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『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

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60 件 (全巻)/ 1–50件を表示

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後編3-No.688文書確認度 高

桂忠詮・上井里兼連署状抄

一瀬崎野の御牧に三十余疋がいるため馬見廻役を定めて改めること、帖佐から二階堂伝右衛門尉・野添善兵衛尉を呼び寄せて調査させ、在々の放馬も念入りに捜すことを報告する。また出水城の構えを調べ、市来治右衛門尉に絵図作成を命じたと記す。

登場人物
桂忠詮、上井里兼、二階堂伝右衛門尉、野添善兵衛尉、市来治右衛門尉
宛先
図書頭
キーワード
桂忠詮・上井里兼連署状抄、一瀬崎野、御牧、馬見廻、放馬、二階堂伝右衛門尉、野添善兵衛尉、出水城、城絵図、市来治右衛門尉
後編4-No.881文書確認度 高

新納某請取状

慶長十六年十一月二十四日、新納善兵衛が大山稲介へ、鹿児島武村の知行三石を永代売渡した代銭九貫文を、先取分六貫文と当日分三貫文に分けて受領した請取状。

登場人物
新納善兵衛、大山稲介
宛先
大山稲介
キーワード
新納善兵衛請取状、大山稲介、鹿児島武村、知行三石、永代売渡、代銭九貫文
前編2-No.1387文書確認度 中

河辺郡あらとの門水田坪付注文

薩摩国河辺郡あらとの門の水田について、ふる竹・みやした・本中かわら・かと田・かしわ木・小山田などの所在地と面積を列挙した坪付注文。

登場人物
東郷善兵衛
宛先
—
キーワード
河辺郡、あらとの門、水田、坪付注文、東郷善兵衛、ふる竹、みやした、小山田、田地面積
前編2-No.1898文書確認度 高

入来院本村諏訪座敷定日記

入来院本村の諏訪社における座敷順を、伊集院殿・山口殿・宮里殿などの席次として定めた日記。

登場人物
入来院本村諏訪関係者、東郷善兵衛尉蔵
宛先
—
キーワード
入来院、本村、諏訪、座敷定、席次、東郷善兵衛尉、永正十五年
後編5-No.1327文書確認度 中

島津光久書状

先公方徳川家康の時に島津家が琉球を拝領した由緒、遠隔地であるため使者の往還が稀となり関係が途絶えかけたこと、武力行使の構えを経て和睦し、先代中納言島津家久が琉球国司を従来どおり立て置いた経緯を述べる。島津光久が家督を継いだ後も家久同様に取り扱うので心得るよう求め、詳細は使者の口上に委ねた書状。寛永十五年八月二十五日付。

登場人物
島津光久、島津家久(中納言)、徳川家康、肥後長左衛門尉、田中善兵衛尉
宛先
琉球国司・中山王側(宛所記載なし)
キーワード
島津光久、島津家久(中納言)、徳川家康、琉球、琉球国司、中山王側、家督相続、使者往還、和睦、肥後長左衛門尉、田中善兵衛尉、寛永十五年八月二十五日
追録7-No.985申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

於幹の入輿・範之進の養子を帳面記置する申渡し

白木御文書七番箱中42番。於幹について安藝の嫡子嶋津三次郎への入輿、範之進について嶋津圖書の養子とすることを命じたので、その旨を帳面へ記しておくよう申し渡す。3月廿八日、典膳。外包には文化6年己3月廿八日、典膳から橋口善兵衛へ渡され、御文書七番箱へ納め置いた旨を記す。本文は縁組・養子の命令と記帳指示で、婚礼の実施記事へ置き換えない。橋口善兵衛は外包の受渡人として採録し、正文の宛名としない。

登場人物
於幹、安藝、嫡子嶋津三次郎、範之進、嶋津圖書、典膳、橋口善兵衛(外包受渡人)
宛先
独立宛名なし(外包に橋口善兵衛への受渡注)
キーワード
於幹、安藝嫡子嶋津三次郎、入輿仰出、範之進、嶋津圖書養子、帳面記置、典膳、三月廿八日、橋口善兵衛受渡、白木七番箱四十二番
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 174書状旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

谷口重成・西田和泉守連署達

加久藤川北村・長谷村の江唐人二人が罷登るとの届に対し、先月十九日朝申来候唐人に相違ないかを確認し、鹿児島へ送るよう命じる。松永善兵衛尉を召列参上させる旨を伝え、寛永十二年十二月九日、谷口重成・西田和泉守連署で結ぶ。

登場人物
谷口重成・西田和泉守、永善兵衛尉
宛先
永善兵衛尉
キーワード
谷口重成・西田和泉守連署書状、谷口重成・西田和泉守、永善兵衛尉、鹿児島、唐
後編3-No.690文書確認度 高

桂忠詮・上井里兼連署状

桂忠詮・上井里兼が、大坂出船後に出水へ到着し、鹿児島への通報と出水城の城祝を行ったことを報告する。肥後境目や各城・港、御牧と放馬、在々の侍・中間・百姓・職人の人数を調査し、城絵図・知行帳・目録を提出するとした。さらに寺沢志摩守の代官高嶋新三と百姓・入江・橋本との紛争、高嶋の逃亡、水俣の小西方への引渡しなど、出水郡の仕置と引継ぎの状況を詳述する。

登場人物
桂忠詮、上井里兼、北郷作左衛門尉、比志島紀伊守、入江、橋本、二階堂伝右衛門尉、野添善兵衛尉、市来治右衛門尉、寺沢志摩守、高嶋新三、小西作右衛門尉
宛先
図書頭
キーワード
桂忠詮・上井里兼連署状、出水、城祝、肥後境目、御牧、放馬、城絵図、知行帳、人数目録、寺沢志摩守、高嶋新三、百姓訴訟、水俣、小西作右衛門尉、領国引継ぎ
附録1-No.376文書確認度 高

出水公方用途支配注文

出水において公方関係に用いる用途金を村別に割り付けた注文。御酒などを含む総額・用途額を掲げ、御内分・惣村分・東郷・車内・田海・烏丸・南瀬・斧淵・崎浦・宍野・藤河・山田などについて、町反数と負担額を列記する。出水郷内の費用調達と村別支配の実態を示す。

登場人物
出水郷諸村、東郷善兵衛(所蔵者)
宛先
—
キーワード
出水、公方用途、用途金、村別負担、御内分、惣村、東郷、車内、田海、烏丸、南瀬、斧淵、崎浦、宍野、藤河、山田、注文
追録6-No.2662-1書状旧記雑録暫定版確認度 中

子女の出生と実母の照会を江戸へ送り、指示の連絡を依頼する

明姫から雄五郎までの出生月日と実母について系図・家譜編纂の参考となる命令がないため、同役で相談し七月十三日に川上が主計へ内々に照会した。八月十六日に勘解由から問いがあり、当地ですぐ分からない件もあるので、照会覚書を江戸へ持参して江戸詰記録奉行へ伝えるよう指示された。国元からも各方へ問い合わせることを承知し、帳留書抜を送るので、機会をみて照会し指示を知らせてほしい。勘解由は多忙で上方からの沙汰がない場合もあるので心得として伝える。

登場人物
川上平右衛門、本田休兵衛(親礼)、東郷浅之丞(実美)、篠原善兵衛(国宝)
宛先
東郷浅之丞(実美)・篠原善兵衛(国宝)
キーワード
子女の出生と実母の照会を江戸へ送り・指示の連絡を依頼する
追録6-No.2822-1書状旧記雑録暫定版確認度 中

本田親礼記録奉行書状

雄五郎・亀五郎・感之介三人の実母を島津式部少輔の「密子」とする件で、大炊から於房の出自を尋ねられたため、先の指示に基づいて答えた経緯を伝える。江戸では密子という事情を承知しておらず、系図へそのまま母付を記すと後に疑義が生じるおそれがあると指摘した。留守居の照会にもまだ返答がなく、養女等の関係かもしれないので、国元でも調べ、改めて勘解由へ問い合わせ、大炊とも相談して後便で知らせるよう求める。五月十三日、本田休兵衛。

登場人物
本田休兵衛親礼(目録)、勘解由、大炊、雄五郎、亀五郎、感之介、島津式部少輔、東郷浅之丞実美、川上平右衛門親敷、黒田嘉右衛門、篠原善兵衛、日高六右衛門、本田孫九郎、平山五郎右衛門、平田貞太郎、川上八郎太
宛先
東郷浅之丞・川上平右衛門・黒田嘉右衛門・篠原善兵衛・日高六右衛門・本田孫九郎・平山五郎右衛門・平田貞太郎・川上八郎太
キーワード
実母、母付、密子、雄五郎、亀五郎、感之介、於房、系図、養女、留守居、再照会
追録6-No.2822-4書状旧記雑録暫定版確認度 中

本田親礼書状

於房を島津式部少輔の女として扱う件や、御子の誕生年月・母付の不明点について勘解由へ照会した経緯を知らせる。三人の実母を密子とする先の書付に誤りはないが、密子の件はかなり以前のことで、今から式部少輔の養女として公儀へ願い出ることは難しく、養女という事情は内輪で承知する扱いとされたという。ただし、そのままでは系図への養女表記も難しいため再び書付で尋ね、明姫・富之進の御事も一緒に確認するよう家老へ申し入れたので、決まり次第知らせるとする。六月二十三日、本田休兵衛。

登場人物
本田休兵衛親礼(目録)、河口転、於房、島津式部少輔、雄五郎、亀五郎、感之介、中将、勘解由、明姫、富之進、川上平右衛門、東郷浅之丞、黒田嘉右衛門、篠原善兵衛
宛先
川上平右衛門・東郷浅之丞・黒田嘉右衛門・篠原善兵衛
キーワード
於房、密子、養女、公儀願出、内輪、系図、母付、誕生年月、明姫、富之進
追録1-No.1205記事旧記雑録暫定版確認度 中

上使領内ヲ巡見ス

寛文七年八月、諸国巡見使の岡野孫九郎・井上新右衛門・青山善兵衛が肥後から薩摩へ入り、新納久了らが出迎えて領内を案内した記事。巡見使は薩摩・大隅各地を巡り、光久が江戸にいたため綱久が南林寺で面会し、その後は国境を越えて伊東氏領へ入った。

登場人物
島津光久、島津綱久、岡野孫九郎、井上新右衛門、青山善兵衛、新納久了、平田宗正、喜入久治、二階堂信行
宛先
宛先なし(譜中記事)
キーワード
諸国巡見使、岡野孫九郎、井上新右衛門、青山善兵衛、新納久了、島津綱久、南林寺、領内巡見、国境
追録5-No.2377御譜記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪 御鷹ノ雲雀拝領ス(御譜記事)

家治が七月二十二日、使番大河内善兵衛政興を重豪の芝邸へ遣わし、御鷹で捕らえた雲雀三十羽を賜ったと御譜に記す。重豪は老中各々の邸へ赴き、礼を述べた。

登場人物
家治・大河内善兵衛政興・重豪・老中
宛先
独立宛名なし(拝領者重豪は目録・出典による)
キーワード
七月二十二日記事、家治、大河内善兵衛政興使番、芝邸、御鷹の雲雀三十羽拝領、老中各邸礼謝
追録6-No.2207記事旧記雑録暫定版確認度 中

重豪が鷹二羽を賜り吹上役所で受け取る

四月二十一日、家治が重豪に俊鷹二羽を与えた。二十三日、側役市田勘解由教国、留守居本城源七郎輝承、鷹匠頭肥後藤右衛門と鷹匠二人を吹上役所へ遣わした。幕府側の戸田五助と組頭水谷善兵衛が鷹二羽を渡し、一同はこれを受けて芝邸へ戻った。記事末尾の「其儀如左」は次のNo2208の受領作法書へ続く。

登場人物
島津重豪、徳川家治、市田勘解由教国、本城源七郎輝承、肥後藤右衛門、戸田五助、水谷善兵衛、鷹匠二人
宛先
—
キーワード
島津重豪、徳川家治、俊鷹二羽、四月二十一日、二十三日、吹上役所、芝邸、市田勘解由教国、本城源七郎輝承、肥後藤右衛門、戸田五助、水谷善兵衛、鷹匠
追録7-No.16申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

島津久邦申渡書

島津兵庫の嫡子善次郎の元服に伴う進上物と拝領物を記録する申渡書。家柄への格別の取分として、従来の進上品に刀を加えるよう命じる。従来は脇差を拝領していたが、この元服から刀の拝領へ改めることも伝え、記録奉行に帳面へ記すよう指示する。書付の署名は求馬で、人物注は島津久親とする。包紙注では、寛政2年4月28日に求馬殿から篠原善兵衛へ渡され、白木御文書六番箱へ納められたとある。

登場人物
島津求馬(人物注は久親)、島津兵庫、島津善次郎、篠原善兵衛
宛先
御記録奉行(申渡先)、島津兵庫殿(添えられた指示の相手)
キーワード
島津兵庫、島津善次郎、元服、進上物、刀進上、脇差拝領、刀拝領、島津求馬、篠原善兵衛、記録奉行
追録7-No.525吉書旧記雑録暫定版確認度 高

島津斉宣吉書(目録525)

斉宣署判の吉書で、神社仏閣修造興行、専ら勧農すること、国々の年貢徴納の3箇条を掲げ、その旨に従い沙汰するよう命じる。本文は寛政11年正月11日。白木御文書六番箱中72号、上包に吉書、外包に寛政11年未正月・御吉書1通とある。包紙注は同年2月23日、久馬殿から橋口善兵衛へ渡し、白木御文書六番箱に納め置いたと記す。本文政策条項と受渡・収納情報を分ける。

登場人物
斉宣、久馬、橋口善兵衛
宛先
独立宛名なし
キーワード
神社仏閣修造、勧農、年貢徴納、三箇条、六番箱72号、久馬から橋口善兵衛、二月廿三日
追録7-No.922-3書状旧記雑録暫定版確認度 高

安藤對馬書状(922の3・川上右近出頭と三通収納)

川上右近を明日四半時に我等の宅へ差し出すよう通知する。12月廿一日、安對馬署に安藤信成の注、松平薩摩守殿留守居宛。包紙にも同じ宛名がある。続いて右ノ三通外包ニの表示があり、文化5年辰2月廿三日に橋口善兵衛が承知し、白木御文書七番箱へ納め置いた旨を記す。正文の翌日出頭指定と、922の1~3の三通をまとめた外包の後年収納日を分ける。出頭先は御城ではなく安藤の宅であり、五時・四時を指定する前二通とは異なる。

登場人物
川上右近、安藤對馬(安藤信成・注)、松平薩摩守、留守居、橋口善兵衛
宛先
松平薩摩守殿留守居(本文・包紙)
キーワード
922の3、川上右近、明日四半時、我等宅、安藤信成注、十二月廿一日、薩摩守留守居、三通外包、文化五年二月廿三日、橋口善兵衛、白木七番箱収納
追録7-No.1551諭達旧記雑録暫定版確認度 高

島津重豪諭達(六月、役儀・勝手向・介助)

正文は文庫。以下六月・七月二通は白木御文書八番箱十五番にあるとの注。文化十四年六月、内蔵(新納久命注)宛。去酉、公辺への申立を伴い年老を国元へ遣わし、万事を任せる方針を一門・重役以下に細かく伝えたが、役への召呼時の様子も註立もなく、前年は上野善兵衛・堀殿衛(愛染注)に委細伝達したのに、難渋を直す見通しがないと叱責する。取扱役が従前どおりで真意を受けず、諸役の者が私益・利欲に走り身分役儀を弁えず制法を破る振舞いを問題とし、無油断の精勤と勝手向の立直しを求める。遠国へ出向いた年老の立場を弁えないことも戒める。国家のため、先年の介助を再び断り、大小上下を問わず趣旨を理解して取り扱うよう命じる。ただし生質によるやむを得ない不行届は別とする。仕向全体の不行届は度々伝えたのに改善せず、先祖へ申し訳ないとして、この時節は委曲を伝えて心配するが、なお趣旨が立たなければ介助を断ち引き取るほかないと告げる。国元へ伝達し、江戸でも一統へ同じ心得を申し渡すことを求める。将来の条件付き処置と叱責の評価を、実施済みの成果に置き換えない。

登場人物
島津重豪(目録)、内蔵(新納久命注)、年老、一門、重役、諸役、上野善兵衛、堀殿衛(愛染注・姓名留保)
宛先
内蔵(新納久命注)
キーワード
正文文庫白木八番箱十五六月七月二通文化十四六月去酉公辺申立年老国元万事差置一門重役註立なし去年上野善兵衛堀殿衛愛染委細伝達難渋未直取扱真意私益利欲身分役儀制法精勤勝手立直国家先年介助再断大小上下生質例外先祖不最通改善なければ介助断引取国元江戸一統伝達
追録7-No.1553申渡書旧記雑録暫定版確認度 高

川上久芳外二名家老連署申渡(訓諭受止・精勤・請書)

重豪公御譜中、写正文は文庫。去酉、大御隠居が公辺へ願い出た上で下向し、一門を始め沙汰があったこと、その後江戸で役へ召呼し、去年は上野善兵衛・堀殿衛を遣わすなど仰出を重ねたが、趣意通りに取扱いが行き届かなかったと記す。第一に大御隠居が公辺へ心を致し、このたび別紙の通り御筆で仰せ出され、その趣意を太守が承って深く心痛し、また別紙の通り御筆で仰せ出されたため、年老の一統が恐れ入るべき事だと述べる。趣意を深く受け止め、小事にも心を掛け、尊慮に沿うよう一層精勤せよと命じる。不相成事であると強調し、三役連名の請書を差し出すよう求める。文化十四年の朱書、七月、右近(川上久芳注)・安房(島津久備注)・典膳(鎌田政與注)の三署。宛所の独立記載はない。1551・1552の仰出を受けた伝達・精勤・請書提出の指示として整理し、請書提出の完了や介助の具体額・停止完了は記されていない。

登場人物
大御隠居島津重豪、太守島津斉興、川上右近久芳、島津安房久備、鎌田典膳政與(各実名は括弧注)、上野善兵衛、堀殿衛(姓名留保)、年老一統、三役
宛先
宛所の独立記載なし(三役連名請書の指示あり)
キーワード
重豪公御譜写正文文庫去酉公辺御願下向一門沙汰江戸役召呼去年上野善兵衛堀殿衛仰出取扱不行届大御隠居御筆別紙太守御筆別紙年老一統恐入小事掛心頭尊慮精勤三役連名請書差出文化十四七月川上久芳右近島津久備安房鎌田政與典膳
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 356-11送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

飯米賦渡送状

『飯米賦渡送状』は、十一月二十一日、川越助右衛門・川越善兵衛・池田長左衛門・前田久左衛門の各主従へ真米一斗五升・赤米一斗五升を割り当てる。末尾では、十一月二十二日から三十日分の海上飯米として、小湊から出水へ向かう五枚帆四艘・四枚帆一艘の上乗加世田衆中へ渡すよう三原源右衛門・永山覚右衛門へ命ずる。

登場人物
平田宗直 川越助右衛門 川越善兵衛 池田長左衛門 前田久左衛門 三原源右衛門 永山覚右衛門
宛先
三原源右衛門・永山覚右衛門
キーワード
飯米 上乗 小湊 出水 川越助右衛門 川越善兵衛 池田長左衛門 前田久左衛門
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 361-5送状・兵站文書旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

飯米賦渡送状

十一月二十二日、川越助右衛門・川越善兵衛尉・池田長左衛門・前田休左衛門の各主従に、真米・赤米各一斗五升を掲げる。五枚帆四艘・四枚帆一艘の上乗として小湊から出水へ遣わす加世田衆中の海上飯米で、同日以後三十日分を、到着後の算用により渡すよう是枝喜右衛門へ命ずる。

登場人物
川越助右衛門 川越善兵衛尉 池田長左衛門 前田休左衛門 是枝喜右衛門
宛先
是枝喜右衛門
キーワード
上乗 飯米 川越助右衛門 川越善兵衛 池田長左衛門 前田休左衛門 小湊 出水
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 214-1記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

伊地知季安記事

伊地知季安の記事。この日、伊地知杢右衛門重政が島原の陣屋で、鹿児島の士である土持平左衛門綱辰・田中善兵衛・吉田次郎兵衛康清・中上内蔵丞を饗応したことを記す。

登場人物
伊地知季安、伊地知重政、土持平左衛門綱辰、田中善兵衛、吉田次郎兵衛康清、中上内蔵丞
宛先
宛先なし(伊地知季安記事)
キーワード
伊地知季安、伊地知重政、島原、陣屋、鹿児島、土持平左衛門綱辰、田中善兵衛、吉田次郎兵衛康清、中上内蔵丞、饗応
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 214-2取払留旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

小原織部取払留

伊地知重政付衆・小原織部の取払留。二月十四日の振舞方として上白米一斗五升を土持平左衛門尉・田中善兵衛・中上内蔵丞へ渡したこと、同日、買物方として真米八升四合八勺を記す。瀬戸山主左衛門へ渡した天草栖本から出水米之津までの船賃以下は十五日条に載せると注記する。

登場人物
小原織部、土持平左衛門尉、田中善兵衛、中上内蔵丞、瀬戸山主左衛門
宛先
宛先なし(小原織部取払留)
キーワード
小原織部、取払留、二月十四日、振舞、上白米一斗五升、土持平左衛門尉、田中善兵衛、中上内蔵丞、買物、真米八升四合八勺、天草栖本、出水、米之津、瀬戸山主左衛門、船賃
旧記雑録拾遺 著作史料集4-文書ID w1:250記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

末吉衆中根元記抄

末吉衆中宮里家の由緒を記す根元記の抄録。宮里善兵衛尉の弟助太郎と父隠岐守の来歴を述べ、馬越で伊東清右衛門に奉公したのち、帖佐・本城・曽木を経て慶長六年に末吉へ移り、村田雅楽助に仕えた経緯を記す。

登場人物
宮里善兵衛尉、宮里助太郎、宮里隠岐守、伊東清右衛門、酒井助左衛門、村田雅楽助
宛先
—
キーワード
末吉衆中根元記抄、宮里善兵衛尉、宮里助太郎、宮里隠岐守、伊東清右衛門、酒井助左衛門、村田雅楽助、馬越、帖佐、本城、曽木、末吉、慶長六年
追録6-No.2195-9書上旧記雑録暫定版確認度 中

三月四日の招請人六十三記載を席の区分別に列記する

将軍転任祝儀の招請人名を63件列記する。三月四日・御次第不同とし、大書院・表書院御取持・勝手之間・居間書院・居間・勝手の区分と各人の断注を記す。掲載数は出席人数を表さない。

登場人物
松平弾正大弼、松平摂津守、伊達遠江守、松平大学頭、松平土佐守、松平雅楽頭、榊原式部大輔、伊達大膳大夫、上杉弾正大弼、戸田采女正、内藤備後守、有馬左兵衛佐、亀井隠岐守、相良壱岐守、山内摂津守、本多肥後守、織田筑前守、榊原兵部大輔、遠山和泉守、久留嶋信濃守、大久保能登守、松平三郎太郎、渡邊忠四郎、乙幡宇兵衛、水谷善兵衛、水上鐵藏、松岡九八郎、山川清右衛門、河野仙寿院、池原長仙院、橘宗仙院、馬嶋瑞伯、長谷川太郎兵衛、倉橋三左衛門、長田甚左衛門、酒依清左衛門、土方宇源太、篠山吉之助、狩野栄川院、狩野養川、鍋嶋甲斐守、織田左近将監、立花出雲守、柳生但馬守、酒井縫殿頭、九鬼中務、京極伊豫守、京極八之助、村松四兵衛、村松代七、橘隆庵、小川玄孝、山添宗積、奥平大膳大夫、松平靭負、山添熙春院、桂川甫周、堀本一甫、嶋津淡路守、嶋津式部少輔、嶋津又吉郎、深見久太夫、伊勢萬助
宛先
三月四日招請名簿(個別宛所なし)
キーワード
松平弾正大弼、松平摂津守、伊達遠江守、松平大学頭、松平土佐守、松平雅楽頭、榊原式部大輔、伊達大膳大夫、上杉弾正大弼、戸田采女正、内藤備後守、有馬左兵衛佐、亀井隠岐守、相良壱岐守、山内摂津守、本多肥後守、織田筑前守、榊原兵部大輔、遠山和泉守、久留嶋信濃守、大久保能登守、松平三郎太郎、渡邊忠四郎、乙幡宇兵衛、水谷善兵衛、水上鐵藏、松岡九八郎、山川清右衛門、河野仙寿院、池原長仙院、橘宗仙院、馬嶋瑞伯、長谷川太郎兵衛、倉橋三左衛門、長田甚左衛門、酒依清左衛門、土方宇源太、篠山吉之助、狩野栄川院、狩野養川、鍋嶋甲斐守、織田左近将監、立花出雲守、柳生但馬守、酒井縫殿頭、九鬼中務、京極伊豫守、京極八之助、村松四兵衛、村松代七、橘隆庵、小川玄孝、山添宗積、奥平大膳大夫、松平靭負、山添熙春院、桂川甫周、堀本一甫、嶋津淡路守、嶋津式部少輔、嶋津又吉郎、深見久太夫、伊勢萬助、将軍転任、右大臣、祝儀、招請、人名書、断注
追録1-No.693書状旧記雑録暫定版確認度 中

鎌田政有書状

鎌田政有が国元役人六人へ、大火で衣類を失った評定所筆者の替人急召上、上屋敷・鍋島の買添屋敷の内証と図面不備を報じる。下屋敷の騎馬四人・歩行衆十五人の召下、南戸・小姓・酒部屋等の減員を伝え、金掘七八十人の召出には難色があり、金子三千五百両ほどを借りて屋敷用達は済んだとする。伊東源次・川野善兵衛の人事と放火企図拘束、城普請による材木不足と国元の長屋材準備も求める。大名・江戸市中は節約と沈静の様子で、末注に先月十八九日の焼跡絵図を送ったと記す。

登場人物
鎌田政有、島津光久、永井弥右衛門、渡辺伴右衛門、三雲太郎右衛門、伊東源次、川野善兵衛
宛先
町田勘解由、新納右衛門、伊勢兵部、鎌田筑後、島津筑前、島津図書
キーワード
鎌田政有、島津光久、江戸大火、屋敷整理、家臣団、留守居、進物、金銀、再建資材、参勤延期
追録6-No.17式次第旧記雑録暫定版確認度 高

法楽能組

宝暦十四年甲申二月五日の法楽能の組。翁に可助、三番叟に仙兵衛を記し、嵐・田村・羽衣・安宅・祝言の弓八幡にはそれぞれ重豪の名を配する。各番の欄には虎齋・八郎次・與左衛門・長四郎や、甚五兵衛・市郎治・彌兵衛・政右衛門、喜六郎・喜藤太・大之進、善兵衛・傳兵衛、織右衛門・珍阿彌、源五左衛門・良右衛門・貞右衛門等の担当者を列配置で記す。注には、正文が稲荷社内にあり、能組・狂言組二通が白木御文書五番箱十一番に入り、児玉(名は阜之丞とみられる)の所蔵と記されることが示される。担当者の役種を明記しない欄もある。

登場人物
重豪、可助、仙兵衛、虎齋、八郎次、與左衛門、長四郎、甚五兵衛、市郎治、彌兵衛、政右衛門、喜六郎、喜藤太、大之進、善兵衛、傳兵衛、織右衛門、珍阿彌、源五左衛門、良右衛門、貞右衛門、児玉阜之丞(所蔵注・名は仮読)
宛先
—
キーワード
法楽能、翁、三番叟、嵐、田村、羽衣、安宅、祝言弓八幡、重豪、二月五日、能組、出演者
追録6-No.642報告書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久金外三名家老連署首尾書

於綾を直ちに御前様へ立てるよう御守殿へ申し上げていたとの旧臘二十三日の使便を承知し、申し上げたところ、太守様は現状のまま於綾を直ちに御前様へ立てることに異存がないと理解したと報告する。御守殿にも得心して決着するよう申し上げ、甘露寺家には御守殿から伝え、幕府への願いなどを都合よく進めるよう、去る十六日に急飛脚で知らせていた。旧臘晦日に急ぎ差し立てた三原善兵衛が昨日十八日に着き、使便の趣旨も承知して申し上げたところ、御守殿が得心し幸せに思うとの意向があったとする。願いを早く立て、御守殿への挨拶と甘露寺家への使者・返答の手続きを整え、御守殿の使者から京都留守居へ知らせ、急飛脚で供の御用人へ連絡して道中でも早く承知するようにする。於綾の当地からの出立に備え、新奥女中には全員に暇を出す意向を承知したので、時節を見合わせて手続きを整えるよう求める。その他のことは追って知らせるが、善兵衛到着後に申し上げた意向は早く知らせる必要があるとして急飛脚で報告する。正月十九日付、年は明和七年の朱注、小松帯刀・喜入主馬・樺山左京・島津左中の四名の署注と桂織部殿・島津仲殿宛を備える。控の正文は家老座にあるという。

登場人物
小松帯刀(清香注)、喜入主馬(久福注)、樺山左京(久智注)、島津左中(久金注)、桂織部(久中注)、島津仲(久健注)、於綾、御守殿、太守様、甘露寺家、三原善兵衛、京都留守居、供の御用人、新奥女中
宛先
桂織部殿、島津仲殿
キーワード
於綾正室立替、御守殿太守意向、旧臘23使便・晦日三原差立・正月18着・16急便・19返書、幕府願・甘露寺家挨拶、京都留守居から供用人への急飛脚、出立準備、新奥女中全員暇の手続き、四名連署二宛
追録6-No.1035碑文・題記旧記雑録暫定版確認度 中

重豪造立の聖堂棟札―宣成殿上棟・助造者・造営諸役

聖堂の棟札。「従四位上中将源朝臣重豪造立」と記し、「上棟 宣成殿」、安永二年癸巳四月十五日と示す。総営の家老は嶋津左中源久金・樺山左京藤原久智。助造として、入徳門及び座之間は琉球国中山王尚穆、仰高門及び供屋外繋は島津因幡源忠温、講堂及び打座は島津筑後藤原久倫、文庫及び張番所は種子島左内平久芳を対応させる。監事の組頭用人兼務に小松相馬平清行、用人に藤野休左衛門藤原良記、近習役に村橋左膳源久昌、使番記録方に山田司平明遠、普請奉行に児玉早之丞藤原實門を記す。記録奉行は伊集院六左衛門藤原兼尚・川上正右衛門藤原親芳、細工奉行は本田新右衛門藤原親方、記録方添役は向井新兵衛惟宗友相・川田来栖源國風。さらに郡山主右衛門藤原員良・山本傳藏建部常行、谷元六兵衛藤原延貞・郡山権藏藤原長矩・上野善兵衛藤原篤祐を、間船方受込格・問學方の見出しとともに列記する。総大工は山崎傳次郎菅原安詮・松山孫右衛門藤原為央。造立者、上棟の建物・年月日、総営、建物別助造者、造営を担当した諸役を配置によって示した棟札の写し。正文は聖堂方にある。

登場人物
従四位上中将源朝臣重豪、嶋津左中源久金、樺山左京藤原久智、琉球国中山王尚穆、島津因幡源忠温、島津筑後藤原久倫、種子島左内平久芳、小松相馬平清行、藤野休左衛門藤原良記、村橋左膳源久昌、山田司平明遠、児玉早之丞藤原實門、伊集院六左衛門藤原兼尚、川上正右衛門藤原親芳、本田新右衛門藤原親方、向井新兵衛惟宗友相、川田来栖源國風、郡山主右衛門藤原員良、山本傳藏建部常行、谷元六兵衛藤原延貞、郡山権藏藤原長矩、上野善兵衛藤原篤祐、山崎傳次郎菅原安詮、松山孫右衛門藤原為央
宛先
棟札のため独立宛書なし
キーワード
聖堂造立、宣成殿上棟、家老総営、建物別助造、監事・大工
追録6-No.1282申渡書旧記雑録暫定版確認度 中

先祖の仏餉高各百五十石と旧高の銀への切替・六代目の申出手順

先祖の仏餉高について江戸へ伺ったところ、別紙の通り返答があったとする。五代目に当たる先祖の仏餉高を百五十石ずつ付す扱いとし、浄國院・有邦院・慈德院・圓德院にそれぞれ百五十石ずつ、都合六百石を御判物により寄付したと記す。法号には吉貴・継豊・宗信・重年の注がある。他方、かつて中納言に三百石を付していた分は銀三百枚に替え、寛陽院・大玄院に百五十石ずつ付していた分は銀百五十枚ずつに替え、泰清院の百石は銀百枚に替えるとする。中納言・寛陽・大玄・泰清には家久・光久・綱貴・綱久の注がある。以後もこの扱いに準じ、六代目となった時は高を銀に替える手順を整えるよう述べる。六百石は万々年まで済むよう仰せ出され、別紙の趣旨を帳面に詳しく記し、六代目になる時には家老中から間違いなく申し出るよう命じる。末尾は七月、主馬・帯刀・伊織・市正・仲の五名連署と各人名注。包紙には朱の七十七、安永四年未七月十日に主馬から渡されたこと、同十三日に白木御文書五番箱へ一条原善兵衛が納めたことを記す。原の有邦を宥邦へ改めない。新たな四法号の高と、別の旧高を銀へ切り替える額を分け、石と枚を同じ数量として合算しない。将来の六代目の手順を当日の銀切替完了へ移さず、渡日・納置日と本文の発給日も区別する。

登場人物
主馬喜入久福、帯刀小松清香、伊織川田國福、市正山岡久澄、仲島津久健(各注)、浄國院吉貴、有邦院継豊(原表記)、慈德院宗信、圓德院重年、中納言家久、寛陽院光久、大玄院綱貴、泰清院綱久、一条原善兵衛
宛先
家老中(六代目に至る時の申出担当)、寺領関係者(独立宛書なし)
キーワード
仏餉高、江戸伺、五代目四法号各百五十石計六百石、御判物寄付、中納言三百石銀三百枚、寛陽大玄各百五十石各銀百五十枚、泰清百石銀百枚、六代目引替、家老申出、包紙七十七、七月十日渡十三日納、五番箱
追録7-No.6記事旧記雑録暫定版確認度 高

重豪御鷹ノ鶴ヲ拝領ス

島津重豪が寛政2年正月28日、徳川家斉から鷹狩で捕らえた鶴一隻を拝領した記事。大河内善兵衛政寿が芝邸へ届けた。久留島帯刀通同が重豪に代わって恩旨を受け、さらに「各老邸」へ赴いて拝謝したと記す。

登場人物
徳川家斉、島津重豪、大河内善兵衛政寿、久留島帯刀通同
宛先
—
キーワード
島津重豪、徳川家斉、御鷹、鶴一隻、拝領、大河内政寿、久留島通同、芝邸、拝謝
追録7-No.無番号_0051報告書旧記雑録暫定版確認度 高

本田孫九郎ら連署首尾書(お長母附吟味)(原本・目録706の3)

706の3。お長の母は永田閑龍養女、実は清水源左衛門家来の青木休右衛門女との申出を受け、系図の母附をどう書くか吟味する。史料は休右衛門の身分を理由に名前を書かず閑龍養女とのみ記す案を挙げ、寛陽院(島津光久)の子女の先例では家の女房とし父の姓名を省いた例と、士以上の女子は父兄の姓名を書く例があると比較する。休右衛門は元来下中町名頭青木嘉右衛門と称したが、家来となってもその名前を載せ難いとする。結論と署名は同じ上段左側に続く。亥8月晦日、本田孫九郎・平山五郎右衛門・平田貞太郎・橋口善兵衛、記録方見習の相良太郎太・本田休七・八田孝之進が列記される。目録は本田孫九郎外八名連署首尾書で、実見できる名は7名のため人数異同を留保する。史料の身分観と記載方針として説明し、現代の人物評価へ転用しない。

登場人物
お長、永田閑龍利安、清水源左衛門、青木休右衛門(青木嘉右衛門)、寛陽院(島津光久)、本田孫九郎、平山五郎右衛門、平田貞太郎、橋口善兵衛、相良太郎太、本田休七、八田孝之進、御側御用人、御側役
宛先
独立宛名なし
キーワード
706の3、実母附表記吟味、閑龍養女、青木嘉右衛門、寛陽院先例、父姓名省略、身分による記載、連署人数異同
追録7-No.無番号_0063報告書旧記雑録暫定版確認度 高

記録奉行調書(906の4・出産女中の後歴先例)

大奥で召し仕えた女中が子を産んだ後に縁付を命じられた例、また子へ直接召し付けられた者があるか調べるよう命じられたことへの先例調書。浄国院(島津吉貴)の妾、郷田仲兵衛兼近女お幾・後霜林は子を産み、後に重富屋敷へ移った。重富留守居へ照会すると、当若狭殿の祖父周防殿(忠紀・注)が享保19寅9月に磯で生まれ、すぐ月桂院(吉貴側室)の養育となったが、延享2年乙丑3月21日に下屋敷から鼓川へ移り、同日母を勝浦山屋敷から召し移したと分かった。家元郷田安左衛門にも照会したが詳細不明で、形行いの次第は不知とする。吉貴の妾、近藤三左衛門嘉包女お政・後貞寿院は因幡殿の実母。吉貴逝去時まで御側に召し仕え、その後因幡方へ移り、今和泉留守居によれば延享元年甲子5月15日、因幡(初三次郎)の磯付高屋敷と道具を拝領、延享4年丁卯10月の遷去時も因幡の拝領なので磯屋敷で籠居した。宝暦2年申7月に居屋敷を拝領して家作し、翌3年酉には母子が喜入へ移った。有邦院(島津継豊)の妾、伊地知八四郎季鄰女おはんは本殿の実母で、知覧屋敷へ移った。享保17年子閏5月朔日に本丸大奥で出生し同日島津本久豪方へ引越し、直子の筋で養育された。延享2年丑12月朔日に北条織部から母を本殿方へ移す旨、100石の所務を一世下す旨を命じ、同日玄蕃から50石の所務を一世付けられたが、50石以外に本殿からの命はないとする。翌寅年2月26日、本殿15歳の時におはんが知覧へ移った。以上の先例は調べたが古い事なので細部は不明で、寛陽院(島津光久)の妾から子に召し付けられた人もあるものの、出産後の縁与等は見当たらないと報告する。文化元年子10月16日の朱注、記録奉行本田孫九郎・平山五郎右衛門、記録方添役橋口善兵衛、見習碇山八郎右衛門・本田休七・八田孝之進の六名を掲げる。居住・養育・道具・一世禄の先例と、縁付について確かな例を示せない調査結果を分ける。

登場人物
浄国院吉貴、有邦院継豊、寛陽院光久、郷田仲兵衛兼近女お幾・霜林、郷田安左衛門、周防忠紀、月桂院、近藤三左衛門嘉包女お政・貞寿院、因幡殿(初三次郎)、伊地知八四郎季鄰女おはん、本殿(初太郎次郎久峯・注候補)、島津本久豪、北条織部、玄蕃、本田孫九郎、平山五郎右衛門、橋口善兵衛、碇山八郎右衛門、本田休七、八田孝之進
宛先
独立宛名なし(調査命令への報告)
キーワード
906の4、出産女中後縁先例調査、郷田氏重富鼓川移居、近藤氏今和泉磯喜入、伊地知氏知覧、本久豪養育、一世百石・五十石、縁与不明、文化元年十月十六日、記録方六名
追録7-No.無番号_0064報告書旧記雑録暫定版確認度 高

記録奉行調書(906の5・実母永久暇後の差支え)

子様の実母が他所の家元から当方家臣の養女となっている場合、永の暇を下して家元へ返した後に差支えが生じないか内々に調べるよう命じられたことへの報告。これまでその先例がないため検討したところ、実母から生まれた子と系図へ母何某養女、実は何方の何某女と載せ、暇を下した経緯も後年紛れないよう記録する必要があるとする。暇後、年齢に応じて外で縁組をし子を産むこともあり得るが、その子は御子様にとって異父同母の兄弟となり関係が離れないため、将来何か差障りがないかという問題を挙げる。この件は内々の調査として承知しており、自然とさらに吟味されるだろうと申し上げる。文化4年卯4月朔日の朱注、記録奉行平田貞太郎・木場次右衛門・橋口善兵衛、見習八田孝之進・児玉祝人の五名を掲げる。実母の具体的な永久暇処分や再婚・出産を報告する本文ではなく、仮定の手順・記録方法と後年の差支えの検討を分ける。

登場人物
御子様実母、家臣養女の家元、将来の縁組相手・子、平田貞太郎、木場次右衛門、橋口善兵衛、八田孝之進、児玉祝人
宛先
独立宛名なし(内々の調査命令への報告)
キーワード
906の5、実母家臣養女、永暇家元返し仮定、先例なし、系図実母出自記録、再婚出産可能性、異父同母兄弟、後年差支え内々調査、五名
追録6-No.2662-4覚書旧記雑録暫定版確認度 中

於房の母附について前年の書留を提出し、国元の記載状況を報告する

寛政元年六月二十一日、河口転の用件で本田休兵衛が出頭した際、於房に関する母附の理解について、先に勘解由へ照会した書留の写しを提出するよう求められた。先の記録では、雄五郎が天明二年五月十九日卯上刻、亀五郎が天明四年二月二十八日夜子上刻、感之介が天明五年八月十七日朝辰上刻に生まれ、実母はいずれも式部少輔殿密子とされ、雄五郎は公辺に天明七年に八歳として届けたとする。本田は同役と相談してこれを勘解由へ照会し、前年三月に篠原善兵衛へ渡され国元御記録所にも記録してある旨を報告する。末尾は酉六月二十二日、本田休兵衛署名。朱注は、式部少輔の養女で密子と同一人と心得ること、密子を女と改める案、明姫・富之進も追って照会することを補う。

登場人物
本田休兵衛(親礼)、篠原善兵衛、勘解由、面高善右衛門、河口転、於房、雄五郎、亀五郎、感之介
宛先
宛所の明記なし
キーワード
於房の母附について前年の書留を提出し・国元の記載状況を報告する
追録6-No.2662-8覚書旧記雑録暫定版確認度 中

子女三人の母附書付を受け取ったことと出生日時を記録する

勘解由からの用件で篠原善兵衛が出頭したところ、かねて照会していた子女の母附書付三通を受け取り、ここに留めたと記す。雄五郎は天明二年五月十九日卯上刻出生、公辺へは天明七年に八歳として届出。亀五郎は天明四年二月二十八日夜子上刻、感之介は天明五年八月十七日朝辰上刻出生とする。三人の実母はいずれも島津式部少輔殿密子と記される。これは系図記載を検討する際に受けた説明であり、後続の朱返答では養女・女という記載方法が問題となる。

登場人物
篠原善兵衛、勘解由、雄五郎、亀五郎、感之介、島津式部少輔
宛先
記録(宛所の記載なし)
キーワード
子女三人の母附書付を受け取ったことと出生日時を記録する
追録6-No.2662-9達書旧記雑録暫定版確認度 中

今後の出生年月・実母は廣敷用人へ照会して月番家老に届けるよう命じる

面高善右衛門からの用件で篠原善兵衛が出頭し、勘解由から渡された書付一通を留める。書付は、これまで子女が出生する際の年月・実母等を記録奉行から廣敷用人に問い合わせてきたと聞くので、今後はその都度月番家老へ申し出て承知を受けるよう命じる。三月二十日付、勘解由から御記録奉行への書付である。朱の張紙は、天明八年同日に江戸で勘解由から篠原へ渡された書付の写しであると説明する。

登場人物
勘解由、篠原善兵衛、面高善右衛門、御記録奉行、廣敷用人、月番家老
宛先
御記録奉行
キーワード
今後の出生年月・実母は廣敷用人へ照会して月番家老に届けるよう命じる
追録7-No.688吉書旧記雑録暫定版確認度 高

島津斉宣吉書(目録688)

白木御文書六番箱92号の吉書。神社仏閣の修造興行、専ら勧農すること、国々の年貢を徴納することの3条を掲げ、その旨に従って沙汰するよう命じる。本文は享和2年正月11日・斉宣御判。上包は吉書、外包は享和3年亥正月11日とし、右享和3年亥1月28日に市正殿から橋口善兵衛へ渡され、白木六番箱へ納置したとの注を伴う。目録も享和3年1月11日。本文の享和2年を包紙・目録の3年へ書き替えず、発給日異同と後日の受渡・保管経緯を分ける。

登場人物
斉宣、橋口善兵衛、市正殿
宛先
独立宛名なし
キーワード
神社仏閣修造、勧農、国々年貢徴納、三条沙汰、斉宣御判、本文二年・包紙三年、六番箱92
追録5-No.1596首尾書旧記雑録暫定版確認度 要確認

平田正輔普請首尾書

平田靱負が五月十四日、嶋津主殿・鎌田典膳へ、御手伝普請成就後の見分・木屋引払い・人員引取を報告する。牧野織部・細井九助らは四月十五日着、翌日から一之手を見分して二十一日に済み、石田を二十三日に見分、二之手は二十四日から五月十日、三之手は五月十二日までに済み、四之手も十二日に完成、十三日の金廻・葉名の見分が滞りなく済んだと述べる。木屋や家作・地面を返し、矢来・杭を取り払い、人員を江戸・国元へ引き取らせ、残る人数は木屋に収容して順次差し立て、役人らも近日出発する見込みであると知らせる。旅宿同然の現場に長く留まる不都合を受け、平田自身をまず江戸へ帰し、受負金の未払と元方の仕廻は追って調べるよう命じられ、伊集院十藏の十五日出発、平田の二十六日籠立てと役人の出発手配を記し、別紙を添えて江戸へも急飛脚で報告したと伝える。

登場人物
平田靱負(正輔は目録)・嶋津主殿・鎌田典膳・牧野織部・細井九助・青木次郎九郎・高木新兵衛・倉橋武右衛門・吉田久左衛門・淺野左膳・高木内膳・石野三次郎・新見又四郎・高木玄蕃・富士淺間・伊集院十藏・山元藤兵衛・本多方峯・木脇武左衛門・中村善兵衛・川上彦九郎(正文。武右衛門・久左衛門・次郎九郎とも略記)
宛先
嶋津主殿・鎌田典膳(正文宛名。朱注:伊集院十藏殿/署旁嶋津主殿。関係未確定)
キーワード
平田正輔普請首尾書
追録5-No.2765重豪、宝暦十二年在国公辺記事旧記雑録暫定版確認度 要

重豪、宝暦十二年在国公辺記事

重豪の宝暦十三年正月から十二月までの動静を列記する。翁舞の観覧、求馬の急病死、火災に伴う二万両の借入れと四千両の返納許可、二月の水痘、四月十五日の登城と二十八日の芝出発、六月十四日の出水到着・二十一日の府城到着を記す。御側御用人・御納戸奉行らの任免、老齢で多務の島津貴寧への政務免除と腰刀下賜、近寺士への弓砲訓練指示、鷹狩り・舟遊び・琉球踊り、九月二十六日の図書久完の死去も収める。十月朔日の玉川王子・豊見城王子への饗応、十一・十二月の射礼、十二月十八日の今泉濱亭訪問、二十三日の散楽・天狗舞による年忘れまで記録する。

登場人物
島津重豪・島津求馬・島津大藏久迢・島津圖書久完・松平右京大夫・松平周防守・玉川王子・豊見城王子・島津杢久峯・島津左中久金・福山平太夫安郁・赤松甚右衛門則・四元庄藏・長谷場伊角・藤野休左衛門・三原善兵衛・伊集院四郎・上村藤之丞・相良四郎兵衛・山岡齋宮・島津貴寧・島津大藏久迢・兒玉早之丞・川田伊織國福
宛先
記載なし(御譜記事)
キーワード
本文宝暦十三年正月十二月御譜、翁舞求馬急病死借金二万四千返納水痘、四月登城芝発六月出水着、人事弓砲放鷹琉球踊九月廿六久完卒、十月玉川豊見城饗応年忘、六月廿一府城着、貴寧免政務腰刀
追録6-No.457記事旧記雑録暫定版確認度 中

明和五年間公辺記事

明和五年の年次記事。元日は既に首途を済ませたため賀正を受けず、御座間で公族と三官に会い、外庭稲荷を拝した。正月十三日は護摩所・福迫・稲荷、二十日は大雄・松峯・玉龍を訪れ、鷹が捕えた鶴の賜りを十八日に拝受したことも記す。二月六日に府城を発ち、家老川田伊織国福・仲久健、用人・納戸奉行・使番らが同行する。大里から海路で坂越へ向かい、座船住吉丸と他の船を挙げ、小字注では船の総計を三十九艘とする。三月二日に大坂邸、六日に伏見邸、二十九日に芝邸へ到着。四月朔日は大家の使者が来て「守宮」を与え朝観を賀し、二日は閣老各邸を訪ね、護摩所の不動へ還謁する。七日は関山金陣を使わした。兒玉主左衛門利容らが購入した千字文・唐詩選・字林集等と、草菴・蒙求・和歌類題・古今集・天狗藝術論等を備え、親覧したと記す。八日は近衛公が諸大夫を遣わして賀正、十三日は大家の使いの閣老が邸で慰労し、十五日に朝観礼、十六日に大円寺、二十三日に高輪五社、二十四日に増上寺、二十九日に一橋邸を訪れた。六月朔日は朝から酒井雅楽頭邸を訪問し、近侍の高崎納右衛門ら及び有川・伊東・山田・林・相良・柏の陪席や召しにも触れる。七月十九日には大家が使者を遣わして雲雀を賜り、鷹が捕えたものと記す。二十五日には高橋此面種寿の家老職を、旨に逆らったため免じた。十二月十六日は使番興津左京が鶴を携えて邸に来たが、重豪は少し病んでいたため相良近江守に迎拝を託した。この鶴も鷹が捕えたものという。冬に福昌寺の新作を命じ、翌年秋に完成したとの小字注を付す。

登場人物
重豪、家老川田伊織国福・島津仲久健、御側御用人山岡齋宮(諱久□原字・ママ/澄注)・伊地知新太夫季周・関山新左衛門・二階堂蔀、納戸奉行上村笑之丞・藤野休左衛門良記、使番三原善兵衛・喜入休右衛門、御船奉行佐多休左衛門(小字注)、関山金陣、兒玉主左衛門利容、相良彌千母長興、本田七右衛門親存、大家、近衛公、陪席高崎納右衛門・有川勇四郎・伊東得之進・山田彦八明遠・林玄達・相良彌千母・柏百幾、高橋此面種寿、興津左京、相良近江守
宛先
—
キーワード
賀正不受、正月参詣と鶴拝受、二月六日府城発、役職別同行、大里・坂越海路、住吉丸/新田丸/音羽丸/春日丸/宮内丸、総船三十九艘注、小早等二十四艘・水伝馬或鯨舟二艘・使舟十艘(内訳原語)、三月二日大坂/六日伏見/二十九日芝、四月朝観・賀正・閣老慰労、書籍購入親覧:千字文/唐詩選/唐詩礎/明詩礎/通商考/字林集/草菴/蒙求/和歌類題/古今集/濱眞砂/天狗藝術論/田舎莊子、近侍陪席、七月十九日雲雀下賜、七月二十五日高橋家老罷免、十二月十六日鶴/少疾/相良迎拝、福昌寺新作命/翌年完成注
追録6-No.551記事旧記雑録暫定版確認度 中

明和六年重豪公辺記事

朱注に引書名を掲げた明和六年の重豪公辺記事。正月元旦に御庭三社を詣で守宮を訪れ、二日に東帯へ造朝賀正、三日に家老、大野多宮・新納次郎四郎らの献太刀を受け、親しく酒を与えた。四月二十七日の賜告、翌日の朝拝・賜馬、小疾のための出行願と大閤の許可、八月十三日の守宮の餞、十九日の夫人の餞、二十五日の芝邸出発を記す。九月十三日に菱刈藤蔵実詮が江戸で没し、下旬には彗星を東に見た。十月十七日に府城へ着き、十九日に慈照夫人の訃報が江戸から届き、一旬の喪に服した。弓炮の勝負への戒めと御三役・与頭・番頭への親諭、納戸奉行・物頭・使番・小納戸などの役替え、本尊を看経山伏へ授ける遣使、福昌・惠燈・淨光三寺での慈照夫人の弔い、江戸・鹿児島の別なく不洗物を着用する命令を記す。十一月三日に山下築地を訪問し、西田とは未接見。六日に柁城へ向かい桜島横川別館に泊まり、七日に長年寺で皇妣の二十五回忌に拝し、万歳丸で帰船した。南泉参詣、役署巡覧、種子島雲治の物頭任命、諸有司への散楽の観覧を記す。十二月には久福・清香を家老、新納波門を若年寄、山岡齊宮・島津矢柄を大目付とする役替え、玉龍・松峯二廟参詣、側小姓相良彌千母への四書五経各一部の下賜、二十七・二十八日の諸社・看経所参詣と大目付以上への前栽観覧、二十九日の大雄宮・南泉廟参詣を記す。

登場人物
重豪、大野多宮久富・新納次郎四郎久儔(付注)、夫人、菱刈藤蔵実詮、慈照夫人(重豪室・一橋宗尹女注)、三原善兵衛、鎌田愛太夫、伊東間(原ママ)、伊集院彌平左衛門俊□(宣か注)(付注)、山田司、三雲之兵衛、赤松甚右衛門、関山新左衛門、二階堂新十郎、種子島雲治、喜入主馬久福、小松帯刀清香、新納波門、山岡齊宮、島津矢柄久口(原字・善か注)、相良彌千母
宛先
—
キーワード
年頭儀礼、太刀献上・饗応、帰国行程、慈照夫人訃報・服喪、人事、寺社参詣、皇妣二十五回忌、彗星、散楽観覧、四書五経下賜
追録6-No.2662表紙・所在注旧記雑録暫定版確認度 中

重豪の子女の出生・母附と系図記載に関する問合書一巻

白木御文書六番箱中三十六ノ上。蓋紙の題は御子様方御誕生年月・御母附之儀付、御内々奉伺置候趣帳留書抜、江戸御記録所。一巻に七枝の問合・返書・覚書を収め、明姫・富之進・亀五郎・感之介・雄五郎の出生年月日、実母、養子・養女の扱い、公辺届出と内密な記録の差、系図・家譜への記載方針を照会する。末尾朱記は寛政元年七月二十三日御使便で江戸詰本田休兵衛から一冊が送られたことと、送付時の問合書を別に留めたことを記す。

登場人物
島津重豪、明姫、富之進、亀五郎、感之介、雄五郎、川上平右衛門、本田休兵衛、黒田嘉右衛門、東郷浅之丞、篠原善兵衛、勘解由、河口転
宛先
江戸御記録所の帳留書抜(各枝の宛所は個別記載)
キーワード
重豪の子女の出生・母附と系図記載に関する問合書一巻
追録6-No.2662-2書状旧記雑録暫定版確認度 中

問合書と帳留書抜の受領を知らせ、沙汰があれば連絡すると返す

照会は届いた。何らかの指示があれば早々に知らせると返答し、帳留書抜一通は同役中で確かに受け取ったと報ずる。

登場人物
東郷浅之丞(実美)、篠原善兵衛(国宝)、本田休兵衛、川上平右衛門
宛先
本田休兵衛・川上平右衛門(朱の上・殿により往復を表示)
キーワード
問合書と帳留書抜の受領を知らせ・沙汰があれば連絡すると返す
追録6-No.2822-2書状旧記雑録暫定版確認度 中

東郷実美外六名記録奉行連署返書

五月十三日の問合せに対し、御子三人の実母を島津式部少輔の密子とする旨は、前年七月の内意と翌申年三月の勘解由の書付によって承知したと答える。密子の事情や系図上の具体的な扱いまでは知らず、指示どおり記すつもりであったが、後日の疑義を避けるため再調査する必要を認める。一方、重ねて直接尋ねると差障りになる場合もあるので、まず国元で調べ、見解を大炊へ伝える方法を提案し、中将の御事でもあるため照会を差し控える場合は家老へ相談のうえ、詳細を後便で知らせるよう求める。閏六月十日付、七名連署。

登場人物
東郷浅之丞実美(目録)、黒田嘉右衛門、篠原善兵衛、本田孫九郎、平山五郎右衛門、平田貞太郎、川上八郎太、本田休兵衛、勘解由、大炊、中将、雄五郎、亀五郎、感之介
宛先
本田休兵衛殿
キーワード
母付、三人の実母、密子、内意、勘解由書付、系図、再調査、家老相談、後便
追録6-No.2822-6書状旧記雑録暫定版確認度 中

川上親敷外八名記録奉行連署返書

実母の取扱いに関する問合せを承知し、送られた別冊と元日帳留の抜書も受け取って確認したと答える。家老へ内意を申し上げ、別冊等を渡したうえで、兵庫の家老座からの返答次第で追って知らせるとし、当面の帳留や御系図、付札のとおりの理解について回答する。末尾の記録は、九月十日の使便で朱書のとおり返答し、帳留の別冊と朱書返書を添えて江戸へ送ったとする。九名の記録奉行の連署を掲げる。

登場人物
川上平右衛門親敷(目録)、東郷浅之丞、黒田嘉右衛門、篠原善兵衛、日高六右衛門、本田孫九郎、平山五郎右衛門、平田貞太郎、川上八郎太、本田休兵衛、兵庫、家老
宛先
本田休兵衛(問合書への朱書回答)
キーワード
実母、問合回答、別冊、元日帳留抜、家老、付札、朱書、九名連署、使便
追録8-No.501-3帰国許可者の急派名書と発足・到着注旧記雑録暫定版確認度 中

帰国許可者を御用のため急派する名書と発足・到着記録を伝える書付

樺山市郎・鎌田郷左衛門・川上平九郎・有馬藤太・井上直次郎ら、帰国を許可された者の名書。御用があるため来る廿日に急いで当地へ差し立てるよう命じる三月式部の書付で、名書は三列に二十六名を列記する。続く注は十七日に命じ、廿日子刻に発足するよう申し合わせたことと、甲子四月二日・三日に追々着いたことを記す。有川十左衛門には右かという原注がある。許可、急派の指示、発足時刻の取決め、到着の後記を分け、御用の具体内容や勤務地は補わない。

登場人物
樺山市郎、鎌田郷左衛門、川上平九郎、有馬藤太、井上直次郎、染川伊兵衛、村瀬彦兵衛、鈴木源五左衛門、上原藤十郎、大山彦次郎、有川十左衛門(右カ注)、椎原助八、白尾彦助、中村新兵衛、谷山彦右衛門、鶴丸彌兵衛、池之上仲右衛門、簗瀬善兵衛(姓字形留保)、日高軍次郎、河野半藏、加藤清次郎、大田八郎、春山越右衛門、黒木直左衛門、川村與四郎、毛利喜平太、式部(注:川上久美)
宛先
列記された帰国許可者
キーワード
帰国許可者急派名書二十六名、樺山市郎鎌田郷左衛門川上平九郎、御用来廿日当地差立、三月式部川上久美、十七申付廿日子刻発足、甲子四月二日三日追々到着、有川十左衛門右カ注
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 63-24日記・馬船出入記録旧記雑録拾遺暫定版確認度 中

高麗日記

文禄三年九月から四年十二月の馬船到着、馬の贈進と馬奉行、名護屋津・壱州勝元の出着船、高麗唐嶋への到着や乗馬を記す。御供船別十二隻、十月三十日の御船を始め十七隻の到着、翌年十二月六日の大唐人の馬船七隻出船などを記録する。各日付の船数は別記事として扱う。

登場人物
大山三次、野添善兵衛尉、寺澤殿、二階堂帯刀、上井新右衛門、又八様、春成殿、関氏殿、大唐人(本文表記)
宛先
なし(日記のため宛先なし)
キーワード
高麗日記、馬船、軍馬、国元、名護屋津、壱州勝本、出船、着船、配船
旧記雑録拾遺 著作史料集1-文書ID 358帳簿・船賦旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

平田宗直船賦帳 船賦出船申付状

『平田宗直船賦帳』所収の出船申付記事。五枚帆四艘(各水手八人)と四枚帆一艘(水手七人)について主取と上乗を列記し、小湊から出水への出船を命ずる。さらに市来湊船の七端帆一艘(船頭神兵衛尉、水手六人、上乗鮫嶋源兵衛尉)と串船の壱端帆一艘(船頭徳右衛門、船頭・水手十人、上乗永井与兵衛尉)を掲げ、小松原で御上米の積込を終えた運賃船を出水へ出すよう記す。

登場人物
平田宗直 孫右衛門尉 川越四右衛門尉 隼人佐 池田長左衛門 与四右衛門尉 川越善兵衛 次郎左衛門 前田久左衛門 大蔵兵へ尉 神兵衛尉 鮫嶋源兵衛尉 徳右衛門 永井与兵衛尉
宛先
なし(帳簿記事)
キーワード
船賦 五枚帆 四枚帆 運賃船 御上米 小湊 出水 市来湊 串船