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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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88 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編2-No.1026文書確認度 高

伊勢貞昌書状

大島忠泰が「御請国」の際に薩州様から知行を与えると約束されながら、出立時に必要な書状が付されず、給付が実現していない事情を伝える。 伊勢貞昌は弾正大弼・下野守へ書状を送り、大島側からも事情を申し入れるよう勧めており、未処理の知行給付を実現するための取次状。

登場人物
伊勢貞昌、大島忠泰、薩州様、弾正大弼、下野守
宛先
大島久左衛門尉(大島忠泰)
キーワード
伊勢貞昌、大島忠泰、薩州様、知行給付、給付約束、弾正大弼、下野守、取次、家中行政、書状
前編2-No.1374記事確認度 高

大島有久譜

大島有久の出自と所領を記し、島津久豊の四男で伊集院頼久の娘を母とすること、日向庄内梅北・大隅姫城・帖佐田中門などを領し、長禄三年七月三日の三俣合戦で戦死したことを述べる。

登場人物
大島有久(出羽守)、島津久豊、伊集院頼久女
宛先
—
キーワード
大島有久譜、大島有久、島津久豊、伊集院頼久、梅北、姫城、帖佐、三俣合戦、戦死
前編2-No.2142記事確認度 中

大島氏系図

大島忠明の子忠次が十六歳で戦死したことや、菱刈方との戦いで敵を討ち、忠次の首を取り返した家臣の働きを記す。

登場人物
大島忠明、大島忠次、菱刈入道天岩、宮原十郎兵衛尉
宛先
—
キーワード
大島氏系図、大島忠次、菱刈氏、宮原十郎兵衛尉、戦死、首級、享禄二年
前編2-No.2168記事確認度 中

大島氏系図

大島出羽守有久を起点に、忠福・忠明ら大島氏の系譜と、太守忠国に仕えた由緒、所領・戦歴を記す。

登場人物
大島出羽守有久、大島忠福、大島忠明、太守忠国
宛先
—
キーワード
大島氏系図、大島有久、大島忠福、大島忠明、島津忠国、系譜、所領
前編2-No.2169記事確認度 中

大島氏系図

大島忠福・忠明父子と次郎四郎忠次らの系譜、忠次が大口城で捕らえられた後の経緯や子孫関係を記す。

登場人物
大島忠福、大島忠明、次郎四郎忠次、本田刑部太輔
宛先
—
キーワード
大島氏系図、大島忠福、大島忠明、忠次、大口城、本田氏、系譜
後編2-No.1021記録確認度 高

大島忠泰高麗道記

大島忠泰が、薩摩で仕えた島津義弘を頼って高麗へ向かう道中を、宿泊地・人々との応対・贈答・風景とともに記した紀行。 旅先で詠んだ多数の和歌、金剛経読誦や神仏への祈り、故郷や知人を思う心情が随所に入り、従軍の道程を内面的に伝える。 軍事記事だけでは見えにくい、朝鮮出兵期の主従関係、旅の不安、宿の交流、武士の信仰と文芸活動を知る上で貴重な長編史料。

登場人物
大島忠泰、島津義弘、加藤清正
宛先
—
キーワード
大島忠泰、島津義弘、加藤清正、高麗道記、朝鮮出兵、紀行、宿泊、和歌、金剛経、祈願、主従関係
後編2-No.1022文書確認度 高

大島忠泰書状

高麗在陣中の大島忠泰が、家族には自分を心配しないよう伝え、大蔵仲兵衛・九郎左衛門尉らに留守宅と家中のことを託した書状。 十八日以降の日付ごとに、宿泊地、進んだ里数、川口への船着きなど移動の経過を細かく報告し、書状や贈物の受け渡しにも触れる。 軍務の背後にある家族への気遣い、留守居の運営、朝鮮在陣者の通信と移動実態が一通から読み取れる私信。

登場人物
大島忠泰、大蔵仲兵衛、九郎左衛門尉、五介、十介
宛先
家族・留守居衆(具体名判読要確認)
キーワード
大島忠泰、高麗、朝鮮出兵、家族、留守居、大蔵仲兵衛、船着き、旅程、通信、在陣書状
後編2-No.1024文書確認度 高

大島忠泰書状

大島忠泰が内方へ、留守宅の火の用心を徹底し、仲兵衛の黒役や家中の作事について下代衆へ指示するよう頼む。 小吉・宮役殿・弥太右衛門らへの伝言、手紙や贈物の受け渡し、船を出す日取りについても細かく書き、三~五日中の好日を見て出船すると知らせる。 在外中の夫が妻へ家政・人間関係・輸送を託し、「心遣いあるまじく」と安心させる、生活感の濃い私信。

登場人物
大島忠泰、仲兵衛、小吉、宮役殿、や八、弥太右衛門
宛先
内方(妻)
キーワード
大島忠泰、内方、妻、火の用心、仲兵衛、小吉、宮役殿、弥太右衛門、出船、家政、私信
後編2-No.1025文書確認度 高

大島忠泰書状

大島忠泰が、月内に引き陣して帰国する見込みと、複数の船の着岸・乗船、馬や荷物の手配を「やともと」へ細かく伝える。 道中の日程や同行者、家中の者への伝言、贈物の受け渡し、留守中の人員・家畜の扱いまで指示し、長期在陣から帰還へ移る際の実務と家族への気遣いを伝える私信。

登場人物
大島忠泰、やともと
宛先
やともと(本文表記)
キーワード
大島忠泰、やともと、朝鮮出兵、引き陣、帰国、船、着岸、馬、荷物、旅程、留守居、家政
附録2-No.1414記事確認度 高

大島氏系図抄

島津忠明の子忠次の後嗣忠泰を祖とする大島氏系図。大口内の大島を領して大島を称し、断絶した忠次家を妹の子忠泰が継いだこと、馬越・山野地頭、肥後・豊後征伐と朝鮮出兵、忠盈による再興を記す。

登場人物
大島忠明、大島忠次、大島忠泰、大島忠盈
宛先
—
キーワード
大島氏、大島忠明、大島忠次、大島忠泰、大島忠盈、大口、馬越、山野、肥後征伐、豊後征伐、朝鮮出兵、養子、系図
後編2-No.1023文書確認度 中

大島忠泰書状

か兵衛らの動向について、先に人足だけが到着し、本人は荷物を降ろすため遅れていると宿本へ知らせる。 留守中の人員配置や下女の扱いを相談し、湯尾の「こけさま」への礼、護符・守りや神慮に関する依頼も書き添える。 移動中の荷物処理、奉公人の配置、祈祷・護符への信頼が同時に現れる、家政上の細かな相談書状。

登場人物
大島忠泰、か兵衛、拾左衛門尉
宛先
宿本(本文表記)
キーワード
大島忠泰、宿本、か兵衛、拾左衛門尉、人足、荷物、留守居、下女、護符、神慮、家政
追録8-No.1177大島外四島で県内同様に金銭を流通させ物資交換を円滑にする達旧記雑録暫定版確認度 中

大島外四島の金銭流通

大島外四島では米・茶その他の品物を交換に用いているが、時勢に合わず不便で融通が難しいため、県下と同様に金銭を流通させ、取引を円滑にするよう命じる。

登場人物
鹿児島県庁、大島外四島住民
宛先
大島外四島住民・県内取引関係者
キーワード
大島外四島、米、茶、物々交換、金銭、流通、取引、融通、鹿児島県庁
前編2-No.1375記事確認度 高

殉国名藪

長禄三年七月三日の日向三俣小山での合戦について、島津忠国が和田・高木勢を討った際、新納忠臣・大崎忠秀・大島有久らが戦死したことを記す『殉国名藪』の記事。

登場人物
新納忠臣、島津忠国(大岳公)、和田氏、高木氏、大崎忠秀、大島有久ほか
宛先
—
キーワード
殉国名藪、長禄三年、新納忠臣、島津忠国、三俣、小山、和田氏、高木氏、大崎忠秀、大島有久、戦死
後編4-No.217文書確認度 中

島津忠恒書状

島津忠恒が、油の調達と新たな命令、大島渡海を来秋に実行する計画について述べた書状。石槽船を当年中に造り、江戸へ運送すること、関係者を適切に配置して後年へ先送りしないことを命じる。

登場人物
島津忠恒、島津義弘、島津義久、大島・石槽船関係者
宛先
—
キーワード
島津忠恒、大島渡海、来秋、石槽船、造船、江戸、運送、油、命令、人員配置
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:88大島流人願敬の監督条書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

家老座条書

大島に送る願敬の囲い・食事・衣類・病気の手当て、外出や書通の禁止、逃亡や死亡時の報告を定める。もと一向宗の流人として浄土宗への改宗後も宗門上の疑いがあれば報告させる。

登場人物
願敬、御家老座、大島代官
宛先
大島代官
キーワード
家老座、願敬、大島、流人監督、一向宗、浄土宗、改宗
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:89-2流人願敬への申渡しを大島代官に伝える書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

家老座申渡書

家老座が大島代官へ、前項の禁令を願敬に申し渡したので了承し、代官の交代時にも引き継ぐよう命じる。

登場人物
御家老座、大島代官、願敬
宛先
大島代官
キーワード
家老座、大島代官、願敬、申渡し、引継ぎ
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:90流人願敬の改宗と宗門札に関する証文旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

勘定所証文

勘定所が大島代官へ、京都から流罪となった願敬はもと一向宗で、浄土宗への改宗を命じて大島に送ったと伝える。後年の宗門札改めでは、以前の宗旨を札の肩書や帳面に記すよう命じる。

登場人物
御勘定所、願敬、大島代官
宛先
大島代官
キーワード
御勘定所、願敬、大島、流人、一向宗、浄土宗、宗門札
追録2-No.3187口上覚旧記雑録暫定版確認度 低

大坂川筋の船除復旧を求める大島忠宣口上覚

七月十二日、大島孫右衛門が船奉行石川四郎左衛門の家老・猪瀬喜内と鈴木弥市右衛門へ、吉貴が帰国暇を得て近日到着するので、大坂川筋通船時に以前のように船除を行ってほしいと願う。一昨年の帰国は陸路で、前年参府時は願い出なかったが、船が入り込んで危急を感じたという。

登場人物
大島孫右衛門忠宣
宛先
猪瀬喜内・鈴木弥市右衛門
キーワード
大島孫右衛門忠宣、猪瀬喜内、鈴木弥市右衛門、船奉行石川四郎左衛門家老、大坂川筋、船除、一昨年陸路、前年参府、船入危急、旧例復旧、口上覚
追録6-No.1663記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪、甑島浦人と大島の孝行者を褒賞す

重豪公御譜中に収める二つの褒賞記事。最初は甑島郡下甑島手打村の浦人長左衛門・彌八・善六について、島民はもとから釣魚を生業としていたが、安永中に魚の獲れが少なく、さらに時疫が加わって甚だ困ったため、長左衛門らが私蔵の米と銭を出して救ったと記す。そのため今冬十二月に長左衛門・彌八へ各々青銅千匹を与えて賞し、善六には五年の丁役を免じて褒賞したとする。朱注は、善六には先に褒賞があり、そのため今またこのようにしたという趣旨を付す。続く〇印の第二記事は、大島屋喜内間切大和浜村の佐榮秀の孝養を扱う。父の佐榮南は与人役を勤めた後、長年病んで牀蓐にあり、琉球へ行って医を求めようとした。佐榮秀は同行を願ったが、まだ幼かったため許されず、ひそかに航底へ入って父に従ったという。このように甚だ厚い孝養であったため、今冬十二月、有司に命じて廩米二十五俵を与えて賞したと結ぶ。第一記事の救済者三人と褒賞の米銭・役免除、第二記事の病父と同行した息子・受賞者を分け、父の与人役を息子の役職として移さない。

登場人物
重豪(御譜)、下甑島手打村浦人長左衛門・彌八・善六、島民、大島大和浜村佐榮秀、父佐榮南(与人役、原表記)、有司
宛先
記事につき独立宛名なし
キーワード
甑島手打村釣魚不漁時疫、長左衛門彌八善六私蔵米銭救済、十二月青銅各千匹と五年丁役免除、〇大島屋喜内大和浜佐榮秀、病父与人佐榮南、琉球求医航底同行、廩米二十五俵
追録5-No.2397御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

継豊 家重ヨリノ嘉賜拝戴ス(目録記事。隠居祝儀の護送と謝礼)

家重が六月二日、継豊の隠居祝いに若年寄酒井石見守忠休を芝邸へ遣わし、宝刀一振と箱肴一種を賜った。重豪が接待し、桂長左衛門勝行と大島孫右衛門有情が、歩士二人・軽卒四人を伴って品物を薩摩へ護送した。一行は六月八日に江戸を発ち、東海道・山陽道・九州を経て七月七日に到着した。継豊は即日、使者の書状で礼を申し述べ、老中が奉書で返答した。

登場人物
家重・継豊・酒井石見守忠休・重豪・桂長左衛門勝行・大島孫右衛門有情・歩士・軽卒・老中
宛先
記載なし
キーワード
六月二日記事、家重退隠祝儀、酒井石見守忠休、宝刀一柄箱肴一種、備前助守、長二尺五寸二分半代金三十五枚、重豪接待、桂勝行大島有情、歩士二軽卒四、六月八日江戸発七月七日到着、即日使翰謝礼、老中奉書返答
追録6-No.1959記事旧記雑録暫定版確認度 高

家重二十三回忌と吉宗三十三回忌に使者を遣わし各銀十枚を献じる

天明三年六月十二日、増上寺で惇信廟(家重)の二十三回忌法事が営まれ、翌十三日、重豪は大島休左衛門を遣わして香奠銀十枚を献じ拝礼させた。同月二十一日には東叡山で有徳廟(吉宗)の三十三回忌法事が営まれ、島津登久連を遣わして銀十枚を献じ拝礼させたと記す記事。

登場人物
島津重豪、徳川家重、徳川吉宗、大島休左衛門、島津登久連
宛先
—
キーワード
島津重豪、家重、惇信廟、二十三回忌、増上寺、吉宗、有徳廟、三十三回忌、東叡山、大島休左衛門、島津登久連、銀十枚
追録2-No.3189書状旧記雑録暫定版確認度 低

大坂川筋船除の実施を伝える大津屋勘兵衛書状

七月十八日、大津屋勘兵衛が大島孫右衛門へ、吉貴の当地到着と川口入津・出船に際し、仲間で船除をして乗船に支障のないようにする旨を町奉行所から命じられたと伝える。今後は出船日時を早めに知らせてもらい、その都度内意を伺いたいと頼む。

登場人物
大津屋勘兵衛
宛先
大島孫右衛門
キーワード
大津屋勘兵衛、大島孫右衛門、薩摩守、大坂川筋、船除、町奉行所、町役人、書状
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:87-1京都からの流人二人の配流申渡書写旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津久豪申渡書写

京都から送られる西本願寺関係の流人二人を願敬は大島、雲貞は喜界島へ配流するとし、船中の護送、島での囲い・番所・番人、賄いなどの準備を命じる。

登場人物
島津久豪、願敬、雲貞
宛先
大島代官所・喜界島代官所
キーワード
島津久豪、願敬、雲貞、大島、喜界島、流人、護送
旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w09:87-2大島代官への流人収容準備申渡書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

木脇祐盛申渡書

木脇祐盛が大島代官日高次左衛門へ、先の流人配流命令に従い小家・囲い・番所などを船便到着前に整えるよう申し渡す。喜界島には別途連絡する旨も記す。

登場人物
木脇祐盛、日高次左衛門
宛先
大島代官日高次左衛門
キーワード
木脇祐盛、日高次左衛門、大島、流人、囲い、番所
後編2-No.14文書確認度 高

羽月郷大島村若宮棟札

天正十三年三月二日、羽月郷大島村の若宮社殿造営に際して掲げられた棟札。若宮の由緒と造営の趣旨を記し、島津義久をはじめ島津忠明・新納忠武ら関係者の名を伝える。地域寺社の修造に島津家中がどのように関与したかを確認できる建築・信仰史料である。

登場人物
島津義久、島津忠明、新納忠武
宛先
該当なし
キーワード
羽月郷、大島村、若宮、棟札、社殿造営、寺社、島津義久、島津忠明、新納忠武
追録6-No.1303書状旧記雑録暫定版確認度 高

重豪書状―進貢使津嘉山の北京勤め・大島漂着後帰着と贈品への礼

書状を拝見したと述べ、去辰年に大清国へ遣わされた進貢使津嘉山親雲上が北京の勤めを終え、当春の帰帆中に大島へ漂着し、五月にその地へ帰着した旨を承知したとする。このたび津嘉山をもって別録の品を贈られたことは、入念で身に余ると返答する。末尾は十月十八日、中将重豪御判の表示、謹上中山王、年は朱に安永四年。津嘉山親雲上は進貢使としての人物で、地名の津嘉山のみへ置き換えない。去辰年を去る一年と読み替えず、本文に記す時期の表現を保持する。大島は原呼称を保ち、五月の帰着先もその地という表現以上に具体化しない。王からの贈品と、清国への進貢使の経過を分け、別録の品物を清から重豪へ直接下賜した品としない。品名・数量は本文に記されず補わない。

登場人物
中将重豪、中山王、進貢使津嘉山親雲上
宛先
謹上 中山王
キーワード
去辰年、大清国進貢使津嘉山親雲上、北京勤め、当春帰帆、大島漂着、五月其地帰着、津嘉山別録贈品、十月十八日
追録8-No.1264-2太政官布告旧記雑録暫定版確認度 中

大島・喜界島などを大島郡として大隅国へ所属させる布告

鹿児島県管轄の大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島を大島郡とし、大隅国へ属させることを布告する。原文は「大島・喜界島・徳ノ島・沖永良部島・與論島」と列挙する。

登場人物
太政大臣三条実美
宛先
鹿児島県
キーワード
大島郡、大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島、大隅国、鹿児島県、太政官布告、三条実美
追録6-No.2080記事旧記雑録暫定版確認度 中

南林寺火災・再建と島津貴久像の還座

前年癸卯の正月十一日に南林寺で火災が起き、客殿まで焼けた。来訪中の蒲生郷士大脇孫六と住持泰禅は島津貴久(大中公)の影像を持ち出し、火災後は福昌寺に移した。その年七月二十六日に南林寺の再建工事を始め、翌春三月十日に落成した。十五日に影像を福昌寺から南林寺へ戻し、重豪は島津又六郎久良を、虎寿丸は大島休左衛門久章を大中公廟への参拝に遣わした。

登場人物
島津貴久(大中公)、島津重豪、島津又六郎久良、虎寿丸、大島休左衛門久章、大脇孫六、住持泰禅
宛先
記事のため宛所なし
キーワード
南林寺、火災、再建、島津貴久像、福昌寺、大中公廟、住持泰禅、参拝
追録6-No.2572記事旧記雑録暫定版確認度 中

斉宣の襲封と謝恩登城・家臣献上・少将任官を記す

「近秘野帥 斉宣公」の出典表示を伴い、天明七年の公辺関係の出来事を記す。正月二十九日に世子が封を受けたとし、二月十五日には斉宣が登城して太刀一腰・御刀一腰(濃州兼定)・縮緬二十巻・白銀百枚・御馬二疋を献上し、襲封の恩を謝したという。あわせて家臣九名が進物を献上する。島津兵庫久徴・島津伊賀久金・市田勘解由盛常・島津登は巻物各五と御馬代銀を、大島休左衛門久皐・松崎次左衛門貞儔・岸喜右衛門章彬・郡山権蔵長矩・谷村孫右衛門は巻物各三と御馬代銀を献じ、大家に陪謁し、例のとおり恩賞を受けたと記す。二月十九日に斉宣が初めて短袖となり、三月十八日に左近衛少将へ任じられたが位階は従前のままで、四月朔日に登城して謝恩したと続く。

登場人物
島津斉宣、将軍、島津兵庫久徴、島津伊賀久金、市田勘解由盛常、島津登、大島休左衛門久皐、松崎次左衛門貞儔、岸喜右衛門章彬、郡山権蔵長矩、谷村孫右衛門
宛先
記事(宛先なし)
キーワード
襲封、謝恩、登城、献上、太刀、兼定、縮緬、白銀、御馬、短袖、左近衛少将
後編4-No.183記事確認度 中

島津家久譜

島津忠恒が大坂に滞在したころ、琉球国中山王の朝貢が近年途絶えていたため、その責任を問うべく大島出兵が議論されたことを記す島津家久譜の記事。島津義弘は桂忠昉を通じて討議内容を忠恒へ伝えた。

登場人物
島津忠恒、島津義弘、桂忠昉、琉球国中山王
宛先
—
キーワード
島津忠恒、島津義弘、桂忠昉、琉球国、中山王、朝貢、大島、出兵、渡海、大坂
後編4-No.184文書確認度 中

島津惟新書状

島津義弘が島津忠恒に、在京中の労をねぎらい、琉球・大島渡海の談合と出兵準備について詳しく報告した書状。竜伯への相談、出物・人員の手配、関係役人との談合、振舞や接待の段取りなどを伝える。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒、島津義久(竜伯)、河上式部太夫、伊集院宮内少輔ほか
宛先
島津忠恒(陸奥守)
キーワード
島津義弘、惟新、島津忠恒、琉球、大島、渡海、出兵、談合、竜伯、河上式部太夫、接待
後編4-No.215文書確認度 中

島津惟新書状

島津義弘が島津忠恒に、呂宋船・唐船の着岸と積荷、船員の扱い、渡海計画について詳しく申し送った長文書状。紹益らを通じて国府へ報告し、船と荷を勝手に処分せず、大島・呂宋方面の計画を慎重に進めるよう指示する。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(奥州様)、島津義久(竜伯)、紹益、伊勢兵部少輔、呂宋・唐船関係者
宛先
島津忠恒(奥州様)
キーワード
島津義弘、惟新、島津忠恒、呂宋船、唐船、着岸、積荷、船員、大島、渡海、紹益、国府
後編4-No.216記事確認度 高

島津家久譜

島津家久譜の記事。慶長十一年六月六日、麗陽城楼門前の板橋が新たに完成し、渡り初めとなった。同日、伏見にいた島津忠恒が、国元の家老島津図書入道紹益・樺山権左衛門久高へ自筆の書を下し、来秋には必ず大島を討つので決して怠ってはならないと命じたことを記す。

登場人物
島津忠恒、島津図書入道紹益、樺山久高(権左衛門)
宛先
島津図書入道紹益、樺山久高(権左衛門)
キーワード
島津家久譜、島津忠恒、伏見、麗陽城、楼門、板橋、渡り初め、島津図書入道紹益、樺山久高、国元家老、大島、大島出兵、来秋、自筆書
後編4-No.533記事確認度 高

児玉筑後譜

児玉筑後譜の記事。慶長十四年、琉球が薩摩に属さないため、平田増宗を将として水軍を派遣し、三月四日に山川を出帆して大島・徳之島などを経て琉球へ進み、首里城に入り中山王を降した経過を記す。

登場人物
児玉筑後、平田増宗、島津家久、中山王
宛先
—
キーワード
児玉筑後譜、琉球征伐、平田増宗、水軍、山川、大島、徳之島、首里城、中山王
後編4-No.540記事確認度 高

島津家久譜

島津家久譜の記事。琉球の由来と中山王統、薩摩との朝貢関係断絶を述べ、徳川家康の許可を得て樺山久高・平田増宗らを派遣し、大島・徳之島を経て首里へ進み中山王尚寧を降した経過、帰国後の褒賞と統治を記す。

登場人物
島津家久、島津義久(龍伯)、島津義弘(惟新)、樺山久高、平田増宗、中山王尚寧
宛先
—
キーワード
島津家久譜、琉球出兵、中山王尚寧、樺山久高、平田増宗、大島、徳之島、首里、朝貢、徳川家康
後編4-No.541記事確認度 高

北郷忠能譜

北郷忠能譜の記事。慶長十四年三月、家久が樺山久高を大将として琉球を征し、北郷久武が百二十余人を率いて大島・徳之島を攻略、四月に首里へ至って尚寧を降し、五月に帰国したことを記す。

登場人物
北郷忠能、北郷久武、島津家久、樺山久高、中山王尚寧
宛先
—
キーワード
北郷忠能譜、北郷久武、島津家久、樺山久高、琉球出兵、大島、徳之島、首里、中山王尚寧
後編4-No.568文書確認度 高

島津惟新書状

五月二日、島津惟新が樺山久高に、三月十五日付の注進状が四月二十九日に届き、諸船が無事着岸し大島での事も支障なく進んだことを喜び、遠海での辛労をねぎらい、琉球の処置も順調に済むだろうと伝えた書状。

登場人物
島津惟新(義弘)、樺山久高、琉球渡海軍衆
宛先
樺山久高
キーワード
島津惟新書状、樺山久高、注進状、諸船無事、着岸、大島、琉球処置、渡海軍慰労
後編4-No.569文書確認度 高

島津竜伯書状

五月三日、島津龍伯が樺山久高に、渡海後の無事と大島着岸、上方への注進を喜び、琉球への軍衆配置と降伏処置を了承し、国中が喜んでいるとして一同の辛労をねぎらった書状。

登場人物
島津龍伯(義久)、樺山久高、伊集院半右衛門、平田増宗、佐多久元
宛先
樺山久高
キーワード
島津龍伯書状、樺山久高、大島着岸、琉球降伏、軍衆配置、伊集院半右衛門、平田増宗、佐多久元
後編4-No.570文書確認度 高

島津竜伯書状

五月三日、島津龍伯が樺山久高に、渡海後の消息がなく案じていたところ、船団が無事大島へ着岸し現地も平穏との報告を喜び、上方へも伝えるので以後も早急に注進するよう求めた書状。

登場人物
島津龍伯(義久)、樺山久高
宛先
樺山久高
キーワード
島津龍伯書状、樺山久高、琉球渡海、大島着岸、船団無事、上方注進、早報
後編4-No.584文書確認度 高

本多正純書状

六月二十六日、本多正純が島津家久に、派遣軍が大島・中島へ着船して両島を服属させ、琉球王の居所へ進軍したとの報告を上聞に達して家康も上機嫌であると伝え、琉球平定後に駿府移徙の祝儀のため上府する方針を了承した書状。

登場人物
本多正純、島津家久、徳川家康
宛先
島津家久(羽柴陸奥守)
キーワード
本多正純書状、島津家久、徳川家康、大島、中島、琉球攻略、上聞、駿府移徙、上府
後編4-No.603文書確認度 高

本多正純書状

七月十三日、本多正純が島津家久に、大島・中島を服属させ、中島で二、三百人を討ち取ったのち琉球王城を包囲し、国王・三司官らを降参させ帰朝させるとの注進を受け、家康・秀忠も大いに賞したと伝えた書状。

登場人物
本多正純、島津家久、徳川家康、徳川秀忠、琉球王、琉球三司官
宛先
島津家久(羽柴陸奥守)
キーワード
本多正純書状、島津家久、大島、中島、琉球攻略、討捕、王城包囲、国王降参、三司官、帰朝
後編4-No.604文書確認度 高

本多正純書状

七月十三日、本多正純が島津龍伯に、琉球派遣軍が大島・中島を服属させ、王城攻略と国王・三司官らの降参・帰朝を実現したとの注進を述べ、家康・秀忠がこの戦功を賞したと伝えた書状。

登場人物
本多正純、島津龍伯(義久)、徳川家康、徳川秀忠、琉球王、琉球三司官
宛先
島津龍伯(義久)
キーワード
本多正純書状、島津龍伯、島津義久、琉球攻略、大島、中島、国王降参、三司官、徳川家康、徳川秀忠
後編4-No.605文書確認度 高

山口直友書状

七月十四日、山口直友が島津家久に、大島平定後の返書に続き琉球全体も平定したとの注進を受けたこと、本多正純からも返事を送ったこと、使者に自分の者を一人添えて下向させたので早々に返報するよう伝えた書状。

登場人物
山口直友、島津家久、本多正純
宛先
島津家久(奥州)
キーワード
山口直友書状、島津家久、本多正純、大島、琉球平定、返書、使者、下向、返報
後編4-No.1537文書確認度 高

島津久元外三名連署覚書

翌正月の上洛、豊見城到来時の注進、前年同様の石高一石につき銀子八分の出物、大島で柳屋が境衆二人を連行した件の糾明、他国人の手形と絹の取締りを命じた連署覚書。

登場人物
島津久元外三名、豊見城、柳屋
宛先
琉球統制
キーワード
島津久元外三名連署覚書、上洛、豊見城、出物、銀子、大島、柳屋、他国人、手形、絹、元和四年八月晦日
後編6-No.320文書確認度 高

松平信綱外二名連署書状

松平信綱ら三名が島津光久へ、筑前国大島へ密航した伴天連四人・いるまん一人・同宿五人が捕縛されたことを伝えた連署書状。松平右衛門佐の番衆が小船による密渡を発見し、長崎奉行山崎権八郎へ送った処置を賞し、薩摩領内でも以前の捕縛に続いて一層念入りに穿鑿するよう命じている。

登場人物
松平信綱、阿部忠秋、阿部重次、島津光久、松平右衛門佐、山崎権八郎、伴天連、いるまん、同宿
宛先
松平薩摩守殿(島津光久)
キーワード
松平信綱、阿部忠秋、阿部重次、島津光久、筑前大島、伴天連、いるまん、同宿、密航、小船、捕縛、長崎奉行、山崎権八郎、切支丹穿鑿
後編6-No.331文書確認度 高

松平信綱外二名連署奉書

松平信綱ら三名が島津光久へ、筑前国大島で捕らえた南蛮の伴天連・いるまんらの白状を領内へ周知するよう命じた奉書。在江戸の諸衆へ供述内容を知らせたのと同様、国元にも伝え、井上筑後守から送られた別紙を参照して切支丹取締りに念を入れるよう求めている。

登場人物
松平信綱、阿部忠秋、阿部重次、島津光久、井上筑後守、伴天連、いるまん
宛先
松平薩摩守殿(島津光久)
キーワード
松平信綱、阿部忠秋、阿部重次、島津光久、井上筑後守、筑前大島、伴天連、いるまん、白状、領内周知、切支丹取締り、奉書
後編6-No.341文書確認度 高

島津久通・新納久詮連署書状

島津久通・新納久詮が、筑前大島で捕らえた南蛮人・伴天連らの白状を伝え、領内の切支丹穿鑿を命じた連署書状。阿部忠秋・阿部重次から江戸留守居が評定所へ呼び出され、井上筑後守の別紙とともに供述内容を在江戸大名へ示された経緯を報告し、国元でも同様に周知・捜索するよう求めている。

登場人物
島津久通、新納久詮、阿部忠秋、阿部重次、井上筑後守、伴天連、いるまん、在江戸大名衆
宛先
川上因幡守様・北郷佐渡守様・頴娃左馬頭様・山田民部少輔様ほか御中
キーワード
島津久通、新納久詮、阿部忠秋、阿部重次、井上筑後守、筑前大島、伴天連、白状、評定所、在江戸大名、領内周知、切支丹穿鑿
追録1-No.132文書旧記雑録暫定版確認度 高

松平定頼書状

琉球大島内で二度にわたり破損した寄船について、前年からの経緯を詳しく書付で報告するよう求めた書状。

登場人物
松平定頼
宛先
山田有栄、北郷久加、島津久通
キーワード
松平定頼、山田有栄、北郷久加、島津久通、琉球、大島、寄船、船破損
追録2-No.308口上覚旧記雑録暫定版確認度 高

宝島漂着南京唐船処置口上覚

島津綱貴が、南京唐船一艘と唐人三十七人が九月十一日に私領七島のうち宝島へ漂着した経過を報告した口上覚。荒浜で長く船をつなげず、薩摩へ送るにも順風がなかったため、唐人と相談し、十四日に案内を付けて琉球の大島まで送り、出帆時は琉球から知らせることとし、長崎奉行衆にも報告した。

登場人物
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宛先
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キーワード
島津綱貴、南京唐船一艘、唐人三十七人、九月十一日、七島、宝島、漂着、荒浜、順風、九月十四日、琉球、大島、長崎奉行
追録2-No.312連署状旧記雑録暫定版確認度 高

丹羽長守・近藤用高連署状

丹羽長守・近藤用高が松平薩摩守へ、南京出唐船一艘が九月十一日に七島の宝島へ漂着し、港がないため琉球大島へ送られたとの報告を承知したと返答した連署状。唐船が薩摩側へ到着次第、例どおり警固と曳船を付けて早々に長崎へ送るよう命じる。

登場人物
丹羽長守、近藤用高
宛先
松平薩摩守様
キーワード
丹羽長守、近藤用高、松平薩摩守、南京出唐船一艘、九月十一日、七島、宝島、漂着、琉球、大島、警固、曳船、長崎送致