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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。
追録8-No.942-2諸隊の軍功に対する恩賞の大綱を先に定めるよう求める書取旧記雑録暫定版確認度 中
本文年月日署名不記(目録は十一月・明治2年) / 冊子 717頁/原整理番号 942の2/整理ID 942-2
外包・御書取。原「返逆無道之會賊」は滅んだが余党が片付かず、近く全勝報があるだろうという見通しを記す。恩賞の施しが肝要なのであらかじめ選定し、諸隊帰陣前で功労の浅深厚薄を調べ切れなくても大綱を立てれば細目の商議が容易になると述べる。当春以来諸隊が粉骨砕身し、長く戦い艱苦・重創苦痛の中も退屈せず勇進したと評価し、朝廷尊奉・勤王を称揚して、今回の賞は格別の心得で原「會計ニ不渉」十分に賞する処置を求める。本文日付署名不記。敵対呼称と顕彰評価、全勝予測・大綱提案・今後の調査を区分し、対象軍人名・実賞額・授賞完了、上包年を本文年へ補わない。
- 登場人物
- 諸隊、原會賊と称される相手、朝廷・勤王(原評価対象)、御書取の作成者(本文不記)
- 宛先
- 御書取(宛所不記)
- キーワード
- 原942の2外包御書取返逆無道會賊滅余党未片付全勝報予測恩賞大綱予定諸隊帰陣前功労浅深厚薄細目商議当春粉骨砕身連月艱苦重創苦痛勇進朝廷尊奉勤王原評価格別心得會計ニ不渉十分至賞日署不記
追録6-No.2189申渡書旧記雑録暫定版確認度 中
天明五年正月(日付なし) / 冊子 783頁/原整理番号 2189/整理ID 2189
数寄屋を御書院方、数寄屋頭を御書院方預と改称したことを二条で示す。名称変更に準じて、従来御書院方何々と称してきた者は御数寄屋何々と改めるよう命じられた旨の申出を受け、この趣旨を承るべき各人へ申し渡すよう指示する。末尾は天明五年正月の朱書と署記仲。目録は島津久健申渡書とする。
- 登場人物
- 島津久健(目録の発給者)、数寄屋、数寄屋頭、御書院方
- 宛先
- 名称変更を伝えるべき関係者(本文に個別宛所なし)
- キーワード
- 島津久健(目録の発給者)、数寄屋、数寄屋頭、御書院方、名称変更、数寄屋、数寄屋頭、御書院方、御書院方預、改称、申渡、正月
追録6-No.1275-8達書旧記雑録暫定版確認度 中
安永五年丙申七月十九日・二十一日・二十七日の経過 / 冊子 464~465~466頁/原整理番号 1275の8/整理ID 1275-8
安永五年丙申、太守が在府している七月十九日、登城して白書院で縁組の御書付を受けた。老中が列座し、板倉佐渡守から直に渡され、浄岸院が在世中に世話した、薩摩守の娘と豊千代の縁組について、その心得で取り扱うよう命じる内容で、宛所は松平薩摩守。御用番松平右京太夫は不快のため板倉が代わり、引進の目付は山川下総守とする。西丸へ登城して大広間で奏者番秋元摂津守に礼を述べ、老中方へ回勤した。於篤の名を公方から一橋を通じて拝領し、一橋からは壽賀宮の持つ品である緋襷・日傘を於篤へ進めた。帰館後、新庄が芝の屋敷へ来て、名の目録と緋襷・日傘の目録を渡し、於篤を即日より茂姫と称する旨を付す。続いて名の順として太守・茂姫・虎寿丸を掲げる。七月二十一日、茂姫の名拝領につき、内証から女使をもって公方・大納言・種姫へ太守の礼を述べた。七月二十七日は十九日の縁組仰出・名拝領の礼の贈答を記す。太守から比志嶋要人を使者とし、本丸檜間で秋元へ目録を差し上げ、御用番松平右京太夫へ口上を直に述べ、公方へ二種一荷を献じた。同件で茂姫からは市田喜内を使者として公方へ鯛一折を献じた。太守から比志嶋要人を使者として大納言へ一種一荷を献じ、茂姫から市田を使者として大納言へ鯛一折を献じた。太守から嶋津登を使者として西丸檜間で米倉丹後守へ目録を差し上げ、御用番阿部豊後守へ口上を述べ、大納言へ干鯛一箱を献じた。同件で茂姫から長野筑右衛門を使者として御献上を行ったとし、使者勤方も同断と記す。別項として名拝領の礼では、太守から嶋津登を使者として大納言へ鯛一折を献じ、茂姫から長野を使者とする御献上も同断と記す。さらに種姫の部屋へ太守と茂姫から肴一折ずつを献じ、礼を述べた。さらに、この日の内証から女使をもって公方・大納言へ太守の礼を述べ、種姫の部屋へは太守・茂姫からの献上に伴う礼を述べたと記す。末尾は、この縁組一巻を後年の記録に照合できるよう記しておき、江戸で直に仰せ付けられたため、家老座の帳から大綱を書き抜き、家老座の帳面には始末を詳しく記したので、国元の記録方へ送るよう山本傳蔵に命じ、送った帳によるとする。
- 登場人物
- 太守重豪、浄岸院、豊千代、於篤(茂姫)、板倉佐渡守、松平右京太夫、山川下総守貞幹、一橋、壽賀宮(治済室の注)、虎寿丸、公方、大納言、種姫(家治養女・田安宗武女の注)、秋元摂津守永朝、比志嶋要人範章、新庄能登守、市田喜内貞英、米倉丹後守、阿部豊後守、嶋津登久連、長野筑右衛門(祐精・約殿納の注)、山本傳蔵
- 宛先
- 松平薩摩守(板倉から渡された御書付の宛所)
- キーワード
- 安永五年七月十九日許可、白書院、板倉御書付、松平薩摩守宛、山川目付、西丸大広間礼、茂姫名拝領、緋襷日傘、七月二十一日女使、七月二十七日礼、公方二種一荷、大納言一種一荷、干鯛一箱、鯛一折、種姫肴一折ツ、使者別、家老座帳、国元記録方、山本傳蔵
追録3-No.1446文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保七年七月 / 冊子 577~579頁/整理ID 1446
薩摩文琳御茶入、定家卿筆蹟古今集、鶴光御茶入、御硯水指などの伝来と拝領・保管を記す。
- 登場人物
- 島津家久、島津義弘、島津光久ほか
- 宛先
- 御書院方
- キーワード
- 御書院方、茶入、古今集、御硯水指、家伝品
追録8-No.942-3治事局内務局の平常戎服乱髪を朝廷沙汰まで禁じる口達覚旧記雑録暫定版確認度 中
明治2年十二月(日不記)御書取口達覚/上包日は別指標 / 冊子 717~718頁/原整理番号 942の3/整理ID 942-3
外包・御書取・口達覚。容貌衣服は勝手次第と伝えていたが、考えるところがあるので朝廷の沙汰があるまで、治事局の平常の戎服・乱髪を認めないとする。先に二ノ丸御方で別紙の通り伝えられた旨に、我等も尤もと考えるとして、此方内務局も同じ事項なので別紙の通り心得るよう求める。末明治二巳十二月、日署不記。No.945の2の十二月二十七日周知と対応するが、本文日を補わず、別紙の範囲を独自に拡張しない。上包明治三年午八月二十九日とは区分し、同包三通を同年同日作成とはしない。
- 登場人物
- 御書取口達の発給者(我等、本文固有名不記)、朝廷、治事局、二ノ丸御方、此方内務局
- 宛先
- 治事局、此方内務局(口達覚)
- キーワード
- 原942の3外包御書取口達覚容貌衣服勝手次第考之譯朝廷沙汰迄治事局平常戎服乱髪不可二ノ丸御方別紙我等尤此方内務局同様明治二巳十二月上包年日別
追録8-No.989-4来る十五日の御書院出座と初御目見・諸礼を知らせる達旧記雑録暫定版確認度 中
明治3年12月知政所 / 冊子 773頁/原整理番号 989の4/整理ID 989-4
来る十五日四ツ時に御書院へ出座し、初めての御目見と諸御礼を行う予定であるため、関係向々へ知らせる。明治三年十二月知政所。
- 登場人物
- 知政所、御書院出座者、初御目見・諸御礼の対象者
- 宛先
- 関係向々
- キーワード
- 来十五日、四ツ時、御書院、御出座、初御目見、諸御礼、十二月、知政所
追録8-No.252-2幕府御書取(従三位昇進後の家格)旧記雑録暫定版確認度 中
本文年月日不記(No.252の1の付属御書取) / 冊子 182頁/原整理番号 252の2/整理ID 252-2
松平大隅守について、官位はすでに格別な扱いで本来さらに昇進を沙汰し難いが、長年の在職勤務、廣大院の続柄、当時の縁辺により、特別な思召で従三位昇進を命じたとする御書取。今回の昇進を以後の家格と心得てはならず、その旨を申し聞かせるよう沙汰されたことを記す。本文年月日はなく、第252号の1が添えた別紙御書取と内容を照合した。
- 登場人物
- 松平大隅守(斉興)、廣大院
- 宛先
- 松平大隅守;各所へ申聞く旨
- キーワード
- 松平大隅守、斉興、従三位昇進、官位格別、在職勤務、廣大院続柄、縁辺、特別恩召、以後家格、申聞、別紙御書取
追録3-No.1279文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保六年六月十五日 / 冊子 478頁/整理ID 1279
家督相続に伴う別紙の御書付を家臣に伝え、差越し条項を承知したうえで山本仙太夫に申し合わせるよう求める連署書付。
- 登場人物
- 島津継豊、比志嶋隼人、鳴津内記、伊集院蔵人、北郷作左衛門ほか
- 宛先
- —
- キーワード
- 家督相続、御書付、比志嶋隼人、山本仙太夫、申渡
追録6-No.1353書状旧記雑録暫定版確認度 中
四月十日(安永五年の文脈) / 冊子 487~488頁/原整理番号 1353/整理ID 1353
吟味の通りに仰せ付ける旨を仰せ出されたと伝え、出御・還御の両条の勤向について、連署、格書、書面などをそちらで調べ、京都・大坂の役場と長崎に関わる書面も取り調べるよう求める。使者を川上頼母に仰せ付ける件はその手当をするよう指示する。こちらでは中途調の書面が同じ日付では作れない見込みなので、その考えを勤向の書面へ追記して知らせ、取計らいをしてほしいと述べる。御供の右筆からそちらの同役へも詳しく伝える予定とし、内証の勤向もその方で調べて首尾を整えるよう求める。四月十日の後、御用として片表大中小御書判三拾八枚を一箱に入れ、今日の便で差し越すこと、各員数の右筆書付も添えることを記す。末尾の本文注はNo.1351の行間朱書に由来する旨を記す。
- 登場人物
- 山岡市正(久澄、目録の比定)、島津左中(前書差出)、川上頼母、御供の右筆、同役
- 宛先
- 宛所名記載なし(前の家老書状への返答)
- キーワード
- 出御還御勤向、連署格書書面取調、京都大坂長崎、川上頼母使者手当、右筆同役、内証勤向、四月十日、片表大中小御書判三拾八枚一箱、員数添書、1351行間朱書注
追録7-No.1992判定保留旧記雑録暫定版確認度 中
文政7年(前号参照。独立した月日記載なし) / 冊子 703頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書1992
斉興公御譜中、扣正文在右筆所。伺書本文は1991号文書と同文のため刊本では省略される。これとは別に「御書取」として、二十七日の行事が済んだ後、御礼品について伺うよう指示した一文を載せる。当号に独立した月日記載はない。文政7年3月18日の朱注は前号に付く。
- 登場人物
- 島津斉興側
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津斉興、伺書本文省略、1991号参照、御書取、二十七日以後、御礼品伺い、正文右筆所
追録8-No.400同文省略の参照記事(茂久御書取)旧記雑録暫定版確認度 中
文久3年亥3月(注、日不記) / 冊子 287頁/原整理番号 400/整理ID 400
雑集の参照記事。「本書四〇九号文書ト同文ニエ略ス」として正文を省略する。注は文久三年亥三月に太守茂久が御書取をもって大奥へ仰せ出た趣旨だと記す。今回第409号の全文・外包を原画像で確認し、妻子の国許引越し、質朴な大奥運営、江戸からの下向を慶ぶ御筆への参照として内容対応を確認した。この行に正文はなく本文読込量0を維持する。
- 登場人物
- 太守茂久
- 宛先
- 大奥(本文宛名は未掲載)
- キーワード
- 雑集、正文省略、本書四〇九号同文、文久三年亥三月、太守茂久御書取、大奥仰出趣意、参照記事
追録8-No.491御筆拝見・写置の記録(本文省略)旧記雑録暫定版確認度 中
子2月19日拝見;子3月14日写置注(年号不記) / 冊子 344頁/原整理番号 491/整理ID 491
雑集中の短い記録。子二月十九日、御筆を御書院へ出して拝見を命じたとし、子三月十四日に写し置いたと記す。御筆の本文は四九八号文書と同文のため略すとの注があり、この条には本文を収めない。参照先の第498号は久光が官武一途・摂海守備と武備の徹底を諭す御筆で、文久四年甲子二月十九日の仰出とする後記を持つ。ここでは拝見・写置の記録と省略参照を保持する。
- 登場人物
- 久光(参照先No.498後記で確認)、拝見者(正文名不記)
- 宛先
- 拝見を命じた旨のみ、宛名不記
- キーワード
- 御筆拝見御書院、子二月十九、子三月十四写置、四九八号同文本文略注、年号不記
追録8-No.920-2御書院の礼席位置と杯頂戴を対象別に定める書付旧記雑録暫定版確認度 中
日付署名不記(関連No.920の1は九月29日) / 冊子 703頁/原整理番号 920の2/整理ID 920-2
嶋津珍彦殿から嶋津元丸までは、御書院上段敷居から下三畳目で一人ずつ礼をし、上段敷居から上一畳目で杯を頂戴し、御挟肴が下され御返盃と記す。川上東馬から鎌田源左衛門までは、二ノ間下敷居から上一畳目で二人ずつ礼をし、同上四畳目で杯を頂戴する。それ以外の士族は三之間下敷居から三畳目で十人ずつ礼をし、その席で御流を頂戴する。兵器方その他の御目見の附士は三之間下敷居から上一畳目で礼をする。末尾以上、日付署名不記。位置と一回ごとの人数を保持し、総出席人数や実施完了、畳の実寸は補わない。
- 登場人物
- 嶋津珍彦殿~嶋津元丸、川上東馬~鎌田源左衛門、右之外士族一同、兵器方其外御目見の附士
- 宛先
- 礼席の対象者(宛所不記)
- キーワード
- 原920の2御書院上段下三畳一人宛礼上一畳杯挟肴返盃二ノ間下敷居上一畳両人宛同上四畳杯三之間下敷居三畳拾人宛御流附士上一畳礼以上
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W16_30連署書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高
明暦3年4月9日(目録) / 冊子 499~500頁/原整理番号 30
寛永十五年正月以来の御書物、御大追物の手組などを列挙し、差出と照合の経緯を述べる。明暦三年四月九日の日付と平田清右衛門らの名を記す。
- 登場人物
- 前掲と同じ書留(「全」)
- 宛先
- 関係役人
- キーワード
- 全・御書物・御大追物・明暦3年4月9日
追録5-No.879書状旧記雑録暫定版確認度 高
〈寛延四年〉四月十九日 / 冊子 299~300頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書0879
松平薩摩守重年が四月十九日、堀田相模守・酒井左衛門尉・本多伯耆守・松平右近将監へ、御暇を受けて国元へ帰るに当たり養子を認めるよう願う。まだ男子がなく、在国中に不慮のことがあれば家の跡を継ぐ者が必要であるため、国元にいる私弟鶴津木工が今年二十歳になったことを述べ、この者を養子として跡職を相違なく継がせる措置を求める。重年の御書判と四名への宛名を持ち、扣正文は右筆所にある。
- 登場人物
- 島津重年(松平薩摩守。御書判)
- 宛先
- 堀田相模守・酒井左衛門尉・本多伯耆守・松平右近将監
- キーワード
- 島津重年願書:弟鶴津木工を養子として家の跡を継がせる願い
追録6-No.564願書旧記雑録暫定版確認度 中
明和六年丑五月六日 / 冊子 217頁/原整理番号 564/整理ID 564
このたび帰国の暇を与えられて国元へ向かうが、まだ男子がいないため、在国中に不慮のことが起きた場合には、国元へ置いている島津杢に相続させ、跡職を相違なく与えるよう願う。杢には久峯との注があり、当年三十八歳とする。重豪との続柄は原文に「私大叔父、実叔父之続」と記す。五月六日付、年は明和六年丑の朱注、松平薩摩守御書判と、松平右近将監殿・松平右京大夫殿・松平周防守殿・阿部伊豫守殿の四宛を備える。控の正文は右筆所にあるという。相続を願う内容で、許可や相続実施の記録ではない。
- 登場人物
- 松平薩摩守重豪(御書判)、島津杢(久峯注・当年三十八歳)、松平右近将監、松平右京大夫、松平周防守、阿部伊豫守
- 宛先
- 松平右近将監殿、松平右京大夫殿、松平周防守殿、阿部伊豫守殿
- キーワード
- 帰国暇、男子未在、在国中不慮、島津杢久峯38歳、相続人指定・跡職安堵願、四宛
追録6-No.2789記事旧記雑録暫定版確認度 高
寛政元年己酉二月二十九日(出発)、六月二十日・二十一日(記事) / 冊子 1030頁/原整理番号 2789/整理ID 2789
二月二十九日、大家の使いとして御使番小笠原主膳、御書院与土屋忠次郎、西丸御書院番竹田吉十郎が江戸を発って西国へ向かったと記す。六月二十日に城下へ到着し、二十一日に喜入へ赴いた。小笠原主膳は喜入で没したという。
- 登場人物
- 小笠原主膳、土屋忠次郎(御書院与)、竹田吉十郎(西丸御書院番)
- 宛先
- 記事(宛所なし)
- キーワード
- 西国巡検、御使番、江戸出発、城下到着、喜入、小笠原主膳、死去
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 42制度記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 中
年月日未詳 / 冊子 38~39頁/原整理番号 42
『泰平年表』大猷様御代。寛永十年正月の軍役制定、二月二十日の千石以下の御小姓組・御書院番・大御番への各二百石の加増と本高廩米の知行への引替えを記す。続く条文は、不相応な身代や奉公ぶりの者を精査し、番頭・組頭による勤務の監督、組中の不覚悟・不行跡の報告を命じる。無用の者は厳しく申し上げ、奉公に精を出し、身持ちを倹約して金銀を蓄えるよう求める。
- 登場人物
- 大猷様(徳川家光)、権現様(徳川家康)、台徳院様(徳川秀忠)、御小姓組、御書院番、大御番、番頭、組頭
- 宛先
- なし
- キーワード
- 泰平年表、軍役、番士加増、知行引替、勤務精査、番頭、組頭、倹約
追録5-No.2067登城先例写・提出経過朱書旧記雑録暫定版確認度 高
宝暦八年六月十五日・二十五日(朱書。正徳五年・元文四年先例を併記) / 冊子 694頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書2067
正徳五年四月五日に十五歳で元服した継豊について、父吉貴が同月十六日に月次出仕を願い、同日願いどおり許された先例を記す。元文四年十二月十一日に十二歳で元服した宗信については、父継豊が同月二十一日に五節句・月次出仕を願い、二十四日に五節句は願いどおり、御礼は御目見後、月次出仕は十五歳からと命じられたと記す。朱書では、宝暦八年六月十五日に願書と御例書を酒井左衛門尉へ提出し、同月二十五日に佐久間源大夫が召されて御書付のとおり申渡しを受けた経過を付記する。御書付は松平薩摩守へ、五節句・月次の御礼には登城でき、各々の御礼は御目見後に行うよう伝える。
- 登場人物
- 継豊・吉貴・宗信・酒井左衛門尉・佐久間源大夫・松平薩摩守
- 宛先
- 松平薩摩守(御書付の対象表示。願書・御例書提出先は御用番酒井左衛門尉)
- キーワード
- 正徳五年四月十六日許可、元文四年十二月二十一日願・二十四日申渡、御礼御目見後・月次十五歳、六月十五日提出・二十五日佐久間源大夫召出申渡
追録2-No.2829御書旧記雑録暫定版確認度 中
宝永六年六月十七日 / 冊子 862–863頁/整理ID 2829
輪王寺宮が南泉院權僧正へ、島津吉貴が国府に建立した大雄山仏日寺を東照宮勧請の寺として東叡山の末派と認める。權僧正智周に寺法と祭儀を司らせ、南泉院の院号を永く認めて顕密二学の弘通を命じる。
- 登場人物
- 輪王寺宮准三宮一品親王
- 宛先
- 薩摩国南泉院權僧正
- キーワード
- 輪王寺宮、南泉院權僧正、島津吉貴、大雄山仏日寺、東照宮、東叡山、智周、顕密二学、御書
追録7-No.無番号_0014願書旧記雑録暫定版確認度 高
寛政4年10月20日(本文) / 冊子 108頁/整理ID 旧記雑録追録7_文書無番号_0014
麻布山谷町吉兵衛店の浪人鈴木清七方の願いを、妻ぎんが申し立て、家主吉兵衛が添印した願書。実の娘かよが当年22才であり、書院御番頭長谷川丹後守組の佐野善次郎を当宿として御屋敷奥へ奉公に出したが、以後の安否が分からないと訴える。善次郎へたびたび取次を頼んでも便りがなく、役人衆を通じてかよの安否を知りたいとする。御屋敷へ直接訴え、娘と面談し、差し置かれた次第を聞くよう慈悲を願う。寛政4年壬子10月20日、鈴木清七願付代として妻ぎんの願人記載、家主吉兵衛印、松平豊後守方役人衆宛。これはぎん側の願いで、娘の実父・身分をここで確定した裁定ではない。
- 登場人物
- 鈴木清七妻ぎん、嘉代(かよ、当年22才)、鈴木清七、家主吉兵衛、佐野善次郎、長谷川丹後守(御書院御番頭)、松平豊後守家役人
- 宛先
- 松平豊後守様 御役人御衆中様
- キーワード
- 鈴木清七妻ぎん、実娘かよ22才申立て、家主吉兵衛添印、麻布山谷町、佐野善次郎当宿、長谷川丹後守組、御屋敷奥奉公、安否不明、取次不通、面会願、慈悲願
追録3-No.1445文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保七年七月廿八日 / 冊子 577頁/整理ID 1445
御茶入や御盆の拝領・贈答の由緒を記し、従来の重物の保管と今後の扱いを申し述べる。
- 登場人物
- 島津義弘、島津継豊、島津家久ほか
- 宛先
- 御書院方
- キーワード
- 御茶入、御盆、茶道具、拝領、由緒
追録8-No.242本文群(登城休息所書取・記録奉行申渡)旧記雑録暫定版確認度 中
安政4年2月15日(先月十五日);本文・外包:3月15日 / 冊子 173頁/原整理番号 242/整理ID 242
斉彬の登城時の休息所を変更する書取と、その記録保管を命じる申渡。松平薩摩守について、今後朔望その他の登城には大廊下下之休息所に控えるよう伝達させ、年始・五節句等は従来どおりとする。御記録奉行への申渡では、先月十五日に大目付伊澤美作守が御留守居を呼び出し、太守の相席について別紙の書取を渡したことを報告する。登城の際には阿部伊勢守から直接伝達されるが、不参であったため御留守居に通知されたとして、書取を格護し帳面へも記すよう命じる。三月の下総による申渡。外包は安政四年三月十五日、下総から橋口与一郎へ渡され白木御文書十番箱へ収納した記録。
- 登場人物
- 松平薩摩守(斉彬)、大目付伊澤美作守、御留守居、阿部伊勢守、下総、橋口与一郎、御記録奉行
- 宛先
- 口裏「大目付江」;書取の対象は松平薩摩守;申渡は御記録奉行へ;外包は下総から橋口与一郎へ
- キーワード
- 斉彬、松平薩摩守、登城休息所、大廊下、朔望、年始五節句、伊澤美作守、御留守居呼出、阿部伊勢守直達、不参、御記録奉行、格護、帳面記録、白木十番箱
追録8-No.621-4仁和寺宮嘉彰の征伐への尽力依頼と東寺出陣の書付写・記録旧記雑録暫定版確認度 中
慶応4年辰正月4日(御書附写と東寺出陣・伝達の記録) / 冊子 453頁/原整理番号 621の4/整理ID 621-3
仁和寺宮からの御書附写として、征伐は神州の存亡にかかわるため、嘉彰が身命を尽くす覚悟であり、各自も精忠を尽くして成功を奏するよう頼む文言を収める。征東将軍・二品親王の印判との表示があり、慶応四年辰正月四日と記す。同日の昼頃に東寺へ出陣し、そこで伝達があったと付記する。当藩から二小隊、外藩からも供を命じられ、錦の御旗を携えたと記す。書付の依頼・表示と、出陣・供の指示・旗の記録を区別する。
- 登場人物
- 仁和寺宮嘉彰(原注)、征東将軍二品親王、当藩二小隊・外藩
- 宛先
- 征伐に加わる各関係者(個別宛名不記)
- キーワード
- 原6214仁和寺宮嘉彰御書附写征伐神州存亡身命尽力精忠成功征東将軍二品親王御印判慶応四年辰正月四昼東寺出陣伝達当藩二小隊外藩供命錦御旗携
追録8-No.770民の生業・軍律・国力培養の御筆写と五署奉承知書、保管記旧記雑録暫定版確認度 中
御書取の五署添達は慶応4辰八月、昨日13日召、外包は8月19日保管 / 冊子 591頁/原整理番号 770/整理ID 770
外包四十三番、御筆御書取一通。内膳から前田彦四郎へ慶応四辰八月十九日に渡され、当座の格護を命じられ白木御文書十三番箱へ納めたと記す。所収の御筆写は、民をそれぞれの道で生業に励ませること、朝廷の定めた綱目を民にも示して実行することを説く。軍局は国の興廃と人の生死に関わるので、信をもって規律と賞罰を立てて人を安んじ、王政一新の時勢を察して政治の基礎と国力を養い、心を合わせて事業を進め、主の不足を補い、主だけに頼らないよう求める。添えた五署の書取略は、昨日十三日に磯御茶屋へ召され別紙の御筆を受けたので、一同謹んで承知して旨を厚く奉じ忠勤するよう告げる。末は朱慶応四辰八月、右衛門・龍衛・内膳・良馬・隼人。政策論と忠勤要求は御筆・添達の主張として記す。
- 登場人物
- 御筆の主(原注良馬=島津久義)、右衛門・龍衛・内膳・良馬・隼人、前田彦四郎、衆庶・一同
- 宛先
- 御筆と五署奉承知書:一同、外包保管記:内膳から前田彦四郎
- キーワード
- 原770外包四十三御筆御書取一通慶応四辰八月十九内膳前田彦四郎当座格護白木十三箱衆庶業勉励朝廷綱目軍局信規律賞罰和親王政一新国力培養合力同心不足補依頼戒昨十三磯御茶屋八月五署右衛門龍衛内膳良馬隼人
前編1-No.567文書確認度 中
正嘉元年十一月十三日 / 冊子 231頁
姫木五郎義用による守護所調所職の訴えについて、島津忠時の御書下に基づき、事実関係を調査して沙汰し、結果を報告するよう命じた沙弥某の施行状。
- 登場人物
- 沙弥某・姫木五郎義用・守護所関係者ほか
- 宛先
- 大隅国
- キーワード
- 沙弥某施行状、姫木五郎義用、守護所、調所職、島津忠時、御書下、調査、沙汰、施行
前編1-No.1343文書確認度 高
元亨三年五月日 / 冊子 497頁
国分友貞が、友任は参対後も陳状を遅延し、奉行人の御書下案にも応じないと訴えた重申状。送日限を過ぎても明申しない友任を定法どおり罪科に処し、国分寺領の追捕・放火事件を裁許するよう求める。
- 登場人物
- 国分友貞・彦次郎友任
- 宛先
- 薩摩国国分寺領
- キーワード
- 国分友貞、重申状、友任、国分寺領、陳状遅延、御書下案、罪科
前編1-No.1584文書確認度 高
元徳三年八月廿日 / 冊子 592頁
比志島地頭所務について和泉殿の御書下を受け、その案文を進上するので内容を了承されたいと、比志島彦太郎入道へ伝えた沙弥津性の書状。
- 登場人物
- 沙弥津性・比志島彦太郎・和泉殿
- 宛先
- 薩摩国比志島
- キーワード
- 沙弥津性書状、比志島、地頭所務、和泉殿、御書下、案文、比志島彦太郎入道
前編1-No.1720文書確認度 高
建武二年二月十八日 / 冊子 631~632頁
山田道慶が所領相論の相手に、証拠文書を持参して沙汰の場へ出頭するよう促した仮名書きの書状。急ぎ参候すべきこと、御書を人に預けず持参することなどを伝える。
- 登場人物
- 山田道慶・関係所領人
- 宛先
- 薩摩国谷山郡
- キーワード
- 山田道慶書状、仮名書き、所領相論、証拠文書、出頭催促、沙汰、御書持参
前編1-No.2300文書確認度 高
(貞和五年)九月廿八日 / 冊子 791頁
高師直が島津上総入道へ、兵衛佐殿が九州へ下向したとの情報を受け、将軍自筆の御書案を送る。必要な場合は法に従い処置し、関東から上洛した後に改めて命令すると伝えた書状。
- 登場人物
- 高師直・島津上総入道
- 宛先
- 九州ほか
- キーワード
- 高師直、島津上総入道、兵衛佐、九州下向、将軍自筆御書、関東、上洛
前編1-No.2304文書確認度 高
(貞和五年)十一月廿三日 / 冊子 792頁
島津道鑑が、九月二十八日付の御書が十一月二十一日に到着したことを伝え、詳細は御使へ申し入れたので取り計らうよう求めた書状。
- 登場人物
- 島津道鑑・高武蔵守師直関係者
- 宛先
- 薩摩国ほか
- キーワード
- 島津道鑑、九月二十八日御書、十一月二十一日到着、御使、沙汰
前編1-No.2305文書確認度 高
十一月廿二日 / 冊子 792頁
島津道鑑が廣津藤三郎へ、牛屎一族に御書が下されたことは先例のない新たな沙汰で面目を失ったと述べる。詳細は対面時に説明するので、取り次いで披露するよう求めた請文。
- 登場人物
- 島津道鑑・廣津藤三郎
- 宛先
- 薩摩国ほか
- キーワード
- 島津道鑑、廣津藤三郎、牛屎一族、御書、先例なし、面目、披露
前編2-No.150文書確認度 高
十一月廿二日 / 冊子 42頁
島津道鑑が、先例のない牛屎一族宛ての御書が出され面目を失ったとして、詳細は対面時に述べるので披露してほしいと廣澤藤三郎へ依頼した書状。
- 登場人物
- 島津道鑑(貞久)、牛屎一族、廣澤藤三郎
- 宛先
- 廣澤藤三郎殿
- キーワード
- 島津道鑑、島津貞久、牛屎一族、廣澤藤三郎、先例、御書、披露、書状
前編2-No.545文書確認度 高
四月十五日 / 冊子 159頁
赤松満政が島津元久に、五人が今回の戦功を披露され御書・御剣を与えられたことを伝え、元久の忠節を賞して今後も疎略なく取り計らうと述べた副状。
- 登場人物
- 赤松満政、島津元久
- 宛先
- 島津陸奥守殿
- キーワード
- 赤松満政、島津元久、五人、戦功、忠節、御書、御剣、副状、四月十五日
後編2-No.673記事確認度 低
年月日未詳 / 冊子 474頁
京都にいた島津義久が北郷一雲時久および忠広へ御書を与えたことを記す。
本文は収録されず、正文が別に存在するとされるため、具体的な用件は確認できない。
- 登場人物
- 北郷時久、島津義久
- 宛先
- 北郷時久
- キーワード
- 北郷時久、島津義久、忠広、京都、御書、正文、本文省略
後編4-No.132文書確認度 高
(慶長十年)十二月五日 / 冊子 39~40頁
山口直友が島津忠恒(奥州様)に、南部酒二樽を進上するとともに、平戸へ琉球船が寄港した件について差し上げられた使節二人から御書と口上の趣旨を承り、忠恒の内意どおり使者を本多上野介(正純)のもとへ派遣して関東へ伝えたと報告した書状。上意を受けた後に返事があるはずなので、改めて申し上げるとする。また、石船が忠恒の配慮によりようやく出来上がりつつあることを喜び、引き続き油断なく進めるよう求める。忠恒から贈られた経筒形の花入への謝意を述べ、詳しくは使節二人と相談したため細筆を省くとする。
- 登場人物
- 山口直友、島津忠恒(奥州様)、本多正純(上野介)、琉球使節二人
- 宛先
- 島津忠恒(奥州様)
- キーワード
- 山口直友、島津忠恒、奥州様、南部酒、平戸、琉球船、寄港、琉球使節、御書、口上、本多正純、上野介、関東、上意、返事、石船、建造、経筒形花入、贈答
追録1-No.752書状旧記雑録暫定版確認度 高
(明暦三年)十月二日 / 冊子 357頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書0756
島津久茂が国元の役人らへ、安藤右京の病気が本復したため八日から再び出仕すること、祝意を伝える飛札と御書を取り次ぐよう求めた書状。
- 登場人物
- 島津久茂、島津光久、安藤右京
- 宛先
- 島津図書、島津筑前、鎌田筑後、伊勢兵部、新納右衛門、町田勘解由、鎌田源左衛門
- キーワード
- 島津久茂、島津光久、安藤右京、病気、本復、出仕、飛札、御書、取次ぎ
追録1-No.763書状旧記雑録暫定版確認度 中
(明暦三年)十一月十一日 / 冊子 362頁/整理ID 旧記雑録追録1_文書0767
鎌田政有が国元の役人らへ、光久が将軍から鶴を拝領したこと、その祝儀の御書進上と返礼使者・留守居衆の手配を急ぐよう伝えた書状。
- 登場人物
- 鎌田政有、島津光久、有川八右衛門、将軍
- 宛先
- 島津図書、島津筑前、伊勢兵部、鎌田筑後、町田勘解由ほか
- キーワード
- 鎌田政有、島津光久、鶴拝領、将軍、祝儀、御書、返礼使者、留守居
追録2-No.1504連署状旧記雑録暫定版確認度 中
元禄十六年九月二十七日 / 冊子 439–440頁/整理ID 1504
家老五名が読谷山王子へ、去年中将へ年頭祝儀を述べた際に、御書と宇治御茶一壺・二種一荷を贈られたことについて、王子から書状で示された礼の趣旨は中将へ届いたと伝える。九月二十七日付。返礼品への王子の謝意を中将へ伝えたことの通知であり、家老が王子へ謝意を表す書状としない。
- 登場人物
- 種子島久時(蔵人)・川上久重(式部)・喜入久亮(安房)・島津久輝(中務)・島津久明(大蔵)
- 宛先
- 読谷山王子
- キーワード
- 読谷山王子、中将、去年年頭祝儀、返礼、御書、宇治御茶一壺、二種一荷、王子謝意、達貴聞、家老五署、九月二十七日
追録2-No.1505連署状旧記雑録暫定版確認度 中
元禄十六年九月二十七日 / 冊子 440頁/整理ID 1505
家老五名が読谷山王子へ、奈百姫(綱貴四女と傍注)の誕生に際し、去年中将へ祝儀を述べたところ御書と目録品を贈られたことについて、王子からの礼の趣旨は中将へ伝わったと通知する。九月二十七日付。去年は祝儀を述べた時期に掛かり、誕生年を本条から新たに確定しない。
- 登場人物
- 種子島久時(蔵人)・川上久重(式部)・喜入久亮(安房)・島津久輝(中務)・島津久明(大蔵)
- 宛先
- 読谷山王子
- キーワード
- 読谷山王子、奈百姫、綱貴四女、誕生祝儀、去年、中将、御書、目録品、返礼、王子謝意、達貴聞、五名連署、九月二十七日
追録3-No.1111文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保四年十二月五日 / 冊子 425~426頁/整理ID 1111
島津継豊が松平大隅守へ、先に御機嫌伺いの使者を出したことや帰国後の御書状への謝意を述べる書状。
- 登場人物
- 島津継豊、松平大隅守
- 宛先
- —
- キーワード
- 島津継豊、松平大隅守、御帰国、御機嫌伺い、使者、御書状
追録3-No.1425文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保七年七月八日 / 冊子 555頁/整理ID 1425
当年在府の大名の春の御暇と、以後の上米を御書付の割合に従わせること、家中の御用捨や使者による申越しの可否を申し述べる。
- 登場人物
- 伊集院蔵人、島津内記、島津内膳、北郷作左衛門、名越右膳
- 宛先
- 島津内記、島津内膳、北郷作左衛門、名越右膳
- キーワード
- 在府大名、上米割合、御暇、使者、御書付
追録3-No.2369文書旧記雑録暫定版確認度 中
享保十四年十月十三日 / 冊子 935頁/整理ID 2369
松平大隅守が献じた御書物一箱が披露され、上意が喜色を示したことを水野忠之が知らせる。
- 登場人物
- 水野忠之(和泉守)、松平大隅守
- 宛先
- 松平大隅守
- キーワード
- 水野忠之、松平大隅守、御書物、献上、披露、上意
追録3-No.2455目録旧記雑録暫定版確認度 中
享保十四年十二月 / 冊子 988~990頁/整理ID 2455
竹姫入輿に伴い、本宅の大御書院、御棚、御家老座、御用人座などに置く香炉・立花・軸物・硯屏・文鎮等の座飾を場所別に列記する。
- 登場人物
- 竹姫、島津継豊
- 宛先
- —
- キーワード
- 竹姫、入輿、本宅、御座飾、大御書院、香炉、立花、軸物
追録3-No.2459目録旧記雑録暫定版確認度 中
享保十四年十二月三日~十日 / 冊子 1004~1006頁/整理ID 2459
竹姫入輿前後の十二月三~十日に本宅の大御書院、御床、御棚、御勝手書院、御家老座などへ飾る香炉・立花・軸物・硯屏等を場所別に列記する。
- 登場人物
- 竹姫、島津継豊
- 宛先
- —
- キーワード
- 竹姫、入輿、本宅、御座飾、大御書院、御床、御棚、香炉
追録5-No.362連署書状旧記雑録暫定版確認度 高
〈寛延元年〉十二月二十一日 / 冊子 132~133頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書0362
十二月二十一日、嶋津右平太・伊勢兵部が、嶋津左衛門・樺山主計・嶋津矢柄へ、隅州様による御鷹の鶴拝領と御礼の取扱いを知らせる。先例に従って準備したところ、去る七日、上使の櫻井監物が鶴を届け、名代の水野肥前守に伝えられたという。上使が出向いた際には御門の外まで出迎えて案内し、大御書院中段の頭に着座させた。上意は肥前守が承知し、鶴を受け取って御勝手へ運び、上使には休息を勧めた。礼を申し上げ、熨斗・茶・多葉粉盆を用意したが料理は辞退され、退出時も迎えた時と同様に送ったと述べる。
同日、老中方へ御礼の名代として肥前守を回し、若年寄方へは御番頭高橋七郎右衛門を使者に立て、御側衆にも表方を通じて使者を申し達した。上使には先例どおり御太刀と金馬代を贈り、同日使者を遣わしたことを記す。付記では、太守様が承知したうえで三御所へ使札による御礼をし、愛宕御馬廻の内から使者を立て、書状での御礼も済んだと伝える。隅州様から公方・大御所・大納言への内證の御礼と、公方への書状による御礼も先例に従って取り計らうとする。
拝領に伴い、姫君様から隅州様へ祝詞を贈り、当日勤務の役人にも帳面を添えて祝儀を申し上げさせるが、忌中の諸事は追って扱うと記す。末尾では、鶴の拝領を喜んでこの事情を知らせる旨を述べ、御女中にも伝えるよう求める。
- 登場人物
- 嶋津右平太久郷・伊勢兵部貞起・嶋津左衛門久甫・樺山主計久初・嶋津矢柄久富・隅州様・太守様・櫻井監物依勝・水野肥前守忠見・高橋七郎右衛門・姫君様・御女中
- 宛先
- 嶋津左衛門殿(久甫)・樺山主計殿(久初)・嶋津矢柄殿(久富)
- キーワード
- 十二月二十一日、去る七日、右平太久郷、伊勢兵部貞起、左衛門久甫、樺山主計久初、矢柄久富、隅州様、御鷹の鶴拝領、櫻井監物依勝、水野肥前守忠見、大御書院、迎接、熨斗、茶、多葉粉盆、料理辞退、老中、若年寄、高橋七郎右衛門、御側衆、御太刀、金馬代、使札、内證御礼、姫君祝詞、御役人祝儀、忌中、御女中
追録5-No.512書状旧記雑録暫定版確認度 要確認
〈寛延二年〉八月三日 / 冊子 180~182頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書0512
寛延二年八月三日、嶋津主鈴久郷・矢柄久寛・主殿久柄が、樺山主計・伊勢兵部・鎌田典膳・平田靱負へ、太守様(宗信)の病状悪化に伴う養子・家督相続の相談と願書提出の経緯を報告する。主殿が相続に関する書付を差し越し、姫君様への願いと菊姫様への申し進めについて村路を通じて取り次いだ。八月朔日夜、新御書院で荻原殿・お梅殿・岡田殿と差出人三人が会合し、療養を尽くしても効験が見えず衰弱が増すため、急変した際には当三月の下国前に仮養子として申し置いた嶋津兵庫の相続を願いたいこと、隅州様および一門の相談を経て願書を差し出したいことを伝え、姫君様・菊姫様も承知したと記す。関係者の名を列記し、柳生備前守は不快のため断ったと付記する。二日には芝屋敷で隅州様の相談について留守居を介して報告し、伊豫守・加賀守が養子願の案文を内見した。両者は万端の取計を引き受け、野村大右衛門にも伝え、大玄院病中の諸書付を見合わせて案文を整え、小笠原縫殿助・久世忠右衛門にも相談した。堀田相模守への内意照会では、病状の届はすでに二度上聞に達しているので改めて奉書を届けず、直接養子願を差し出すよう回答され、岩下佐次右衛門から春日井庄兵衛を通じて伝えられた。三日、願書を御用番本多伯耆守へ加賀守と小笠原縫殿助が提出し、若年でも不慮の事態を考慮して受け取る旨の返答を得た。加賀守は門外へ退出後に戻って受理の礼を述べ、櫻田の御守殿へ報告した。尾張様へは矢柄が使者として知らせ、嘉知姫様にも用人を介して伝達した。京・大坂の使番、関係する御方、御守殿付用人、近習役以上、家老座・諸役人・諸士への周知を記し、書付写五通を送って貴聞に達するよう求める。日付と周辺の宗信死去記事との前後関係には疑義がある。
- 登場人物
- 嶋津主鈴久郷・嶋津矢柄久寛・嶋津主殿久柄・樺山主計久初・伊勢兵部貞起・鎌田典膳政昌・平田靱負(正純と注記)・太守様(宗信)・隅州様・姫君様・菊姫様・嶋津兵庫・荻原殿・お梅殿・岡田殿・村路・松平越中守・阿部伊豫守・鳥居伊賀守・水野肥前守・柳生備前守・松平河内守・小笠原縫殿助持廣・久世忠右衛門廣氏・嶋津加賀守忠雅・嶋津又四郎久門・山本大膳正之允・野村大右衛門・大玄院・岩下佐次右衛門・堀田相模守・春日井庄兵衛・本多伯耆守・尾張様・嘉知姫様
- 宛先
- 樺山主計久初殿・伊勢兵部貞起殿・鎌田典膳政昌殿・平田靱負殿
- キーワード
- 宗信重病、仮養子、嶋津兵庫、家督相続、姫君、菊姫、朔日新御書院会合、芝屋敷、願書案文内見、大玄院病中先例、堀田相模守内意、本多伯耆守受理、櫻田御守殿、尾張、嘉知姫、書付写五通
追録5-No.1229家老三名連署状旧記雑録暫定版確認度 高
〈宝暦三年〉四月十五日〔本文〕 / 冊子 399~401頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書1229
宝暦三年四月十五日、島津主鈴久郷・義岡相馬久中・島津主殿久柄が、伊勢兵部貞起・鎌田典膳政昌・平田靭負正輔・市來左中政方へ、太守重年に国許への御暇が与えられた際の上使応接と、その後の謝礼・祝儀を報じる。重年公御譜中の記事で、正文が家老座にあるとの注を伴う。上使松平右近将監が当日暮時に芝屋敷へ来ることが、当番御目付衆から先に伝えられ、受取方と大御書院上段を先例どおり用意した。
重年は出迎えて案内し、大御書院で帰国の御暇、拝領物、近く御目見を命じる旨を承った。本丸から縮緬三十巻・白銀百枚を拝領し、家治からの紗綾二十巻も大納言からの上使を通じて頂戴した。御熨斗・茶を出したが料理は辞退され、退出時には送って見送り、島津淡路守も先例どおり出迎えた。上使退出後、重年は老中方へ礼に回り、若年寄へは若主殿を使者とし、御側衆へは物頭を遣わした。両公への内証の謝礼には太守から女中使を出し、守殿も同様に扱った。使いを留めた分は翌日差し上げるとし、菊姫の使者へも口上で相応の礼を伝え、公方の御局・御前にも書面で礼を申し上げる。
隅州継豊の謝礼は、上使・御暇・拝領物・拝領馬などについて、一所の書状にまとめれば足り、表向きの勤めには及ばないとする。両殿への祝儀は役人が当日申し上げ、諸士には帳面を渡し、継豊の御女中方へは差出人らから祝詞の礼を述べた。留守居家老を残すことと、主鈴の御目見は先例をもって願い出て許された。帰国の御暇に伴う礼と国許の祝儀は、先例どおり取り扱うよう伝える。両公からの拝領を共に喜び、継豊と御女中方へ早く知らせるため急飛脚を立てたので、その旨を申し越して聞かせるよう求める。
- 登場人物
- 島津久郷(主鈴)・義岡久中(相馬)・島津久柄(主殿・淡路守)・島津重年・松平武元(右近将監)・家治・島津継豊(隅州)・菊姫・留守居家老・物頭・諸士
- 宛先
- 伊勢貞起(兵部)・鎌田政昌(典膳)・平田正輔(靭負)・市來政方(左中)
- キーワード
- 四月十五日、島津久郷、義岡久中、島津久柄、伊勢貞起、鎌田政昌、平田正輔、市來政方、重年、帰国御暇、松平右近将監、芝屋敷、大御書院、縮緬三十巻、白銀百枚、紗綾二十巻、家治、老中、若年寄、物頭、女中使、菊姫、隅州継豊、書状謝礼、役人祝儀、留守居家老、主鈴御目見、国許祝儀、急飛脚
追録5-No.1241届書旧記雑録暫定版確認度 中
〈宝暦三年〉四月二十九日 / 冊子 405頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書1241
山澤小左衛門盛福が四月廿九日、島津主殿久柄へ届けた書付。堀田相模守から伝えられた御書付と、松平阿波守・松平陸奥守からの添廻状がただいま到来したので、差し上げると報告する。御渡しの際に、私共のうちの者が出向き、御中途に申し上げる旨を請け、跡から申し上げる件があるため、今回も先例どおり相模守のもとへ参上し、御中途に申し上げることを取次ぎまで伝えるとする。
末尾に四月廿九日、山澤小左衛門の名と盛福の注、主殿様の宛名と島津久柄の注がある。阿波守には宗鎭、陸奥守には宗村の注記が付される。書付・添廻状の到来と、道中での申し上げ・取次ぎに関する手続きを伝える届書である。
- 登場人物
- 山澤小左衛門盛福・堀田相模守・松平阿波守宗鎭・松平陸奥守宗村
- 宛先
- 島津主殿久柄
- キーワード
- 山澤盛福書状:堀田御書付・阿波守陸奥守添廻状の到着と取次ぎ
追録5-No.1613連署返書旧記雑録暫定版確認度 高
宝暦五年七月十二日 / 冊子 533・535頁/整理ID 旧記雑録追録5_文書1614
島津久馬・鎌田政昌が七月十二日、義岡相馬・嶋津主鈴・伊集院十藏の普請成就・御礼の首尾書へ、申し越された趣旨を承知し、隅州・女中方へ伝えたと返答する。長崎・隣国への通知と祝儀の済んだことは朔日便で知らせ、隅州の連署御格書と内証御文二通は六月六日付で仰せ付けられたと記す。簾中の御礼は大納言への御文に入れ、御書・御文を当日の便で送るので日積を考えて差し出すよう求め、姫君への隅州からの御口上書に姫君の歓びと挨拶を組み入れたと知らせる。送られた別紙は手元に留め置くと記す。
- 登場人物
- 島津久馬・鎌田政昌(目録、朱返答に独立署名なし)・義岡相馬・嶋津主鈴・伊集院十藏(応答対象の主書)・隅州・女中方・御簾中・大納言・姫君(本文)
- 宛先
- 義岡相馬・嶋津主鈴・伊集院十藏(主書への応答先。朱返答に独立宛名なし)
- キーワード
- 趣旨承知、隅州・女中方への伝達、御礼取次、御書送付、姫君挨拶、別紙留置