SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

126 件 (全巻)/ 1–50件を表示

ページ 1 / 3

追録3-No.1346-23文書旧記雑録暫定版確認度 中

嶋津内記申渡・納戸奉行追記(開聞宮太刀献上と木形保管)

享保七年三月、嶋津内記が記録所へ、頴娃郷開聞宮社蔵の太刀一腰は作者・寄進者不詳の古い品とみられ、正月二十日に留守居佐久間九右衛門が登城して三宅弥市郎に見せ、好みに適ってただちに差し上げ喜ばれたこと、木形も別に喜ばれた旨を記録するよう伝える。同月、納戸奉行へ、再度の御用に支障がないよう献上太刀と同様に木形を写し、白木箱に入れ、蓋裏に今回の御用の経緯を記し、この書付も木形とともに納めて後年の参照とするよう命じる。

登場人物
嶋津内記、佐久間九右衛門、三宅弥市郎、納戸奉行
宛先
御記録所〔内記申渡先〕
キーワード
開聞宮、太刀一腰、作者不詳、寄進者不詳、正月二十日、佐久間九右衛門、三宅弥市郎、木形、白木箱、蓋裏、記録所、納戸奉行
後編4-No.1779文書確認度 中

島津家久書状

島津家久が佐多伯耆守へ、喜入摂津守・比志島宮内少輔から関東・上方の様子を聞いたことを伝え、越前宰相に関する京都の情報について細川内記へ届ける書状の取次ぎと返書の送付を命じた。自身は九月に出立する予定であり、本多上野介らから照会があれば事情を心得て応答するよう求めた書状。

登場人物
島津家久、喜入摂津守、比志島宮内少輔、細川内記、越前宰相、本多上野介、佐多久慶
宛先
佐多伯耆守
キーワード
島津家久書状、佐多久慶、喜入摂津守、比志島宮内少輔、細川内記、越前宰相、本多上野介、上方、関東、元和八年六月二十五日
後編4-No.1878文書確認度 高

島津家久詠草

寛永二年四月二十日、島津家久が伊勢内記宅を訪れ、「若竹」を題に詠んだ和歌。変わらぬ若竹の葉に世々の長久を重ねた歌で、供をした島津久元・伊勢兵部少輔らも和歌や詩を作ったことを付記する。

登場人物
島津家久、伊勢内記、島津久元、伊勢兵部少輔
宛先
島津家久
キーワード
島津家久詠草、島津家久、伊勢内記宅、若竹、和歌、島津久元、伊勢兵部少輔、詩作、寛永二年四月二十日
附録1-No.176文書確認度 高

川上久國書状

川上久國が新納仲左衛門尉に、川野内記の申し分に関する談合への出席を求めた書状。江戸から示された意向に基づき、武部様から参会を命じられていること、公儀から別件の御用も仰せ付けられるため必ず来るよう伝える。

登場人物
川上久國、新納仲左衛門尉、川野内記、武部様、公儀
宛先
新納仲左衛門尉殿御宿所
キーワード
川上久國、新納仲左衛門尉、川野内記、江戸、武部様、公儀、談合、参会、御用
追録3-No.1346-21文書旧記雑録暫定版確認度 中

嶋津内膳書状(太刀三振に関する木形絵形の上覧報告)

享保七年二月八日、嶋津内膳が嶋津内記へ、新田宮の御戸丸太刀と頴娃開聞宮社蔵太刀の木形・絵形を肥後小兵衛便で、鳩丸の木形・絵形を渋谷喜左衛門便で送った件を了承する。秀吉から拝領した脇指のような品なら指示なしに絵形を作るのは難しいが、今回はその用ではないため、拵書の提出は不要と伝える。三振の太刀に関する木形・絵形等を別紙覚付きで正月十日に佐久間九右衛門が登城して三宅弥市郎へ見せ、上覧に供して喜ばれたと報告する。かねて好まれていた品であることと、使者への挨拶との取り違いを正し、上意の喜びは国元から木形・絵形類を特に念入りに調えて送ったことによる、と伝える。

登場人物
嶋津内膳、嶋津内記、佐久間九右衛門、三宅弥市郎、肥後小兵衛、渋谷喜左衛門、秀吉
宛先
嶋津内記殿
キーワード
嶋津内膳、嶋津内記、御戸丸、開聞宮、鳩丸、太刀三振、木形、絵形、佐久間盛村、三宅弥市郎、正月十日上覧、享保七年二月八日
後編1-No.996文書確認度 高

佐多大和守等連署状

佐多大和守・寄田内記允・市来加賀守が専修寺へ、天正三年に近衛前久が出水へ下向した際の接待を賞して勅願所とする旨が示され、天正六年に綸旨を頂戴したことを祝う。前代未聞の栄誉で永代の亀鑑になると述べ、島津義虎も大いに喜んでいると伝えた連署状。

登場人物
佐多大和守、寄田内記允、市来加賀守、近衛前久、島津義虎
宛先
専修寺同宿中
キーワード
佐多大和守等連署状、専修寺、近衛前久、出水、勅願所、綸旨、島津義虎、祝賀
後編3-No.509文書確認度 高

竹内実吉書状

竹内実吉が(慶長三年)十月六日付で池田六左衛門尉らへ出した書状。敵首三万人を揃え、ほかに切り捨てた者は数知れないと戦果を報じ、治介が七人、島津義弘(武庫)が五人を討ったことを伝える。出陣時の厚意に謝し、源五や伊福小内記・町田仲左衛門らにもこの内容を知らせるよう求める。

登場人物
竹内実吉、島津義弘(武庫)、治介、四郎兵衛尉、源五、池田六左衛門尉、伊福小内記、町田仲左衛門、岩下藤七、家村本、石川新右衛門
宛先
池田六左衛門尉殿参人々御中
キーワード
竹内実吉書状、竹内実吉、十月六日、池田六左衛門尉、敵首三万人、切捨者数不明、治介、七人討取、島津義弘、武庫、五人討取、戦果報告、出陣時厚意、回覧依頼
追録3-No.1347文書旧記雑録暫定版確認度 中

鳴津内記書付(太刀・小サ刀作の由緒)

鳴津内記が古代作太刀・小サ刀の製作や差出しに関する経緯を記す。薩州頴娃郷の新田宮社内への刀剣奉納を引き、木形・拵え・御道具の照会、太刀の申渡し、記録所への書付を述べる。

登場人物
鳴津内記、佐久間九右衛門、彌市郎、江戸御納戸
宛先
—
キーワード
鳴津内記、古代作太刀、小サ刀、新田宮、御納戸、拵え
追録7-No.無番号_0073覚書旧記雑録暫定版確認度 高

留守家老交替の御目見先例(939の3・嶋津内記と大蔵・帯刀)

正徳2年8月、故薩摩守吉貴が留守差置家老嶋津内記の代わりとして嶋津大蔵を国元から差し越し、御目見願のとおり命じられた例を記す。内記に久貫、大蔵に久明の注がある。また正徳3年11月、その大蔵の代わりとして嶋津帯刀を国元から差し越し、同様であったと掲げ、帯刀に仲休の注を付す。末に2月の記載。現行標題の嶋津内蔵は本文の内記へ訂正し、内記から大蔵、大蔵から帯刀という二度の交替を分ける。文化5年の安房御目見が許可されたとの記録ではなく、提出された正徳期の先例書。

登場人物
故薩摩守吉貴、嶋津内記(久貫・注)、嶋津大蔵(久明・注)、嶋津帯刀(仲休・注)
宛先
独立宛名記載なし(例書)
キーワード
939の3、正徳二年八月、吉貴、内記久貫、大蔵久明、御目見許可先例、正徳三年十一月、帯刀仲休、留守家老二度交替
後編3-No.510文書確認度 高

竹内実吉書状

竹内実吉が十月二日付で池田六左衛門尉らへ出した書状。本冊では本文がNo.509の文書と同文であるため省略されており、敵首三万人や治介・島津義弘の討取を報じる同書状を参照する。No.509とは日付を異にして掲げられている。

登場人物
竹内実吉、島津義弘(武庫)、治介、四郎兵衛尉、源五、池田六左衛門尉、伊福小内記、町田仲左衛門、岩下藤七、家村本、石川新右衛門
宛先
池田六左衛門尉殿参人々御中
キーワード
竹内実吉書状、十月二日、池田六左衛門尉、No.509同文、本文省略、敵首三万人、治介、島津義弘、討取、日付異同、参照文書
後編3-No.512文書確認度 高

竹内実吉書状

竹内実吉が十月六日付で池田六左衛門尉らへ出した書状。本冊では本文がNo.509の文書と同文であるため省略されており、敵首三万人と治介・島津義弘の討取を報告する同書状を参照する。

登場人物
竹内実吉、島津義弘(武庫)、治介、四郎兵衛尉、源五、池田六左衛門尉、伊福小内記、町田仲左衛門、岩下藤七、家村本、石川新右衛門
宛先
池田六左衛門尉殿参人々御中
キーワード
竹内実吉書状、十月六日、池田六左衛門尉、No.509同文、本文省略、敵首三万人、治介、島津義弘、討取、参照文書
後編5-No.722文書確認度 高

酒井忠世・酒井忠勝連署奉書

酒井忠世・忠勝が、唐船への伴天連乗船、日本人の海外渡航と海外在住日本人の帰国を禁じ、外国船の生糸は長崎で値段を決めた後に領内で売買させるよう伝えた奉書。

登場人物
酒井忠世、酒井忠勝、島津家久、榊原飛騨守、神尾内記
宛先
薩州中納言殿・人々御中
キーワード
酒井忠世、酒井忠勝、伴天連、海外渡航禁止、唐船、日本人、生糸、長崎、糸値段、奉書
追録3-No.1323文書旧記雑録暫定版確認度 中

石河政郷書状(大隅守蔵屋敷裏地)

十月六日、石河土佐守政郷が嶋津内記・嶋津主殿・伊集院蔵人・北郷作左衛門へ、連名の書状を受領し、大隅守蔵屋敷裏の潰地を望みどおり申し渡した旨を江府の大隅守も承知したと返答する。その念入りな心遣いと、各々が変わりなく勤めていることを喜ぶ。

登場人物
石河土佐守政郷、松平大隅守、嶋津内記、嶋津主殿、伊集院蔵人、北郷作左衛門
宛先
嶋津内記・嶋津主殿・伊集院蔵人・北郷作左衛門
キーワード
石河政郷、松平大隅守、蔵屋敷、裏潰地、申渡
追録7-No.2111書状旧記雑録暫定版確認度 高

島津久風外二名家老連署返書

重豪寿像を不斷光院山内に神殿を造って安置する願いについて、北郷内記が伝えた許可と三家老連署返書の対応を収録する。源寿院当住持が、不斷光院・増上寺宿坊の双方から願い、願いどおり許されたため、諸人の拝礼と寄進物を勝手次第とすることを認めた。重豪の沙汰を別紙に示して送るので、印を許した場所で取扱いを整えるよう求める。三月五日北郷内記と四月四日の朱注を分け、掲載署名は但馬・久馬、目録は久風外二名とする。

登場人物
北郷内記久秖、島津但馬久風、川上久馬久芳、不斷光院、源寿院当住持
宛先
北郷内記(上)、島津但馬・川上久馬(下)
キーワード
島津重豪、寿像、不斷光院、神殿造立、源寿院当住持、増上寺宿坊、拝礼、寄進物、勝手次第、北郷久秖、島津久風、川上久芳、三月五日、四月四日
追録3-No.224文書旧記雑録暫定版確認度 高

島津惟久書状

佐土原の島津惟久が五名の重臣に、吉貴による庶流の苗字・名乗りの改定に佐土原家も準じるよう求められた件を伝え、家中での取次ぎや意見の取りまとめを依頼する。併せて江戸屋敷の普請材料に関する指示にも触れる。

登場人物
島津惟久、島津吉貴、島津内記、島津将監、島津帯刀、種子島弾正、肝付主殿
宛先
島津内記様・島津将監様・島津帯刀様・種子島弾正様・肝付主殿様
キーワード
島津惟久、島津吉貴、佐土原、庶流、苗字、名乗り、江戸屋敷、普請、書状
追録3-No.1328文書旧記雑録暫定版確認度 中

名越右膳書状(総州の御暇と供方)

名越右膳が家老四名へ、総州の御暇、翌春の参勤時の供方、江戸屋敷の人員と御座の備え、戸田山城守らとの協議について報告し、指示を求める。

登場人物
名越右膳、島津吉貴、戸田山城守、小野次郎右衛門、鳴津内記、鳴津主殿、伊集院蔵人、北郷作左衛門
宛先
鳴津内記・鳴津主殿・伊集院蔵人・北郷作左衛門
キーワード
名越右膳、総州、御暇、供方、江戸屋敷、御座、参勤
追録3-No.1423文書旧記雑録暫定版確認度 中

伊集院蔵人書付(上米の米直成)

高一万石につき上米百石の基準を踏まえ、米直成と張紙の扱い、上米を金子で代納する場合の相場・換算方法を検討する。

登場人物
伊集院蔵人、島津内記、島津内膳、北郷作左衛門、名越右膳
宛先
島津内記、島津内膳、北郷作左衛門、名越右膳
キーワード
伊集院蔵人、上米、米直成、張紙、代金納、相場
追録3-No.1425文書旧記雑録暫定版確認度 中

在府大名の上米割合・御暇に関する連署書付

当年在府の大名の春の御暇と、以後の上米を御書付の割合に従わせること、家中の御用捨や使者による申越しの可否を申し述べる。

登場人物
伊集院蔵人、島津内記、島津内膳、北郷作左衛門、名越右膳
宛先
島津内記、島津内膳、北郷作左衛門、名越右膳
キーワード
在府大名、上米割合、御暇、使者、御書付
追録3-No.1346-8文書旧記雑録暫定版確認度 中

嶋津内記ほか三名連署状(古流太刀返却と上代鎧調査)

八月十六日、嶋津内記・嶋津主殿・伊集院蔵人・北郷作左衛門が嶋津内膳へ、三宅弥市郎の依頼で佐久間九右衛門が登城し、提出された太刀二腰・小サ刀一腰を上覧に供したが、すべて無手入の古流太刀ではなく仰付の用に適わず、十四日に返却されたので近日の便で送ると伝える。国元の古い家伝や神社に所蔵する上代の鎧を広く探して送り、御用に適うか見てもらうよう命じ、古い太刀も吟味して差し出すよう求める。樺山権左衛門が将軍家から拝領した鎧なども候補とする。

登場人物
嶋津内記、嶋津主殿、伊集院蔵人、北郷作左衛門、嶋津内膳久兵、三宅弥市郎、佐久間九右衛門、樺山権左衛門
宛先
嶋津内膳殿
キーワード
太刀二腰、小サ刀一腰、上覧、無手入古流、御用不適、返却、上代鎧、神社、樺山権左衛門、八月十六日
追録3-No.1346-14文書旧記雑録暫定版確認度 中

嶋津内記ほか三名連署達書(上代鎧と古代作太刀の調査差出し)

十月十六日、嶋津内記・嶋津主殿・伊集院蔵人・北郷作左衛門が嶋津内膳へ、先に送るよう命じた上代の鎧をさらに吟味し、全部揃ったものだけでなく不全部でも差し出すよう伝える。現在はなく、見つかれば送る旨を武松権右衛門便で連絡された件を承知する。菱角の上代鎧は全部揃っていなくても道具があれば十分調べて送り、古代作の太刀も種類を問わず吟味し、あれば送るよう求める。

登場人物
嶋津内記、嶋津主殿、伊集院蔵人、北郷作左衛門、嶋津内膳、武松権右衛門
宛先
嶋津内膳
キーワード
上代鎧、全部、不全部、菱角、武松権右衛門、古代作太刀、吟味、差出し、十月十六日
後編6-No.159-2文書確認度 中

松平石見守・生駒壱岐守衆中切腹被仰付候衆書立

松平石見守・生駒壱岐守の家中で切腹を命じられた者を列挙した書立。伊木野伊織以下の家臣を、相馬大膳・仙石越前守・丹羽左京・真田伊豆・京極丹後守・松平出羽守・森内記らの預け先ごとに掲げ、切腹者のほか追放・仕置に関わる者も記している。張紙・墨書で『此名書ハ御譜中ナシ』との注記があり、本文135頁から136頁上段まで続く。

登場人物
松平石見守、生駒壱岐守、伊木野伊織、同名次左衛門、大原久左衛門、寺西仲左衛門、菅友伯、小川四郎左衛門、別所六左衛門、牛尾四郎左衛門、杉谷多左衛門、丸山忠兵衛、山元喜左衛門、田邊三郎右衛門、石丸六左衛門、小川二郎兵衛、小寺八郎右衛門、宇津孫右衛門、山脇久左衛門、三野四郎右衛門、生駒帯刀、生駒左門、上坂勘解由、森出雲、前野次太夫、石崎若狭、下嶋市兵衛、新庄右近、相馬大膳、仙石越前守、丹羽左京、真田伊豆、京極丹後守、松平出羽守、森内記、青山大蔵允、井上筑後守、柳丹後守、能勢四郎右衛門尉
宛先
—
キーワード
松平石見守、生駒壱岐守、家中衆、切腹、書立、預け先、相馬大膳、仙石越前守、丹羽左京、真田伊豆、京極丹後守、松平出羽守、森内記、追放、仕置衆、張紙、墨書、御譜中ニ無之
後編6-No.195文書確認度 中

島津久慶覚書

島津久慶が江戸・長崎関係の処置を列記した覚書。江戸城で諸大名へ申し渡された吉利支丹改めの手順、端午の御服と御内書を持ち下った使者が大坂船を待って遅れた件、老中への確認、大野内記・鬼塚源太左衛門が持参した相良主計助の条書を記す。さらに長崎奉行へ折々に情報を伝えること、江戸上屋敷の留守居として家老一人を早く上らせることなどを、種子島左近忠時へ申し含めるよう示している。

登場人物
島津久慶、種子島忠時、相良主計助、大野内記、鬼塚源太左衛門、長崎奉行
宛先
—
キーワード
島津久慶、種子島忠時、相良主計助、大野内記、鬼塚源太左衛門、長崎奉行、吉利支丹改め、江戸城、端午御服、御内書、大坂船、老中、長崎連絡、江戸上屋敷、留守居、家老、覚書
追録2-No.1741記事旧記雑録暫定版確認度 中

幕府、島津綱貴ノ病ヲ見舞フ記事

綱貴公御譜中に、将軍家が八月朔日に田村右京大夫建顕を芝邸へ遣わして綱貴の病気を見舞い、吉貴が江府へ使書で謝礼し、十三日には本田弾正少弼忠晴が再び病を問うたと記す。九月七日には久永内記が病状を尋ね、将軍家から肴一種を賜る。吉貴は先に国を発って途中でこれを聞いたため、恩遇への謝礼が遅れたと付記する。

登場人物
徳川綱吉・田村建顕・本多忠晴・久永内記・島津綱貴・島津吉貴
宛先
—
キーワード
将軍家、綱貴、八月朔日、田村建顕、芝邸、十三日、本田忠晴、九月七日、久永内記、肴一種下賜、吉貴、発国、途上、謝礼遅延、綱貴之譜参照
追録2-No.1743記事旧記雑録暫定版確認度 中

幕府、島津綱貴ノ病ヲ見舞フ記事

綱貴公御譜に、九月六日、幕府元老が奉書を下し井関正伯を遣わして綱貴の病を治療させたと記す。小注には中村玄悦・渋谷松軒および町医師仙田玄智らも来て脈を診たとある。翌七日、上使久永内記を通じ鮮干鯛一箱を綱貴に下賜する。綱貴の病が重いため、上使を中奥へ招き厚意を謝した。

登場人物
幕府元老・井関正伯・中村玄悦・渋谷松軒・仙田玄智・久永内記・綱貴
宛先
—
キーワード
綱貴公御譜、九月六日、幕府元老、奉書、井関正伯、中村玄悦、渋谷松軒、町医師、仙田玄智、診脈、七日、上使、久永内記、鮮干鯛一箱、下賜、中奥、謝礼
追録2-No.3091連署書状旧記雑録暫定版確認度 中

満女の大奥登営・贈答の詳細を報じる連署書状

六月二十日、島津将監久當・内記久貫が島津大蔵・種子島弾正・肝付主殿へ、十八日の満姫大奥登営、御台所への御目見と熨斗・内証の香箱伽羅拝領、供女中らの御目見・饗応・拝領、岩倉・かよの取持、帰館後の出迎えと祝儀を報じる。献上・拝領・役人らへの贈物の品目は別紙とし、老中らへの礼や太閤の不例、任官祝儀の取次、近衛家諸大夫へは未通知で案紙を送ることも記す。

登場人物
島津将監久當・島津内記久貫(判)
宛先
島津大蔵・種子島弾正・肝付主殿
キーワード
島津将監久當、島津内記久貫、島津大蔵、種子島弾正、肝付主殿、満姫、大奥登営、御目見、饗応、熨斗香箱伽羅拝領、岩倉かよ取持、贈答別紙、近衛家未通知、案紙
追録3-No.40覚書旧記雑録暫定版確認度 高

在府家老覚書

在府家老が、島津大蔵・島津内記の差越、御目見・献上、国元からの願書や口上書の取次をめぐる経緯を整理した覚書。留守居・家老を介する書付の受渡しと請取、間部詮房・本多忠良らへの伺い、返答の遅れを具体的に記し、手続の扱いを検討する。

登場人物
在府家老、島津吉貴、島津大蔵、島津内記、間部詮房、本多忠良
宛先
島津家関係者(覚書で明示なし)
キーワード
在府家老、島津大蔵、島津内記、御目見、願書、留守居、書付、取次
追録3-No.41文書旧記雑録暫定版確認度 高

島津吉貴願書

島津吉貴が、前年に御目見を許された留守居家老島津内記を近衛家の満君の上京に供するため、代わって江戸に差し越す家老島津大蔵にも先例どおり御目見を許すよう願い出る。

登場人物
島津吉貴、島津大蔵、島津内記久貫、近衛家の満君
宛先
幕府(願書の宛名なし)
キーワード
島津吉貴、島津大蔵、島津内記、留守居家老、御目見、願書、近衛家、上京
追録3-No.437文書旧記雑録暫定版確認度 中

鶴田祁答院寺領二十石寄付の知行目録

十二月十六日、種子島弾正久基・嶋津内記久貫・嶋津大蔵久明が、薩州鶴田内の高二十石を、南泉院の末寺である祁答院へ再興に際して寺領として寄付し、所務を認める。名寄帳は別冊にあると記す。

登場人物
種子島弾正久基、嶋津内記久貫、嶋津大蔵久明、鶴田祁答院、南泉院
宛先
—
キーワード
薩州鶴田、祁答院、南泉院末寺、再興、寺領二十石寄付、知行目録、名寄帳別冊、種子島久基、内記久貫、大蔵久明
追録3-No.822記事旧記雑録暫定版確認度 中

吉貴が時服百領・白銀千枚・龍蹄一匹・雄刀を賜る記事

六月十一日、上使戸田山城守忠真が桜田屋敷に来て、先例どおり吉貴へ時服百領・白銀千枚を賜ると告げた。吉貴は即日登営して謝し吉宗に拝謁し、馬を意味する龍蹄一匹を賜り、その後に雄刀来国光一腰(代二千五百貫)を賜った。これは将軍家の新たな慣例とし、同日芝屋敷で留守居家老島津内記久貫が台顔を拝したと記す。

登場人物
吉貴、吉宗、戸田山城守忠真、島津内記久貫
宛先
記載なし(御譜記事)
キーワード
六月十一日、戸田忠真、桜田屋敷、吉貴、時服百領、白銀千枚、吉宗、龍蹄一匹、来国光一腰代二千五百貫、将軍家新例、芝屋敷、島津内記久貫
追録3-No.883文書旧記雑録暫定版確認度 中

肝付兼柄ほか四名連署状(封王使・謝恩使進物の先例許可と今後の取扱い)

十二月、肝付兼柄ら五名が嶋津備前へ、琉球の封王使への刀・長刀・鎗、清帝への謝恩品の具足・刀・長刀・鎗・馬道具について、尚敬の代に先例どおり贈る願いを取り次いだ経緯を伝える。品は実用できない日本礼式の形で、実武具や類似品の差渡し禁止は守ると説明する。十月二十六日に内記の書付を留守居川上五後右衛門から井上河内守へ提出し、御用人音羽庄兵衛が附札指示を取り扱った。天和三年の先例以外は御免不要と考えてきたが、御城・江戸屋敷の火災で書留が焼失し細部は不明、慶長以来の和漢交易と神代以来の事情も引く。今後は先例の筋で扱い、同様なら詳しい伺いを省き、後年のため願書への附札書付と内記の申上書を渡し御記録所へ記すよう求める。

登場人物
肝付主殿兼柄、比志嶋隼人範房、種子嶋弾正久基、北郷作左衛門、嶋津将監久當、嶋津備前久達、尚敬、三司官、井上河内守、嶋津内記久貫、留守居川上五後右衛門、御用人音羽庄兵衛
宛先
嶋津備前殿(久達注)
キーワード
封王使、謝恩使、尚敬、三司官、清帝、馬道具、具足刀長刀鎗、実用不可、日本礼式、実武具差渡禁止、天和三年先例、火災書留焼失、内記久貫、井上河内守、音羽庄兵衛、附札、御記録所、五署、嶋津備前
追録3-No.1346-1文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久貫書状

七月二十七日、嶋津内記久貫が嶋津内膳へ、三宅弥市郎から求められた古代作の太刀・小サ刀について、太刀二振・小サ刀一腰を仁礼仲右衛門に託して十八日に送り、追加を調べると伝える。八幡新田宮や頴娃開聞神社等の古刀は見分したが拵えが変わっており手本に難がある。木上清左衛門が持つ古拵太刀の絵図を調べ、先祖が寛永七年に桜田屋敷で献上した太刀の図と拵えの次第を写して送るので御用なら取り扱うよう頼む。

登場人物
嶋津内記久貫、三宅弥市郎、仁礼仲右衛門、木上清左衛門、嶋津内膳、清左衛門曽祖父掃部助
宛先
嶋津内膳殿
キーワード
島津久貫、嶋津内記、嶋津内膳、三宅弥市郎、仁礼仲右衛門、古代太刀、小サ刀、新田宮、開聞宮、木上清左衛門、古図、七月二十七日
追録4-No.547書状旧記雑録暫定版確認度 高

松平輝貞書状

帰国の暇に白銀・巻物・馬や大納言からの拝領物を受けたことを喜び、祢寝内記を通じた謝礼献上を承知した。

登場人物
松平輝貞、徳川家重、島津継豊、祢寝内記
宛先
松平大隅守
キーワード
松平輝貞、帰国暇、白銀、巻物、祢寝内記
追録5-No.2393御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪 元久ノ三百五十年忌ヲ修ス(目録記事。福昌寺法会)

八月六日、島津元久の三百五十年忌に当たり、重豪は四日から六日までの三日間、福昌寺で法会を営ませた。番頭の島津内記久澄を遣わし、香奠銀五枚を献じて拝礼させた。継豊も側用人の石黒戸後左衛門茂矩を遣わし、香奠銀一枚を献じた。

登場人物
島津元久・重豪・島津内記久澄・継豊・石黒戸後左衛門茂矩
宛先
記載なし
キーワード
八月六日記事、四日から六日三日法会、元久三百五十年忌、福昌寺、番頭島津内記久澄、銀五枚、継豊使側用人石黒戸後左衛門茂矩、銀一枚
追録5-No.2495御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要

重豪登城シ武家諸法度ヲ受ク

重豪が二月二十一日の召しに応じて登城し、家治が大広間に出御して大名の拝謁を受けた。老中が上意による法令を伝え、中奥小姓が条令書を中段に置き、儒者林内記が読み上げた。重豪は拝聴して退出し、西丸へ赴いて政令を祝った。

登場人物
重豪・家治・老中・中奥小姓・儒者林内記・大名
宛先
記載なし(登城・拝聴記事)
キーワード
二月二十一日召し登城、家治大広間出御、老中上意、中奥小姓条令書中段、林内記読上げ拝聴、西丸奉賀
追録5-No.2706重豪公御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪、島津貞久ノ四百年忌ヲ修ス

七月三日、重豪が淨光明寺で道鑑公島津貞久の四百年忌法事を営んだ。番頭島津内記久澄を遣わして香奠銀五枚を奉納し、拝礼させた。

登場人物
重豪・道鑑公島津貞久・番頭島津内記久澄
宛先
記載なし(御譜記事)
キーワード
七月三重豪道鑑公島津貞久四百年忌淨光明寺、番頭島津内記久澄香奠銀五枚拝礼
追録7-No.無番号_0100系譜旧記雑録暫定版確認度 高

水野壱岐守続書(1462の1、実名忠韶候補)

1462の1、壱岐守様御続書。内室はお八重で、伯耆守の曽祖父溝口古浩軒の娘と記す。嫡子は周防守(忠実注)、松平大膳太夫の実弟とする。弟は水野内記(壱岐守の御手前にいた旨の注)、書院御番頭水野遠江守(忠善注)、交代寄合溝口摂津守(富静注)。甥欄は内田近江守(正肥注)、寄合長五郎(壽隆注)の惣領小濱徳太郎、内記の惣領水野藤五郎、その男安五郎を列記し、姪は同娘お喜代。養母方の従弟女として、弾正少弼の父本多越中守の内室と、細川和泉守の内室を記す。右の通りとして亥十月で結ぶ。人物と続柄は欄の配置を保持し、「同男」「同娘」の指示先を残す。本文に年月日付き署名はなく、年は1462表紙の文化12年亥による。壱岐守の実名注は忠韶候補として扱い、入力の忠嗣を確定名にしない。

登場人物
水野壱岐守(忠韶候補)、お八重、周防守忠実、水野内記、水野遠江守忠善、溝口摂津守富静、内田近江守正肥、小濱徳太郎、長五郎壽隆、水野藤五郎・安五郎・お喜代、本多越中守、細川和泉守
宛先
独立宛名・署名なし(壱岐守の続柄一覧)
キーワード
1462の1壱岐守忠韶候補亥十月内室お八重古浩軒娘嫡子周防忠実大膳実弟弟水野内記遠江忠善摂津富静甥内田正肥小濱徳太郎長五郎壽隆惣領藤五郎安五郎姪お喜代養母方従弟女本多越中守細川和泉内室
追録7-No.無番号_0101系譜旧記雑録暫定版確認度 高

水野忠実続書(1462の2、養家・実方と保管追記)

1462の2、周防守(水野忠実注)の続書。養父は壱岐守、養母はその奥方。叔父欄に水野内記・書院番頭水野遠江守・交代寄合溝口摂津守・内田近江守を掲げる。従弟欄は長五郎の惣領小濱徳太郎、内記の惣領藤五郎、その男安五郎、従弟女は同娘お喜代。養母方は伯母に南部伊勢入道(左衛門尉の養父)の内室、叔母に池田山城守の内室、和泉守の兄藤堂主殿頭の内室、山内遠江守の内室。従弟欄は南部左衛門尉、山城守嫡子池田帯刀、溝口古永之進惣領常太郎とその男鐵之丞。従弟女欄は松平飛彈守の内室、備後守の養母峻光院、縫殿頭の内室、古永之進娘お悦。実方欄に「御甥・実御兄・松平大膳太夫」と記す配置があり、単純な甥の氏名とは断定せず原欄を留保し、従弟松平淡路守を記す。亥十月で結ぶ。末朱書は、右二通を文化12年亥十二月廿五日に安房から受け、記録所で帳留すべき旨を本田休七が承知し、白木御文書八番箱へ入れたと記す。「右一冊トナレリ」の注もある。養家・養母方・実方の関係を混ぜず、本文十月と保管十二月を区別する。

登場人物
水野周防守忠実、壱岐守、水野内記、遠江守、溝口摂津守、内田近江守、小濱徳太郎、水野藤五郎・安五郎・お喜代、南部氏、池田氏、藤堂主殿頭、山内遠江守、溝口常太郎、松平飛彈守・備後守・縫殿頭・大膳太夫・淡路守、お悦、本田休七、安房
宛先
独立宛名・署名なし(続柄一覧。末尾は記録所帳留指示)
キーワード
1462の2周防水野忠実養父壱岐守養母奥方叔父内記遠江摂津内田従弟小濱藤五郎安五郎喜代養母方南部池田藤堂山内溝口常太郎鐵之丞飛彈備後峻光院縫殿頭悦実方大膳実御兄甥欄淡路亥十月十二月廿五安房本田休七記録所帳留白木八番箱一冊
追録7-No.284記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪御鷹ノ鶴ヲ拝領ス

寛政7年乙卯正月23日、家斉が興津内記を芝邸へ遣わし、貴鷹が捕らえた鶴一隻を重豪へ賜ったと記す記事。興津には忠明の人物注がある。斉宣が重豪に代わって恩旨を奉じ、その後各老中邸へ赴いて拝謝したという。鷹自体の拝領でなく、その獲物の鶴の拝領である。この記事は代受した理由として重豪の病気を明記していないので、前の似た記事の微恙を本記事に転用しない。

登場人物
島津重豪、徳川家斉、興津内記(忠明の人物注)、島津斉宣、老中
宛先
独立宛名なし(御譜記事)
キーワード
島津重豪、徳川家斉、興津内記忠明、芝邸、貴鷹所捕鶴一隻、拝領、島津斉宣代受、老中各邸拝謝
追録7-No.1281記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪が累世系譜を改訂して献呈する記事

重豪公御譜中。寛永19年壬午春3月に献じた系図には遺漏誤失が多いため、重豪が累世系譜を改訂して代えようと諸奏者堀田豊前守正穀へ私請し、承諾を得て国史館に和語で撰定させた。繕写完成後7月25日、留守居種子島次右衛門政苗を遣わし堀田を通して系譜11冊・家乗3冊・櫻田臨邸賜品状1通を献じた。同日堀田は奥右筆組頭秋山内記を介して老中松平伊豆守信明へ呈す。斉興が献呈したが実際は自分の意によると重豪が述べる記事。事情があって献替できず、寛永中に呈した系図を失ったことを巻跋に記す注も保持し、献呈済を旧本交換済としない。文化10年は同事の1282と目録による。

登場人物
重豪、斉興、堀田豊前守正穀(原表記)、種子島次右衛門政苗、秋山内記、松平伊豆守信明
宛先
独立宛名なし(重豪公御譜)
キーワード
寛永十九壬午三月系図遺漏、重豪改累世和語国史館、七月廿五政苗堀田正穀秋山内記信明、系譜十一冊家乗三冊賜品状一通、寛永系図失・献替不可巻跋
追録7-No.1282記事旧記雑録暫定版確認度 高

斉興が累世系譜を献呈する記事(大父の意による)

斉興公御譜中。寛永19年壬午3月に幕府へ献じた系図には遺漏誤失が多いので、大父公が累世系譜を改訂して代えたいと奏者堀田豊前守正穀へ私請、承諾により国史館へ和語撰定を命じた。今茲癸酉7月25日に繕写を終え、斉興が留守居種子島次右衛門政苗を遣わし堀田を通じて系譜11冊・家乗3冊・櫻田邸賜品状1通を献じ、堀田は奥右筆組頭秋山内記を介して老中松平伊豆守信明へ呈した。しかし幕府の例規により新本で旧本を交換できなかったという。斉興による献呈も実は大父の意によること、詳は大父公譜中家老書中にあることを記す。献呈と新旧本の交換を分け、1281の献替不可・系図紛失注と本件の例規説明を同一理由へ統合しない。

登場人物
斉興、大父公、堀田豊前守正穀(原表記)、種子島次右衛門政苗、秋山内記、松平伊豆守信明
宛先
独立宛名なし(斉興公御譜)
キーワード
文化十癸酉七月廿五、累世系譜国史館和語、斉興政苗堀田正穀秋山内記信明、系譜十一家乗三賜品状一、幕府例規新旧交換不可、大父意家老書参照
追録7-No.1291書状旧記雑録暫定版確認度 高

鎌田政輿書状(系譜提出経過・附書十一通)

写正文在文庫。寛永以来公儀へ差出した系図に書損・誤りがあり改訂して引替する件は、去未9月に堀田豊前守へ内意済。今回編纂完了後、記録奉行が再吟味し堀田が内見、記録掛同行を求める。堀田留守居園田庄助→種子島次右衛門に連絡し木場次右衛門同行、下書の御尋と応御尋書の調整を経る。中納言へ新譜差出の際に旧譜返却を請うが、古来譜は公方手元で格護され臣下へ差下する例がなく不成立、編集譜一部を堀田へ差出す。当時御系譜御掛りという役場はないが提出役筋はあり、書損誤りが多い旨の添書で提出。添書付の提出後、林大学頭へ嶋津図書が差出した書籍の返却も内談、答えは追って知らせる。添書は奥書にして文面を吟味、記録奉行に照会し堀田指図に沿い仕立て、堀田から伊豆守へ。奥書の仕立ては他大名の系譜と異なり結構過ぎとして程村紙表紙・同紙袋を指示、堀田留守居は箱入のまま差下し相応の仕立てを求めたが、伊豆守指図を無視できず前文通り取仕立とする経過(最終形態の具体は留保)。櫻田屋敷御成の拝領品立付書も堀田へ出し、御城奥右筆秋山内記を介し伊豆守へ、其儘留置。堀田留守居岡部庄助→種子島への手紙では林家に図書が差出した記録は先年聖堂類焼で焼失と報告。太守・大御隠居へも知らせ、留守居首尾書等11通を添え記録所へ書留を求める。譜の控は記録奉行から国元同役へ差越済。文化10年9月8日鎌田典膳署・四宛。

登場人物
鎌田典膳(政輿は目録)、川上右近、嶋津将監、嶋津安房、頴娃信濃、堀田豊前守、種子島次右衛門、木場次右衛門、園田庄助、岡部庄助、林大学頭、嶋津図書、松平伊豆守、中納言、公方、太守、大御隠居、秋山内記、御記録奉行
宛先
川上右近殿・嶋津将監殿・嶋津安房殿・頴娃信濃殿
キーワード
寛永旧系図誤改訂、去未九月堀田内意、記録奉行吟味内見、園田庄助木場種子島、旧譜公方格護返却例なし、当時系譜掛役場なし提出役筋あり、図書書籍返却内談、添書奥書程村紙袋箱仕立伊豆指図、櫻田拝領品立秋山内記、岡部庄助林家聖堂焼失、附十一通記録所・控同役
追録7-No.2031記事旧記雑録暫定版確認度 中

斉興御鷹の鶴を拝領す

十二月二十二日、幕府が上使岡部内記を遣わし、斉興へ御鷹の鶴を下賜したことを記す斉興公御譜中の記事。

登場人物
島津斉興、岡部内記
宛先
—
キーワード
島津斉興、岡部内記、上使、御鷹、鶴、拝領、幕府、十二月二十二日
追録7-No.2187申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

北郷久珉申渡書

北郷内記が御記録奉行へ、中山王尚灝は持病で務め難いため隠居し、嫡子中城王子尚育への継承願いが許されたことを伝える申渡書。尚育は心得て養生し、万事中城の名代として務めるよう命じ、さらに国内の仕置きを入念にするよう指示する。その旨を帳面に記録させる。十一月付、白木御文書九番箱中十九番。八月の2179より国内統治への追加指示を含む。

登場人物
北郷内記久珉、尚灝、尚育
宛先
御記録奉行
キーワード
北郷久珉、北郷内記、尚灝、持病、隠居、尚育、継承、養生、中城名代、国中仕置入念、帳面記録
追録7-No.2212申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久風外四名家老連署申渡書

内記・監物・丹波・久馬・但馬の五家老が、大中寺当住安山へ申し渡す。大中寺は御国僧の法脈相続に関わる寺であるが、先住透明が咎を受けて上り寺となり、国僧の脈絡が断絶するところを、厚い配慮により安山を住職に任じたとする。寺務を厳重に怠りなく勤め、国僧の系脈継続を専要とすること、今後の後住は識徳ある国僧から役寺が適任者を選び、まず上聞してから寺法どおり公儀へ申し出ることを命じる。今回の格別の扱いを肝に銘じ忘れず、平常から服膺し、私曲なく勤め、後代の住持にも不朽の遺訓として伝えるよう求める。文政十一年二月、五名は本文の官途署名を保持する。

登場人物
内記、監物、丹波、久馬、但馬(五家老官途署名)、安山、透明
宛先
大中寺当住 安山老
キーワード
五家老、内記、監物、丹波、久馬、但馬、大中寺、安山、透明、上り寺、国僧法脈、寺務、後住選任、公儀、私曲禁止、遺訓
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 40-1記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

伊地知季安が、島津久賀・喜入忠政が加世田内記を鹿児島へ帰し、川上久国・三原重庸へ書状を送ったと記す記事。

登場人物
伊地知季安、島津久賀、喜入忠政、加世田内記、川上久国、三原重庸
宛先
宛先なし(伊地知季安記事)
キーワード
伊地知季安、島津久賀、喜入忠政、加世田内記、鹿児島帰還、川上久国、三原重庸、書状送達
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 40-2文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久賀・喜入忠政連署書状

喜入忠政・島津久賀が三原重庸・川上久国へ、上津浦の番手を受け取ったことを報告する使者を出し、鬼塚源太左衛門尉から条書への返答を受領したと伝える。条書は、命令なく有馬へ渡る者には自船・自飯米を負担させ、後日処分もあり得るという内容で、当地の諸軍勢へ周知するとする。一方、「かうね」から当地へ人衆を繰り渡す船で平田民部少輔が相談なく有馬へ渡り、船の配分や四、五千人の輸送を乱したことを強く批判する。物頭・奉行を安易に任じれば国のためにならないとして、厳格に命じるよう求め、三原重庸の帰着後に詳しく協議し、加世田小内記にも条書で伝える書状。

登場人物
島津久賀、喜入忠政、三原重庸、川上久国、鬼塚源太左衛門尉、野州老、山田民部少老、平田民部少輔、加世田小内記
宛先
三原左衛門佐(重庸)、川上左近将監(久国)
キーワード
喜入忠政、島津久賀、上津浦番手、鬼塚源太左衛門尉、条書、有馬無断渡海、自船・自飯米、後日処分、かうね、平田民部少輔、船配分、四五千人輸送、物頭、奉行、加世田小内記
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 108書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国・三原重庸連署書状

川上久国・三原重庸が島津久賀・喜入忠政へ、加世田内記が持参した御状・条書への返答を伝える。薩州様が大勢を率いて出張するなら態勢が変わるが、松平伊豆守信綱から参陣不要と指示された場合は番手だけを残して帰陣するため、まず確認するよう求める。北郷久加・入来院重国にも知らせ、村田郷左衛門・猪俣為右衛門と筆者衆を米之津へ急行させるよう追伸する。

登場人物
川上久国、三原重庸、島津久賀、喜入忠政、加世田内記、薩州様、松平伊豆守信綱、北郷久加、入来院重国、村田郷左衛門、猪俣為右衛門、鎌田平右衛門
宛先
島津豊後守久賀様、喜入摂津守忠政様
キーワード
加世田内記、薩州様、大勢、参陣、松平信綱、番手、帰陣、北郷久加、入来院重国、村田郷左衛門、猪俣為右衛門、筆者衆、米之津
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w3:45系図旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

日奉姓小川氏系図

日奉姓の小川氏を日野宰相宗頼の末流とする系図。宗頼の流れが武蔵国へ移り、武蔵国内の西小川に居住したため小川を号したと由緒を記す。小川小太郎季能は宇治合戦の功によって甑島を与えられ、季直は甑島へ下向した。季有―季久―公季、久季―高季―久季、公季―季安―忠季、有季―尚常などの系線を掲げ、遠江守・前美濃守・伊勢守・越前守・中務大輔等の官途・通称を添える。忠季の妻を吉利下総女、有季の妻を島津義虎女とし、尚常については伊勢内記三男を実父とする養子関係を記す。

登場人物
日野宰相宗頼、季能、季直、季有、季久、公季、久季、高季、季安、忠季、吉利下総、伊勢内記、有季、尚常、島津義虎女
宛先
—
キーワード
日奉姓小川氏系図、日野宰相宗頼、武蔵国、西小川、小川号、季能、小川小太郎、宇治合戦、甑島拝領、季直、甑島下向、遠江守、前美濃守、伊勢守、越前守、中務大輔、吉利下総女、島津義虎女、伊勢内記三男、養子
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w8:106系図・前田諸左衛門家旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

前田諸左衛門家系図

庄内高城士前田諸左衛門家の短い系図。前田内記は『従是上世自不知出所』と祖先の出所が分からないとされ、薩州から召し移されて高城に住んだ。内記には男子がなかったため、瀬戸山丹波の次男を養子に迎えて兼行(諸左衛門)とし、その下に兼次(作左衛門)と、さらに兼次(諸左衛門)をつなぐ。同じ名の兼次が二代続くことと、養子の実父を明示することが特徴である。

登場人物
前田内記、兼行(諸左衛門)、瀬戸山丹波、兼次(作左衛門)、兼次(諸左衛門)
宛先
なし(系図)
キーワード
前田諸左衛門家系図、庄内高城士、前田内記、祖先の出所不明、薩州から高城へ移住、瀬戸山丹波次男、兼行養子、兼次作左衛門、兼次諸左衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID old1:41書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久通外四名連署書状

島津久通ら五名の連署書状。長崎で広まった清朝使節船の琉球渡来説について、現地の情報収集者から奉行所へ届け、通事を介して唐船に確かめた内容を覚書形式で報告する。大船建造や使節派遣の情報を列挙し、付記では松平定行へ竹宮内記を使者として差し向けたと記す。

登場人物
島津久通、伊勢貞昭、新納久詮、町田久則、鎌田政有、松平定行、竹宮内記
宛先
遠山三郎左衞門殿
キーワード
島津久通外四名連署書状、明暦元年九月十三日、伊勢貞昭、新納久詮、町田久則、鎌田政有、松平定行、竹宮内記、長崎、琉球、清朝、唐船、通事