SEARCH THE ARCHIVE

文書を探す

『旧記雑録』前編・後編・附録10冊と追録1~8(暫定版)、『旧記雑録拾遺 伊地知季安著作史料集1~9』『家わけ1』(暫定版)、関連史料(外伝)『島津世禄記』の46,754件を横断検索できます。検索範囲は史料群・巻を組み合わせて選べます。結果は50件ずつ表示します。

検索範囲
すべての文書
読込量の目安
小
数行~半頁未満。短い書状、感状、証状、記事、本文省略や同文注記のみ。
中
半頁~1頁程度。一つの用件をある程度詳しく記すもの、複数項目を含む目録・交名。
大
1頁を超え3頁未満。複数の用件・事件・人物・地名を含む長文書、詳細な譜記事・合戦記録・日記・知行帳。
特大
冊子頁3頁以上。長大な日記・軍記・系図・知行帳・軍役帳。

80 件 (全巻)/ 1–50件を表示

ページ 1 / 2

追録5-No.2751保姫入輿行列次第旧記雑録暫定版確認度 高

保姫入輿行列次第

保姫入輿の行列を図示し、先頭の左右に御使之者を置き、御徒・徒頭・目附、小十人、挟箱持・書同心・弓同心・長刀持などの配置と人数を列記する。召替輿は十人、貝桶は八人、百々曲乗物は八人、先乗女中は六人、本輿は二十人で扱い、日傘・傘持、奥之番・大御番・納戸頭・医師・用達・用人なども配する。供女中と見送女中の乗物、伊賀之者、火之番・茶道坊主・茶弁当・裏箱持などを続け、後部に菅笠釣台三人・同三人・同三人と惣供僕従を記す。朱書で各役の熨斗目・羽織・小袖・麻上下・袴、木綿の単物・四つ打組・足袋・手拭などの衣装と用具を指定する。

登場人物
保姫・御使之者・御徒・徒頭・目附・小十人・挟箱持・書同心・弓同心・長刀持・先乗女中・奥之番・大御番・納戸頭・医師・用達・用人・供女中・見送女中・伊賀之者・火之番・茶道坊主・供僕従
宛先
記載なし(独立宛名なし)
キーワード
保姫入輿行列配置人数朱衣装、左右使之者徒同心弓長刀、召替輿十貝桶八百々曲乗物八先乗女中六本輿二十、傘医師用達用人、供見送女中伊賀者茶弁当菅笠釣台惣供僕従、菅笠釣台三人同三人同三人、宝暦十二年の朱注
追録3-No.2096目録旧記雑録暫定版確認度 中

島田住源義助の長刀拵え目録

島田住源義助作の長刀一振について、鍔、切羽、金覆輪、胴かね、太刀打、黒塗の鞘や花色の袋などの仕様を列記する。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
長刀、島田住源義助、拵え、鍔、切羽、覆輪、鞘、金具
追録3-No.2099目録旧記雑録暫定版確認度 中

無銘の長刀拵え目録

無銘の長刀一振について、紺三重金綿の柄、切羽金、金覆輪、金象眼の金具、赤銅七子金小べりの胴かね、黒塗の鞘などを列記する。

登場人物
—
宛先
—
キーワード
長刀、無銘、拵え、切羽、金覆輪、金象眼、鞘
追録4-No.1965御譜旧記雑録暫定版確認度 中

吉貴旧蔵の槍二本・長刀一振を忠紀に下賜

二月三日、吉貴が家督時代に持っていた対の槍二本と持替えの長刀一振を忠紀に賜る命が出た。島津久道がこれを伝え、証書を添えた。No.1966は道具の由来と受領・保存についての書付である。

登場人物
島津吉貴、島津忠紀、島津久道
宛先
—
キーワード
吉貴、忠紀、久道、旧蔵道具、対の槍二本、長刀一振、下賜、証書
追録4-No.1966覚書旧記雑録暫定版確認度 中

槍二本・長刀一振の由来と拝領に関する久道証状

久道は、対の槍二本と長刀一振について、槍は吉貴が家督のときに所持し、長刀は持替えの道具だったと記す。今回忠紀が拝領したため、家宝として大切にするよう求め、久道が取次をした証として書付を出した。

登場人物
島津久道、島津忠紀
宛先
島津周防(島津忠紀)
キーワード
島津久道、島津忠紀、吉貴、対の槍二本、長刀一振、家宝、拝領、取次
追録6-No.1034-1申渡書旧記雑録暫定版確認度 中

島津左中・喜入主馬申渡―長刀の無用と若者・百姓の髪の整え

出水の若者が長刀を帯びることは、このたびから無用と命じられたと伝える。今後、差し留めることはないが、何事も質素に守るよう求め、出水だけでなく諸外城でも心得るよう指示する。出水その他の衆中や百姓の髪の具合に見苦しい者がいるので、急いで髪を整え、見苦しいことがないようにすることも命じる。道中に仰せ出された旨の申出があったので、堅く守るよう地頭・領主へ知らせる。末尾は安永二年巳四月、左中・主馬。雑抄中に収録する。

登場人物
左中(島津久金注)、主馬(喜入久福注)、出水の若者、諸外城の衆中・百姓、地頭・領主
宛先
諸外城(地頭・領主へ伝達)
キーワード
長刀帯用、今後の差留なし、質素、髪の整え、諸外城への伝達
追録6-No.1102達書旧記雑録暫定版確認度 中

鎗術・長刀修練の心得―礼譲・他流非議の禁止と稽古場の管理

鎗術・長刀の修練に出精することを第一条とする。大人数の稽古では礼譲を守り、若年の者は師匠家だけに教えを受けるのではなく、年長の者も流儀に限らず指導し、行儀を正しくして風俗をよくする。他流を非議し、他人の芸を「さみす」ことを禁ずる。日々の稽古を終えた後は座席と囲内を取り散らさず、少しの破損に気付いた段階で御目附へ知らせ、大破するまで放置しないよう求める。以上を堅く守るよう命じる四条の心得。末尾は安永二年十月日で、日付の数字は記されていない。正文は家老座にある。

登場人物
稽古人、若年の者、年長の者、師匠家、御目附
宛先
稽古人(独立宛書なし)
キーワード
武芸修練、礼譲、年長者の指導、流儀、他流非議禁止、座席・囲内、破損の早期通報
後編1-No.4記事確認度 高

川上久朗譜

弘治元年正月、蒲生・菱刈・渋谷方の偽降によって北村城戸口で島津軍が伏兵に遭った際、川上久朗が入来の寺尾左衛門と長刀・鑓で戦った経緯と、折れた鑓が後世に伝わったことを記す。

登場人物
川上久朗、川上久国、島津貴久、蒲生某、菱刈大膳、渋谷党五家、北村塞番主、寺尾左衛門
宛先
—
キーワード
北村合戦、偽降、伏兵、川上久朗、寺尾左衛門、長刀、鑓、伝来
後編2-No.168記録確認度 高

樺山紹剣自記

樺山紹剣が、豊後へ進む前提として岩屋城を攻めることになった経緯から、七月二十七日の総攻撃と落城までを回想する。城兵は石・長刀・鎗などで激しく防戦し、島津方も岸壁や城際で組み討ちとなって多数の死傷者を出した。配下の樺山忠助が重傷を負いながら退かず戦ったこと、各隊の攻撃位置や討死・負傷者、落城後の処置までを挙げ、岩屋城合戦の苛烈さを樺山家側から伝える。

登場人物
樺山紹剣、樺山忠助、高橋紹運、島津忠長、島津軍諸将
宛先
—
キーワード
樺山紹剣自記、樺山紹剣、樺山忠助、岩屋城、高橋紹運、総攻撃、岸壁、石打、長刀、鎗、組討、死傷者
後編2-No.299記事確認度 高

新納忠元譜

根白坂で島津軍が敗れ、島津義久が和議・出仕に応じたのちも、新納忠元は「ただちに降れば薩隅日三州に男子がいないと思われる」として降伏を拒み、秀吉の首を取る策さえあると主張した。義久は、いったん降伏を約した以上これを破れば忠信を失うと重ねて説得する。忠元は六月中旬にようやく秀吉へ出仕し、長雨で増水した川を避けて本営へ赴き、謁見後に長刀と衣服を賜って大口へ帰った。忠元の剛直さと主従の応酬を伝える逸話。

登場人物
新納忠元、島津義久、豊臣秀吉、羽柴秀長
宛先
—
キーワード
新納忠元譜、新納忠元、島津義久、豊臣秀吉、降伏拒否、忠信、秀吉暗殺策、大口、増水、長刀拝領
後編2-No.304記事確認度 高

島津義久譜

新納忠元が、兵糧に窮していると聞いた細川幽斎の陣へ少量ながら糧食を贈り、軍功を励ました逸話を記す。この振る舞いに軍勢は忠元の武勇の気象を感じ入ったという。忠元は義久の再三の説得で降伏し、秀吉の天堂尾本営へ出仕して長刀と道服を拝領した。さらに肥後へ向かう秀吉の行列を羽月園田付近で待ち受け、駕籠脇で秀吉所持の軍扇を直接賜った。敵味方を越えた贈答と忠元の剛直な人物像が際立つ記事。

登場人物
新納忠元、島津義久、豊臣秀吉、細川幽斎
宛先
—
キーワード
新納忠元、新納忠元譜、細川幽斎、兵糧贈答、島津義久、豊臣秀吉、降伏、長刀拝領、道服拝領、軍扇拝領
後編2-No.319記録確認度 高

山口又左衛門覚書

天正十五年五月十八日、義久が太平寺から平佐城へ移った後、新納忠元は島津家が秀吉へ降参したことを「何より口惜しい」と強く反発した。義久は、家久の降参や伊集院右衛門大夫を介した和平がすでに進み、従わなければ島津家滅亡の原因になると説得する。忠元はやむなく降参し、秀吉から長刀一振、さらに道中で道服と扇を直接与えられた。敗将の抵抗感と秀吉による厚遇を伝える逸話的な覚書。

登場人物
山口又左衛門、新納忠元、島津義久、島津家久、伊集院右衛門大夫、豊臣秀吉
宛先
—
キーワード
山口又左衛門覚書、新納忠元、島津義久、島津家久、豊臣秀吉、降伏拒否、太平寺、平佐城、長刀、道服、扇、厚遇
後編2-No.1034記録確認度 高

島津竜伯久寄進刀目録

島津義久が天正二十一年に田布施の金峯山へ寄進した長刀一振の目録。刀身は長さ一尺七寸、両面に火入りがあり、赤銅拵で無銘と記す。 現状について錆付き、柄が破損していることまで記録しており、寄進武具の形状と保存状態が分かる。

登場人物
島津義久(竜伯)
宛先
—
キーワード
島津義久、竜伯、田布施、金峯山、寄進、長刀、一尺七寸、赤銅拵、無銘、破損
後編3-No.329文書確認度 高

白尾幸孝書状

白尾幸孝が白尾五兵衛尉へ、唐島の五日崎に在番して銀子が尽きたため援助を求めた書状。未完成の手火矢、長刀、身の回りの品の手配を頼み、留守宅の家族や奉公人の無事を尋ね、年明けには帰朝するつもりだと伝える。

登場人物
白尾幸孝、白尾五兵衛尉、市允、七郎、五吉、五左衛門、源助
宛先
白尾五兵衛尉殿参
キーワード
白尾幸孝、白尾五兵衛尉、唐島、五日崎、在番、銀子、手火矢、長刀、留守宅、帰朝
後編3-No.331文書確認度 高

白尾幸孝書状

白尾幸孝が白尾五入道へ、当地は一同無事なので心配に及ばないと伝え、所持の長刀を研いで便次第に送るよう依頼した書状。鉄砲はまだ調わず、現地では銀子が尽きて難儀しているため、少額でも融通してほしいと頼む。

登場人物
白尾幸孝、白尾五入道
宛先
白五入道殿
キーワード
白尾幸孝、白尾五入道、長刀、鉄砲、銀子、在番生活、送付依頼
後編3-No.1010文書確認度 高

島津義弘(惟新)書状

島津義弘(惟新)が又八郎に、存松への伝言を承知したと述べ、遠方から音信として銀子五枚と長刀一振を贈られた厚意に感謝する。諸件は本田源右衛門尉へ申し含めて派遣したので、書状では詳しく述べないとする。

登場人物
島津義弘(惟新)、島津忠恒(又八郎)、存松、本田源右衛門尉
宛先
又八郎殿
キーワード
島津義弘(惟新)書状、又八郎、存松、銀子五枚、長刀一振、贈答、遠方、本田源右衛門尉、正月十四日
後編3-No.1335文書確認度 高

山田昌巌書状

山田昌巌が木脇刑部左衛門の求めに応じ、その父が関ヶ原合戦で挙げた戦功について回答する。昌巌自身の見聞に加え、黒木左近兵衛から聞いた話として、木脇刑部左衛門が長刀を持ち名乗りを上げて敵を討ち、島津義弘(惟新)の退却にも従った働きを証言する。

登場人物
山田昌巌、木脇刑部左衛門、島津豊久(中務大輔)、島津義弘(惟新)、黒木左近兵衛
宛先
木脇刑部左衛門様
キーワード
山田昌巌書状、木脇刑部左衛門、関ヶ原合戦、島津豊久(中務大輔)、島津義弘(惟新)、黒木左近兵衛、戦功証明、長刀
後編3-No.1404記録確認度 高

神戸五兵衛覚書

木脇休作は島津義弘(惟新)から拝領した長刀を携え、洲俣渡で義弘のもとへ急行し、関ヶ原では「島津兵庫頭内の小弁慶」と名乗って敵中へ斬り込み、多数を退けた。山田有栄らと殿軍を務めて義弘を逃し、信楽での危機も越え、七か国を通って片時も側を離れず帰国まで供奉した。

登場人物
神戸五兵衛、木脇休作、島津義弘(惟新)、石田三成、矢野主膳、山田有栄
宛先
木脇三右衛門
キーワード
神戸五兵衛覚書、神戸五兵衛、木脇休作、島津義弘(惟新)、石田三成、洲俣渡、関ヶ原、小弁慶、長刀、殿軍、信楽、退却、帰国
後編3-No.1678文書確認度 高

島津龍伯書状

島津龍伯が島津忠恒(又八郎)へ、出立の際に贈るつもりで細工屋へ仕立てを命じた長刀が遅れて完成したため、改めて一腰を贈ると伝えた書状。原典には「家久公御譜中」とある。

登場人物
島津義久(龍伯)、島津忠恒(又八郎)
宛先
又八郎(島津忠恒)
キーワード
島津龍伯書状、慶長七年八月十日、島津義久、龍伯、島津忠恒、又八郎、家久公御譜中、長刀、細工屋、仕立、贈答、一腰
後編5-No.572文書確認度 中

島津氏軍役賦

島津氏の軍役賦。乗馬衆・陸衆・鉄砲衆・弓衆・長刀衆・外城衆・船頭水手・鹿児島騎馬衆などの人数と、鉄砲玉・硫黄・塩焔等の軍需品、鉄砲・弓・鎧・長刀・具足の数量を表形式で掲げ、外城から指し出す諸所も列記した。

登場人物
島津氏家臣団、外城衆、船頭水手、鹿児島騎馬衆
宛先
―
キーワード
島津氏、軍役賦、乗馬衆、陸衆、鉄砲衆、弓衆、長刀衆、外城衆、船頭水手、鹿児島騎馬衆、鉄砲玉、硫黄、軍需品、外城
後編5-No.658文書確認度 中

島津家久覚書

島津家久の覚書。長刀・鎌・鑓などの刀身について、鎬・相・打所・反りなどの形状と組合せを図示し、各部の造込みを七種類に分けて記した刀剣仕様書。

登場人物
島津家久、刀工・刀剣関係者
宛先
―
キーワード
島津家久、覚書、刀剣、長刀、鎌、鑓、鎬、造込み、刀身、図、仕様
後編5-No.901文書確認度 中

堺白人数・武具注文

綾・高岡・都之城・志布志・高城・清武・阿久根・加世田など多数の地域ごとに、人数・男女人数と鉄砲・弓・鑓・長刀等の武具数を系統図状に記した、境目地域の人数・武具注文。

登場人物
国境・外城各地の住民と武具
宛先
—
キーワード
境目、人数、武具注文、鉄砲、弓、鑓、長刀、綾、高岡、都之城、志布志、清武、外城
後編5-No.1255文書確認度 中

福崎某・村尾某連署実見証文

二月二十八日の有馬春之城攻撃で、大野監物が本丸石垣に登り、塀を乗り越え、長刀で敵一人を討った場面を実見したとして、福崎新兵衛・村尾源左衛門が二月二十九日に連署して証明した実見証文。

登場人物
福崎新兵衛・村尾源左衛門
宛先
大野監物
キーワード
福崎新兵衛、村尾源左衛門、大野監物、有馬春之城、原城、本丸、石垣、塀、長刀、敵一人、実見証文、二月二十九日
後編5-No.1313文書確認度 中

島津氏掟書

脇指・長刀などの寸法、太刀・帯・衣服の仕様、供奉中の大声での雑談や高笑い、通行・女乗物・路次で行き当たった際の振る舞いなどを定めた島津氏の掟書。

登場人物
島津氏(発給者未詳)
宛先
家中・供衆
キーワード
島津氏、掟書、脇指、長刀、太刀、帯、衣服、供奉、雑談、高笑い、通行、女乗物、路次、七月朔日
追録3-No.850文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津吉貴願書(琉球冊封使への進物)

吉貴が、次の琉球冊封使来航時に琉球王から使者へ贈る刀・鎗・長刀・具足などの品について、先例どおりの取扱いを願い出た口上覚。九月二十一日付。

登場人物
島津吉貴、琉球中山王、冊封使
宛先
—
キーワード
島津吉貴、琉球、冊封使、進物、刀、鎗、長刀、具足
追録3-No.870文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久貫口上覚(琉球封王使への武具贈答)

琉球の封王使が来る際、中山王から贈る刀・長刀・具足・鎧などの武具について、先例と今回の品目を示し、扱いを伺う口上覚。十月二十六日付。

登場人物
島津久貫、島津吉貴、琉球中山王
宛先
—
キーワード
島津久貫、琉球、封王使、中山王、武具、刀、長刀、具足
追録3-No.883文書旧記雑録暫定版確認度 中

島津久當ら五名連署書状(琉球封王使への武具贈答)

島津久當ら五名が島津備前へ、琉球の封王使に贈る刀・長刀・鎧などの武具について、清からの贈物との釣り合い、前例、御免の要否を検討し、今回の扱いを伝える書状。

登場人物
島津久當、島津備前、琉球中山王
宛先
—
キーワード
島津久當、島津備前、琉球、封王使、武具、刀、長刀、鎧、先例
追録3-No.2093目録旧記雑録暫定版確認度 中

島津宗信誕生祝物目録

宗信誕生の祝物として、忠行の手鑓一本、対の鑓二本、島田住源義助の長刀一振を列記する。

登場人物
島津宗信
宛先
—
キーワード
島津宗信、誕生祝物、手鑓、対の鑓、長刀、忠行、島田住源義助
追録3-No.2424文書旧記雑録暫定版確認度 中

相良彌一兵衛伺書(入輿道具受取人の配置)

竹姫入輿時に御道具を左・右の通りで受け取る役、御目録・御長刀・御守脇差などの受取人数と引渡し方を列挙し、加賀守方への照会を伺う。

登場人物
相良彌一兵衛、竹姫、松平大隅守、加賀守、小笠原平兵衛
宛先
—
キーワード
相良彌一兵衛、竹姫、入輿、御道具、受取人、御目録、御長刀
追録5-No.1497重年公御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

重年ノ嫡子重豪、江戸ニテ改名ス(記事)

当年、重年が子の島津善次郎久方を伴って江戸におり、八月四日、久方を重年の嫡子として老中松平右近将監武元へ公に届けた記事。この日、久方は門列を離れ、松平又三郎忠洪へ改名した。忠洪には重豪との元注が付く。刀一腰、脇指一腰、黒熊鎗一対、長刀一振、手鎗一本、馬一匹が授けられた。刀は延寿、長二尺三寸一部、脇指は相州住秋広、長一尺二寸一部半と注す。黒熊鎗は一本が正勝、長三寸五部、もう一本が無銘、長四寸との元注が付く。長刀は島田住源義助作、手鎗は薩州住正近作と記す。馬は黒川原毛・八歳・三寸・隅州踊地生立の元注が付く。出典は重年公御譜。

登場人物
島津重年・島津善次郎久方(松平又三郎忠洪、元注重豪)・松平右近将監武元・延寿・相州住秋広・正勝・島田住源義助・薩州住正近(器物作者元注)
宛先
該当なし
キーワード
重年、善次郎久方、八月四日嫡子届、松平武元、門列、松平又三郎忠洪、重豪、刀一腰延寿二尺三寸一部、脇指一腰秋広一尺二寸一部半、黒熊鎗一対、正勝三寸五部、無銘四寸、長刀源義助、手鎗正近、馬一匹、黒川原毛、八歳三寸、隅州踊地
追録5-No.1499重豪公御譜記事旧記雑録暫定版確認度 要確認

重豪、重年ノ嫡子トナリ名ヲ改ム(記事)

八月四日、重年が幕府の用人久世忠右衛門廣氏へ書状を送り、用番老中松平武元に善次郎を嫡子とする旨を届けた記事。善次郎には前年十二月十五日に薩府で元服して兵庫久方と号したとの元注が付く。先に重年が老中へ嫡子にしたいと願った際には善次郎と記し、今は兵庫の名で江戸へ来たため、別人と疑われることを恐れて善次郎と復称したという注もある。同日、重年から折紙を授けられ、松平又三郎忠洪と称した。刀一腰、脇刀一腰、黒熊鎗一対、長刀一振、手鎗一本、馬一匹を賜った。刀は延寿、長二尺三寸壱分、脇刀は相州住秋廣、長壱尺三寸弐分半と注す。黒熊鎗は一本が正勝、長三寸五分、もう一本が無銘、長四寸との元注が付く。長刀は島田住源義助、手鎗は薩州住正近作で、馬は黒川原毛・八歳・三寸・隅州踊地生立と記す。出典は重豪公御譜。

登場人物
島津重年・善次郎(兵庫久方、松平又三郎忠洪)・久世忠右衛門廣氏・松平武元・延寿・相州住秋廣・正勝・島田住源義助・薩州住正近(器物作者元注)
宛先
該当なし
キーワード
八月四日、重年、善次郎、兵庫久方、久世廣氏、松平武元、嫡子届、松平又三郎忠洪、折紙、刀、脇刀、黒熊鎗、長刀、手鎗、馬
追録5-No.1976在国家老連署返書(朱書)旧記雑録暫定版確認度 高

島津久亮外四名在国家老連署返書(御道具)

在国家老五名が十月十八日、島津主鈴の御道具照会を承知して貴聞へ伝え、白熊御鑓二対を送るが、古い一対の鞘は新調後に送り、使える一対で当面は支障ないと朱書で答える。御手道具二本も一緒に送り、鞘の摘毛が傷んだため替え鞘二、三つを作り、完成後に送ると知らせる。江戸にある長刀二振は、一振が替え用なので拵えを少し改めれば支障ないと相談し、当面国元からは送らないとする。馬印は差し当たり用がなくても重用の時節までに送り、物頭が申し出た書付別紙を返すと伝える。

登場人物
島津久亮外四名(目録の在国家老。朱返答に独立署名なし)
宛先
島津主鈴(主書への応答先。朱返答に独立宛名なし)
キーワード
承知貴聞、白熊御鑓二対、古鞘新調、使用可能一対、手道具二本、替鞘二三、江戸長刀二振替用拵改、国元不送、馬印、別紙返却
追録6-No.1108式次第旧記雑録暫定版確認度 中

藤野良記通達―武芸師範の前後稽古所日割

師範を日順に列記する。冒頭の剣術は、初日に川上庄八郎、二日に川田彦七と菱刈新五兵衛、三日に川上庄八郎、四日に町田佐次右衛門。鎗は梅田九左衛門、長刀は佐久間勘左衛門で、両家は隔日とする。馬は初日に東郷長左衛門と平田平右衛門、二日に高田茂太夫、三日に伊集院理安。弓は初日に東郷藤右衛門、二日に田由喜助、三日に大山角四郎、四日に木藤太郎右衛門と和田源太兵衛。ここまでを「右人数剣術并居相前稽古所」と記す。続く剣術并居相後稽古所は、初日に大脇主右衛門・野崎次郎左衛門・小野郷右衛門、二日に東次郎左衛門、三日に有川彦左衛門、四日に加藤九兵衛、五日に鈴木彌藤次とする。同じ日の括りにある師範は同日担当として並べる。末尾は別紙三通のとおり命じられたので通達する旨、朱の安永二年十月二十五日、藤野休左衛門に良記の注。前後の稽古所、武芸の別、日順と隔日の安排を記す。

登場人物
藤野休左衛門(良記注)、川上庄八郎、川田彦七、菱刈新五兵衛、町田佐次右衛門、梅田九左衛門、佐久間勘左衛門、東郷長左衛門、平田平右衛門、高田茂太夫、伊集院理安、東郷藤右衛門、田由喜助、大山角四郎、木藤太郎右衛門、和田源太兵衛、大脇主右衛門、野崎次郎左衛門、小野郷右衛門、東次郎左衛門、有川彦左衛門、加藤九兵衛、鈴木彌藤次
宛先
稽古場の関係者(独立宛書なし)
キーワード
師範日割、剣術、鎗、長刀、馬、弓、居相、前後稽古所、隔日、別紙三通
追録7-No.321記事旧記雑録暫定版確認度 高

虎寿丸斉興、福筒迫諏訪社ニ初詣ス

斉興公御譜に、七年11月6日、虎寿丸が産神の福筒迫諏訪神社へ初詣したことを記す記事。父公から黒熊鎗一対、手鎗一本、長刀一本を賜ったと記す。年次は本文七年と周囲の配列から寛政7年に当たり、No.320の斉宣公御譜の記事とは出典と追加された贈品を分ける。書状の署名・宛名はない。

登場人物
虎寿丸(島津斉興)、父公(島津斉宣)
宛先
独立宛名なし(斉興公御譜の記事)
キーワード
虎寿丸斉興、父公斉宣、十一月六日初詣、産神福筒迫諏訪神社、黒熊鎗一対、手鎗一本、長刀一本、斉興公御譜
追録8-No.172-2重物目録・覚の本文群(二通)旧記雑録暫定版確認度 中

家宝重物目録並御覚書

家宝の譲渡に伴う印刷172の2の重物目録と、印刷172の3の御覚書を収める。重物目録は系図、文書五帖、巻物数十軸、家康の墨印と秀忠の感状各一通、御判物九通・附領知目録八通、記録八百二十三冊を挙げる。源氏重代膝丸の太刀、惟朝の太刀、頼朝の守脇指、宇多帝の五指書による愛染明王像、摩利支天像、忠久の鎧、網切兼永の太刀、八幡大菩薩の旗、血吸の剣等を列記し、弘法大師作と伝えるものも記す。太刀・脇指・腰物は正宗・貞宗・宗近・長光・則重・来国光等の作者別に各一腰・一振を列記し、鎧と鞍の意匠、琴、八景、小泉の青口、平野肩衝・朱衣肩衝の茶入各一箇、纛なども挙げる。嘉永四年二月二日付。続く覚は白熊対鎗元直二本、長刀嶋田義助一振を記す。全六頁を画像で通読し、品目・数量・作者表示・伝作と現物の由緒を区別して台帳へ記録する。

登場人物
島津斉興、島津斉彬、家康・秀忠、源氏重代、惟朝、頼朝、宇多帝、忠久、弘法大師(伝作)、兼永・宗近・長光・正宗・貞宗・来国光・師景・則重等(物品の作者・由緒表示)
宛先
宛名記載なし(172の1譲状に伴う相伝家宝の別録)
キーワード
相伝家宝、重物目録、系図文書、墨印感状、判物領知目録、記録八百二十三冊、膝丸、愛染明王、摩利支天、忠久鎧、旗、血吸剣、作者別刀剣、鎧鞍、琴茶入、白熊対鎗、長刀
追録8-No.913-1馬術射術鎗術長刀の師家を免じ希望者への指南は許す達旧記雑録暫定版確認度 中

各術の実用の利が少ないとの評価で列記師家を免じ、懇望者に術を指南することは差し支えないとする

通達留。馬術の比志嶋静馬・町田平・高橋甚五兵衛、射術の高田十郎右衛門・東郷長左衛門・伊集院半五右衛門・平田平六・木上源五郎、鎗術の梅田九左衛門・白尾登五右衛門、長刀の田代宗次郎を列記する。これらは師家として置いていたが、諸術の実用の利が少ないという達の評価から、各人の師家を免じる旨を本人と関係先へ伝える。但し望む人にその術を指南することは差し支えないとする。明治二巳九月、知政所。師家の役と私的な指南の但書を区分し、武術自体の全面禁止や各人の能力への現代評価、指南実績は補わない。

登場人物
知政所、比志嶋静馬・町田平・高橋甚五兵衛、高田十郎右衛門・東郷長左衛門・伊集院半五右衛門・平田平六・木上源五郎、梅田九左衛門・白尾登五右衛門、田代宗次郎、指南希望者
宛先
列記した師家本人、関係向々
キーワード
原913の1通達留馬術師家比志嶋静馬町田平高橋甚五兵衛射術高田十郎右衛門東郷長左衛門伊集院半五右衛門平田平六木上源五郎鎗術梅田九左衛門白尾登五右衛門長刀田代宗次郎實用利少評価師家差免但懇望指南可明治二巳九月知政所
附録1-No.478文書確認度 高

島津斉宣遺物注文

島津斉宣の遺物として伝えられた刀剣・金工品等の注文。手縫、対鎚、長刀、刀、馬具などについて、薩州住藤原正清・平安代・山城守國重らの作者名、寸法、金具・漆塗・唐草毛彫などの意匠、数量を列記する。

登場人物
島津斉宣、薩州住藤原正清、平安代、山城守國重ほか刀工
宛先
—
キーワード
島津斉宣、遺物注文、刀剣、手縫、対鎚、長刀、馬具、薩州住藤原正清、平安代、山城守國重、金工、漆塗、唐草毛彫
附録1-No.479文書確認度 高

遺物注文

島津家に伝来した刀剣・武具・馬具・調度類を記した遺物注文。御手鎚・御長刀・刀・鐔・柄・目貫・馬具・袋物などを、材質、金銀の金具、漆塗、唐草毛彫、作者・伝来、数量とともに詳細に列挙し、納置先や記録上の扱いも記す。

登場人物
島津家、太守、若殿、刀工・金工職人
宛先
—
キーワード
島津家、遺物注文、刀剣、御手鎚、御長刀、鐔、柄、目貫、馬具、金具、漆塗、唐草毛彫、伝来、調度
附録2-No.442文書確認度 高

伊勢貞知書状

穴津流の長刀兵法は当地でも知られ、福島正則も関心を寄せていると伝えた。穴津左近が下向して少将へ披露したいと望んでいるため、以前に御家門へ伺候した人物でもあるとして、よく取り成し世話するよう頼んだ書状。

登場人物
伊勢貞知、伊勢貞昌、穴津左近、福島正則、島津少将
宛先
兵部少輔殿御宿所
キーワード
伊勢貞知、伊勢貞昌、穴津左近、長刀兵法、福島正則、島津少将、披露、取成し
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-6差出旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

松山次郎太夫差出

二月二十七日、松野右京組の松山次郎太夫が二の丸での戦闘を申し出たもの。一揆三人と遭遇し、自身も腕・耳の下付近を突かれたが、起き上がって一人を突き倒した。また長刀で兜の頬当ての上と籠手の上を切られたと述べ、和田清太夫を証人に挙げる。

登場人物
松野右京組・松山次郎太夫
宛先
宛先なし(差出)
キーワード
二月二十七日、松野右京組、松山次郎太夫、二の丸、一揆三人、負傷、一人突き倒し、長刀、兜、頬当て、籠手、和田清太夫、証人
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-17差出旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

有吉舎人佐差出

二月二十七日、長岡右馬助組の有吉舎人佐が、二之丸で槍・長刀を持つ二人に向かい、一人を突き伏せて打ち捨てたと申し出たもの。その様子の証人に田中又助を挙げる。

登場人物
長岡右馬助組・有吉舎人佐
宛先
宛先なし(差出)
キーワード
二月二十七日、長岡右馬助組、有吉舎人佐、二之丸、槍、長刀、敵二人、一人突伏、打捨、田中又助、証人
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 333-42記事旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

記事

十八歳の仲光小内膳と横井牛右衛門の原城本丸攻めを記す記事。小内膳は本丸石垣を越えて入城しようとして敵の槍・長刀を払い、投石を肩に受けた。旗本衆の細井喜三郎はその働きを賞し、後日の証拠として小刀を与えたという。その後も小内膳は槍で深く突かれながら持ちこたえ、妙解公に召されて旗本へ赴いた。横井牛右衛門も本丸石垣下から大走りへ上って負傷し、紀伊大納言家中の使者田屋五郎左衛門と松平石見守家中の使者安藤半助がその働きの証人となったとする。

登場人物
仲光小内膳、細井喜三郎、横井牛右衛門、田屋五郎左衛門、安藤半助、妙解公
宛先
宛先なし(記事・記録類)
キーワード
仲光小内膳、十八歳、本丸石垣、入城、敵槍、長刀、投石、肩負傷、細井喜三郎、小刀、証拠、槍深手、妙解公、横井牛右衛門、大走り、田屋五郎左衛門、安藤半助、証人
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 335-1日記旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

元寛日記

『元寛日記』が二十八日の原城総攻撃を記した記事。未明に諸手が一斉に攻め、寄手は総勢十二万五千余騎とする。諸大将が一番乗りを争うなか、一揆勢は鉄砲・矢・石・大木・槍・長刀・鎌などで防ぎ、寄手は死骸を重ねながら石壁を登った。城方は苫・茅に火を付けて塀下へ投げ、寄手を焼き、黒煙と暴風のなかで双方が戦ったと描写する。黒田・細川ほか諸隊の突入と多数の死傷を列挙し、末尾で二十八日の味方手負・死人の記録へ続ける。

登場人物
諸大名の寄手、一揆勢、黒田忠之・細川忠利ら
宛先
宛先なし(日記・記録類)
キーワード
元寛日記、二十八日、未明、原城総攻撃、寄手十二万五千余騎、一番乗り、一揆勢、鉄砲、矢、石、大木、槍、長刀、鎌、石壁、死骸、苫茅、火攻め、黒煙、暴風、黒田忠之、細川忠利、多数死傷
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 360実見証文旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

見証文

村尾源左衛門尉重候と福崎新兵衛尉が、大野監物の原城本丸での働きを実見した証文。寅二月二十八日、大野が本丸石垣を登って屏を越え、長刀で敵一人を仕留めたのをその場で見たとする。寛永十五年二月二十九日付で大野監物宛。編者注は『旧記雑録後編五』二一五五号文書と同文とする。

登場人物
村尾重候(村尾源左衛門尉)・福崎新兵衛尉
宛先
大野監物殿
キーワード
村尾重候、村尾源左衛門尉、福崎新兵衛尉、実見証文、大野監物、有馬原城本丸、石垣、屏乗越、長刀、敵1人仕留、寅二月二十八日、寛永十五年二月二十九日、旧記雑録後編五2155号同文
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 561-1覚旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津久通外三名連署廻状

本文は武具担当を定め、鎧・旗・馬験・幟・小指等を平田藤右衛門景則、鑓・太刀・長刀を平山七兵衛尉忠昭、弓を三原伝左衛門尉重隆、鉄砲を東郷喜右衛門尉、玉薬を児玉四郎兵衛尉利実に割り当てる。本文は「正保元年か」とする六月二十一日付だが、目録は標題を島津久通外三名連署廻状、年月日を寛永二十一年十月二十六日とするため、相違を保持する。

登場人物
平田藤右衛門景則、平山七兵衛尉忠昭、三原伝左衛門尉重隆、東郷喜右衛門尉、児玉四郎兵衛尉利実
宛先
宛先記載なし
キーワード
目録寛永廿一年十月廿六日、本文六月廿一日・正保元年か、目録標題と本文相違、武具担当、鎧・旗・馬験、鑓・太刀・長刀、弓、鉄砲、玉薬、平田景則、児玉利実
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 583差出旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

谷口助右衛門外四名連署差出

蒲生衆の差出として、身躰161人を高100石以上1人・30石以上16人・30石未満144人に分け、賄夫として下人18人、山元勘左衛門へ渡す夫丸36人を加え、合人数215人と報告する。武具は鉄炮152挺・鑓7本・弓1張(原記は壱帳、傍注張カ)・長刀1振とする。

登場人物
谷口宮内左衛門、野村半右衛門、竹内兵右衛門、土持外記、谷口助右衛門
宛先
御奉行衆中
キーワード
正保四年七月八日、蒲生衆、身躰161人、高100石以上1人、高30石以上16人、高30石未満144人、下人18人、夫丸36人、合人数215人、鉄炮152挺、鑓7本、弓1張カ、長刀1振、山元勘左衛門、御奉行衆
旧記雑録拾遺 著作史料集2-文書ID 615差出旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

谷口助右衛門外四名連署差出

蒲生衆の身躰161人を、高100石以上1人、高30石以上16人、高30石以下144人に分け、下人18人と夫丸36人を加えて合人数215人とする差出。武具は鉄炮152挺、鑓7本、弓1張、長刀1振で、下人は4人間に1人の賄夫として御蔵入から山元勘左衛門へ渡す。与頭は谷口宮内左衛門。

登場人物
谷口助右衛門、土持外記、竹内兵右衛門、野村半右衛門、谷口宮内左衛門
宛先
御奉行衆中
キーワード
正保四年七月八日、蒲生衆、身躰161人、高100石以上1人、高30石以上16人、高30石以下144人、下人18人、4人間に1人、夫丸36人、合人数215人、鉄炮152挺、鑓7本、弓1張、長刀1振、山元勘左衛門、谷口宮内左衛門、御奉行衆中
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:86覚書・供行列・装束規定旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

島津義久供行列覚

公方の御成や歩行・騎馬時に島津義久が従える供の人数、配置、装束、武具を定めた行列覚。公方御成時の走衆を六人とし、小者・中間・雑色らの配置、太刀・小太刀・長刀・弓・傘袋・替馬などの担当、袴・肩衣の着用、徒歩と騎馬、近所と遠路による構成の違いを記す。騎馬時は狭い道で左方を先行させ、小太刀持ちの中間を馬前に置き、替馬は遠路の場合に用意し、洛中では引添えを付けないとする。義久の花押があり、別紙注は天正四年から二十年の間の写しとし、天正十五年の太閤入後、義久が上洛時の供行列を聞き合わせて記した可能性を示す。

登場人物
島津義久、公方、太閤
宛先
—
キーワード
島津義久、公方御成、供行列、走衆六人、小者、中間、雑色、徒歩、騎馬、太刀、小太刀、長刀、弓、傘袋、替馬、袴、肩衣、近所、遠路、狭路、洛中、花押、天正四年、天正十五年、天正二十年、太閤入、上洛、別紙
旧記雑録拾遺 著作史料集3-文書ID w4:101覚書・上原氏由緒旧記雑録拾遺暫定版確認度 高

某覚書

正本家蔵の上原氏覚書。本名字を伊作田入道甫済と伝え、市来の伊作田名と同所の小原城に由来する名乗りだが、系図がないため何代目から上原を称したかは不明とする。源右衛門の名は三代が相伝し、二代目は国分にいた島津義久へ特に奉公し、平田狩野、のち三原七左衛門・川上彦左衛門・川越三右衛門と兵具方を務めた。朝鮮出兵には義久の側に留め置かれたため出陣加増を得なかったが、家久への代替りに際して墨色の『雨之御旗』を運ぶ使者となり、加増五十石を受け、名寄も残るという。妻は吉田作州の娘で、一人娘が鹿嶋駿河守の妻となったため、弟源六左衛門―源兵衛の子・喜左衛門を兄方の養子とし、現源右衛門の父とした。原山の御狩では、本文に伏字を含む出来事で義久に働きを賞され、鉄砲・銀を拝領し、のち兼光作の長刀も受けたが、喜左衛門の江戸上洛中に二品とも家内から盗み出され、行方不明になったと記す。さらに大隅国曽於郡地頭となり、国中の城下ろしの際に城門道具を与えられた記事へ続くが、末尾は『自是切テ無し』として欠落する。

登場人物
伊作田入道甫済、上原源右衛門(二代目・三代相伝名)、島津義久、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門、島津家久、吉田作州、鹿嶋駿河守、上原源六左衛門、上原源兵衛、上原喜左衛門
宛先
—
キーワード
某覚書、正本家蔵、伊作田入道甫済、上原氏、本名字、市来、伊作田名、小原城、系図欠如、名乗り由緒、上原源右衛門、三代相伝名、国分、島津義久、平田狩野、三原七左衛門、川上彦左衛門、川越三右衛門、兵具方、朝鮮出兵、留守奉公、島津家久、代替り、雨之御旗、墨色御旗、使者、加増五十石、名寄、吉田作州、鹿嶋駿河守、上原源六左衛門、上原源兵衛、上原喜左衛門、養子、原山御狩、鉄砲、銀、兼光長刀、盗難、行方不明、大隅国曽於郡地頭、城下ろし、城門道具、末尾欠落