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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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97 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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旧記雑録拾遺 著作史料集7-文書ID w12:3田租考旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

某条書七慶長十五六年高帳J\寛永十六年十二月御分国中惣高井衆中乗馬究帳

慶長期以後の高帳や旧記を引き、給地の割当てと田租の変化を考証する。領内の諸士・役人に関する記録を照らし、知行高の算定に用いる史料を示す。

登場人物
本文記載人物(詳細は本文画像参照)
宛先
―
キーワード
田租考、慶長三年、高帳、旧記、知行高
後編6-No.80文書確認度 中

安倍正之書状

安倍正之が島津光久へ、将軍家光が健勝であると報じ、贈られた琉球酒一壺に謝した書状。江戸城本丸の作事が盛んに進み、翌年四月前には完成するとの取沙汰を伝え、伊勢貞昌と折々会って光久のことを話しているので、江戸で適当な用があれば命じてほしいと述べる。本文の日付本体は寛永十六年三月十九日で、脇注に「御譜ハ十一月トス、余カ寫誤カ」とあり、御譜では十一月とする異同を併記する。

登場人物
安倍正之、島津光久、徳川家光、伊勢貞昌
宛先
薩州様参入々御中(島津光久)
キーワード
安倍正之、島津光久、徳川家光、伊勢貞昌、琉球酒、贈答、江戸城本丸、作事、翌年四月、取沙汰、寛永十六年三月十九日、御譜十一月、日付異同
後編6-No.43記事確認度 中

島津光久譜

寛永十六年八月十一日に江戸城本丸で火災が発生し、島津光久が家老川上久国を走らせ、幕府へ鉄砲袋二百などの品を献上したことを記す譜記事。

登場人物
島津光久、川上久国
宛先
—
キーワード
島津光久、川上久国、江戸城、本丸、火災、鉄砲袋、献上、寛永十六年、譜記事
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 510家老掟条書の申渡記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

小川監物日記

寛永十六年正月二十日、御祭礼が通例どおり行われ、伊集院宮内少が名代を務めた。家老中から届いた掟条書のうち、禁断日、キリシタン宗、耕作人等に関する事項を衆中へ申し渡したと記す。

登場人物
小川監物、伊集院宮内少
宛先
衆中
キーワード
小川監物日記、寛永十六年正月、本文二十日、御祭礼、伊集院宮内少、名代、家老中、掟条書、禁断日、キリシタン宗、耕作人、衆中、申渡し
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 513目録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

加久藤衆中町在郷人数改目録

寛永十二年改めの男女二千三百二十六人から他方へ出た百四十二人と死去・逃亡した百七十五人を除き、残り二千九人に、その後の入人二百八十九人・出生百二十七人を加え、寛永十六年改めを男女二千四百二十五人(男千四百六十九人・女九百五十六人)とする。内訳は地頭・衆中・小者・出家・社人等千二百六十三人(男七百五十六人・女五百七人)と、町・在郷・座頭・行脚等千百六十二人(男七百十二人・女四百四十九人)で、後者の男女計は原記載上千百六十一人となり一人合わない。三月四日に白坂・谷口が記し、鹿児島から柳田喜左衛門尉が来て改めた目録の留と付記する。

登場人物
白坂大炊左衛門尉、谷口次郎左衛門尉、柳田喜左衛門尉(本文。傍注『一本ノ誤也』)
宛先
宛先記載なし
キーワード
加久藤、人口改め、寛永十二年、寛永十六年、男女二千三百二十六人、他方出百四十二人、死走百七十五人、残二千九人、入人二百八十九人、生子百二十七人、惣合二千四百二十五人、男千四百六十九人、女九百五十六人、地頭、衆中、小者、出家、社人、町、在郷、座頭、行脚、内訳一人差、白坂大炊左衛門尉、谷口次郎左衛門尉、柳田喜左衛門尉
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 521-1日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

寛明日記

寛明日記が、寛永十六年己卯七月五日に条書が仰せ出されたと記す導入記事で、後続の文書521-2・521-3を日付とともに位置付ける。目録の年月日は空欄であるため、本文の七月五日はB列へ補入しない。

登場人物
寛明日記
宛先
宛先記載なし
キーワード
寛明日記、寛永十六年己卯、七月五日、被仰出、導入記事、521-2、521-3、目録日付空欄
後編6-No.16文書確認度 高

島津久元・伊勢貞昌連署書状

出典見出し「御文庫拾九番箱中」「光久公御譜中三在り」の連署書状。島津久元(下野守)と伊勢貞昌(伊勢兵部少輔)が国元重臣へ、相良某に与えられていた米之津の屋敷の処置について協議を求めた。相良の上洛時に設けられた屋敷について、返還または預置の可否、屋敷守・商人の往来・隠し置かれた物品、国元と江戸双方の用向きを検討し、相良へ問い合わせたうえで返答するよう求めている。

登場人物
島津久元、伊勢貞昌、相良某、三原左衛門、鎌田出雲、山田民部少、川上将監(川上久国)、弾正大弼
宛先
三原左衛門様・鎌田出雲様・山田民部少様・川上将監様(川上久国)・弾正大弼様参人々御中
キーワード
御文庫拾九番箱中、光久公御譜中三在り、島津久元、下野守、伊勢貞昌、伊勢兵部少輔、相良、米之津、屋敷、屋敷守、商人往来、江戸、返還、預置、三原左衛門、鎌田出雲、山田民部少、川上将監、川上久国、弾正大弼、寛永十六年三月十二日
後編6-No.46文書確認度 高

細川忠利書状

出典見出し「御文庫拾九番箱三拾九巻中」「光久公御譜中二在り」の細川忠利書状。細川忠利(越中守)が島津光久へ、八月十一日の江戸城本丸火災で天守だけが残り、将軍が西の丸へ移ったこと、下々の者まで無事であることを知らせた。進物等について申し入れたので、早々に使者を下して礼を述べるよう伝えている。

登場人物
細川忠利、徳川家光、島津光久
宛先
松さつま様人々中(島津光久)
キーワード
御文庫拾九番箱三拾九巻中、光久公御譜中二在り、細川忠利、越中守、徳川家光、島津光久、松さつま様、江戸城、本丸火災、天守、西の丸、無事、進物、使者、返礼、寛永十六年八月十二日
後編6-No.47文書確認度 高

島津久元書状

出典見出し「御文庫拾九番箱三拾四巻中」「光久公御譜中二在り」の島津久元書状。島津久元(下野守)が国元重臣へ、江戸城本丸火災の焼失範囲、将軍の西の丸移動、姫君らの避難と無事を報告した。松平伊豆守・松平薩摩守の留守居衆らと、火災見舞いの登城・御目見や進物を相談し、御成蔵の品や材木などの候補を検討して国元の意向を求めている。

登場人物
島津久元、松平河内守、松平筑前守、松平伊豆守、島津光久、深栖九郎右衛門尉
宛先
三原左衛門佐様・鎌田治部少輔様・山田民部少輔様・伊勢兵部少輔様・川上因幡守様・弾正大弼様参人々御中
キーワード
御文庫拾九番箱三拾四巻中、光久公御譜中二在り、島津久元、下野守、松平河内守、松平筑前守、松平伊豆守、島津光久、松平薩摩守、深栖九郎右衛門尉、江戸城、本丸火災、西の丸、姫君、火災見舞い、進物、御成蔵、材木、三原左衛門佐、鎌田治部少輔、山田民部少輔、伊勢兵部少輔、川上因幡守、弾正大弼、寛永十六年八月十二日
後編6-No.51文書確認度 高

島津光久禁制

島津光久が領内へ示したキリシタン・異国船取締りの禁制。キリシタン宗門を厳禁し、浦々に監視役を置いて不審船を改め、異国船の乗員を上陸させず長崎へ送ること、密かな上陸者や協力者を取り締まることを命じている。

登場人物
島津光久
宛先
領内の浦々
キーワード
島津光久、禁制、キリシタン宗門、異国船、不審船、浦方警備、上陸禁止、長崎、沿岸監視、寛永十六年
後編6-No.53文書確認度 中

東郷弥十郎外八名連署起請文

東郷弥十郎ら九名が、今後は私的な親交を結ばず、御前方のことを口外せず、親兄弟・親類にも秘密を漏らさず、悪心や不忠を抱かないことを誓った連署起請文。梵天・帝釈、八幡、天満大自在天神など多数の神仏を勧請し、違背すれば神罰を受けるとしている。

登場人物
東郷弥十郎ほか八名
宛先
—
キーワード
東郷弥十郎、九名連署、起請文、秘密保持、御前方、不忠、神仏、神罰、八幡、天満大自在天神、寛永十六年
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 511-2八日町五人組宗門改め日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

八日町五人与日記

八日町の五人組名簿に続き、キリシタン宗を法度どおり厳重に取り締まること、往来の旅人は一夜泊まりでも組内で詳しく尋ねたうえで宿を貸し、不審者は届け出ることを定める。先年の札改め後に住み着いた旅人や他国の医者・山伏に紛れた宗徒を組内で見逃せば、五人組一同を厳罰に処すとする。

登場人物
八日町五人組各組員
宛先
八日町五人組
キーワード
寛永十六年正月廿九日、八日町、五人組、名簿、キリシタン宗、法度、往来旅人、一夜泊まり、宿貸し、不審者、届出、札改め、他国医者、山伏、宗徒、連帯責任、厳罰
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 514覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

赤川次兵衛尉・瀬戸山種左衛門尉連署覚

赤川次兵衛尉・瀬戸山種左衛門尉は御改奉行柳元喜左衛門尉へ、寛永十二年の宗門改めで人を隠した三件の科人について報告する。八十歳余りの盲人、男女四人、三十七歳の病人孫七をそれぞれ隠したため捕縛され、五人組預けとなったが、長期拘束が難しく五人組の相談で縄を解いて引き続き預かった。第一・第三件では五人組一人につき二貫文を納め、第二件は隠し人を申告したため科料なしとする。第二・第三件には、寛永十五年二月に旧改奉行野村監介・後醍院喜兵衛尉から赦免の書状が曖衆へ届いたことも記す。

登場人物
赤川次兵衛尉、瀬戸山種左衛門尉、野村監介、後醍院喜兵衛尉、柳元喜左衛門尉
宛先
柳元喜左衛門尉(御改奉行)
キーワード
寛永十六年三月十五日、赤川次兵衛尉、瀬戸山種左衛門尉、柳元喜左衛門尉、野村監介、後醍院喜兵衛尉、加久藤、栗下村、中福良村、宗門改め、隠し人、盲人、男女四人、孫七、病人、捕縛、五人組預け、縄解き、科料、一人二貫文、申告、赦免
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 515達旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

上田三左衛門尉達

大膳亮内の上田三左衛門尉は加久藤御曖衆へ、妻の妹への宗門手札交付を依頼する。妹は先年の改めの際、加治木又八郎の御前に奉公しており、御内方には手札が下されなかったため現在も所持していない。寛永十三年八月に暇を得て上田のもとへ来た後、加久藤衆中小原織部佑方へ遣わしたので、今回の改奉行へ申し入れて手札を下すよう求める。

登場人物
上田三左衛門尉、上田三左衛門尉の妻の妹、加治木又八郎御前、小原織部佑
宛先
谷口次郎左衛門尉、白坂大炊左衛門尉(加久藤御曖衆)
キーワード
寛永十六年三月十六日、上田三左衛門尉、大膳亮内、妻の妹、加治木又八郎御前、奉公、御内方、宗門手札、寛永十三年八月、暇、小原織部佑、加久藤御曖衆、谷口次郎左衛門尉、白坂大炊左衛門尉、改奉行、交付依頼
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 517覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

柳元宗真覚

柳元喜左衛門宗真は加久藤の改め結果と処理事項を列記する。改帳を納め、八十人分の切札のうち五十三人分は科料を添えて召し上げ、残る二十七人分を返却し、黒札三枚を交換、おろし札四人分の科料を納めた。牛馬死札三十一帳を有馬主馬首へ渡し、年・馬の区分が違う一札には銀二匁の科料を付した。先年改めの拘束者は、当時の改衆野村監介が江戸、後醍院喜兵衛尉が樋良へ材木奉行として出ており確認できず、庄屋衆の書付だけでは処理できないとする。竹木改めでは杉・檜を一尺廻り以上から付け出し、井手・川除け用の柴竹は従前どおりとし、天道宗は判断が定まらないため当面そのままに置く。

登場人物
柳元喜左衛門宗真、有馬主馬首、桑引清右衛門尉、石見守、豊後守、野村監介、後醍院喜兵衛尉
宛先
宛先記載なし(末尾『加久藤』『ツキメナシ』)
キーワード
寛永十六年三月廿五日、柳元喜左衛門宗真、加久藤、改帳、切札八十人、召上げ五十三人、返却二十七人、黒札三枚、おろし札四人、科料、牛馬死札三十一帳、有馬主馬首、桑引清右衛門尉、銀二匁、野村監介、後醍院喜兵衛尉、竹木改め、杉、檜、一尺廻り、柴竹、天道宗、留保
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 518覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

市来宗友覚

市来八左衛門宗友は野村新兵衛・谷口助右衛門ら曖衆へ七か条を申し渡す。上様のため悪いとの風聞は小事でも早く報告すること、キリシタン宗門と一向宗を念入りに探索すること、老若を問わず気ままな者を調べること、御立狩倉へ行司衆以外が立ち入れば報告すること、諸事を曖衆三人で十分相談すること、宗友自身についても善悪を問わず注進すること、その他の情報も遠慮なく報告することを命じ、奉公として油断なく心得るよう求める。

登場人物
市来八左衛門宗友、野村新兵衛、谷口助右衛門、曖衆三人
宛先
野村新兵衛、谷口助右衛門
キーワード
寛永十六年四月六日、市来八左衛門宗友、野村新兵衛、谷口助右衛門、曖衆三人、七か条、風聞、上様、キリシタン宗門、一向宗、探索、気ままな者、御立狩倉、行司衆、立入り、相談、善悪、注進、報告、奉公
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 521-2条書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

井伊直孝外六名連署条書

幕府年寄衆七名は、日本で禁制のキリシタン宗門について、伴天連や宗徒がなお密かに渡来して布教し、宗門の者が徒党を結んで邪義を企て、海外から隠れ場所へ物資を送り与えているとして処罰を命じる。このため以後の相互渡海を停止し、違反して渡海した場合は船を破却し、乗来者をすべて斬刑に処すとする。

登場人物
阿部重次、阿部忠秋、松平信綱、堀田正盛、酒井忠勝、土井利勝、井伊直孝
宛先
宛先記載なし
キーワード
寛永十六年七月五日、阿部重次、阿部忠秋、松平信綱、堀田正盛、酒井忠勝、土井利勝、井伊直孝、キリシタン宗門、伴天連、密航、布教、徒党、邪義、海外物資、相互渡海停止、船破却、乗来者斬刑
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 521-3条書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

松平信綱外二名連署条書

幕府年寄衆は、キリシタン禁制後も海外から伴天連が密かに渡来するため、かれうた船(傍注『臥流陀船』)の着岸を禁止する。領内の浦々に確かな見張りを常置して不審船を厳重に改め、異国船着岸時は乗員数を調べて上陸させず、直ちに長崎へ送ること、不審者の乗来や船荷の密かな陸揚げを申告した者へ身分に応じ褒美を与え、事前の約束があればその倍を与えることを命じる。

登場人物
松平信綱、阿部重次、阿部忠秋
宛先
宛先記載なし
キーワード
寛永十六年七月五日、松平信綱、阿部重次、阿部忠秋、キリシタン禁制、伴天連、かれうた船、臥流陀船、着岸禁止、領内浦々、見張り、不審船、乗員改め、上陸禁止、長崎送致、密かな陸揚げ、訴人、褒美、約束の倍
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 524書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌は霜臺様へ、出銀未進の利銀二割、黄門の納戸銀借用分の返上利三割、押並銀の利二割という銀徴収は道理にかなうものの、新たな代の初めに直ちに厳行すれば家臣の不満を招くとして、一、二年の猶予や事情聴取を勧める。あわせて、家中の心を一つにすること、家臣を召して直接意見を聞き、依怙なく是非を判断すること、人物の忠節・力量に応じて役職と知行を与えることを説く。徳川・足利の継承を引いて当家の結束を論じ、有馬出陣の経験、弓・鉄砲・兵糧などの軍備、加治木・下大隅等の人事を例に、遠国支配では適材登用と日頃の備えが肝要だと諫言する。出立前に式部・中書頭へも考えを詳しく伝えたいとして、書状を披見し折を見て取り次ぐよう求める。

登場人物
伊勢兵部少輔貞昌、黄門(島津家久)、薩州様、光源院、酒井讃岐守忠勝、式部、中書頭
宛先
霜臺様
キーワード
寛永十六年八月六日、伊勢兵部少輔貞昌、霜臺様、出銀未進、利銀二割、黄門納戸銀、返上利三割、押並銀、徴収猶予、家臣融和、事情聴取、依怙禁止、人材登用、知行、徳川家、足利家、家督継承、有馬出陣、弓、鉄砲、兵糧、加治木、下大隅、式部、中書頭、文政二年写載
追録1-No.1210書状旧記雑録暫定版確認度 中

徳川光義書状

徳川右兵衛督光義(光友傍注)が松平薩摩守御宿所へ、祝儀の使者と太刀・馬代黄金十両・小袖十を贈られたことを喜び、遠路の懇意に謝し、詳しくは島津中務方へ伝えると返答する。

登場人物
徳川光義、島津光久、島津中務
宛先
松平薩摩守(島津光久)殿御宿所
キーワード
徳川右兵衛督光義、光友傍注、松平薩摩守、島津中務、祝儀使者、太刀、馬代黄金十両、小袖十、受贈礼、寛永十六年カ、編年疑義
後編6-No.70文書確認度 高

島津久慶外五名連署条書

島津久慶ら六名が、高野山における島津家宿坊の由緒と蓮金院への改替を示した条書。義弘・家久が蓮金院と寺領三十五石を代銀四十貫目余で買い整備したこと、廻向院が豊臣秀頼の大坂籠城に加担したため寛永十六年に宿坊利用を禁じたことを述べ、領内の参詣者を蓮金院に付け、廻向院や他坊への宿泊を禁じ、違反時は届け出て処罰するよう定めている。

登場人物
島津久慶、鎌田政統、三原重庸、山田有栄、川上久国、島津久通、島津義弘、島津家久、豊臣秀頼
宛先
高野山蓮金院
キーワード
島津久慶、鎌田政統、三原重庸、山田有栄、川上久国、島津久通、島津義弘、島津家久、豊臣秀頼、高野山、蓮金院、廻向院、宿坊、大坂籠城、寺領三十五石、代銀四十貫目、参詣、宿泊禁止、条書
後編6-No.86文書確認度 高

絶同別称付与状

絶同が島津久元に衣鉢ならびに三帰・三聚・十重禁戒を授け、安名を宗崑、号を鉄心として与えた付与状。寛永十六年十一月吉辰、釈氏七十二世絶同が書したもの。

登場人物
島津久元(宗崑・鉄心)、絶同
宛先
島津久元
キーワード
島津久元、宗崑、鉄心、絶同、衣鉢、三帰、三聚、十重禁戒、安名、号、付与状
後編6-No.87文書確認度 高

絶同別称付与状

絶同が島津久元に衣鉢ならびに三帰・三聚・十重禁戒を授け、安名の宗崑を与えた付与状。寛永十六年十一月吉辰、釈氏七十二世絶同が書したもの。

登場人物
島津久元(宗崑)、絶同
宛先
島津久元
キーワード
島津久元、宗崑、絶同、衣鉢、三帰、三聚、十重禁戒、安名、付与状
後編6-No.99文書確認度 中

御分国中惣高並衆中乗馬究帳

薩摩・大隅・日向・琉球を含む分国の石高、検地高、仕明地・荒地、御倉入、外城ごとの高と衆中、寺社・寺家、知行取、人数、乗馬数などを詳細に集計した帳簿。各地域・石高階層別の人数と軍役規模を列挙し、末尾で衆中と乗馬の総数をまとめている。本文の日付は寛永十六年十二月。

登場人物
—
宛先
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キーワード
御分国、惣高、薩摩、大隅、日向、琉球、検地高、仕明地、荒地、御倉入、外城、衆中、寺社、知行、人数、乗馬、軍役、集計帳
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:54文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

土井利勝書状

土井利勝の書状。江戸城本丸で火災が起き、殿舎が焼けたことを知らせ、将軍と姫君が無事であること、当座の衣服・道具の調達などを伝える。寛永十六年八月十七日付。

登場人物
土井利勝、上様姫君、御夜物御寝巻之、薩摩
宛先
上様姫君、其元、在所古河、夜過江戸、御夜物御寝巻之、薩摩
キーワード
土井利勝書状、災害・普請、目録・所蔵、外交・使者、薩摩、江戸、伊勢
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:78文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

伊勢貞昌書状

伊勢兵部少輔の書状。家中三名の召し出しと扶持・知行、祢答院や真崎・庄内をめぐる扱いについて、先年の書付や相談の経緯を挙げて回答を求める。寛永十六年六月二十八日付。

登場人物
伊勢貞昌、先年晴蓑、東郷御領受候、御支配之、伊東二、霜蓋
宛先
先年晴蓑、御支配之、霜蓋
キーワード
伊勢貞昌書状、領地・地頭職、儀礼・贈答、目録・所蔵、伊勢
後編6-No.21記事確認度 高

児玉利昌譜

児玉利昌が寛永十六年五月二十日に六十七歳で病没し、興国寺に葬られ、法号を寿山源量居士としたことを記す譜記事。生前に画工へ自画像を描かせ、東郷重位に画像へ添える歌を求めたとも伝えている。

登場人物
児玉利昌、東郷重位
宛先
—
キーワード
児玉利昌、東郷重位、興国寺、病没、六十七歳、寿山源量居士、自画像、譜記事
後編6-No.24記事確認度 高

島津光久譜

寛永十六年四月二十九日、阿部忠秋が上使として島津光久へ時服百領・白銀などを伝達し、光久が江戸城で徳川家光に謝意を表して馬一匹を拝領したことを記す。光久は五月七日に江戸を発ち、大坂から船で六月十六日に鹿児島へ帰着し、伊勢貞昌が供奉した。さらに北郷久加を江戸へ遣わして帰国許可への礼を述べ、肴・琉球酒・絹を献上した。

登場人物
島津光久、徳川家光、阿部忠秋、伊勢貞昌、北郷久加
宛先
—
キーワード
島津光久、徳川家光、阿部忠秋、伊勢貞昌、北郷久加、時服、白銀、拝領馬、江戸、大坂、鹿児島、帰国
後編6-No.66記事確認度 高

島津光久譜

寛永十六年、徳川家光の姫君千代姫が尾張の徳川光友へ嫁ぐ婚儀を島津光久が祝い、家光へ御肴三種・御樽三荷、千代姫へ御寝衣五・御蒲団三・御枕二を献上したことを記す記事。

登場人物
徳川家光、千代姫、徳川光友、島津光久
宛先
—
キーワード
徳川家光、千代姫、徳川光友、島津光久、婚儀、祝言、御肴、御樽、御寝衣、御蒲団、御枕、献上
後編6-No.81記事確認度 中

島津忠清譜

島津忠清について、幼名を菊千代丸、のち又助と称し、寛永十六年十一月二十六日に誕生したこと、母が島津家久の娘であったことを記す記事。父方の後嗣が絶えた後、母が藩主の妹であった縁により、叔父忠紀との関係を整えて母の遺領を知行することを許された経緯を述べている。

登場人物
島津忠清、島津家久、島津忠紀
宛先
—
キーワード
島津忠清、菊千代丸、又助、島津家久、島津忠紀、誕生、後嗣、母方、遺領、知行
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID B:31文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

太刀進上座配

寛永十六年正月三日の太刀進上に際する座配を、左右の列や上座・内座の位置ごとに列記した覚書。北郷・島津・敷根・渋谷・佐多・頴娃・喜入らの席順を示す。末尾は、この年の配列に新納・北郷らから異議があったため後年の座配は相談して定めるとし、貞享元年五月に忠昭が将来の参考として書き抜いたと記す。

登場人物
太刀進上座配、桂文十郎殿棋占七郎、安塞守、町田出羽臨伊集院、佐殿伊勢隼人佐、東市正、北郷佐渡守、部月
宛先
桂文十郎殿棋占七郎、安塞守、町田出羽臨伊集院右衛門佐、伊勢隼人佐、東市正、北郷佐渡守、併月十按知初年光也年
キーワード
太刀進上座配、儀礼・贈答、書写・奥書、目録・所蔵、伊勢、豊後
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:75文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

島津久慶外五名連署条書

鎌田治部少輔の書状。高野山での島津家の宿坊を蓮金院とする由緒を述べ、他院への変更をめぐる経緯と、参詣者の宿坊を従来どおりとするよう願う。寛永十六年十月二十三日付。

登場人物
島津久慶外五名、龍伯、蓮金院之儀右大将頼朝、義弘、豊臣秀頼
宛先
龍伯、院中、御宿坊蓮金院、御領圏中高野山、院時之住持大坂之城、其趣蓮金院、先年大坂
キーワード
島津久慶外五名連署条書、寺社・宗教、年貢・財政
旧記雑録拾遺 著作史料集5-文書ID F:213-1日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

新納仲左衛門忠雄日記

新納仲左衛門忠雄日記の抜書。元和九年から寛永十六年まで、主君への出仕や江戸・鹿児島での行動、移動・宿泊、茶・酒・刀・馬などの拝領と贈答、家中の出来事を日付順に記す。

登場人物
新納仲左衛門忠雄日、又八郎、右馬頭、一晩付右馬頭、馬頭殿内衆北郷、北郷越後守、一御曹子、一文八郎
宛先
殿様御父子御下屋敷、又八郎、右馬頭殿、一晩付右馬頭殿、馬頭殿内衆北郷、北郷越後守、一御曹子様吾等所、一文八郎、一五月九日、一御曹子様、鹿府、殿様、同壱貫文御老中、鎌左京亮殿、屋形、我等、生高、一僧衆屋形、泰椿東漸寺内、一殿、江戸、又御家、備
キーワード
新納仲左衛門忠雄日記、寺社・宗教、領地・地頭職、軍事・武具、鹿児島、大隅、日向、江戸、京都、伊勢、肥後、福昌寺、出水
旧記雑録拾遺 著作史料集8-文書ID W16_4書付旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

御職分ケと分国諸口の役割に関する書付

御蔵入・支配・借銀返弁・御祈念・兵具・江戸進物などの職分を列挙し、神社仏閣の修理や祭礼、用所首尾の担当者を記す。後段で寛永十六年十一月五日の記事と悟性院の由緒に触れる。

登場人物
「御職分ケ之事」「御分國中諸口事之事」
宛先
宛先なし
キーワード
御職分ケ之事・御分國中諸口事之事・寛永16年11月5日
島津世禄記-A48記事関連史料(外伝)確認度 高

光久主為家督帰国并賜上使事付金山之事

光久が家督を継いで帰国し、幕府上使を迎えたことと、永野金山の発見・献上を記す。寛永十六年、家光は光久に亡父家久の跡を継ぎ、国を治め民を安んずるよう命じ、銀千枚・衣服百領・馬を与えた。光久は江戸で謝礼を済ませ、六月に鹿児島へ帰城して家臣・領民の歓迎を受ける。その後再び江戸へ参府中、伊佐郡祁答院永野郷で内山与右衛門が川砂から砂金を得たとの報告が届く。幕府の命で採掘を進めると産金が続き、寛永十八年に砂金九百八十九両余を家光へ献上した。翌年、家光は金山を光久へ賜い、北郷久加が金山奉行となった。代替わり後の統治承認と、新たな鉱山資源の幕府への報告・献上・領有公認を結びつける記事である。

登場人物
島津光久、徳川家光、伊勢貞昌、入来院重国、内山与右衛門、阿部重次、北郷久加、島津久元
宛先
—
キーワード
光久家督、帰国、上使、砂金、永野金山、献上、金山奉行
島津世禄記-A49記事関連史料(外伝)確認度 高

琉球国八重山島異国人来事

琉球国八重山島の地理と、異国船の漂着・処置を記す。八重山島は首里から百七十四里離れ、南風で渡り北風で帰るため往復は年一度ほどと説明する。寛永十六年八月十八日、石垣港へ福州の船が漂着し、大明人十四人・南蛮人六十八人が乗っていた。通事は、呂宋から高砂へ渡る途中に逆風を受けて漂着したと述べる。島役人は彼らを上陸させて保護し、翌年七月十二日に琉球側から薩摩・鹿児島へ送った。馬場利重が江戸幕府へ経緯を報告すると、家光は八重山島役人の働きを賞し、漂着者が載せてきた宝物を褒美として島役人へ与えた。薩摩藩の琉球支配下における漂着外国人の保護・移送・幕府報告・褒賞を示す記事である。

登場人物
島津光久、徳川家光、馬場三郎左衛門尉利重、八重山島役人、通事、大明人十四人、南蛮人六十八人
宛先
—
キーワード
八重山島、異国船漂着、福州船、呂宋、高砂、大明人、南蛮人、幕府報告
後編6-No.1文書確認度 高

島津光久吉書

島津光久が年頭の吉書として、神社・仏閣の修理興行、農事の奨励、年貢納入の励行を三か条で示し、その趣旨に従って沙汰するよう命じたもの。

登場人物
島津光久
宛先
—
キーワード
島津光久、吉書、神社仏閣、修理、耕農、年貢、三か条、年頭
後編6-No.3文書確認度 高

新納忠清宛行状

新納忠清が二之宮伊與に、高一石五斗を飛諏訪の祭田として知行に付置き、祭祀を堅固に執り行い、諸出物なども怠りなく処理するよう命じた宛行状。正文は大口郷の二之宮氏に伝来したとの注記がある。

登場人物
新納忠清、二之宮伊與
宛先
二之宮伊與殿
キーワード
新納忠清、二之宮伊與、大口郷、飛諏訪、祭田、知行、高一石五斗、宛行状
後編6-No.4文書確認度 高

新納忠清知行目録

原田村川くぼの田地について、下田四畦十五歩、金助に関わる籾高などを掲げ、外略分を合わせて籾・大豆四俵四升、高一石五斗とする知行目録。これを飛諏訪の祭田として二之宮伊與の知行に付置き、祭祀と諸出物を怠りなく勤めるよう新納忠清が命じている。

登場人物
新納忠清、二之宮伊與、金助
宛先
二之宮伊與殿
キーワード
新納忠清、二之宮伊與、金助、原田村、川くぼ、下田、籾、大豆、飛諏訪、祭田、知行目録
後編6-No.9文書確認度 高

琉球国司尚豊覚書

琉球国司尚豊が、薩摩への奉公、とりわけ中国貿易の処理が疎略になったことを認め、渡唐銀の運用、買物の不首尾、役人の処罰などを条々に整理した覚書。琉球が島津家の支配下で受けた歴代の恩義を忘れず奉公すべきことを確認し、金武按司上国時に命じられた銀千貫目規模の貿易が実現しなかった事情などを、両使から説明させるとしている。

登場人物
尚豊王、島津光久、金武按司、川上久国、山田有栄、三原重種
宛先
御老中衆
キーワード
尚豊王、島津光久、琉球、薩摩、唐、中国貿易、渡唐銀、金武按司、銀千貫目、役人処罰、奉公
後編6-No.10文書確認度 中

金武朝貞・勝連良継連署覚書

金武朝貞と勝連良継が、薩摩から託された銀による中国貿易について、銀三百貫目や隠銀の取扱い、買物糸・巻物の品質と価格、銀の差替え、船の遅延、役人の違背と処罰などを詳細に報告した覚書。銀千貫目の貿易命令が首尾を得なかった事情や、中城・野村大学助らの銀運用上の問題を条項ごとに述べ、自分たちの責任と経緯を弁明している。

登場人物
金武朝貞、勝連良継、中城、野村大学助、山田有栄、三原重種
宛先
平田狩野介殿・伊東二右衛門殿
キーワード
金武朝貞、勝連良継、中城、野村大学助、琉球、中国貿易、渡唐銀、銀三百貫目、銀千貫目、買物糸、役人処罰
後編6-No.11文書確認度 中

金武朝貞・勝連良継連署覚書

金武朝貞と勝連良継が、中国貿易用の御物銀と糸代銀について、残銀、差替え、商人への過分な支払い、役人間の役割分担と処分を追加報告した覚書。中城の主取としての責任や、福治官舎・与那城官舎らの取扱い、残銀をめぐる違背と処罰を挙げ、関係者の主張の食い違いも含めて経緯を説明している。

登場人物
金武朝貞、勝連良継、中城、福治官舎、与那城官舎
宛先
平田狩野介殿・伊東二右衛門尉殿
キーワード
金武朝貞、勝連良継、中城、福治官舎、与那城官舎、琉球、中国貿易、御物銀、糸代銀、残銀、役人処分
後編6-No.12文書確認度 高

琉球国司尚豊書状

琉球国司尚豊が島津光久へ、光久が三州の太守職に任じられたことを祝うとともに、琉球側の従来の不忠・怠慢を詫びた書状。軍事的に防戦できない琉球が島津家の保護を受けてきた厚恩を述べ、今後は先例に従って国政を改め、薩摩への奉公を怠らないと誓い、引き続き庇護するよう願っている。

登場人物
尚豊王、島津光久
宛先
光久尊公
キーワード
尚豊王、島津光久、琉球、三州、太守職、薩摩、奉公、国政、庇護、謝罪
後編6-No.13文書確認度 高

琉球国司尚豊起請文

琉球国司尚豊が、島津光久の三州太守就任を受け、光久の下知に随い、琉球国の奉公に不忠・怠慢がないことを神仏に誓った起請文。誓約に背けば自身と子孫が梵天・帝釈、八幡、熊野、琉球の諸神など多数の神罰を受けるとする、広範な神名を列挙した厳重な誓詞である。

登場人物
尚豊王、島津光久
宛先
光久尊公
キーワード
尚豊王、島津光久、琉球、起請文、三州太守、奉公、神罰、梵天、帝釈、八幡、熊野、諸神
後編6-No.14文書確認度 高

琉球国司尚豊書状

琉球国司尚豊が、島津光久の三州太守就任を祝賀し、薩摩・琉球両国の安泰と光久の長久を祈った書状。祝儀として黄金、琉香三種、樽十荷、茶二壺などを進上し、詳細は派遣した両使に説明させるとしている。

登場人物
尚豊王、島津光久
宛先
光久尊公
キーワード
尚豊王、島津光久、琉球、三州太守、就任祝賀、進上、黄金、琉香、樽、茶、両使
後編6-No.15文書確認度 中

伊勢貞昌書状

伊勢貞昌が川上久国へ、立野をめぐる寺院・宗旨の扱いについて回答した書状。種子島では他宗がなく祈念にも支障があること、先人の内意や故人の意思を踏まえるべきことを述べ、法華宗で取り扱う場合は関係者が互いに争わず相談して処理し、必要なら内談のうえ後日返答すると伝えている。

登場人物
伊勢貞昌、川上久国
宛先
川上左近将監様(川上久国)
キーワード
伊勢貞昌、川上久国、立野、種子島、法華宗、寺院、宗旨、祈念、相続、内談
後編6-No.19文書確認度 高

島津氏老臣某覚書

江戸の幕府評定所で琉球の貿易事情を尋ねられた際、伊勢貞昌が持参した覚書。琉球の渡唐進貢船に積む銀、芭蕉、上布・白布、扇、筆、食料・香辛料、織物、薬種、器物などを列挙し、太刀・長刀・鎧類など、以前は渡来したが現在は法度によって停止されている品々を区別して記している。

登場人物
伊勢貞昌、竹下助太夫
宛先
江戸公儀御評定所
キーワード
伊勢貞昌、竹下助太夫、江戸評定所、琉球、渡唐進貢船、積荷、銀、芭蕉、上布、薬種、禁制品、貿易
後編6-No.20文書確認度 高

島津光久書状

島津光久が弾正大弼へ、吉利織部佑への用向きに心を配るよう頼み、現地の若輩者にも助言してほしいと求めた書状。あわせて宛先の病状を尋ね、少し快方に向かったと聞いて満足しているので、十分に養生するよう気遣っている。

登場人物
島津光久、吉利織部佑
宛先
弾正大弼殿
キーワード
島津光久、吉利織部佑、弾正大弼、病気、養生、若輩者、助言、用向き