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追録5-No.2015御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

忠洪初登城と継豊の謝礼使記事

宝暦八年四月十九日、忠洪が初めて登城し、黒書院で家重・家治に拝謁した。家臣九人も先規に従って各々拝謁し、その詳細は忠洪の御譜に譲るという。継豊は使者山田権兵衛國倫を江戸へ遣わし、両公への謝礼を行わせた。國倫は同年七月二十七日に登城し、継豊の献物二種一荷を酒井左衛門尉忠寄に申し出て献上した。続いて西城へ登り、家治へも二種一荷を献上した。秋元但馬守凉朝が公務に当たっていたため、奏者番水野壱岐守忠見へ伝えて取り次がせた記事。國倫には通中目付を為すとの細注を付す。出典は継豊公御譜。

登場人物
島津忠洪・徳川家重・徳川家治・家臣九人・島津継豊・山田権兵衛國倫・酒井左衛門尉忠寄・秋元但馬守凉朝・水野壱岐守忠見
宛先
徳川家重・徳川家治(継豊の献物の対象)
キーワード
四月十九日忠洪初登城、黒書院家重家治、家臣九人先規拝謁、継豊謝礼使山田國倫通中目付、七月二十七日、二種一荷各献上、酒井忠寄、西城家治、秋元凉朝公務、水野忠見取次
追録5-No.2016御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

忠洪初御目見・家臣拝謁と献上記事

宝暦八年四月十九日、忠洪が老中奉書を受け、熨斗目・長袴を着して登城し、黒書院で将軍父子に初めて拝謁した記事。幼少のため、一族島津淡路守久柄を同伴者に選んだが、当日は西城の親戚松平越中定賢が同伴したという注がある。家重へ太刀一腰・縮緬十巻・白銀二十枚・馬一匹、家治へ太刀一腰・白銀二十枚・馬一匹を献上した。家治への奏者は黒田大和守直純、取次の用番老中は本多伯耆守正珍。忠洪は三下段へ入り、初席へ退いて上意を受け、平伏して退出した。続いて家臣一族島津若狭久定、家老樺山左京久倫・島津主鈴久郷・高橋縫殿種壽が、各々家重へ太刀一腰・馬代銀一枚・縮緬五巻、家治へ太刀一腰・馬代銀一枚を献上した。番頭名越左源太恒篤らと、用人澁谷喜三左衛門貫通・宮之原甚五太夫通直・諏訪甚兵衛兼方・小林中太兵衛政央が、各々家重へ太刀一腰・馬代銀一枚・縮緬三巻、家治へ太刀一腰・馬代銀一枚を献上して台顔に拝謁し、金森頼錦・水野忠見が奏者を務めた。幼少の忠洪に代わり家臣九人が襲封の恩を謝したことは、通常の元服後の家臣拝謁と異なる旨の注がある。忠洪はさらに西城大広間へ登り、松平周防守康福に拝謁して前件を謝し、家臣九人も西城で礼を述べた。その後桜田邸で休息し、老中・側用人・若年寄の各位へ礼を述べ、先例に従い白銀十枚を献上した。また本営の老女へ各白銀二枚、表使女へ各一枚を贈った。出典は重豪公御譜。

登場人物
島津忠洪・島津淡路守久柄・松平越中定賢・徳川家重・徳川家治・黒田大和守直純・本多伯耆守正珍・島津若狭久定・樺山左京久倫・島津主鈴久郷・高橋縫殿種壽・名越左源太恒篤・澁谷喜三左衛門貫通・宮之原甚五太夫通直・諏訪甚兵衛兼方・小林中太兵衛政央・金森兵部少輔頼錦・水野壱岐守忠見・松平周防守康福・老中・側用人・若年寄・本営老女・表使女
宛先
徳川家重・徳川家治・老中・側用人・若年寄・本営老女・表使女
キーワード
四月十九日忠洪初拝謁、幼少久柄選定定賢同伴、黒書院将軍父子、家重家治別進物、黒田直純本多正珍、久定樺山久倫主鈴久郷高橋種壽、名越恒篤澁谷貫通宮之原通直諏訪兼方小林政央、家臣九人襲封謝恩、金森頼錦水野忠見、西城大広間松平康福、桜田邸、老中側用人若年寄白銀十枚、老女各二枚表使各一枚
追録5-No.2017記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

忠洪初御目見・重豪改名と献上拝領記事

宝暦八年四月十九日、幼少の忠洪が松平越中守浩造に付き添われて登城した。家重へ太刀一腰・白銀二十枚・縮緬十巻・馬一匹、家治へ太刀一腰・白銀二十枚・馬一疋を献じ、黒書院で両公に拝謁した。家臣九名も進物を携えて陪謁した。五月二十五日、家重から端午を祝う御内書を受けた。六月十三日、両公に黒書院で拝謁し、家重に召されて前へ進み元服、諱字を賜って従四位下・左近衛少将に任じられ、重豪と改名して薩摩守を称した。家重へ太刀一腰・備前康光の刀一腰・巻物二十・白銀三十枚・馬一疋、家治へ太刀一腰・備前家助の刀一腰・白銀三十枚・馬一匹を献上して恩を謝し、家重が親らの鷹で得た獲物を賜った。御肴・宝刀も例に従って祝賀の品として賜った。七月四日に短袖、二十三日に使者齎雲雀を邸へ賜り、雲雀を届けた者は鷹を扱う者だったと注す。襲封後の九月二十八日、川田伊織國福を若年寄、島津権左衛門久次を大目付に任じ、仲の名を賜った。十二月五日にも鷹で得た鶴を賜り、鷹を扱う者が届けた。朱書の出典注を伴う記事。

登場人物
島津忠洪(元服後重豪)・松平越中守浩造(本文表記)・徳川家重(大家)・徳川家治(儲君)・家臣九名・川田伊織國福(元注)・島津権左衛門久次(元注)
宛先
徳川家重・徳川家治(献上先)/島津忠洪・重豪(拝領者)
キーワード
四月十九日初拝謁、松平浩造、家重家治献上別数量、家臣九名、五月二十五日端午御内書、六月十三日元服諱字従四位下左近衛少将重豪薩摩守、備前康光家助刀、親鷹獲物御肴宝刀拝領、七月四日短袖二十三日雲雀、九月二十八日川田國福若年寄島津久次大目付仲、十二月五日鶴
追録5-No.2513御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要

重豪登営シ、将軍ニ拝謁ス

重豪は四月十八日、前日の老中奉書を受けて登城し、黒書院で家治に謁して帰国の暇への礼を述べ、森川内膳正が奏達した。家治から懇ろな言葉と、阿州氏吉象眼銘の宝刀一腰・馬一匹を賜り、刀の注は「長弐尺三寸弐部」「代金二十枚」「有折紙」とする。芝邸留守家老高橋縫殿も重豪に同行して登城し、家治へ太刀一腰・馬代白銀一枚・紗綾二巻、家重へ太刀一腰・馬代白銀一枚を献じた。高橋は台顔を拝して退去した後、西丸大広間で御奏者土屋能登守へ先の件の礼を述べ、老中・側用人・若年寄各邸でも謝礼した。

登場人物
重豪・家治・森川内膳正・高橋縫殿・家重・土屋能登守・阿州氏吉(刀銘)・老中・側用人・若年寄
宛先
記載なし(記事の拝謁・献上先は家治・家重ほか)
キーワード
重豪黒書院拝謁森川奏達、宝刀馬拝領・刀小注、高橋家治家重献上各数量、西丸土屋能登守礼・諸家謝礼
追録6-No.1177記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪登営記事―参府慰問と方物献上・老中各邸への謝礼

同年夏四月十三日、上使松平右京大夫輝高が芝邸へ来て参府を慰した。十五日には教えに応じて登営し、先格の方物を献じ、黒書院で大樹家治公に見え、懇篤の命を受けた。続いて西営へ登り、そこでも品物を献じて退いた。その後、老中各邸へ赴いて拝謝した。この日、随行した家老山岡齋宮久澄・喜入主馬久福も贄を執って台顔を拝し、これも先規によると記す。重豪公御譜中の出典。慰問、登営・献上・拝謁、西営での献上、老中への拝謝、従者の礼を順に記し、方物の具体的品名・数量は本文に列記しない。西営の相手の個人名は記されていない。

登場人物
重豪、上使松平右京大夫輝高、大樹家治公、老中、家老山岡齋宮久澄、喜入主馬久福、黒書院、西営
宛先
家治公・西営(献上先)、老中各邸(拝謝先、独立宛書なし)
キーワード
四月十三日上使輝高芝邸慰参府、十五日登営、先格方物献上、黒書院家治拝謁、懇篤之命、西営献品、老中各邸拝謝、久澄久福執贄・先規
追録6-No.1410記事旧記雑録暫定版確認度 中

鷹の雲雀の拝領と、茂姫の婚姻許可・賜名への御礼献上

同年秋七月二十二日、大家が使番建部荒次郎廣般を芝邸へ遣わして鷹の雲雀を賜り、恩命を受けた。その後、重豪は島津式部久般を代わりに老中各邸へ遣わし御礼した。続く記事は、大家が徳川民部卿治済の子豊千代と重豪の女茂姫の婚姻を許したと記し、茂姫には初於篤の小字を添える。同月二十七日、当番頭兼用人比志島要人範章を登城させ、家治へ二種一荷を献じた。番頭兼側用人島津登久連は西城へ登り、家基へ一種一荷を献じた。茂姫も納頭役人市田喜内真英を遣わして家治へ二種一荷を献じ、納頭役長野筑右衛門祐精を西城へ遣わして家基へ二種一荷を献じたと記す。また女使を遣わし、種姫君と儲后生母へ肴各一折を献じ、茂姫の献上も同様とし、皆婚姻の命を拝した礼とする。さらに大家が一橋邸に名を賜り茂姫と改称したため、同日に大家・儲后へ肴各一折を献じ、茂姫の献上も同様で、賜名の恩への礼であると結ぶ。二十二日の拝領と代礼、二十七日の父と娘それぞれの献上、婚姻許可と賜名への礼を分ける。父の家基への一種一荷と娘の二種一荷という原記載を一律に揃えず、肴を別の食品名へ取り替えない。許可を実婚の記録へ変えない。

登場人物
重豪、家治、建部荒次郎廣般、島津式部久般、徳川治済、豊千代、茂姫(初於篤)、比志島要人範章、島津登久連、市田喜内真英、長野筑右衛門祐精、家基、種姫、儲后生母
宛先
家治・家基・種姫・儲后生母など(献上先)
キーワード
七月二十二日廣般芝鷹雲雀賜久般代礼、二十七日豊千代茂姫婚姻許可、範章家治二種一荷登久連家基一種一荷、娘真英家治二種一荷祐精家基二種一荷、種姫儲后母肴各一折父娘、於篤改茂姫賜名同日大家儲后肴各一折父娘
追録6-No.1683記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪、参勤の例に従って馬を献ず

重豪公御譜中の記事。同年四月二十九日、重豪が参勤の例に従い、御馬二匹を大樹家治公へ献じたと記す。馬の注は、栗毛、四歳、三寸五分、隅州末吉牧立と、黒栗子毛、四歳、六寸、薩州吉野牧立を列記する。二匹それぞれの毛の表示・年齢・寸法の原表記・牧の記載を区別し、同じ四歳であっても寸法や牧を一つにまとめない。三寸五分と六寸は原表記を保持し、測定部位や省略された尺度を推定して現代の長さへ換算しない。

登場人物
重豪、大樹家治公
宛先
記事につき独立宛名なし(大樹家治公への献上)
キーワード
四月廿九日参勤例、御馬二匹、栗毛四歳三寸五分隅州末吉牧立、黒栗子毛四歳六寸薩州吉野牧立、大樹家治公
追録4-No.1597記事旧記雑録暫定版確認度 高

竹千代の家治命名と吉貴の祝賀

前年の元文五年十二月十五日、竹千代に「家治」の名が与えられた。吉貴は使者を老中へ差し出して祝意を述べ、これに対する奉書を受けたことを記す。

登場人物
竹千代(徳川家治)、島津吉貴、老中
宛先
—
キーワード
元文五年十二月十五日、竹千代、家治、命名、吉貴、使者、老中、奉書
追録4-No.1702記事旧記雑録暫定版確認度 中

吉宗・家重の叙任と家治元服への継豊の祝賀

七月二十七日に朝廷の勅使が江戸へ向かい、八月七日に吉宗が右大臣、家重が右近衛大将を兼ねた。十二日に家治が元服して従二位大納言に任じられた。二十一日、病中の継豊は家臣を登城させ、吉宗・家重・家治へ太刀・馬代などを献じて祝う。翌二十二日、幕府の使者が芝邸へ来て吉宗・家重・家治からの返礼品を渡した。

登場人物
島津継豊、徳川吉宗、徳川家重、徳川家治、井伊直定、松平乗邑
宛先
—
キーワード
継豊、吉宗、家重、家治、右大臣、右近衛大将、元服、叙任、八月二十一日、献上、芝邸、返礼
追録4-No.1705記事旧記雑録暫定版確認度 中

宗信譜所収の吉宗・家重叙任と家治元服

宗信の譜は、七月二十七日に朝廷の勅使が江戸へ向かったこと、八月七日に吉宗が右大臣、家重が右近衛大将を兼ねたこと、十二日に家治が元服して従二位大納言に任じられたことを記す。

登場人物
島津宗信、徳川吉宗、徳川家重、徳川家治
宛先
—
キーワード
宗信譜、吉宗、家重、家治、勅使、右大臣、右近衛大将、元服、従二位大納言
追録4-No.1712記事旧記雑録暫定版確認度 中

宗信の白書院での家治初謁見

重陽の祝賀で宗信が登城し、いったん退いた後に再び登城した。松平乗邑が宗信へ命を伝え、宗信は四品以上の諸侯とともに白書院で家治に初めて拝謁した。

登場人物
島津宗信、徳川家治、松平乗邑
宛先
—
キーワード
宗信、重陽、登城、松平乗邑、白書院、四品以上、徳川家治、初謁見
追録4-No.1734記事旧記雑録暫定版確認度 中

宗信の家治初目見えと吉貴の謝意

重陽の九月九日、宗信は西城で四品以上の諸侯とともに家治へ初めて拝謁した。吉貴はこれを聞いて江戸の老中へ謝意の書状を送り、老中側からは宗信の初目見えを承知し将軍へ伝えた旨の返書があった。

登場人物
島津宗信、島津吉貴、徳川家治、松平乗邑
宛先
—
キーワード
宗信、吉貴、家治、重陽、九月九日、西城、四品以上、初目見え、謝礼
追録5-No.112記事旧記雑録暫定版確認度 高

家重・家治・吉宗、吉貴ノ病ヲ問ハシム

島津吉貴の旧病が重くなり、家重・家治・吉宗が病状を案じて老中の宿次奉書を宗信に届けさせた。十月二十八日に江戸を発った使者は十一月二十二日に薩摩へ着き、宗信は礼状と宿次の証印を携えた返使を出した。

登場人物
徳川家重、徳川家治、徳川吉宗、島津吉貴、島津宗信、堀田正亮
宛先
—
キーワード
島津吉貴、徳川家重、徳川家治、徳川吉宗、病気見舞、宿次奉書、返使
追録5-No.1531重年公御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

重年・継豊、家治ノ婚儀ヲ賀ス(記事)

重年公御譜は、閑院弾正尹直仁親王の姫宮と大納言家治の婚儀を記す。今年六月二十三日に結納、十一月十一日に入輿があり、重年は事前に許可を得て姫宮へ料紙箱一箇を献じ、継豊も茶弁当一荷を献じた。十二月朔日に入輿の事が済み、家治の上使土岐伊豫守頼熙が芝第へ来て二種一荷を賜り、姫宮の上使永井九右衛門も同じ品を賜る。両者から継豊にも同じ品を賜り、重年は執政各々の邸へ赴いて礼を述べる。同日の婚礼大礼が済んだため、家重・家治へ二種十四于、御簾中へ二種五百四于と記す品を献じて祝う。姫宮について宮務御簾中との注がある。五日には柳営で猿楽があり、諸侯が幕府の招きに応じて営中で賀し、重年は折一合を献じた。朔日の婚礼祝賀に伴う献上・拝領と、五日の猿楽での折一合献上を記す。

登場人物
重年・継豊・家重・大納言家治・閑院弾正尹直仁親王・姫宮(宮務御簾中の注)・土岐伊豫守頼熙・永井九右衛門・御簾中・諸侯
宛先
記載なし(記事)
キーワード
六月二十三日、十一月十一日、十二月朔日、五日、家治、姫宮、入輿、料紙箱一箇、茶弁当一荷、折一合
追録5-No.2117御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪鶴一隻拝領・伊勢貞短の家重家治拝謁記事(目録・本文の鳥種は鶴)

十二月五日、家重が使番三好勝之助長倚を芝邸へ遣わし、鷹が捕らえた鶴一隻を重豪に賜り、重豪が老中各邸へ礼を述べた。別段では、伊勢兵部貞短の父貞起が死去した後の相続と、貞昌以来の将軍家督継承時の拝謁先例を記し、宝暦六年の重豪の願いは許されなかったが、今年四月に重豪の初拝謁が済んだ後、十二月五日の再願で老中奉書を受けたとする。十五日、貞短が登城し、白書院で家重へ太刀一腰・馬代銀一枚・紗綾二巻、家治へ太刀一腰・馬代銀一枚を献じ、永井伊賀守直陳の奏達で両公に拝謁した。退城後は西城へ赴き、阿部飛騨守正因に礼を述べて拝謁し、退出した。

登場人物
家重・重豪・家治・三好勝之助長倚・伊勢兵部貞短・貞起・貞昌・永井伊賀守直陳・阿部飛騨守正因
宛先
記載なし(独立宛所なし。記事対象は重豪・伊勢兵部貞短)
キーワード
十二月五日、家重三好長倚芝邸、襲封後初鶴一隻、伊勢兵部貞短、貞起貞昌先例、宝暦六年不許、今年四月重豪初謁、再願許可、十二月十五日白書院家重家治献物拝謁、永井直陳、西城阿部正因
追録5-No.2286御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

記事(重豪、家重・家治の昇進を賀す)

勅使柳原光綱・広橋兼胤の江府下向を受け、二月四日に家重が右大臣、家治が右近衛大将兼右馬寮御監に任じられ、重豪は束帯で登城し祝賀する。十五日には裃・長袴で大広間に出て両公に目見えし、太刀各一腰・馬代金各一枚、御簾中へ二種一荷を献じ、西城・桜田邸・老中各邸へ祝意を伝えた。十六日は任官祝賀の猿楽・饗宴があり、家重・家治から継豊への拝領品を届ける二使を芝邸で迎えたのち、登城して饗膳と猿楽にあずかる。二十二日の条には前日の饗応への謝礼登営と寒疾による参朝不能の記述が続き、老中・若年寄へ使者を遣わして礼を述べたとある。

登場人物
柳原光綱・広橋兼胤・家重・家治・重豪・継豊・御簾中・諸侯・老中・若年寄・使者
宛先
独立宛名なし(記事)
キーワード
本文二月四日十五日十六日二十二日、束帯と裃長袴、家重家治任官祝賀、太刀各一腰馬代金各一枚、二種一荷、継豊拝領品二使芝邸迎使、猿楽饗宴、謝礼登営と寒疾参朝不能の関係未確
追録5-No.2333御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

島津氏役人書(任免と家治将軍就任)

五月九日、島津若狭久暢に「上于政府」を命じ、六月四日には河野八郎左衛門を大目付とした。七月三日に鎌田蔵人政芳を家老とし、六日には義岡弾正久中を職から免じた。九月には家治公が将軍に就いたと記す。

登場人物
島津若狭久暢・河野八郎左衛門・鎌田蔵人政芳・義岡弾正久中・家治
宛先
独立宛名なし
キーワード
記事日付不記、五月九日島津若狭久暢上于政府職掌未確、六月四日河野八郎左衛門通古大目付、七月三日鎌田蔵人政芳家老、六日義岡弾正久中免職悖旨也語義留保、九月家治将軍
追録5-No.2414継豊公御譜旧記雑録暫定版確認度 要

継豊 家治ノ将軍宣下ヲ賀ス・継豊死ス(御譜記事)

継豊公御譜に、家治の九月二日の将軍宣下を祝い、継豊が十六日に關山新左衛門金郷、十八日に四本井藏堯安を遣わし、家治・大御所へそれぞれ太刀一腰・馬代黄金一枚を献じたと記す。家治から縮緬二十巻、御台所から縮緬五巻を拝領し、重豪が芝邸で使者を接待、継豊は謝恩の書状を送った。継豊は八月中旬からの病が悪化し、九月二十日申刻、四陀亭便殿で六十歳で没し、翌日納棺、二十七日福昌寺へ遺体を移した。十月四日黄昏に本棺へ移して葬儀を行い、訃報がまだ届かない江戸の重豪に代わって島津周防忠紀が焼香し、祭文・読経、家臣・琉球使節らの拝礼を経て玉龍山へ埋葬した。

登場人物
家治・継豊・關山新左衛門金郷・四本井藏堯安・大御所・御台所・重豪・島津周防忠紀・家臣・琉球使節
宛先
記載なし(継豊公御譜記事。独立宛なし)
キーワード
九月二日家治宣下、十六日關山金郷太刀一腰黄金一枚、十八日四本井藏堯安大御所同品、家治縮緬二十巻御台所正文五巻小注白二紅一異同、重豪芝接待、謝恩箋、八月中旬疾疥宿痾、九月二十日申刻四陀亭便殿没六十歳、有邦院殿圓鑑亭盈大居士、二十一日納棺、二十七日福昌寺、十月四日黄昏本棺、忠紀代重豪焼香、訃音未達、祭文読経儀礼役、琉球墻外拝礼、玉龍山埋葬
追録5-No.2415重豪公御譜旧記雑録暫定版確認度 高

重豪 家治ノ将軍宣下ヲ賀ス(御譜記事)

重豪公御譜に、九月二日、家治が将軍宣下を受け、正二位内大臣に任じられ、牛車・兵仗を賜り、淳和・奨学両院別当・氏長者に補されたと記す。重豪は早朝に登城し、大広間で式席を待った。四日は諸侯が西城で大御所家重へ宣下の賀儀を述べたが、重豪は病で登城できず、留守居を松平右京大夫輝高・松平右近将監武元の邸へ遣わして知らせた。五日は家重が能を催し、重豪は使者を立て、折一合を献上した。

登場人物
家治・重豪・大御所家重・松平右京大夫輝高・松平右近将監武元・留守居・諸侯・使者
宛先
記載なし(重豪公御譜記事。独立宛なし)
キーワード
九月二日家治宣下正二位内大臣、牛車兵仗、淳和奨学両院別当氏長者、重豪黎明登城大広間待式席、四日西城家重賀儀、重豪病欠留守居輝高武元邸報告、遣カ注、五日散楽勅使饗応、使者折一合献上
追録5-No.2417将軍墨印状旧記雑録暫定版確認度 要

徳川家治御内書(重陽祝儀の小袖一重到来)

家治公が九月七日、薩摩少将へ、重陽の祝儀として小袖一重が届いたことを喜ぶと伝える。詳しくは秋元但馬守が述べると記す。

登場人物
家治公墨印(印文表示)
宛先
薩摩少将殿(本文宛。重豪は御譜出典比定)
キーワード
九月七日、宝永十年ママ目録原朱一致、整理年宝暦十年、家治公墨印表示、重陽祝儀、小袖一重到来歓覺、秋元但馬守委曲伝達
追録5-No.2421重豪公御譜旧記雑録暫定版確認度 要

重豪 家治将軍宣下ヲ賀ス・御臺所叙任ヲ賀ス(御譜記事)

重豪公御譜に、九月二十一日、将軍宣下の祝儀の能に重豪が早朝から登城し、大広間で家治に拝謁したと記す。舞曲三番が昼に及び、帝鑑の間で食事を受けた後、さらに能を見て再び拝謁し、退出した。翌二十二日は御台所の従三位叙任を祝う登城の日だったが、重豪は病欠し、留守居を老中武元・輝高、側用人板倉土佐守勝清の邸へ遣わして祝意を述べた。さらに翌日、番頭を登城させ、御台所の叙任祝いに家治と御台所へ各二種千匹、家重へ一種千匹を献じた。

登場人物
重豪・家治・御台所・家重・武元・輝高・板倉土佐守勝清・留守居・番頭
宛先
記載なし(重豪公御譜記事。独立宛なし)
キーワード
九月二十一日宣下能、戴星登城家治拝謁、武元替唱贊カ注、舞曲三成午際、帝鑑間盛饌、再観楽再謁退、二十二日御台所従三位叙任賀、病欠留守居老中武元輝高側用人板倉土佐守勝清第賀詞、翌日番頭家治御台所各二種千匹家重一種千匹
追録5-No.2432継豊公御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要

重豪 継豊ノ病ニヨリ官醫ヲ乞フ・家治 継豊ノ病ヲ問ハム(御譜記事)

十月七日、継豊の病気急変を知らせる飛脚が江戸へ続いて到着し、驚いた重豪は幕府の許可を得て官医村田寿菴を薩摩へ派遣した。八日に家臣税所小右衛門篤見、道役の歩行士十一人、軽卒十三人と出発したが、十二日に継豊の訃報が江戸へ届いたため、浜松宿へ早使を出して呼び戻し、寿菴は二十一日に江戸へ帰った。十月七日には家治と家重がそれぞれ継豊の病気を尋ねる奉書を下し、酒井忠寄に託して薩摩へ送った。細江弥右衛門直香・大山源右衛門、歩士二人・軽卒二人が夜に江戸を発ち、東海・山陽・西海の道を経て十一月朔日に鹿児島へ着いた。

登場人物
継豊・重豪・村田寿菴・税所小右衛門篤見・家治・家重・酒井忠寄・細江弥右衛門直香・大山源右衛門・歩行士・軽卒
宛先
記載なし(御譜記事。独立宛なし)
キーワード
十月七日急病飛脚江戸台許村田壽菴昌和注派遣、八日税所小右衛門篤見歩行士十一軽卒十三、十二日訃報浜松早使二十一日帰還、七日家治家重奉書忠寄付託、細江直香馬廻注大山行臺新番注歩士二軽卒二、十一月朔日鹿児島着
追録5-No.2465墨印状旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書(小袖歳暮祝儀)

徳川家治が十二月二十七日、薩摩少将へ、歳暮の祝儀として小袖一重が到来し、喜んで見た旨を伝える。委細は松平右近将監から述べるとしている。

登場人物
徳川家治(「家治公墨印」の表示)
宛先
薩摩少将殿(本文宛名。重豪は出典との対応)
キーワード
十二月二十七日家治公墨印、小袖一重到来歡覽、委細松平右近将監、薩摩少将宛
追録5-No.2524御内書(家治公墨印)旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が五月二日、薩摩少将へ、端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜ぶと返答する。委細は井上河内守から伝えるとし、家治公の墨印が記される。

登場人物
家治公(墨印内の表記。目録は徳川家治)
宛先
薩摩少將殿(本文宛名。重豪の比定と区別)
キーワード
端午祝儀帷子単物到来歓覧、井上河内守伝達、朱五月二日、家治公墨印、薩摩少将宛
追録5-No.2551御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が九月七日、薩摩少将へ、重陽の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しくは酒井左衛門尉が述べると伝える。家治公墨印の表示と、宝暦十一年の朱書を伴う。

登場人物
家治公墨印(本文表示。目録は徳川家治)
宛先
薩摩少将殿(本文宛名)
キーワード
重陽、小袖一重、到来歓覧、酒井左衛門尉委曲、家治公墨印
追録5-No.2570領知判物旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治領知判物

家治の領知判物は十月二十一日付で、薩摩少将へ、薩摩・大隅両国と日向国諸県郡内の百六十四箇村、高六十万五千石余、さらに琉球国十二万三千七百石を充行し、代々の例に従って領知するよう命じる。目録は別紙にあると記し、家治とする人物注・花押の表示、正文の宛名と包紙の同じ宛名を伴う。

登場人物
徳川家治(人物注・花押表示。独立筆署なし)
宛先
薩摩少将殿(本文・包紙の宛名)
キーワード
十月二十一家治人物注花押、薩摩大隅日向諸県百六十四村六十万五千石余、琉球十二万三千七百石、目録別紙、薩摩少将本文包紙宛
追録6-No.71御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治公黒印の御内書。薩摩少将に宛て、端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜んだと伝える。詳しいことは松平右近将監が述べるとして、同人からの伝達に委ねる。五月二日付。宝暦十四年は目録による。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。

登場人物
徳川家治(家治公黒印)、薩摩少将(島津重豪)、松平右近将監
宛先
薩摩少将殿
キーワード
端午、祝儀、帷子、単物、到来、歓悦、松平右近将監、家治公黒印
追録6-No.89記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪、将軍家治ニ見ユ

同年七月朔日、重豪が命令に応じて登営し、白書院で先例の品を献じて将軍家治に謁見したことを記す。懇意の旨を受けて退出し、そのまま西営へ登って献上品を差し上げ、退いて老中各人の邸を訪れ謝意を表した。儀礼を勤める者は先格の通りで、家老島津左中久金と高橋此面種寿も、それぞれ献上品を捧げて謁見した。出典は重豪公御譜中。目録は記事として年月日欄を空欄とする。

登場人物
重豪、大将軍家治、老中各人、家老島津左中久金、家老高橋此面種寿
宛先
—
キーワード
七月朔日、命令、登営、白書院、献上、家治謁見、御懇、西営、老中宅、謝礼、先格、家老久金・種寿
追録6-No.99御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治公黒印の御内書。薩摩少将に宛て、重陽の祝儀として小袖一重が到来したことを喜んだと伝える。詳しいことは松平周防守が述べるとして、同人からの伝達に委ねる。九月七日付で、明和元年の年記は朱注による。出典注は重豪公御譜中・正文在文庫。

登場人物
徳川家治(家治公黒印)、薩摩少将(島津重豪)、松平周防守
宛先
薩摩少将殿
キーワード
重陽、祝儀、小袖一重、到来、歓悦、松平周防守、家治公黒印
追録5-No.2623御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

徳川家治が十二月二十七日、薩摩少将へ、歳暮の祝儀として贈られた小袖一重の到来を喜ぶと返答する。委細は秋元但馬守が伝えるとし、家治公の墨印がある。

登場人物
徳川家治・薩摩少将・秋元但馬守
宛先
薩摩少將殿
キーワード
十二月廿七薩摩少將殿宛家治公墨印、小袖一重歳暮祝儀到来歡覺、秋元但馬守伝達
追録6-No.146御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治公の黒印を伴う御内書。歳暮の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しいことは阿部伊予守が述べると伝える。閏十二月廿七日付、薩摩中将宛。年記は朱注明和元年。出典注は全上・正文在文庫。

登場人物
家治公、薩摩中将、阿部伊予守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
閏十二月廿七日、歳暮祝儀、小袖一重、到来、歓覧、阿部伊予守、家治公黒印、薩摩中将
追録6-No.187御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

端午の祝儀として贈られた帷子・単物が到来したことを喜び、詳しいことは松平右京大夫が述べると伝える。五月二日付の御内書で、家治公御印を載せ、薩摩中将に宛てる。年の記載は本文になく、目録では明和二年とする。帷子・単物の数量は記されていない。

登場人物
徳川家治、薩摩中将、松平右京大夫
宛先
薩摩中将
キーワード
端午祝儀、帷子、単物、到来、家治公御印、御内書
追録5-No.2697将軍御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が五月二日、薩摩少将重豪へ、端午の祝儀として贈られた帷子・単物の到来を喜ぶと返答する。委細は松平右京大夫から伝えるとしている。

登場人物
徳川家治(「家治公墨印」表記)
宛先
薩摩少將殿
キーワード
五月二家治墨印薩摩少将重豪宛、端午祝儀帷子単物到来歓賞、松平右京大夫伝達
追録6-No.212御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

重陽の祝儀として贈られた小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは松平右近将監が述べると伝える。九月七日付の御内書で、年は朱注に明和二年とある。家治公墨印を載せ、薩摩中将に宛てる。小袖の数量・単位は一重である。

登場人物
徳川家治、薩摩中将、松平右近将監
宛先
薩摩中将
キーワード
重陽祝儀、小袖一重、到来、家治公墨印、御内書、右近将監
追録5-No.2723将軍御内書(墨印)旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が九月七日、薩摩少将重豪へ、重陽の祝儀として贈られた小袖一重の到来を喜ぶと返答する。委細は松平右近将監から伝えるとしている。

登場人物
家治公(墨印)
宛先
薩摩少將殿
キーワード
九月七家治薩摩少将宛、重陽祝儀小袖一重到来歓喜、委曲松平右近将監、墨印
追録5-No.2744御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要

家治、重豪ノ成婚ヲ賀ス

重豪は幕府の許可を得て宗尹の娘保姫を妻に迎え、十一月朔日に結納を納め、十二月四日に芝邸で婚礼を行った。保姫は辰初刻に一橋邸を出て巳の終わりに芝邸東門から新奥へ入り、松平頼順・田沼意誠・松平信有・酒井忠仰らが送迎を務め、島津久柄の妻も儀礼を助け、田沼が輿を左中久金へ引き渡し、末吉利隆が貝桶を運び、主鈴久郷が送迎・接待を整えた。六日には家治が安藤太郎右衛門を芝邸に派遣して祝意を伝え、保姫へ二種一荷を賜り、御台所も石渡四郎三郎光智を使者として同じ品を贈った。同日、重豪は軽い病気のため、名代の島津又吉郎久般が老中松平右京大夫輝高邸へ赴いて礼を述べ、内証からも女使三人が礼状を届けた。

登場人物
重豪・宗尹・保姫・松平頼順・田沼意誠・松平信有・酒井忠仰・島津久柄の妻・左中久金・末吉利隆・主鈴久郷・家治・安藤太郎右衛門・御台所・石渡四郎三郎光智・島津又吉郎久般・松平右京大夫輝高・女使
宛先
記載なし(独立宛名なし)
キーワード
十一月朔結納十二月四芝婚礼、保姫辰初一橋出輿巳終芝東門新奥入、送迎諸役と貝桶、十二月六家治御台所保姫へ各二種一荷、久般名代輝高邸礼女使三人謝状、主鈴久郷送迎接待、目録九日本文六日異同
追録5-No.2759徳川家治御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が十二月二十七日、薩摩少将へ、歳暮祝儀として献じられた小袖一重の到来を喜ぶと伝える。委細は井上河内守から述べるとし、家治公の墨印を伴う。

登場人物
徳川家治(家治公墨印表示)・井上河内守(本文の伝達役)
宛先
薩摩少将重豪
キーワード
十二月二十七家治薩摩少将宛、歳暮小袖一重到来歓賞、井上河内守伝達、家治墨印
追録5-No.2798徳川家治御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が五月二日、薩摩少将重豪へ、端午の祝儀として帷子・単物が届いたことを喜び、詳しくは酒井左衛門尉から伝えると告げる。

登場人物
徳川家治・酒井左衛門尉・島津重豪
宛先
松平薩摩少将重豪
キーワード
五月二家治墨印薩摩少将、端午帷子単物到来喜酒井左衛門尉詳述
追録5-No.2824徳川家治御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が九月七日、薩摩少将重豪へ、重陽の祝儀として小袖一重が届いたことを喜び、詳しくは秋元但馬守から伝えると告げる。

登場人物
徳川家治・松平薩摩少将重豪・秋元但馬守
宛先
松平薩摩少将重豪
キーワード
九月七家治墨印薩摩少将、重陽小袖一重到来歓覧秋元但馬守詳述
追録6-No.354御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜ばしく思い、詳細は松平右近将監が述べると伝える御内書。十二月廿七日付、年は明和三年の朱注。家治公の墨印位置を示す円形注と、薩摩中将殿の宛記を備える。重豪公御譜中に収められ、正文は文庫にあるとする。

登場人物
徳川家治(家治公墨印の注)、薩摩中将、松平右近将監
宛先
薩摩中将殿
キーワード
歳暮祝儀、小袖一重到来、家治公墨印、松平右近将監伝達、薩摩中将宛
追録5-No.2873徳川家治御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

家治が十二月二十七日、薩摩少将重豪へ、歳暮の祝儀として贈られた小袖一重の到来を喜ぶと返答する。委細は松平右京大夫が伝えるとしている。家治公の墨印が記される。

登場人物
徳川家治・松平右京大夫・松平薩摩守重豪
宛先
薩摩少将重豪
キーワード
十二月廿七家治薩摩少将、歳暮小袖一重到来歓賞、松平右京大夫伝達、墨印
追録6-No.374御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜ばしく思い、詳細は阿部伊豫守が述べると伝える御内書。五月二日付、年は明和四年の朱注。家治公の墨印位置を示す円形注と薩摩中将殿の宛記を備える。正文は文庫にあるとする。

登場人物
徳川家治(家治公墨印注)、薩摩中将、阿部伊豫守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
端午祝儀、帷子・単物到来、家治公墨印、阿部伊豫守伝達、薩摩中将宛
追録6-No.414御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

重陽の祝儀として小袖一重が到来し、喜ばしく思うと薩摩中将へ伝える。委細は松平周防守が述べると記す。九月七日付、年は明和四年の朱注。家治公墨印の表示と薩摩中将殿の宛記があり、正文は文庫にあるという。No.415は同日付で使者による小袖一重の献上を披露したと報じる板倉勝清の書状である。

登場人物
徳川家治、薩摩中将、松平周防守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
重陽祝儀、小袖一重到来、歓覚、松平周防守伝達、家治公墨印
追録6-No.454御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

歳暮の祝儀として小袖一重が到来し、喜ばしく思うと薩摩中将へ伝える。委細は松平右京大夫が述べると記す。十二月廿七日付、年は明和四年の朱注。家治公墨印の表示と薩摩中将殿宛を備え、正文は文庫にあるという。No.455は同日付で使者を通した小袖一重献上の披露を報じる別書状である。

登場人物
徳川家治、薩摩中将、松平右京大夫
宛先
薩摩中将殿
キーワード
歳暮祝儀、小袖一重到来、歓覚、右京大夫伝達、家治公墨印
追録6-No.549御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは松平周防守が述べると伝える。十二月二十七日付、年は明和五年の朱注、家治公の墨印と薩摩中将殿宛を備える。重豪公御譜中の文書で、正文は文庫にあるという。

登場人物
家治公(墨印)、薩摩中将、松平周防守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
歳暮祝儀小袖一重到来、松平周防守委曲、家治公墨印
追録6-No.562御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

端午の祝儀として帷子・単物が到来したことを喜び、詳しいことは松平右京大夫が述べると伝える。五月二日付、年は明和六年の朱注、家治公の墨印と薩摩中将殿宛を備える。重豪公御譜中の文書で、正文は文庫にあるという。品の数量は記されない。

登場人物
家治公(墨印)、薩摩中将、松平右京大夫
宛先
薩摩中将殿
キーワード
端午祝儀帷子・単物到来、右京大夫委曲、家治墨印
追録6-No.590御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

重陽の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは松平右近将監が述べると伝える。九月七日付、年は明和六年の朱注、家治公の墨印と薩摩中将殿宛を備える。重豪公御譜中の文書で、正文は文庫にあるという。

登場人物
家治公(墨印)、薩摩中将、松平右近将監
宛先
薩摩中将殿
キーワード
重陽祝儀小袖一重到来、右近将監委曲、家治墨印
追録6-No.629御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

歳暮の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは板倉佐渡守が述べると伝える。十二月二十七日付、年は明和六年の朱注、家治公の墨印と薩摩中将殿宛を備える。正文は文庫にあるという。

登場人物
家治公(墨印)、薩摩中将、板倉佐渡守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
歳暮祝儀、小袖一重到来、家治墨印、佐渡守委曲
追録6-No.680御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

端午の祝儀として帷子単物が到来したことを喜んだと伝え、委細は松平周防守が述べるとする。五月二日付、年は明和七年の朱注、家治公の墨印の表示と薩摩中将殿宛を備える。正文は文庫にあるという。

登場人物
徳川家治(家治公墨印表示)、薩摩中将、松平周防守
宛先
薩摩中将殿
キーワード
端午祝儀、帷子単物到来、喜悦、松平周防守委細伝達、五月二日、家治公墨印
追録6-No.714御内書旧記雑録暫定版確認度 高

徳川家治御内書

重陽の祝儀として小袖一重が到来したことを喜び、詳しいことは松平右京大夫が述べると伝える。九月七日付、年は明和七年の朱注、家治公の墨印と薩摩中将殿宛を備える。正文は文庫にあるという。

登場人物
家治公、薩摩中将、松平右京大夫
宛先
薩摩中将殿
キーワード
重陽祝儀、小袖一重到来、喜び、委曲松平右京大夫、九月七日、家治公墨印、薩摩中将殿