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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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333 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編2-No.846記事確認度 中

朝鮮日々記

秀吉の朝鮮出兵に伴い、日本軍が肥前名護屋から壱岐・対馬を経て朝鮮へ渡る航路、港間の距離、船団・軍勢の規模を記した日記。釜山浦への上陸までの行程と、加藤清正・小西行長・島津義弘ら諸将の配置を列挙し、渡海作戦の全体像を示す。

登場人物
豊臣秀吉、朝鮮出兵諸将、加藤清正、小西行長、島津義弘
宛先
—
キーワード
朝鮮日々記、豊臣秀吉、朝鮮出兵、肥前名護屋、壱岐、対馬、釜山浦、船団、加藤清正、小西行長
後編2-No.822記事確認度 高

島津久保譜

豊臣秀吉の朝鮮征伐命令を受け、軍勢・兵器・船の準備が整わないまま、島津久保が義弘とともに少人数で栗野を出立した経緯を記す。肥前名護屋・壱岐・対馬を経る航海では、船不足と強風による漂流、諸将の滞留、船団の分散が続き、朝鮮渡海初期の混乱と困窮を具体的に伝える。

登場人物
島津久保、島津義弘、豊臣秀吉、朝鮮出兵諸将
宛先
—
キーワード
島津久保、島津義弘、豊臣秀吉、朝鮮出兵、栗野、肥前名護屋、壱岐、対馬、船不足、漂流
後編2-No.841記事確認度 高

島津義弘譜

島津義弘・久保父子が三月上旬に大口へ出発し、肥前唐津で諸将の集結に加わったことを記す。渡海船が到着しなかったため唐津で日を重ね、般若寺別当坊に滞在して出航を待った、朝鮮渡海直前の足止めを伝える。

登場人物
島津義弘、島津久保、朝鮮出兵諸将
宛先
—
キーワード
島津義弘、島津久保、大口、肥前唐津、朝鮮出兵、渡海船、諸将、般若寺、出航待ち、義弘譜
後編3-No.423記事確認度 高

御譜雑抄

朝鮮で討ち取った者の首級を運ぶ代わりに鼻や耳を切って京都へ送り、豊臣秀吉がこれを賞したと記す。その後、秀吉が鼻・耳を京都の大仏殿近くにまとめて埋葬させ、耳塚と称したこと、のちに朝鮮人が塚を訪れて祭文を捧げ、泣いて弔ったことを述べる。

登場人物
豊臣秀吉、朝鮮出兵諸軍、耳塚を弔った朝鮮人
宛先
—
キーワード
御譜雑抄、朝鮮出兵、首級、鼻、耳、京都、豊臣秀吉、大仏殿、耳塚、朝鮮人、祭文、弔い
後編2-No.853記事確認度 高

島津義弘譜

秀吉が朝鮮征伐を決めて筑紫へ向かうにあたり、群臣の諫言に対して国内統一後の対外出兵の意図を述べた経緯を記す。朝廷での奏聞、石清水での秘楽・祈祷、京都出発と各地の見物、名護屋への兵粮下賜、四十八万余の大軍と水陸諸将の動員までを連ね、朝鮮出兵を正当化する政治・儀礼・軍事動員の叙述となっている。

登場人物
豊臣秀吉、朝廷公家、朝鮮出兵諸将、島津義弘
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、豊臣秀吉、朝鮮征伐、群臣諫言、朝廷、石清水、祈祷、京都出発、名護屋、軍勢動員
後編2-No.803記事確認度 高

島津義弘伝

島津義弘が文禄元年三月二十七日に栗野を発ち、肥前名護屋へ到着したのち、四月十二日に諸将と名護屋を出船し、五月三日に朝鮮慶尚道の釜山浦岸へ着いた経過を記す。領国出発から渡海までの日付と経路を追える、文禄の役初動の記事。

登場人物
島津義弘、朝鮮出兵諸将
宛先
—
キーワード
島津義弘、文禄の役、栗野、肥前名護屋、朝鮮、慶尚道、釜山浦、渡海、出船、旅程
後編3-No.349記事確認度 高

殉国名数抄

「殉国名数抄」として、慶長の役で戦死・病死した島津家の家臣、諸士、従者らを列挙した戦没者名簿。氏名だけでなく、所属地・役職、親子・兄弟・孫などの家系関係、戦没地や年月日、蔚山・泗川・南原などでの戦死、船中・陣中での病死といった事情を小字で付記する。無姓氏の兵や朝鮮陣没者を含む、多数の犠牲者を家ごとに記録した史料である。

登場人物
島津家家臣、諸士、従者、朝鮮出兵戦没者
宛先
—
キーワード
殉国名数抄、慶長の役、戦没者名簿、島津家家臣、諸士、従者、蔚山、泗川、南原、戦死、病死、家系注記
後編3-No.415記事確認度 高

島津義弘譜

慶長三年六月、朝鮮から帰った毛利秀元・宇喜多秀家らが伏見で豊臣秀吉への謁見を求めた。秀吉は諸将の軍忠、蔚山救援の遅滞、順天城を退こうとした議論の是非を調べ、責任を問うて当初は謁見を許さなかった。その後、秀元を召して軍功を慰労し、加藤嘉明には連年の武功を賞する感状を与えたと記す。

登場人物
豊臣秀吉、毛利秀元、宇喜多秀家、加藤嘉明ほか朝鮮出兵諸将
宛先
—
キーワード
島津義弘譜、豊臣秀吉、毛利秀元、宇喜多秀家、伏見、軍忠査定、蔚山救援遅滞、順天退城論、謁見不許、加藤嘉明、感状、武功
後編3-No.422記事確認度 高

御譜雑抄

慶長三年六月、毛利秀元・宇喜多秀家らが朝鮮を発って伏見へ赴き、豊臣秀吉に謁見したと記す。

登場人物
豊臣秀吉、毛利秀元、宇喜多秀家ほか朝鮮出兵諸将
宛先
—
キーワード
御譜雑抄、慶長三年六月、毛利秀元、宇喜多秀家、朝鮮、伏見、豊臣秀吉、謁見
後編2-No.805文書確認度 高

豊臣秀吉条書

唐入りの陣中秩序を定めた条書。侍・中間・小者や人夫の逃亡について本人だけでなく、匿った者や主人・一類にも責任を負わせ、確かな墨付がなければ帰還を認めない。人足・飯米、遠国からの物資、給人の知行・夫役、軍役人数と奉公人の召集などを規定し、身分ごとの動員と兵站を厳格に管理する。

登場人物
豊臣秀吉、侍、中間、小者、百姓、給人
宛先
朝鮮出兵の在陣諸勢
キーワード
豊臣秀吉、条書、唐入り、朝鮮出兵、陣中、逃亡、墨付、連座、人足、兵粮
後編2-No.720文書確認度 高

朝鮮出兵衆盛

「唐入」に備える島津勢の軍役人数を一万五千人とし、鉄砲・弓・手鑓・長鑓・幟などの数量と又一郎分の装備を列記する。朝鮮出兵開始前に、島津軍が人員と武器をどの規模で整えようとしたかを具体的に示す動員・軍備資料である。

登場人物
島津義久、島津義弘、又一郎
宛先
—
キーワード
朝鮮出兵、唐入、島津氏、又一郎、軍役、一万五千人、鉄砲、弓、鑓、軍備
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W02_7人数書上旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

朝鮮出兵戦死者人数書上

朝鮮出兵中の泗川戦や番船破船で亡くなった者と、その拝礼に列する子孫を諸士・郷士・家来などの区分ごとに列挙する。子孫不明・家断絶などの戦死者も別記し、泗川で戦死した市来家綱・瀬戸口重治と各子孫を挙げる。続いて妙谷寺での施餓鬼の勤行、僧二百人の賄い、位牌・供物などの手配案を記す。

登場人物
島津義弘、島津家臣の戦死者、伊地知季安、調所広郷ほか
宛先
—
キーワード
朝鮮出兵・泗川の戦い・島津家臣・戦死者・人数書上
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W02_8書上旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

朝鮮戦死者の妙谷寺御祭と供物の申渡し

朝鮮泗川の戦死者と番船破船で亡くなった者を妙谷寺で祭り、子孫の拝礼、位牌・供物の手配を命じる。銀五十枚・白米五石を記す。

登場人物
朝鮮出兵戦死者の子孫、妙谷寺の僧侶
宛先
笑左衛門宛
キーワード
妙谷寺・朝鮮戦死者・銀五十枚・白米五石
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W02_9-1口上覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

朝鮮戦死者子孫の御祭拝礼に対する謝意

朝鮮御陣中で戦死した者の子孫として、妙谷寺での御祭を命じられたことへの感謝と御礼を述べる。

登場人物
朝鮮出兵戦死者の子孫
宛先
朝鮮戦死者の子孫
キーワード
口上覚・朝鮮戦死者子孫・妙谷寺
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W02_10申渡書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

朝鮮戦死者子孫の御祭列席に関する申渡し

九月九日に番御用人から伝えられた指示に従い、妙谷寺の戦死者御祭へ子孫を列席させる案と、その取扱いを笑左衛門へ申し渡す。

登場人物
番御用人、笑左衛門、朝鮮出兵戦死者の子孫
宛先
笑左衛門宛
キーワード
妙谷寺・朝鮮戦死者子孫・御祭列席
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W02_11献納書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

朝鮮戦死者御祭の位牌・供物と子孫名簿

妙谷寺での戦死者御祭に用いる位牌・供物等の配置を図示し、戦死者の子孫名簿と寺社方への取次を記す。

登場人物
朝鮮出兵戦死者とその子孫、寺社方関係者
宛先
御祭関係者
キーワード
妙谷寺・位牌・供物・戦死者子孫名簿
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 63-6軍役賦・武具配当覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

朝鮮出兵衆盛

唐入りに伴う島津家の軍役として人数一万五千を掲げ、義久・義弘に関する幟・槍の配当と鉄炮1500丁・弓1500張・小指物600本などを列挙する。長槍だけでは陣屋前の見栄えが悪いとし、装備にも配慮する。馬上は歴々だけでなく体格によっても認める一方、人数は未定とし、甲・具足の用意を求める。

登場人物
島津義久、島津義弘、又一郎殿
宛先
なし(自記・覚書のため宛先なし)
キーワード
唐入り、島津義久、島津義弘、軍役、長槍、手槍、鉄砲、弓、指物、馬上人数
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:101覚書・上原氏由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚書

正本家蔵の上原氏覚書。本名字を伊作田入道甫済と伝え、市来の伊作田名と同所の小原城に由来する名乗りだが、系図がないため何代目から上原を称したかは不明とする。源右衛門の名は三代が相伝し、二代目は国分にいた島津義久へ特に奉公し、平田狩野、のち三原七左衛門・川上彦左衛門・川越三右衛門と兵具方を務めた。朝鮮出兵には義久の側に留め置かれたため出陣加増を得なかったが、家久への代替りに際して墨色の『雨之御旗』を運ぶ使者となり、加増五十石を受け、名寄も残るという。妻は吉田作州の娘で、一人娘が鹿嶋駿河守の妻となったため、弟源六左衛門―源兵衛の子・喜左衛門を兄方の養子とし、現源右衛門の父とした。原山の御狩では、本文に伏字を含む出来事で義久に働きを賞され、鉄砲・銀を拝領し、のち兼光作の長刀も受けたが、喜左衛門の江戸上洛中に二品とも家内から盗み出され、行方不明になったと記す。さらに大隅国曽於郡地頭となり、国中の城下ろしの際に城門道具を与えられた記事へ続くが、末尾は『自是切テ無し』として欠落する。

登場人物
伊作田入道甫済、上原源右衛門(二代目・三代相伝名)、島津義久、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門、島津家久、吉田作州、鹿嶋駿河守、上原源六左衛門、上原源兵衛、上原喜左衛門
宛先
—
キーワード
某覚書、正本家蔵、伊作田入道甫済、上原氏、本名字、市来、伊作田名、小原城、系図欠如、名乗り由緒、上原源右衛門、三代相伝名、国分、島津義久、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門、兵具方、朝鮮出兵、留守奉公、島津家久、代替り、雨之御旗、墨色御旗、使者、加増五十石、名寄、吉田作州、鹿嶋駿河守、上原源六左衛門、上原源兵衛、上原喜左衛門、養子、原山御狩、鉄砲、銀、兼光長刀、盗難、行方不明、大隅国曽於郡地頭、城下ろし、城門道具、末尾欠落
後編2-No.716記事確認度 高

島津義久譜

豊臣秀吉が天下統一を成し遂げたのち、諸侯へ明朝への渡海と服属を迫る構想を語り、異論を許さない姿勢を示した記事。島津義久も異国渡海の支度を命じられ、その準備のため帰国を許されたが、長い旅宿で病を得て海路に苦しみ、天正十九年正月十四日に鹿児島へ帰着した。朝鮮出兵準備が島津家へ及ぶ最初期の動向を伝える。

登場人物
島津義久、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
島津義久、豊臣秀吉、天下統一、明朝、異国渡海、朝鮮出兵準備、帰国、病気、鹿児島
後編2-No.718記録確認度 中

樺山紹剣自記

天正十九年、九州衆が名護屋の普請に動員された際の樺山紹剣の自記。武庫様が高麗渡海の支度と普請を進めるなか、紹剣が先に奉公を果たし、帰国や今後の出仕をめぐって指示を受けた経過を記す。朝鮮出兵を目前にした築城・渡海準備と家臣の奉公調整を当事者の言葉で伝える。

登場人物
樺山紹剣、武庫様
宛先
—
キーワード
樺山紹剣、名護屋、普請、高麗渡海、朝鮮出兵、武庫様、奉公、帰国
後編2-No.721文書確認度 中

島津義久書状案

島津義久が又一郎へ、前年の関東長期滞在の苦労をねぎらい、今年は重ねて入唐の出立準備があると知らせた書状案。度重なる召集と諸国事情のため思うように進まない困難を述べながら、油断なく備えるよう求める。今後、義久個人へ役目が命じられた場合には相手方の配慮を得たいとも依頼しており、朝鮮出兵前の島津家内部の負担感が表れている。

登場人物
島津義久、又一郎
宛先
又一郎
キーワード
島津義久、又一郎、関東滞在、入唐、朝鮮出兵、出立準備、召集、軍役負担、書状案
後編2-No.743記録確認度 高

長谷場越前自記

長谷場越前の自記。豊臣秀吉が高麗国王との取り決めが不首尾に終わったことへ憤り、和国の武兵を渡海させるよう命じたと記す。その船津として西国の肥前名護屋に石垣の城を築いた経緯を掲げ、朝鮮出兵前夜の対外認識と軍事拠点造成を伝える。

登場人物
長谷場越前、豊臣秀吉、高麗国王
宛先
—
キーワード
長谷場越前、豊臣秀吉、高麗国王、朝鮮出兵、渡海、肥前名護屋、築城、石垣、船津
後編2-No.748記事確認度 高

島津義弘譜

豊臣秀吉が秀次への関白職継承と聚楽第行幸を進める一方、愛児鶴松の死を嘆き、明・朝鮮への征服構想を強めたとする島津義弘譜の記事。北京を帝都として日本を豊臣秀次に委ね、自ら大明へ進む意向を述べ、高麗国王の不服従を理由に諸国へ軍船・兵粮・兵員の渡海を命じた。朝鮮出兵の理念と巨大な動員計画を島津側の記録から伝える重要史料。

登場人物
島津義弘、豊臣秀吉、豊臣秀次、鶴松、高麗国王
宛先
—
キーワード
島津義弘、豊臣秀吉、豊臣秀次、鶴松、明征服、朝鮮出兵、高麗国王、北京、軍船、兵粮
後編2-No.749記事確認度 高

樺山規久譜

天正十九年、豊臣秀吉が肥前名護屋城を築いた際、樺山規久も島津義弘に従い、築城・出兵準備に尽力したことを記す譜の記事。朝鮮出兵の拠点造成に島津家臣が動員されたことを簡潔に示す。

登場人物
樺山規久、豊臣秀吉、島津義弘
宛先
—
キーワード
樺山規久、豊臣秀吉、島津義弘、肥前名護屋城、朝鮮出兵、築城、普請、軍役
後編2-No.770記事確認度 高

島津義弘譜

豊臣秀吉が朝鮮出兵に備えて定めた諸大名の軍役人数を、徳川家康・前田利家以下、大名別に列挙する島津義弘譜の記事。島津・九州勢を含む全国諸将の割当兵数が並び、渡海軍を全国規模で編成した準備段階を数量面から示す。

登場人物
島津義弘、豊臣秀吉、徳川家康、前田利家、九州諸将
宛先
—
キーワード
島津義弘、豊臣秀吉、徳川家康、前田利家、朝鮮出兵、軍役、兵数、九州諸将、動員、渡海
後編2-No.778記事確認度 高

島津義久譜

豊臣秀吉が朝鮮国征伐のため肥前名護屋に本営を築き、西国諸将を現地へ赴かせたことを記す島津義久譜の記事。竜伯も名護屋へ向かうことになり、朝鮮出兵の拠点整備へ島津氏が組み込まれた経緯を示す。

登場人物
島津義久、島津竜伯、豊臣秀吉、九州諸将
宛先
—
キーワード
島津義久、島津竜伯、豊臣秀吉、朝鮮出兵、肥前名護屋、名護屋城、本営、西国諸将、普請
後編2-No.779文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が来春の唐土征伐に向け、日限を定めて肥前名護屋へ参集するよう命じた朱印状。武具・馬具・鉄砲・銀、兵粮などを準備し、上方からの軍勢に先んじて九州勢が渡海の用意を整えるよう指示する。朝鮮出兵直前の全国動員と兵站準備を伝える重要文書。

登場人物
豊臣秀吉、九州諸将
宛先
—
キーワード
豊臣秀吉、朱印状、唐土征伐、朝鮮出兵、肥前名護屋、武具、馬具、鉄砲、兵粮、九州諸将
後編2-No.783文書確認度 高

名護屋城普請次第

名護屋城普請で島津方に割り当てられた石垣・屋敷の寸法と数量を記した次第。石垣の横幅・高さ、大石崩所、屋敷の間数などを具体的に示し、朝鮮出兵の本営建設で島津氏が負担した普請量を数量的に確認できる。

登場人物
島津義弘、名護屋城普請関係者
宛先
—
キーワード
名護屋城、普請、島津義弘、石垣、屋敷、寸法、間数、築城、朝鮮出兵、負担
後編2-No.810文書確認度 中

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が大明国への発向に際し、琉球支配について先年の義久の取次と礼参を踏まえ、従来どおり島津方へ任せる趣旨を示す。あわせて渡海軍の一手としての編成、関所・陣所での裁判と軍役遂行を命じ、詳細は石田三成から伝えるとした朱印状。朝鮮出兵と琉球統制を結び付けた命令。

登場人物
豊臣秀吉、島津義久、島津義弘、琉球関係者、石田三成
宛先
—
キーワード
豊臣秀吉、島津義久、島津義弘、琉球、大明国、朝鮮出兵、渡海軍、軍役、裁判、石田三成
後編2-No.854記事確認度 高

北郷三久譜

文禄元年春、北郷三久が秀吉の朝鮮出兵命令を受けた島津義弘・久保父子に従い、朝鮮の陣に加わったことを記す。従軍中に数多くの城郭攻略へ参加して戦功を挙げたとする、三久の軍歴記事。

登場人物
北郷三久、島津義弘、島津久保、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
北郷三久、島津義弘、島津久保、豊臣秀吉、朝鮮出兵、従軍、城郭攻略、戦功、三久譜
後編2-No.868記事確認度 高

島津豊久譜

豊臣秀吉は民間の出身ながら寛仁・勇猛で関白に昇り、四方の朝敵を討って天下を一統したが、なお満足せず明・朝鮮を掌中に収めようとしたと叙述する。肥前名護屋に陣営を築き、文禄元年春に二十余万の軍勢を集めたところまでを記し、島津豊久の従軍記事に先立つ朝鮮出兵の背景説明となっている。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久
宛先
—
キーワード
島津豊久譜、豊臣秀吉、関白、天下統一、明、朝鮮、肥前名護屋、陣営、二十余万、朝鮮出兵
後編2-No.873記事確認度 中

殉国名藪

朝鮮出兵中に死亡した島津家臣について、年月日・姓名・所属や死因の注記を列挙した戦没者記録。 尾崎新兵衛正義、持永右馬允盛政、野々村伝右衛門、伊集院関係者などを挙げ、島津軍の人的損失を個人単位で追える。

登場人物
尾崎新兵衛正義、持永右馬允盛政、田乗介、野々村伝右衛門、伊東知勘、伊集院源五ほか
宛先
—
キーワード
殉国名藪、朝鮮出兵、戦没者、島津家臣、尾崎新兵衛正義、持永右馬允盛政、野々村伝右衛門、伊集院、死亡記録、軍役
後編2-No.892文書確認度 高

豊臣秀吉覚書

豊臣秀吉が、諸将の代官所内に所領がある場合、代官の在陣・留守中はその郡の物成を収納して保管し、担当する代官所の法度を各自が厳重に申し付けるよう定めた覚書。朝鮮出兵で在地支配者が不在となるなか、年貢収納と領内秩序を維持するための留守居行政を示す。

登場人物
豊臣秀吉
宛先
諸代官・留守居担当者
キーワード
豊臣秀吉、覚書、代官所、代官留守、物成、年貢収納、法度、留守居行政、朝鮮出兵、領内秩序
後編2-No.893文書確認度 高

豊臣秀吉高麗出勢書立並法度

豊臣秀吉が、小西行長・加藤清正ら朝鮮出兵諸将を複数の先懸隊に分け、各隊の人数と指揮官を詳細に列挙したうえで、一日交替で進軍するよう定めた書立・法度。総勢十二万人規模の編成、三組による番替、軍律の遵守、後続部隊との連携を命じ、渡海兵を順次投入して明国へ進む構想を具体化した、朝鮮出兵初期の動員・作戦計画を知る重要史料である。

登場人物
豊臣秀吉、黒田甲斐守、羽柴豊後侍従、毛利壱岐守、小西行長、加藤清正、鍋島直茂ほか諸将
宛先
黒田甲斐守、羽柴豊後侍従、毛利壱岐守
キーワード
豊臣秀吉、朝鮮出兵、高麗出勢書立、法度、十二万人、先懸、番替、小西行長、加藤清正、明国進攻
後編2-No.896文書確認度 中

昭高院如雪書状

昭高院如雪が、生糸三斤の贈答に礼を述べ、高麗が早く平定されたことへの労いと、島津久保の内儀が上洛する際には相応の世話をしたいとの意向を鳥津入道へ伝える。 詳細は友枕斎に申し含めたとしており、朝鮮出兵の戦況認識と、島津家女性の上方移動をめぐる支援が同時に記された書状である。

登場人物
昭高院如雪、鳥津入道、島津久保内儀、友枕斎
宛先
鳥津入道
キーワード
昭高院如雪、鳥津入道、生糸三斤、高麗平定、島津久保内儀、上洛、友枕斎、贈答、朝鮮出兵
後編2-No.901記事確認度 中

島津義久詠草

島津義久が名護屋で、「千種咲く野辺の中でも、紫色の一株がひときわ親しく感じられる」と詠んだ和歌。 「子細あり」と注記され、紫の花に特定の人物や縁を重ねた可能性を感じさせる、朝鮮出兵期の名護屋滞在中の詠草である。

登場人物
島津義久
宛先
—
キーワード
島津義久、詠草、名護屋、和歌、千種、紫の花、朝鮮出兵、心情表現
後編2-No.914文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

豊臣秀吉が島津又七郎(島津豊久)へ、炎天下での朝鮮渡海の辛労をねぎらい、現地での働きについて情勢を見極めて精を入れ、油断なく指揮するよう命じた朱印状。詳しい指示は松井藤九郎と侍中貞右衛門尉から伝えるとしている。文禄元年七月十九日付で、朝鮮出兵中の豊久に対する秀吉の直接命令を示す。

登場人物
豊臣秀吉、島津豊久、松井藤九郎、侍中貞右衛門尉
宛先
島津又七郎殿(島津豊久)
キーワード
豊臣秀吉朱印状、豊臣秀吉、島津又七郎、島津豊久、朝鮮出兵、文禄の役、渡海、炎天、軍事指揮、油断禁制、松井藤九郎、侍中貞右衛門尉
後編2-No.920文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が、薩摩・大隅で検地を行うとの風説に対し、主だった者が留守のまま拙速に進めれば国衆の反発や混乱を招くとして、龍伯尊老(義久)へ慎重な対応を求める。 石田三成を頼りに検地を進める相談はしているものの、治部少輔の帰朝後に改めて協議すべきだとし、朝鮮出兵中の領国検地に対する義弘の警戒を示す。

登場人物
島津義弘、島津義久、石田三成、浅野長政ほか検地関係者
宛先
龍伯尊老(島津義久)
キーワード
島津義弘、島津義久、龍伯、検地、薩摩、大隅、石田三成、国衆、朝鮮出兵、領国統治
後編2-No.930文書確認度 高

島津義弘書状

島津義弘が米良勝右衛門尉へ、予定していた当月の参陣は「此表」の軍事行動が翌春へ延期されたため、ひとまず延引すると通知する。 ただし内々に出陣準備を整え、改めて知らせが届いた際には油断なく渡海するよう命じる。朝鮮出兵に向けた待機と動員準備の具体的な指示である。

登場人物
島津義弘、米良勝右衛門尉
宛先
米良勝右衛門尉
キーワード
島津義弘、米良勝右衛門尉、参陣、出陣延期、渡海、朝鮮出兵、軍役、動員、出陣準備
後編2-No.949文書確認度 高

島津久保書状

島津久保が新納忠元へ、留守番のため現地に残っていると聞き、その苦労を察すると労う。持ち場を精いっぱい守り、油断なく番を務めるよう依頼した。 左京亮が格別に奉公していることにも触れ、朝鮮出兵で主力が不在となるなか、薩摩国内の守備を担う忠元への信頼を示す書状である。

登場人物
島津久保、新納忠元、左京亮
宛先
新納忠元(武蔵入道)
キーワード
島津久保、新納忠元、武蔵入道、左京亮、留守番、国内守備、警固、朝鮮出兵、奉公
後編2-No.950文書確認度 高

島津義弘書状

朝鮮へ渡った島津義弘が新納忠元へ、薩摩から届く人数が少なく、現有兵力では軍役継続も明国への進軍も困難だと訴え、さらに兵を渡海させるよう強く求める。 自分と久保ら父子、左京は無事であると伝える一方、梅北一揆関係者が大口衆に捕らえられたとの国内情報にも触れる。朝鮮出兵で島津勢が直面した深刻な兵力不足を率直に示す書状である。

登場人物
島津義弘、新納忠元、島津久保、左京、豊臣秀吉、梅北一揆関係者
宛先
新納忠元(武蔵入道)
キーワード
島津義弘、新納忠元、島津久保、朝鮮出兵、渡海、兵力不足、明国進軍、軍役、梅北一揆、大口
後編2-No.977文書確認度 中

石田三成書状

石田三成が新納忠元へ、二度の書状と三郎兵衛の口上を受け取ったと返答し、長く京都にいる次郎四郎の帰国希望について説明する。 朝鮮出兵に伴い中国・九州から人質を再び召し上げているため、以前からの人質だけを今帰国させることはできないとする。一方、幽斎在国時の朱印では忠元への配慮が示されているとして、状況を踏まえた判断を求めた。

登場人物
石田三成、新納忠元、次郎四郎、三郎兵衛、細川幽斎
宛先
新納忠元(新納武蔵入道)
キーワード
石田三成、新納忠元、次郎四郎、三郎兵衛、人質、京都、朝鮮出兵、九州、細川幽斎、朱印状
後編2-No.991文書確認度 高

島津竜伯書状

国内が北から乱れないよう替儀を禁じ、細川幽斎が在国中であるため、各人の知行に従って軍務・警固を厳重に勤めるよう求める。 朝鮮出兵で主力が渡海する一方、島津領国の留守と秩序維持を歳久に託した書状で、国内統制の緊張が分かる。

登場人物
島津竜伯、島津歳久
宛先
兵庫頭(島津歳久)
キーワード
島津竜伯、島津歳久、兵庫頭、細川幽斎、国内統制、留守、知行、警固、朝鮮出兵、書状
後編2-No.992文書確認度 中

長束正家書状

細川幽斎の遺失と国替えへの対応を伝え、翌春の渡海に向けて兵糧を加増し、城普請・船の準備を急ぐよう求める。 熊谷直盛・垣見一直と協議し、兵を国内に残さず渡海させることまで念押しした、奉行長束正家による朝鮮出兵準備の督促状。

登場人物
長束正家、島津義弘、島津久保、細川幽斎、熊谷直盛、垣見一直
宛先
薩摩侍従(島津義弘)人々御中
キーワード
長束正家、島津義弘、島津久保、細川幽斎、朝鮮出兵、渡海、兵糧、城普請、船舶、熊谷直盛
後編2-No.994記事確認度 中

北郷三久譜

文禄元年冬、島津義弘・久保父子が諸将の評議に応じ、永平城や江原道金化方面の警備・移動に従ったことを記す。 北郷三久が両公に従軍した事績として、朝鮮出兵初年の島津勢の配置と行動を家譜に残した記事。

登場人物
北郷三久、島津義弘、島津久保
宛先
—
キーワード
北郷三久、島津義弘、島津久保、朝鮮出兵、永平城、江原道、金化、警衛、従軍、家譜
後編2-No.995文書確認度 高

豊臣秀吉朱印状

高麗王子兄弟と官人二百余人を捕らえた戦功を賞し、引き続き都へ押し進むよう加藤清正に命じる。 炎天下の長距離進軍を「武心棟梁」と称え、褒美として黄金五百両を与えると伝えた、朝鮮出兵初期の戦果評価を示す朱印状。

登場人物
豊臣秀吉、加藤清正、浅野長政、長束正家
宛先
加藤主計頭(加藤清正)
キーワード
豊臣秀吉、加藤清正、朝鮮出兵、高麗王子、捕虜、進軍、黄金五百両、浅野長政、長束正家、朱印状
後編2-No.1016記録確認度 中

樺山紹剣自記

文禄二年春、朝鮮で日本軍が後退するなか、島津勢が奉行衆の命を受け、敵を十里ほど追って夜襲した経過を樺山紹剣が回想する。 鉄砲を用いた敵を城戸から追い散らし、一人を討ち取るなど、朝鮮出兵の現場での追撃・夜戦を当事者の視点から記した自記。

登場人物
樺山紹剣、島津義弘、石田三成、木下吉隆、浅野長政、小西行長
宛先
—
キーワード
樺山紹剣、島津義弘、石田三成、木下吉隆、浅野長政、小西行長、朝鮮出兵、夜襲、鉄砲、追撃
後編2-No.1019記録確認度 高

新納忠増日記

島津久保の死去をめぐる記述を起点に、新納忠増が国内の宿駅をたどり、海路で朝鮮へ向かう長い旅程を日記形式で記す。 道中の宿主・使者との応対、和歌、渡船や暴風雨、難航する船中での祈願、朝鮮到着後の島津義弘への伺候までが細かく描かれる。 朝鮮出兵の軍事行動だけでなく、移動・宿泊・航海の危険、従軍者の感情と信仰を当事者の言葉で伝える貴重な紀行史料。

登場人物
新納忠増、島津義弘、島津久保、伊勢弥九郎、安田弥蔵、川上四郎兵衛尉
宛先
—
キーワード
新納忠増、島津義弘、島津久保、朝鮮出兵、渡海、宿駅、暴風雨、船旅、和歌、祈願、従軍日記
後編2-No.1021記録確認度 高

大島忠泰高麗道記

大島忠泰が、薩摩で仕えた島津義弘を頼って高麗へ向かう道中を、宿泊地・人々との応対・贈答・風景とともに記した紀行。 旅先で詠んだ多数の和歌、金剛経読誦や神仏への祈り、故郷や知人を思う心情が随所に入り、従軍の道程を内面的に伝える。 軍事記事だけでは見えにくい、朝鮮出兵期の主従関係、旅の不安、宿の交流、武士の信仰と文芸活動を知る上で貴重な長編史料。

登場人物
大島忠泰、島津義弘、加藤清正
宛先
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キーワード
大島忠泰、島津義弘、加藤清正、高麗道記、朝鮮出兵、紀行、宿泊、和歌、金剛経、祈願、主従関係
後編2-No.1027記事確認度 中

新納忠元勲功記

文禄初年、新納忠元が渡海軍の編成、兵糧・船舶の調達、留守役や家臣の派遣に奔走し、島津義久・義弘の命を受けて軍務を支えた経過を編年で記す。 船不足や家臣間の利害対立、讒言・虚偽の訴えによる処分、逆徒への対応など、朝鮮出兵期の島津家中に生じた深刻な混乱も詳述する。 忠元の忠節と軍功が最終的に認められ、後世に「薩摩の武蔵」と称された根拠を示す、戦功顕彰と名誉回復の性格を持つ長編記録。

登場人物
新納忠元、島津義久、島津義弘、伊集院忠棟、町田久倍、比志島国貞、長寿院盛淳
宛先
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キーワード
新納忠元、島津義久、島津義弘、伊集院忠棟、朝鮮出兵、渡海、船舶、兵糧、讒言、家中紛争、軍功、薩摩の武蔵