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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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68 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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追録8-No.651-2親征・大総督と畿内七道諸藩の軍旅用意・奉命参集の沙汰旧記雑録暫定版確認度 中

親征の方針を告げ、諸藩に軍旅用意と今後の軍議・沙汰による参集を命じる

慶喜以下が江戸城へ遁れ暴逆を重ね、天下・人民が混乱と苦難に陥るとの叙述を理由に、叡断で親征を命じ、大総督を置くので承知するよう告げる。畿内七道の大小藩に軍旅の用意を求め、近く軍議と趣旨が決まって沙汰されるので、命を受けて参集し、諸軍がともに勉励して忠誠を尽くすよう二月三日に命じる。辰二月五日に立てた飛脚便によって同月十八日に到達したと付記する。情勢評価は沙汰の叙述として示し、将来の軍議・命令待ちの準備と実際の親征・出陣を区別する。

登場人物
朝廷、慶喜以下、大総督(本文名不記)、畿内七道の大小藩・諸軍
宛先
畿内七道の大小藩
キーワード
二月三親征沙汰慶喜以下江戸城暴逆四海鼎沸万民塗炭大総督人撰畿内七道大小藩軍旅用意不日軍議決定御沙汰奉命馳集勉励忠誠辰二月五立飛脚十八到達
前編2-No.966記事確認度 高

島津義天譜

松尾城・谷山方面の戦いで、籠城軍救援の是非をめぐる軍議と出陣を記す。久豊方が存忠らの援軍を得て城外へ進み、伊集院方と交戦しながら城門・渡河点を確保しようとした。多くの戦死者を出した後の撤退・再集結と和睦論も述べる。

登場人物
島津久豊、伊集院頼久、島津存忠、蒲生美濃守、吉田氏、和田氏、栗野氏、菱刈氏、阿多氏、伊作氏
宛先
—
キーワード
島津義天譜、島津久豊、伊集院頼久、島津存忠、松尾城、谷山、籠城、救援、軍議、援軍、撤退、和睦
前編2-No.1613記事確認度 高

島津忠昌譜

同月十五日以降、薩摩守重久と相良為續が牛屎へ進み、修理亮忠廉らと菱刈方面の軍議を行ったのち、五月一日に鹿島で参会し、忠昌の使者を介して加治木・入来院・東郷・吉田・菱刈・羽月・山野らが鹿児島へ参上した経過を記す譜記事。

登場人物
島津忠昌、薩摩守重久、相良為續、修理亮忠廉、頴娃兵部少輔、加治木右衛門佑、入来院氏、東郷氏、吉田治部太輔、菱刈孫三郎、羽月氏、山野氏
宛先
—
キーワード
島津忠昌譜、薩摩守重久、相良為續、修理亮忠廉、牛屎、菱刈、鹿島、鹿児島、軍議、五月一日
後編1-No.253文書確認度 高

若宮託宣条々

長期化する合戦への備えを説く若宮の託宣。軍議を慎重にし、敵方から心を寄せる者にも用心し、当面の出動を延期すること、貴久の帰陣時期や義久の病後の回復、祈念の方法、先の合戦での金峯山若宮の加護などを条々に示す。

登場人物
島津貴久、島津義久、金峯山若宮
宛先
—
キーワード
若宮託宣条々、永禄六年、軍議、敵方、出動延期、島津貴久、島津義久、病気平癒、金峯山若宮、神託
後編1-No.601記事確認度 高

北郷時久譜

元亀二年十月九日、北郷時久が軍議のため鹿児島へ赴いた際の随行者を列挙する。北郷紀伊守忠徳・和田越中入道起雲・津曲備後守兼庚・亀津河内守・河野筑前守・大岩根兵部少輔が供奉した。

登場人物
北郷時久、北郷忠徳、和田起雲、津曲兼庚、亀津河内守、河野筑前守、大岩根兵部少輔
宛先
鹿児島
キーワード
北郷時久譜、元亀二年、北郷時久、鹿児島、軍議、北郷忠徳、和田起雲、津曲兼庚、随行者
後編1-No.1315記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十年十一月四日に宮崎を発して八代へ向かった上井覚兼が、道中、着陣後の連日の軍議・使節往来・酒宴を詳細に記した日記。肥後国内の経略、有馬への渡海、田尻城救援、甲斐宗運との和平と人質、隈部攻撃、日比良城攻略、諸城の番衆・兵船・補給、各将の配置を協議し、三船・隈荘の誓約や年末の帰陣方針に至るまでを日次で載せる。

登場人物
上井覚兼、島津忠平、島津家久、島津忠長、伊集院忠棟、川上久信、田尻鑑種、有馬鎮貴、甲斐宗運、比志島国貞、鎌田政景ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、八代滞陣、有馬渡海、田尻城救援、甲斐宗運、三船、隈荘、人質、隈部、日比良城、軍議、使節往来
後編1-No.1367記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十一年正月元日から三月十七日までの上井覚兼日記。鹿児島・八代・宮崎を往来しながら年頭礼、酒宴、諸将の会合、合志・阿蘇・隈本・田尻・有馬への使節と軍議、八代守備、義久の病気祈祷、南蛮僧追放、近衛家・幕府使者への応接を日次で記す。三月には秋月・龍造寺との和平、八代移転、田尻兵船などを忠平と評議した。

登場人物
上井覚兼、島津義久、島津忠平、島津歳久、島津家久、島津朝久、島津義虎、伊集院忠棟、村田経平、本田親貞、平田光宗、近衛信尹、進藤長治ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十一年正月、年頭礼、八代、合志、阿蘇、隈本、田尻、有馬、南蛮僧追放、義久病気、近衛家、軍議
後編1-No.1427記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十二年六月一日から八月二十九日までの長編日記。覚兼は諸地頭招集、栗野八幡造営、法華千部・高城施餓鬼、甲斐宗運との和睦使節などを処理し、鹿児島で有馬・肥後出兵の軍労や八代支配を協議した。帰国後は祭礼・普請・交際を記し、八月には再度の肥後出勢が決まり、諸勢へ隈本集結を命じた。家久父子の佐土原帰着を祝い、二十九日に馬越の軍議へ向かった。

登場人物
上井覚兼、島津義久、島津義弘、島津家久、島津豊久、伊集院忠棟、本田親貞、平田光宗、甲斐宗運、秋月種実、有馬鎮貴
宛先
宮崎、鹿児島、八代、飯野、馬越、佐土原
キーワード
上井覚兼日記、法華千部、高城施餓鬼、甲斐宗運、鹿児島評議、八代支配、肥後出勢、隈本集結、島津義弘、馬越軍議
後編1-No.1437記事確認度 高

島津義弘譜

八月二十九日、義弘は義久の命で三州軍を率いて飯野を発し、馬越で軍議を開いた。龍造寺政家が秋月種実を介して和睦を求めたが、肥後・筑後の領地を差し出さない和睦は謀略の疑いがあるとして、八代の使者二人を留め、残る二人を島津方使僧と秋月へ戻して再回答を待つことにした。

登場人物
島津義弘、島津義久、龍造寺政家、秋月種実、平田光宗、町田久倍
宛先
飯野、馬越、八代
キーワード
島津義弘、肥後出陣、馬越軍議、龍造寺政家、秋月種実、和睦交渉、八代、領地返還
後編2-No.138記事確認度 高

島津義久譜

天正十四年六月七日、兵庫頭島津義弘が、前日の評議を踏まえて豊後への進軍をこれ以上ためらうべきではないと主張した島津義久譜の記事。三之山今宮の託宣が今月中の出陣を促したことを根拠とし、前年に堅志田・三船を手に入れた際にも神託があったとして、今回の出兵にも疑いはないと説く。軍議と神託が作戦決定を支えたことを示す。

登場人物
島津義弘、島津義久、三之山今宮、豊後勢
宛先
該当なし
キーワード
島津義久譜、島津義弘、兵庫頭、豊後出兵、三之山今宮、託宣、神託、堅志田、三船、軍議、出陣決定
後編2-No.141記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年五月から六月、上井覚兼が雨天の軍議、豊後・筑前への使者派遣、志賀道益・入田氏・高知尾衆との書状往来を連日記録した日記区間。近衛家・京都からの返書や羽柴秀吉方への対応を協議し、諸将の出陣、軍勢・船・兵糧の準備、祈祷や調伏の実施を進める。一方で連歌・酒宴・贈答・寺社参詣が続き、覚兼自身の病気や疲労、使者遅延への苛立ちも記される。筑前・豊後作戦が本格化する直前の兵站・情報連絡と家中の日常を同時に追える。

登場人物
上井覚兼、島津義弘、伊集院忠棟、新納忠元、志賀道益、入田氏、高知尾衆ほか
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、天正十四年五月、六月、豊後、筑前、志賀道益、入田氏、高知尾、羽柴秀吉、軍議、兵站、調伏、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.144記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年六月一日から七月二十九日まで、上井覚兼が筑前・筑紫方面への出陣準備と軍中の日々を記した長大な日記。鹿児島・肥後・豊後・京都との使者や書状の往復、船・兵糧・武具の手配、諸将の参陣、軍議と進発日程を逐日追う。宗麟・志賀氏への対応や秀吉・近衛家をめぐる交渉も軍事行動と並行し、祈祷・連歌・酒宴・射礼、病気見舞いなど陣中の日常まで詳しい。筑前侵攻と岩屋城攻めを目前にした島津軍の意思決定、情報伝達の遅れや諸将間の調整を、当事者の視点から復元できる重要な日記史料である。

登場人物
上井覚兼、島津義弘、伊集院忠棟、新納忠元、鎌田政近、北郷忠虎、志賀氏ほか
宛先
該当なし
キーワード
上井覚兼日記、筑前、筑紫、岩屋城、島津義弘、伊集院忠棟、新納忠元、軍議、使者往来、兵糧、陣中生活、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.166記録確認度 高

上井覚兼日記

上井覚兼が七月朔日から二十九日までの軍務を日ごとに記した長大な陣中日記。筑紫表への出陣準備、諸将との軍議、日州・薩州各衆の配置、使者・書状の往復、兵糧・酒・船・鉄砲の調達を追う。岩屋城では包囲・総攻撃、城兵の抵抗、味方の負傷・戦死と高橋紹運の最期、落城後の捕虜・人質・戦功確認を記録する。さらに秋月氏・立花城などとの交渉、寺社参詣や帰陣までを含み、九州征伐期の作戦決定と兵站・情報伝達を一体的に示す第一級の現場史料である。

登場人物
上井覚兼、島津義久、島津忠長、島津忠棟、秋月種実、伊集院忠棟、高橋紹運、樺山忠助
宛先
—
キーワード
上井覚兼日記、上井覚兼、筑紫、岩屋城、高橋紹運、島津忠長、秋月種実、伊集院忠棟、軍議、兵糧、使者、捕虜
後編4-No.494文書確認度 高

琉球渡海軍衆掟書

慶長十三年九月六日、琉球渡海軍に対し、軍議と命令への服従、無用な戦闘の回避、無実の者の殺害・略奪・寺社侵害・放火・人身売買等の禁止、船舶封鎖、兵員・兵糧・武器の編成と負担を定めた掟書。

登場人物
島津家久、琉球渡海軍衆
宛先
琉球渡海軍衆
キーワード
琉球渡海軍衆掟書、琉球出兵、軍令、軍議、略奪禁止、殺害禁止、寺社保護、放火禁止、兵員、兵糧、武器
後編4-No.544文書確認度 高

島津竜伯外二名連署琉球渡海軍衆掟書

慶長十四年二月二十六日、龍伯・家久・惟新が琉球渡海軍衆へ示した十三か条の掟書。軍議への服従、私戦・略奪・抜け駆け・喧嘩・無断離脱の禁止、武器管理、寺社等での狼藉禁止、人数点検、出船・停止命令の厳守を定めた。

登場人物
島津龍伯(義久)、島津家久、島津惟新(義弘)、琉球渡海軍衆
宛先
琉球渡海軍衆
キーワード
琉球渡海軍衆掟書、島津龍伯、島津家久、島津惟新、軍法、軍議、略奪禁止、喧嘩禁止、人数点検、出船命令
後編4-No.1191文書確認度 高

大阪之陣事書

大坂冬の陣に際する島津家の動員・出陣経過をまとめた日記雑抄。籠城情報を受けた軍議、国境・港・街道の警固、兵船と兵の召集、使者往来、義弘らの行程と大坂着陣までを記す。

登場人物
島津義弘、島津家久、伊集院忠真、山口直友、三原重種
宛先
—
キーワード
大阪之陣事書、大坂冬の陣、島津義弘、島津家久、軍議、動員、兵船、街道警固、慶長十九年
追録8-No.669-2関山の家老四名宛親征召命・請書取次と警衛申出の書状旧記雑録暫定版確認度 中

関山が隈元の親征通知受領、翌五日の請書取次と中将の承知、警衛申出を報じる

去る四日に太政官代へ出るよう求められ、留守居付役隈元敬一郎が出頭して親征と今後の軍議・参集に関する別紙の通知を受けたと報じる。請書を別紙写しのとおり差し出し、翌五日に軍務掛非蔵人松室豊後へ渡して取次を頼み、沙汰を待つと申渡したという。中将にも伝えて承知を得たので、その許しの伝達を取り計らうよう求める。但書では、子年以来の諸国警衛なども申出るよう命じられ、御官名内留守居の名前で別紙写しのとおり提出したと記す。辰二月十七日、関山が家老四名へ報じる。

登場人物
関山(署下一字は紘カ、字形留保、目録親書状は関山金生)、隈元敬一郎、軍務掛非蔵人松室豊後、中将、御官名、留守居、島津圖書・桂右衛門・川上龍衛・町田内膳
宛先
嶋津圖書殿・桂右衛門殿・川上龍衛殿・町田内膳殿
キーワード
原669の2辰二月十七関山金生署字留保四日太政官代留守居付隈元敬一郎親征軍議参集別紙請書翌五日軍務掛非蔵人松室豊後取次中将承知許申渡子年以来諸国警衛御官名内留守居名前別紙写嶋津圖書桂右衛門川上龍衛町田内膳
追録8-No.669-4・670-1~2本文群(親征請書・外交書付の関山取次報・六侯外国交際建言)旧記雑録暫定版確認度 中

親征の請書と、外国交際書付の取次・請書報告、六侯の公法・国力・参朝に関する建言を収める

旧一行に三つの正文を収める。原669の4は親征の沙汰を謹んで承り、軍議の決定と参集の沙汰を待つとして執奏を願う二月五日の御官名の請書。続く原670の1は、外国交際に関する六侯の建言と朝廷添書を受けたことを関山が家老四名へ報じる書状で、十五日に太守が召されたが病気のため重役が代理出頭し、書付と御請書を坊城侍従が受け取ったこと、中将にも伝えたことを十七日付で報告する。原670の2は二月七日の六侯連署建言。国力・兵食と海外事情を見極め、上下協力して海陸に交際を開き、海外の長所を取り自国の短所を補うことを説く。外国人を蔑視する考えや一藩のみでの処置を戒め、かつての朝廷の学術・外国応接、幕府の交易・攘夷をめぐる処置を論じ、朝廷の方針を布告し万国共通の公法による参朝を命じることを願う。

登場人物
御官名、関山(末署字形留保)、太守・中将・重役・坊城侍従、嶋津圖書・桂右衛門・川上龍衛・町田内膳、六侯(越前宰相・土佐前少将・長門少将・薩摩少将・安藝新少将・細川右京大夫)、朝廷・外国人・幕府(建言の叙述)
宛先
親征請書は執奏取次側へ、関山書状は家老四名、六侯建言は朝廷へ
キーワード
原669の4二月五御官名親征請書軍議参集執奏原670雑録中親表示原670の1辰二月十七関山外交書付六侯建言壱印朝廷添書二印太守召病重役御仮立十五坊城落手御請中将原670の2一印二月七六侯外国交際公法海陸開業国力兵食上下協同外長内短幕府鎖国交易島原攘夷布告参朝越前土佐長門薩摩安藝細川
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 592-2書状・有馬籠城戦の作戦伺い旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

細川光利書状

細川光利が坂崎内膳へ、有馬籠城戦の作戦と軍議の経過を詳報した書状。上使・諸大名との協議、陣替え、攻城用の築山・鉄砲・火矢、兵糧遮断などを述べ、指示を仰ぐ。正月七日付。

登場人物
細川光利 細川忠利 松倉重政 板倉重昌 伊豆守
宛先
坂崎内膳
キーワード
細川光利書状 正月七日 有馬籠城 原城 攻城 軍議 築山
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 614書状・加勢渡海と原城落城前の注進督促旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

川上久国書状

川上久国が上使との軍議や判物・返書の取扱いを報じ、加勢人数を早く渡海させるよう求める。原城落城前に注進を届けることも督促した正月八日付書状。

登場人物
川上久国 山田民部少輔 三原左衛門佐 下野守
宛先
山田民部少輔・三原左衛門佐・下野守
キーワード
川上久国書状 正月八日 上使 軍議 加勢 渡海 原城
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 726-3記事・軍議と矢文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

伊豆守が諸将を集め毎日軍議を行う。諸将は一揆勢に武士が少数加わっていても多くは農民で、古来の計略を用いれば攻め取れるとして、矢文で働きかける策を述べる。敵をもって敵を討つ理があり、たとえ味方に従う者がなくとも害はないと伊豆守が認め、毎日矢文を射送ったと記す。

登場人物
松平伊豆守信綱 諸将 一揆勢
宛先
なし(記事)
キーワード
軍議 諸将 一揆 矢文 調略
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 無番号_0002勲功記・伝記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

新納忠元勲功記

新納忠元の出自・初陣から島津貴久・義久らへの奉公を年代順に記し、大口・飯野などでの伊東氏等との戦闘、九州各地の攻略・守城・調略・軍議、豊臣政権下の上洛と朝鮮出兵に伴う出陣・輸送・籠城・撤兵、帰国後の領地・家政・寺社・家督、八十三歳での死去と妻子・子孫を叙述する。和歌・書状・起請文等を挟み、末尾に伊地知季安が諸記録を比較して忠元の軍功・人物を評し、安政六年未九月の識語を付す。

登場人物
新納忠元、島津貴久、島津義久、島津義弘、島津家久、樺山久高、忠元の妻子・子孫ほか
宛先
宛先なし(勲功記・伝記・編纂識語)
キーワード
新納忠元、島津貴久、島津義久、島津義弘、島津家久、大口、飯野、伊東氏、九州平定、朝鮮出兵、籠城、軍議、調略、輸送、領地、家政、寺社、家督、和歌、伊地知季安、史料批判、安政六年識語
旧記雑録拾遺 著作史料集9-文書ID W06_文書0142覚書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

勝目兵右衛門覚書

十一月上旬、久峯観音堂に集まった武功者が、川原陣へ忍び入り高城を救う策を立てた。義久への報告と諸将の軍議を経て、十日夜、雨の中を百四十五騎が進み、別府村には三百人が待機した。翌日、帰還する豊後の番衆を襲い、七十三人を討ち取り荷駄を追い落としたと記す。敵の反撃と家久の動静、味方の士気の高まりも述べ、続く高城への進撃は省略する。

登場人物
勝目兵右衛門、島津義久、家久、肝付弾正忠、新納刑部太輔、伊集院右衛門兵衛、伊地知伯耆介、伊地知丹後、逆瀬川奉膳、富山備中
宛先
—
キーワード
勝目兵右衛門覚書、耳川合戦、忍入りの軍議、夜雨、百四十五騎、別府村の待機、豊後番の帰還、七十三人の討取り、援軍
後編1-No.254文書確認度 高

北郷一雲時久書状

北郷時久が喜入季久からの返書を受け取り、貴久が当地へ来訪して軍事相談中であるため、遠方ながら今後も支援を求めた書状。追伸で飫肥・福島境に変化はないが、福島浦の都井で勝利し敵七十人ほどを討ったと報じる。

登場人物
北郷時久(一雲)、喜入季久、島津貴久
宛先
喜入式部大輔季久
キーワード
北郷一雲時久書状、永禄六年、北郷時久、喜入季久、島津貴久、軍議、飫肥、福島、都井、七十人討取
後編1-No.299文書確認度 高

島津義久書状

義久が歳久の所持する名弓を一時借りたいと求め、諸所へ軍勢を集める計画について相談した書状。隣接する蒲生を別手として編成するか、栗野への出立時期や道具の送付をどうするか、歳久の内意を尋ねる。

登場人物
島津義久、島津歳久、蒲生衆
宛先
左衛門大輔歳久
キーワード
島津義久書状、永禄七年、島津歳久、名弓、軍勢集結、蒲生、別手、栗野、出立、軍議
後編1-No.1052記事確認度 高

盛香集

大友軍が高城へ迫り、家久・山田有信らが籠城したため、救援か後詰かをめぐり評議が割れた。滝聞美作入道は義久の身を第一として紙屋城で境目の報告を待つよう諫めたが、義久はその忠言を認めつつ老功の者に任せて決戦を選び、耳川で大勝したと記す。

登場人物
島津義久、島津家久、山田有信、比志島国貞、鎌田政近、滝聞美作入道、大友氏
宛先
—
キーワード
盛呑集、島津義久、高城救援、島津家久、山田有信、滝聞美作入道、紙屋城、軍議、耳川合戦、大勝
後編1-No.1053記事確認度 高

庄内平治記

大友軍の高城包囲と島津方の救援決定を叙述する。家久・山田有信らが籠城する中、義久は諸将の評議と老将の慎重論を聞いたうえで出馬し、佐土原へ進んで夢中に『立田の河の紅葉哉』を得て、決戦の兆しとした。

登場人物
島津義久、島津家久、山田有信、大友宗麟、大友義統
宛先
—
キーワード
庄内平治記、高城包囲、島津義久、島津家久、山田有信、救援軍議、佐土原、夢中詠、決戦
後編1-No.1313記事確認度 高

島津忠長譜

島津忠長が天正十年十二月朔日に八代へ到着し、島津忠平・家久ら諸将と肥前・肥後経略の策を協議し、翌年春に帰陣したことを記す譜中記事。

登場人物
島津忠長、島津忠平、島津家久、八代諸将
宛先
—
キーワード
島津忠長譜、島津忠長、八代、肥前肥後経略、軍議、帰陣、天正十年
後編1-No.1445記事確認度 高

島津義弘譜

九月十日、義弘は八代から隈本へ移り、城親賢宅に宿した。翌十一日、老将らに諸方の調略の取捨、豊後陣への使僧、陣替えについて評議させた。

登場人物
島津義弘、城親賢、島津忠長、伊集院忠棟
宛先
八代、隈本
キーワード
島津義弘、八代、隈本、城親賢、軍議、豊後陣、陣替え、九月十一日
後編1-No.1453記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十二年九月一日から晦日までの肥後従軍日記。馬越で龍造寺政家との和睦を審議し、佐敷・八代を経て隈本・吉松へ進軍した。山鹿・隈部・合志・宇土・小代などの帰属、質人、領知条件を交渉し、肥後高札へ加判した。秋月使者と往復して龍造寺から肥後領返還と血判誓紙を得、九月末には境界の軍事行動を抑えつつ和睦条件を詰めた。

登場人物
上井覚兼、島津義弘、島津忠長、伊集院忠棟、町田久倍、税所篤和、龍造寺政家、秋月種実、城親賢、隈部親泰、山鹿氏、合志親重、宇土顕孝
宛先
馬越、佐敷、八代、隈本、吉松、山鹿、高瀬
キーワード
上井覚兼日記、肥後従軍、馬越軍議、龍造寺政家、秋月種実、隈本、山鹿、隈部、合志、質人、血判誓紙
後編2-No.107記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十三年十一月から十二月、上井覚兼が入田氏の帰属交渉、高知尾・豊後方面への使者派遣、軍勢進発、人質・神文の授受を連日記録した長大な日記区間。押収船と積荷の処分、城番・兵糧・宿所の手配、京都や諸国から届く書状の回覧、豊後攻めをめぐる重臣協議が続く。蒲池氏や周辺勢力の去就を見極め、情報不足や返書遅延に覚兼が苛立つ場面もある一方、寺社参詣・祈祷、酒宴、贈答も詳しい。使者・書状・会尺・起請文を積み重ねて島津家の意思決定が形成される過程を示す。

登場人物
上井覚兼、島津義久、伊集院忠棟、入田氏、高知尾衆、蒲池氏、田中筑前守ほか
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、入田氏、高知尾、豊後、蒲池氏、人質、神文、押収船、使者、軍議、起請文、戦時外交
後編2-No.119記録確認度 高

上井覚兼日記

天正十四年正月、上井覚兼が新年儀礼と豊後戦線への対応を連日記録した日記区間。新納忠元らによる諸城攻略、人質・城郭の処置、高知尾・入田氏との交渉、使者・書状の往来を報告し、軍勢・兵糧・宿所を調整する。羽柴秀吉からの停戦要求や中央情勢も意識される一方、年始の参会、祈祷、寺社参詣、酒宴、連歌、贈答が続く。正月の華やかな儀礼と豊後侵攻の緊張が同じ日程に重なる島津家中の戦時の日常を示す。

登場人物
上井覚兼、島津義久、新納忠元、平田豊前守、伊集院忠棟、高知尾衆、入田氏ほか
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、天正十四年正月、新納忠元、豊後、高知尾、入田氏、城攻め、人質、羽柴秀吉、軍議、正月儀礼
後編2-No.124記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年二月から三月にかけて、上井覚兼が島津家中の参会・贈答・酒宴・連歌・祈祷と、豊後・肥後方面の軍事・外交を日々記録した長大な日記区間。羽柴秀吉の停戦命令への返答、細川・近衛家や京都との書状往来、諸将の出陣・帰陣、城郭・人質・兵糧の処置を協議する。入田氏、高知尾、志賀道益らをめぐる豊後情勢を追い、日向・肥後口の作戦も調整した。年始から春の儀礼生活と九州征伐前夜の政治的緊張が同時進行する島津家中の実像を伝える。

登場人物
上井覚兼、伊集院忠棟、新納忠元、平田新四郎、高知尾衆、入田氏ほか
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、天正十四年、羽柴秀吉、九州停戦令、豊後、肥後、入田氏、高知尾、志賀道益、軍議、書状往来、家中儀礼、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.127記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年三月上旬から四月初旬、上井覚兼が狩猟・花見・寺社参詣・酒宴・連歌・贈答を続けながら、豊後・肥後・日向・筑紫方面の使者往来と軍事相談を連日記録した日記区間。羽柴秀吉や近衛家からの書状、九州停戦命令への返答、入田氏・高知尾衆との交渉、諸将の出陣と城郭・兵糧の処置を協議する。返書の遅延や情報不足への焦燥も記され、儀礼的な家中生活の裏で中央政権への対応と豊後戦線の判断が絶えず迫られていたことを伝える。

登場人物
上井覚兼、伊集院忠棟、新納忠元、平田新四郎、入田氏、高知尾衆ほか
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、天正十四年三月、四月、羽柴秀吉、近衛家、豊後、肥後、日向、入田氏、高知尾、九州停戦令、軍議、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.133記事確認度 高

島津義弘譜

天正十四年四月六日、肥後の伊集院忠棟が、隈部親泰父子に反抗の動きが明白で軍勢派遣を急ぐべきだと注進した島津義弘譜の記事。義弘は上井覚兼を介して日向勢の出動を促したが、十二日の評議で意見が割れ、進発は遅延した。志賀氏・入田氏を支援するため高知尾へ兵を増し、日向勢を警衛に充てようとした経緯から、肥後・豊後・日向をまたぐ作戦調整の難しさが分かる。

登場人物
島津義弘、伊集院忠棟、隈部親泰父子、上井覚兼、志賀氏、入田氏、高知尾衆
宛先
該当なし
キーワード
島津義弘譜、島津義弘、伊集院忠棟、隈部親泰、上井覚兼、志賀氏、入田氏、高知尾、日向勢、軍議、出陣遅延
後編2-No.134記録確認度 低

上井覚兼日記

天正十四年四月から五月にかけて、上井覚兼が豊後方面への出陣準備、入田氏・志賀氏・高知尾衆との連絡、軍勢・兵糧・船・使者の手配を記録した長大な日記区間。近衛家・京都からの書状や羽柴秀吉方への返答をめぐる相談が続き、使者の遅延、情報不足、家中の意見の食い違いに覚兼が苛立つ場面も見える。寺社参詣、法華経講、狩猟、酒宴、贈答、病気見舞いなどの日常と、九州停戦令への外交対応・豊後侵攻の実務が同時進行する。

登場人物
上井覚兼、伊集院忠棟、新納忠元、入田氏、高知尾衆、志賀氏、豊後勢ほか
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、天正十四年四月、五月、伊集院忠棟、豊後、入田氏、志賀氏、高知尾、羽柴秀吉、近衛家、兵糧、軍議、島津氏、島津家中、薩摩政治、領国支配、軍事、外交
後編2-No.152記録確認度 高

勝部兵右衛門聞書

勝部兵右衛門聞書。筑紫討伐の評議が起こり、筑紫上野守弘門が以前は帰属を申し出ながら境目へ兵を出したため、義久・義弘・歳久・家久と一門・有力諸将が肥後八代へ集結した経緯を記す。薩州守義虎・島津忠長らを先陣大将とする布陣を示し、筑紫進攻開始時の判断と軍編成を伝える。

登場人物
勝部兵右衛門、島津義久、島津義弘、島津歳久、島津家久、筑紫広門、島津義虎、島津忠長ほか
宛先
記事
キーワード
勝部兵右衛門聞書、勝部兵右衛門、筑紫広門、島津四兄弟、肥後八代、筑紫討伐、軍議、先陣、軍勢編成
後編2-No.180記録確認度 高

上井覚兼日記

上井覚兼が八月朔日から晦日までを記した長大な日記。岩屋城攻めで負傷した覚兼は帰路と療養の様子を記しつつ、立花・宝満・筑紫方面の処置、豊後出兵をめぐる評定、諸将・使僧・寺社との面会を続ける。書状や使者の往復、降伏者・人質・知行の扱い、兵糧・酒・贈物、医師の治療や負傷者への見舞いまで日々記録する。北部九州攻略後の占領統治と次の豊後侵攻準備が、覚兼自身の傷の痛みや日常生活と並行して進む様子を伝える陣中・軍政日記である。

登場人物
上井覚兼、島津義久、島津義弘、島津忠長、鎌田政年、伊集院忠棟、秋月種実、吉利忠澄
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、上井覚兼、岩屋城、負傷、療養、立花城、宝満城、筑紫、豊後出兵、軍議、使者、人質、兵糧
後編2-No.181記録確認度 高

上井覚兼日記

上井覚兼が九月朔日から月末までの動静を記した長大な日記。療養を続けながら出仕・宿所移動・帰陣を重ね、立花・筑紫・秋月方面の処置と豊後侵攻の進発計画を諸将・使者と協議する。書状・起請文・使僧の往復、船・兵糧・武具の手配、降参者・人質・知行をめぐる判断、戦死者遺族や負傷者への対応を日々記録する。茶・酒・贈答、寺社参詣、病状など私的生活も併記され、北部九州攻略後の軍政と次期作戦を支えた情報伝達・家中調整の実態が分かる。

登場人物
上井覚兼、島津義久、島津義弘、伊集院忠棟、吉利忠澄、鎌田政年、秋月種実
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、上井覚兼、九月、療養、帰陣、立花、筑紫、秋月種実、豊後侵攻、軍議、使者、起請文、兵糧
後編2-No.203記録確認度 中

上井覚兼日記

十月一日から十五日までの日記。祈念・参詣、来客との酒宴、贈答、使者と書状の往復を日ごとに記す一方、豊後出兵の評定、兵船・兵糧・人員の準備、京都や各地から届く情報への対応も収める。家中の談合、領内の訴訟や配置、病人・負傷者への見舞いと医師の診療、連歌・能などの日常も交錯し、戦争準備を担う家老層の実務と生活を具体的に伝える。

登場人物
上井覚兼、島津義久、伊集院忠棟、鎌田政近、志賀道益
宛先
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キーワード
上井覚兼日記、豊後出兵、軍議、兵船、兵糧、使者、書状、祈祷、酒宴、医療
後編2-No.232文書確認度 中

島津義珍義弘書状

島津義弘が喜入摂津守へ、三江口で勝利した後、府内へ進むべきか南郡を固めるべきか、談合衆の意見が割れていると伝えた書状。霧島社の神慮も確かめつつ、家久らの判断や朽網氏との折衝を踏まえて進退を決めようとしている。前進と守備の二案が併存し、島津軍内部で指揮方針が定まらない緊張を示す。

登場人物
島津義弘、島津家久、喜入季久、朽網氏
宛先
喜入摂津守殿
キーワード
島津義弘、島津家久、喜入季久、三江口、府内、南郡、霧島社、神慮、軍議、進退判断
後編2-No.1030記事確認度 高

征韓偉略

文禄二年正月二十七日、李如松が明兵二万を率いて碧蹄館へ進むと、小早川隆景は籠城では兵糧と釜山からの援路が絶えるとして野戦を主張する。 立花宗茂も、平壌勝利で油断した明軍を城外で迎撃すべきだと説き、諸将が碧蹄館の決戦へ向かう論議を記す。 碧蹄館の戦い直前の作戦判断を、補給路・敵心理・兵力運用の観点から伝える記事。

登場人物
李如松、小早川隆景、立花宗茂
宛先
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キーワード
李如松、小早川隆景、立花宗茂、碧蹄館の戦い、明軍、野戦、籠城、兵糧、釜山、援路、軍議
後編2-No.1077記事確認度 中

島津義弘譜

文禄二年三月、王城の日本軍十万余が攻撃を止めているなか、諸将が再攻勢を論じた経過を記す。晋州・慶州方面の城郭や朝鮮軍の守備を偵察し、鉄砲・弓による攻防、援軍・兵粮不足、城攻めの困難を具体的に検討する。 日本側の損害と兵力不足から大規模派兵が難しく、豊臣秀吉が明征服を果たせないことを嘆いたという結末まで収めた、戦略判断と補給制約が分かる長編記事。

登場人物
島津義弘、豊臣秀吉、加藤遠江守、細川忠興、長谷川秀一、木村常陸介
宛先
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キーワード
島津義弘、豊臣秀吉、細川忠興、王城、晋州城、慶州、朝鮮軍、城攻め、兵粮不足、軍議、鉄砲
後編3-No.748文書確認度 高

島津竜伯書状

島津義久が又八郎に、廿七日は悪日なので出立せず、天候が悪ければ廿五日の行動を現地へ申し付けるよう伝える。吉日である翌日に市成の城を攻める手配をし、敵方の動きを見越しつつ、廿八・廿九日頃には又八郎が来て諸備を寄せ、軍事方針を相談するよう求める。

登場人物
島津義久(龍伯)、島津又八郎
宛先
又八郎殿
キーワード
島津竜伯書状、島津義久、島津又八郎、吉日、悪日、市成城、攻城、敵方、諸備、軍議、慶長四年五月廿三日
附録2-No.158文書確認度 高

伊東祐兵書状

敵山城の様子を偵察して攻撃するため、夜間では見極めにくく少人数では危険として、翌日に五、六百人を派遣し、偵察結果を見て翌日働く案を示し、島津義弘の判断を仰いだ書状。

登場人物
伊東祐兵、島津義弘、安三兵、駒井孫市、唐人
宛先
羽兵様
キーワード
伊東祐兵、島津義弘、敵山城、偵察、唐人、五六百人、兵員派遣、攻撃計画、軍議
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 59交名・軍議参加者名簿旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

諸外城武辺功者度々談合衆交名

諸外城から召し寄せられ、天正八年から同十五年まで度々の軍談合に加わった武辺功者54人を地域別に列挙する。蒲生衆湯田氏の旧記からの写し。季安は、水俣陣賦もこの54人が吟味して配したものかと推測し、考証のため補記したと説明する一方、上の陣賦と混同しないよう注意する。

登場人物
柏原周防守、前田豊前守、敷根越中守ほか談合衆54人(代表例のみ列記)、伊地知季安(後評)
宛先
なし(交名のため宛先なし)
キーワード
諸外城、武辺功者、談合衆、交名、軍議、五十四人、水俣陣賦、伊地知季安
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 374-1編纂史料・戦記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

『平塞録』の二十四日条。高瀬の目付から急使を受け、長岡佐渡守と有吉頼母が熊本から高瀬へ赴き、十九日の富岡攻撃で寺澤勢が防戦に苦しむため天草へ加勢を出す方針を聞く。両人は、船で能き津港へ上陸し一揆勢の背後を突く案を相談するが決着せず、膳正の到着を待つこととなり、その晩熊本へ戻る。後段で松倉長門守は九日江戸発・十四日島原帰城、右近は十五日帰城と伝聞を記す。

登場人物
長岡佐渡守(松井興長) 有吉頼母(英貴) 丹波 傳蔵 越中守 膳正 松倉長門守 松倉右近
宛先
なし(戦闘記事)
キーワード
平塞録 高瀬 軍議 天草加勢 長岡佐渡守 有吉頼母
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 409編纂史料・軍事記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平塞録

十二月朔日、長岡佐渡(松井興長)が筑後の山江から熊本へ戻り、上使の指示を伝えて翌日の出軍を準備したと記す。富岡攻撃に敗れた一揆勢は討伐軍に備えて評議し、馬場監物休意と口ノ津甚右衛門らが原古城への籠城を勧め、四郎も同意する。城の地形を確かめて昼夜普請を行い、松を切って堀・屏を設け、竹を縦横に組み、古畳綿や小石を混ぜた土を用いて砲撃に耐える壁を築いたと伝える。

登場人物
松井興長 有吉英貴 米田是季 天草四郎 松倉氏 鍋島氏 馬場監物休意 口ノ津甚右衛門 有馬左衛門佐 長門守
宛先
なし(記事)
キーワード
原城籠城 軍議 普請 防壁 砲撃対策 出軍
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 755軍記・大筒攻撃の評議旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平塞録

十七日、松平伊豆守・戸田左門が諸大名に幕府の大筒貸与を知らせ、味方の損害を避けるため大筒で攻める方針を示す。伊豆守が長崎から紅毛人を招き、城を見下ろす場所に一斉に大筒を据える案について、上使や諸大名と相談して合意したと記す。長崎奉行馬場三郎左衛門に使者を送り、川口へ船を引く件を長岡佐渡守を介して諸大名の家老と協議するよう伝える。

登場人物
松平信綱 戸田氏鉄 井上筑後守 馬場三郎左衛門利重 長岡佐渡守 紅毛人 諸大名家老
宛先
なし(軍記)
キーワード
大筒 貸与 紅毛人 長崎奉行 攻城 軍議 引船
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 112記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平塞録

『平塞録』五日条。妙解公が上使の営で、夜中に一揆が突出した際の合図を貝にすると誤報で全軍が騒ぐおそれがあるため、大櫓の釣鐘を鳴らす案を述べた。松平伊豆守信綱が採用し、諸手の家老から鐘を借りて一軍に一つずつ配り、大櫓へ掛けることになった。林丹波守から松井佐渡守への書状は七日条に載ると注記する。

登場人物
妙解公(細川忠利)、松平伊豆守信綱、諸大名、松井佐渡守、有吉頼母、林丹波守
宛先
宛先なし(『平塞録』五日条)
キーワード
平塞録、五日、妙解公、上使、軍議、一揆突出、夜間警報、貝、釣鐘、大櫓、一軍一鐘、松平信綱、林丹波守、七日条参照