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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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295 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編1-No.325文書確認度 高

島津氏老臣連署坪付

大隅国帖佐郷で田中越中守に付与する田地を列挙した島津氏老臣の連署坪付。餅田名・堀町・税所内上門・深見名内門などに所在する各筆について、地名、門名、面積や位置を具体的に記す。

登場人物
田中越中守、町田因幡守忠秀ほか島津氏老臣
宛先
田中越中守
キーワード
島津氏老臣連署坪付、永禄九年、大隅国、帖佐郷、田中越中守、町田忠秀、餅田名、堀町、税所、深見名、田地、坪付
後編2-No.912文書確認度 高

伊集院幸侃嫡忠棟外二名連署坪付

伊集院忠棟(幸侃)・本田三清・町田久倍の三名が、藤崎門のうち「こまい床」にある平佐一段を竹崎越中守へ示した連署坪付。 土地の所在と面積を簡潔に特定し、三名の連署で給地・所持の根拠を確認した文書である。

登場人物
伊集院忠棟、本田三清、町田久倍、竹崎越中守
宛先
竹崎越中守
キーワード
伊集院忠棟、幸侃、本田三清、町田久倍、竹崎越中守、連署坪付、藤崎門、こまい床、平佐一段
後編3-No.1566文書確認度 高

島津忠長外三名連署加増目録

島津忠長ら四名が連署し、薩摩国川内山田村の鹿地門三十石五升を、満尾越中守へ加増として宛行った目録。

登場人物
島津忠長、平田増宗、鎌田政近、比志島国貞、満尾越中守
宛先
満尾越中守
キーワード
連署加増目録、慶長六年十月二十四日、島津忠長、平田増宗、鎌田政近、比志島国貞、満尾越中守、薩摩国、川内、山田村、鹿地門、三十石五升
後編4-No.1031文書確認度 高

島津家久書状案

慶長十八年八月八日、島津家久が長岡越中守へ、年頭の祝儀と今後の交誼を述べ、太刀一腰・馬一疋・生糸一丸を贈った書状案。

登場人物
島津家久、長岡越中守
宛先
長岡越中守
キーワード
島津家久書状案、長岡越中守、太刀、馬、生糸、贈答、交誼
後編4-No.1109文書確認度 中

比志島国貞外二名連署知行目録(記事)島津久元譜

宮里越中守へ五石余の知行を宛行い、その高に応じて公役を勤めるよう命じた三名連署知行目録。目録は島津久元譜にも収載される。

登場人物
比志島国貞、三原重種、伊勢貞昌、宮里越中守、島津久元
宛先
宮里越中守
キーワード
知行目録、宮里越中守、比志島国貞、三原重種、伊勢貞昌、島津久元譜、浮免、公役、慶長十九年六月二十七日
後編4-No.1226文書確認度 高

鹿児島御支配所知行名寄帳

鹿児島御支配所の知行名寄帳。大口小木原村などの屋敷・田畠について、名請人、面積、石高、給付先を列記し、合計高と知行割付を示す。

登場人物
鹿児島御支配所、宮里越中守、井畔貳介
宛先
宮里越中守
キーワード
鹿児島御支配所知行名寄帳、大口小木原村、屋敷、田畠、名請人、石高、宮里越中守、慶長二十年一月十六日
前編2-No.2499記事確認度 中

新納忠元譜

天文十四年、入来院石見守重朝の攻勢に対し、新納忠元が伊牟田左衛門・春山越中守・川上十郎左衛門らと蔵城へ入った合戦記事。少数の兵で守備を組織し、城兵を指揮して敵の攻撃を防ぎ、城を守り抜いた忠元の判断と戦功を記す。

登場人物
新納忠元、入来院石見守重朝、伊牟田左衛門、春山越中守、川上十郎左衛門
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、新納忠元、入来院重朝、伊牟田左衛門、春山越中守、蔵城、籠城、合戦
後編1-No.422記録確認度 高

友野元真奉公覚書

菱刈馬越城攻めの際、友野元真が敵四人と斬り合い、そのうち一人を討ち取ったことを記す奉公覚書。証人として四本越中守を挙げる。

登場人物
友野元真、四本越中守
宛先
—
キーワード
友野元真奉公覚書、菱刈、馬越城、友野元真、合戦、討取、四本越中守、証人、奉公
後編1-No.475記事確認度 高

島津国史

永禄十二年の主要事件を編年で記す。琉球漂流民送還への謝状、相良・菱刈両氏との和睦と蒲池越中守殺害による破綻、羽月城救援、戸神尾・稲荷山の伏兵による大口勢撃破、祁答院長野城攻略、伊東軍の桶比良・田原撤退を載せる。八月以降は大口城を包囲し、相良・菱刈方の降伏を受けて質を交換、九月十八日に義久・義弘が入城し、新納忠元を大口地頭に任じた。あわせて功賞・社寺領寄進などを記す。

登場人物
島津義久、島津義弘、島津家久、島津義虎、新納忠元、肝付兼盛、喜入季久、相良氏、菱刈氏、深水頼兼、蒲池越中守、伊東義益、鎌田政康、本田新介
宛先
—
キーワード
島津国史、永禄十二年、琉球、和睦、蒲池越中守、羽月城、戸神尾、稲荷山、大口城、相良氏、菱刈氏、質、人質、新納忠元、地頭、寄進
後編1-No.476記事確認度 中

殉国名薮

永禄十二年に島津方で戦死・討死した者を月日別に列挙する。正月三日から十一月二十七日まで、三月十八日の蒲池越中守ら、五月二十三日・二十五日の伊地知重次、貴島源五郎ら、多数の家臣・従者の名と一部の戦場・討死事情を記す。

登場人物
上野源十郎、川上右衛門、蒲池越中守、宮原景次、伊地知重次、貴島源五郎、税所宮内少輔、深野平六、村原新介、吉田清正、有馬純喬、上床源六兵衛、加治屋新左衛門、宇都源左衛門、肝付兼致、種子田秀経ほか
宛先
—
キーワード
殉国名薮、永禄十二年、戦死者、討死、蒲池越中守、伊地知重次、貴島源五郎、家臣、従者、名簿
後編1-No.479記事確認度 高

島津貴久譜

前年から相良・菱刈方が求めていた和睦は、日新没後の永禄十二年正月二十日に成立した。しかし三月十八日、大口城を守る深水頼兼が平泉へ向かう蒲池越中守と従者十七人を殺し、往来は再び断絶した。島津方は羽月城に肝付兼寛・新納忠元を置き、五月六日、家久を囮として戸神尾・稲荷山の伏兵へ敵を誘導し、前田豊前守らが四方から攻めて敵首百三十六を得、一人を捕虜とした。

登場人物
島津貴久、島津忠良(日新)、島津義虎、島津家久、肝付兼寛、新納忠元、大野駿河守、宮原筑前守、前田豊前守、相良氏、菱刈氏、深水頼兼、蒲池越中守
宛先
—
キーワード
島津貴久譜、永禄十二年、和睦、深水頼兼、蒲池越中守、羽月城、肝付兼寛、新納忠元、島津家久、戸神尾、稲荷山、伏兵、敵首百三十六
後編1-No.480記事確認度 高

島津義久譜

永禄十二年正月二十日に大口方との和睦が成立したが、三月十八日に深水頼兼が蒲池越中守主従十七人を殺害し、再び敵対した。義虎が維持できなくなった羽月城へ肝付兼寛・新納忠元を派遣し、五月六日、家久が大口城下で敵を挑発して戸神尾西まで誘い出した。戸神尾・稲荷山の伏兵が前後を遮断して敵を破り、百三十六の首級と捕虜一人を得て大口方の勢力を削いだ。

登場人物
島津義久、島津義虎、島津家久、肝付兼寛、新納忠元、大野駿河守、宮原筑前守、前田豊前守、相良氏、深水頼兼、蒲池越中守
宛先
—
キーワード
島津義久譜、永禄十二年、大口、和睦破綻、深水頼兼、蒲池越中守、羽月城、肝付兼寛、新納忠元、島津家久、戸神尾、稲荷山、伏兵、百三十六首
後編1-No.483記事確認度 高

島津義久譜

本文はNo.480記事の前半と同文のため省略される。永禄十二年正月の大口方との和睦成立から、三月十八日に深水頼兼が蒲池越中守主従を殺害して再び敵対するまでの内容に当たる。

登場人物
島津義久、相良氏、深水頼兼、蒲池越中守
宛先
—
キーワード
島津義久譜、永禄十二年、大口、和睦、深水頼兼、蒲池越中守、手切れ、同文省略、前半、No.480
後編1-No.490記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十二年三月十八日、深水頼兼が平泉へ向かう蒲池越中守主従十七人を討ち、和議が破綻した。平泉は後方を山野、前方を大口に挟まれ通路も断たれたため撤収も検討されたが、肝付兼寛・新納忠元は、平泉を捨てれば羽月一城では大河を隔てて維持できないとして百日間の守備を申し出た。義久が諸軍へ呼びかけると多数の兵が進み出て、番替えの日程を定めた。

登場人物
長谷場越前、深水頼兼、蒲池越中守、肝付兼寛、新納忠元、島津義久、島津家臣
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十二年、深水頼兼、蒲池越中守、平泉、山野、大口、通路遮断、肝付兼寛、新納忠元、百日守備、援兵、番替
後編1-No.501記録確認度 中

友野元真奉公覚書

戸神尾合戦のころ、伊集院善左衛門を取次として佐敷方面へ兵船六、七十艘を送るよう命じられた友野元真の奉公覚書。船の調達に苦労し、四本越中守と協力して佐敷方面で働き、船一艘を取得し、福浦でも分捕りをしたことを記す。

登場人物
友野元真、島津家久、伊集院善左衛門、四本越中守、郷八
宛先
—
キーワード
友野元真奉公覚書、戸神尾合戦、伊集院善左衛門、佐敷、兵船、船調達、四本越中守、福浦、分捕、奉公
後編1-No.873記事確認度 高

殉国名薮

高原城合戦で天正四年八月十九日に戦死した三原重房・入佐郷久震・野村良綱・四本半忠次・宮原越中守らを列記する。続いて十月朔日の南郷合戦で戦死した新納忠氏・忠盈、安楽兼治・兼清らも収める。

登場人物
三原重房、入佐郷久震、新宮中将坊、野村良綱、四本半忠次、宮原越中守、新納忠氏、新納忠盈ほか
宛先
—
キーワード
殉国名薮、高原城合戦、戦死者、三原重房、入佐郷久震、野村良綱、四本半忠次、宮原越中守、南郷合戦、新納忠氏
後編1-No.882記録確認度 高

友野元真奉公覚書

高原城を詰めた際、友野元真が市来玄蕃左衛門・谷山佐渡介・四本越中守とともに垂之口から城を越え、敵方の肥田木河内守と対した奉公を記す。

登場人物
友野元真、市来玄蕃左衛門、谷山佐渡介、四本越中守、肥田木河内守
宛先
—
キーワード
友野元真奉公覚書、高原城、垂之口、市来玄蕃左衛門、谷山佐渡介、四本越中守、肥田木河内守、城越え
後編1-No.897記事確認度 高

島津家久譜

後の島津家久(初名忠恒、幼名米菊丸)が天正四年十一月七日に日向真幸院加久藤で誕生したことを記す。母は広瀬氏の娘で、産弓の役を曽木越中守が務めた。のち陸奥守・中将・薩摩守などを歴任した官歴も掲げる。

登場人物
島津家久(初名忠恒・米菊丸)、島津義弘、広瀬氏女、曽木越中守
宛先
—
キーワード
島津家久譜、島津忠恒、米菊丸、島津義弘、加久藤、誕生、広瀬氏女、曽木越中守、官歴
後編3-No.1444文書確認度 高

島津惟新書状

島津義弘(惟新)が忠恒に、羽柴越中守への使者を数日中に出発させるよう相談し、京都交渉が不調に終わる場合に備えて越中守へ早急に通じ、後日の領国安堵に助力を求めるため川東善左衛門尉を使者に立てるよう勧めた書状。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(家久)、羽柴越中守、川東善左衛門尉
宛先
島津少将(忠恒)
キーワード
島津惟新書状、正月八日、島津義弘(惟新)、島津忠恒(家久)、羽柴越中守、川東善左衛門尉、京都交渉、領国安堵、使者派遣、冨隈
後編4-No.763文書確認度 高

島津惟新書状

慶長十五年十月二十三日、島津義弘が島津家久に、駿府・江戸での礼参が無事済み、家康・秀忠から格別の厚遇を受けたことを喜んだ書状。暇を得た後は京都に長く滞在せず早く帰国すること、越中守へ必ず礼を述べることを勧め、国元の平穏も知らせる。

登場人物
島津義弘、島津家久、越中守
宛先
島津家久
キーワード
島津義弘書状、島津家久、駿府、江戸、徳川家康、徳川秀忠、厚遇、帰国、越中守、国元平穏
後編5-No.680文書確認度 中

島津家久書状

島津家久が川上左近将監へ、細川越中守が薩摩領内の巣鷹を所望しているため、該当する場所へ申し付け、十分に手配・馳走するよう命じた書状。

登場人物
島津家久、細川越中守、川上久国
宛先
川上左近将監殿
キーワード
島津家久、細川越中守、川上久国、巣鷹、鷹、領国、手配、馳走
附録2-No.258文書確認度 高

島津惟新書状

京都へ申し上げた案件がほぼ不首尾に終わったため、五日以内に羽柴越中守へ使者を立てて将来の無事な調停を頼むよう勧め、富隈からではなく川東善左衛門尉を派遣するよう求めた書状。

登場人物
島津惟新、島津少将、羽柴越中守、川東善左衛門尉
宛先
少将殿
キーワード
島津惟新、島津少将、京都、交渉不調、羽柴越中守、使者、調停、富隈、川東善左衛門尉
附録2-No.446文書確認度 高

加賀山奥長書状

越中守の見舞使から書状と緞子二端を拝領した礼を述べ、越中守が江戸へ下るため十四日に上洛したことを知らせ、帰国時に詳しく説明するとして使者に口上を託した書状。

登場人物
加賀山奥長、越中守、伊勢貞昌
宛先
伊勢兵部少輔殿
キーワード
加賀山奥長、越中守、伊勢貞昌、見舞使、緞子二端、江戸、上洛、下国、贈答
前編2-No.2685文書確認度 中

島津貴久書状

島津貴久が大友方の重臣らに、日州千戈の儀をめぐる当家の妨げが深刻であるとして、宗綱への取り次ぎと堅固な申し談じを求めた書状。

登場人物
島津貴久、吉岡越前守、臼杵越中守、吉弘左近大夫、田北大和守
宛先
吉岡越前守殿ほか四名
キーワード
島津貴久書状、島津貴久、吉岡越前守、臼杵越中守、吉弘左近大夫、田北大和守、日州、取次
後編4-No.775文書確認度 中

正源院某書状

慶長十五年十二月十一日、正源院の某が、滞在中の能・蹴鞠・茶の湯などの催しと、十一月末の到着・十二月五日の出船を報じた書状。武具の試用、鉄砲や刀装の出来、松井子息長岡式部へ贈る腰物などについても詳しく述べる。

登場人物
正源院、島津家久、越中守、松井子息、長岡式部
宛先
—
キーワード
正源院書状、島津家久、能、蹴鞠、茶の湯、出船、鉄砲、刀装、越中守、長岡式部、武具
後編5-No.1307文書確認度 中

松平定綱書状

薩摩守の家督相続に伴う御礼が首尾よく申し上げられたことを祝い、祝儀の使者を送った旨を伝え、詳しくは与平左衛門の口上に含めた松平定綱の書状。

登場人物
松平定綱(越中守)
宛先
島津久慶(弾正大弼)
キーワード
松平定綱、越中守、島津久慶、薩摩守、家督相続、継目御礼、祝儀使者、与平左衛門、五月廿二日
追録5-No.2531-7副状旧記雑録暫定版確認度 高

幕府大目付副状

大目付が六月十四日、細川越中守へ、酒井左衛門尉から渡された書付の写一通を返し、同列の四品以上の者へ漏れなく遅滞なく伝えるよう求める。返答については各自からの挨拶を要せず、それぞれ稲垣出羽守へ知らせるよう指示する。本文宛名は細川越中守殿で、留守居との記載はない。

登場人物
大目付・酒井左衛門尉・細川越中守(重賢)・稲垣出羽守(正武)
宛先
細川越中守殿(本文宛名。重賢人物注)
キーワード
大目付・細川越中守・酒井左衛門尉・書付写・返却・同列四品以上・通達・稲垣出羽守
追録6-No.181-83達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府大目付廻状

松平右近将監から渡された書付の写し一通を送り、同席中の在府者へ早く通達するよう求める。返答は各人から個別に挨拶する必要はなく、各家から大目付大井伊勢守方へ申し聞かせるよう定める。五月十日、大目付から細川越中守・松平大膳大夫の留守居に宛てる。添付書付の受領、在府者への通達、返答の取次先を区別し、各人が直接返答を済ませたという記載にはしない。

登場人物
大目付、松平右近将監、大井伊勢守(満英)、細川越中守、松平大膳大夫
宛先
細川越中守・松平大膳大夫の留守居
キーワード
大目付、松平右近将監、大井伊勢守(満英)、細川越中守、松平大膳大夫、添付書付の在府同席者への通達と返答窓口
追録6-No.181-85達書旧記雑録暫定版確認度 高

幕府大目付廻状

昨日十一日に能見物を仰せ付けられたことへの御礼として、明十三日の登城は刻限五半時に揃って出仕するよう求める。同列中の四品以上の者へ漏れなく、遅滞せず早く通達するよう命じる。返答は各人から個別に挨拶する必要はなく、各家から池田筑後守方へ申し聞かせるよう定める。五月十二日、大目付から細川越中守・松平阿波守の留守居へ宛てる。昨日の見物、明日の御礼登城、同列四品以上への通達範囲と返答窓口を分け、五半時は当時の時刻表記として保持する。

登場人物
大目付、池田筑後守、細川越中守、松平阿波守
宛先
細川越中守・松平阿波守の留守居
キーワード
大目付、池田筑後守、細川越中守、松平阿波守、能見物御礼登城の五半時集合と四品以上への通達
追録6-No.2190伺書旧記雑録暫定版確認度 高

孝恭院法事の菓子一箱献上を伺い許可を受ける

孝恭院の法事中のご機嫌伺いとして菓子一箱を献上したいこと、黒書院で御礼するよう命じられていることを述べて伺う二月十二日付伺書。朱書に同之通可有献上候との返答がある。注記には、伺書提出後の十四日に法事掛老中牧野越中守方から留守居が呼び出され、渋谷五郎右衛門が出向き、用人橋本六右衛門を介して付紙による許可を渡されたと記す。

登場人物
島津重豪、孝恭院(徳川家基、原本注)、牧野越中守、渋谷五郎右衛門、橋本六右衛門
宛先
法事掛老中牧野越中守(留守居経由)
キーワード
島津重豪、孝恭院(徳川家基、原本注)、牧野越中守、渋谷五郎右衛門、橋本六右衛門、孝恭院、法事、機嫌伺、菓子一箱、献上、黒書院、伺書、付紙、許可、留守居
追録6-No.2230願書旧記雑録暫定版確認度 中

脚痛・疝積による帰国出発の延期と秋までの養生を願う

重豪は国元への帰国の暇を得ながら脚痛と持病の疝積で出発できず、下屋敷で歩行を試して養生しても回復しないと述べる。療治中の河野仙寿院は暑中の長旅を避けるよう進言しており、秋までの養生を願い、先に快復すれば出発すると申し出る。六月二十三日に御用番牧野越中守へ提出され、二十五日に付札による回答が伝えられた。

登場人物
島津重豪(松平薩摩守)、河野仙寿院、牧野越中守、土方宇源太、本城源七郎(留守居)
宛先
御用番・牧野越中守(添書の提出先)
キーワード
島津重豪、松平薩摩守、河野仙寿院、牧野越中守、土方宇源太、本城源七郎、脚痛、疝積、下屋敷、歩行、暑中、長旅、帰国延期、養生、付札
追録8-No.535-2松平越中守宛の長州関係取締書付写旧記雑録暫定版確認度 中

長州側の支持者の改心申出と潜伏者の通報・隠匿禁止を求める書付

京都所司代松平越中守への御渡書の写し。長州人が勤王を名目に人心を惑わせていたため信用した者もいたかもしれないが、禁闕への砲撃で逆罪が明らかになり追討を命じたとする。その支持者でも以前の非を悔い改心すれば宥免できるので申し出るよう求める。潜伏した落人を発見して速やかに届けた者には褒美を与え、隠匿が後で判明すれば朝敵と同罪にするという。正文の日付はなく、長州側への罪責評価・宥免と取締の条件は書付の語りとして示す。

登場人物
松平越中守(注:京都所司代定敬)、長州人、長州側を信用した者、潜伏落人、通報者
宛先
松平越中守(京都所司代)
キーワード
松平越中守京都所司代定敬御渡書写、長州勤王名目人心惑禁闕砲撃逆罪追討叙述、支持者改心申出宥免、潜伏落人通報褒美隠匿朝敵同罪
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 176-2書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

喜入忠政書状

喜入忠政が基太村越中守忠智へ、薩州様が近日当地へ着陣することを祝い、自身も追って赴くと伝える。滞留の有無にかかわらず御陣屋近くの場所を望むので、小屋掛けの場所を一人遣わして見分し、申し渡してほしいと頼む。

登場人物
喜入摂津守忠政、基太村越中守忠智、薩州様
宛先
基太村越中守忠智殿、人々御中
キーワード
喜入忠政、基太村越中守忠智、薩州様、着陣、御陣屋、小屋掛け、場所見分、二月十日
後編1-No.415記録確認度 高

羽作瀬合戦戦死者交名

永禄十一年正月二十日の大口・羽作瀬合戦で戦死・負傷した将兵を列挙する交名抄。川上久朗、西郷新八、長野仲左衛門尉、下島甚左衛門尉、蒲地越中守、有馬又次郎らの名を掲げ、一部には所属・死去日・馬越での戦死などの注記を付す。

登場人物
川上久朗、西郷新八、長野仲左衛門尉、下島甚左衛門尉、蒲地越中守、有馬又次郎ほか
宛先
—
キーワード
羽作瀬合戦戦死者交名、永禄十一年、正月二十日、大口合戦、羽作瀬、川上久朗、西郷新八、長野仲左衛門尉、下島甚左衛門尉、戦死者、負傷者
後編1-No.434記録確認度 高

長谷場越前自記

永禄十一年三月二十三日、球磨・大口・入来院・祁答院・東郷勢が曽木城を攻めたが、城将宮原景種・越中守と佐多勢が防いだ経過を記す。敵は曽木を退いて市山城へ向かい、負傷療養中の新納忠元が出陣して白坂口を守った。さらに永福寺口で本田掃部兵衛尉・河野玄蕃允・長谷場菊四郎らが防戦し、敵将を鉄砲で倒して退却させた。

登場人物
長谷場越前、宮原景種、宮原越中守、佐多氏、新納忠元、吉田治部少輔、西国主馬允、本田掃部兵衛尉、河野玄蕃允、長谷場菊四郎ほか
宛先
—
キーワード
長谷場越前自記、永禄十一年、曽木城、宮原景種、佐多氏、市山城、新納忠元、白坂、永福寺、本田掃部兵衛尉、河野玄蕃允、鉄砲、防戦
後編1-No.435記録確認度 高

箕輪伊賀覚書

永禄十一年三月二十三日、相良・菱刈・入来院・東郷・祁答院勢が曽木城を攻めた際、宮原景種・越中守と佐多山城守らが防戦したことを記す。敵は攻めあぐねて市山城へ転じたが、手傷を負っていた新納忠元が白坂口へ出て迎撃し、永福寺口でも本田掃部兵衛・河野玄蕃允らが戦ったため退いた。

登場人物
箕輪伊賀、宮原景種、宮原越中守、佐多山城守、佐多経久、新納忠元、吉田治部少輔、西田主馬允、本田掃部兵衛、河野玄蕃允ほか
宛先
—
キーワード
箕輪伊賀覚書、永禄十一年、曽木城、相良氏、菱刈氏、入来院、東郷、祁答院、宮原景種、佐多山城守、市山城、新納忠元、白坂、永福寺
後編1-No.612記録確認度 中

岩瀬戸口合戦従軍者交名

元亀三年三月中旬の岩瀬戸口合戦に参加した島津方の将兵を列記する。川上上野守・肝付弾正忠兼盛・野村兵部少輔・樺山兵部太輔・上原長門守・鎌田少外記のほか、猿渡越中守・喜入摂津守、島津右馬頭歳久・島津図書頭忠長らを掲げる。

登場人物
川上上野守、肝付兼盛、野村兵部少輔、樺山兵部太輔、上原長門守、鎌田少外記、猿渡越中守、喜入摂津守、島津歳久、島津忠長
宛先
岩瀬戸口
キーワード
岩瀬戸口合戦従軍者交名、元亀三年、川上上野守、肝付兼盛、樺山兵部太輔、上原長門守、島津歳久、島津忠長
後編1-No.614記録確認度 高

箕輪伊賀自記

伊東・肝付・伊地知方が小禰寝へ出兵して浜城を落とし、本城麓へ放火した。園見城から喜入図書助・弟小四郎が加世田勢を率いて奮戦したが、多勢に敗れて兄弟とも戦死した。続く岩瀬戸口の追撃戦では猿渡越中守・井尻伊賀守・喜入摂津守・平田新左衛門らが働き、敵も損害を出したものの、この戦いは伊東・肝付方が小利を得て退陣したとする。

登場人物
喜入図書助、喜入小四郎、猿渡越中守、井尻伊賀守、喜入摂津守、平田新左衛門
宛先
小禰寝、浜城、園見城、岩瀬戸口
キーワード
箕輪伊賀自記、元亀三年、小禰寝、浜城、園見城、岩瀬戸口、喜入図書助、喜入小四郎、戦死、追撃戦
追録3-No.878文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津継豊書状(松平越中守奥方の死去)

島津継豊が琉球中山王へ、松平越中守の奥方の死去に際して寄せられた書状を受け、心遣いへの謝意を伝える書状。十一月十八日付。

登場人物
島津継豊、琉球中山王、松平越中守奥方
宛先
—
キーワード
島津継豊、琉球中山王、松平越中守、奥方、死去、弔意
追録3-No.1064文書旧記雑録暫定版確認度 中

中山王尚敬書状(松平越中守の死去を悼む)

中山王尚敬が侍従へ、松平越中守が前年十月に死去したと聞いた驚きと弔意を伝える書状。

登場人物
中山王尚敬、松平越中守、侍従
宛先
—
キーワード
中山王尚敬、松平越中守、侍従、死去、弔意
追録6-No.2706記事旧記雑録暫定版確認度 高

琉球使節来訪への配慮から斉宣の鎮火番を免じ、細川越中守を代役とする

近年に琉球使節が来る事情を大家が考慮し、斉宣の鎮火番を特に免除して、細川越中守を代役としたと記す。天明七年丁未十二月の記事である。

登場人物
斉宣公、大家、細川越中守、琉球使節
宛先
記事(宛所なし)
キーワード
斉宣、琉球使節、鎮火番免除、細川越中守、代役、丁未十二月
追録8-No.218-12家来回覧書状(追記付)旧記雑録暫定版確認度 中

安藝守・越中守関係者の法令回覧書状

大御目付から廻状と御書付写し一通が届いたので、安藝守・越中守が各家への通達を命じ、廻状数通を認めて持ち回らせる旨を伝える九月二十三日付書状。三通のうち一通にある追記として、嫡子がいる家はその方や附衆まで通達するよう求める。本文は清田新兵衛・田中八郎兵衛・福田源兵衛、安藝守内の福永小太夫、梶川銀次郎・中野冨三郎・福永助左衛門を列記し、薩摩守・陸奥守・南部美濃守の留守居へ宛てる。御次第不同の表示を伴う。

登場人物
大御目付(個人名不記)、松平安藝守、細川越中守、清田新兵衛、田中八郎兵衛、福田源兵衛、福永小太夫、梶川銀次郎、中野冨三郎、福永助左衛門、御嫡子・附衆、松平薩摩守・松平陸奥守・南部美濃守の留守居
宛先
松平薩摩守・松平陸奥守・南部美濃守様の御留守居中様
キーワード
大御目付廻状、御書付写一通、安藝守越中守、家来持回り、嫡子附衆への通達、九月廿三日、三家留守居宛、御次第不同
前編2-No.1593記事確認度 高

島津忠昌譜

同日、東郷右馬允が祁答院へ軍勢を発し、一木での合戦で双方に討死・負傷者を出したのち、祁答院方の援軍を受けて引き退いた経過を記す譜記事。

登場人物
島津忠昌、東郷右馬允、越中守、右衛門尉
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、東郷右馬允、祁答院、一木、合戦、討死、負傷、援軍、退却
後編1-No.512記録確認度 高

加世田人衆交名

島津忠良(日新)に加世田で仕えた人々を列挙した交名。大田・稲富・玉利・奈良原・鹿島・河崎・指宿・中条・富松・阿多・有馬・宮原・鮫島など多数の家臣名を掲げる。後世の奥書は村田市助の写本で、日新没後に子孫が鹿児島その他へ移住した者も多いと説明する。

登場人物
大田治部少輔、稲富民部左衛門尉、玉利玄蕃允、奈良原狩野介、鹿島長門守、河崎越中守、指宿加賀守、中条右衛門尉、富松刑部左衛門尉、阿多助十郎、有馬主計助ほか加世田衆
宛先
—
キーワード
加世田人衆交名、島津忠良、日新、加世田衆、家臣団、奉公人、村田市助、写本、子孫、鹿児島、移住
後編1-No.858文書確認度 高

島津義久書状

島津義久が義弘に、庄内方面へ三百人を送る計画は通路・橋の備えや案内人の報告が想定と異なるため今回は見送ると通知する。高原口の判断を優先し、川上左京亮・雅楽助を十六、七日ごろ派遣して詳しく相談させるとした。

登場人物
島津義久、島津義弘、和田越中守、亀津某、川上左京亮、雅楽助
宛先
島津兵庫頭義弘
キーワード
島津義久書状、島津義弘、庄内、三百人派遣、中止、通路、橋、案内人、高原口、軍事談合
後編1-No.1165記録確認度 高

湯田氏蔵旧記

天正八年から同十五年まで、島津家がたびたび軍事評議のため召し寄せた外城の武辺・功者五十四人を、日向・高山・蒲生・小林・志布志・大口・川内など所属地別に列挙する旧記。蒲生衆湯田鶴右衛門の旧記から写したとする。

登場人物
柏原周防守、前田豊前守、敷根越中守、大井七右衛門、弟子丸右京、蒲地兵部少輔ほか
宛先
—
キーワード
湯田氏蔵旧記、軍談合、武辺功者、五十四人、天正八年、天正十五年、外城、交名
後編2-No.126記事確認度 高

殉国名藪

天正十四年三月二十七日の伊地知蔵人重増をはじめ、天正年間に豊後・筑前・筑紫・日向などで討死した島津方武士を、氏名・戦場・年齢・所属・同時戦死者とともに列挙する『殉国名藪』。岩屋城攻め、豊後陣、高城・赤城など各地の戦死者を収め、父子・兄弟・主従がともに戦死した例や遺族関係まで付記する。九州統一戦で島津軍が負った人的損失と家臣団構成を具体的に追える名簿史料である。

登場人物
島津方戦死者、伊地知蔵人重増、伊集院宮内左衛門尉忠連、宮原越中守、鎌田源左衛門尉政近、川上左京亮忠堅ほか
宛先
該当なし
キーワード
殉国名藪、島津方戦死者、伊地知重増、伊集院忠連、豊後、筑前、日向、岩屋城、討死、家臣団、戦死者名簿
後編5-No.1214文書確認度 高

川上久国・三原重庸連署書状

阿久根宿泊に際し、地頭衆の滞在で不自由が予想されるため、四郎左衛門を帰すか地頭衆を戻すか相談するよう指示し、出水までの宿泊・昼休みの割付を別紙で送る。黄門様の容体がこの三日軽快していること、薩州様の船が大雨で遅れていること、迎えの者を順次派遣したことを伝える。天草在番衆に油断なく警戒させ、富岡の状況を詳しく注進するよう求める。軍衆の祈念として六十六本の御神舞を行ったこと、兵粮を積めないため二千余人を召し戻す相談、天草番手を五、六千人とし江戸から三千人を遣わす案、百石につき三人の軍役を記す。さらに琉球船が米二百六十石・上布・焼酎などを積んで山川へ来たため、出水へ回航するよう岩切六右衛門へ指示した。川上久国・三原重庸の連署で、山田民部少輔・島津下野守宛。寛永十五年二月三日付。

登場人物
川上久国、三原重庸、山田民部少輔、島津下野守、黄門様(島津家久)、薩州様(島津光久)、四郎左衛門、松平伊豆守、戸左門、兵部少、岩切六右衛門、越中守、鍋島、玄蕃頭
宛先
山田民部少輔・島津下野守
キーワード
川上久国、三原重庸、山田民部少輔、島津下野守、黄門様、薩州様、四郎左衛門、松平伊豆守、戸左門、兵部少、岩切六右衛門、阿久根、出水、山川、富岡、天草番手、御神舞六十六本、兵粮、二千余人、五六千人、江戸三千人、百石につき三人、軍役、琉球船、米二百六十石、上布、焼酎、大雨、二月三日
附録1-No.254文書確認度 中

琉球国三司官書状

琉球国三司官が市来因幡守ら五名に宛てた書状。文船派遣の依頼に対し、古来の交流は重んじるものの、近年は日本の賊船往来で海路が不穏となり、島々や港の警固に追われているため、現時点では要請に応じ難いと説明する。贈物への返礼として鹿錦三十把を進呈している。

登場人物
琉球国三司官、市来因幡守、阿久根播摩守、猿渡伯耆守、竹田越中守、古垣山城守、松下安藝入道
宛先
市来因幡守ほか四名
キーワード
琉球国、三司官、文船、市来因幡守、海路、倭寇、港湾警固、島嶼防衛、鹿錦、贈答