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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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274 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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附録1-No.106文書確認度 高

本田親貞書状

本田親貞が、公儀の用務に関する人員招集と家名帳の作成を蒲地伊賀入道へ命じた書状。公儀の許可なく上洛することを禁じ、蒲地本人または所衆二人を今月二十四日までに出頭させること、二十石以下の者は敬称を除いて家名を帳面に記すことを求める。

登場人物
本田親貞、蒲地伊賀入道、所衆二人、二十石以下の衆
宛先
蒲地伊賀入道殿
キーワード
本田親貞、蒲地伊賀入道、公儀、上洛、所衆、二十石、家名、帳面、出頭
追録8-No.1028-1世禄五十石以下の養料廃止と期限中の従前支給を定める達旧記雑録暫定版確認度 中

知政所達書(養料改定)

三月まで支給した養料について、世禄五十石以下は四月以後の取扱いを改める。廃官等で別段の申渡しがある者を除き、定めた期限中は従前の等級により養料を支給するよう命じる。辛未四月二日知政所。

登場人物
知政所、世禄五十石以下の受給者、廃官者
宛先
養料・世禄関係者
キーワード
養料、世禄五十石以下、四月改定、廃官、支給期限、従前等級、四月二日、知政所
追録8-No.1154-1廃官者のうち高五十石以下へ養禄四石を十五年間支給する達旧記雑録暫定版確認度 中

廃官者への養禄支給

廃官となった者のうち高五十石以下の者へ、養禄四石ずつを今後十五年間支給すると定める。本文欄外番号は「1154の2」と読め、Excel番号との異同を留保する。

登場人物
鹿児島県庁、廃官者
宛先
高五十石以下の廃官者
キーワード
廃官、五十石以下、養禄、四石、十五年間、鹿児島県庁、明治六年八月七日、番号異同
追録2-No.2880寄進状旧記雑録暫定版確認度 中

神明宮の社領三十石を抱真院へ付す寄進状

島津吉貴が神明別当抱真院へ、神明宮建立に伴い社領として高三十石を寄進する旨を記す。前年までの神明宮造営を述べるNo.2879に続き、社領の額と管理先を明示する寄進状。

登場人物
島津吉貴(花押)
宛先
神明別当抱真院
キーワード
島津吉貴、神明宮、抱真院、社領、三十石、寄進、花押、寄進状
追録2-No.2881寄進状旧記雑録暫定版確認度 中

神明宮社領三十石の村別内訳を示す寄進状

島津久輝ら六名が神明別当抱真院へ、神明宮建立に伴う社領三十石を、川辺郡小野村・日置郡田布施池邊村・姶良郡帖佐松津村から寄進する旨を記す。No.2880の吉貴花押付き寄進状と異なり、具体的な村名と石高を列記する。

登場人物
島津久輝ほか五名(連署)
宛先
神明別当抱真院
キーワード
神明宮、抱真院、島津久輝、川辺郡小野村、田布施池邊村、帖佐松津村、社領三十石、寄進状
追録3-No.437文書旧記雑録暫定版確認度 中

鶴田祁答院寺領二十石寄付の知行目録

十二月十六日、種子島弾正久基・嶋津内記久貫・嶋津大蔵久明が、薩州鶴田内の高二十石を、南泉院の末寺である祁答院へ再興に際して寺領として寄付し、所務を認める。名寄帳は別冊にあると記す。

登場人物
種子島弾正久基、嶋津内記久貫、嶋津大蔵久明、鶴田祁答院、南泉院
宛先
—
キーワード
薩州鶴田、祁答院、南泉院末寺、再興、寺領二十石寄付、知行目録、名寄帳別冊、種子島久基、内記久貫、大蔵久明
追録6-No.1247その他文書旧記雑録暫定版確認度 高

重豪袖判寄進状―浄国院殿菩提の百五十石を浄光明寺へ寄付

高百五十石について、浄國院殿の菩提のため、延享四年卯十月から仏前諸料を相渡していたことを述べる。後に宗信の御判物でこの高を寄付しようと考えていたが、まだ整わないうちに宗信が卒したので、この度その高を寄付すると記す。御霊前の諸用を怠りなく行うよう求め、安永四年三月九日、浄光明寺宛とする。出典は重豪公御譜中、正文は浄光明寺。袖に島津重豪の名と花押No2の表示があり、浄國院殿には島津吉貴の注を付す。以前からの諸料支給と、判物による寄付を整えようとした経緯、その度の寄付を分ける。高の所在は記されていない。原には台慢のママ注がある。

登場人物
島津重豪、浄國院殿(島津吉貴の注)、宗信、浄光明寺
宛先
浄光明寺
キーワード
高百五十石、浄國院殿島津吉貴、延享四年卯十月仏前諸料、宗信御判物未相調卒去、寄附、浄光明寺、花押No2、台慢ママ
追録6-No.1248その他文書旧記雑録暫定版確認度 高

重豪袖判寄進状―宥邦院殿菩提の百五十石を福昌寺へ寄付

高百五十石を宥邦院殿の菩提のため寄付するとし、御霊前の諸用を怠りなく行うよう命ずる。末尾は安永四年三月九日、福昌寺宛。宥邦院殿には島津継豊の注がある。冒頭は仝上、正文在福昌寺とし、袖の花押No2の表示を付す。差出人は目録の重豪袖判寄進状に対応する。本文は寄付した高と菩提の対象・寺を明示するが、高の具体的な土地所在や仏前諸用の内訳は記さない。花押の番号表示を実物の花押画像と同一視しない。前後にも百五十石の寄進状があるため、宥邦院殿菩提・福昌寺宛の一通として区別し、他の菩提対象と一件にまとめない。

登場人物
重豪(目録による)、宥邦院殿(島津継豊の注)、福昌寺
宛先
福昌寺
キーワード
高百五十石、宥邦院殿島津継豊、寄附、御霊前諸用、福昌寺、三月九日、花押No2
追録6-No.1249その他文書旧記雑録暫定版確認度 高

重豪袖判寄進状―慈徳院殿菩提の百五十石を福昌寺へ寄付

高百五十石について、慈德院殿の菩提のため寛延二年巳七月から仏前諸料を相渡していたと述べる。後に重年の御判物でこの高を寄付しようと考えていたが、まだ整わないうちに重年が卒したので、この度その高を寄付すると記す。御霊前の諸用を怠りなく行うよう求め、末尾は安永四年三月九日、福昌寺宛、袖に御判とある。慈德院殿には島津宗信の注、正文は福昌寺とする。差出人は目録の重豪袖判寄進状に対応する。

登場人物
重豪(目録による)、慈德院殿(島津宗信の注)、重年、福昌寺
宛先
福昌寺
キーワード
高百五十石、慈德院殿島津宗信、寛延二年巳七月仏前諸料、重年御判物未相調卒去、寄附、福昌寺、御判
追録6-No.1250その他文書旧記雑録暫定版確認度 高

重豪袖判寄進状―円徳院殿菩提の百五十石を福昌寺へ寄付

高百五十石を圓德院殿の菩提のため寄付するとし、御霊前の諸用を怠りなく行うよう命ずる。末尾は安永四年三月九日、福昌寺宛、袖に御判の表示がある。圓德院殿には島津重年の注、正文は福昌寺とする。差出人は目録の重豪袖判寄進状に対応する。

登場人物
重豪(目録による)、圓德院殿(島津重年の注)、福昌寺
宛先
福昌寺
キーワード
高百五十石、圓德院殿島津重年、寄附、御霊前諸用、福昌寺、御判、三月九日
追録6-No.1282申渡書旧記雑録暫定版確認度 中

先祖の仏餉高各百五十石と旧高の銀への切替・六代目の申出手順

先祖の仏餉高について江戸へ伺ったところ、別紙の通り返答があったとする。五代目に当たる先祖の仏餉高を百五十石ずつ付す扱いとし、浄國院・有邦院・慈德院・圓德院にそれぞれ百五十石ずつ、都合六百石を御判物により寄付したと記す。法号には吉貴・継豊・宗信・重年の注がある。他方、かつて中納言に三百石を付していた分は銀三百枚に替え、寛陽院・大玄院に百五十石ずつ付していた分は銀百五十枚ずつに替え、泰清院の百石は銀百枚に替えるとする。中納言・寛陽・大玄・泰清には家久・光久・綱貴・綱久の注がある。以後もこの扱いに準じ、六代目となった時は高を銀に替える手順を整えるよう述べる。六百石は万々年まで済むよう仰せ出され、別紙の趣旨を帳面に詳しく記し、六代目になる時には家老中から間違いなく申し出るよう命じる。末尾は七月、主馬・帯刀・伊織・市正・仲の五名連署と各人名注。包紙には朱の七十七、安永四年未七月十日に主馬から渡されたこと、同十三日に白木御文書五番箱へ一条原善兵衛が納めたことを記す。原の有邦を宥邦へ改めない。新たな四法号の高と、別の旧高を銀へ切り替える額を分け、石と枚を同じ数量として合算しない。将来の六代目の手順を当日の銀切替完了へ移さず、渡日・納置日と本文の発給日も区別する。

登場人物
主馬喜入久福、帯刀小松清香、伊織川田國福、市正山岡久澄、仲島津久健(各注)、浄國院吉貴、有邦院継豊(原表記)、慈德院宗信、圓德院重年、中納言家久、寛陽院光久、大玄院綱貴、泰清院綱久、一条原善兵衛
宛先
家老中(六代目に至る時の申出担当)、寺領関係者(独立宛書なし)
キーワード
仏餉高、江戸伺、五代目四法号各百五十石計六百石、御判物寄付、中納言三百石銀三百枚、寛陽大玄各百五十石各銀百五十枚、泰清百石銀百枚、六代目引替、家老申出、包紙七十七、七月十日渡十三日納、五番箱
追録6-No.2326目録旧記雑録暫定版確認度 中

渋谷五郎右衛門に知行五十石を与える

内用向の勤めにより、蒲生白男村・伊集院下神殿村・蒲生漆村永作浮免の内から知行五十石を渋谷五郎右衛門に与える。名寄帳は別冊とし、宮主膳ら五名が連署する。

登場人物
島津久金(宮主膳)ほか四名、渋谷五郎右衛門
宛先
渋谷五郎右衛門殿
キーワード
渋谷五郎右衛門、宮主膳、知行五十石、蒲生白男村、伊集院下神殿村、蒲生漆村
追録6-No.2329目録旧記雑録暫定版確認度 中

市田勘解由に知行五十石を与える

内用向の勤めにより、市来養母村と鹿児島郡吉田本城村などの内から知行五十石を市田勘解由に与える。名寄帳は別冊。続く注記は同日の四通の知行目録が渡された経緯を説明する。

登場人物
島津久金(宮主膳)ほか四名、市田勘解由
宛先
市田勘解由殿
キーワード
市田勘解由、宮主膳、知行五十石、市来養母村、吉田本城村、四通知行目録
追録8-No.309筑後申渡書の写(福昌寺寄附高取扱)旧記雑録暫定版確認度 中

順聖院の福昌寺寄附百五十石を御判物・書附で扱うよう命じる筑後書付写

筑後から渡された書付の写。順聖院が寄附し御物計から毎年福昌寺へ渡していた御高百五十石を、大慈院の寄附高と同前に扱うとする。近日御判物・御書附を大目付の使者によって寺へ渡し、家老中の添書は新番をもって渡す予定で、福昌寺への申渡は先例どおり取り扱うよう寺社奉行へ命じ、御記録奉行その他の関係者にも知らせる。実施日限は追って申し渡すとする。本文正月、筑後の名。包紙には安政七年申正月廿三日とある。白木御文書十番箱中・百七番。

登場人物
順聖院(斉彬)、大慈院(注:島津斉宣)、筑後、御家老、大目付使者、新番、寺社奉行、御記録奉行
宛先
寺社奉行・御記録奉行等へ承知させる;対象福昌寺
キーワード
福昌寺、順聖院斉彬、御高百五十石、御物計年々相渡、大慈院斉宣寄附高同前、御判物御書附、大目付使者、家老添書新番、寺社奉行御記録奉行、日限追達、安政七年正月廿三日
追録8-No.314伯耆申渡書の写(斉興の福昌寺寄附高取扱)旧記雑録暫定版確認度 中

金剛定院斉興の福昌寺寄附百五十石を先例どおり御判物・添書で扱う伯耆書付写

伯耆から渡された書付の写。金剛定院斉興が寄附し御物計から毎年福昌寺へ渡していた御高百五十石を、大慈院の寄附高と同前に扱うとする。近日御判物・御書附を大目付使者によって寺へ渡し、家老中の添書は新番をもって渡す予定で、福昌寺への申渡は先例どおり取り扱うよう寺社奉行へ命じ、御記録奉行その他の関係者にも知らせる。日限は追って申し渡す。本文十月、伯耆の名。包紙には万延元年申十月三日、岩下佐次右衛門から春山弥兵衛へ渡され白木御文書十番箱へ収納したと記す。

登場人物
金剛定院(斉興)、大慈院、伯耆、御家老、大目付使者、新番、寺社奉行、御記録奉行、岩下佐次右衛門、春山弥兵衛
宛先
寺社奉行・御記録奉行等へ承知させる;対象福昌寺
キーワード
金剛定院斉興、福昌寺寄附百五十石、御物計年々相渡、大慈院寄附高同前、御判物御書附、大目付使者、家老添書新番、寺社奉行御記録奉行、日限追達、万延元年十月三日岩下春山収納
追録8-No.349-1切米宛行写(八人への十石ずつの褒賞)旧記雑録暫定版確認度 中

伏見で身命を投げ出して働いた八人に切米十石ずつを宛行う御名乗御判の写

雑集中の印刷の1。鈴木勇右衛門・鈴木昌之助・森岡善助・奈良原喜八郎・道嶋五郎兵衛・大山格之助・江夏仲左衛門・山口金之進の八人を年齢付きで列記し、勇右衛門には深手、五郎兵衛には即死の注を付す。今日伏見で身命を投げ出して比類ない働きと誠忠を示したことを喜び、各人に切米十石ずつを宛行い精勤を求める同文を載せる。文久二年四月廿三日、御名乗御判とするが発給者の実名は記さない。八人と八通の発給を同一視しない。

登場人物
鈴木勇右衛門、鈴木昌之助、森岡善助、奈良原喜八郎、道嶋五郎兵衛、大山格之助、江夏仲左衛門、山口金之進、発給者姓名は御名乗御判の表示のみ
宛先
名列の八人それぞれへ
キーワード
雑集中、印刷の1、八人名列年齢、鈴木勇右衛門深手、道嶋五郎兵衛即死、伏見身命投働、誠忠、切米各十石、文久二年四月廿三日、御名乗御判
追録7-No.1081記事旧記雑録暫定版確認度 高

斉興御譜(千眼寺へ田禄百五十石を付す)

先に大父公が千眼寺を再建し、金若干を付したものの資用が足りなかった。そこで本月26日、斉興がさらに田禄150石を付して寺費に充てたと記し、大父公の意向によると説明する。上段の見出しと不足事情を下段の追加田禄・日付・意向へ連結する。金若干の金額は不記載で補わない。1082重豪御譜にも同月26日・田禄150石を掲げるが、独立した別の150石追加と断定しない。

登場人物
斉興、大父公
宛先
独立宛名なし(斉興公御譜中)
キーワード
千眼寺再建大父公、金若干資用不足、正月二十六日斉興田禄百五十石、寺費大父公意、1082同件記事
追録7-No.1083申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

頴娃信濃久喬申渡(千眼寺百五十石と代官受渡)

全上、扣正文在家老座。高150石、千眼寺。従来付け置かれた御銀では年々の入料に足りず寺務等が難渋するため、今回取揚高の内から右の高を付けると記す。従来の御銀利足に加え、今後継続できるよう計らうこと、これ以上の上訴や訴えがましい申出は取り上げないことを指示する。高の所務は壽国寺続料の所務を渡す仕向と同様に、年々代官方から渡すよう寺社奉行へ申渡し、御勝手方にも伝える。文化7年正月、信濃(頴娃久喬注)署。前1081・1082の田禄追加記事と対応する給付書付だが、本件署日へ26日を補わず、所務・利足・受渡経路を保持する。

登場人物
信濃(頴娃久喬注)、千眼寺、寺社奉行、代官、御勝手方
宛先
千眼寺(給付先表示)。寺社奉行へ申渡・御勝手方へ伝達
キーワード
千眼寺高百五十石、従来御銀入料不足寺務難渋、御取揚高、御銀利足取加、上訴訴がまし申出不取揚、壽国寺続料所務、年々代官受渡、寺社奉行御勝手方、正月信濃久喬
追録8-No.922-4諸郷軍役高を五十石限とし過上高の郷内相対売買を命じる達旧記雑録暫定版確認度 中

諸郷軍役高を百石限から五十石限へ改め、過上高を一石二百貫文で郷内相対売買させる

諸郷軍役高は百石限としていたが、常備兵の設置に際し無高の者も少なくないため再吟味したと述べ、諸郷の土着を踏まえて、以後諸郷一同を五十石限と定める。過上高のある者は一石二百貫文の直成で、それぞれの郷内で相対売買を混雑なく扱うよう地頭へ命じ、会計局等へ周知する。但し当秋収納を済ませてから本文の通り取り計らう。朱明治二巳十月十二日、知政所。限度・売買単価・郷内・収納後の条件を区分し、実売買総高・収益や即時施行完了は補わない。

登場人物
知政所、諸郷士族、無高の者、過上高所持者、地頭、会計局、関係向々
宛先
地頭、会計局、その他承知すべき関係向々
キーワード
原922の4諸郷軍役高百石限常備兵無高者再吟味土着五拾石限過上高壹石貳百貫文直成郷内相対売捌地頭会計局但当秋収納済朱十月十二日
前編1-No.1499文書確認度 高

比志島義範申状

比志島彦太郎義範が、満家院河田右衛門太郎による米十石四斗・銭三百文の負累を訴えた申状。扶持人・同領内百姓らを召し、御成敗負累請文などを調べ、弁済と裁許を命じるよう求める。

登場人物
比志島彦太郎義範・満家院河田左衛門太郎
宛先
薩摩国満家院・比志島
キーワード
比志島義範申状、満家院、河田右衛門太郎、米十石四斗、銭三百文、負累
前編2-No.950文書確認度 高

島津存忠質入証文

島津存忠が米十石を借用し、翌年霜月中に利分を含めて返済できない場合は水田一町を渡すと定めた質入証文。不慮の事態には御所圓丸を質として差し置く旨も記す。

登場人物
島津存忠(花押)
宛先
—
キーワード
島津存忠、質入証文、米十石、水田一町、返済、利分、御所圓丸、質地
前編2-No.1842文書確認度 高

島津一瓢久沽券

島津一瓢が、田布施野崎名内の十石園門などの田地を代銭二十貫文で坊津の智徳院へ永代に売り渡し、後日の違乱を禁じた沽券。

登場人物
島津一瓢(運久)、智徳院
宛先
坊ノ津智徳院
キーワード
島津一瓢、運久、智徳院、坊津、田布施、野崎名、十石園門、沽券、売買、永正十年
後編1-No.540記録確認度 中

広済寺由緒書

広済寺の由緒として、同寺が泰定山南禅寺派で寺領三十石を有したこと、七代雪辱和尚が義久の時代に琉球使僧として渡海し、七月十四日に出帆したことを記す。使節を忠実に勤めた賞として、旧来の末寺を寄附された置文が伝わるとする。

登場人物
広済寺七代雪辱和尚、島津義久、琉球国王
宛先
—
キーワード
広済寺由緒書、泰定山、南禅寺派、寺領三十石、雪辱和尚、島津義久、琉球使僧、渡海、七月十四日、忠賞、末寺寄附
後編2-No.507文書確認度 高

島津竜伯証状

思いがけず在京が長引くなか、前年以来の忠棟の厚意に報いるため、龍伯が摂津・播磨で与えられた一万石から毎年米四十石を贈ると約束する。 知行を保持している間は贈与を変えないと証文同様に保証し、義久と忠棟の緊密な主従関係を示した証状。

登場人物
島津義久(龍伯)、伊集院忠棟
宛先
伊集院下野入道(忠棟)
キーワード
島津義久、龍伯、伊集院忠棟、伊集院下野入道、在京、摂津国、播磨国、一万石、米四十石、証状
後編2-No.1040文書確認度 高

入来院重時知行宛行状

安藤二介に関する算用として、三十石を勝田源左衛門尉へ遣わすことを入来院重時が認める。 百石・屋敷用土地の宛行状と同日に出された一通で、受給者と石高の違いを比較できる。

登場人物
入来院重時、安藤二介、勝田源左衛門尉
宛先
勝田源左衛門尉
キーワード
入来院重時、安藤二介、勝田源左衛門尉、知行宛行、算用、三十石、石高、天正二十一年
後編2-No.1051文書確認度 高

入来院重時知行方目録

白下・赤下・上之原・田島山畑などに散在する田畠・屋敷を、地目ごとの面積とともに列挙して東郷助左衛門尉へ与える。 合計は二町一反二畝一分、米高二十石二斗五升三合三夕二才と算定されており、入来院重時家中の知行を面積と収穫高の両面から確認できる目録。

登場人物
入来院重時、東郷助左衛門尉
宛先
東郷助左衛門尉
キーワード
入来院重時、東郷助左衛門尉、白下、赤下、上之原、田島山畑、知行目録、二町一反、二十石、田畠屋敷
後編2-No.1055文書確認度 中

長寿院盛淳外二名連署領知目録

薩州隈城内の城岡之門をはじめ、屋敷・田畠・山畑などの所在と面積を列挙して長谷場越前守へ与えた領知目録。 新知三十石に九石一斗を加え、先知行と合わせて六十石の役を勤める条件で付与したことを明記する。三奉行が連署し、給付地の内訳と軍役負担を結び付けた家臣知行文書。

登場人物
長寿院盛淳、鎌田政近、町田久倍、長谷場越前守
宛先
長谷場越前守
キーワード
長寿院盛淳、鎌田政近、町田久倍、長谷場越前守、薩州隈城、領知目録、新知三十石、九石一斗、六十石役、軍役
後編2-No.1082文書確認度 中

毛利吉成書状

しばらく音信がなかったことを詫び、当地に異変はないと島津義弘へ伝える。前日に「かせんはしま」方面へ物見を出したが唐人は確認されず、ひとまず安心してよいと報告する。 義弘から馬大豆十石の援助を受けたことに深く感謝し、必要があれば「ふさんかい」方面でも用務を引き受けると申し出た、偵察報告と兵站支援への礼状。

登場人物
毛利吉成、島津義弘、助兵衛丞
宛先
羽兵庫様(島津義弘)
キーワード
毛利吉成、島津義弘、助兵衛丞、物見、唐人、偵察、馬大豆十石、兵站支援、かせんはしま、ふさんかい
後編2-No.1370文書確認度 高

増田長盛書状

増田長盛は、義弘方の城米を受け取る奉行を派遣し、船で三百八十石を送るので受領書を出すよう求める。勘定は後日精算するとし、義弘方の蔵米が用意できていないため、以後は八木を船で送らないと通知する。 釜山浦で受け取って保管している米は自方の蔵へ入れ、順次取り寄せるよう指示する。朝鮮在陣中の米輸送・受領・算用の手順が具体的に分かる兵站文書。

登場人物
増田長盛、島津義弘
宛先
羽柴兵庫頭殿御陣所(島津義弘)
キーワード
増田長盛、島津義弘、城米、三百八十石、兵糧輸送、受領書、算用、蔵米、釜山浦、朝鮮在陣
後編3-No.98文書確認度 高

伊集院幸侃署判領知目録

伊集院右衛門入道幸侃が、隅州桑原郡吉松の般若寺領のうち、般若寺村内の右田島屋敷分について、米高百三十石余を記して与えた署判領知目録。

登場人物
伊集院右衛門入道幸侃、般若寺、右田島屋敷分の受給者
宛先
—
キーワード
伊集院幸侃、隅州、桑原郡、吉松、般若寺領、般若寺村、右田島屋敷分、米高、百三十石余、領知目録
後編3-No.203文書確認度 高

伊集院抱節・比志島国貞連署証状

伊集院抱節と比志島国貞が、海上交通が困難ななか自船で渡海して参陣した者の忠節を賞し、知行十石を充行う旨を証した連署状。

登場人物
伊集院抱節、比志島国貞、朝鮮渡海衆
宛先
—
キーワード
伊集院抱節、比志島国貞、渡海、参陣、忠節、知行十石、連署証状
後編3-No.205文書確認度 高

伊集院抱節・比志島国貞連署証状

伊集院抱節と比志島国貞が、困難な渡海を果たして参陣した忠節を賞し、知行十石を充行う旨を伊集院九郎に証した連署状。

登場人物
伊集院抱節、比志島国貞、伊集院九郎
宛先
伊集院九郎殿
キーワード
伊集院抱節、比志島国貞、伊集院九郎、渡海、参陣、知行十石、連署証状
後編3-No.206文書確認度 高

伊集院抱節・比志島国貞連署証状

伊集院抱節と比志島国貞が、兵船での渡海が難しいなか自力で参陣した者の働きを賞し、知行十石を充行う旨を証した連署状。

登場人物
伊集院抱節、比志島国貞、渡海参陣者
宛先
—
キーワード
伊集院抱節、比志島国貞、兵船、渡海、参陣、知行十石、連署証状
後編3-No.207文書確認度 高

伊集院抱節・比志島国貞連署証状

伊集院抱節と比志島国貞が、兵船の渡海が困難ななか自力で参陣した高城左京亮の働きを賞し、知行十石を充行う旨を証した連署状。

登場人物
伊集院抱節、比志島国貞、高城左京亮
宛先
高城左京亮殿
キーワード
伊集院抱節、比志島国貞、高城左京亮、兵船、渡海、参陣、忠節、知行十石、連署証状
後編3-No.392文書確認度 高

新納為舟書状

新納為舟忠元が上井神五郎へ、上洛したと聞いて書き送った書状。吉田の内にある冨森九介・嶋田弥五右衛門尉の各三百石余の役口について、そのうち一口の取成しと知行方の配当を頼み、国境へ移るには少数でも役立つ人衆を伴わなければ困難だと訴える。また返地として上申した蔵野の内約五百五十石について、岡松が未検地なので検地後に帳面を提出するとし、岡松から京都・高麗へ夫丸を立てる件の差止めと、孫の二郎兵衛尉を上洛させる際の支援も依頼する。

登場人物
新納為舟忠元、上井神五郎(里兼)、冨森九介、嶋田弥五右衛門尉、岡松、二郎兵衛尉、忠元の孫
宛先
上井神五郎殿 参人々御中
キーワード
新納為舟書状、新納忠元、上井神五郎、知行配当、吉田、冨森九介、嶋田弥五右衛門尉、三百石余、役口、国境移住、返地、蔵野、五百五十石、岡松、未検地、夫丸、二郎兵衛尉、上洛
後編3-No.602文書確認度 高

児玉利言申状

児玉利昌の孫・児玉利言が、祖父の朝鮮役での奉公を申し立てる。文禄元年、義弘の渡海時に自費で船を用意して朝鮮へ渡り、雑兵を多数討ち取ったため、帰朝後に褒美として知行三十石を与えられたと記す。本文は複数条のうち一条のみを掲げ、ほかは省略されている。

登場人物
児玉利言、児玉利昌(筑後・新四郎・四郎兵衛)、島津義弘
宛先
—
キーワード
児玉利言申状、児玉利昌、文禄元年、朝鮮渡海、自費船、敵兵討取、帰朝、褒美、知行三十石、奉公申立
後編3-No.603記録確認度 高

諸家大概国分氏伝

国分氏伝が、朝鮮出陣前に「自力で五百石相当の軍役を勤めれば、帰朝時に高五百石を与える」と諸士へ約束されたことを記す。国分左京は自力でその軍役を負担して渡海し、出陣前に二百五十石を受けた。帰国後に残額を願い出たが、国分氏が夫満宮の社領八町を領して社領を失わせていることを理由に、既給分の石高で相当と裁定された。

登場人物
国分左京、徳永寿昌、宮木長次
宛先
—
キーワード
国分氏伝、朝鮮渡海、自力軍役五百石、帰朝後給付、国分左京、二百五十石、夫満宮社領、残高不給
後編3-No.663文書確認度 高

上原氏由緒書

上原氏二代目の源右衛門は国分で島津義久に近侍し、平田狩野らと兵具方を勤めたため、他の者が高麗へ出陣して加増を受けた際にも義久のそばに留め置かれた。忠恒への代替わりに際して墨色の「あめの御旗」を持つ使者を務め、その加増として五十石を与えられ、義久は本来百石を与える意向であったと伝える。

登場人物
上原源右衛門、島津義久、島津忠恒(家久)、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門
宛先
—
キーワード
上原氏由緒書、上原源右衛門、島津義久、島津忠恒、国分、兵具方、高麗、加増、あめの御旗、使者、五十石、百石
後編3-No.742文書確認度 高

島津竜伯義久寄進状

島津義久が留守次郎三郎に、大隅国宮内浦山田村のうち高五十石と屋敷一つを正八幡領として新たに寄進する。近年、諸社領を減らしてきたが、同人が以前から島津家の祈願を担っているため、従来どおり元日の大節供を神前に備え、怠りなく祈祷に励むよう命じる。

登場人物
島津義久(龍伯)、留守次郎三郎
宛先
留守次郎三郎殿
キーワード
島津竜伯義久寄進状、大隅国、宮内浦、山田村、高五十石、屋敷一つ、正八幡領、社領、元日大節供、祈祷、慶長四年五月十七日
後編3-No.743文書確認度 高

島津竜伯寄進状

島津義久が、従来の諸神領が京儀によって減らされたものの、島津家長久の守護を誓願するため、霧嶋領として高五十石(うち嶋方十石)を新たに寄進する。少地を付して早々に神の感応を仰ぐ趣旨を記す。

登場人物
島津義久(龍伯)
宛先
華林寺
キーワード
島津竜伯寄進状、島津義久、霧嶋領、高五十石、嶋方十石、諸神領、京儀、守護誓願、華林寺、慶長四年五月十七日
後編3-No.744文書確認度 高

島津竜伯寄進状

島津義久が、大隅国郡田口村のうち高五十二石(うち嶋方十石)を霧嶋社領として寄進する。旧来の諸神領が京儀により減らされたが、島津家長久の守護を誓願するため別に少地を付し、早々に神の感応を仰ぐとする。

登場人物
島津義久(龍伯)
宛先
—
キーワード
島津竜伯寄進状、島津義久、大隅国、郡田口村、高五十二石、嶋方十石、霧嶋社領、諸神領、守護誓願、慶長四年五月十七日
後編3-No.747文書確認度 高

本村半右衛門尉指出

本村半右衛門尉が高城左京亮に、高四十石の指出として、慶長元年十一月廿日に主従二人で出立し、慶長三年二月に御供から帰朝した経歴を記す。その間、所から六か月分の御盛を受け、残る十八か月分は自ら堪忍したと申告する。

登場人物
本村半右衛門尉、高城左京亮
宛先
高城左京亮殿
キーワード
本村半右衛門尉指出、高城左京亮、高四十石、主従二人、御供、帰朝、六か月分、十八か月分、慶長四年五月廿一日
後編3-No.796文書確認度 高

島津義久宛行状

島津義久が前田久右衛門尉に、旧主肝付弾正忠の武勇は広く知られており、その家跡を取り立てるべきだと述べる。前田家が代々重ねた比類ない戦功と忠節を評価して召し出し、高四十石を宛行う。

登場人物
島津義久、肝付弾正忠、前田久右衛門尉
宛先
前田久右衛門尉殿
キーワード
島津義久宛行状、島津義久、肝付弾正忠、前田久右衛門尉、肝付氏、家跡、戦功、忠節、召出、高四十石、宛行、慶長四年
後編3-No.868文書確認度 高

島津忠恒家久寄進状

島津忠恒が、日向国真幸院吉田村の知行高三百九十六石のうち五十石を寄進した寄進状である。先年に立願したことを受け、今回正式に寄進すると定める。

登場人物
島津忠恒(家久)
宛先
—
キーワード
島津忠恒家久寄進状、島津忠恒、島津家久、日向国、真幸院、吉田村、知行、高五十石、三百九十六石、立願、寄進、慶長四年九月二日
後編3-No.880文書確認度 高

島津忠恒知行目録

島津忠恒が留主次郎三郎に、吉田佐多之浦村のうち高五十石を知行として寄進する。先年の立願が成就したため当家の祈願人である留主に付し、十月十五日の大放生会と中節供を旧規どおり神前に供えて、怠りなく祈祷に励むよう命じる。

登場人物
島津忠恒、留主次郎三郎
宛先
留主次郎三郎殿
キーワード
島津忠恒知行目録、島津忠恒、留主次郎三郎、吉田佐多之浦村、五十石、寄進、立願、祈願人、大放生会、中節供、祈祷、慶長四年九月十四日
後編3-No.948文書確認度 高

島津忠恒寄進状

島津忠恒が執印吉左衛門尉に対し、薩州郡隈城西手村の屋敷一か所と、高七十石一斗六升八合五夕のうち五十石を寄進する。当家繁栄・武運長久のため、神前で祈祷するよう命じる。

登場人物
島津忠恒、執印吉左衛門尉
宛先
執印吉左衛門尉殿
キーワード
島津忠恒寄進状、薩州郡、隈城西手村、屋敷、高五十石、当家繁栄、武運長久、神前祈祷、執印吉左衛門尉、慶長四年十月廿八日
後編3-No.979文書確認度 高

島津義弘覚書

島津義弘が、年始の留守居衆・諸寺への祝言、出水城普請、江南馬、ばはん船の荷物とろそん船の壺改め、武具・兵具の上納、在京衆、飫嶋での唐船遠見、番所の茶四十石、蔵の御物、上方で請け取る八木二千四百石のうち約四百石の未進、夫丸替、魚塩、出水からの上納、浮土貢、仕上米について処理事項を列挙した覚書。

登場人物
島津義弘
宛先
宛先記載なし
キーワード
島津義弘覚書、年始祝言、留守居衆、諸寺、出水城普請、江南馬、ばはん船、ろそん船、壺改、武具兵具、在京衆、飫嶋、唐船遠見、番所茶四十石、蔵御物、八木二千四百石、未進四百石、夫丸替、魚塩、浮土貢、仕上米、十二月十六日
後編3-No.986文書確認度 高

種子島久時・山田利安連署加増目録

種子島久時と山田利安が安楽大炊助に、日向国諸県郡大崎の岡別符内十五石五斗二升二合と、大隅国肝付郡柏原村内四石四斗七升八合、合計二十石を加増として配当することを定めた連署目録。

登場人物
種子島久時、山田利安、安楽大炊助
宛先
安楽大炊助殿
キーワード
種子島久時、山田利安、連署加増目録、安楽大炊助、日向国、諸県郡、大崎、岡別符、大隅国、肝付郡、柏原村、十五石五斗二升二合、四石四斗七升八合、合計二十石、加増、十二月廿日
後編3-No.1102文書確認度 高

島津忠長・平田増宗連署加増目録

島津忠長と平田増宗が連署し、加増高二千七百三十石のうち、庄内下川路有水の高千石を北郷作左衛門尉に与えることを示した加増目録。

登場人物
島津忠長(図書頭)、平田増宗、北郷三久(作左衛門尉)
宛先
北郷作左衛門尉殿
キーワード
島津忠長、平田増宗、北郷三久、加増目録、二千七百三十石、千石、庄内、下川路有水、連署