求める。水野出羽守が通知した趣旨を留守居が書き取って提出したため、見合として別紙を送るという。

登場人物
島津登(久連)、太守、松平伊予守(越前・治好)、水野出羽守、近衛家、御縁女(茂姫)、中将、種姫、老中、若年寄、京都所司代、大坂城代、留守居、側衆、和泉、安房、大炊、主計、糺
宛先
島津和泉殿、喜入安房殿、菱刈大炊殿、二階堂主計殿、関山糺殿
キーワード
月次御礼、先月十五日、太守登城、桜の間、松平伊予守、水野出羽守、近衛養女、結納来春、婚礼来々酉年、姫君様、種姫、祝意、京都所司代、大坂城代、留守居書取
追録7-No.1322系譜旧記雑録暫定版確認度 高

斉敏・順姫系譜抄(近秘野抄)

近秘野抄・斉興公御子。斉敏は初名久寧(ヤス)、小字治五郎、文之助と称し又伊予守に改む。出生正文は文化10年癸酉11月16日芝邸、実注は文化8年辛未4月8日、母同上とあり両日を並記する。次段に称治五郎の付記。文政9年丙戌4月文之助へ改名、10月2日松平上総介斉政(池田注)が自女を妻とする嗣子の養子願を出し公許(許可日の別記なし)、23日ともに大家へ謁し25日松平氏を称する命、12月4日大名小路邸へ入る。文政10年丁亥4月従四位侍従、12年己丑2月備前岡山31万5200石を襲封。女子順姫は本多隼人正康融夫人、康融は初千之助・文政6年隼人正へ改むとの注、膳所6万石の注。順姫は文化10年癸酉10月12日芝邸生、母同上・実関根氏女注。文化12年乙亥8月、本多千之助へ嫁すことの許を稟ける。康融は下総守康禎嫡子、母は溪山公女と記す。天保3年壬辰4月21日南八町堀邸へ入ることと、天保7年丙申2月25日の婚姻を別に採録する。母同上の上の参照先は留保し、斉敏の正文生辰と実注、順姫の婚約許可・入邸・婚姻を統合しない。1310の卒日法名は本件へ移さない。

登場人物
斉興、斉敏(久寧ヤス・治五郎・文之助・伊予守)、松平上総介斉政(池田注)、斉政女、大家、順姫、関根氏女、本多隼人正康融(初千之助)、本多下総守康禎、溪山公女
宛先
独立宛名なし(近秘野抄・斉興公御子)
キーワード
斉敏久寧治五郎文之助伊予守、正文文化十癸酉十一月十六・実八辛未四月八芝邸母同上、文政九改名養嗣謁松平姓大名小路十侍従十二岡山三十一万五千二百、順姫文化十十月十二関根氏女、本多康融康禎溪山公女文化十二乙亥八月婚約天保三四月廿一入邸七二月廿五婚姻
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:92条書・軍勢催促・注進命令旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

〔明徳三年〕探題今川了俊条書

島津上総介・同又三郎の対治について沙汰してはならないこと、大隅・薩摩両国の地頭御家人らを召し出して忠節を促し、向背する者の名字と知行を書き上げて注進すること、当該一族の今度の馳参後の忠否を注進に基づいて用捨することを定めた三箇条の条書。伊地知季安は入来院氏文書の案文を引き、島津上総介・又三郎が凶徒とされ、探題方の御教書に従って守護人への同心を止めたのち、前年の八代退治以後に両島津が味方へ参じたとの記述と、同案文の明徳三年の年記から、本条書も明徳三年に探題今川伊予守貞世入道了俊が発給したものと考証する。

登場人物
今川貞世(伊予守・入道了俊)、島津上総介、島津又三郎、将軍家、大隅・薩摩両国の地頭御家人、守護人、入来院氏、伊地知季安
宛先
—
キーワード
明徳三年、探題、今川伊予守貞世、入道了俊、条書、島津上総介、島津又三郎、対治、沙汰停止、大隅国、薩摩国、地頭、御家人、召出、忠節、向背、名字、知行、注進、一族、馳参、忠否、用捨、入来院氏文書、案文、凶徒、将軍家、守護人、八代退治、両島津、伊地知季安、旧記雑録前編二、五二九号文書
追録2-No.846口上書旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴口上書

島津綱貴が高木伊勢守・藤堂伊予守へ、薩摩・大隅・日向の私領で猪・鹿・狼が増え田畑を荒らし、落し鉄砲でも被害が止まらないため、大久保加賀守へ申し出たうえで鉄砲による駆除を願った口上書。使用する鉄砲の挺数を書き付け、証文をもって報告するとする。

登場人物
島津綱貴
宛先
高木伊勢守・藤堂伊予守
キーワード
島津綱貴、高木伊勢守、藤堂伊予守、薩摩国、大隅国、日向国、私領、猪、鹿、狼、田畑被害、落し鉄砲、大久保加賀守、鉄砲駆除、挺数、証文、口上書、元禄十三年
追録2-No.1589書状旧記雑録暫定版確認度 中

島津綱貴書状

島津綱貴が松平伊予守へ、前年冬の江戸火災で桜田屋敷が類焼し、さらに激しい地震にも遭った際、伊予守が桜田屋敷へ二度使者を送ったことに謝意を述べた書状。

登場人物
島津綱貴
宛先
松平伊予守
キーワード
島津綱貴、松平伊予守、前年冬、江戸火災、桜田屋敷、類焼、激しい地震、使者、二度、見舞、謝意、元禄十七年二月四日、書状
追録1-No.879書状旧記雑録暫定版確認度 高

内藤忠興書状

内藤忠興が松平大隅守へ、六月十八日夜、江戸城青屋口塩硝蔵に落雷し、矢倉・多門・加番衆小屋が大破し、土岐山城守・岩城伊予守にも被害があって、家来に死者・負傷者が多く出たと報告する。松平若狭守・青山大膳亮・永井日向守の三人が修復を命じられ、早速普請に着手したとし、破損箇所の見分は松平伊豆守に仰せ付けられた旨の奉書が下ったと伝える。江戸発足日はまだ不明で、自邸も破損したが無事に勤番していると知らせる。

登場人物
内藤忠興、島津光久、松平若狭守、青山大膳亮、永井日向守、土岐山城守、岩城伊予守、松平伊豆守
宛先
松平大隅守(島津光久)様
キーワード
内藤忠興、島津光久、江戸城、青屋口、塩硝蔵、落雷、櫓、多門、加番衆小屋、死傷者、修復、見分、勤番
追録6-No.72書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、端午の御祝儀として使者を通じて献上された帷子・単物を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。五月二日付で、宝暦十四年の年記は朱注による。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守(島津重豪)、献上使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
端午、祝儀、使者、帷子、単物、献上、披露、御仕合
追録6-No.86書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、今朝献上された琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。六月廿五日付で、明和元年の年記は朱注による。献上先の実名は本文にない。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守(島津重豪)
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
琉球布一箱、砂糖漬天門冬一器、赤貝塩辛一器、琉球泡盛酒二壺、献上、披露、御仕合
追録6-No.91書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、生見玉の御祝儀として献上された黄金十両を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。七月六日付で、明和元年の年記は朱注による。献上先の実名は本文にない。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守(島津重豪)
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
生見玉、御祝儀、黄金十両、献上、披露、御仕合
追録6-No.93書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、献上された御馬一匹を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。七月十一日付で、明和元年の年記は朱注による。献上先の実名は本文にない。日付・署名・宛名は次頁に続く。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守(島津重豪)
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
御馬一匹、献上、披露、御仕合
追録6-No.97書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、八朔の御祝儀として使者を通じて献上された御太刀一腰と御馬代黄金十両を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。八月四日付で、明和元年の年記は朱注による。献上先の実名は本文にない。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守(島津重豪)、献上使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
八朔、御祝儀、使者、御太刀一腰、御馬代黄金十両、献上、披露、御仕合
追録6-No.108書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、若君様の髪置の御祝儀として使者を通じて目録の通り献上された品を披露し、たいへんよい仕合わせであったと伝える。十一月四日付で、明和元年の年記は朱注。具体的な献上品名は本文に記さない。冒頭は全上で前通の出典を受ける。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守(島津重豪)、若君様、献上使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
若君様、髪置、御祝儀、使者、目録、献上、披露、御仕合
追録6-No.119書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平武元外三名連署状

阿部伊予守・松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署し、松平薩摩守に宛て、翌廿一日四時に中山王の使者を召し連れて登城するよう命じる。追って直垂を着用し、本丸の用事が済んだら西丸にも使者を召し連れて参上するよう指示する。十一月廿日付、年記は朱注明和元年。正文の署名は官称のみ。目録は松平武元外三名の幕府老中連署状とする。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。

登場人物
阿部伊予守、松平周防守、松平右京大夫、松平右近将監、松平薩摩守、中山王使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
翌廿一日、四時、中山王使者、登城、直垂、着用、本丸、西丸、召連、老中四名連署
追録6-No.122書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平武元外三名連署状

阿部伊予守・松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署し、松平薩摩守に宛て、翌廿五日に琉球人の音楽が仰せ付けられ、御暇も下されるので、四時に召し連れて登城するよう命じる。なお、直垂を着用し、本丸での用事が済んだら西丸にも召し連れて参上するよう指示する。十一月廿四日付、年記は朱注明和元年。出典注は全上・正文在文庫。本文は冊子三十三~三十四頁に続く。

登場人物
阿部伊予守、松平周防守、松平右京大夫、松平右近将監、松平薩摩守、琉球人
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
翌廿五日、四時、琉球人、音楽、御暇、登城、直垂、本丸、西丸、四名連署
追録6-No.124書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平武元外三名連署状

阿部伊予守・松平周防守・松平右京大夫・松平右近将監が連署し、松平薩摩守に宛て、官位昇進の御礼を申し上げるため、翌廿八日五半時に登城するよう命じる。十一月廿七日付、年記は朱注明和元年。出典注は全上・正文在文庫。本文から日付・署名・宛名は次頁に続く。

登場人物
阿部伊予守、松平周防守、松平右京大夫、松平右近将監、松平薩摩守
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
官位、御礼、翌廿八日、五半時、登城、四名連署
追録6-No.141書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、今朝献上された蜜柑二箱・灸鮎一箱を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。閏十二月六日付、正右判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。披露先の名はこの書状自体には記さない。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
閏十二月六日、今朝献上、蜜柑二箱、灸鮎一箱、披露、御仕合、正右判
追録6-No.147書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、歳暮祝儀として使者を通じて献上された小袖一重を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。閏十二月廿七日付、正右判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守、使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
閏十二月廿七日、歳暮祝儀、使者、小袖一重献上、披露、御仕合、正右判
追録6-No.148書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、使者を通じて若君様へ献上された御破魔弓一飾を、首尾よく披露したことを知らせる。閏十二月廿八日付、正右判。年記は朱注明和元年。出典注は全上。若君の実名はこの書状では記さない。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守、若君様、使者
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
閏十二月廿八日、若君様、御破魔弓一飾、使者、献上、首尾よく披露、正右判
追録6-No.153書状旧記雑録暫定版確認度 高

阿部正右書状

阿部伊予守正右が松平薩摩守に宛て、若菜の祝儀として献上された鯛一折を披露し、よい御仕合であったことを知らせる。正月七日付、正右判。年記は朱注明和二年。宛所の在口裏朱注がある。出典注は全上。

登場人物
阿部伊予守正右、松平薩摩守
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
正月七日、若菜祝儀、鯛一折献上、披露、御仕合、正右判、在口裏
追録6-No.167記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪、若君生誕ヲ賀ス

先に若君が江府で誕生したので重豪が祝い、老中を芝邸へ招いた記事。三月四日、松平右京大夫輝高・阿部伊予守正右、若年寄鳥居伊賀守、奏者番土井大炊頭利里・牧野遠江守康満および数名の諸役人が芝邸へ来て、先例どおり饗応した。晩に各人が退去すると、重豪は輝高・正右の宅を訪ねて礼を述べた。鳥居の本文名は忠孝、人物注は忠喜。目録は記事で年月日欄なし。出典注は全御譜中。

登場人物
重豪、若君家基、松平右京大夫輝高、阿部伊予守正右、鳥居伊賀守忠孝(注忠喜)、土井大炊頭利里、牧野遠江守康満、諸役人
宛先
—
キーワード
若君誕生祝賀、江府、三月四日、老中招請、芝邸饗応、若年寄、奏者番、先例、晩退去、輝高正右宅訪問謝礼、鳥居忠孝注忠喜
追録6-No.176書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平輝高外二名幕府老中連署状

阿部伊予守正右・松平周防守康福・松平右京大夫輝高の三名連署で松平薩摩守に宛て、明日五半時に登城し、暇への礼を申し上げるよう指示する。四月十四日付、年は朱注明和二年。差出三名の実名注がある。出典注は正文在文庫。

登場人物
阿部伊予守正右、松平周防守康福、松平右京大夫輝高、松平薩摩守
宛先
松平薩摩守殿
キーワード
四月十四日、老中三名連署、翌日五半時登城、暇御礼、阿部正右、松平康福、松平輝高、松平薩摩守宛
追録6-No.181-39達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府触書

日光山の法事が済んだ祝儀として、来月十八日に熨斗目を着て本丸・西丸へ惣出仕することを、大目付へ伝える三月付の触書。隠居、病気、幼少の者は、老中伊予守・板倉佐渡守・若年寄へ使者を出して祝意を申し上げる。在国・在邑の者は法事が済んだことを承知した後、使札で祝儀を申し上げ、隠居で在邑の者も同様とする。出仕できる者と欠席者・在国在邑者の祝儀の伝え方を区別して命じる。

登場人物
老中伊予守、板倉佐渡守、若年寄
宛先
大目付
キーワード
日光山法事、祝儀、来月十八日、熨斗目、本丸、西丸、惣出仕、隠居、病気、幼少、使者、在国、在邑、使札
追録6-No.2447書状旧記雑録暫定版確認度 高

新葬法事への参詣日と直垂での参詣を国元家老へ報告する

二階堂行旦は、牧野越中守から新葬法事中の参詣を命じられたため、松平伊予守の先例に合わせ、重豪も同日に参詣したい旨を留守居から届け出たと国元家老へ報告する。六日に留守居が呼び出され、付札によって許可が伝えられたので、翌七日の御三家参詣の際に直垂で参詣した。先例のない事柄であるため、別紙二通を添えて経過を知らせる。

登場人物
二階堂行旦、島津重豪、牧野越中守、松平伊予守(治好)、島津久金、喜入安房、川上頼母、島津仲、宮之原主膳
宛先
島津久金、喜入安房、川上頼母、島津仲、宮之原主膳
キーワード
二階堂行旦、島津重豪、新葬法事、参詣、御三家、直垂、留守居、付札、先例
追録8-No.22-3交名旧記雑録暫定版確認度 中

大広間諸大名交名

大広間諸大名の交名と、武家諸法度の写しが届いた家・次に順達した家を記す一覧。「次第不同」とし、松平越前守・大膳大夫・三河守・因幡守などを掲げ、松平大隅守(島津斉興)に続いて松平陸奥守・阿波守・大和守・右近将監・上総介らの順達先を列記する。書込によれば、有馬玄蕃頭から二月二十五日に松平越前守へ、松平大膳大夫から二十四日に松平大和守へ、上杉伊予守から二十三日昼に上杉弾正大弼へなど、複数の経路で送られた。回覧の個々の到着日と送り先を追える史料であり、単独の差出人・宛先を持つ書状ではない。

登場人物
松平越前守、松平大膳大夫、松平三河守、松平因幡守、松平陸奥守、松平大和守、松平右近将監、松平上総介、松平淡路守、松平大蔵大輔、有馬玄蕃頭、上杉弾正大弼、松平土佐守、松平豊後守、細川越中守、松平肥前守、松平因幡守、松平安芸守、松平伊予守、南部信濃守、松平対馬守、上杉式部大輔、松平肥前守、松平筑前守、南部甲斐守、松平大隅守(島津斉興。本文人物注)、松平阿波守、上杉式部大輔
宛先
宛先記載なし(順達先交名)
キーワード
武家諸法度、諸大名交名、大広間、順達、回覧、二月廿三日、二月廿四日、二月廿五日
追録6-No.111記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪従四位上中将ニ叙任セラル

同月十三日、重豪が登城して白書院に赴くと、松平輝高・松平武元・松平康福・阿部正右が縁に連座し、輝高が台命を伝えた。琉球使節の来朝が将軍の意にかない、先例に従って従四位上・左近衛中将に叙任するとの旨で、重豪はこれを拝受した。続いて西城で奏者仙石越前守政辰に取り次ぎを受けて拝礼し、老中宅へ謝意を述べに赴いた。同日、琉使参府のため上使池田筑後守政倫を通じて二千苞の賜物があり、再び老中宅へ礼を述べた。賜物の品名字形は留保する。出典は御譜中。目録は記事で年月日欄を空欄とする。

登場人物
重豪、松平右京大夫輝高、松平右近将監武元、松平周防守康福、阿部伊予守正右、奏者仙石越前守政辰、上使池田筑後守政倫
宛先
—
キーワード
同月十三日、白書院、台命、琉使来朝、従四位上、左近衛中将、叙任、西城、奏者、老中宅、上使、二千苞、謝礼
追録6-No.121記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪、琉使ヲ率ヒ登営ス

同月廿一日、重豪が琉使を率いて登営し、先に殿上間へ赴き、将軍家治が御座する大広間へ使者を伴って入見した。加納遠江守久堅が中山王尚穆の太刀目録を取り、別幅腰帯・馬具、龍髄香・香餅、太平布、龍織芭蕉布、鳥織芭蕉布、羅紗、青貝、堆錦硯屏、青貝箱飯・香盒、泡盛酒等を含む進物を述べ、使者が中壇で奏して三拝した。再度中山王の別幅・巻物の目録を披露し、川田伊織国福も太刀・馬代・巻物を献じた。重豪も私の献物を披露し、使者とともに御台所への拝礼を経て西営へ赴いた。老中阿部正右・松平輝高の出席、奏者仙石正倫の取次ぎにより、西営にも尚穆の太刀目録、腰帯・馬具、香類・織物・漆器・泡盛酒等を献じ、国福も太刀・馬代を献じた。最後に老中宅へ礼を述べた。本文には将軍側・西営側それぞれの贈品の品名・数量の細注がある。目録は記事で年月日欄を空欄とする。出典は全御譜中。

登場人物
重豪、将軍家治、琉使、中山王尚穆、加納遠江守久堅、川田伊織国福、奏者仙石越前守正倫、阿部伊予守正右、松平右京大夫輝高、池田筑後守政倫、稲垣出羽守正武
宛先
—
キーワード
同月廿一日、琉使登営、家治、中山王尚穆、太刀目録、腰帯、馬具、龍髄香、香餅、太平布、芭蕉布、羅紗、青貝、堆錦、泡盛酒、巻物、三拝、御台所、西営、老中宅謝礼
追録6-No.123記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪再ビ琉使等ヲ率ヒ登営ス

同月廿五日、重豪が琉使と楽師を率いて再び登営した。琉使は殿上間を経て大広間に入り、楽師は御向板縁で待機し、松平肥後守・忠恭・頼真らや板倉勝清・鳥居忠孝が列座した。将軍家治が上壇で御簾を上げ、琉使以下が平伏すると、楽師が演奏した。演奏後、琉人は殿上間へ退き、将軍入御後に大広間で池田政倫・稲垣正武の引導を受けて三之間へ座し、老中が西面して饗応した。輝高が遠来の労をねぎらう台命を伝え、中山王尚穆へ白金五百枚・錦子五百把を返贈し、使者も恩旨を拝受した。帝鑑間で吸羹・酒菓を賜った後、同行の治澤が速やかに退いたことも記す。西城でも同様の接待を受け、正右・輝高、若年寄忠孝・忠休らが列座し、尚穆へ白金三百枚・時服二十、従者・楽師にも賜物を分けた。両御所での琉使への賜物には太樹賜銀二百枚・時服十、若君賜錦子百把の注がある。最後に老中宅へ礼を述べた。目録は記事、出典は全御譜中。

登場人物
重豪、琉使、楽師、将軍家治、松平肥後守(名の字形留保)、酒井雅楽頭忠恭、松平兵部大輔頼真、板倉佐渡守勝清、鳥居伊賀守忠孝、池田筑後守政倫、稲垣出羽守正武、松平右京大夫輝高、阿部伊予守正右、酒井石見守忠休、中山王尚穆
宛先
—
キーワード
同月廿五日、琉使、楽師、御向板縁、大広間、演奏、御簾、三之間、饗応、遠来労問、白金五百枚、錦子五百把、吸羹、酒菓、西城、白金三百枚、時服二十、従者楽師への下賜、老中宅謝礼
追録6-No.151記事旧記雑録暫定版確認度 高

明和二・三年間公辺記事

明和二年乙酉・三年丙戌の公辺行動記録。二年正月二日に大家へ朝賀し、廿一日に鶴を賜る。二月四日に琉使が薩府へ着き、十九日に島津大蔵久通の改称、廿五日に山城久定の家老辞職を記す。三月四日、輝高・正右・若年寄らを芝邸に招き、貴樹君誕生を祝う。六日に宗衍ら十八名、九日に重定ら二十二名、四月五日に忠恭らを再び招き、十三日には大家が康福を遣わして物を贈り、芝邸で散楽を行う。十五日に朝謁・拝恩、廿一日に帰国を賜り、護摩所不動へ首途の参詣、廿五日に浄岸君・真含君を招いて散楽・宴を催す。五月四日芝邸発、十九日伏見着、廿日京・宇治を微行、廿一日大坂着、廿四日大坂発、六月廿二日府城着。七月朔日に山下・西田・築地三館を訪ね垂水邸に還り、三日に大雄・玉龍・松峯へ参詣、五日に築地で三公子を伴い宴、十五日に松峯・玉龍へ先廟を謁し、十九日花火見物。廿一日仲久健を家老、久卜を大御目附、金陣・行旦を側御用人に任ずる。八月十九日の国老免職・廩米百苞終身給付、九月六日の政府職免職・以後の朝班国老待遇、廿九日の河野通古の若年寄任命、十月九日の久起の大御目附就任・外記への改称を記す。十一月廿六日市来で放鷹、廿七日湊で羽島の唐船を見物して市来へ還り、廿八日伊集院に宿す。廿九日鹿児島横井に館を造り、尾畔に入り還府。十二月三日に諏訪・祇園へ首途参詣、四日散楽、四日は卯刻から翌卯刻まで能二十番・狂言十番、廿五日に荒平で狩りを行う。三年正月廿三日府城発、大口路を経て翌日金山見物、廿六日佐敷着、二月廿二日兵庫から微行して布引滝・摩耶山を訪ね、廿三日大坂着、廿四日市人らと会う。廿五日竹田近江に書院でからくりを行わせ、従士にも見物を許し、廿六日芝居、廿八日伏見着、廿九日京都微行、三月朔日桃園・万福寺を見物、二日発、十九日芝邸着。目録は記事。

登場人物
重豪、大家、島津大蔵久通、島津山城久定、松平右京大夫輝高、阿部伊予守正右、鳥居伊賀守忠喜、松平出羽守宗衍、上杉大炊頭重定、酒井雅楽頭忠恭、有馬中務大輔頼徸、有馬上総介頼貴、伊達遠江守村候、松平采女正忠恕、松平周防守康福、浄岸君竹姫、真含君継豊女・菊姫、貴衛、忠紀、貴澄、島津仲久健、桂織部久卜、関山新左衛門金陣、二階堂部行旦、河野八郎左衛門通古、島津十太右衛門久起、竹田近江
宛先
—
キーワード
明和二年乙酉、明和三年丙戌、朝賀、賜鶴、琉使薩府着、貴樹君誕生祝宴、諸侯饗応、散楽、拝恩、帰国許可、帰国行程、社寺参詣、微行、花火、役職任命、廩米百苞終身、放鷹、羽島唐船、横井館、能二十番、狂言十番、荒平狩猟、参府行程、布引滝、摩耶山、書院からくり、従士見物許可、卯刻から翌卯刻、芝居、桃園、万福寺
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w6:8系図・秩父氏後裔/伊地知淡路守心岳流旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

秩父氏二十四代又太郎重豊四男淡路守入道心岳系図

秩父氏二十四代又太郎重豊の四男・淡路守入道心岳を祖とし、出羽守・淡路守重宗以下へ分かれる伊地知氏庶流の系図。重政は門川地頭として島津義久に仕え、天正十五年に豊後で戦死し、重張は朝鮮で戦死したと記すほか、種子島氏からの養子が義久・義弘・家久の三代に仕えたこと、各支流の官途・婚姻・養子・戦死を載せる。後半は手串良・牛根・栗野・曽木・飯野・倉岡・国分などへの移住、根城攻めでの戦功と前田給付、前田家との由緒から前田または伊地知を称した重悦・重通の系統、重氏・重行・元重・重慶・季定らの系線を示す。

登場人物
重豊、淡路守入道心岳、出羽守、淡路守重宗、重英、重政、新三郎、伊地知門川地頭、島津義久、重次、重張、島津義弘、島津家久、種子島氏、重倫、重意、伊予守、隼人介、重悦、重通、重氏、重行、元重、重慶、季定
宛先
—
キーワード
秩父氏二十四代、又太郎重豊、淡路守入道心岳、伊地知氏庶流、出羽守、淡路守重宗、重政、門川地頭、島津義久、天正十五年、豊後戦死、重張、朝鮮戦死、種子島氏養子、島津義弘、島津家久、手串良、牛根、栗野、曽木、飯野、倉岡、国分、根城攻め、前田給付、前田氏、伊地知称号、婚姻、養子、官途